ジブンの花 藤野早苗

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まずは、お祝いを。

ジュンたんこと大西淳子さん、O先生賞ご受賞、本当におめでとうございます。

COCOON創刊、歌集『さみしい檸檬』上梓…と、淳子さんの周囲は今、幸せのラッシュ。もちろん、それは、ご本人のひたむきな精進の賜物。彼女の短歌へのひとかたならぬ情熱と、生来の人柄の素晴らしさを知る者としては深く得心します。

淳子さんのこの幸せラッシュ、とてもうらやましくなりますが、あら、ちょっと待って。程度の差こそあれ、そういうこと、自分にもあったかも…と思われた方、いらっしゃいませんか?

そうです。
あったはずなんです。

時分の花が。

世阿弥のことば。若い生命が持つあでやかなうつくしさ。(短歌年齢は総じて高く、また関わり始めた時点である程度の年齢になっている人も多いので、単に年若いというより、鮮度が高い、みずみずしい、という風に読みかえた方がいいのかもしれません。)
既成概念から自由な、勢いのある作品を量産できる時期。

けれど、この花時は存外短く、気がつけば見頃は過ぎています。誰もに平等にある好機は平等に去ってゆくのです。

そして世阿弥はこうも言っています。この一過性の花が終わった後、様々な蹉跌を経験し、その失意を昇華できたとき、その人なりのまことの花を咲かせることができるのだと。

ああ、なるほど。
年齢を重ねた今、過去の私を顧みて思います。 時分の花は賜り物。たくさんの方々のおかげをもって、咲かせていただいていた花。だからこれからは、私が誰かの花を咲かせるお手伝いができればいいなと。

主役でなくてもいい。でも、いつか小さくてもいいから、私にしか咲かせられない唯一無二の花を咲かせてみたい。まことの花は自分の花。その花を一番見たいのは、私自身かもしれません。

✳︎なんだか今月いっぱいで解散する国民的アイドルグループの歌みたいな内容になってしまいました。反省。

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強剪定せし冬の薔薇寒風がさらふ一葉だになく裸身 早苗

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# by minaminouozafk | 2016-12-20 01:42 | Comments(6)

朝は初雪の舞うこの冬一番の寒さだったが、夕方ちかくになると高く凛とした青空となった。


自宅から歩いて5分ほど、市立美術館前の陸橋から空に浮かぶクジラが見える。空が青いと空飛ぶクジラのようだ。


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下関といえば河豚だが、クジラのまちとしての歴史も奥深い。


下関市の北部の縄文や弥生の遺跡からは鯨骨が多く出土している。また、壇ノ浦の戦いでは、鯨ではないがイルカが勝敗を占ったことは安徳天皇縁起絵図に描かれている。


江戸時代は北前船の港町下関には鯨の食文化が発達し正月、節分などはとくに鯨を食べたらしい。近代に入って、いまの日水(日本水産)、まるは(林兼産業から大洋漁業)が競い合って捕鯨船の基地としてたいへん賑わったようだ。


横浜DeNAベイスターズの前身は大洋ホエールズ。1992年までホエールズだったから、1998年の日本一の時は下関でも優勝パレードがあった。なんだか下関はむかしの栄光ばかりでちょっとさびしい。


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私自身はそんなに好きではないが、子供のころの食卓には赤いベーコンとかオバイケ(さらし鯨)とか竜田揚げとかはよく登場した。息子達も給食にも郷土食とかの竜田揚げは好きだったので、時々作ったりした。しかし、生姜醤油に漬け揚げるとお手軽牛肉と大差はない気がする。


一日一粒と言われ思いっきり食べたいと願っていた肝油ドロップ。クジラの油から出来ていると聞かさてずっと信じたのだが、実際はタラやエイの肝臓からの抽出成分だったらしい。ちなみにいまでもネットでは、カワイの肝油ドロップは購入できるが人気商品らしく品薄状態。いまは魚の油は入っていなくてビタミンを調合している。 


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鯨館は昭和33年にホエールズの親会社であった大洋漁業によって創られ、市に寄贈されたものだ。全長25メートルほぼシロナガスクジラの等身大だ。曲線の鉄骨入りの構造でクジラの目の部分が窓で関門海峡を望める。入り口に入って行く階段はクジラの骨格のようだ。


旧水族館の一部であった鯨館は現在も関見台公園のなかにあるが、内部には入れない。


国際捕鯨委員会で商業捕鯨は停止されたままだ。


古来、鯨は肉だけではなく、油、髭、骨、歯まで余すところなくいただいてきた日本人。そのいのちをいただくのなら全部ていねいに利用するのが供養になるという思いだったのだろう。



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鉄筋のシロナガスクジラ50年馬関の海と空を見てゐる

ななみ


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# by minaminouozafk | 2016-12-19 09:52 | Comments(8)

松浦佐用姫 大西晶子

   福岡市から一時間ほどで行ける隣の街、唐津市に、松浦佐用姫が
   新羅に出征する大伴狭手彦を見送り,領巾を振ったという鏡山
   (286m)があります。f0371014_17073159.jpg          


   松浦佐用姫の伝説は、万葉集ができた頃には既に広まっていた話のようで、大伴旅人、山上憶良の歌などで知られていますが、佐用姫は恋人の狭手彦が乗る船が出航すると鏡山にかけのぼり
領巾を振りました。


                                                  

    鏡山から見た唐津湾

でもそれだけでは我慢できず、呼子まで船を追いかけ、着いた時には狭手彦をのせた船が出た後だったので七日七晩泣き、ついに
   石になってしまったという悲恋の物語です。

   佐用姫の行動力と感情の大きさには驚ろかされますが、
   そんなにも人を思えるって良いなぁと、すこし羨ましくもあり…。

f0371014_17075148.jpg                      山上憶良の歌碑  
松浦県佐用姫の子が領巾(ひれ)振りし山の名のみや聞きつつ居らむ 
                              

   また、唐津には〈五足の靴〉の面々も来ていて、山上の鏡山神社に与謝野鉄幹,平野万里の歌碑もありました。
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                  与謝野鉄幹歌碑
          波に聞く松かぜに聞く遠妻やけだし筑紫のわが旅を泣く

   今は海外からの観光客がおおぜい鏡山に来るようで、
   観光案内所やトイレの案内板は、十か国で書かれています。

   現代に生きていたら佐用姫は狭手彦を追って世界の果てまででも行ったこと 
   でしょう。


    

  狭手彦は知りしや別れかなしみて石になりたる佐用姫がこと

                               大西晶子


   


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# by minaminouozafk | 2016-12-18 07:00 | Comments(9)

冬の一報  栗山由利

 私の住む福岡の町も今週にはいってからの雨と風で、あっという間に冬のモードに入ってしまった。十日前には陽に映えていた川べりの一本イチョウもすっかりその黄金色の葉を落としてしまい、そのまま血管だけのような枝を寒空に伸ばしている。福岡管区気象台の発表によれば、それでもこの14日のイチョウの落葉の観測は統計開始以来二番目に遅いそうだ。

秋陽に輝く葉を見られるのも一年先、翡翠色のぎんなんを味わえるのもまた一年先。



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 そろそろ、年末の段取りを組まねばならない。正月の餅と鰤の手配、年賀状書き、家中の掃除と片付けの予定、買い物とおせち料理の準備等など…。

 あと二週間では時間が足りない。困った。


   緑濃きかつを菜ならぶ店横のポストに落とす賀状ひと束  由利


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# by minaminouozafk | 2016-12-17 10:45 | Comments(7)

ぎんなん 大野英子

宗像短歌会という、実家の地域の方達との勉強会を毎月行っています。

お花や野菜作りをされる方、ご近所が農家の方も多く、色んな差し入れを頂きます。

今月は、人参、サツマイモ、イチゴの苗、ぎんなんを頂きました。

ひとり者には、なんともありがたいことです。

毎年、ぎんなんを下さる方は85歳、好評につき?今年は先月に続き二度目!!

ご近所に大きな木があるらしく、なんと、川で洗い日光で干してメンバー12名に行き渡る数を持参してくださるのです!!

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少し背中が曲がった、しわしわの手と小さな体での作業を思うと、自然のいのちをいただくと言うことはその手間もいただく事なのだとしみじみと感謝いたします。

メンバーには、干支がもう一回り上の97歳のおばあちゃまもいます。

だんだん歩くのがご不自由になり、今月はお休みでしたが、いつもしっかり発言もされ、歌もユーモアたっぷり、お休みする前には丁寧なお手紙を下さり、温かい気持ちにさせてくれます。

短歌が、皆さんお元気で長生きしてくださる励みになればいいなぁとおもっています。

さて、ぎんなんの歌と言えば思い出すのが高野公彦氏のこの一連。

『流木』より

腐肉よりほろほろ出でしこの堅果ぎんなんと呼び内に翡翠あり

ぎんなんは白果(はくくわ)ともいふその白き肌現はれて秋冷の候

なぜこんなきれいなひすい色になる ぎんなんに問ふぎんなんのこと

人生の一部の細部 ぎんなんを()りて割りては渋皮をむく

一億年生きて来たれるぎんなんを食みつつ熱き酒を楽しむ

小さなぎんなんをていねいに労り、会話を交わしながら飲んでいるのでしょうね。

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私も、剥いてゆく作業が好きで、定番の鶏もも肉と蒟蒻のくわやきに翡翠色を加えてみました。

この季節、黄葉で目を楽しませてくれて、味覚も楽しませてくれる銀杏。

だけど、コンクリートの上に落ちて、踏まれて、くさ~い。と言われるぎんなんも居る。

せめて、私が出会えた白果は、ひとつぶ残さず大切にいただきます。

おほかたは葉を散りをへしせんだんのかくくわあまたが風に揉まるる 英子



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# by minaminouozafk | 2016-12-16 08:02 | Comments(7)


12月4日。アルカディア市ヶ谷で、平成28年度後期 コスモス会員著書合同出版記念会が開かれました。今年度後期に出版された11歌集について著者をお迎えしてのその作品紹介の会です。全国(カナダからも)から会員が集まりました。晴れやかで華やかで、祝福の思いに満ちて

今回も盛会でした。批評紹介時間は1歌集13分。短い時間に、紹介者は背景などにも触れつつ作品を語ります。紹介者の個性と作品の世界が重なる語りに魅了されます。日頃の慌ただしさを忘れてとっぷり短歌に浸った、良きものに満ちた時間でした。

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                  アルカディア市ヶ谷



                

それぞれの歌集から1首ずつご紹介します。


青春はさみしい檸檬あのころの理想に遠い今をいとしむ 

『さみしい檸檬』  大西淳子

涅槃図に忘れられたる猫の来て描き込めと言ふ筆を銜えて

『般若心経・南北朝篇』  島田紘一

川の辺のさいかちの実は弾け飛び遠く流れて根付くもあらん

『さいかちの実』  菊池左多子

冷蔵庫は寒かつたらう白菜に小さきバッタが潜みてゐたり

『共命鳥』  谷村孝子

わが系譜米大陸に拡がりぬ男孫二人を始まりとして

『カナダの桜』  佐藤紀子

三十年使い馴れたるぐい飲みの罅にかぐろき酒焼けの渋

『ぐい飲みの罅』  藤村 学

消滅はゆるされなくて足場組み原爆ドームまた補修さる

『梅雨空の沙羅』  宮本君子

それぞれに味はひありき歎異抄父より夫より子より聞きつぐ

『けふの水澄む』  早島和子

石鹸はむかしの朝の匂ひなりむかしの朝の父のひげ剃り

『馬上』  小島ゆかり

恩寵といふべし癒ゆるに遠けれど妻にたしかないのちあること

『花西行』  桑原正紀

〈宮柊二〉インタビュー(とき)に宮英子インタビューとなりき柊二黙して

『ビビッと動く』奥村晃作


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鼎談
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小島ゆかり氏
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桑原正紀氏
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奥村晃作氏

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高野公彦氏

今回は小島ゆかり氏、桑原正紀氏、高野公彦氏による特別鼎談として、「コスモスの歌の現在」というテーマで、紹介された歌集から3氏が一首ずつ選んでの講評が行われました。3氏それぞれの新たな角度からの鑑賞によって作品がいきいきと立ち上がってくるようでした。先に挙げた奥村さんの歌については、インタビューの時の宮先生と英子先生のエピソードが語られ、ほのぼのとした思いが会場を包み込みました。りかさんのブログにありましたが触発されるもの多くありました!


その後は、会場を変えての懇親会。選者の方も多く出席され親しく声をかけてくださいます。コスモス賞、純黄賞の授賞式があり、純黄賞は青森の薄葉茂さんが受賞されました。祝福していただいたこと本当に嬉しく思いました。

初対面の方も作品を知っているので旧知の方のようです。会場のあちこちで会話が弾み、温かく和やかに夜は更けていきました…

歌詠むは小さき宇宙生むに似てその真しづかな引力に集ふ     鈴木千登世


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# by minaminouozafk | 2016-12-15 20:11 | 歌会・大会覚書 | Comments(9)

眼の記憶  有川知津子

ある火曜日の夕刻、博多駅構内を通り抜けようとしていた。急いでいるつもりだったけれども、右から左からわらわらわらわら追い越されてゆく。それだけならまだしも、絶妙のタイミングで改札口から押し出されてくる横からの流れと不器用に合流することとなってしまった。



木の葉のようにはかない身ゆえ、たちまちあらぬ方へ運ばれてゆく。流されるままに、平日なのに、とか、いやもう、年末だから、とか、よく分からない分析力を発揮しつつだんだんアンタンたる気持ちにくらんでゆく――。



さて、いま書きとどめたいのは、そのとき目のすみっこ遥かで閃いた一瞬の光景のこと。その光景のみなもとは、ご夫妻と見えるやや年配の二人連れであった。「年配」と見たのは、その紳士の手にステッキが握られていた(ようだった)から。



「一瞬」は、こうだ。
 夫(らしき人)が妻(と見える人)をふり返る。



ただそれだけの動作が、まるで永遠のコマ送りのように閃きわたり、遠目だったけれども、それはただちに、雑踏の中でお互いをいたわり合うしぐさと理解された。木の葉の脳の一隅がほのかに明るんだことはいうまでもない。


わたしの眼は見たかったものを見たのに違いなかった。



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     眼の記憶
  陽にかざし見た日おもほゆビーカーでふたり掬つたプランクトンを



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# by minaminouozafk | 2016-12-14 07:52 | Comments(10)