恩猫

藤野早苗
うちには猫が2匹いる。脚長マンチカン、シルバータビーのウズと、瀕死の状態で保護した隻眼、長毛の白黒猫ニコラ。ともに5歳。
今日は、ウズのお話を少し。
ウズはペットショップ出身。たまたまのぞいた店の奥の方のケージから強烈にアピールする子猫がいて、それがウズ。他の子猫より、すでにひとまわり大きく、ここに置いてもらえなくなる日も近い予感が必死のアピールになったのかもしれない。その甲斐あってウズはうちの子になった。娘がどうしても連れて帰ると言ってきかなかったのだ。
そんな経緯を知るはずはないが、ウズはとにかく娘が好き。あまり愛想は良くない猫だが、娘の声がするとどこにいても、すっと現れ寄り添う。まるで恋人である。日常の面倒な世話は全て私任せのくせに。
ウズが来てからの時間は、娘の思春期と重なる。ウズはずっと、家族の緩衝材になってくれていた。言いにくいことを言うときも、「ねー、ウズ!」と付けると伝えやすくなった。当の本猫は眠っているばかりなのだけど。
夫も私もなす術がないような、きつい現実が娘を襲った時、今思い出しても不思議でたまらないのだが、そこから娘を救ったのはウズだった。固く閉ざした部屋のドアの前で、「開けて、ここを開けて」と鳴き続けるウズ。親がどんなにこころを尽くしても開かれなかったドアはウズの声で開かれた。
しばらくは不安定な日々が続いた。ある日、気がつくと、ウズの元気がない。連れて行った動物病院での検査結果は、重度の腎不全。考えられないほどのタンパクが流出していて、生きているのが不思議、なんでここまで放置していたのか、と怒られた。
ウズのいのちが危うい…。その言葉に娘は奮起した。絶対に助ける。その気合いが娘を元気にした。投薬と食事と通院、家族で支え合って2週間、ウズの検査数値は劇的に回復した。もう大丈夫、そう思えた頃には、娘も落ち着き、笑顔が戻ってきていた。
猫には不思議な力がある。ウズは多分、自分のいのちを賭けて娘を守ってくれたのだ。あのペットショップで。あの日、娘が自分を救ってくれたように。
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聞いてないふりしてちやんと聞いている右目を薄く開いて猫は 藤野早苗

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# by minaminouozafk | 2016-08-25 08:17 | Comments(10)

ふたいろの風

有川知津子


お盆の中日のこと。

居間で母と話していた弟が、両の手のひらで何かを包むようにして立ってきた。
中庭に降りたいようだ。けれども、そんな不器用な格好だからおもうようには戸が引けない。
わたしが見ていることに気づくと、手のひらの包みを軽く持ち上げて、蜘蛛、という。
お盆だからね、と声に出したわけではなかったけれど、弟はそんなふうな顔をして庭をみた。

――たしかに。
たしかに、誰がどんな姿で帰ってきてるか分かったもんじゃない。庭に出してやろう。
戸を開けてやった。


ふたいろの風交叉する夏の夕おとうとは蜘蛛を葉蔭にこぼす

蜘蛛はしばらく死んだふり(「擬死」というのだそうだ)をしていたが、
この生物(私と弟)は無害だなと判断したのか、葉蔭といえども暑気に蒸されてたまらなくなったのか、
それともただ時間が切れただけなのか、いずれにせよ、すわっと手脚を伸ばして動き出した。

海水と淡水が交わるところを汽水というけれど、彼岸の風と此岸の風が交わるところを何と呼ぶのだろう。

いつの間にか、灯籠に火をいれる時刻になっていた。



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  甥っ子のために、
  父がもらってきたクワガタ。
  島の産。
  昼間に起こされて迷惑そう。
  (起こしたのはわたし。ごめんね)
  何匹かまだ、木屑の下にもぐっている。
  今は街暮らし。
  




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# by minaminouozafk | 2016-08-24 06:43 | Comments(4)

小島ゆかり歌集『馬上』

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藤野早苗

ゆかりさんの第13歌集『馬上』が届きました。

2013年から2015年夏までの、ほぼ2年間の作品の中から519首を収録。

先行する『純白光』、『泥と青葉』もこの時期の作品が収められていますが、それを除いてもこれだけの歌数が採れるというのは、ゆかりさんがどれほど多忙であったかの証左でもあり、ただただ圧倒されるばかりです。

・いま湧けるこのあたたかき感情は要注意、また思ひ出がくる

・蟬はもう何かに気づき早く早く生ききつてそして死にきれと鳴く

・いくつもの落蟬を見て秋に入る 落蟬は旅の眼をしてゐたり

調べのやさしさはゆかりさんだけれど、常ならざる切迫感があって、それがまた読者を作品世界に引き込む。

・街はもうポインセチアのころとなり生老病死みな火と思ふ

・未来まだ白い個体でありし日の真冬のあさの牛乳石鹸

ポインセチアの赤から生老病死へ、白い石鹸から開かれてゆく未来へ、どうしてこの人はこんなに自在にイメージを飛ばせるのだろう。その底に悲しみの影をのぞかせながら。

・こつぜんと父ゐなくなり一人子のわれの背負子を照らす月光

・あれは天の誤植ならずや神保町を行けば小高さんに会へる気がする

・悲しいなあ今年のさくら父あらず久津さん小高さん大野さんあらず

本歌集は挽歌を多く収めている。まずは父上。長い看護・介護の時間の後、旅立たれた。

・終はれよと思ひ終はるなと思ふ介護のこころ冥き火を抱く

介護はきれいごとでは済まない。そんな日々の後の欠落が「背負子を照らす月光」に表れている。

小高氏の訃報にみな驚いた。何かの間違いにちがいないと。「天の誤植」、本当にそうならいいのに。

久津さんとは、福岡の超短歌結社「飇」の編集発行人であった久津晃氏。ゆかりさんは「福岡のお父さん」と呼び、親しまれていた。

大野さんは、いわずもがな、コスモスの選者大野展男氏。福岡コスモスの牽引者であった方。

請われ、招かれて日本各地を訪うゆかりさん。その地での邂逅を疎かにせず、親交を深める人であるからこそ、永訣の悲しみは深い。いのちへの思いが一際深い人なのだと思う。

・一叢立ち藪くわんざうの花あかく女は多く生き残る生

「藪くわんざう」の生命力、たしかにそうだと納得。直観力、すごい。「生き残る生」としての諦念と覚悟がある。

・ああ、あの日父を送りし多磨斎場けふは宮英子さんを見送る

・手箒で集むるしろき骨の嵩 ほんたうに英子さんなのですか

・藍ゆかた見れば辻本美加さんの無念を思ふその藍さんを

・早すぎる死はあるものを遅すぎる死はなし英子さん美加さん、会ひたし

巻末近くに置かれた「英子さん美加さん」一連より。

英子さんはもちろん、宮英子氏。平成27年6月26日、逝去。享年97。

美加さんは、辻本美加さん。このブログ「南の魚座」の発起人のひとり。英子氏逝去の前日、6月25日に亡くなった。享年50。

こうした作品を通して、あの時の悲しみを共有できることをありがたく思う。ひとりで抱えるには大きすぎる悲しみだったから。

「早すぎる死」はあっても「遅すぎる死」はないという言。沁みる。

50代後半とは訣れの時期なのだと実感する。親や先達、これまで自分を庇護してくれていた人々の老いを看取り、格闘し、その受容の果てにようやく訣れはやってくる。その葛藤から逃げず、自分を見つめ続けたゆかりさん。小島作品に魅かれるのは、生来の韻律の美しさ、修辞のみごとさ以上に、小島ゆかりという人間への信頼が置けるからだと思う。

・でたらめな理屈でわれを褒めし父ゐなくなりひとり鳩を見てをり

そんな素敵な人に育てて下さったのは、父上。溺愛という言葉がぴったりの慈しみ様。そんな愛し方は親しかしてくれないし、そんな愛され方をした人間は、他者への思いが深く、やさしい。

・かなしみを筋肉として立つごとき馬の齢を重ねたしわれは

・飛騨山脈燃ゆる大夕焼けのときわれは馬上の人になりたし

歌集名の由来、馬に因んだ作品の中から2首。

「馬齢を重ねる」とは、馬をつまらない存在の謂いとした謙遜の意を表す言葉。それをまるきり裏切る形で1首を為し、秀歌に仕上げている。「かなしみを筋肉として立つ」とは、馬の眼差しを間近で見た者には深く納得できる。馬の共感能力の高さは慈愛の眼差しに表れている。

「馬上とはあきかぜを聴く高さなりパドックをゆるく行く馬と人」、こんな歌もある。「馬上」とは、ただ秋風を聴く場所。日々の喧騒からほんの少し離れて、たましいを遊ばせる場所。

ゆかりさん、ご多忙はずっと続くでしょうが、しばらくは馬の背中に揺られて下さい。少し疲れてしまったたましいを、のんびりさせてあげて下さい。私ももう一度、『馬上』を読んで、こころを解きたいと思います。

素敵な歌集を読ませていただいたこと、感謝です。

また馬に乗りたくなりました。


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# by minaminouozafk | 2016-08-23 13:58 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(8)

青鷺くん


歩けるところは車をやめて歩こうとの決意も、この暑さで歩く範囲がどんどん縮小している。海までも徒歩10分ほどの小さな城下町長府。8月の今はもっぱら日陰の多い壇具川・忌宮神社コースだ。058.gif



川幅10メートルほどの壇具川だが、名前の由来は神功皇后が出陣の際に壇を築いて祭事をおこない、それに使った道具などを流したことからのようだ。春はさくら。初夏には蛍も飛び交う。この頃は中国語や韓国語の団体もたくさん散策している。息子たちの通学路でもあった。



ここ最近の壇具川での小さな愉しみは、青鷺くん探しである。たくさんの鴨に混じってたった1羽の青鷺くん。橋の下だったり、ハーレムのように鴨のなかに君臨してたり。毎回会えるわけではないが、通るたびに気になる。同じ1羽かどうかも定かでない。でも、見つけるとうれしくて一方的に話しかけている。にらめっこして迷惑そうに青鷺くんが小さく羽ばたくと、今日は私の勝ちとほくそえんでいる。



連日の猛暑日、熱帯夜で早朝の散歩も小止み。青鷺くんともちょっとご無沙汰だった。夕暮れどきの久しぶりの壇具川。お~い青鷺くん。川には姿がない。橋の下も、草の中にも。この炎暑、青鷺くん大丈夫か。大きなお世話にちがいないが、ふられた気分で夕空を見上げるとなんと屋根の上に。私など目もくれず、孤高に薄墨色の空を見上げていた。夕闇せまる西空に小さなひとつ星。


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〈蛍遊苑の屋根の上の青鷺くん〉



夕空のいちばん星を待ちてゐる蛍遊苑の屋根のアオサギ

           百留ななみ


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# by minaminouozafk | 2016-08-22 07:18 | Comments(5)

紅い種

f0371014_11261675.jpgこのところ毎日オリンピックのニュースや実況を見ない日がない。
中には、今回限りでオリンピック出場をおしまいにすると言う選手もあり、ボルトの走る姿などはぜひ見ておきたかった。
長い脚を回転させ、ぐいぐいと他の選手を引き離しボルトの走りは胸がすくようだった。

他にも水泳のフェルプスや、銀メダルで悔し泣きをしていたレスリングの吉田沙保里選手や、今回限りになる人はたくさん居るのだろう。

何度もオリンピックに出場しメダルを取った選手たちは熟れ切った果実のような存在かもしれない。
窓の日よけに植えたゴーヤがそろそろ八月の後半に入り、実の終わりの時を迎えようとしている。
熟れたゴーヤは緑から朱色に色を変え、さらには百合の花のように先からさけて真紅の種を地に落とす。
中には次の年に芽を出す種もある。

オリンピック出場が今回かぎりのオリンピック選手たちもそれぞれの国で、彼らにあこがれる次の世代の選手をはぐくむのだろう。
吉田沙保里にあこがれてレスリングを続けたという登坂絵莉がすでに今回金メダルを獲得していることだし。


重力の枷ふりほどき空を舞ふ床運動の内村航平
                  大西晶子




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# by minaminouozafk | 2016-08-21 08:00 | Comments(3)

お二人様カレー

カレーは子供がいる家庭の定番お手軽料理と言っても良いだろう。実際、我が家でも子供たちが幼い頃から高校の食べ盛りまでは頻繁に登場した。人参、玉ねぎ、ジャガイモなどの常備野菜があれば、後はお肉とルーさえあれば作れる手軽さと、子供たちの食欲に柔軟に対応できたからだ。

それが最近、夫と二人だけの生活になり、とんと作る機会が減ってしまった。食が細くなった二人にカレーを二人分だけ作るのはけっこう面倒だし、二日続けて食べるのもちょっと、と言うわけで、カレーが食べたい時は便利なレトルト食品か、外食になってしまったからだ。幸いにも、温めれば良いだけのレトルトカレーでさえ、全国のご当地ものを完全制覇するのが難しいほど種類が多い。外食先も本場の味を謳っているカレー屋さんや老舗、チェーン店まで、こちらも選ぶのに事欠かない。


かくして、今ではカレーはわが家においては「手抜き料理」ではなく完全な「手抜き」となってしまった。

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     子どもらの声とカレーの匂ひして隣家にぎはふ遠花火見ゆ   栗山 由利


      

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# by minaminouozafk | 2016-08-20 07:00 | Comments(5)

夏のくらし

何度か訪れた事がある、島原の夏の暮らしに憧れている。
照りつける太陽の下、多くの家や店舗は窓も間口も開け放ち、自然の風を取りこむ。
豊富な湧水を活用し、至るところにかつて生活用水として利用されていた水路が流れ、井戸があり、喉を潤し手や足を冷やして夏をやり過ごす。

夜も煌々と照らされネオン溢れる街、室外機の温風が熱気を産む悪循環。そんな生活から逃れようはないが、東日本大震災以降、一度は原発が全停止されたものの、 国民の電力への意識は薄れているようにも思え、安倍内閣は、電源構成に原子力発電を再び盛り込む。できるだけ多くの原子炉を再稼働させようと計画をしているのである。ささやかな抵抗ではあるが、海に近く川沿いに住む私は、島原の暮らしを真似て、できるだけエアコンを使わない暮らしを続けてきた。
日の射さない朝晩はベランダで過ごす生活。
しかし、今年はそんな暮らしもピンチとなる猛暑である。
寝不足で仕事中朦朧となる。体重も減ってゆく。

盆に入る前、住んでいるビルの管理会社から通達があった。
盆明けは外壁工事の為、窓もカーテンも閉め、ベランダもつかわないようにと。エアコンを使うしかない生活となる。ポリシーには反するが、脳と身体のためには救いかもしれない。
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先ずは、ベランダに足場が組まれた。
工事の皆さま、酷暑のなか、ご苦労さまです。
これを見ると新たな思いが湧いてくる。

空に空に組まるる足場に動悸するわたしのなかの木登り少女 大野英子

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# by minaminouozafk | 2016-08-19 06:16 | Comments(6)