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3月8日、日曜日。天神はすごい人出。フラワーデモの影響もあったのかな。


アクロスでの支部歌会の帰り道、たくさんの方々とバッタリ。そんな偶然を思い出し、「今日は出会う日なのかもしれない」と思いながら、ひとりお茶をしていたら、隣の席に、とても美しい髪色の女性がお座りになった。多分、私より年上。けれど颯爽としたカジュアルなお召し物と、茶色のような金色のような艶やかなストレートボブが、その方を文字通り輝かせていた。


そんなこと滅多にしないのだけれど、その存在感に惹かれて、つい声をかけてしまった。


「御髪のお色、綺麗ですね。」

するとその方、まさしく花が咲いたように微笑まれ、

「ありがとう、とても嬉しい」

とおっしゃった。そこからずいぶん長く、お話しさせていただいた。


そもそも、なぜ私が見知らぬ人に突然話しかけるという奇行に走ったかというと、現在の悩みがまさに〈髪色〉だからである。ご存知の方も多いと思うが、今の私の髪色は〈薄ーく紫の入ったグレー?〉という、なんとも表現し難い色味らしい。これがまた、天然光か蛍光灯か電球光かで見え方が違うのがややこしい。


バレイヤージュのひと  藤野早苗_f0371014_11322995.jpeg


自宅の洗面所の光で日々自分の姿を見ている私は、つい先ごろまで、自分の髪色は黒だと信じて疑わなかった。ところがここ半年ほど、さまざまな場面で「その髪色にするにはどうしたらいいのですか?」と尋ねられるようになり、そこでようやく自分の頭髪の異変に気づいた次第である。


これも以前ブログに書いたことがあるが、私は尋常性白斑症だ。免疫系の病気で、身体中のメラニン色素が抜けていく。私の場合、最も症状が現れているのが頭から首筋。頭皮のメラニンが失われると、そこから生えてくる髪も当然白髪になる。ならば染めればよいのだが、ところが数年前、ジアミンアレルギーも発症。


以来、アレルギー成分を含まないカラークリームシャンプーで洗髪しながら、髪色補正(黒)をしていたつもりだった。けれど、ほぼ白い頭髪に定着力の弱い黒に近い紫系色素を入れても、やはり「黒」には見えないらしい。そのことが、ようやく腑に落ちたのがここ最近のことだ。もう還暦も余裕で過ぎた身としては、今さら黒々とした髪色になりたいとは全然思わない。けれど、あまり人の興味を惹かない、ナチュラルな範疇に収まる色はないだろうかと、常々考えていた。


そんな時、目の前に現れたのが、バレイヤージュも美しいダークブロンドの女性。その髪色自体は決してナチュラルではないけれど、その方のありようそのものがとてもナチュラルでエレガント。こういうふうに生きるには、どんなマインドセットでいらっしゃるのだろう。そう思ったらどうしてもお話ししてみたくなり、つい声をかけてしまった、という次第。


その女性は、私よりひと回りちょっと年上。現役でバリバリお仕事をされている。問題の(笑)御髪は、もう数十年のお付き合いの美容師さんにお任せしているので、自分ではよくわからないとのこと。この無頓着さもまたエレガントだ。


そうなんですね、と得心していると、

「ここの美容室、紹介しましょうか」

と素敵なお申し出。


長く今泉にあったその美容室、最近移転したらしく、マダムにとっては少々通いにくい場所になったらしい。美容室の名前を伺い、スマホで検索してみると――なんと、わが家のすぐ近く。あまりの偶然にびっくりしていると、「もし行かれるなら私の名前を出してくださっていいですよ」と優しいお言葉まで頂戴した。名前?ふとそこで、大概長く喋っていたのに、お互いまだ名乗り合っていなかったことに気づき、二人で爆笑。あらためて自己紹介をして連絡先を交換し、「また、いつか」とゆるくて心地よい約束を交わしてお別れした。


どうやら、やはりこの日は出会いの日だったらしい。


 

    クロワッサンアマンドナイフで切り分けて時空の交差するカフェにゐる



バレイヤージュのひと  藤野早苗_f0371014_11423161.jpeg


# by minaminouozafk | 2026-03-10 11:29 | Comments(0)

輪廻 百留ななみ

 きさらぎ九日に義母が百歳で大往生した。義母は息子二人に孫四人も男の子。私も息子二人に男孫一人。


やよい五日に孫の女の子が生まれた。義母にとっては曾孫。


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生まれ変わりではない。しかし百歳の一生を終えた義母、新しく生を得た女の子には何かの縁を感じる。義母の遺伝子を八分の一引き継いだ曾孫。


花を終えた蒲公英は綿毛を飛ばして次世代に生の鎖をつなぐ。ずっとその土に立ち続けている大きな樟。一生の長さはそれぞれ異なるが、いずれも限りがある。




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ホモサピエンスは人類の学名。種の名前。霊長目ヒト属で唯一の種である。いま世界中で約八十二億人らしい。


いま多くの生物が絶滅の危機にさらされている。百年前には一年間で一種ほどの絶滅だったという。1975年には約千種。いまでは一日に百種、一年間で四万以上の種が絶滅している。ものすごいスピードで多くの生物が絶滅しているのだ。


隕石が衝突したり、氷河期になったり幾度も危機に遭いながらも生き延びてきた命。ここ数十年の過去にはない絶滅のスピードは増え過ぎたホモサピエンスの勝手な活動によるものだと思う。


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少子高齢化と言いつつも人類の数はまだ増え続けている。


子を産み育てることはごく自然なること。無理をすることはない。多様化の時代、育てたい人が自由に責任を持って大人にさせてやったらいいと思う。


クローン人間なども登場しそうな時代だが、産み育てるのは人間。子育ては思うようにならないのが面白くもあり大変だと思う。


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生まれ変わるなら何がいい?空を飛ぶ鳥にあこがれる。水のなかもいいかも。なかなか思い通りにはならないだろうが、想像してみるとそれぞれの気持ちが少しはわかるかもしれない。


もうすぐクローンの桜、染井吉野も咲きはじめる。


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セツさんの遺伝子を継ぐミータンのにんまり笑顔は百年ながらふ








# by minaminouozafk | 2026-03-09 08:23 | Comments(0)

菜種梅雨  大西晶子

 先週の半ばに朝刊をとりに行ったら郵便受けにチラシが入っていた。市からの「節水を心がけてください」というもので、宗像市で使用している水道水には筑後川から送水されているものが入っているが、今は水量が減りダムにあまり残っていないと書いてあった。

 福岡市では水が足りなくなることがしばしばあるようで水不足のニュースを見たことあるが、宗像市ではあまり聞いたことがなかった。また筑後川の水がかなり離れた宗像市まで送られていることも知らなかった。水をもらっているなら比較的に近い遠賀川からかと思っていたのだ。その前日のTVニュースで筑後川の支流のダムが幾つか映り、どれもひどく水位が下がっているのを見たばかりだったから危機感を覚えた。


 もう50年近く前になるが福岡市に住んでいた時にひどい水不足で時間給水になったことがある。当時2歳と0歳の子が居て、紙おむつが普及する前だったので布のおむつを二人分洗濯する毎日だった。さいわい住んでいたのが大学の宿舎で、水道は一度タンクに貯められたものを使うようになっていたから、時間給水の間も24時間水が出て助かった。それでも水をできるだけ使わないように気をつかったことは忘れられない。

 マンションやアパート以外の家庭では本当に蛇口から水が出ないので不便だっただろう。宗像で今また時間給水となるとちょっと辛い。

 しかしその日の午後から雨が降り始め、二日間続いた。洗濯物を部屋干しするのはありがたくないが、今は雨が降ってほしい。次の日に出かけた病院の5階の窓から宗像市の水道に水が使われている釣川が見えた。雨あとなので黄褐色に濁っているが水量は多そうだ。菜種梅雨と呼ぶ春の雨、しばらく続いて水不足を解消してくれると良いのだけど。



菜種梅雨  大西晶子_f0371014_10343391.jpg



風呂の湯に手足のばして思ひたり雨多き国に住まふ恩寵



# by minaminouozafk | 2026-03-08 11:02 | Comments(0)

 昨日、新聞を読んでいた夫が「『栄養と料理』が休刊するんだってよ」と教えてくれた。かねてから、近い将来には料理雑誌は淘汰されていくだろうとは思ってはいたが、自分が親しんできたものがそうなるとやはり寂しいものがある。

 

『栄養と料理』は〈栄養〉と敢えてつけられているように一般の料理本とは異なり、栄養学の知識と、それを日々の食卓に生かすための料理を紹介している本で、出版元は管理栄養士など栄養にかかわる人材を育てる女子栄養大学の出版部である。創刊は1935年。戦中戦後の食糧不足の時代から流行り廃りに流されることなく、一貫して食と健康をテーマにその重要性を発信してきた。


『栄養と料理』休刊  栗山由利_f0371014_15310812.jpg

<沁みだらけの成分表は昭和56年版>

 この本との出会いは私がまだ小学校の高学年だった頃で、父が職場から月遅れで持って帰ってくれていた。当時、父の仕事の関係で住んでいたのは、生活用品を買える町までは歩いて1時間はかかるという辺鄙なところだったので、日々の暮らしに必要なものや食料品は週に1回来てくれる御用聞きのおじさんが頼りという状況だった。母はそのように材料が限られていたなかでも私たちを飽きさせることはなく、知っている限りの知識で工夫してくれていたのだと思う。


 そういう暮らしをしていた時に手にした『栄養と料理』は、どのページを開いても食べてみたい、作ってみたいものにあふれていて料理への興味を大きく拡げるきっかけになった本である。料理のみならず、全国の美味しいものの情報は私の頭の中に詰め込まれ、小布施は栗ね、仙台に行ったら仙台駄菓子を買って、秋田だったらきりたんぽ鍋食べないと……と、整理しきれないほど満杯になっていった。


 また本を読んでいるうちに次第に身に着いた、女子栄養大学で考案された〈四群点数法〉というバランスよく栄養を摂るためのメソッドは今でも食事を考える時の基本となって役立っている。白米をやめて胚芽精米を食べ続けているのもこの本からの教えである。当たり前の事だが人間の身体は口から入れるものでできているということをしっかりと教えてくれた本だった。


 今やスマホを開けば、YouTubeには有名シェフや料理人から料理好きの一般の人までたくさんの調理動画が観られ、素材をいくつか並べて検索をかければこちらもまたアプリだったり食品会社だったり、個人のブログだったりいろんなレシピが紹介される便利な時代になった。しかしその季節ならではの食材を使った料理や、伝え続けていきたい行事食、また季節が違えば料理に合わせている器とのバランスなど多くのことを料理雑誌は示してくれる。『栄養と料理』はデジタルメディアとしての発信は続くそうだが、つぎの料理を期待しながらページをめくる楽しみは消えてしまった。


『栄養と料理』休刊  栗山由利_f0371014_15310020.jpg

<72回目の雛祭り>


      テーブルを笑顔がかこむまんなかに主役となつて母の手料理


# by minaminouozafk | 2026-03-07 16:15 | Comments(0)


新・介護百人一首2025 大野英子_f0371014_07080408.jpg

コスモス3月号の「コスモス便」にて、NHK財団が毎年作品募集をして5年目になる「新・介護百人一首」の2025年入選作品集が発行されたことを、桑原さんがお知らせされていました。

桑原さんはこの企画の選者をされています。今年の白秋短歌大会に講師として来てくださったご縁で、大会資料と共に配布されていたのです。当時は抱えていることが多くて、読む余裕もなかったことを思い出し、読ませていただきました。


選者は桑原さんの他に、春日いづみさん、笹公人さん、花山周子さん、小島なおさん。今年は12948首の応募作品のなかから、入選作100首が掲載されています。

心に残った作品を紹介いたします。


皿を洗う水音に紛れ深呼吸心をととのえまた寄り添わむ  

青山将司(42歳)

 ご家族を介護される立場の方。介護される方と向き合う時間から、少し離れた時間は、ようやく一息つくとともに、どっと疲れも襲ってきます。そんなときに気付かれないように深呼吸で心をととのえようとする場面。水仕事を終えて振り向いた時は、きっと優しい笑顔をされていることでしょう。


  ぐったりともたれるようにカート押す夜九時スーパー私服の天使

                         新井ひろこ(46歳)

 天使と言えば「白衣の天使」病棟外での偶然見かけた姿を捉えています。「お疲れのご様子に声をかけられませんでした」と添えられています。病棟では柔和な笑顔で接してくださっていた落差を詠まれるとともに、医療介護現場の過酷さを浮き彫りにする一首です。


  洗濯ばさみゆっくりと付けるその動きともに干す日のやわらかな時間  

石川想凪(17歳)

 介護施設での実習生。なんでもやってあげるのではなく、ご高齢の方のペースに合わせ見守る時間。「会話がなくてもしづかな安心した時間を感じていました」と添えられています。タイパばかりが求められる現代、おもいやりの心を持つ、立派な介護士さんになって下さるでしょう。


  友からのLINEをそっと閉じながら向き合う祖母の昔話に

                         今道花音(16歳)

 祖母との時間を詠まれます。自分の楽しみを犠牲にしても祖母の話に耳を傾けるやさしさ。「そっと」という気付かれないような動作に祖母へのおもいやりと愛が伝わります。


  気づいてよ話す相手もなくただ一人自分を介護してる私を

                         大久保弘子(89歳)

 「夫は施設で、私は一人、ただぼんやりすごしております」と添えられます。

 日本の介護事情の闇を見た思いです。周りからはご主人の手が離れて良かったね。といわれているかもしれません。裕福な方は二人そろって介護付き住宅型老人ホームへ入られるのかもしれません。要支援認定にならず、外見は健康だからこそ抱える孤独。心の叫びです。


  施設行く朝父が言う微笑んでおまえの介護嫌じゃなかった

                         高橋直子(61歳)

 介護疲れから、同居のころは喧嘩も絶えず、施設入居に踏み切られた高橋さん。経験者として、読みながら涙が溢れた一首でした。


  くり返す同じ話もうなずいて今日は何度も夏が来ていた

                         土野央佳(16歳)

 夏休みに祖母と過ごされた時間を詠まれています。そうそう共通の会話もない祖母と孫とのほのぼのと優しい時間が過ぎていきます。短歌の完成度という意味でも下の句の展開が素晴しい一首です。


 今回は、介護される側よりも、老々介護の現実や十代の方の目線の作品が多く詠まれていました。

こんなに思いやりに溢れた十代が多くいる日本。そして助けを求める高齢者、介護者も多くいる日本。政治家の方には何としてでも平和と人間の尊厳を守っていただきたいと、あらためて感じたのでした。

 ちなみに、最後に上げた土野さんの作品は、日本介護福祉会会長推薦作品となられました。これからも、たくさん詠み続けていただきたいですね。

 この冊子は無料配布もされているそうです。興味のある方は、来年度の作品応募とともに、検索してみてください。


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      生垣をかさこそ揺らすなにかゐてなにかゐてなにか……すずめ翔びだす


# by minaminouozafk | 2026-03-06 07:12 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(0)