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盆開けからベランダの外に組まれたままだった外壁工事の足場とネットが消えていた。
先週末、実家に一泊して夜、帰宅すると突然無くなっていたので、消えたとしか思えなかった。
当初、一ヶ月の予定だったのが二ヶ月を超えて、見慣れ過ぎていたことも、そう思わせた要因だろう。
何せ九月は雨と台風の予報が多かった。
実際、台風は来なくても、外での工事は予報があれば中断するしかない。
その度、わが家のプランターや植木鉢は足場とベランダを行ったり来たり。
工事の若者達、ご苦労さまでした。
ホースで繋がれているエアコンの室外機はベランダの床を塗るとき、いったいどうするのだろうと思っていたところ、二日間宙吊りの刑という荒業も目撃!!

何はともあれ、久しぶりのベランダからの空。
ベランダからの空 大野英子_f0371014_07183351.jpg

翌月曜はすっきり秋晴。出勤前に急ぎ撮ったガラケーでのピンボケ、ごめんなさい。
火曜日、早朝五時はまだ星空。
このブログを始めたときは、アンタレスがあったはずの空にくっきりとオリオン座が現れ、ベテルギウス、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウスが冬の大三角を作り、おうし座のアルデバランも輝いている。
月日の流れは早い。冬が来る。

        もう誰も通らぬベランダの外を昼の三日月ひつそり過ぎる 英子


# by minaminouozafk | 2016-10-28 07:16 | Comments(6)

・一羽消え一羽あらわれ天上のきまぐれ神が遊ばす雲雀
・日の温み求めて蛇がのびている六十代の狭い坂道
・ドライアイス一日分がサービスの葬祭積立コースを選ぶ
・ブラインドを一一一一一から/////しばし眺むる十六夜の月
・病室の夜の長さをもてあそぶ魔が来て時間をこねては伸ばす
・トラックの荷台に立ちて行くガラスどこへ行っても立っていなさい
・月光をさらり柄杓でひとすくい入れて蓋して棺桶が成る
・出口へと通路をのぼる 今見たる映画の夢より足を抜きつつ
・灰神楽時に立たせてどっしりと火鉢があった祖父ちゃんが居た
・炙られてはじけるシシャモは網の上女はある日突然怒る
・金の斧落としましたと言う方が得なこの世に浮く昼の月
・芹なずな髑髏小町の眼窩よりごぎょうはこべら春の七草

野田光介氏は福岡県小郡市在住。短歌結社「やまなみ」の選者。県歌人会の理事、副会長を歴任された福岡歌壇の重鎮である。お会いするたびに温和な笑顔で気さくにお声をかけて下さり、つい、お父さんと呼びそうになってしまう。

しかし、本歌集を読んで、そんな野田氏の印象は間違っていたのではないかと思うに至った。鋭いのだ。そして面白いのだ。言葉の感覚が柔軟で軽やか。穏やかな日常に潜む毒を韻律に乗せてさらりと吐き出す。生きの日々にある悔しさや無念が独特な比喩によって文学に昇華されている。いやいや、油断ならない人物である。野田氏はあの好人物的笑顔の陰で、しっかり見るべきものは見ていたのだ。


・ガンで死ぬ干からびて死ぬ欝で死ぬ金魚と老母の死に方競べ
・水無月はほとけ顔した母が来る盥回しの盥に乗りて
・コスモスの枯れ尽くしたる土手寒し親は死ぬべし子は生きるべし

母上を詠んだ作品はどれも苦しい。背景には長い介護の時間があったのだろう。冷徹さの向こうに覗く母への思いが切ない。

「半人半馬」 野田光介歌集           藤野早苗_f0371014_01074548.jpg

本歌集のタイトルの由来となったのは、
・自転車に半人半馬号と書く人間半分やめたくなりて
という一首。半人半馬とはもちろんケンタウロスのこと。野田氏は、自身の内に住む、倫理や常識で縛ることができない荒ぶるたましいに「半人半馬」と名付けたのだ。

ケンタウロスは、芸術の神で好色の神。なるほど、一筋縄ではいかないこの歌集のタイトルとしてこれほど相応うものはないだろう。

装画はアルフレッド・コーエンの「Bicycle」
美しい半人半馬号である。


秋の雨後入り日を映すにはたづみ地獄の口のごとき明るさ 早苗
# by minaminouozafk | 2016-10-27 01:04 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(4)

埋蔵文化財というくくりで見れば、那珂川と御笠川に挟まれたこのあたり一帯を
「比恵遺跡群」という。そんなことを以前(どこかの水曜日で)書いたことがあった。
そのときに気にかかっていた遺跡は、いまも白く目隠しされて調査中である。

今日は、ピンポイントの「比恵遺跡」のことをすこし。

「ピンポイントの」などと軽めの冠をかむせたのは、
「比恵遺跡」と言って「比恵遺跡群」を指す言葉づかいもあり、
ややこしくなるのを避けるためである。

この遺構、保存中である。どういうふうに保存されているかというと、こういうふう。

那津官家(なのつのみやけ) 有川知津子_f0371014_21085729.jpg


調査後、きれいに埋め戻された。(24日夕撮影。右半分の翳りは背後に建つビルのおとす影)
風化とはよくいったもので、風に触れないのがいいのらしい。
埋め戻されてどれくらいたつだろうか。一般公開には時間がかかると聞く。

那津官家(なのつのみやけ) 有川知津子_f0371014_21473188.jpg

 


  少し前まではこんなかんじだった。
  こんなつもりで通りかかったところが、
  すっかり刈られていたのだった。






ところで、その歴史的価値は知るひとぞ知る。

わが国の正史の第一書『日本書紀』宣化天皇元年(536年)の条に、
「修造官家那津口」とある。これは詔の一節で、

「官家(みやけ)を那津(なのつ)の口(ほとり)に修造(つくりた)てよ」

とよむのだそうだ(小学館編新編日本古典文学全集)。

「官家を那津の港に建てよ」!

むろん、建てられたはずである。詔であるからには。

それでつまり、この「比恵遺跡」は、『日本書紀』に登場し、
「那津官家」と通称されるミヤケにゆかりの遺構と見られている。

「那津官家」とは?

(ざっくり言うと)大和政権が朝鮮半島情勢を見据えてつくった政治的軍事的拠点、
……深くは立ち入るまい。

いにしえの昔に、

官家を那津の港に建てよ!

との詔によって現出した建物がこのあたりにあったのだ。

  秋風はひかるほかなし壮年の祖父の航海日誌のうへに


# by minaminouozafk | 2016-10-26 06:53 | Comments(4)

10月22日土曜日は、ふくおか県民文化祭2016短歌大会。天神の真中、バーニーズニューヨークの5階のレソラホールでの開催で、雨模様にもかかわらずホールは満員。盛況でした。

講師は、「心の花」の伊藤一彦さん。演題は「短歌のある人生」。若山牧水の恋のうた、自然のうた、旅のうた、酒のうた、ふるさとのうたを引いて、「うたにならないものはない。何も詠むべきものがないという人は、人生を損している。」とお話されたのが心に残りました。

他にも、
・短歌は必ず推敲しないとダメ。そのためには、出来た後しばらく寝かせて、思いが沈静化したあたりで、表現を他者の眼差で客観的に見直す事が大切。
・歌を詠む際には、歌集原稿として歌を考える。そうすると、必然的に連作構成を考えるようになり、発展的に足りない歌を詠み足そうと思うようになる。逆に、以前詠んだような作品は、自己模倣として詠むまいと思うようになる。
・歌集は出した方がいい。そこで一区切りがついて次の世界へ踏み出す事が出来るようになる。
・色々な歌人の作品を読むのもいいが、1人の歌人を徹底して読むのは作歌の糧になる。
・日本人にとって、和歌は宗教的な位置付けだった。だからこそ、古来人は辞世に短歌を詠んだのだ。
などのお話が印象的でした。

予定の1時間をオーバーしての講演、いつもながら、伊藤さんのバイタリティには圧倒されます。人気講師なのも納得。会場は明るい空気で満たされていました。

さて、今大会の最高賞、福岡県知事賞は、筑後市の井寺容子さんの作品
・狼もこぶたも真似ずやはらかなママのこゑして絵本をめくる
井寺さんは、「やまなみ」所属。各種大会の最高賞総なめの歴戦の勇者です。今回も眼差のあたたかさ、特異性で抜きん出ていました。おめでとうございます。

大会終了後、「心の花」のみなさまと「コスモス」会員、そして「ポトナム」の中島行矢さんで、伊藤一彦さんとパチリ。

ふくおか県民文化祭2016短歌大会     藤野早苗_f0371014_02022974.jpg

楽しゅうございました。

大会役員のみなさま、お疲れ様でございました。ありがとうございました。


伊藤一彦さん繋がりで、もう一件。南の会の「梁」91号が届きました。この歌誌の特徴は文章が多く、しかも全て読み応えがあること。書き手が充実しています。
中でも嬉しかったのは、上村典子さんの時評「蕨のごとく頭垂れ」。コスモスの敬愛する歌人、柏崎驍二さんを4ページにわたって考察して下さっています。柏崎さんは今年の4月15日逝去。熊本地震の最中の事でした。7冊もの歌集を再読したという上村さんの、文筆に対する真摯さに感動し、丁寧な読みと鑑賞眼、なめらかな筆致に感服しました。

・岩手の風土に生まれ、育ち、生きることを選び続けて生き抜いた。拡散ではなく、自己の収斂を貫いたのだと思う。

柏崎驍二さんの生き方をよくぞ読み取って下さいました。ありがとうございました。

コスモス福岡支部より、近日刊行予定の次号「水城」は柏崎驍二特集号です。でも、結社外の方が心を尽くして書いて下さった批評を拝読するといいようのない喜びが湧いてきます。「梁」91号、ぜひご一読下さい。もちろん短歌作品も読み応えあります。

ああ、勉強しないと‼︎

ふくおか県民文化祭2016短歌大会     藤野早苗_f0371014_02044839.jpg


声太き人に悪人をらぬこと日向一彦見れば思ほゆ          早苗


# by minaminouozafk | 2016-10-25 02:01 | 歌会・大会覚書 | Comments(4)

秋茄子  百留ななみ


 野菜がない。高いのはもちろんだが、本当に品薄だ。デパ地下はいつも通り色とりどりの野菜がならんでいるが・・・


野菜は天候に大きく左右されるので、不作な時はあって当然だ。しかし、このごろはずっとずっと品薄がつづく。実りの秋になってもそれは変わらない。


秋茄子  百留ななみ_f0371014_06364646.jpg


我が家の小さな菜園で10月も終わりに近い今、一番元気なのは茄子。さすが秋茄子。葉脈のむらさき、花のむらさき、実のむらさき、微妙にちがって美しい。ピーマンもまだ元気。いずれも夏野菜だ。9月に蒔いた大根、蕪、小松菜などは発芽したもののあまり大きくならない。間引き菜はせいぜい味噌汁の具だが、ぼちぼち浅漬けに。 


凄まじい暑さのまえの春、キヌサヤ、空豆はわりと採れたが、玉ねぎは小さく不作だった。庭に出るのもためらった8月は、途中からトマトもインゲンもあきらめてしまった。私の住んでいる小さな城下町長府には昔ながらの市場があり、路地で朝取り野菜を農家のおばちゃんが売っている。この夏、おばちゃんの数はめっきり減り、9月もほとんど見られなかった。ようやく、先週はじめて掘ったと言う里芋、サツマイモ、蕪や大根の間引き菜などを並べているおばちゃんに出会えた。朝9時過ぎ、すでに葱、小松菜は完売だった。


食はたいせつな源である。外食、中食では野菜の品薄には気が付かない。魚の旬もわからない。脂が乗った鰯は焼くだけでおいしい。高菜の間引き菜も浅漬けにするとちょっとピリピリで御飯がすすむ。掘りたての里芋は煮るだけで本当にほっこりしている。おしゃれで美味しいお店も、簡単にスマホで見つけられる。しかし、一方では鈍感になってしまっているようで。もっと土を大地を触り、踏みしめたい。土からあらゆる植物が発芽する。その草を食べる虫や動物。それを食べる動物。雑食の人間はなんでもいただく。できるだけ、野菜も魚もそのままの形で食べたい。と言い訳していつも大雑把な手抜き料理である。



晩秋の茄子はフライに間引き菜の蕪は浅漬け鯵は昆布締め

百留ななみ


# by minaminouozafk | 2016-10-24 06:42 | Comments(6)