2016年 10月 28日
ベランダからの空 大野英子
先週末、実家に一泊して夜、帰宅すると突然無くなっていたので、消えたとしか思えなかった。
当初、一ヶ月の予定だったのが二ヶ月を超えて、見慣れ過ぎていたことも、そう思わせた要因だろう。
何せ九月は雨と台風の予報が多かった。
実際、台風は来なくても、外での工事は予報があれば中断するしかない。
その度、わが家のプランターや植木鉢は足場とベランダを行ったり来たり。
工事の若者達、ご苦労さまでした。
ホースで繋がれているエアコンの室外機はベランダの床を塗るとき、いったいどうするのだろうと思っていたところ、二日間宙吊りの刑という荒業も目撃!!
何はともあれ、久しぶりのベランダからの空。

翌月曜はすっきり秋晴。出勤前に急ぎ撮ったガラケーでのピンボケ、ごめんなさい。
火曜日、早朝五時はまだ星空。
このブログを始めたときは、アンタレスがあったはずの空にくっきりとオリオン座が現れ、ベテルギウス、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウスが冬の大三角を作り、おうし座のアルデバランも輝いている。
月日の流れは早い。冬が来る。
もう誰も通らぬベランダの外を昼の三日月ひつそり過ぎる 英子
2016年 10月 27日
「半人半馬」 野田光介歌集 藤野早苗
2016年 10月 26日
那津官家(なのつのみやけ) 有川知津子
埋蔵文化財というくくりで見れば、那珂川と御笠川に挟まれたこのあたり一帯を
「比恵遺跡群」という。そんなことを以前(どこかの水曜日で)書いたことがあった。
そのときに気にかかっていた遺跡は、いまも白く目隠しされて調査中である。
今日は、ピンポイントの「比恵遺跡」のことをすこし。
「ピンポイントの」などと軽めの冠をかむせたのは、
「比恵遺跡」と言って「比恵遺跡群」を指す言葉づかいもあり、
ややこしくなるのを避けるためである。
この遺構、保存中である。どういうふうに保存されているかというと、こういうふう。

調査後、きれいに埋め戻された。(24日夕撮影。右半分の翳りは背後に建つビルのおとす影)
風化とはよくいったもので、風に触れないのがいいのらしい。
埋め戻されてどれくらいたつだろうか。一般公開には時間がかかると聞く。

少し前まではこんなかんじだった。
こんなつもりで通りかかったところが、
すっかり刈られていたのだった。
ところで、その歴史的価値は知るひとぞ知る。
わが国の正史の第一書『日本書紀』宣化天皇元年(536年)の条に、
「修造官家那津口」とある。これは詔の一節で、
「官家(みやけ)を那津(なのつ)の口(ほとり)に修造(つくりた)てよ」
とよむのだそうだ(小学館編新編日本古典文学全集)。
「官家を那津の港に建てよ」!
むろん、建てられたはずである。詔であるからには。
それでつまり、この「比恵遺跡」は、『日本書紀』に登場し、
「那津官家」と通称されるミヤケにゆかりの遺構と見られている。
「那津官家」とは?
(ざっくり言うと)大和政権が朝鮮半島情勢を見据えてつくった政治的軍事的拠点、
……深くは立ち入るまい。
いにしえの昔に、
官家を那津の港に建てよ!
との詔によって現出した建物がこのあたりにあったのだ。
秋風はひかるほかなし壮年の祖父の航海日誌のうへに
2016年 10月 25日
ふくおか県民文化祭2016短歌大会 藤野早苗
2016年 10月 24日
秋茄子 百留ななみ
野菜がない。高いのはもちろんだが、本当に品薄だ。デパ地下はいつも通り色とりどりの野菜がならんでいるが・・・
野菜は天候に大きく左右されるので、不作な時はあって当然だ。しかし、このごろはずっとずっと品薄がつづく。実りの秋になってもそれは変わらない。

我が家の小さな菜園で10月も終わりに近い今、一番元気なのは茄子。さすが秋茄子。葉脈のむらさき、花のむらさき、実のむらさき、微妙にちがって美しい。ピーマンもまだ元気。いずれも夏野菜だ。9月に蒔いた大根、蕪、小松菜などは発芽したもののあまり大きくならない。間引き菜はせいぜい味噌汁の具だが、ぼちぼち浅漬けに。
凄まじい暑さのまえの春、キヌサヤ、空豆はわりと採れたが、玉ねぎは小さく不作だった。庭に出るのもためらった8月は、途中からトマトもインゲンもあきらめてしまった。私の住んでいる小さな城下町長府には昔ながらの市場があり、路地で朝取り野菜を農家のおばちゃんが売っている。この夏、おばちゃんの数はめっきり減り、9月もほとんど見られなかった。ようやく、先週はじめて掘ったと言う里芋、サツマイモ、蕪や大根の間引き菜などを並べているおばちゃんに出会えた。朝9時過ぎ、すでに葱、小松菜は完売だった。
食はたいせつな源である。外食、中食では野菜の品薄には気が付かない。魚の旬もわからない。脂が乗った鰯は焼くだけでおいしい。高菜の間引き菜も浅漬けにするとちょっとピリピリで御飯がすすむ。掘りたての里芋は煮るだけで本当にほっこりしている。おしゃれで美味しいお店も、簡単にスマホで見つけられる。しかし、一方では鈍感になってしまっているようで。もっと土を大地を触り、踏みしめたい。土からあらゆる植物が発芽する。その草を食べる虫や動物。それを食べる動物。雑食の人間はなんでもいただく。できるだけ、野菜も魚もそのままの形で食べたい。と言い訳していつも大雑把な手抜き料理である。
晩秋の茄子はフライに間引き菜の蕪は浅漬け鯵は昆布締め
百留ななみ




