2016年 10月 07日
コスモス短歌会長崎全国大会 稲佐山から 大野英子
中一まで長崎で育ち<稲佐の山を名に負える(だったかな?)>と言う校歌の稲佐小学校に通っていた私は、小学生時代の遠足と言えば春秋とも、お膝元の稲佐山登山!?でした。東京タワーと同じ333メートルの山をぐるぐると歩くのは苦行。でも初めての歓迎遠足では、六年生が手を繋いで励ましてくれながら歩き通せた事、山頂で食べた母手作りのお弁当が美味しかった事、満開のツツジが美しかったこと。鮮明に覚えています。
そんな風で、稲佐山は歩くもので、ロープウェイには乗ったこと無かった・・・
ついに今回、周遊タイムに南の魚座女子で念願のロープウェイに乗りました!!
歩けば2時間はかかる道のりを、足元を吹き抜ける風も臨場感を煽るロープウェイは5分。すっかり近代的になった展望台からの、360゜の大パノラマ。と言ってしまえば、何か陳腐になりますが、見渡せるそれぞれの場所に思い出が蘇って来ました。

写真の場所は、福田海水浴場辺り。ボケボケでごめんなさい。
バスに乗って一山越えて家族で行ったなあ。幼い頃は遊園地もあったはず。調べると私が生まれる前年に長崎遊園地の名で市内唯一の遊園地施設として誕生。<福田の遊園地>の名で親しまれ、プール、ゴーカート、観覧車、夏場にはボート遊びや釣りができる海水浴場も開かれていたとある。はい、お世話になりました。
帰宅後、久しぶりにアルバムを開くと、プール内を廻るボートに乗る幼い兄と私、プールの縁に腰掛けてポーズを取る父が居た。
父、兄と笑ふ写真はああさうだ母の視線と愛のただなか 英子
のちにはハウステンボスなどに押され衰退、晩年はひなびたテーマパークとして番組で取り上げられたりしたらしい。1997年閉館。うーん、時代の流れというものですね・・・
現在は跡地に、マンション群として再開発されている。写真前面がその建物と思われます。
大会は無事終了。お世話になりました。お話出来た方、残念ながら出来なかった方、またお会いできる日を楽しみにしています。

2時間程の高速バスでの帰路、爆睡から覚めた都市高速からの見慣れた景。元博多パラダイスと、右手は豪華客船。
博多の街は、当然ながら中国からの観光客に溢れていました。長崎へも行って下さいね~。
2016年 10月 06日
梅内美華子歌集「真珠層」 藤野早苗
2016年 10月 05日
母娘互選 有川知津子
おとといの昨日で長崎全国大会の全日程の記事をあげてくる早苗さん、
おそるべし、である。その早苗さんの総論的大会記に付け加えることは、ほとんどなくて、
けれどもなんとなく長崎大会から離れがたい。――ということで、
各論のさらに各論の補注ほどの個人的なことを少し。
互選。
突きつめて考えたことはなかったけれど、今書きながら、相互選歌の略かしら、などと思う。
その互選。この大会では、グループから5首、全体から5首を選び、
あらかじめ選歌葉書を出すことになっていた。
母(長崎)と私(福岡)は同じグループA。
この母娘は支部が違うから、お互いの歌が互選の対象になったことはなくて、
こんなことは、この大会がはじめて。
もちろん、どれが私の歌かなんて母は知らない。万が一にも、娘への訳の分からない
突発性の情熱におそわれて、その歌を選んでしまうことがあってはいけない
という配慮からである。――母親の過ぎた愛情が引き起こす悲劇は人類史上にいくらでも
拾うことができるではないか。
啄木の罪をかぞへてざりつざりつ24人の歌会はなやぐ
Aグループは、「みんなに選ばれる歌はおもしろくない」というニュアンスの、
ある意味まっとうな意見もまっすぐに放たれながら、無事、終盤をむかえ、作者名と得点が
整理されたプリントが配られた。
(これには、誰が誰の歌に票を投じたのかまでは記されていない。)
ありがとう。逢えてよかった。ほんとうに。
――こもごもに感謝の言葉を尽くして、わかれてゆく。
母と私は、長崎港へ向かうくるまの中で、どの歌を選んだのかを告白しあった。
母は私の歌を選び、私は母の歌を選んでいた。(私たち二人の、場所柄をわきまえぬ
あのキッカイな高揚にピクリともしなかった運転手氏は、まことのプロであった。)

この大会に親娘で参加なさったみなさまです。
小島ゆかりさん、なおさん。
松尾佳津予さん、祥子さん。
松尾家は、祥子さんのお姉さまの池田恭子さん
そしてそのご夫君の池田弘道さんもご出席!
水上比呂美さん、芙季さん。
大会初日の周遊の地、浦上天主堂。
同日の撮影です。
2016年 10月 04日
2016コスモス全国大会in長崎 藤野早苗

2016年 10月 03日
片足の斑猫 百留ななみ
雨の多い9月だった。そういえば、まだこの秋は斑猫に出会っていない。赤、青、緑のきらめく宝玉の小さな甲虫だ。たしか去年は・・・の裏路地はすっかりきれいに草取りを終えたばかり。〈みちおしえ〉と言われ、人の歩く先をひょいひょいと飛ぶ。ぜひ写真にと思うのだが、仕草が猫に似ているからの名前の由来もあるようで、かなり俊敏な動きをする。
今年は会えないだろう。ありえない暑さとそのあとの長雨。小さな祠のそば、私を導いてくれる一匹、着地したのは色つややかにきらめく斑猫。スマホを構え、ゆっくりズームして近づく。なんとか撮り終えるまで待っていてくれた。
帰って、さっそく写真を見てみると、なんとこの斑猫、左足がない。どおりで私のカメラにおさまってくれたのだ。このごろ弱者への凄惨な事件が続く。だいたい弱者という言葉も上から目線で不謹慎だと思う。何を基準の強弱なのか。曇り空へ飛び立っていった片足のハンミョウ、大丈夫だろうか。きっとだいじょうぶ。金子みすゞの みんな違ってみんな良い の優しさ、ふところの広さは・・・。

泉鏡花の『龍潭譚』は幻想的な初期の短編だ。赤く咲き乱れる一面の躑躅のなかで少年千里は、斑猫に刺され姉に気づかれないほど頬が腫れ上がり、神隠しにあう。そして異界に踏み込みつつも現実世界にもどってくる。斑猫には毒はないがその美しさからか超人的な力を感じる虫だ。
なぜか、斑猫のきらきらのみどりや赤は、とおい夏の祭りのメロンソーダ、リンゴ飴を思い出す。斑猫は英語では tiger beetle 虎のような甲虫だ。やはり、動作は猫科に似ているらしい。
片足のハンミョウ跳べり曇天の小さき祠を幽かに照らし
百留ななみ







