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馬が好きである。
20代後半、近くに乗馬クラブができたのを機に乗り始めた。
馬の体高はほぼ140センチ。その背に跨って見る世界は思いの外、開けている。

当時の私は公立高校の教員。担任していたクラスは何かと問題が多く、日々疲れきっていたが、週末は馬に会えると思うと元気が出た。


乗馬のスタイルは幾つかあるが、私ばブリティッシュライディング。中でもショウジャンピングと呼ばれる障がい飛越競技が好きだった。トリプルのメーター障がいを跳ぶこともある。それに必要なのは、もちろん技術。そして勇気。乗り手が怖がっていると馬は混乱する。重心を尾骶骨に真っ直ぐ下ろすイメージで跨り、脚を締め、馬の律動に合わせながら、推進力で走る。乗り手と馬、両者に信頼が無ければ大事故にも繋がる。こいつになら任せられる、そう心を決めて乗れば、馬はきちんと答えてくれた。

馬に教えられたことは多い。言葉でごまかされない分、馬は人間の本質を見抜く。乗り手が怖がって手綱を引きすぎると馬銜を外そうと暴れるし、鞭を当てすぎると必要な指示が伝わらなくなる。馬に暴走されたり、立ち上がられたり、自分の身に危険を感じて初めて、自らの不徳に思い至ったわけである。

ああ、そうか。生徒たちはこんな気持ちだったんだ。「もっと信じて、やる前から失敗するなんて思わないで。」馬に乗り始めてようやく生徒の声を聞けるようになった。相変わらずダメ教員だったけど、仕事がそんなに嫌でもなくなった。

結婚、育児で遠ざかっていた乗馬を2年前から再開した。もう障がいは跳ばない。肩の力を抜いてただ馬の背に揺られている。


どこまでがわたしでどこから馬ならむケンタウロスとなり歩みたし
                           藤野早苗

馬が教えてくれたこと    藤野早苗_f0371014_10533558.jpg
          ハーバーカピタン号と。
(なんか馬に似てる、この頃の私

# by minaminouozafk | 2016-09-15 10:54 | Comments(5)

突然、窓の外が明るくなった。まるでUFOが降りてきたような明るさだ。
ベランダに出てみる。なんて光なんだろう。
夕陽の氾濫。雨雲の薄いところを破ってこちら側に流れ込んでいるのだ。
ほうっと溜息がもれる。――しばらくしてからだ、写真を撮ることを思いついたのは。

そこにある虹 有川知津子_f0371014_15054327.jpg


眼を閉じて開くたびに翳りが深くなってゆく。もう少し見ていたい、と思わせるほどの果敢なさだ。
けれど、あまり時間がない。室内にもどろうとして振り返るとしぜんと反対側の空が見え、
思いがけないものが目に入ってきた。

虹だった。
夕陽ばかり見て背後の虹にちっとも気づかないでいたのだ。

アインシュタインは「私が見ていなくても、月はそこにある」と言った。虹もそこにあった。
あと少し振り返るタイミングが遅かったら、そこにある虹に気づかないままだったかもしれない。
そう思うと奇蹟的な邂逅のように思えて無闇にうれしくなる。
けれどもまた、
気づかないままに遣り過ごしてしまう虹が、この先どれほどあるのだろうかとも思ったのだった。

  屈折のうつくしさかな玉かぎるゆふぞらに立つ虹のいしぶみ

そこにある虹 有川知津子_f0371014_14515100.jpg

夕虹。9月4日(日)の撮影。ほとんど消えかかっています。
二重虹ですが分かりにくいですね。どうか心眼で。

土曜日(9月10日)の由利さんが、朝の虹をあげています。
虹の内側と外側の空気の感じの違いがよく分かる写真です。



# by minaminouozafk | 2016-09-14 08:22 | Comments(6)

奧村晃作歌集『ビビッと動く』       藤野早苗_f0371014_02312923.jpg
奧村晃作歌集『ビビッと動く』       藤野早苗_f0371014_02315549.jpg


わが家には熱烈な奧村晃作ファンがいる。それは最新歌集『ビビッと動く』を抱きしめて寝ている猫さま…ではなく、うちの娘18歳である。

小高賢のアンソロジー『現代の歌人140』を読んだ娘の一押しが、奧村晃作なのであった。

娘は基本、短歌に興味がない。短歌だから読むのではなく、それが何であっても面白ければ読む。短歌作品の批評軸しか持たない私には分からない、奧村作品の鑑賞の仕方があるのかもしれない。門外漢の言辞は時に本質を射抜くものだ。

・ 味噌を食い蟹の体の肉を食い十本の脚の筋肉を食う
・両手伸べTの字に立ち赤き衣の夢二の女は手に扇子持つ
・人物と山、湖の絵が多いスイスの国民画家のホドラー
・吊橋のあんまり高い橋だから前見て橋の真ん中歩く
・必敗の囲碁であったが相方がゆるい手打って勝ちが転がる
・〈お茶ノ水橋口〉を出て地下鉄の「お茶ノ水」まで歩いて二分
・俊敏の佐藤慶子の鳥のごとビビッと動く脳を思えり

集中から引いた。
日本人は察することが上手い民族だ。実際には書かれていないことを空気感を読んで了解する。短歌を読むとき、そして詠む場合もそうだ。どれだけ言わずに伝えられるか、31音の短詩がどんな物語になるのか、短歌の醍醐味はここにあると私たちは考えがちだ。そういう意識で奧村作品に向かうと、かなり残念な感想を抱くことになる。

けれど以前、行間を読めと言われて「白い」と答えた娘が奧村作品を読んだ場合、上記作品は秀歌となるのである。奧村作品においては言葉と意味つまり表現の対象は1対1の合理的な対応をしている。重層性がない、それゆえの余韻がないと言われればそれまでだか、代わりに底抜けの開放感があり、決して他の歌人とかぶらない独自の表現は飄々とした魅力にあふれている。しかも、奧村氏は受けをねらっているわけではない。極めて真面目に日々作歌に邁進しているのである。この自らを恃む心の強さが従来の短歌観から奧村短歌を自在に解き放っている。

奧村短歌の後継はなかなか難しい。これだけ無欲無心無邪気に歌に向かえる人間はいない。その意味でも、奧村晃作はやはり天才なのである。


一念は岩をも通す滴てきと只事を詠む奧村短歌 藤野早苗


# by minaminouozafk | 2016-09-13 02:30 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(4)

百留ななみ

青毬の見しもの


近くの幼稚園の裏庭に小さな栗の木を見つけた。桃、栗三年と言うが、今年はじめてだろうか。

梢に青毬を2つ付けている。それは、栗の木ロボットの目玉のようで愛らしい。


百留ななみ_f0371014_06053101.jpeg


人間はあちこち移動する。それを旅というのか。今は飛行機でだれでも地球の裏側までもオリンピック観戦に行ける。宇宙までもロケットで。同じ生き物でありながら、植物は移動しない、いや動けない。動かない植物の視点はどっしりして揺るぎがないように思う。たぶん青毬も小さい時からずっと初夏の空、猛暑の空をながめている。屋根なんかないから満天の夏の星も三日月も知っている。もしかしてミサイルも。


以前、栗の産地で2年ほど暮らしたことがある。3月は葉をきっぱりと落とし裸木となった栗の木の芽生え。黄緑色の小さな芽がきらきらしている。独特の匂いの花の咲く6月。梅雨の語源は栗花落(ついり)と言う。その後、雌花は小さな緑の金平糖のような実となる。ほんとうに可愛い。それが、徐々に大きくなって青毬に。内側から満ち満ちてきたら、重さに耐え切れずその実を落とす。そして、秋風が木枯らしに変わるころにはすっぱり葉を落とし再び裸木となる。


ドラマチックで凛々しい栗の木。冬の明るい栗の林は気持ちが良い。雨の頃の枝垂れた白花。いがいがの中の艶々のずっしり重い実。縄文時代から食べられ、万葉集にも歌われている。


ぼちぼち八百屋さんの店先にも栗が並び始めた。渋皮煮、栗ごはん、モンブランも大好きだが、あの厚い皮を剥くことを思うとついつい買うのをためらってしまう。沢山いただいた時は頑張ってナイフで剥くのだが、渋皮を傷付けずに剥くのは、気力と手力が要る。だから、なんとか栗ごはんにはなるが、渋皮煮はなかなか難しい。

この秋、ゆったりとした気持ちで渋皮煮をと思うのだが・・・


栗の木の梢の二つの青毬が見てゐる核の弾頭ミサイル

百留ななみ


# by minaminouozafk | 2016-09-12 06:17 | Comments(5)

三つの井戸

二百十日も過ぎた今頃、怪談めいた話も気がひけるのだけど、最近見たり、聞いたりした三つの井戸のお話。


7月に法事で京都府に行き、帰りに姫路城に寄った。そこで見たのが「お菊の井戸」。
夜な夜な腰元の幽霊があらわれ、お皿をかぞえるという怪談でおなじみのお菊さんの出る井戸だ。
皿屋敷の怪談には〈播州皿屋敷〉と〈番町皿屋敷〉とがあるそうで、こちらは播州。
この井戸は大きく、周囲を石の柵で囲まれていて底などは見えない。
伝説のもとになった話では、切り捨てられたお菊さんの遺骸が井戸に投げ込まれたというのだが、その後城の住人たちはしばらくは井戸が使えず水に困ったのでは、それとも気にせずその後も井戸を普通に使ったのか。余計な心配をしてしまう。
柏崎驍二歌集『四十雀日記』には姫路城を詠んだ一連があり、その中に〈石の門低きを潜(くぐ)り来て立ちぬ腹切り丸の暗き中庭〉がある。天守閣の出口の先に腹切り丸があり、そのすぐ先にお菊の井戸があるのだが、それは詠まれていないのか歌集に見当たらない。


次は高野山で見かけた「姿見の井戸」。
こちらは画像でお分かりになるように小さな井戸だが、伝説が怖い。
この井戸を覗いて、水に顔が映らなかったら、三年以内にその人は亡くなるのだという。
祠に手を合わせた後で井戸を覗くべきかどうか躊躇していたら、先客の若いカップルがさっさと寄って行き、奇声をあげた。「水が無いやん!」。
これはどうなのだろう、たぶん伝説の有効期限切れ?



三つめ。
何気なくつけた夕方のテレビで、京都の六道珍皇寺の井戸「小野篁冥土通いの井戸」を見た
小野篁は百人一首の〈わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣船〉の作者だ。
名歌をのこした人は勤勉でもあったらしい。
毎晩冥土に通い、閻魔庁で仕事をしていたという。
映像の〈小野篁冥土通いの井戸〉は大きくて立派だった。
毎日通うには大きな井戸でなければ出入りが大変だったのだろう。
夜は冥土で、昼は朝廷で働いていた篁さんの体力を思う、名歌を詠むにはやはり体力が必要らしいと。




昭和30年代、私が子供だったころまでは地方では井戸のある家が多かった。
母の実家では夏には西瓜やサイダーを冷やし、冬は洗濯の水が温かいと喜んでいた。

岩波現代短歌辞典の井戸の項には「~現代に近づくにつれて、井戸というものは廃井や晒井(さらしい)というように、水の絶えた井戸を詠んだり、レトロなものとして表現されたり、空想上のものとして喩に使われている。~」(執筆者前田康子)とある。

地下の水脈に通じる井戸は、生活の一部でありながら、神秘的でもあっただろう。
深い井戸の底は不気味だし。
幽霊が出たり、冥途に通じたり、人の寿命を宣告したりする井戸。
水への畏怖を感じさせない水道の蛇口からは、このような伝説は生まれない。便利だけど少し寂しいと思う。

土間のすみに井戸の在りにき一軒の使ふ水みなそこで汲むべく  大西晶子

写真は2番目の井戸、高野山奥の院の「姿見の井戸」

三つの井戸_f0371014_11175262.jpg

# by minaminouozafk | 2016-09-11 07:00 | Comments(7)