昨日の早苗さんの記事にあがらなかった作品を引いてみようと思う。

*印は、24日(土)の勉強会で、言ったこととか言わなかったこととか書いてみた。


◆藤野早苗「C'era una volta.

 エンドウを修道院で育てつつ司祭メンデル遺伝学なす

 *事実を述べて無類におもしろい。加速してゆくリズムにも惹かれる。

 のびしろはまだまだあるぞ筍のてんかちの指す空の奥行

 *あとを追って「あるぞあるぞ」と言いたくなる。輪唱したくなるのは私だけ?

  「てんかち」が楽しさに大いに寄与している。


◆鈴木千登世「きのふのごとし」

 おほぞらにさざ波の音奏でゐる葉群ゆたけき壮年の樟

 *「壮年の樟」への注視が、若木の頃の樟、未来には朽ちる樟の様子まで思わせる。

 磯の香をたどりて樹々の間を行けばゆらぎの森の果てに わたつみ

 *森をぬけると海だったという歌。

  たとえば、このように平たく言ってみると、詩までの距離が分かる。


◆大野英子「否、愛したい」

 初孫をつひにみせざる兄とわれ法名塔の永久(とは)なる余白

 *結句「余白」の余韻が重くひびき、一族の先端にたたずむ兄妹の姿が思われる。

  そもそも「法名塔」を詠んだ歌はどれくらいあるのだろうか、などとも。

 カラスビシャク、カラスノエンドウはつなつをいきほひづいてゆく鴉たち

 *遊び心全開の歌。

  その植物を知らなくても楽しめる。……もしかして知らない方が楽しめる?


◆栗山由利「まつ白の羽」

 好き勝手言つてゐるやう水仙は口をとがらせそつぽを向いて

 *水仙といえば香り。けれどもその香りを詠むことに興味はないといったふう。

 ぬか床にあとは任せていちにちの仕事じまひのお湯割りを呑む

 *「任せて」で小休止し、あとはひと息に詠む気合いが心地よい。

  もちろん、「ぬか床」でなくてはならないし、「お湯割り」でなくてはならない。


◆大西晶子「変はらぬ光」

 わきに抱くパンが匂へりひとけなきラグビー場の階のぼるとき

 *身じろぐとパンが匂う。

  喧噪に沸き返る試合中のラグビー場だったら気づかなかったであろうパンの匂い。

  静謐を引き立てる匂いでもある。

 沈丁花にほふ春風にのりてゆけ送り出したる支部報「水城」

 *「水城」への無上の愛が伝わる。


◆百留ななみ「あとの奔放」

 みなづきの藍の朝顔ひらく今朝あの世のひかりがひとすぢとどく

 *辻本美加さんへの思いから詠まずにいられなかった歌。

 線だけではだかのこころを包み込む雪のにほひのクレーの天使

 *クレーが描く線は、「はだかのこころを包み込む」。なるほどと思う。



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          「南の魚座」の裏表紙(表紙は昨日の記事に



以下、縁の下から壁の裏から力強く支えてくれる三氏の作品。


◆中村仁彦「星座を抱く」

 複素数自在に歌ふこはさありインカの丘にヨハネの街に

 *早苗さんも書いていたように、なかむーはメンバーを詠んでいる。

  では、上の歌は誰のこと? 実は、詠まれた本人自身忘れていたことを、

  なかむーは覚えていて、それが歌になった。正解は、晶子さん。


◆辻本浩「あるちゅうはいまー」

 上司なるわれの話は受け流せ酔いどれの小言は役には立たぬ

 *第4句の9音のモタモタはそのまま「酔いどれの小言」のようだ。8音じゃ足りない。


栗山貴臣「二十歳のゑがほ」

 毎年の三月二十日に来る便り少なき文字に想ひ巡らす

 *詞書きも注もない。

  けれども「毎年の」とあるから、きっと本人にとっては大切な日だ、と分かる。



 

            ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



  いにしへのプトレマイオス楽しみき星をむすびて名まへをつけて



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# by minaminouozafk | 2018-03-28 05:31 | Comments(7)

3月24日土曜日、桜7分の春爛漫。

「南の魚座Vol.1」批評会@福岡市中央区大名1-14-28 AIPカフェ。


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有川知津子、大西晶子、大野英子、栗山貴臣、栗山由利、鈴木千登世、中村仁彦、百留ななみ、藤野早苗の9名参加。顧問ひろりんこと、辻本浩氏はお引越しで欠席。春だもの、仕方ないですね。


本誌完成については、3月18日の号外でお知らせした通り。

今日は、メンバーの作品を少し、紹介しつつ批評会当日の様子をレポします。

(作品引用及び批評は掲載順)


・藤野早苗 「C‘era una volta.

1 洗ひもの片付けシンクに水放ち ああ母といふ昏き裂け目(クレバス)

2 覚めるたび蒸留されて純水のごときさびしさいつてき、にてき

1は母という存在の定義が興味深い。

2はブログのエッセイと抱き合わせで読むと背景がよりわかるが、一首でも了解範囲。さびしさの抽象性を「純水」のしずくが掬っている(みんな、ありがとう)


……早速で申し訳ないのですが、実は藤野、ここから不在。同日の福岡市文学賞の贈賞式に出席していたのでした。なので、以下、4名は私見です。すみません。批評会で出た意見は誰かまたアップして下さい。

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AIPカフェのあるビル1階にいた猫とオブジェ。


・有川知津子  「林檎のコラージュ」

1 野十郎のこの一灯を 手渡しのこころにて押す送信ボタン

              *「高野野十郎展」

2 ちはやぶる香椎の宮は春をよぶゆびに応(こた)へて降りてくる青

1は当ブログでもロングランで閲覧数が多かった記事に添えられた一首。「手渡しのこころ」という究極のアナログと送信ボタンのミスマッチがいい。

2は作者のワールド全開。ゆびに空の青が降りてくるなんて、すばらしい。


・鈴木千登世  「きのふのごとし」

1 二千年の時を隔てて向き合ひぬポンペイの犬シュンクレトゥスと

2 くるりんと世界転ずる不可思議の力あるなり生まるるといふは

1はポンペイ展鑑賞の一首。2000年の時を「シュンクレトゥス」という一匹の犬の存在を詠むことで一気に引き寄せる力量がすごい。犬の名前に詩情がある。

2は、生まれるというドラマを「くるりん」というオノマトペで鮮やかに切り取った点に感服。


・大野英子  「否、愛したい」

1 焼き菓子屋は人思ふ場所贈りたきたれかれの顔を浮かべつつ選る

2 追ふほどにとほくなりゆく思ひ出の夕日のはての十万億土

1、2ともに行間に漂う淡い喪失感が胸をうつ。感情の機微を安易に言葉にしてはいけない。この不文律をあらためて認識させられた作品群。抑制力が効いた作品。


・栗山由利  「まつ白の羽」

1 一歳のおちよぼ口からとびだした「コッコッケーコ」が夏風に乗る

2 顔いつぱい口を広げて子ツバメはたいやう踊る夏をのみこむ

1の「コッコッケーコ」秀逸。孫歌なんだけど、甘くない。見るべきものを瞬時に作品にしている。結句の納め方もうまい。

2に溢れる生命感。人生に前向きな作者のありようが伝わってくる。



……ここから藤野再び参加@ロバーツコーヒー(長引いたのね、場所換えですか)。

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・大西晶子  「変はらぬ光」

1 えんぴつの色うすく書く中一の少女の歌に初恋が見ゆ

2 父を恋ひ紅ひく母のわかき顔見えぬかかたみの鏡の奥に

ともに人を恋うこころを詠んだ作品。少女のういういしい恋と、母上のこっくりとした慕情。臈たけたひとりの女性として適度な距離感をもって詠んだ点に個性を感じる。


・百留ななみ  「あとの奔放」

1 パソコンがなくてよかつた息子らのゆるくて暑い自由研究

2 かたあしの斑猫が跳ぶ曇天の祠の土をたしかめながら

1の「ゆるくて暑い」が昔の夏休みのさまを端的に語る。いい時代だったなあ、と懐古的になったりする。2の具体がいい。斑猫が片足であるとか、祠の土をたしかめるとか、作者の微細でやさしい眼差しがよい。



……ここから、マネジメント担当メンバー、3名。12首掲載だから、すみません、抽出は1首ね。


・中村仁彦  「星座を抱く」

大型のバイクを止めて夕暮れの猫じやらしと会話するひと

広報担当なかむーこと中村さんは今回、「南の魚座」メンバーを詠んだ作品を発表して下さいました。中でも、ユリユリこと栗山由利さんを詠んだこの1首がいい。大型バイクと猫じゃらし。取り合わせの妙をもって人物像を造型する。面白いです。


・辻本浩  「あるちゅうはいまー」

見た目ほど極太じゃない我なりて豚骨ほそ麺ちゅるっとすする*

この日欠席だった顧問ひろりん。神経と豚骨ラーメンの麺をかけたところが面白い。「ちゅるっと」が隠し味。


・栗山貴臣  「二十歳のゑがほ」

風呂蓋のぬくもり好む猫をりて同じ目線の会話楽しむ

チーム「南の魚座」IT管理部長。ブログ発足後、コスモス入会。歌歴は約1年。12首揃えるだけでも大変だと思いますが、作品質も安定しています。歌柄的には新仮名の方がいいかも。使う動詞などの用言に工夫が凝らせるようになると、さらに良くなる。

以上、短歌作品に関する批評でした。


今回エッセイについての批評はスルー。でも、エッセイを本にまとめるときの書式などについては有川ちづりん編集隊長からやさしくもキビシイお達しがありました。

各自、胸に刻むように(私が一番な)。



続く宴会「雄屋」@中央区大名2-47。

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クリクリ&ちづりん

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イケる口連合
ユリユリ&英子。


こちらも盛り上がりました。美味しいお料理とお酒、素敵な店内。

大将、ありがとうございました。


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雄屋のアイドル、金魚。
またね。


「南の魚座」VOL.2、もちろん発刊予定。

お楽しみに。



    一年を途切るることなくつづりたるわれら七人根つこが真面目




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# by minaminouozafk | 2018-03-27 00:00 | Comments(7)

島旅  百留ななみ


陽差しに春を感じると瀬戸内海の小島に行きたくなる。

蜜柑の檸檬の色と匂いをたっぷりと身体にいれる。


しまなみ海道、とびしま海道あたりは巨人ならかんたんに歩いて渡れそうなぐらい、小さな島がたくさんある。

瀬戸内海には大小727もの島。

大好きな尾道からはじまるしまなみ海道。10年ぶりくらいだろうか。

今回はゆっくり島を巡りたいから生口島に宿泊。

車での旅であるが、なるべく歩きたい。


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因島に渡ったところのパーキングエリア、遊歩道があるから橋のたもとまで歩く。橋は上下二段構造で下の部分が二輪車、歩行者専用だ。途中まで行ったが往復はたいへんなので、とりあえず生口島までいそぐ。

生口島は平山郁夫の出身地で美術館もある。そのすぐ隣に耕三寺。この島を訪れる人のほとんどがこの二つを見たら次の島へとむかう。私も三度目の生口島だが、二度ともそうだった。

美術館での島の風景のスケッチ、そして島ののんびり温かい空気が名残惜しく、次回は泊まってゆっくりしたいの思いがかなっての旅。


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すこし靄がかかっているが春爛漫の最高の天気。

とりあえず、むかしながらの商店街を歩く。平日の10時まえ地元の人もちらほらだ。

海岸に突き当たると海岸線に沿ってのんびりすすむ。


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途中、海岸のベンチで商店街の老舗の鳥屋さんで買ったローストチキンをいただく。温かくてとってもやわらかくておいしい。振り返ると裏山に塔が見える。はじめてなのに懐かしい。たぶん向上寺の三重塔。


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スケッチに描かれている光景。心地よい潮風に心がほぐれ3月のひかりとなる。路地を通り抜け石段をのぼる。古い町並みそのむこうの海。目を閉じればたしかな潮の香り、船のエンジン音が遠ざかっていく。朱がのこる小さな国宝の三重塔を独り占め。もう少し登ると塔も眼下となる。鳶の声がはろばろ聞こえる。



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遠くに多々羅大橋がみえる。渡ってみたい・・・そうだ、自転車だ。さっきレンタサイクルのステーションがあった。自転車は5年前くらいに北海道の原生花園で乗って以来。そのときも20年ぶりぐらいだったがなんとかなった。たぶん大丈夫。かっこいいロードバイクがならんでいるが、ママチャリしか選択肢がない。


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風を感じながら海沿いを走るが、公道だから車も自転車の対向車もやってくる。よろよろふらふらで余裕はまったくない。ごめんなさい。多々羅大橋が近づいてきたが当然ながらずいぶん高いところに掛かっている。っていうことは・・・


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がんばって途中で押しながらママチャリで橋の入口に到着。1,480メートルの多々羅大橋。空も海もコバルトブルー。自転車、歩行者ともにけっこう行き交う。ゆっくり大三島に到着。蜜柑や檸檬の黄色が眩しい、しばらく春の海にこころをあずける、停まっていると海風はかすかだ。ちょっと休憩したらUターン、ふたたび多々羅大橋をわたる。多々羅大橋は途中に愛媛県と広島県の県境がある。


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ひと頑張りしてゆるゆる坂道を下ると、テントで柑橘類を売っている。試食の安政柑とってもおいしい。どうぞどうぞとおかわりいただき、大きな直径20センチはある安政柑を買い、自転車のカゴに。

残念ながら今回のサイクリングはここまで。もっと運転スキルを磨いてから再チャレンジします。

ぼちぼち体力切れの50代は今夜の宿へ。


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塩田の豪商だった堀内家の別荘だった100年以上前の建物。江戸末期の門や庭。ちょっと維持管理たいへんなのだろうと思う寂しさの外観。なかは、それなりにリフォームされて、遮るもののないオーシャンビュー。っていうより、まさに海のなか。目の前は瀬戸田水道、穏やかな瀬戸内の海はなつかしく、時間がゆっくりながれる。大林監督の転校生のロケ地にもなったらしい。


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そろそろ夕暮れ。

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目の前の高根島、瓢箪島、その先の大三島、と大小の島々の影が海面に奥行きをあたえる。オレンジからサーモンピンクに残照がかわったころガス灯が点る。気がつけば部屋は薄暗い。


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そろそろ夕食。畳にテーブルのモダンな個室。床の間には白木蓮。


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太刀魚の南蛮漬けなどのきゅっと冷たい前菜から。そして熱々茶碗蒸し。

お造りは桜鯛に栄螺にカワハギの肝和え。ゲンチョウの煮付け。

お運びのおばちゃんも親切であたたかい。タイミングも絶妙。

浜っ子鍋、味噌仕立ての牡蠣、穴子、河豚、蛸入り。炙り鰆の酢の物。

蛸飯。鰆のお吸い物。デザートはせとかのアイスクリーム。


お品書きが無いのにこんなに覚えている。もしかしたら一つ二つ抜けているかも。派手さはないが、すべて手作りで、ひとつひとつ熱々、冷や冷やで運ばれてくる。


私にとってはとても贅沢な時間だった。


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部屋付き露店風呂はもちろん温泉もない。おしゃれなフロントもロビーもない。部屋も清潔感はあるが古いし足音はひびく。


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この島の温かいゆったりとした時間。ていねいな素材のままの料理。たぶん島の風土がきっと私自身の心の底に共鳴するのだろう。少しだけ身体の奥底がきれいになり元気になった島旅。



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島かげを春の夕陽をその中にとろ()とろとろ濃藍となりぬ





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# by minaminouozafk | 2018-03-26 07:47 | Comments(7)

オガタマ 大西晶子

 当ブログの昨年3月6日(水)のちづりんの記事に、宗像大社のオガタマの花に呼ばれた話があった。その記事で、もう散っているかもしれないと思いながら大社を訪ねて以来、オガタマの花が満開に咲いているところを見たいという思いが時がたつにつれて強くなっていた。

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宗像大社ではないが、福津市のも宮地嶽神社にもオガタマがある。こちらには2本あり、木が宗像大社ほど高くないので、花を見やすい。〈ひかりの道祭〉を見に行ったのが2月23日。そのときにはまだ硬い蕾だった。
帰りに宗像大社にも寄ったが、花は見えない、蕾もなかった。花にも裏年があるのだろうか。


 3月4日に宮地嶽神社の寒緋桜が咲き始めたとニュースを聞き、連れ合いといっしょに見に行った。同じ境内のオガタマに咲き始めたばかりの2輪が見えた。「もういちど出直してお出で」と言われたような。


 それでは、と10日の午後に行ってみた。三分咲き? 日当りの良い枝にはいくつか咲いているけれど、全体にはまだまだ。

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 東京から会いに来た友人が「コマーシャルで見た宮地嶽に行きたい」と言っていると、長女が宮地嶽に出かけて行ったのは18日。帰って来て、オガタマが花盛りだった教えてくれた。そこで翌々日日に行ってみた。
 たくさんの白い花が葉の間に咲いている。気を付けて見ると、本当にたくさんの花なのだった。
 2本あるオガタマのうち、日当たりの良い場所のものはもう散り初めている。濡れた砂利の上の白い花弁も美しい。
 
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 3月4日に二分咲きだった寒緋桜、散り始めていたけれど花の時期が長いらしく、桃色が濃くなりまだ充分にきれい。
 帰りに通りかかった福津市の運動公園「あんずの里」では丘一面に植えられたあんずが、こちらも花盛りで、お花見の人が居ないのがもったいないほどだ。
 ことしの春はオガタマに誘われて、寒緋桜やあんずなど、春の花をたくさんみることができた。これもみな、昨年のちづりんの「2月においでなさ~い」に始まったこと。ちづりんの言葉にはなにか不思議な力がある。やっぱり英子さんが言うように「われらが巫女」に違いない。

 オガタマは招霊の樹、亡くなった父や母に気づかずに会ってていたのかもしれない、と思ったりする。それに昨日、ちづりんの亡くなったおばあさま、前田茅意子さんの遺歌集を頂いた。それで前田さんとお目にかかれたような気もする。
 やっぱり招魂(おがたま)の木はたましいを招き、現世の人と結びつけてくれる木なのではないかしら。

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           わたくしを呼んだのは誰おがたまの花咲くしたで来るまで待つと



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# by minaminouozafk | 2018-03-25 07:00 | Comments(6)

号外でーす。
本日、3月24日、15:30より、福岡市文学賞贈賞式@エルガーラホール7F中ホール。

短歌部門の選考に関わったので、お邪魔いたしました。

受賞なさったみなさま、おめでとうございます。

短歌部門は、今年は2名ご受賞。
・間千都子氏 「むすびなおして」
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・染野太朗 氏 「人魚」
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個性の違うお二方。
これからも益々ご活躍ください。

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# by minaminouozafk | 2018-03-24 22:38 | Comments(5)

 ここのところ、毎朝乗る体重計の数字がずっと上昇傾向にあった。年齢のせいで代謝が落ちていくのに加えて、一昨年からの脚の不調で脚の筋肉が落ちてしまったからだ。そして週に二日の通勤は片道40分の徒歩からバスに変わった。代謝に必要な筋肉が減り、カロリー消費も落ちたのでは、今までと同じ生活では当然のこととして体重は増加する。付いたぜい肉が根雪(根肉)になってはいけない。何か方策はないかと始めたのがファイトケミカルスープである。このスープ、通称ハーバード大学式野菜スープという。元々はがんの予防や治療の補助として誕生したもので、生活習慣病の改善やダイエットにも成果をあげているのだそうだ。人参、かぼちゃ、キャベツ、玉ねぎ各100グラムを一口大に切り、水を1,000CC加えて煮るだけである。調味料はなし、野菜の旨みだけでいただく。朝と昼はこのスープ200CCをメインにしたら二週間ほどで元の体重に近づいたが、そのあとは停滞している。大きな原因はやめられない毎晩の晩酌だと分かってはいるが、これが難しい。まさに命(気力)を支える酒である。


 このスープを作っていて思い出した本がある。料理研究家であり随筆家の辰巳芳子の手による「あなたのために」で、副題としていのちを支えるスープと書かれている。


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 表紙も料理本とは思えない装丁で、写真もあるけれども「つゆもの スープ」に対する考えが事細かに書かれてある。「おつゆ―露」は、「露が降り、ものみな生き返るさまと重ねている」とある。和の汁ものと洋のスープが材料により細かく体系づけてまとめられており、料理の本というより教科書に近い。


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 この本を書くきっかけは半身不随となった父親の嚥下困難をなんとかしてあげたいという思いからとある。衰弱するとさらに食事が労作となっていくなか、一椀の中に魚貝、野菜、穀類、豆類を組み合わせて冬は温かいポタージュを、夏は冷たいガスパチョをと工夫して数年に及ぶ看病をしたそうだ。応えてくれたお父上の笑顔は忘れられないとあった。私がこの本を買わねばと思ったのもこの一点だ。身近な人が病に倒れたとき、私が出来ることはいつものように料理を作って食べてもらうこと。

 残念なことは、同じように嚥下困難があった父の闘病中にはこの本はなかったのだが、スープの力に気づいていればもう少し楽をさせてあげられたかもしれないということだ。


   いつせいに降りくる春の陽をうけてそちこちに見ゆ蠢くいのち


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# by minaminouozafk | 2018-03-24 10:32 | Comments(7)

父の命日  大野英子

今月27日は父の命日。

本格的に介護が始まった平成232月から介護日記を記していたが父が亡くなる前日にとぎれたまま。ようやく読み直す気になりページをめくる。父が亡くなる2週間前の記録。


平成26313()

寒い上に強風で傘がさせない。洗濯物が多く先に母の元へ行き、父の元へ。意味不明の言動はあるが、人工呼吸器を外しても穏やか。医師から〇〇病院の受け入れの連絡が来たことを告げられる。検査の結果、特に異常が無く来週転院調整する事となり父にも話してくれた。父は医師の話に、うんうんと応じていたけれど、後から「先生から見放された」と言っていた。なだめたが黙り込んでしまう。
 案の定、帰宅後看護師さんから「お父さんが、直ぐに来てと言ってますが」と電話。度々のことで大雨が降る今夜は看護師さんにお任せする。帰宅後の電話が怖い。今の看護師さんたちは状況把握して対処してくれているが、新しい病院を思うと少々気が重い。
 夜10時半過ぎ、父が痙攣を起こし一時呼吸停止になったと再び電話。駆けつけると薬で眠っていた。CT検査では異常なし。朝まで眠っているだろうから帰って良いとの事。父は死なないと信じる。近い実家に戻る。夜中二時過ぎ、地震で目が覚める。大荒れの一日。


母と同じ病院へ転院することが決まった頃。

あの頃の追い詰められた思いがまた蘇るが、今思えば、あっというまに過ぎ去った時間。

車椅子の母も、父と一緒に居られることを喜んでいたのに、転院して2日目の急変だった。その前日は兄も東京から見舞いに来て、家族4人久々に揃い、父に「明日はきっと満開になるよ」と窓から見える桜を伝えて帰宅したのに……

そして、母までが一年数か月後に逝ってしまうなんて。



単身赴任で福来していた兄が今月で東京に戻ることになり急遽彼岸の入りの先週の日曜、一緒に墓参へ。

翌日福岡での桜の開花予想が出ていたが、墓地の桜並木も数輪開いていた。

夜は昨年同様、兄にご馳走になり父との思い出を語る。

兄とは二年の赴任の間、二回しか会っていないが、やはりまた遠く離れると思うと寂しい。

6月の母の命日には会うことを約束して別れた。

カルチャーの鑑賞の時間は現在、ゆかりさんの『馬上』

 宗像(むなかた)のさくら美しからん朝 大野展男さん逝きたまひけり
 悲しいなあ今年のさくら父あらず久津さん小高さん大野さんあらず

 大野さんとの約束の〈みあれ(さい)〉玄界灘に行きたかりしを

 宛先にいくたびも書きし若木台かへりこよやはらかきほほゑみ

詠んで下さったゆかりさんに、そして今日学ぶ頁のなかにこの作品がある巡り合わせに、感謝。

今年はふたたび父の命日に満開予想が出ている。

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              〈昨年の桜〉


      やがて咲くさくらに怯えつつ見上ぐいろづくつぼみに罪科はなく

      仄白く闇を照らせりみやうてうはひらかんふつくらふくらむさくら


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# by minaminouozafk | 2018-03-23 06:11 | Comments(7)