2026年 01月 26日
貝よもやま 百留ななみ
冬は貝が美味しくなる。牡蠣に浅蜊、帆立に赤貝、キヌ貝、トリ貝。

「そういえばずっと、きん貝たべてないよね。」中津ではキヌ貝をキン貝。アオヤギともいう。ボイルしたものが魚屋で売られていて酢味噌でいただいていたが、もう十年以上見ていない。
この冬はカキフライもまだ食べていない。海水温が15度以下にならんと……と言っていてしばらくして瀬戸内海の牡蠣の大量死のニュース。スーパーでは少しは売られているが、市場での流通はわずからしい。
帆立もおいしい季節。例年、陸奥湾や厚岸の立派な帆立がならぶ頃。そのまま焼いて醤油をたらす。しかし今年は帆立も壊滅的らしい。
やはりちょうどこの頃から美味しくなる有明海の浅蜊。これも数年前の産地偽装からすっかり姿を消してしまった。とても残念。
縄文時代の貝塚。アサリ、ハマグリ、赤貝、ニシ貝などの貝殻。簡単に手に入る貴重な蛋白源だったのだろう。その貝たちが住めなくなった日本近海。貝たちからの警告かもしれない。
島国ではぐるりの浜で採れる貝。万葉集でも22首もある。その多くが忘れ貝。
海女娘子(をとめ)潜き採るとふ忘れ貝よにも忘れじ妹が姿は
万葉集3084
勅撰集や私撰集にも詠まれている貝。その秀歌を選んで江戸時代に作られた「三十六貝合」。それに挿絵と和歌を加えた「教訓注解絵本貝歌仙」は分かり易くおもしろい。 砂浜で拾う貝殻の歌も多い。貝は島国に暮らすものにとって身近なものだったのだ。このごろの浜ではきれいな貝殻も少ないと思う。桜貝はずっと見ていない。
先週、この冬はじめてミル貝を食べた。久しぶりに入ったという赤貝も即買い。ほんとうに少なくなった貝たち。タイラギの立派な貝柱は寿司屋のネタケースに大切そうに並べられている。ふつうに掻き揚げとかで食べていたのに。
何でもありで豊かそうに見える今の食卓。果たしてそうだろうか。一昨日、惚れ惚れするほど美しい姫小鯛を買った。めったに見ない魚だが一匹70円。申し訳ないけど、常連なので10匹を三枚に卸してもらった。刺身と天ぷら。どちらも絶品。揚げるとふわふわの白身。刺身はしっとり。庭畑の大根をおろして天つゆに、小松菜は煮浸し、人参と蕪はサラダ。
まだ流通量が少ない姫小鯛。そのままずっとあまり人目に触れず、ときどき魚屋さんで出会うのがいい。
帆立も牡蠣も浅蜊も食べないままもうすぐ立春だ。
大寒に貝をさがせど浅蜊、牡蠣、帆立、赤貝、トリ貝も無し
2026年 01月 25日
カメラの位置は? 大西晶子
あるときzoomの会議に出ようとした。たまたま普段から使っているノート型パソコンのメール機能に不調があったので夫のデスクトップ型パソコンを使った。ところが入室をしてビデオカメラのスイッチをオンにしても画像が出せない。
その場にはパソコンを使い慣れた方々が居られ、いろいろアドバイスをしてくださったのに原因が分からず、その日は音声のみで参加した。
その後ノートパソコンを次女の連れ合い・Gさんに直してもらい次の機会には無事に顔を出すことができた。しかし画面の広さなどを考えるとデスクトップの方も使えるようにしたい。

お正月をはずしてこの週末に里帰りした長女に「パソコンにカメラが付いていないなら外付けでカメラをつけたら良いのかしら」と訊くと、「今どきのパソコンでカメラが無いのなんてある?」と言う。「以前に同じ場所に置いていたパソコンに外付けのカメラを付けて友達とSkypeしてたでしょう」と尋ねたら、それはもう20年近く前のことだそうで、「その頃の自分でさえカメラが欲しいと思ったのに当然メーカーが改善してるはず」と言われた。確かにそうだろう、ちなみに夫のパソコンは10年ほど前に買ったものだ。
それから長女が熱心に調べてくれてカメラの位置が分かった。デスクトップの裏にカメラは隠れていた、正面上部中央に小さな箱型の厚みのある部分があり上部を押さえると中から出せるのだった。
夫はSkypeなどを使うことは無かったし、Zoom会議などにも無縁だったのでカメラを使うことがなかった。私もカメラというのは大体モニター画面上部中央の常に見える場所にあるのだと信じていて、それが間違いのもとだった。以前のzoom会議で画像が出せなかったのはスイッチをオンにしても、カメラが仕舞われたままで周囲が暗く何も写らなかったのだ。
長女が見つけてくれたカメラの場所に、つい笑ってしまったが、有り難かった。
今のところパソコンの問題は解決したが、またいつ似たようなトラブルに遭うかは分からない。もう少し自分の使う物のことを知るように努力しないといけないと反省する1日だった。

毛の長き犬の目のごと本体が隠してゐたりパソコンのカメラ
2026年 01月 24日
パスポート 栗山由利
41歳の時に、家族でフロリダのディズニーワールドに行くぞ!という私のわがままから私のパスポート生活がスタートしたので、71歳の今年は4冊目のパスポートの更新をした。
次の更新は81歳。それから海外に行くかと聞かれればなんとも言えないが、パスポートは本人確認の強力な書類なので切らさないでおこうと思っていた。
それがある日、元国有企業の金融機関のネットバンキングから送金機能を使うのであれば本人確認の手続きをするようにというお知らせが来た。そこでパスポートを使おうと思ったのだが、なんと確認書類の中にパスポートが入っていなかった。当然のように一番に書かれたマイナンバーカードと運転免許証、在留カードのみなのである。私はマイナンバーカードは作っていないし運転免許証は返納して運転経歴証明書しか持っていない。日本人なので在留カードはない。いや、窓口でもパスポートは本人確認書類として有効だったはず。
そこで調べてみるとなんと2020年2月4日以降に発行されたものは単独では本人確認書類として使えず、他の書類との組み合わせが必要であると記されていた。私のものはそれ以前のものだったが、なにしろスマホアプリがはなっからパスポートを除外している。では、ということで窓口に行って本人確認をしてもらいシステムのほうに登録してもらおうと思ったが、窓口の端末からはそれはできないという返事だった。どう考えても腑に落ちない。
そもそも日本国が諸外国に対して個人の身分を証明しているのにどうしてそれが国内で通用しないのか。それは2020年2月4日をもってパスポートから住所欄(所持人記入欄)が廃止されたからだという。その理由は「パスポートはもともと住所は自筆であり、居住地を公に証明するものではないため」だそうだ。いや、あってもいいんじゃないですか?ついでに電話番号もあれば紛失したりしたときに便利なのではないですか?
なんでも疑ってかかる私としては裏を読みたくなるのは仕方がない、お許しください。これは少しでもマイナンバーカードを浸透させようとする手立てではなかろうか。「ほらね、マイナンバーカードを作ってないからですよ」と言われている気がするのである。別に訳もなく毛嫌いしているわけではない、ただ運用面にいまいち信用が持てていないから作っていないだけである。つぎはぎだらけのシステムに思えてしかたない。そしてパスポートを本人確認書類から外した経緯のように、からめ手で選択肢を狭めていくようなやり方がはっきり言って気に入らない。
ここで私ひとりが吠えたところでなにも変わらないが、行政のやることにはしっかり目を光らせておかねばならないとあらためて思った一件だった。

2026年 01月 23日
桑原正紀歌集『麦熟るるころ』読書会五首評 大野英子

今週の藤野早苗さんのご報告にあった〈Mulberry Lane2026〉もちろん私も参加させていただきました。
早苗さん、企画をありがとー。
ブログで紹介したいと思い、しっかり読み込んでいましたので、今回の企画は楽しみでした。
早苗さんも書かれていたように、抽出歌はほぼ重複することなく、どれだけ秀歌が多いかが判るものでした。それぞれの嗜好や思いが色濃く出ている中で、多くの方が違う歌ながらも、桑原さんの詩歌に対する思いがこもるお作品を抽出されていたのも納得の一冊でした。
早苗さんは、さすが、グローバルな視点から「情」にいたる抽出をされていましたね。
せっかくですので私の抽出歌も、加筆して紹介させていただきます。
桑原さんのお作品は若い頃は日常を掬い取るというよりは、抒情性溢れる作風で、象徴性を帯びた詠み方が特徴的だった印象があります。そんなことを思わせる作品から二首挙げました。
ゆつくりと森よぎりゆく雲のかげ軽羅そよそよ滑らすごとし 31
雲の影は平面な地表をよぎるときは、扁平な影ままなのですが、凹凸のある森の上をゆく雲の影だからこそ「そよそよ滑らす」という優雅な動きを捉えています。勝手に初夏の景を思い浮かべながら、薄物の布が、命漲る森を慰藉するように過ぎてゆく優しさを感じたのでした。
アカシアの花ぬらす雨したたりて傘に鳴るとき傘は抒情す 87
このうたはまさしく「抒情」と詠まれています。房状の柔らかな花を通り抜けて伝うからこその「抒情」という、この場合は「豊かな喜びという心情」が傘を持つ桑原さんの感性に響いた一瞬だったのでしょう。「傘鳴らすとき」ではなく「傘に鳴るとき」という表現の柔らかさも共鳴性を感じさせてくれます。二首共、自然界の営みへの愛が伝わり、また人のぬくもり、ほのかなエロスさえも漂います。
脳病むにあらずよ妻は厭離穢土遂げてほほゑむ結界のなか 34
第七歌集『天意』でも〈はらはらと散る花を浴びほほゑめる妻はも菩薩ここ花浄土〉など、これまでも、たびたび仏教用語を用いて奥様の精神のありかたをきよらかな世界をもって表現されてこられました。今回も俗世を離れた聖なる領域にいると奥様を詠まれています。
脳動脈瘤破裂により倒れられ、19年。看病を続けられるなかで、いつも微笑みを絶やさない奥様にどれだけ救われて来られたかが伝わります。
奥様はこのブログでも紹介した木畑紀子さんが、歌集の中で「房子先生」と慕ってこられた方です。
いのちありて見るしろき雲あをき空いのちといふはほんにさびしき 160
そんな奥様を昨年、コロナの影響が遠因となり亡くされます。そんな時に詠まれた、茫然自失である様子が伝わる一連の最後に置かれます。「しろき雲あをき空」はもちろん奥様の居る場所。「見る」「雲」「空」だけが漢字で詠まれたことも空虚な心の余白につながり、「いのち」のリフレインも効果的に、つくづくと残された寂しさが伝わりました。
歌は人を救ふ、とまでは言はざれど今こそ暗夜の一灯たらめ 27
そして、一冊を読み終えた後、私の心は巻頭近くに置かれたこの一首に戻りました。前歌集では、日本の政治不安への憤りを多く詠まれましたが、本歌集ではコロナ以降の情勢悪化するばかりの世界へも怒りを持って、歌集名である、ウクライナに心を寄せた「麦熟るるころ」もそうでしたが、弱者をおもんばかるお作品が多く詠まれてもいます。そういう人を思う心や、ここで挙げた四首のような「いのち」を掘り下げるお作品が桑原さんの温かさであり、願いである「暗夜の一灯」であることを改めて感じたのでした。
この一首は句割れとなった二句の読点の一呼吸置いたところに桑原さんのお人柄が滲んでいるのではないでしょうか。
私は、自然に触れる世界を詠まれたうたを中心に抽出いたしました。やはり他の方も多く抽出された「いのち」についての桑原さんの思いは、泥沼化するばかりの侵攻や世界情勢を憂うお気持ちから、より深化されていることを思ったのでした。
桑原さんの帯には
「わたしは、この小さな詩型が持つ小さな発信力が、身の丈に合っているようで、とても好きです。個に発した呟きのようなこれらが、おのずから時代や人間を映し出していれば、それでよしとしたいと思います。(「あとがき」より)」
と記されます。
つくづく、この短詩型と出会えたことを嬉しく思いました。

ふゆぞらにりんりんと鈴を鳴らしゐるせんだんの木は鳥たちを呼び
あげ潮ときたかぜのなか街川を海へ海へとすすむみづとり
2026年 01月 22日
大根餅 鈴木千登世
大根餅にはまってしまった。
動画のレシピの、大根一本があっという間になくなるということばに惹きつけられて。今の時期はみずみずしい大根が安く手に入るのだけれど、なかなか一本使い切れない。煮物にして、サラダにして、お味噌汁の具にして、常備菜の酢の物にして使い切ろうとするのだけれど、そんな私の気持ちを知らず野菜室にごろんと横たわっている。
買ったばかりの一本があったのでさっそくレシピ通りに作ってみた。大根の半分をすりおろしてしっかり絞り、粉末だしとカニカマとかたくり粉を混ぜてライスペーパーで挟んで焼く。ライスペーパーのおかげでひっくり返すのも簡単で15分くらいでできた。
食べてみるともちもちの食感にふっと大根の匂いが立ち上った。もう少し何かを足せばもっと美味しくなるのでは。と思ったので翌日残りの半分をすりおろして冷凍していたエビやタコを刻んで入れてみたらちょっとたこ焼き感が増してあっという間になくなってしまった。
また、予想外だったのは大根を絞った汁が甘くて美味しかったこと。これまでは大根のしぼり汁はそのまま捨てていたのだけれど、試しにお味噌汁に入れてみたら甘さのあるやさしい味になった。気を良くして鍋の出汁にも入れるとやっぱり美味しい。持てあましていた大根をあっと言う間に使い切る快感と混ぜる具やたれを工夫したらまだまだ違った味わいになりそうで、大根を見かける度にせっせと作っている。

そういえば古典に大根にまつわる面白い話がある。
昔ある役人が大根を万病に効く薬と信じて毎朝かかさず二本を焼いて食べていた。
ある日その役人の館を敵が大勢で襲ってきた。敵に囲まれて絶体絶命のその時どこからか二人の侍が現れて命を惜しまず戦い、敵を追い返してくれた。不思議に思った役人が問うと、実は長年信じて食べていた大根の化身だと言って消えてしまう。
うろ覚えだったので改めて検索すると「徒然草」の第68段のお話だった。あきらかに大根である武者が敵と戦う挿絵がとってもユーモラスだったことを思い出した。

畑では秋に蒔いた大根が育ちつつある。小さな大根侍たちがわらわらと現れるさまを思うと何だか楽しくなってくる。
外は雪 鍋ふつふつと煮ゆる夜は離れ住みゐる親族をおもふ

大根餅です




