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父の命日  大野英子

来年はもう七回忌が来る。3月27日、仕事は休みだったが、水曜日は霊園の送迎バスが休業日の為、墓参は事前に済ませていた。

何をするとも決めていないまま目覚めた朝、前日まで蕾だったデンドロビウムが今までにない花数をいっきに開花させていた。父が亡くなった朝の桜のように、突然に。

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そうだ、満開のソメイヨシノを探しに行こう。

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博多川の川沿いの山桜はほぼ満開。でも、毬のようにかたまってひらくソメイヨシノのダイナミックさは無い。先ずはアクロス前の中央公園の桜。昨日は3分咲きだったが、もしかしたら急な陽気で咲いたかもしれないと思ったが現状維持。

次は図書館へ行く途中にある百道緑道。ちづりんから紹介があった博物館ロビーの上下する飛行艇も見たかったし……

バスの中から見える西公園の桜もまだ5分咲き。いつもの九州医療センター前のバス停で降り、通り抜ける公園は、彼岸桜さえ数輪開花したばかり。

ドキドキしながら、緑道に入るとーー桜並木ではなくとびとびにあるソメイヨシノがどの樹もどの樹も満開ッ!やっぱりこれよね。

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 父が亡くなる直前に〈父の魄奪ふのかと、言ひがかりつけたい何もかも芽吹く春〉と詠んだ。
その気持ちのまま、父が亡くなってから春は、特に父の命と引きかえのように開いた桜どきは辛いものがあったが、ブログを始めてから春を前向き捉えられるようになった気がする(感謝)じっくり父を思う時間だと考えれば楽しくなる。

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 飛行艇も堪能して、もうひとつ、図書館へ行った目的は『短歌研究4月号』
 以前なかむー情報で、ゆかりさんの新作31首が掲載されているのを聞いていたから。

父はユカリストと呼ばれるほどゆかりさんファンだったので、総合誌に作品が掲載されると必ず入力して父に届けていた。それは今でも続いている。その場でタブレットに入力~。

週末には仏前に届けよう。

 それにしても、百道緑道に導いてくれたちづりんはやはり魚座の巫女。ありがとう。

       わたくしを春へいざなふ海風とたいやうそしてちづりんのこゑ


# by minaminouozafk | 2019-03-29 06:48 | Comments(8)

おとといの早苗さんの見学編、昨日のちづさんの修学旅行編に続いて、今日は批評会の様子をレポートします。

12時30分から一人あて25分ではじまった批評会。
1人3分という発言時間を守らない者続出(すみません私です)で、時間内におさまらず、ふるさと伝承会館からホテルの部屋に場所を移して、なんとか終了。
時間に追われながらも、たっぷりと短歌に浸る濃密で幸せな時間でした。

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批評会では、4,4のリズムの問題や連体形と終止形が同形の場合の読みの問題、「とふ」と「と言ふ」の使い分け、「1歳」で人を表せるかなどなど具体的な技術論についての意見の他、配列についての言及も。週1のブログの掲載歌が中心なので、テーマに統一性がなく、ひとまとまりの作品とする時に悩ましいのだけれど、それでもやはり連作意識は必要なことを感じました。

今回印象的だったのは、批評によって本人の意識してない部分に日があたり、内在するものが引き出されるということを感じたこと。作品に海の歌が多いことを指摘されて、大切なテーマなのかもしれないと目を開かれました。短歌における読み、第3者の大切さに思い到りました。読み、深いなぁ。
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評価の高かった作品や惹かれた作品、各1首を紹介したいと思います。

校庭のフェンスくりつとくぐりぬけこちらに秋のひるがほひらく
有川知津子
実景のようであるけれど、フェンスを越えて異世界に紛れこむような不思議な感覚。「くりつと」というオノマトペが効いている。

けふもひとりあしたもひとりへんぺいなオリオン武骨にかたぶいてをり
大野英子
「へんぺいなオリオン」という空間把握が独自。字余り、句跨がりによって生まれるリズムが作者の心情と重なり孤独な心がほの見える。

おでん煮るほのほくらゐの幸せで充分なんです 消えさへせねば
栗山由利
「おでん煮るほのほくらゐ」は高野氏の言う薄明喩。作者独自の比喩によって、おでんを煮る一家団欒の情景も浮かび、ささやかな幸福感が実感として感じられる。

木の枝の腕もつ小さき雪だるまユウタが初めて触れたる雪は
大西晶子
孫のユウタが初めて触れる雪は小さな小さな雪だるま。新しいいのちを祝福する思いが素直に伝わって来る。「ユウタ」とカタカナ書きになったことで客観的な印象に。

太陽光パネルもよろし向日葵の畑なほ良し海沿ひの道
百留ななみ
太陽光パネルという現代的な風物と向日葵畑が描かれて絵画的。海沿いの道を歩く心の弾みが感じられる軽やかなリズムも魅力。

海の青、なんぢやもんぢやの白雲を妻と楽しむ身体が戻る
中村仁彦
大きな病を経た作者の癒えゆく喜びがにじむ歌。海の青、なんじやもんじやの白という色彩の美しさとともに、上向く視点は作者の上向く心を感じさせる。

荷を積みしトラック一台見送れば我を残して家は空っぽ
辻本浩
福岡から再び熊本へ転勤。荷物が運び出されてがらんとする家。「我を残して」というフレーズによってそこに佇む作者の姿が浮かび上がってくる。

電車待つプラットホームを歩く鳩スマホを覗く人に知られず
栗山貴臣
ホームでののどかな一場面。けれどスマホに夢中の現代人にはこのおだやかな光景は見えない。「人に知られず」という表現がユニーク。

黒川の闇を明滅する螢 水は甘いか人やさしきか
藤野早苗
蛍の歌を思い起こすリフレインが心に残る作品。「黒川」が九州北部豪雨の被災地と知ると、その復興に思いを寄せる作者の祈りがリフレインに乗って伝わってくる。

青空にすこーんと憂さをかつ飛ばす ピンポンマムの花を抱えて
鈴木千登世
新しい一面の歌。オノマトぺが効いてる。との評をいただきました。
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井上公園のさくら

歌を詠み読む楽しさの中にをりしんと澄みゆく眼を見つつ
先駆けて咲く一輪を仰ぎたり若き日ともに若かりしさくら

# by minaminouozafk | 2019-03-28 10:43 | Comments(7)


昨日の早苗さんの文章は慈しみ深くて、読み終わる頃には、私もなんとなく書きたくなってしまっていた。ちょこっと書いとこう。



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24日、私たちは大内義隆の菩提寺である龍福禅寺を訪れた。昨日の早苗さんの写真でも分かるように、その本堂のシルエットは遠目にも美しい。しかし、



入母屋造りかあ。

桧皮葺きって好きだわ。

この屋根の反りの美しいこと。

ほんと、飛び立ちそう。

重文よ~。

ほう。



……なんて言葉は、誰の口からも漏れることなく、つまり歴史的建築物には見向きもせず、気がつけば私たちは、



これは何の芽かしら。

紫蘭っぽいけど。

この群生具合。

ちとせさん、花時にはまた来てみてね。


この花はこれで完成形?

枯れてるの?

途中があってもよさそうなものよね。


ほら、見て、梅が花殻のしたに実をつけてる。

ちっちゃ。


これは、樒ね。

仏壇に飾る。

毒があるのよね。

そうそう。

へ~。

去年の花の実があるわね。

えいこさん食べちゃだめよ。



……なんてことに一生懸命で、名刹龍福禅寺本堂の美ははるか後景に追いやられてしまい、あたりいったい不思議の花園と化してしまっていた。



 そんなことで、本堂の内部も資料館も見ていない。よって、歴史的文化財的観点からのご紹介ができないわけである。もしかすると、本堂内部や資料館を見ていないことに気づいていない人もいるかもしれない。そんなのんきで愉快な修学旅行であった。



だがしかし、みな歌作りびと。いつもより一度ほど高音の私たちだったけれど、一つの碑の前でふいに静かになってしまう。碑には、


討つ人も討たるゝ人も諸ともに如露亦如電応作如是観


と彫られていた。重臣陶晴賢に謀られた義隆の辞世である。どの道、人の一生は露のようにまた稲妻のようにはかないという意味のようだ。「如露亦如電応作如是観」は、「にょろやくにょでんおうさにょぜかん」と読むという。



この碑を囲んだときに感じた一瞬の静けさは、少しゆらぎのある静けさだった。



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                   寄生木ね

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               黄色っぽいあれは花かしら?

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                    実!


         五十年生きたからだを運ぶとき宿り木をやどす一樹尊し



# by minaminouozafk | 2019-03-27 07:50 | Comments(7)

 3月23・24日は「南の魚座vol.2」の批評会。今回はちーさまこと鈴木千登世さんの肝いりで、山口市湯田温泉で一泊してやろうということに。楽しいことは大好きな面々。10名全員参加です。


 11:30に「ふるさと伝承総合センター」(山口市竪小路12)に集合して、昼食を挟んで17:00までみっちり批評。それでも時間が足りず、いったんホテルに引き上げて、宴までの時間を批評に充てるという熱心さだったというから、頭が下がります。って、なんでそんなに他人事かというと、藤野はその日別件で遅れて参加。カープvsホークス戦終了後のごったがえす博多駅を出発し、湯田温泉駅に着いたときには19時を過ぎておりました。申し訳ない。ということで、批評会の模様は明後日のちーさまのレポをお楽しみに。

 さて、私にとって山口は学生時代を過ごした街。ここでは天性の方向音痴を発揮するチャンスはないだろうと思っていた私。それはとんでもない思い上がりであったと思い知る。新幹線を新山口(昔は小郡といってたなあ)で降りて40分待ち合わせの後、山口線で湯田温泉駅へ。もうここまで来たらあとは明るい駅前を大通りを目的地まで歩くのみ……のはずが、駅は無人駅。辺りは漆黒の闇……。あれ?グーグル先生に尋ねてみると、ここから温泉旅館街までは通りを二本抜けないといけないらしい。おかしい……(っておまえだよ)、記憶ってあてにならないなあ。で、10分ただひたすら歩き、すでに宴も酣な「ロータスキッチン」へ。おお、みんなすでにいいお顔。(笑)。お腹ペコペコの私、すすめられるままイタリアンを貪り食らう。(笑)。
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ロータスキッチンにて。


 批評会の余韻が感じられ、一日がどれほど濃いものであったかが察せられました。参加できなかったのはまことに残念なことでした。お酒も入り、短歌の事、それ以外の事、話すことは山ほど。二時間のところを大幅に過ぎてしまい、お店の方々すみません。ここで「ホテルセントコア山口」へ移動します。温泉に浸かり、その後、一室に集合。ここでは5月11日の出前歌会、続く12日の「短歌フェスタ福岡2019」の打ち合わせ。いい加減飲んでいるのに、こういう打合せになると途端に真剣になるのがこのメンツのすごいところ。職能的無能者藤野はいつも圧倒されています。各種催しの運営に関わるコンセンサスもとれたところで、もうテッペンを回っている時間。各自お部屋に帰ります。私の同室は、ちづりんこと、「南の魚座」の巫女有川知津子さん。あまたご託宣をいただき、充実した気持ちで就寝。ちづりん、ありがとう。

 あけて24日、この日、ひろりんこと辻本浩さんは別行動。9人で山口観光です。まずは、徒歩移動で「中原中也記念館」へ。今回の観光は「私たちが学生だったときにはなかったところ」というのがテーマのひとつ。実は、鈴木千登世さん、百留ななみさん、そして私藤野は山口大学の同窓生。研究室も同じ、30数年来の先輩後輩だったのです。それが偶然、同じ結社に所属して短歌に関わっているんだから、人生わかりません。ちーさまは私の一つ上の憧れの先輩。ななみちゃんは一つ下の可愛い(ほんとに可愛いのですよ)後輩です。三人であの頃あったもの、なかったものを語り合うのも楽しい時間でした。

 さて、「中原中也記念館」。モダンなコンクリート打ちっぱなしの建物です。館内撮影禁止なので、画像はありませんが、中也の直筆原稿盛り沢山の見応えのある展示でした。入口付近は撮影可。ガチャで豆本を買ってみたり、中也風の帽子をかぶって撮影してみたり、なかなか楽しめました。
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なかむー。

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くりくりさん。


 エントランスの植栽が見事。樹齢140年のカイヅカイブキは中也の生家のものだそう。うねるような樹幹が迫力ありました。園丁さんが丁寧に植栽の説明をして下さりありがたかった。山口弁も懐かしく感じられました。開館時間前に来て、気が付けば二時間。じっくり中也を楽しみました。それにしても中也、享年30とは若すぎる。その短すぎる生涯を克明に記した年譜に、山口の人々が、いや、日本中の人々がどれほど中也を愛しているのかが伝わりました。
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うねる樹幹。

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見上げる人々。(笑)。

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撮影者ちづりん。


 「詩を、大いに推敲しようとするな。
  詩はまた生き物である。
  いぢくりまはせば死す。」  昭和25年5月25日日記

 館内展示物の中の中也の言葉。素敵だったので書き留めました。丸い、あたたかな感じの字で、ささっと書いているような中也の草稿。そのイメージとぴったりのこの言葉に、中也の天性を感じたのでした。

 じっくり脳を使ったあとは、これはもう足湯へGO!旧高田公園、現井上公園。井上馨生誕の地を記念して、平成24年に井上公園と呼ばれるようになったらしい。広さも以前より二倍になっています。その一角に、以前、ちーさまが紹介していた足湯が。白狐が見つけたという伝説の温泉。霊験あらたかな湯におのおの足を浸す面々。湯温は少々高め。底冷えの山口(この日は本当に寒かった。花冷えってこういう日のこと)にやられた身体に血流が戻ってくる。ジンジンするのも気持ちいい。10分程度がベスト、という助言(看板)に従って足を引き上げ、ちょっと汗ばんだ額あたりを拭います。公園を散策し、変わってないようで変わっている山口を、そして34年という時間の長さを実感したのでした。
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足湯。
ためらわず、入湯。(笑)。


 ここで近場のガストで昼食。できれば午後からもう一か所回りたいので、ランチは簡単に済ませます。で、移動した先は、龍福禅寺。戦国大名大内義隆卿の菩提寺です(山口といえば、毛利氏と思われがちですが、実は毛利氏の出自は広島。山口を「西の京」と言わしめたのはこの大内氏なのです。この大内氏の栄枯盛衰、毛利氏の台頭についてはまた別の機会に)。
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 四季折々の花が美しい参道。名残の椿と膨らんだ桜の蕾のほんのりしたピンクがきれい。門をくぐって、まず目に飛び込んだ「幸せの鐘」。迷わず衝きます。ええ、幸せになりたいんです。
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幸せの鐘。


 そして、勇壮な檜皮葺の屋根を持つ本殿。国指定の史跡というのも納得です。
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 手入れの行き届いた庭にはまたここにも春の花。とりどりに咲いていました。陶氏の謀反により、ここを離れ、長門市の太寧寺で自刃してより470年。荒れ果てていたこの寺を美しく再建した山口の人々の、大内氏に対する畏敬の念を感じました。
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緋寒桜。

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山茱萸。

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沈丁花。
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ダビデの星。


 ここで残念ながらタイムアップ。瑠璃光寺のソフトクリームを切望していたクリクリさんことIT管理部長栗山貴臣さん、申し訳ないですが、ソフトクリームはまた今度。(笑)。ということで、帰りは二手に分かれます。


 なかむーこと中村仁彦さんの車に同乗するのは、クリクリさん、ユリユリこと栗山由利さん、えいこさんこと大野英子さん。そして電車で帰るチームは、あきこさんこと大西晶子さん、ななみちゃんこと百留ななみさん、そしてちづりん、私。
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関門橋。
自動車組。
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キティちゃん新幹線。
電車組、あきこさん、ちづりん、藤野。
ななみちゃんは新山口から在来線。




 ちーさまのお見送りを受けて、帰途に着きます。
 またね、みんな。
 
 このメンバーで集まるといつも最高に楽しいのです。


    この街を出でて三十四年間 何をしてきたわたくしならん
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ななみちゃん、こんな写真発見。34年前。
人文学部棟にて。
卒業した年に行われた何か(?)に参加した時のもの。
私以外はななみちゃんの同級生。
なつかしい。



# by minaminouozafk | 2019-03-26 09:58 | Comments(7)

お舟手 百留ななみ


わが家は海まで歩いて5分ほど。


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豊浦高校の校舎とグランドに挟まれた小道。すぐに右手に櫛崎城跡の石垣、左手には豊功神社へ上る石段があらわれる。石垣を過ぎて右へ。小道はますます狭く迷路となる。朽ちかけた土塀の家もある。たしかこの辺り・・・海の方に曲がるといきなり路地の向こうに真っ青な海があらわれる。


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お舟手。

目の前に干珠・満珠の二島。豊功神社の境内からよりも干珠・満珠がぐっと近く、はろばろとして長府の海辺ではもっともおすすめだ。20年以上前には家族でアサリやテングサを採ったこともある。小学生だった息子たちが友達とアサリを掘ってきたことも。


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古くは源平の戦いの時に源氏軍がこの岩陰に潜んで好機をうかがっていたという。そんな光景が目を瞑るとありありとよみがえってくる。そののちは長府毛利藩の船着場でもあったようだ。いまでは名残の石積みもほんの少しだ。


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地名としては長府宮崎町。お舟手も語り継がなければ・・・ちょっと寂寞たる思いでそぞろ歩いていると・・・電柱に〈オフナテ〉の文字が。あらあら次もまた次も。国道から豊浦高校そして御舟手までずっと続いている。電柱には古い地名が残っていて愉しい。国道の山手の観光ルートの電柱は地中化されている。そこにも漢字表記で〈御舟手〉。たぶんお舟手の名前は電柱たちが守ってくれる。


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三月の午後の陽射しは透明な海水の底の砂を煌めかせている。風はまだ肌寒く、海水もひんやりとして心地良い。海と空の蒼のグラデーションが美しい。平和な今を甘受する。


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お舟手の水とひかりの曲線が金の砂子をさらさら濯ぐ








# by minaminouozafk | 2019-03-25 07:25 | Comments(7)

私こう見えて 大西晶子


「こう見えて私実は〇〇なんです」以前「桟橋」のアンケートにこういう問いがあった。もうなんと答えを書いたか忘れてしまったが、それに近い問いが今あれば「実はナンクロにはまっています」と書きそうだ。

実は私は漢字ナンクロが好きで、見ると書き込まずには居られない。

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ここ数年のことだけど朝日新聞の土曜版に時々クイズ欄があり、たまに載っているのをしてみたら面白くてやめられなかった。もともとクロスワードパズルなどの国語系パズルが好きなのだが、そのなかでもナンクロはちょっと難しく挑戦しがいがある。



昨年の秋に新聞のナンクロをしていたら、まだ同居していた長女がある日「そんなに好きなら~」と120問の漢字ナンクロ問題集を買ってくれた。最初は「そんなにできないよ~」などと言っていたのだが、気が付いたらこれまでにもう102問解いていた。


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ただし記憶のみで出来たわけではない。経済用語や法律用語、歌舞伎用語などなじみのない言葉もある、しかしそこはスマホに入れた広辞苑が大活躍。例えば後3字が分かって最初の1字が分からない時には逆引きを選び、途中が分かれば部分を選び検索する。大抵は候補が複数でてくるので、同じ番号の別の箇所を捜し合うものを選ぶ。しかも音ではなく漢字で引けるので大助かり。カンニングには違いないのだけど、辞書持ち込み可、の試験に準ずるということにしておこう。ともかく枡が埋まっていくのは快感だ。


最近それで覚えた言葉がいくつかある。合い間小間、意地無地、校合、大同などなど、普段は使わない言葉が出て来る。これで語彙が本当に増えるかどうかは分からないが、知らない言葉の意味を調べるのも楽しい。ただ案外時間がかかるので、程々にしておかないと寝るのが遅くなったりする。気をつけなくては。


文字ひとつ得たればさらに文字ふたつ紐解くごとく解るナンクロ







# by minaminouozafk | 2019-03-24 06:38 | Comments(6)

 このブログで中国語を勉強しますと宣言してから、八か月たった。どのくらい上達したかと問われても、全く‥‥‥というしかないのが正直なところ。マンツーマン授業だが、仕事やら通院やらで月に三回行けたらいいほうである。でも、面白い。

 教室ではまず、何のために中国語を勉強したいと思ったのかを聞かれ、私の最終目標はツアーではなくて個人旅行をしたいからと伝えてある。おそらくいろんな目的のために勉強を始める人がいるのだろう。


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<教科書には事欠かない。うちにはかなりある>


 ここで身近に凄いライバルというか、仲間が登場したのである。四月に三歳になる孫である。以前から、息子の中国の知人から贈られた絵本を読み聞かせしているというのは聞いていたのだが、「論語の勉強を始めました()」というメッセージとともに動画が送られてきたのである。子供向けの論語をもらったのか、息子の膝の上で漢字を指差して「ロン ユウ」と声に出している。「じゃあ、いくよ!今日はここからここまで」、「うん」と言って父親の後を真似している。もちろん字はわかっていないだろうが、驚くのは発音の良さである。一説には語学の学習を始めるのは、三歳くらいからが良いそうで、耳と脳がバランスよく音を取り込むのだそうだ。話さないブランクがあっても、言葉が自然に出てくるという。畏るべし三歳児である。


 私はというと、悲しいかな60を過ぎて加速度的に脳は退化しつつある。良き仲間を得てよりいっそう頑張らなければというところだ。


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<桂林漓江の川下り>


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<市場で売られている調理された豚の鼻や耳>


   約束は自分としよう 緑風に吹かれながらの漓江下りを


# by minaminouozafk | 2019-03-23 07:16 | Comments(6)