~豊かな〈晩年時間〉~

前田茅意子さんは、われわれブログのメンバー有川知津子さんのおばあさま。
火曜、水曜のブログで紹介された「魚座」勉強会後の宴席でメンバーにこの歌集が渡された。
()意子(いこ)
さんは、生年月日は母と同年五日違い、没年も母と同年。お亡くなりになった27331日は奇しくも父のほぼ1年後でとても身近に感じてしまう。そして明日が命日。

豊かな島の春を感じさせてくれるシンプルかつ素敵な装丁。

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      〈常に持ち歩いて読んだので、既に傷んでます。ごめんなさい〉

知津子さんの手による後書によると、茅意子さんの夫(知津子さんのおじいさま)は、41歳の若さで捕鯨船の出漁中、殉職。茅意子さんは生活のために鯨の卸売りを始め、跡を継いだ娘夫婦にかわって知津子さんの面倒を見ていたとある。
茅意子さんが亡くなられた後1年ほどの知津子さんの痛々しい程の落ち込みと哀しみの深さが、今でも忘れられない。

それでも遺歌集の出版のための編纂を始めてからの知津子さんの、生き生きと再生してゆく様子を身近に感じていた私は、お二人を繋いだ短歌の存在というものに改めて感謝したのであった。

前置きが長くなったが第二歌集である茅意子さんの12年間の一冊は1年ごとに区切られた編年順。

 家々に島の玉石置かれあり漬物石となしたる名残(なご)
 曾祖母より伝はりて来し桑の木の木魚を叩き朝の経読む
 明日は雨と予報のありてこの丘の(むら)みな藷を掘り急ぐなり
 手入れよき船々もやふ船泊り海の男の思ひ入れ見ゆ
 さざえ棲む磯埋め立てて竣りし波止(はと)寄する波おとさびしく聞けり
 そのかみの獅子は気魄に満ちしかど獅子も天狗も近ごろやさし
 旧盆に帰省の人の多くして真夜の一車線尾灯つらなる
 太田郷へ走る六キロ一台も対向車なくしみじみ過疎地

 正月用仕込みはじまり工場よりくぢらの(ひやく)(ひろ)炊くにほひする
 曾孫(ひこ)来れば日ごろ見かけぬ子供らが湧きたる如く遊ばうと来る
 ありがたし島の田舎に暮らす身は一歩出づればいづこも桜

先ずは島の暮しを詠んだ作品から。

暮らされるのは上五島に属する中通島。巻頭に置かれた一首目は、長い時間をかけて五島灘の波に洗われただろう漬物石から島の人々の暮らしが伝わる。

どの作品も島の行事や変化を的確に伝え、温かな眼差しに溢れてそれぞれの場面が生き生きと立ち上がってくる。最後の一首は歌集名となった作で、大パノラマが浮かぶよう。

 三本のつるばらの苗三人の孫より来たり傘寿を祝ぐと
 親の仕草まねて正座し線香をあげ手を合はす五歳、三歳
 夫を知らぬ孫や曾孫に囲まれて夫の分まで(いたは)られをり
 七歳のわがため父が買ひくれし象牙のソロバン今もなめらか
 われに纏ひつきゐしをさな四十となりて家長の風格を帯ぶ
 夫に付き住みしことある網走を訪ねきたれり六十年ぶり
 台風がどうにか逸れて孫三世帯十一人が渡り来にけり

ご家族の作品から。
二首目は知津子さんの3月14日のブログに登場した甥っ子、姪っ子さんだろう。盆、暮れには集まる家族の絆や過去の思い出が喜びとして詠まれる。
網走の作品は「六月、網走へ。葉津子、知津子同行(網走は葉津子を出産した土地)」と詞書があり、11首連作からなり、自然に囲まれて暮らす茅意子さんだからこその北海道の自然を詠み込み、思惟は時田則雄氏にまで広がる秀逸な一連。60年ぶり、それも3世代揃っての旅の喜び。

 恋しさも悲しさも今は朧にて四十回目の夫の祥月
 寝そびれて小説読めりたつぷりとわれに〈晩年時間〉のありて
 何事もなく運転の出来しゆゑ自信のごときもの湧く病後
 気力のみでは出来ないと不参加を初めて決めぬ町内掃除
 新しき老眼鏡のよく見えて目は五年ほど若返りたり
 たまさかに鏡を見れば髪白き老婆をりけり余生を連れて

 長々と平均寿命まで生きて一人の部屋の障子の白さ
老いてゆく日々を詠み込んだ作品から。

入退院を繰り返し体力の衰えを感じながらも、歌柄は明るい。温暖な土地での暮しに加え、多くの苦労を乗り越えて来られた強さが根底にあることが窺われる。
最後の一首の、白い障子と真向かう心情は、と長く立ち止まらせてくれる一首である。

 霧閉ざす玄海灘を九十分渡りて着きし長崎は晴れ
 見の限り波の秀光る春の海入り日眩しき五島灘ゆく
 雪の予報知りつつ海を渡るべく西風つよき桟橋に来つ

 豪雪地おもへば歌に詠むことなどしてはいけない雪景色なり
 歌といふ道の遠さよ踏み入りて歩みゆく道いづこへ向かふ
そして、短歌と向き合う作品。「単身渡海し、長崎歌会へ」とそれぞれ詞書のある歌から3首。それぞれ季節感にあふれ、歌会の場へ出向く喜びや意気込みが感じられる。

4首目の思慮深さ、5首目は85歳にしての感慨。歌に対する思いを見習わなくては。

そして巻末の一首は

 ながく病めば娘が母のやうにして千人力のうしろ楯なり

亡くなられる前日「三月三十日夜、口述筆記」と詞書がある歌で結ばれている。

最後まで、娘さんへの感謝を忘れず、それを作品に残した茅意子さん。心が震えた。

足早な紹介だったが、12年間という期間の作品の中から人生がくっきりと立ち上がって来る一冊であった。それは、後書にご主人の死後18年を姑に仕え、看取りを終えてから短歌を始めたとあったが、同時に家業にも追われ真摯に生きて来られ、ご家族や周りの方達を愛し愛されたからこそ、豊かな〈晩年時間〉の中に溢れ出る想いが伝わって来たのだと感じられた。
      

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                                     合掌


                〈今年の桜〉

      あおぞらのさくら仰げばさやさやと吹きくる風がはらむ潮の香


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      燦々と歴史かがやく()煉瓦(かれ)文化館(んぐわ)はた一冊の歌集のなかに


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# by minaminouozafk | 2018-03-30 06:48 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

朝靄の海  鈴木千登世

南の魚座の批評会、懇親会のあった24日の夜は下関に泊まった。

運休中だった火の山ロープウェイが運行し始めたというニュースを見たこととななみさん紹介の壇ノ浦漁港の舟屋を訪れたいと思ったから。


数年ぶりの下関。ちょっと迷ったけれど、無事にホテル着。

翌朝は8時過ぎにチェックアウトして、まず壇ノ浦に向かう。


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電話ボックスの上に乗ってるのは……


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足下も……さすが下関



舟屋は関門橋の近くにあった。家の直ぐ下が海で、船が浮かんでいる懐かしい風景。潮の匂いが快い。子どもの頃遊びに行った祖父の家を思い出した。父方の祖父も曾祖父も漁師だった。


よく晴れた春の朝。大小さまざまな船が頻繁に行き交う。

遠くまで見渡せる海も良いけれど、靄が海上にたちこめておぼろに霞む海はまた別の詩情がある。


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壇ノ浦漁港から見た早鞆の瀬戸


赤間神宮まで歩いて戻り参拝を終えて火の山へ。火の山は文字通りかつて狼煙を焚いて都へ緊急を連絡した山。明治時代には砲台が置かれ、重要な軍事拠点ともなった場所。

山頂からは瀬戸内海、日本海が眼下に広がる。


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ロープウェイは昭和33年から運行されている。子どもの時に乗った記憶がかすかにあるけれど、父は仕事だったのだろうか、母と妹の姿が思ばかりが思い浮かぶ。


山頂の展望台から関門海峡を望む。対岸は門司、靄に霞む向こうは親しい人たちの住む福岡だ。昨日の集いを思いつつ目を凝らした。


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海峡の向かうに暮らすひと思へばふはりと鬢を吹き過ぎる風


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# by minaminouozafk | 2018-03-29 06:51 | Comments(7)

昨日の早苗さんの記事にあがらなかった作品を引いてみようと思う。

*印は、24日(土)の勉強会で、言ったこととか言わなかったこととか書いてみた。


◆藤野早苗「C'era una volta.

 エンドウを修道院で育てつつ司祭メンデル遺伝学なす

 *事実を述べて無類におもしろい。加速してゆくリズムにも惹かれる。

 のびしろはまだまだあるぞ筍のてんかちの指す空の奥行

 *あとを追って「あるぞあるぞ」と言いたくなる。輪唱したくなるのは私だけ?

  「てんかち」が楽しさに大いに寄与している。


◆鈴木千登世「きのふのごとし」

 おほぞらにさざ波の音奏でゐる葉群ゆたけき壮年の樟

 *「壮年の樟」への注視が、若木の頃の樟、未来には朽ちる樟の様子まで思わせる。

 磯の香をたどりて樹々の間を行けばゆらぎの森の果てに わたつみ

 *森をぬけると海だったという歌。

  たとえば、このように平たく言ってみると、詩までの距離が分かる。


◆大野英子「否、愛したい」

 初孫をつひにみせざる兄とわれ法名塔の永久(とは)なる余白

 *結句「余白」の余韻が重くひびき、一族の先端にたたずむ兄妹の姿が思われる。

  そもそも「法名塔」を詠んだ歌はどれくらいあるのだろうか、などとも。

 カラスビシャク、カラスノエンドウはつなつをいきほひづいてゆく鴉たち

 *遊び心全開の歌。

  その植物を知らなくても楽しめる。……もしかして知らない方が楽しめる?


◆栗山由利「まつ白の羽」

 好き勝手言つてゐるやう水仙は口をとがらせそつぽを向いて

 *水仙といえば香り。けれどもその香りを詠むことに興味はないといったふう。

 ぬか床にあとは任せていちにちの仕事じまひのお湯割りを呑む

 *「任せて」で小休止し、あとはひと息に詠む気合いが心地よい。

  もちろん、「ぬか床」でなくてはならないし、「お湯割り」でなくてはならない。


◆大西晶子「変はらぬ光」

 わきに抱くパンが匂へりひとけなきラグビー場の階のぼるとき

 *身じろぐとパンが匂う。

  喧噪に沸き返る試合中のラグビー場だったら気づかなかったであろうパンの匂い。

  静謐を引き立てる匂いでもある。

 沈丁花にほふ春風にのりてゆけ送り出したる支部報「水城」

 *「水城」への無上の愛が伝わる。


◆百留ななみ「あとの奔放」

 みなづきの藍の朝顔ひらく今朝あの世のひかりがひとすぢとどく

 *辻本美加さんへの思いから詠まずにいられなかった歌。

 線だけではだかのこころを包み込む雪のにほひのクレーの天使

 *クレーが描く線は、「はだかのこころを包み込む」。なるほどと思う。



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          「南の魚座」の裏表紙(表紙は昨日の記事に



以下、縁の下から壁の裏から力強く支えてくれる三氏の作品。


◆中村仁彦「星座を抱く」

 複素数自在に歌ふこはさありインカの丘にヨハネの街に

 *早苗さんも書いていたように、なかむーはメンバーを詠んでいる。

  では、上の歌は誰のこと? 実は、詠まれた本人自身忘れていたことを、

  なかむーは覚えていて、それが歌になった。正解は、晶子さん。


◆辻本浩「あるちゅうはいまー」

 上司なるわれの話は受け流せ酔いどれの小言は役には立たぬ

 *第4句の9音のモタモタはそのまま「酔いどれの小言」のようだ。8音じゃ足りない。


栗山貴臣「二十歳のゑがほ」

 毎年の三月二十日に来る便り少なき文字に想ひ巡らす

 *詞書きも注もない。

  けれども「毎年の」とあるから、きっと本人にとっては大切な日だ、と分かる。



 

            ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



  いにしへのプトレマイオス楽しみき星をむすびて名まへをつけて



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# by minaminouozafk | 2018-03-28 05:31 | Comments(7)

3月24日土曜日、桜7分の春爛漫。

「南の魚座Vol.1」批評会@福岡市中央区大名1-14-28 AIPカフェ。


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有川知津子、大西晶子、大野英子、栗山貴臣、栗山由利、鈴木千登世、中村仁彦、百留ななみ、藤野早苗の9名参加。顧問ひろりんこと、辻本浩氏はお引越しで欠席。春だもの、仕方ないですね。


本誌完成については、3月18日の号外でお知らせした通り。

今日は、メンバーの作品を少し、紹介しつつ批評会当日の様子をレポします。

(作品引用及び批評は掲載順)


・藤野早苗 「C‘era una volta.

1 洗ひもの片付けシンクに水放ち ああ母といふ昏き裂け目(クレバス)

2 覚めるたび蒸留されて純水のごときさびしさいつてき、にてき

1は母という存在の定義が興味深い。

2はブログのエッセイと抱き合わせで読むと背景がよりわかるが、一首でも了解範囲。さびしさの抽象性を「純水」のしずくが掬っている(みんな、ありがとう)


……早速で申し訳ないのですが、実は藤野、ここから不在。同日の福岡市文学賞の贈賞式に出席していたのでした。なので、以下、4名は私見です。すみません。批評会で出た意見は誰かまたアップして下さい。

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AIPカフェのあるビル1階にいた猫とオブジェ。


・有川知津子  「林檎のコラージュ」

1 野十郎のこの一灯を 手渡しのこころにて押す送信ボタン

              *「高野野十郎展」

2 ちはやぶる香椎の宮は春をよぶゆびに応(こた)へて降りてくる青

1は当ブログでもロングランで閲覧数が多かった記事に添えられた一首。「手渡しのこころ」という究極のアナログと送信ボタンのミスマッチがいい。

2は作者のワールド全開。ゆびに空の青が降りてくるなんて、すばらしい。


・鈴木千登世  「きのふのごとし」

1 二千年の時を隔てて向き合ひぬポンペイの犬シュンクレトゥスと

2 くるりんと世界転ずる不可思議の力あるなり生まるるといふは

1はポンペイ展鑑賞の一首。2000年の時を「シュンクレトゥス」という一匹の犬の存在を詠むことで一気に引き寄せる力量がすごい。犬の名前に詩情がある。

2は、生まれるというドラマを「くるりん」というオノマトペで鮮やかに切り取った点に感服。


・大野英子  「否、愛したい」

1 焼き菓子屋は人思ふ場所贈りたきたれかれの顔を浮かべつつ選る

2 追ふほどにとほくなりゆく思ひ出の夕日のはての十万億土

1、2ともに行間に漂う淡い喪失感が胸をうつ。感情の機微を安易に言葉にしてはいけない。この不文律をあらためて認識させられた作品群。抑制力が効いた作品。


・栗山由利  「まつ白の羽」

1 一歳のおちよぼ口からとびだした「コッコッケーコ」が夏風に乗る

2 顔いつぱい口を広げて子ツバメはたいやう踊る夏をのみこむ

1の「コッコッケーコ」秀逸。孫歌なんだけど、甘くない。見るべきものを瞬時に作品にしている。結句の納め方もうまい。

2に溢れる生命感。人生に前向きな作者のありようが伝わってくる。



……ここから藤野再び参加@ロバーツコーヒー(長引いたのね、場所換えですか)。

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・大西晶子  「変はらぬ光」

1 えんぴつの色うすく書く中一の少女の歌に初恋が見ゆ

2 父を恋ひ紅ひく母のわかき顔見えぬかかたみの鏡の奥に

ともに人を恋うこころを詠んだ作品。少女のういういしい恋と、母上のこっくりとした慕情。臈たけたひとりの女性として適度な距離感をもって詠んだ点に個性を感じる。


・百留ななみ  「あとの奔放」

1 パソコンがなくてよかつた息子らのゆるくて暑い自由研究

2 かたあしの斑猫が跳ぶ曇天の祠の土をたしかめながら

1の「ゆるくて暑い」が昔の夏休みのさまを端的に語る。いい時代だったなあ、と懐古的になったりする。2の具体がいい。斑猫が片足であるとか、祠の土をたしかめるとか、作者の微細でやさしい眼差しがよい。



……ここから、マネジメント担当メンバー、3名。12首掲載だから、すみません、抽出は1首ね。


・中村仁彦  「星座を抱く」

大型のバイクを止めて夕暮れの猫じやらしと会話するひと

広報担当なかむーこと中村さんは今回、「南の魚座」メンバーを詠んだ作品を発表して下さいました。中でも、ユリユリこと栗山由利さんを詠んだこの1首がいい。大型バイクと猫じゃらし。取り合わせの妙をもって人物像を造型する。面白いです。


・辻本浩  「あるちゅうはいまー」

見た目ほど極太じゃない我なりて豚骨ほそ麺ちゅるっとすする*

この日欠席だった顧問ひろりん。神経と豚骨ラーメンの麺をかけたところが面白い。「ちゅるっと」が隠し味。


・栗山貴臣  「二十歳のゑがほ」

風呂蓋のぬくもり好む猫をりて同じ目線の会話楽しむ

チーム「南の魚座」IT管理部長。ブログ発足後、コスモス入会。歌歴は約1年。12首揃えるだけでも大変だと思いますが、作品質も安定しています。歌柄的には新仮名の方がいいかも。使う動詞などの用言に工夫が凝らせるようになると、さらに良くなる。

以上、短歌作品に関する批評でした。


今回エッセイについての批評はスルー。でも、エッセイを本にまとめるときの書式などについては有川ちづりん編集隊長からやさしくもキビシイお達しがありました。

各自、胸に刻むように(私が一番な)。



続く宴会「雄屋」@中央区大名2-47。

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クリクリ&ちづりん

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イケる口連合
ユリユリ&英子。


こちらも盛り上がりました。美味しいお料理とお酒、素敵な店内。

大将、ありがとうございました。


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雄屋のアイドル、金魚。
またね。


「南の魚座」VOL.2、もちろん発刊予定。

お楽しみに。



    一年を途切るることなくつづりたるわれら七人根つこが真面目




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# by minaminouozafk | 2018-03-27 00:00 | Comments(7)

島旅  百留ななみ


陽差しに春を感じると瀬戸内海の小島に行きたくなる。

蜜柑の檸檬の色と匂いをたっぷりと身体にいれる。


しまなみ海道、とびしま海道あたりは巨人ならかんたんに歩いて渡れそうなぐらい、小さな島がたくさんある。

瀬戸内海には大小727もの島。

大好きな尾道からはじまるしまなみ海道。10年ぶりくらいだろうか。

今回はゆっくり島を巡りたいから生口島に宿泊。

車での旅であるが、なるべく歩きたい。


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因島に渡ったところのパーキングエリア、遊歩道があるから橋のたもとまで歩く。橋は上下二段構造で下の部分が二輪車、歩行者専用だ。途中まで行ったが往復はたいへんなので、とりあえず生口島までいそぐ。

生口島は平山郁夫の出身地で美術館もある。そのすぐ隣に耕三寺。この島を訪れる人のほとんどがこの二つを見たら次の島へとむかう。私も三度目の生口島だが、二度ともそうだった。

美術館での島の風景のスケッチ、そして島ののんびり温かい空気が名残惜しく、次回は泊まってゆっくりしたいの思いがかなっての旅。


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すこし靄がかかっているが春爛漫の最高の天気。

とりあえず、むかしながらの商店街を歩く。平日の10時まえ地元の人もちらほらだ。

海岸に突き当たると海岸線に沿ってのんびりすすむ。


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途中、海岸のベンチで商店街の老舗の鳥屋さんで買ったローストチキンをいただく。温かくてとってもやわらかくておいしい。振り返ると裏山に塔が見える。はじめてなのに懐かしい。たぶん向上寺の三重塔。


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スケッチに描かれている光景。心地よい潮風に心がほぐれ3月のひかりとなる。路地を通り抜け石段をのぼる。古い町並みそのむこうの海。目を閉じればたしかな潮の香り、船のエンジン音が遠ざかっていく。朱がのこる小さな国宝の三重塔を独り占め。もう少し登ると塔も眼下となる。鳶の声がはろばろ聞こえる。



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遠くに多々羅大橋がみえる。渡ってみたい・・・そうだ、自転車だ。さっきレンタサイクルのステーションがあった。自転車は5年前くらいに北海道の原生花園で乗って以来。そのときも20年ぶりぐらいだったがなんとかなった。たぶん大丈夫。かっこいいロードバイクがならんでいるが、ママチャリしか選択肢がない。


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風を感じながら海沿いを走るが、公道だから車も自転車の対向車もやってくる。よろよろふらふらで余裕はまったくない。ごめんなさい。多々羅大橋が近づいてきたが当然ながらずいぶん高いところに掛かっている。っていうことは・・・


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がんばって途中で押しながらママチャリで橋の入口に到着。1,480メートルの多々羅大橋。空も海もコバルトブルー。自転車、歩行者ともにけっこう行き交う。ゆっくり大三島に到着。蜜柑や檸檬の黄色が眩しい、しばらく春の海にこころをあずける、停まっていると海風はかすかだ。ちょっと休憩したらUターン、ふたたび多々羅大橋をわたる。多々羅大橋は途中に愛媛県と広島県の県境がある。


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ひと頑張りしてゆるゆる坂道を下ると、テントで柑橘類を売っている。試食の安政柑とってもおいしい。どうぞどうぞとおかわりいただき、大きな直径20センチはある安政柑を買い、自転車のカゴに。

残念ながら今回のサイクリングはここまで。もっと運転スキルを磨いてから再チャレンジします。

ぼちぼち体力切れの50代は今夜の宿へ。


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塩田の豪商だった堀内家の別荘だった100年以上前の建物。江戸末期の門や庭。ちょっと維持管理たいへんなのだろうと思う寂しさの外観。なかは、それなりにリフォームされて、遮るもののないオーシャンビュー。っていうより、まさに海のなか。目の前は瀬戸田水道、穏やかな瀬戸内の海はなつかしく、時間がゆっくりながれる。大林監督の転校生のロケ地にもなったらしい。


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そろそろ夕暮れ。

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目の前の高根島、瓢箪島、その先の大三島、と大小の島々の影が海面に奥行きをあたえる。オレンジからサーモンピンクに残照がかわったころガス灯が点る。気がつけば部屋は薄暗い。


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そろそろ夕食。畳にテーブルのモダンな個室。床の間には白木蓮。


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太刀魚の南蛮漬けなどのきゅっと冷たい前菜から。そして熱々茶碗蒸し。

お造りは桜鯛に栄螺にカワハギの肝和え。ゲンチョウの煮付け。

お運びのおばちゃんも親切であたたかい。タイミングも絶妙。

浜っ子鍋、味噌仕立ての牡蠣、穴子、河豚、蛸入り。炙り鰆の酢の物。

蛸飯。鰆のお吸い物。デザートはせとかのアイスクリーム。


お品書きが無いのにこんなに覚えている。もしかしたら一つ二つ抜けているかも。派手さはないが、すべて手作りで、ひとつひとつ熱々、冷や冷やで運ばれてくる。


私にとってはとても贅沢な時間だった。


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部屋付き露店風呂はもちろん温泉もない。おしゃれなフロントもロビーもない。部屋も清潔感はあるが古いし足音はひびく。


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この島の温かいゆったりとした時間。ていねいな素材のままの料理。たぶん島の風土がきっと私自身の心の底に共鳴するのだろう。少しだけ身体の奥底がきれいになり元気になった島旅。



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島かげを春の夕陽をその中にとろ()とろとろ濃藍となりぬ





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# by minaminouozafk | 2018-03-26 07:47 | Comments(7)

オガタマ 大西晶子

 当ブログの昨年3月6日(水)のちづりんの記事に、宗像大社のオガタマの花に呼ばれた話があった。その記事で、もう散っているかもしれないと思いながら大社を訪ねて以来、オガタマの花が満開に咲いているところを見たいという思いが時がたつにつれて強くなっていた。

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宗像大社ではないが、福津市のも宮地嶽神社にもオガタマがある。こちらには2本あり、木が宗像大社ほど高くないので、花を見やすい。〈ひかりの道祭〉を見に行ったのが2月23日。そのときにはまだ硬い蕾だった。
帰りに宗像大社にも寄ったが、花は見えない、蕾もなかった。花にも裏年があるのだろうか。


 3月4日に宮地嶽神社の寒緋桜が咲き始めたとニュースを聞き、連れ合いといっしょに見に行った。同じ境内のオガタマに咲き始めたばかりの2輪が見えた。「もういちど出直してお出で」と言われたような。


 それでは、と10日の午後に行ってみた。三分咲き? 日当りの良い枝にはいくつか咲いているけれど、全体にはまだまだ。

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 東京から会いに来た友人が「コマーシャルで見た宮地嶽に行きたい」と言っていると、長女が宮地嶽に出かけて行ったのは18日。帰って来て、オガタマが花盛りだった教えてくれた。そこで翌々日日に行ってみた。
 たくさんの白い花が葉の間に咲いている。気を付けて見ると、本当にたくさんの花なのだった。
 2本あるオガタマのうち、日当たりの良い場所のものはもう散り初めている。濡れた砂利の上の白い花弁も美しい。
 
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 3月4日に二分咲きだった寒緋桜、散り始めていたけれど花の時期が長いらしく、桃色が濃くなりまだ充分にきれい。
 帰りに通りかかった福津市の運動公園「あんずの里」では丘一面に植えられたあんずが、こちらも花盛りで、お花見の人が居ないのがもったいないほどだ。
 ことしの春はオガタマに誘われて、寒緋桜やあんずなど、春の花をたくさんみることができた。これもみな、昨年のちづりんの「2月においでなさ~い」に始まったこと。ちづりんの言葉にはなにか不思議な力がある。やっぱり英子さんが言うように「われらが巫女」に違いない。

 オガタマは招霊の樹、亡くなった父や母に気づかずに会ってていたのかもしれない、と思ったりする。それに昨日、ちづりんの亡くなったおばあさま、前田茅意子さんの遺歌集を頂いた。それで前田さんとお目にかかれたような気もする。
 やっぱり招魂(おがたま)の木はたましいを招き、現世の人と結びつけてくれる木なのではないかしら。

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           わたくしを呼んだのは誰おがたまの花咲くしたで来るまで待つと



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# by minaminouozafk | 2018-03-25 07:00 | Comments(6)

号外でーす。
本日、3月24日、15:30より、福岡市文学賞贈賞式@エルガーラホール7F中ホール。

短歌部門の選考に関わったので、お邪魔いたしました。

受賞なさったみなさま、おめでとうございます。

短歌部門は、今年は2名ご受賞。
・間千都子氏 「むすびなおして」
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・染野太朗 氏 「人魚」
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個性の違うお二方。
これからも益々ご活躍ください。

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# by minaminouozafk | 2018-03-24 22:38 | Comments(5)