野蒜の花  百留ななみ



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そろそろ梅雨入り間近。

たいせつな5月の青空、青葉風。

綾羅木川の土手を歩く。

黄色の金鶏菊、キツネノボタン、みどりのカモジグサ、カラスノエンドウが続く。

そのなかに紅紫の丸い実が揺れている。

よく見るとあちらにもこちらにも。

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ニョキニョキ、クネクネの細い緑の茎の先端の紅紫。茎は長いのでは50センチ以上ある。なんだろう。茎をちぎって匂いを嗅いでみると、葱の匂い。たしかにそう、これは葱だ。写真を撮って、あとは帰って野の花図鑑。


野蒜。春先の山菜として球根を食べることは知っている。つまり野蒜のネギ坊主なのだ。

名前が解ると見えなかった野蒜くんは、近くの散歩コースにも不思議とあらわれる。野の花図鑑によるとこの紅紫の珠は花ではなく珠芽、別の言葉では零余子らしい。ムカゴ? 山芋の蔓に秋にくっついているのと一緒?


ノビル特徴:ネギによく似ていて、葉も茎も中空で断面は三角形。花茎は4060cmにもなる。淡紅紫色の小さな花が多数、散形状につくが、日当たりが良いと珠芽がつき、ときには珠芽だけで花が1つもない花序となる。花序の基部には脂質の苞葉があり、蕾はこれに包まれている。期:5~6月分布:日本、中国



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だから日当たりの良い土手の野蒜は珠芽ばかりだ。

よく見ると紅紫の珠芽から緑色の細い糸のようなものが出ている。1本だけではない。3本いや短いのも合わせると4本でているのも。それもクネクネしているのもあってとても怪しい。


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昨年、鮮やかな色のサツマニシキを見つけた近くの高校の塀沿いにも野蒜の珠芽を発見。ここも緑色のクネクネ付き。



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覚苑寺でも山門そばに野蒜をみつけた。ちょっと日陰。珠芽に小さな白いつぼみが出ている。あらあらこっちも。


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醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて鯛願ふわれにな見せそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)  「 万葉集 巻16  3829」

酢醤油で野蒜と鯛を食べたい。なのに水葱ミズアオイの汁物なんて見せないでよ。って感じだろう。万葉人も鯛と一緒に食べていた野蒜。



はじめて知った野蒜の珠芽、おもしろい。ネットでいろいろ調べたら野蒜は、鱗茎、珠芽、種子の3種類でふえるらしい。

   鱗茎は酢味噌でいただく球根の部分。

   珠芽は地面にばらまかれて繁殖するようだが、そのまえから、茎についた状態でも発芽する。ニョキニョキ生えている緑の糸のような新芽?

   特に日当たりの良いところでは。

   花は珠芽の隙間からでてきて咲くが多くはなく種子も少ないようだ。




ネットでみるととても可憐な小さな小さな星状の花。ニラの花に似ているが、ニラの花は珠芽からではない。この紅紫色の球体の珠芽の隙間から覗く姿がなんとも愛らしい。


ぜひ見てみたいと時間を見つけては2日おきくらいに1週間以上、覚苑寺に通ったのだが莟のまま。翌日は雨の予報だし・・・ごめんねと言いつつ莟の野蒜を持ち帰った。高校そばの緑色のクネクネ野蒜も1本いただく。


ガラス瓶に2本を挿してゆっくり観察。


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花瓶のつぼみは翌日も、翌々日もそのまま。

たぶん覚苑寺で莟を見つけて2週間以上が過ぎている。

もう無理かしら・・・と諦めかけて、朝な夕なに見なくなった昨日の夜。あらっつ少し開いている。


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そして今日こんなに可憐な花を咲かせました。数ミリの小さな花ですが雄しべが繊細できれいです。


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むらさきの野蒜坊主は(むか)()なり小さきやうやくひらく




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# by minaminouozafk | 2018-05-28 07:10 | Comments(6)

販促品 大西晶子 


このところ気温が高い日が続き、麦茶やビールなど冷たい飲み物が欲しくなる。そんなときに普段使いのグラスを取り出すが、なぜかわが家にはロゴ入りの販促品が多い。


ひとつには「シールを集めて送ると必ずもらえる、」という販促品に弱い家人が応募したがるから。とはいえ私にも身におぼえがある。

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写真中央のデンマーク国旗のついたグラスはパン屋アンデルセンのもの。ある夏一定額以上の買い物をするとこのグラスがもらえた。もともとここのパンが好きで、天神に行くと買っていたのだが、あと少しでその金額に達するという時にはつい張り込んでしまった、というわけで3個集めたところでキャンペーン終了。



前列右のシェルのマーク入りのマグはガソリンスタンドでもらったお歳暮のような品、やわらかな形と金色の貝のマークが気に入り30年使用している。


前列左のミスタードーナツの小さめのマグは夫が朝食の牛乳を飲むのに使用中。たしか久留米に出かけたときに駅前のミスドでもらったような。これも20年くらいは家にある。


なかには元の商品名が分からないものがある。写真中央の赤い四角の模様にTeaoと書いてあるが、紅茶飲料だったことしか覚えていない。今も売っているのかどうか?


この中でもっとも販促品の力を発揮したのは写真中央後列のシャンパンフルート。
 某シャンパンメーカーがずいぶん以前だが、ボトル一本にシャンパンフルート二個つきで、ボトル一本とあまり変わらない値段で売り出したことがあった。シャンパンフルートの脚の細い優雅な形につられ、けっこう高価なシャンパンを買ってしまったのは私。「見事に釣られたね」と夫と娘たちに笑われた。
 メーカーのロゴは写真では見えにくいが、ステム(脚部分)と液体の入るボウル・カップの境目に小さく彫られ、底の平たい部分にはブランド名がある。気を付けないと見えないのが良い。
 ただしその後その銘柄のシャンパンを自分で買ったことはない。 


 もうそろそろ終活などを視野に入れ、物を増やすべきではないと思うが、これからもお洒落な販促品につられて買い物をしてしまうかもしれない、気をつけなければ。



ロゴ付きのシャンパンフルートをたちのぼる泡の数ほど佳きことのあれ

          晶子





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# by minaminouozafk | 2018-05-27 07:00 | Comments(6)

昨日の朝日カルチャーセンターからの帰り、新幹線を使って見た。と言っても、わが家は福岡市内で小倉や鳥栖ではない。

 からくりはこうである。博多駅から博多南線というひと駅だけの路線があるのだ。開業は1990年4月1日で、山陽新幹線博多総合車両所への回送線を旅客線化したものだ。博多南駅は単式ホーム1面1線の高架駅で、春日市と那珂川町の境界に位置している。駅自体は春日市なのだが、駅前の道路を渡った対面側は那珂川町になり、わが家は10分も歩けば那珂川町に入ると言う福岡市の南端にあるので、いつもとは違うことをしてみた訳である。


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 普段、新幹線などに乗る機会はないので、新幹線乗り場への階段を登っていくのにもちょっとした高揚感があった。券売機で乗車券と特急券を買って改札を抜けると在来線とは違う雰囲気の通路が広がり、土産屋やカフェも空港のように少しお洒落な感じだ。一番端の15、16番ホームが博多南線のホームで普段は一時間に一本だが、朝夕の通勤時間帯には三本から四本の列車が走っている。

 ホームに上がってみると午後の2時すぎではあったが、すでにかなりの人が待っていた。列車の到着を知らせるアナウンスにも少しばかり心が躍って、面白い緊張感だ。私が乗った車両は最後尾で到着駅の改札に最も近いせいか満席であった。出発のアナウンスとベルの音に送られて滑るように動き出す感じはまさに新幹線である。この博多南線はじつはわが家のすぐ近くを通っていて、ベランダからそして買い物に行く途中にいつも目にしているので、つい車窓からの風景を確認したくて子供のように目は窓に釘付けだった。

 乗車時間は8分間。ゆっくりと車両は止まり駅に到着した。広い車両区には清掃、整備を待っているのか、終了して出発を待っているのか新幹線好きにはたまらないだろうと思える光景がひろがっている。3歳くらいの男の子を連れた家族が車両の先頭で記念写真を撮っていたが、数枚撮っても男の子は帰ろうとしない。300円で乗れる新幹線は電車が好きな子供にも、私たち近くの住民にも嬉しいものである。


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一日の乗降客は開設時の10,000人程度から約15,000人に増えているそうだ。

 人口が増えた那珂川町は、今年の10月1日に「那珂川市」として新しく生まれ変わる。

 駅からバスに乗り10分ちょっとで家に帰り着いた。ゆったりとした帰り道だった。



八分を新幹線のたびびととなりて降りたつ博多南駅


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# by minaminouozafk | 2018-05-26 09:46 | Comments(6)

花言葉  大野英子

今年の母の日は超結社歌会だったので前日、カーネーションの鉢植えを墓前に供えた。
どの季節も花で溢れるこの墓地はこの時期、薔薇が盛りだった。
母が1番好きだった黄色い薔薇も美しい。
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カーネーションなんか不要だったかな……

こちらは4月に紹介した落ち実の楓。
しばらく行けないと心配なので、わが家のベランダにお引越し。
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鉢も一回り大きなものに植え替えた。すくすくと育ち、2枚だった葉も6枚に増えている。
楓の育て方を調べていると、なぜか出てきた花言葉は「大切な思い出」
そういえば、父も山で色んな木の新芽を見つけては持って帰り、盆栽に仕立てていた。今では盆栽用の小ぶりな鉢ばかりが残る。
この楓はどんな枝振りに育ってくれるのだろう。先ずは、本当に育つのか。

実家の芍薬は、昨年より一回り大きくなって開花した。
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      きつと父もこうしただらう潮風を浴びる楓は海色の鉢
      黄のバラは母を思はせすがすがと揺れる五月のひかりたづさへ


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# by minaminouozafk | 2018-05-25 06:36 | Comments(4)

今日は涼しい写真を。

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ここは美祢市の別府弁天池。

秋吉台の近くに位置していて、地下水が毎秒186リットル、毎分11トン湧き出しているという。透き通った水はコバルトのふしぎな色。

名水百選にも選ばれ、飲料水や灌漑用水として使われている。傍にはニジマスの釣り堀もあってニジマス料理を楽しむこともできる。


映っている鳥居は別府厳島神社の鳥居で、弁天池はその境内に湧き出している池。昔この地を開墾した長者が水に困り諏訪明神に祈ったところ「弁財天をまつり青竹をつえに水をたずねよ」というお告げを受けて見つけたという伝説が残る。弁天様はもとはヒンドゥー教のサラスヴァーティーという水の女神様という。



インスタ映えするという評判に、この日もたくさんの人が訪れていた。


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近づくと透明な水。でも少し離れるとブルーに見えるのがふしぎ。

よく見ると魚の影もあって、生きている水だとわかる。

この水を飲むと長寿が保たれ宝に恵まれるとも書かれていた。




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歴史を感じる石橋




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境内には大樹が立ち並んでいる。これはムクノキ。

思わず見上げてしまう。


慌ただしく過ぎる毎日。けれど、知らないどこかで湧きつづける清らかな水があること。そのことを嬉しく思う。


湧きやまぬ泉のごときもののあれ目先忙しきこの日常に


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# by minaminouozafk | 2018-05-24 05:34 | Comments(6)

  昨日、早苗さんが水上芙季さんの福士りか歌集『Sainte Neige』評「プラチナのひかり」を紹介した「コスモス」6月号は、歌書・歌集批評特集号である。



 あれは3月初旬のことであった。来る6月号で、祖母前田茅意子の遺歌集『いづこも桜』(柊書房)を取り上げるむねのお知らせをいただいた。文書には、批評執筆者を誰に頼むか希望が出せることなどが書かれてあった。祖母が生きていたなら、誰に書いて欲しかっただろうかと、ちょっと思ったけれど、私は迷わず同封の葉書に「お任せします」と書いて投函した。ふさわしい人が書いてくださることになるだろうという予感があったのだ。



 しばらくして高野さんから、晶子さん(コスモスの福岡支部長で、このブログの日曜日の記者の大西晶子さんである)に依頼したことを伺った。



 晶子さん。――いい予感は当たるもの。



 先日、待たれた6月号がとどいた。


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 晶子さん評「鯨まつりの島に生き」。晶子さんの、祖母の人生を掬う手つきはやわらかくて慈しみ深くて、まるで鎮魂の連祷を聞くようである。私は読みながら、なんど祖母によかったねと話しかけたかしれなかった。



 おのずから英子さんの記事(「南の魚座」3月30日)が思い出された。英子さんは祖母の命日(3月31日)に間に合うように、お渡ししたばかりの歌集を読んで書いてくださったのである。



 『いづこも桜』はなんて幸福な歌集なのであろうか。


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                 《今年の桜》



  後ろ手にエプロン解けばゆふぐれぬ 永遠(とは)にまへゆく祖母のゐること



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# by minaminouozafk | 2018-05-23 06:03 | Comments(6)

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『Sainte Neige』(青磁社)
栞紐はプラチナブルー。
北の空のような、水のような。

福士りかの5冊目の歌集『Sainte Neige』(サント・ネージュ)を読んだ。



1986年コスモス入会。

20代前半から短歌に関わり、以来、歌人と国語教師、娘で孫で伯母で、という忙しいながらも豊かな日々を送ってきた。本歌集にも、こうした暮らしの端緒が詠まれ、ますます加速するりかさん(こう呼ばせて下さい。「福士の……」とか、無理)の生の充実が感じられた。

この点については、先日届いた「コスモス」6月号の、水上芙季氏の歌集評「プラチナの光」をご参照いただきたい。

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北国に棲む人間にしか描けない雪の表情のこまやかさに注目した優れた批評である。先行する芙季さんの論に、書くべきことはもう書かれてしまってはいるのだが、かれこれ20年にも及ぶ友人として、本歌集に鏤められた秘密の一端を繙き、記すことを容赦願いたい。


「相聞の福士」が通り名であった。りかさんは津軽の人。170センチ近い長身で、大陸的なスケールの美人である。20代、30代を詠んだ『朱夏』、30代後半から40代の『フェザースノー』には表現の質の違いはあれど、多くの相聞歌が並び、その容貌と相俟って、衆目を集めた。40代半ばを過ぎて刊行された『りの系譜』では物語に仮託する形で相聞が詠まれ、方向性の新しさに注目した。では、本歌集『Sainte Neige』における相聞歌事情はどうなっているのだろうか。もうりかさんは恋をしていないのだろうか?いや、そんなはずはない。歌集の装幀の新雪のような手触りを楽しみながら、幾たびも読み返す。すると、やはり……。


・若草をそよがすほどの風が立つひとつの影が身を分かつ時

・忘れゐきわれが楽器であることを露を宿せる草であることを

・水底より引き上げられしたましひの出会ふひかりを恍惚とよぶ


49頁掲載の3首。1首目は帯にも掲載されている。甘やかで、でもさびしい印象の歌。単体で鑑賞すればそうなのだが、続く1首を得て、見える景は一変する。もうみなまでは言わない。「忘れゐき……」、この1首はまさに「相聞の福士」の面目躍如たる秀歌である。結句の字余りが言い足りないこころの余韻を表す。そしてその余韻は3首目の「恍惚」へと導かれてゆくのである。


本歌集随所にひそやかに置かれている相聞歌。それを探しつつ読みすすむのも面白い。それが本当に相聞なのかどうか、作者に尋ねたりするのは野暮である。恋は「孤悲」。ひとり静かに思うものなのだ。


相聞歌の難しさは、その「賞味期限」にある。恋は若者のもの、という観念はいまだ、いかんともしがたい。歌の巧拙より以前に、素材の吟味をされてしまう。40代以降のりかさんは、実はずっとこのジレンマと格闘していたのだと思う。年齢を重ねるうちに、激流のような恋情は徐々に清冽な伏流水となって作品の底を流れているのがわかる。聖なる水の循環。


・氷点下十三度の朝プラチナのひかりをまとふ(サン)なる(ト・)(ネージュ)


掉尾の、そして歌集名の由来でもある1首。『Sainte Neige』は表現された世界の輪郭をなぞって読むだけではその妙味を味わい尽くせない。その輪郭の背後に躍るひかりの粒や、静かに拡散する音の気配を楽しんでほしい。多分そこに、今のりかさんの相聞がある。



   永遠の半身として北に棲むうたびと思ふその生思ふ



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りかさん、ごめん。初対面のときの写真を掲載しました。
平成10年初夏。浦安の全国大会。私のお腹には8カ月の娘がいました。
懐かしい。


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# by minaminouozafk | 2018-05-22 08:32 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)