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 このアクロス山には白猫が住んでいる。もちろん、前の公園には、多くの野良猫がいるが、2階のセミナー室で歌会をしているときや、用があり上層階に上がった時に、5階辺りの窓の外をとことこと歩いているのを見かけるのは白猫。

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 会いたくて、楓の新緑が美しいアクロス山に再び登った。階段以外の窓の外周りも丁寧に見て廻ったが居ない。下りも再び探しつつ植物プレートにも目を通す。ユキヤナギやレンギョウ、馬酔木の花は盛りを過ぎようとしていた。
3階辺りの踊り場で、ふと視線を感じ振り向いた。

 居た。やはり、白猫。階段の上の角からひょっこりはんのように顔を覗かせている。猫と目が合う瞬間というのは「だるまさんがころんだ!」のタイミングだといつも思う。

 暫し、見つめ合ったのち、動いた途端に逃げられる。でも、探している気持ちは伝わっていたんだね。

 ありがとう。

 わが家の猫も白猫だった。時々、玄関を開けて~ と、おねだりしたのだが、外に出してもポーチをうろうろするだけで、決して階下に降りようとはしない。玄関は必ず解放しておかないと、パニックになる。ポーチに飽きたら、上の階に上がって、アクロス山の猫ちゃんのように階段の角から顔を出して、じっと私を待っていた。おいで。と言っても待っている。抱いて降りるしかない。

そして、開いている玄関を見ると安心して私の腕から飛び出して、玄関の中に入って行く。

 そう、階段は上れても、降りられないヤワな猫だった……

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 猫の目線で見るアクロス内部。
 アクロス山と相反する景色を、この山の住人はどのような思いで眺めているのだろう。

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 ようやく満開。山から見下ろすより川沿いの景が美しい

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 いつも手入れが行き届いた赤煉瓦文学館前の花壇

       芽吹く木を愛でるうしろのかいだんの上からのぞく猫と目が合ふ
       青空を背負ふ白猫とんきやうな顔をしてゐる春まつさかり



# by minaminouozafk | 2019-04-05 06:58 | Comments(6)

積ん読 鈴木千登世

4月がスタートした。
一の坂川や瑠璃光寺のさくらが盛りの時をむかえている。
新元号の「令和」も発表され、何か浮き立つような春の日々である。

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娘から届いた醍醐寺のさくらの写真

私はというと、傷めた膝の治療をしたことで籠りの日を過ごしている。体重をかけられないので外出もままならないけれど、思いがけずできた時間につんどく状態だった本を手にする幸を得た。

辞書を引くと「つんどく」は「積ん読」。
「つんでおく」と読書のドクをかけた洒落。【広辞苑】

ああ、洒落からできたことばなんだ。一人で悦に入りながら
「本は置いておくだけで知的な雰囲気を醸し出して静かに影響を与えるからから、積んでおくだけでもいい。」と言われた先輩を思い出した。先輩のことばを聞いて以来、つんどく肯定派である。

さて、小説、歌集、エッセイと手当たり次第に読んでいるうちに、はっとすることばにであった。

「すごい人に会うと敬虔な気持ちになるね。」

宮下奈都の『遠くの声に耳を澄ませて』のなかで、主人公たちが毎日地道な作業を淡々とこなし、しみじみおいしいと思えるパンを焼く職人さんに会った時のことば。
励まされるでもなく、勇気をもらうでもなく敬虔な気持ちになる…
「すごさ」の下の人知れぬ精進に思いは至る。
身近なすごい人たちのことを思い浮かべて、背筋がすっと伸びるような気持ちになった。

いつか読む書物の中で眠りたる滋味あることば迎へにゆかな




# by minaminouozafk | 2019-04-04 12:00 | Comments(8)


3月19日の早苗さんの記事を読んで、行きたいなあ、と思ったエッシャー展。でもなかなか行けなかったから、あまり真剣には思っていなかったのかもしれない。



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最終日の30日。アジア美術館に電話をすると、最終日も通常どおり午後8時(入館は7時30分)までという。ぐるっと出掛ける。5時半に到着できた。2時間半はある。思ったより人が多い。



エッシャーの特徴的な作品については早苗さんの詩的な報告がある。それらはほんとうに、よかった。



その一方で、ふつうの作品を見られたのもよかった。錯覚や錯視や反射に心を砕いた作品ばかりではないのだ。こんな時期もあったのかあ、とかえって新鮮に思われた。初期の塚本邦雄に伝統的な歌を見つけたときのようなかんじ、といおうか



エッシャーは版画ひとすじの芸術家だった。油絵などの他の表現には、手をそめていない。上に、「ふつうの」と書いた作品でも、版画ということを思い出すなら、ちっともふつうなんかじゃなく、これ版画よね、版画でここまで、と気持ちは高揚する。



しかしそれは少しちがって、実は版画でなくてはできない表現なのかもしれない。

エッシャーは、版画に執着することで、版画にしかできない表現にたどり着いたのかもしれないと思った。



会場最後の作品を見ていると、出口はあちらです、と促される。すなおに出る。さあ、ポストカードを買ってかえろう。ところが、である。グッズ売り場は閉店していた。時計をみると8時15分。そう、とうに閉館時間を過ぎていたのだ――。



念のために言い添えておくが、私が閉館時間を遅らせたのではない。まだ、会場には撮影を待っている人が並んでいたからそういえるのである。たしかその撮影の待ち時間は、10分とか15分とかだったはず。その列には並ばずに出てきたのだから、私のぐずぐずのせいではないのである。ああ、でもごめんなさい。



そういうわけで、ここでご紹介するべきポストカードがない。ざんねん。

でんぐりでんぐりの、早苗さんのご紹介とはまた別のを、ここにあげたかった。文字の間を、でんぐりでんぐりが行進しているのだ。



ぐるんぐるん転がつてゆくエッシャーの〈でんぐりでんぐり〉命なりけり



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# by minaminouozafk | 2019-04-03 07:55 | Comments(8)

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新しい元号が「令和」と決まった佳き日(4月1日)に、この記事を書ける幸せを感じている。「令和」、ちょっと懐古的で、雅な語感の新元号。出典が『万葉集』巻五、梅花の歌三十二首の序文「時に、初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」であることを知っていたく納得した。しかしながら、この序文のさらなる出典は、中国の詩文集『文選』(530年頃)ではないか、という意見も有識者から出てきている。出典を正しく記すことは、先人に対する畏敬を表することであり、学問を尊重することである。決して軽んじてはならないことなのだ。

 と、いうように出典の大切さをあらためて、私に教えてくれたのが、本書『斎藤茂吉研究」-詩法におけるニーチェの影響ー』の著者、前田知津子氏なのだが、ここで知る人ぞ知る、重大な事実を発表。

前田知津子氏って、実は、ちづりんだから。
つまり、歌人有川知津子だから。

 そう、われわれ「南の魚座」の巫女、実務の要、精神的支柱と、あらゆる意味で頼りにしているちづりんは、実は九州大学大学院比較社会文化学府日本社会文化専攻博士後期課程の単位を修得した、比較社会文化博士なのである。ちづりんのすごいところは、それを社会人になってから成し遂げたこと。元々は理系の薬剤師。しかし、ある時期、人を救うのは薬ではなく、芸術だと痛感させられることがあり、そこからこの道に進む決心をしたのだという。以来、長きにわたり、有川さん(落ち着かないけど、こう呼ばせていただきます)の精進の毎日が続いたのだった。

 当ブログ、水曜日の担当は有川さん。コンパクトで、しかも核心を衝いた独特の文体で読ませてくれる。白秋、茂吉、鷗外……、いわゆる巨匠を扱っても既視感のないオリジナリティ溢れる記事に仕上げてくる。その手腕にいつも驚かされていたのだが、なるほど、これは地力が違う。その短文をものする背後には、膨大な知の集積が存在していたわけである。

 さて、本書『斎藤茂吉研究ー詩法におけるニーチェの影響ー』であるが、研究叢書にありがちな、専門性が高いがゆえの表現の難解さが全くない。確かに膨大な資料を正確に扱おうとするために生じる回避不可避な手続きはあるけれど、それすら論の信頼性を高めている。今、私はようやく序章を読み終わり、(禁じ手だけども(笑))結章を読んで、「第一章 写生説の形成ーニーチェの芸術観の関与ー」に入ったところ。届いて四日でこれしか進んでいないのは、情報が盛り沢山だから。せっかく咀嚼しやすい文章で書いてもらっているのだからしっかり味わわないと……と、せっかちな私にはめずらしくゆっくり読ませていただいている。序章から、ちょっとだけ引用させていただく。

 ・本研究は、諸家の研究を踏まえつつ、茂吉における西洋という観点から、もっとも茂吉の精神的比率を占めた思想家ニーチェ(Nietzsche,Friedrich,Wilhelm 1844-1900)に照準を定め、その受容のあり方、すなわち茂吉においてはニーチェがどのように現れてくるのかを考究するものである。具体的には、茂吉の書いたものからニーチェに関わる文章や語句を抽出し、それを端緒として考察を進める。記されたニーチェの名前やニーチェに由来する用語こそ、「共鳴」の端的な痕跡であろう。(序章・6頁)

 この〈「共鳴」の端的な痕跡〉探しの旅は、多分、今でも続いている。究めれば究めるほど、開けてくる新しい荒野。儚げな、永遠の少女という外貌からは想像できない、ちづりん有川(有川さん、という呼称をここであきらめた(笑))こと、比較社会文化博士前田知津子氏の強靭な知の体力を感じた一冊、それが本書『斎藤茂吉研究ー詩法におけるニーチェの影響ー』であった。

*言わずもがな、ではあるが、本書は九大叢書。これは厳正な審査を通過した本にしか与えられない処遇。この一事をとっても、ちづりん有川の研究者としての評価をご理解いただけると思う。万事につけ、控えめなちづりん。余計なお世話と重々承知しながら、今回の上梓をみんなでお祝いしたかった。でしゃばってしまったら、ごめんなさい。


ちづりん、『斎藤茂吉研究ー詩法におけるニーチェの影響ー』、ご上梓おめでとうございます


   天平の梅花の宴にゆかりする御代に開かんあたらしき知を

   天平の梅を過ぎ来し東風ならん令和間近のけふを吹く風

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# by minaminouozafk | 2019-04-02 08:15 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

蚕種祭 百留ななみ


忌宮神社。ブログでもたびたび登場する長府の産土神。散歩コースのひとつ。23年まえになるだろうか。友人と遠巻きにその神事を眺めながら通り過ぎたことはあった。この春、お誘いを受けてはじめて参加させていただいた蚕種祭。例年328日に執り行なわれる。



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忌宮神社の境内の奥、長府図書館まえに大きな桑の木と石碑がある。いまでも梅雨の頃、濃紫色の実をたくさんつける。となりの桜の木が今日は三分咲きほど・・・石碑の前にはお供え物。会津若松から届いた繭玉もある。白だけではなく、黄色や薄緑色も。そばには糸車や機織り機も用意されている。



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仲哀天皇が忌宮神社にいらっしゃった時にはじめて蚕種が日本に伝わったらしい。というので昭和8年に「蚕種渡来地」の記念碑が建てられた。石碑は6.3メートル、37.5トンの巨石。

神事のあと、繭からの糸取り・機織りが奉納される。毎年、山口線沿いの阿東町からきていただいているようだ。そののち吟詠会の方たちによって献歌が披露される。


蚕種祭寿ぎ咲ける桜より天樂のごと鳥の聲降る

岡村美枝子


昨年、参加されたコスモス会員の岡村美枝子さんの作品も弥生の空に朗々と吟じられた。琴、笙、和太鼓、尺八の音の雅やかなひとときだった。



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蚕種祭終了後は間近に糸紡ぎなどを見学。100個ほどのお湯につけられた繭からの糸はまさに蜘蛛の糸。一つの繭からの細い細い糸は1000メートル以上。それを50本ちかく撚って糸にする。その糸を機織り機で丁寧に織っていく。気の遠くなるような作業だ。蚕様に感謝。布に仕上げてくださる方に感謝。租庸調、布がいかに貴重品だったのかがわかる。お土産にと繭玉をひとついただいて直会の会場に。



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まず、お茶とお菓子のお接待。お菓子は繭のかたちの真っ白な和菓子。場所を移動してお粥をいただく。トッピングの胡麻と芹の香がおいしい。すべて長府婦人会の方々の手作り。長いあいだ長府に住んでいても参加したことがない方が大多数だと思う。忌宮神社は数方庭祭だけではない。ちょっと誇らしくうれしくなった。



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石碑が作られた頃の昭和初期の勢いは養蚕業にはない。しかし、養蚕の歴史はバイオテクノロジーにも大きく関わっている。絹に蜘蛛の糸の強度をプラスしたスパイダーシルクも遺伝子組換えによって実用化されている。オワンクラゲの遺伝子をいれた蛍光シルクのドレスも作られている。シルクパウダーは化粧品や医薬品に。あらたなる進化を遂げているお蚕様。


あと数時間後に新しい元号が発表される。いただいた繭を振るとからからと乾いた音がする。蚕の亡骸の音。




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羽衣の天つ袖とやカイコガの終の棲家の糸ほどきゆく
















# by minaminouozafk | 2019-04-01 07:00 | Comments(7)

春爛漫 大西晶子

この一週間あたたかな日がつづき、庭では紫木蓮、花桃、馬酔木、フリージアなどがあれよあれよと言う間に満開になってしまった。
春を代表するのはやはり日本では桜。 わが家には桜の木がないが、お隣の庭では立派なソメイヨシノが咲いているし、その下には「桜ちゃん」という名の柴犬が座っている。

 歩いて5分ほどの小学校の周辺にはたくさんの桜が植えてあり、高台なので下から見上げると薄紅の雲がかかったようだ。近所の公園では花の下でお弁当を広げる人たちも居る。 



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 昨年は同居していた長女と孫ユウタと、宗像大社の近くにある鎮国寺に出かけて花を見ながらお弁当を食べたりした。今年も鎮国寺に、昨年の盛りの時期に見損なった大山内という山桜を見たくて行ってみたが、すこし早すぎたのかまだ蕾だった。しかしソメイヨシノは満開で、敷物の上で昼食を楽しむグループが何組もあったし、花の写真を撮る人もたくさんいた。ここではソメイヨシノのほかにも枝垂桜や山桜などさまざまな種類の桜が見られて嬉しい。また桜以外にも椿、桃、石楠花、射干、菫と色々な花が咲いている。


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 桜はいつも入学式で新入生を待つ花だった。小中高校で新学年の始まるたびに満開の桜の下を歩いた、大学でもそうだった。
 明日は4月1日、満開の花のもと次女の長男一歳4カ月のコータが保育園に入園する。一年半の産休を終えて次女が仕事に復帰する日が近いのだ。実際に職場に復帰するまでに三週間ほどあるようだが、保育園の初日は親子ともどもに泣き別れになりそうだとのこと。
 いつか次女が、少し大きくなったコータに「保育園に入園した日は街中に桜が咲いてとても綺麗な日だったよ。君は保育園で一日楽しく過ごしてニコニコ笑って帰って来たよ」と話してやれたらいいと思う。エイプリルフールでもあるし、多少の嘘は許されるだろう。
 明日は新しい元号も発表される、日本のいろいろな場所であたらしい時間が始まる。



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お弁当たべて眠れる児は夢でさくら咲く空すいすいと飛ぶ



# by minaminouozafk | 2019-03-31 10:12 | Comments(7)

 木曜日、中国語の教室が終わって次の歯医者の予約時間まで少しばかり余裕があったので、五月の出前歌会の会場の確認でもしておこうと思い、駅ビルの10階まで上がってみた。今回、初めて利用する会場なので、参加される皆さんが迷わないように何箇所か案内が立つ場所もチェックしておかねばならないと思ったのだが、割と分かりやすいところだったので安心した。一足先に会場を見てくれていた晶子さんの言われたとおりだった。


 それでもまだ時間があったので、ひさしぶりに屋上庭園の「つばめの杜」へ行くことにした。桜の花も空に近いからか、青色とのコントラストが美しい。


 私の一番のお気に入りは、地上約60メートルの高さから、博多駅に出入りする列車の様子が見られる展望スペース。在来線、新幹線が次から次へと発着している。普段は特に鉄道好きとは自覚していないのだが、やはり私の中を流れる血のせいだろうか。父が小学校三年生の時に亡くなった私の祖父は、当時の国鉄に勤めていた。勤務中に駅長室で倒れ、そのまま亡くなったと聞いている。従兄弟にも国鉄の機関士からスタートした人や、小学校一年生で自分の街の駅の時刻表を暗記していた強者がいる。目線を遠くに移せば、福岡空港を発着する飛行機も見える。旅心をくすぐられるポイントである。


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 そして、広場を二周する「つばめ電車」と「くろ電車」が大きな笑顔の子や、ちょっと緊張気味の子を乗せて走る。昔は気にも留めなかったのだが、孫のおかげでばばさま目線で見ると、これもまた楽しそうだ。展望テラスから、春にかすむ博多湾や山並みをぐるっと一巡りして地上に降り立った。背中がピンと伸びて、少しだけ背が高くなったような気がした。


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 地上の花壇も満開のチューリップが鮮やかだ。さあ、待ちかねた春本番の舞台に飛び出しましょうかね!


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<駅前広場の福岡国際マラソン大会の歴代優勝者の足型の碑>

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<1987年雪混じりの雨の中で優勝した中山竹通の足型>


    たちまちに薄紫のヴェールぬぐ春はをとめのほほえみのごと


# by minaminouozafk | 2019-03-30 11:38 | Comments(8)