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14歳の時に買った「オペラ座の夜」。
汚れも味わい(ということで)。
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「ボヘミアンラプソディ」を五回観た。というと驚かれるのだが、そうめずらしいことでもないらしい。この映画はリピーターが多い。公開前は客入りが危ぶまれていたのに、蓋を開けると日本国内での興行収入は111億円を超え、上映期間も三カ月を超えるロングランでまだまだ集客率は衰えていない模様。グラミー賞をはじめ、世界各国の映画賞受賞、あるいはノミネートと、この映画をめぐる話題はまだまだ尽きない。四十数年来のファンとしては実に喜ばしいかぎり。長い間Queenファンであることを公言しにくかったことを思うと、この快進撃はまことに胸のすく思いだ。


ヒットの理由は色々だろう。音楽性、Queenの四人を演じたBo-rhapボーイたちの演技力(特にフレディ役のラミ・マレックの評価は極めて高く主演男優賞を総なめにしている)、そしてフレディ・マーキュリーという複雑な人間の生涯を撮ることが結果的に現在の「多様性」というテーマにアクセスしたことも大きい。「ボヘミアンラプソディ」に関しては、この公開のタイミングがベストであった。

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フレディが憑依したとしか思えない
ラミ・マレック。
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さまざまな切り口(つまり多様性)のある「Bo-rhap」だが、私の五回目観賞のテーマは「家族」。これがなかったら、この映画はもっと平板なアイドル懐古作品になっていただろう。


フレディのバックグラウンドは複雑だ。1946年、イギリスの保護国であったザンジバルにパールシー(かつてムスリムに迫害されたペルシャ人)でゾロアスター教徒の両親の元に生れた。その後幼少期のほとんどをインドの寄宿学校で過ごし、1963年にザンジバルに戻る。しかし、翌年、ザンジバル革命が起こり、一家はイギリスへ逃れた。フレディ18歳のときのことである。ザンジバル、インド時代のことをフレディは話したがらず、メンバー間でも詳しいことはわからないらしい。そもそも「フレディ・マーキュリー」も改名後の名で、本名は「ファルーク・バルサラ」。フレディは「正式に」ファミリーネームも捨てている。


映画の中でもいたるところに「家族」は鏤められていた。マネージャーのジョン・リードに初めて会ったシーンで、「Queenとはどんなバンド?」と聞かれ、フレディが「バンドは家族」と答える。それに続けて、メンバーが口々に「俺たちははぐれ者。四人それぞれが部屋の片隅で膝を抱えて過ごしていたような人間。」、「個性はそれぞれ。」、「四人いてこそのQueenなんだ。」と答える。この場はとても印象的だ。擬似家族の存在が濃いということは本当の家族の存在の稀薄さを語っているわけだから。


では実際の家族との関係はどうだったのか。ゾロアスター教徒で、パールシー、保護国生れという経歴にフレディはコンプレックスをもっていた。一族の系譜に誇りをもち、ゾロアスター教徒として正しく生きようとする両親、特に父親との間には強い確執があった。自分とは全く違う価値観の息子をため息まじりで見つめる父親の姿が幾度も画面に映し出された。そんな父親とは対照的に、母親は(表立っては応援できないものの)、息子を理解し応援している。面白かったのは、四人がQueenとして登場する最初のギグで纏っていたフレディの衣装。これが実は冒頭近くのシーンで、フレディの母親が自宅で着ていたチュニック。恋人メアリーが勤める服飾店BIBAで衣装を探すシーンもあったのに、結局最初のステージで着たのは母の服だったのだ。

ああ、だから……。ここであの歌詞の意味がわかる。


ママ、僕はたった今、人を殺してしまったよ

やつの頭に銃口を押し付けて引き金を引いたら、

そしたらあいつ、死んじゃったんだ

ママ、僕の人生はまだ始まったばかり

それをすべて棒に振るような、そんな馬鹿なことを

僕はしてしまったんだね


名曲「ボヘミアンラプソディ」の冒頭。主人公が殺したのは誰なのか、という謎については、今のところ、「フレディ自身」という説が有力だ。前述の複雑な生い立ち、加えて言うならLGBTであることを明らかにできなかった自分、そういう自分との訣別を歌ったという解釈だ。これについて異存はない。不思議だったのは、この告白をする相手が他の誰でもない、「母」だったことである。この曲を作った頃、フレディは30歳。それにしてはリリックが幼い。逆に言えば、それほどまでに母に対する信頼が揺るぎないということなのだろう。父との確執、社会への不信感、そんなものとの緩衝材となってくれた母。「ボヘミアンラプソディ」の難解な詞について、「詩は聴く人のもの」とフレディ自身が言っている。その言に従って、私はこの曲はフレディが母に捧げた渾身のメッセージだと思っている。新しく生まれ変わる自分、それでもずっと自分はあなたの息子なのだ、と。


けれど皮肉なことに、この曲の大成功を機に、メンバーの関係性は揺らぐ。「バンドは家族」、その思いに温度差が生じ、Queenは一時活動休止。解散説も流れた。放蕩の限りを尽くしたフレディには健康上の不安も生じ、知人の裏切りにも合う。まさに八方ふさがり、四面楚歌のフレディが、かつて悪口雑言を尽くして決裂した三人のメンバー、ブライアン、ロジャー、ジョンに「母船に戻りたいんだ。」と告げるシーンは感動的だった。「家族だったら喧嘩して当たり前だろう。」、はにかみながら、申し訳なさげに告げるフレディは母親の胸で甘える子どもそのものだ。


そして、物語はあのライブ・エイド、ウェンブリーアリーナの伝説の21分へとつながる。その朝、フレディは愛猫たちにご飯をやり、生涯最後の恋人ジム・ハットンの自宅を訪ね、一緒に自身の両親の住む家を訪ねる。父親の前で、ジムと手を重ね、二人が深く信頼し合っていることを示し、これからアフリカの飢餓救済活動のためのライブに赴くことを告げる。「お父さんがずっと教えてくれていた、善い思い、善い言葉、善い行いを実践しにいってくるよ。」と。これが実話かどうかは問題ではない。自身のアイデンティティを疑い、時に憎み、家族に対して呪詛にも似た感情を有していた人間が、信じた道を全うすることで、新たな家族観を構築したことが重要なのだ。全世界で、15億人に中継され、綺羅星のごとき出演者の中で最高の評価を得たQueenのフロントマン、フレディのパフォーマンスの背後にそんな素敵な家族のエピソードがあったと思うと、ウェンブリーがいっそう輝かしい場所に思えてくる。


かの夏のcall and response AY-OH に揺れるアリーナ十万人が


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プレス用試写会でもらったピンバッジ。



# by minaminouozafk | 2019-02-12 10:20 | Comments(8)

ブログ記念日29

 年明けの一月。やはりあっという間に行ってしまった。今年はほとんど雪を見ることがないうちに立春。あちらこちらで春が生まれている。おとなりの長府庭園では蕗の薹、土筆までのぞいている。さくらの芽鱗も小豆色にふくらんでいる。

 花のころになると石原吉郎の「花であること」の詩をおもう。はじめて読んだ時もとても良いと思ったが、難しくてちゃんと解釈できなかった。石原吉郎は7年間ものシベリア抑留体験をしている。そのなかで生き残った感慨。〈花ひらくごとき傷もち生きのこる〉詩人であるが、俳句も短歌も遺している。最近、出会った彼の俳句。花がひらくのは歓びだけではない。傷つきながらひらくこともある。

 ブログ記念日も29回目。あらためて時間とは小さな欠片が積みかさなっていくものだと思う。読んでいただいている方に感謝です。それぞれの人生、いろいろな傷をもちながらも愉しみたい。

 古い楓の大木。プロペラの種が残っている枝には紅色の葉っぱのふくらみが・・・葉っぱにも莟がある。

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ふつくり   百留ななみ
おかへりと五十五歳のしたごころをふくらませゆく窓辺のひかり
乃木神社うらの土塀の崩れたり豪雨後百日じわりじわりと
絵あそびあり文字あそびあり反骨の宮武外骨よみがへるべし
佳きことば佳きメロディでふくふくの身体に入れる冷えた葡萄酒
姫コブシのつぼみふつくりリモコンのほこりきはやか二月のひかり

初期化せよ   藤野早苗
いそのかみ古るうつそみを初期化せよ ファイトケミカルスープを掬ふ
幾重にも絹をまとひてあした咲く蕾のやうなわたしとなれり
百年の時空を超えて神楽坂ためいき重き白秋に会ふ
創造の名のもと破壊を繰り返し自己破産するほかなき地球
真理にはとほく空目と空耳のうちに忸怩と過ぎんか一生

屠蘇延命散   有川知津子
この人のおだしき貌を見よといふ《受難》描きてジョルジュ・ルオーは
どれくらゐ違ふ高度を行くのでせう見上げれば空に消える十字路
遠くより手を振るひとに手をふりて夕暮れ五時の日本橋なり
祖父に似る母とならびてきざみをり屠蘇延命散儀式のごとく
銀漢にアルゴー船を舫ひたるひとをおもへば春のあけぼの

ぢよきぢよき   鈴木千登世
作らない日はさみしいと言ふ声に振り向けば知らぬ顔のさざんくわ
ぢよきぢよきと切り抜いてをり 結局は言葉なのだわたしの欲しいものは
たどたどしいことばで愛を告げたなら君は応へてくれただろうか
冬の陽の温みを受けてある生の窓辺にきんをこぼす蠟梅
くるぶしに春は訪れ街を行く少年少女の軽きステップ

黒ネクタイの紳士   大野英子
楼門のはだへに触れてじつと待つ過去世と未来世ゆきつもどりつ
それぞれの過去を灯してあたたかな歌ありそつと付箋をはさむ
晴れをんなのわたくしけふも申し訳けなく外出(そとで)する春をさがして
雪解けのひかりのなかに飛びたたん雛のまとふ唐(から)衣(ぎぬ)の鶴
四十雀の黒ネクタイの紳士来てフウの実につと口づけをする

しあはせサイズ   栗山由利
「三都賦」を学び来し子の十年を重くきざんで背表紙の金
デジタルの器械にまでもみえをはり年齢設定五十といれる
平成の最後をかざるお年玉切手シートの猫まねく福
冷えた手につたはるうどんのどんぶりの温さがちやうどのしあはせサイズ
歳の数まつすぐならべた福豆の二十粒目をしつかりと噛む

色絵の小皿   大西晶子
このひろい海に結ばれへだてられ近くて遠い隣国とふ国
ヒートテック下着で冬に汗をかくわたしにくださいメロンのアイス
水鳥の足掻き思はす漫画家の細字で埋めた創作ノート
口きけば何をかたらん窯を出て四百年経る色絵の小皿
大鷲!といふ声に見る高き木をつばさひろげて飛び立つ一羽

# by minaminouozafk | 2019-02-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(8)

黄色の花  大西晶子


先週発熱し熱のある日が三日続いたらその後ですっかり体力が落ち、無気力になって外出ができなかった。そんな一週間の後に家を出て車を走らせていたら田圃のなかにそこだけ輝くように明るい菜の花畑を見つけた。

雲のひくく垂れこめた冬空の下で本当に目を奪うような明るい黄色があざやかだ。見ているだけで元気になれそうな明るい黄色。


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家に戻ってくると、一番家に近い曲がり角を曲がった途端にわが家のフェンスから黄梅が滝のように垂れて咲いているのが見える。これまた鮮やかな黄色だ。

庭の蝋梅の黄の花は終ったが、もうじき水菜や春菊や連翹の黄色の花が咲く。


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春にさきがけて咲く黄色の花、虫たちの眼には紫外線が見えるという。それで紫外線をたくさん反射する白や黄色の花が一番かれらには良く見えるのだとか。早春の虫たちに花粉を運んでもらうために、黄色の花をつけるのは植物の戦略なのだろう。

ビタミンカラーとも呼ばれる黄色、虫だけではなく人間の私たちも見ると元気になれそうな黄色は、万物が活動を始める早春にもっとも相応しい色なのだと思う。
 菜の花と黄梅の黄色に少し元気づけられて、溜まっていた書類の処理や家事に向かうことができた。


           
            虫の目で見る菜の花はいかならん紫外線をも見る虫の目に



 



# by minaminouozafk | 2019-02-10 08:19 | Comments(7)

 二月三日の節分は、例年通りお櫛田さんの節分大祭に出かけた。その前の家内安全の祈願と続いて、二週連続だった。

 日曜日とあってか、これまでにない混みようで拝殿の入り口から始まる列に並ぶこと、二時間。途中、豆まきの壇上に博多華丸さんが登場すると、その旺盛なサービス精神のおかげで大いに盛り上がり、となりの会場は身動きも取れないような混雑ぶりだった。


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 いつものように祈願証を書いてもらい、いつものようにお祓いをして福豆をいただく。今年の福引の景品は、福々しいおたふくさんが描かれたお煎餅がふたつ。


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 その後、支部報「水城」の校正と編集会議が入っていたので、豆まきには参加せずにタクシーに飛び乗った。

会議は手際よくすすみ、校正も無事終了。みんなに福豆のおすそ分けも出来た。翌日、大分の母と札幌の息子に送り、近くに住む長男にも渡した。


 みなさんに「福」が訪れますように。


 境内の梅の花が咲き始めていた。


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    歳の数まつすぐならべた福豆の二十粒目をしつかりと噛む


# by minaminouozafk | 2019-02-09 11:36 | Comments(7)

百道緑道  大野英子

 先週、柳川へ向かう大牟田線の車窓からの季節感のある風景が楽しみだと書いた。

 最近は実家へ行く三号線沿いも開発が進み宅地化し、大型店舗も増え、雑木林や、こんもりかわいい野阜も消えている。急速に進んだ今の町並みを両親が見たらきっと驚くだろう。

 そんななか、ほぼ徒歩圏内で済む暮らしの中で、もうひとつの楽しみは、図書館へ行く途中にある百道緑道。
 雨の日以外は三つ手前の九州医療センター前のバス停で降り、公園を抜けて、樋井川に架かるふれあい橋を渡る、図書館までの抜け道。

 橋からひろがる海も良いが、この季節は断然、緑道の裸木。

 先ずは、屋根型の藤棚がお出迎え。きっと、鉄骨の上では、新芽が育っているだろう。
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 不気味な枝振りもあり
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 繊細なレース状もあり、どの木々も簡浄素朴の美があり、春に向かっての懸命さが伝わる。
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 博物館の庭に入ると、モミジバフウが木の実を散らし、周辺に小宇宙を造りだしている。
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 寄りで見ると、四十雀が木の実を啄んでいる。
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 少し晴れ間が見えてきた帰り、図書館横のハンカチの木が、高いところから、僅かに残った葉をかさかさと鳴らしている。
 またねって。
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       四十雀の黒ネクタイの紳士来てフウの実につと口づけをする



# by minaminouozafk | 2019-02-08 06:45 | Comments(7)

春の香り  鈴木千登世

スーパーに茎わかめが出ていた。今年の冬は暖かい日が多かったためだろうか、いつもの年よりも1月以上早い気がする。さっと茹でてかつお節をのせ、ひすい色の茎を口に入れると磯の香りがふわっと鼻に抜けていく。早春の香り。玄関に活けた白梅の枝の蕾もぷっくりとふくらんできた。



春の気配に誘われて瑠璃光寺を訪れたら紅梅白梅が咲き始めていた。

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五重塔と3分咲きの梅の花



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梅の花のやさしい香り。カメラを向ける人も多かった。


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雪吊りされた松と塔



瑠璃光寺の前ではそばソフトクリームが売られている。(そば粉が練り込まれていて、トッピングは蕎麦の実を炒ったもの。香ばしくて美味しいのでお立ち寄りの際は是非どうぞ)写真を撮っていいですかとたずねたら、このアングルがいいよとわざわざお店の外に出て構えてくださった。

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ありがとうございました。忘れられない一枚となりました。


くるぶしに春は訪れ街を行く少年少女の軽きステップ






# by minaminouozafk | 2019-02-07 06:30 | Comments(8)

ほ。帆座  有川知津子


 以前、一文字星座〈ほ〉〈ろ〉〈や〉のうち、〈や〉の矢座のことを書いた。

 今日は、〈ほ〉の帆座である。


 なぜというに、この星座が、日本で観測できる時期にかかったという噂を聞いたから。宇宙情報センターによると、2月~5月の約か月間ということであった。期間限定星座なのである。


 星座早見盤で確かめてみよう。



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たしかに南の地平線上すれすれに位置する。右側にただよっている白っぽいのは天の川。


 ところでこの帆座、もとアルゴ座と呼ばれていたものの一部である。


 アルゴ座といえば、イアソンのアルゴー船。その昔、金の羊の皮を求めてコルキスへ向かった巨船である。五十余人の冒険者たちが乗船したという。オルフェウスの竪琴が、セイレーンの歌声から仲間を守ったというエピソードもこの航海中の出来事であった。


 やがてアルゴ-船は、星に物語を読む人々によって、天に係留されることとなる。


 ああ、しかし、この船は大きすぎたのだ。その後、四つの部分に分けるのがよかろう、ということになり、分けられてしまった。


  「アルゴ」「ほ」+「らしんばん」+「とも」+「りゅうこつ」


 で、あるから、上掲の星座盤にも「アルゴ」の名は見えない。右のすみっこに「りゅ」、と見えているのが、りゅうこつ座である。


 つまり帆座の帆は、アルゴー船の帆であった



  銀漢にアルゴー船を舫ひたるひとをおもへば春のあけぼの



# by minaminouozafk | 2019-02-06 05:58 | Comments(7)