先週の日曜日は、昨年421日のブログで紹介した年に1度の「みつはし花見短歌大会」
今年の桜はもう終っていたものの、昨年同様楽しく会は閉会。

駅まで送っていただく途中、中山の大藤がある熊野神社を案内してくださった。
今年は桜同様、開花予想は早く大藤まつりは16日から28日まで開催されるということで、開花するとこのようになる。


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              (画像お借りしました)
まだ蕾が膨らんだ程度だったが、敷地内は藤の絡まるアーチや広大な藤棚が広がり見ごろにはさぞ圧巻だろう。


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それでも、藤棚の間にある太鼓橋を渡ると普段は見ることが出来ない藤棚の上の景色が見られたりする。


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隣接する広大な立花いこいの森の緑も美しく、ぜひ時間を作ってゆっくり散策したい場所。気になったのはあちこちに「冠水水位ここまで」という赤いラインが入ったプレート。高さは胸から肩のあたり。そう、2012714日の九州北部豪雨。隣接する矢部川などで堤防が決壊したほか、各地で土砂崩れが相次いだ。

案内してくださった方も「矢部川が切れてここらあたり全部浸かった」と遠い目をしていた。来るときは緑に覆われた美しい堤防だと思っただけだが、毎年のようにどこかで災害が起こり、記憶の奥に仕舞われていたこの地の災害。

調べると、それまでも何度も洪水による災害が起こっていた。

樹齢300年の天然記念物「中山の大藤」も、樹幹が一時水没して、水が引いた後も泥土が最大約20cm堆積したそうだが、みなさんの尽力で翌年からの大藤まつりもつつがなく行われたとのこと。


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先日も大分の耶馬渓町で土砂崩れが起こり、いまだ発見されていない住民の方もいる。そして、やがてまた梅雨や台風の時期がやって来る。

森友、加計問題で連日ヒートアップしている国会だが、日本全国の砂防ダム、堤防、老朽化した橋脚など手を付けなければならない事業を積極的にお願いしたいものだと切に思う、今日この頃。


      さんびやくねん災害、風雨、雪に耐へ大藤はただはなふさ揺らす


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# by minaminouozafk | 2018-04-13 07:08 | Comments(6)

木が好きである。短歌を作る前は意識していなかったけれど、短歌を作るようになってわかってきた。樹木の名前を覚え、ひとつひとつの個性を知ることがこの上なく嬉しい。



山口市内には維新百年記念公園というさまざまなイベントが催されたり、スポーツや散策を楽しんだりすることができる大きな公園がある。そして、そこには様々な種類の樹木が植えられている。

以前に空に枝を伸ばす欅や南京櫨を見上げながら歩いていると見知らぬおじさまから「何か落ちてきますか」と笑われたことがある。立ち止まってずっと梢を仰いでいたのがよほど不思議だったのだろう。

この公園の樹木には名札が付けられていて、名前をたどって歩くことができる。



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きのうのちづさんの記事にかつらの美しい写真があった。
同じ頃写真を撮ってた?シンクロが嬉しい。



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このたびガイドブックの存在を知り(嬉)早速購入(300円)。

樹木ガイドコースというウオーキングコースがあり、コース上の樹木に番号が振られていて簡単な解説が後のページにある。(公園内には148種8万本の樹木があるそう!)



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葉っぱの形が面白いこの木は何でしょう?

48番のユリノキ。

半纏形の葉を持つのでハンテンボクとも呼ばれるそうだ。5月のころチューリップそっくりの花を付けるのでチューリップツリーの別名も。



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4番の曙杉の並木。

「生きた化石」メタセコイアの名で知られている。すでに絶滅したと思われていた樹木が1945年に中国四川省で発見されたときには大きなニュースになったとか。石炭の原木ということを宇部の石炭記念館に行った時に知った。


誰かに出会うように四季折々の樹木の素顔を見に公園を訪れようと思っている。



名を口にするとき知らぬはずの樹がおうと応へりはるか頭上で

木と話す老婆となるも楽しからん曙杉の涯の空見る


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# by minaminouozafk | 2018-04-12 04:41 | Comments(7)

ブログ記念日19

4月のひかりに桂の葉がかがやいていました。


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調べてみると、桂の学名は Cercidiphyllum japonicum


japonicum」!


japonicum(日本の)」を名にもつこの木の葉っぱは、

ご覧いただいているように、愛らしいハートのかたち。


古くは、古事記に、神聖な木として登場します。

綿津見神の宮の井戸のほとりにあり、

火遠理命(山幸彦)と豊玉毘売の出逢いの舞台となる木です。


新たな年度に入り、あたらしい出会いの海へ漕ぎ出した方も多いことでしょう。

どうか出会いの一つひとつが、佳き出会いでありますように。


今日、「南の魚座」は、19回目のブログ記念日を迎えることができました。

このブログをとおして恵まれた出会いに、こころより感謝申し上げます。



        ☆☆☆☆☆☆☆



桂の影   有川知津子

いにしへのプトレマイオス楽しみき星をむすびて名まへをつけて

巻貝は〈島〉に似てるね姪つこはちひさな島をつまみあげ言ふ

天ぷらにしようなどとはもう言はず蕗の花見を楽しむひとに

青空の下にこそ見め光太郎愛でしひかりの連翹の花 *連翹忌に

てのひらに桂の影を受けながらまぶた閉ぢればわたつみの底


教科書   鈴木千登世

黄砂降る昼ひつそりと読んでをり若書き残る古き教科書

荒らかに生きざる我と嘆きたる歌にこもれる迢空の息

父よりも上の世代の愛を言ふ歌しくしくと胸を打つなり

海峡の向かうに暮らすひと思へばふはりと鬢を吹き過ぎる風

歌の種さがしつつ見る境内のさくら素知らぬ顔に散りゆく


潮の香   大野英子

フランシェとサヴァチェの名前を冠したる帰化植物もおしあふへしあふ

ぐぐぐつと春のひかりを押しかへし土筆えへんと胸そらしをり

やがて咲くさくらに怯えつつ見上ぐいろづくつぼみに罪科はなく

仄白く闇を照らせりみやうてうはひらかんふつくらふくらむさくら

あおぞらのさくら仰げばさやさやと吹きくる風がはらむ潮の香


蠢くいのち   栗山由利

とうきやうの二月の風に身をちぢめ入りたる船の灯りぬくとし

いつせいに降りくる春の陽をうけた蠢くいのちそちこちに見ゆ

沖に出るふねに花枝高くふる少女(をとめ)もをらむ天平の春

からだごと言葉になつてをさな子が風にかたれば光がこたふ

川べりのベンチに座る人ふたりつかず離れずほどよき距離で


をがたま   大西晶子

わたくしを呼んだのは誰をがたまの花咲くしたで来るまで待つと

をがたまの樹の下で妣とすれちがふ一陣吹いたあの風がさう

戦ひの飢饉のあるな花のもとねむりゐる児の先ながき日に

抱くほどに重くなりゆくこの赤子石にあらずや妖怪譚の

桃の木に厄を預けた身はかるく商店街ゆく食欲をもち


さくらのつち   百留ななみ

わが影の土に九つ紅椿むかしの地図をゆつくり畳む

ややこしき年金制度は華甲過ぎいかといかとぞ54のわれ

島かげを春の入日を呑み込みてとろ海とろとろ濃藍となりぬ

平飼いのにはとりの産む卵黄色ニホンタンポポおいしさうなり

ももいろのさくらの(つち)に仰向けばこころ軽々落蝉のわれ


みすずの海   藤野早苗

纏ひたる青もさまざまとりどりに みんなちがつてみんないいのだ

北浦の海はろばろと藍ふかしみすずのこころ育みし海

おほははの羽織らせくるるここちせり米沢黄八の丹前ふはり

あまたなる女御更衣のその中のただいちにんとなるふしあはせ

一年を途切るるなくてつづりたるわれら七人根つこが真面目


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# by minaminouozafk | 2018-04-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(7)

4月3日火曜日、博多座の、市川海老蔵特別公演「源氏物語 第二章~朧月夜より須磨・明石まで~」観覧。

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歌舞伎と能とオペラ、そしてプロジェクションマッピングのコラボレーションから成る舞台。語り部の役どころを務めるカウンターテナーの彌勒忠史がとにかく素晴らしく、海老蔵の光源氏はただただ美しかった。

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本公演の第二幕は「須磨・明石」。

朧月夜の君との密通により、都を離れ、須磨、明石で暮らす源氏が出会った女性、その明石の御方が実に興味深い。『源氏物語』を彩る様々な女性の中でも、この明石の御方については、作者紫式部の思い入れが一際強いように思う。


明石の御方は、明石の入道の娘。

明石の入道は、源氏の母、桐壺更衣の従兄弟で、一族は大臣も排出した上流貴族であったが、この人物の代で受領となり、やがて出家。明石の入道は、住吉の神のお告げで、娘の明石の御方が国母になると信じ、あらゆる英才教育を施して、娘をどんな上流貴族の息女にも劣らぬ女性に育て上げ、源氏に添わせた。二人の間に生れた明石の姫君はお告げの通り、中宮となり、源氏は外戚として栄耀栄華を極めることとなるのである。


明石の御方について、キャラのポイントは下級貴族の出自であるということ。何世代か前は名流であったにせよ、父は入道である。物語に登場する女性の中でもその出自は一際低い。それが結局、紫の上、花散里に続く地位を得ることとなる。この設定は、才知ある女性のサクセスストーリーであると同時に、紫式部自身の秘めたる野望であったように思えてならない。


式部の父、藤原為時は漢学に秀でてはいたが、下級貴族。幼い頃より怜悧であった式部は、結婚後3年で夫と死別した後、当時権勢並びなき藤原道長に乞われて、娘を残し、中宮彰子に出仕した。この経歴は明石の御方のプロフィールに重なるところが大きい。もしチャンスさえあれば自分にも、明石の御方のような未来が開けていたのではないか、自分ならどうするだろう……。筆の走りに、誰よりも高揚している作者の様子が見えるのが、この「須磨」「明石」のあたりなのだ。


源氏は帰洛の後、明石の御方を上洛させるのだが、御方は出自からくる引け目を感じて、源氏の邸二条院に住むことはなく、娘明石の姫君が入内するまでは母として会うこともしなかった。そんな明石の御方のかたくななプライドを窮屈に思っていた源氏であったが、しかし、紫の上亡き後の喪失感に寄り添ってくれた明石の御方の誠実なやさしさに心打たれるのであった。


『源氏物語』の女性で最も愛されたのは誰か、と問われれば、それはおそらく紫の上だろう。けれど、一番幸せだったのは、と問われると、正解はなかなか難しい。女は愛だけで幸せにはなれない。千年もの昔、紫式部はこの複雑で辛辣な真実をきらびやかな絵巻の中に潜ませていたのである。あなどれない女、紫式部。友だちにはなれそうにないタイプである。


  あまたなる女御更衣のその中のただいちにんとなるふしあはせ

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藤の花の訪問着と四季花の明綴れの帯
紫を意識してみました。



〈トリビア〉

よく「明石の上」という呼称を見かけますが、出自の低い女性を「上」と呼ぶことはありません。実際、物語の中で「明石の上」という記述はなし。「明石の君」もしくは「明石の御方」。難しいですね。


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# by minaminouozafk | 2018-04-10 00:49 | Comments(7)


さくらがほころびはじめて10日あまり。

うららかな春の陽気がずっと続いた。

さくらの呪力のせいか、そぞろな気分に急き立てられて、時間があれば桜をながめに出かけた。



ご近所の長府庭園。人もまばらな平日。庭園の見事なしだれ桜にはカメラマンたちが集まっている。だれもいない庭園の奥、手入れの行き届いた竹林からの桜がきれい。ひかりとかげ。うつくしさの表裏一体はちょっと切ない。


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火の山公園は下関ではむかしからの桜の名所。南の魚座の批評会の翌日、千登世さんが乗ってくださったロープーウェイもある。今年還暦というレトロなロープーウェイ。

 下関はイスタンブールと姉妹都市。その縁でチューリップの球根を5万個寄贈していただいたことから始まった火の山トルコチューリップ園。ボスポラス海峡をイメージしているらしい。平成19年から開催されているようだが、このたび友人に誘われてはじめて訪れた。 


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チューリップはもちろん花吹雪のさくらと関門海峡。やっぱり朝早くきて良かった。まだ人も少なくゆっくり廻れた。それぞれに美しいものが集まってそれぞれの美しさを引き立てている。ボスポラス海峡は見たことがないが、関門海峡とかさなる。チューリップの間を埋め尽くす桜はなびらのピンクがやさしい。この平穏を祈る。



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前回のブログで紹介した内日貯水池のさくら。ほぼ満開の染井吉野のとなりにまだ蕾のの大木があった。一緒に行った友人が、昨日もう一回見てきたよって写真を送信してくれた。やっぱり桜。赤い葉っぱも見える、花の色は白っぽいようだ。山桜だろう。クローンの染井吉野よりやさしい。たぶん樹齢も古い。今日の入学式まで大丈夫だろう。


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枝垂れ桜、八重桜も染井吉野よりはちょっと遅い。平日午前の住吉神社。長門の国の一の宮。御田植祭の奉納試合で裸足での剣道の大会に息子たちは参加していた。満開の枝垂れ桜、名残りの染井吉野のもと結婚式の前撮りが三組も、七五三も前撮りだろうか。振袖姿の少女も。ちょっと幸せのお裾分けをいただきました。


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さむい寒い一昨日の土曜日、用事のついでと岩国の奥の弥栄湖の桜を見に行った。一面の菜の花と桜を独り占めできるスポット。いつもは錦帯橋のさくらより一週間ほど遅れて満開になる。しかしこの春はまだ4月になったばかりなのに寒風のなか僅かなピンクと黄緑のさくら。花吹雪ほどの花びらは残っていない。寒さで葉っぱも躊躇しているようだ。長府ではもう三回ほどいただいた筍はまだぜんぜん出ていないという。冬眠打破で花をひらく桜。筍の「春だよ、もういいよ。」のサインはあたたかい春の雨だろうか。それぞれの春。名残りの桜と菜の花、曇り空が似合う。




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さくら、さくら・・・この春は思う存分さくらを満喫した。すっかり花を終えた桜なのに静心にはならない。なんとなく喪失感でさびしいがあっという間に大好きな葉桜となる。それまでの春愁。


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ももいろのさくらの影であふむけばこころ軽々落蟬のわれ






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# by minaminouozafk | 2018-04-09 07:57 | Comments(7)

花桃 大西晶子

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 先日、家人が直方に用があって出かけ、ついでに直方駅の近くの多賀神社にお参りしてきたと言う。そして「桃の花が見事だったからぜひ行っておいで」と勧めてくれた。「あらら、珍しいこと」と思ったが、ありがたくその翌日に出かけた。わが家からは車で40分程の距離だ。


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直方には昨年も何度か行き、駅前の病院で胃カメラとピロリ菌の検査を受けている。たしか昨年も多賀神社の桃の花の写真を撮ったような記憶があるが、美しい物は何度見ても良い。

今は桃の花の白から濃い紅までとりどりの桃色が華やかだ。

多賀神社はJR筑豊本線の線路の際にあり、一段高い所から線路を見下ろすことになる。また四か所ある神社の入り口の二つは線路を陸橋で越え、線路の向こうの街の中心部からも来られるように作られている。


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 この神社の御祭神は伊邪那岐大神・伊邪那美大神、夫婦円満や縁結びの御利益があるらしい。           

桃は災難から身を守るということで、境内にたくさん植えられている。これは伊邪那岐大神が黄泉から逃げ帰ったときに、桃の実を投げて危うく助かったという神話によるものらしく、夫婦円満とは矛盾するような気もするけど、そこはまぁまぁということで。(ともかく花桃がこんなにきれいに咲いているのだし)

413日から15日まで「春まつり」があると看板が出ていた。



此処の神社の紋所は番の鶺鴒。連れ合いはこの紋が好きで、それもあってこのお宮にお参りに寄りたくなるのだとか。

同行した長女は初めて来たこのお宮の建物がどれも重厚なのに感心し、門の破風に施された彫刻に見入っていた。


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林芙美子は「放浪記」で、大正四年に直方で暮らしたときに、母が露店でバナナを商い、その間に多賀神社に遊びに行き境内の馬の銅像に「いいことがありますように」と願を掛けたと書いている。(神社の案内板に依る)

本殿で「いいことがありますように」ではなく、「平和で無事な暮らしが永く続きますように」と手をあわせた。




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      花桃に災厄はらはれひとけなき町をあゆめり食欲もちて


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# by minaminouozafk | 2018-04-08 09:04 | Comments(7)

 近頃のテレビCMで、なぜかしら引っかかっている言い回しがある。某保険会社のもので櫻井翔が言う「差し出がましいですが」というフレーズのことだ。初めて聞いたときから明確な理由はないが、なんとなく気になった。念のため、夫に聞くと「差し出がましいようですが…」じゃないかというところで意見は一致した。「差し出がましいのですが…」、「差し出がましいと存じますが…」といった言い方も考えられた。

 何が引っかかったのだろう。とりあえず広辞苑をひいた。さしで‐がま・し[差出がまし][形シク]でしゃばるようである。とある。分からないときは手っ取り早くネットで検索してみる。「形容詞+です」と入力すると、国立国語研究所のものからYahoo!の質問箱までそこそこの量の項目が表示された。


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 この「イ形容詞+です」問題はけっこう奥が深いようだ。国語審議会では昭和27年4月にこの形を「平明・簡素な形として認めてよい」としているとあった。認めるか認めないかは別にして、感じた違和感の原因は何なのだろう。

 多くの方が説明をしていたが、わかりやすかったのは「です・ます調」から敬意を差し引いた「だ・である調」に置き換えるとその不自然さがわかるというもの。つまり「嬉しいです」「小さいです」を「嬉しいだ」「小さいだ」という表現には置き換えられない。ただ、「だ」の活用次第では使える場面もある。未然形の「だろ」(+う)の形では「嬉しいだろう」「小さいだろう」となって、さほどの違和感は感じられない。同様に「です」の未然形「でしょ」(+う)では「嬉しいでしょう」「小さいでしょう」となる。そうはいっても、これは認められているだけで本来なら「嬉しうございましょう」「小さうございましょう」となるのだそうだ。このあたりまでは何とか理解できたのだが、厳密に言えば正確ではない「イ形容詞+です」の問題はどのようにして回避すればいいのか。

 国のレベルで承認されて、もう半世紀以上の時が過ぎているのだから耳にする分に関しては、さらっと聞き流すしかないだろうが、今回その構造が分かったからには、自分が使うとなるといささかの戸惑いがある。悩ましいところだ。


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 でも、大丈夫。「南の魚座」には頼れる人、ちづりんがいる。「嬉しうございます」はかつてちづりんから聞いた言葉だ。ちづりーん、よろしくお願いします。


   からだごと言葉になつてをさな子は身ぶり手ぶりで楽しさかたる


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# by minaminouozafk | 2018-04-07 11:39 | Comments(9)