ご神木 大西晶子

宗像大社にはご神木の楢の樹がある。拝殿・神殿の右の奧の方に立っているが、丈があまり高くないので気をつけないと見逃してしまいそうだ。
この樹は樹齢500年ほどという。落雷で折れたために、丈は低いがその枝ぶりは、容貌魁偉な百歳のご老人とでもいうような凄みを持っている。
拝殿に向かって参拝したあとには必ずこのご神木に向かって手をあわせ、お参りするのが私の習慣だ。


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あまりにも枝が太く重いので、自力のみでは重みで折れてしまうのか、支柱が何本も立ててある。
今は冬で葉を落としているが、春になればまたみづみづと若葉を付けるし、紐状の雄花を見たこともある。

わが家の庭でも拾ってきた楢の実が芽を出し、5年目に入った。
こちらは秋までは、大きな葉を何枚も輪状につけて可愛い姿を見せていたが、冬に入ってからはご覧のとおり、一本の棒になってしまった。

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春になればたくさんついている芽から若葉がひらくだろう。今は力を貯めているところかもしれない。
植物は春が来れば若々しい葉をあたらしく付け、若返る。
春になったら若葉や花をつける木たちが、少しうらやましく思えるのは、たぶん年齢のせいだろう。

      あたらしく春が来るとも復ち返るすべなきわれは木々を羨しむ

                                 晶子







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# by minaminouozafk | 2017-01-15 07:00 | Comments(7)

息子たちが家を出て以来、北の大地に住み着いたり中国へ留学していたりで、息子たちにはあえて言いはしなかったが二人だけの淋しい正月が続いていた。

ところが、三年前からは三が日のひと日を賑やかにすごせるようになった。夫が趣味で始めた中国語が縁で、中国と韓国からの留学生たちが訪ねてきてくれるからである。今年も三人が三日に来てくれた。福岡での生活が長かったり日本語専攻だったりで、日本語しか話せない私にも不自由は一切ない。そこで、わが家も100パーセント伝統に沿った習慣を守っている訳ではないが、少しでも日本の伝統やしきたりを知ってもらえたらと思い、伝えもてなすことにしている。

 歳神様が飾られた床の間やお屠蘇、そしておせち料理。そのおせち料理の一つ一つの謂れ等を話しながら一緒にいただく。彼女(彼)らは珍しいものもあるのだろうが美味しそうに食べてくれる。ただ一つ、中国からの留学生はこれ以上人口が増えたら困ると笑いながら数の子には手をつけなかった。


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〈元旦のちまちまとした盛り付け〉


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〈大人数なのでまとめました〉 



 彼らは日本が好きだ。もちろん好きだから来るのだし、来ることが出来るだけの経済力を持った環境にあるのだろう。日中韓いろいろと複雑な問題が取り沙汰されている中で、彼らは少数派かもしれないが、このような地道な活動を続けていくことこそが、未来に花を咲かせるための種子になるのだと私は期待している。

 まずは、知ってもらうこと、そして知ること。長男も中国に縁がある。次世代の若者に私達のやり残したことを託すのは虫のいい話だろうか。でも、お願いしたい。


    一年の成長見るをたのしみに留学生の到着を待つ  由利



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# by minaminouozafk | 2017-01-14 10:53 | Comments(7)


今日は本年度、朝日カルチャーセンターの講義第一回目。

鑑賞の時間は高野公彦の『無縫の海』六月に入る。

この年の六月は悲しい出来事が続いた。第一回のブログにも書いたが

母、宮英子氏、このブログ立ち上げのきっかけとなった辻本美加さんの亡くなった月。

6月の1ページ、1ページからその頃の思いが立ち上がってくる。まずは6日

「けふあすは誰も死なない真葛原」と詠みし晴子のけふは自死の日

この日は、東京での合同出版記念会の前日。私も歌集評のために出席の予定だったが、母の容態がすでに危ぶまれていた時で、行って良いものか迷っていた。

するとこの歌。晴子の自死の日なのだが〈けふあすは誰も死なない〉のフレーズが頭の中を駆け巡り、そうだ死なないんだ!と勝手に思い込んで出かけたのでした。

それから、11日後、母は亡くなった。

蛇足だが、高野氏で飯島晴子と言えば、現代短歌2013年10月の20首〈カピバラ以下〉のなかの<寒晴>といふ字のなかに晴子いて「(ふゆ)(いづみ)」の句(すず)しく浮かぶ

が印象的に心に残っていた。この歌が気になって後日図書館へ行って調べた。俳人、飯島晴子第5句集『寒晴』「みなぎりて一塵を待つ冬泉」を見つけた。

詞書には「きょうは飯島晴子忌。かつて河出書房に勤めていた時、『現代俳句集成』の仕事で飯島さんにお会いしたことがある」とある。

愛のある一首だと感じていたのだが、やはりご縁のあった方だったのだと納得でした。

そして18日、「若き辻本美加さん病む」の詞書とともに

夏の宵酒間(しゆかん)しづかに思ふかな福岡に病む天草びとを

美加さんも歌集『藍のひといろ』を出版され、7日の出版記念会に参加される予定だったのを欠席、12日に再入院したばかりだった。まさかこの一週間後に亡くなるなんて…

そして、その翌日26日には宮英子氏まで。

歌読めば人柄うかび、人見れば歌柄うかび、歌かなしもよ

これは27日、講師出前制度で福岡支部会に出席してくださった日の作品。高野さんは、宮英子氏の死をご存じの上に来福され、ご家族のご意向で、新聞発表まで言えなかったのだ。

福岡のみんなに黙っているのが、本当に苦しかったとおっしゃっていたことを、後日ゆかりさんから伺った。

講師講話のなかで、「良い歌を多く読んで体で覚える。大西民子、馬場あき子などがお薦め。宮英子さんは自由すぎるかな」と笑顔で語ってくださった裏に、「歌かなしもよ」の〈愛〉が有ったのかもしれない。

他にも思い出の多い歌も沢山ありますが、あとは「鑑賞」の時間に。

寒晴のゆふやけのなかことさらに亡き人々はかがやき放つ 英子

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またしても実家から帰り、今年の夕日です。

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# by minaminouozafk | 2017-01-13 07:21 | Comments(8)

松本を訪れた。駅前に出るとビルの壁に赤い水玉模様が描かれている。

目の前を過ぎったバスにも赤い水玉。同行した友人は「元気が出る」と言っていたけれど、街が弾んでいるようだった。

松本は草間彌生のふるさと。

市立美術館では不思議な花の巨大オブジェとやっぱり赤い水玉模様の自販機(商品にも水玉)やゴミ箱に心が沸き立った。風景を活性化する言い知れない魅力に惹きつけられる。

肝心の常設展はメンテナンス中でほんのちょっぴり見ることしかできなかったけれど、草間彌生の底知れぬパワーを垣間見たような気がした。

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夜半から雪になり、冷え込んだ。

明け方、宿の窓ガラスに「霜の花」と呼ばれる美しい模様が浮き出ていた。寒さで水分が凍り徐々に成長してこのような形になるという。草のようにも羽のようにも見える。厳しい冷え込みの朝にしか見ることができず、人の息や体温でも溶けてしまうはかない模様。造化の妙をしみじみ思う。

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草間彌生という個性の美と自然の生み出した静かな美と。二つの美しさ。

突き抜けて私の向かう見はるかす草間彌生といふ大きな目   

大いなる手に触れられて硝子戸は羽ばたくための薄羽を得たり  千登世


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# by minaminouozafk | 2017-01-12 06:04 | Comments(7)

ブログ記念日④

今日は、11日。
初心を忘れないための、ささやかな記念日。
第4回記念日のきょう、はじめて7人がそろいます。

昨年8月11日に始まったブログ、――あら?
第4回? 第5回ではないの?

そうなのです。
その日から1か月後の9月11日には、
1か月を振り返り記念する余裕すらさえだにない私たちでした。
というわけで、10月11日が第1回。

見ています、読んでいますの声をありがとうございます。
1月の記念日作品です。
元朝の石蕗のみどりとともにお届けします。

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時の日向   有川知津子
この世といふ時のひなたで出逢ひたるあなたとわたし、あなた逝きたり
天空を飛翔する糸ともに見し春やむかしの出雲かなしも
ウホッホッとチンパンジーの真似をして横つ飛びしたふたりなつかし
あかつきの星のまたたき今しばし受信したきにあけてゆく夜
元旦のひかりあつめる鏡葉のつはの家族は春の泉だ


「新年の空」   鈴木千登世
禿頭の園長先生目の奥がいつも笑つてた大樹のやうに
歌詠むは小さき宇宙生むに似てその真しづかな引力に集ふ
アルバムの写真はその日その時の父の瞳に映りたるわれ
ほほほいと声を掛けつつ青海をひた漕ぎ渡る南天九猿
去年今年区切りとなして生き直さむ藍はろばろと新年の空


冬の彼方   大野英子
おほかたは葉を散りをへしせんだんのかくくわあまたが風に揉まるる
白鷺の過ぎるとあふぐ青空に冬の彼方をめざす旅客機
良かつたと言へるひと日を送りたし空にましろき旅客機がゆく
大いなるわうごんの雲は鳥となり筑紫平野をはばたく姿
あらたまの光をあびて芽吹きをり梅はうちなる闇をかかへて


よりそふ手   栗山由利
とびぬけて好きなわけではないけれど最後にのこす玉子焼きひとつ
緑濃きかつを菜ならぶ店横のポストに落とす賀状ひと束
金の輪が重なりあひて出番待つ金柑ならぶ師走の市に
踏みだした一歩によりそふ手と手と手次の一歩をためらはず出す
好き勝手言つてゐるやう水仙は口をとがらせそつぽを向いて


新しき年のひかり   大西晶子
帰り来て狭手彦いかに嘆きけむ石に化したる佐用姫と知り
佐用姫をしのび鏡の山に領巾ふりたし〈南の魚座〉の友と
鍋みたす金柑煮つつおもひをりピエタ図に見るマリアの悲嘆
新しき年のひかりが差して来ぬ人種老若のわけへだてなく 
かつかつと鳴くかささぎの声に覚む正月五日目覚まし鳴るまへ


青円空   百留ななみ
鉄筋のシロナガスクジラは半世紀馬関の海を空を見てゐる
穴からの青円空は太陽なり香月泰男のチャコールブラック
金柑の路地のハモニカ「ふるさと」は不意にはじまり長々とあり
あらたまの年の洗朱のぼりゆく地球時間はあに休らはず
鶏冠もつ矮鶏、烏骨鶏、あひのこ鶏かけろかけろと競ひ合ひたり


極月の風   藤野早苗
頬を刺す極月の風ここちよし事を成さむと決めたるけふは
強剪定せし冬薔薇寒風の浚ふ一葉だになく裸身
三賢者乗せる駱駝が歩みをりヤフオク和装の結城紬に
アポ無しで訪へばいつそう喜べりたらちねといふありがたきもの
いい人はどうでもいい人 傘貸して傘無きわれに一月の雨


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# by minaminouozafk | 2017-01-11 05:00 | ブログ記念日 | Comments(7)

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総合誌から書評原稿の依頼。河野裕子のアンソロジー『あなた』について、約900字で書いた。

今日は、その稿に書ききれなかったことを少し書いておこうと思う。

この本の編者は永田和宏・淳・紅。河野の歌集全15冊6585首から1567首が収録されている。家族が選んだ河野作品は、どの歌集にもまして河野裕子の生の気息を伝えている。

好きな作品を引く。
・産むことも生まれしこともかなしみの一つ涯とし夜の灯り消す 『ひるがほ』
・子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る 『桜森』
・朝に見て昼には呼びて夜は触れ確かめをらねば子は消ゆるもの 『紅』
・おまへたちしつかりお聞きとまづ言ひて羊の母親の必死を思ふ

子を詠んだ作品。剥き出し感が凄い。
子を育てるという疾走感が満ち満ちている。太母。河野作品のイメージを一言で言うならそれに尽きる。豊穣、包容。母胎回帰。実際、現代短歌に豊かな女性性を取り戻したのは河野裕子の功績である。

・晩年は噫さうかいと言ふだらう飯食ふときもものを尋かれても 『家』
・君に似た子を二人産みし世に蚊帳吊草の細さにガガンボがゐる 『歩く』

文字通り、血肉を分けた子どもたちが物理的にも精神的にも、離れて行った頃からだろうか、河野作品にしんとした冷えが添うようになる。太母は豊穣な女性性の象徴であると同時に、飲み込み、巻き締めるものの象徴でもある。母としての包容力が強いほど、負の力も強くなる。もちろん河野に悪気はない。一途に子らの幸せを願っている。けれど、子どもはある時期からその愛が苦しくてたまらなくなる。いわゆる母殺しの時期を経て、子どもは自立するのである。母親にとって、最も辛いのがこの時期。注ぐ先を失ったエネルギーはしばしば自身の内側に向かい、破滅衝動を誘発する。河野にとって大きな救いだったのは、若い頃から変わらず、献身的に支え続けてくれる夫、永田和宏の存在があったことだろう。

その後、河野は宿痾に罹患し、10年に渡る闘病ののち、2010年8月に亡くなった。『庭』『母系』『葦舟』そして遺歌集『蟬声』、これらの歌集にその経緯は詳しい。
・病むまへの身体が欲しい 雨上がりの土の匂ひしてゐた女のからだ 『母系』
・ごはんを炊く 誰かのために死ぬひまでごはんを炊けるわたしでゐたい『葦舟』
・陽に透きて今年も咲ける立葵わたしはわたしを憶えておかむ
・過ぎゆきし歳月の中の子らのこゑお母さん、お母さんどのこゑも呼ぶ『蟬声』
・子を産みしかのあかときに聞きし蟬いのち終る日にたちかへりこむ

ああ、もうこのあたりになると全歌、引用したくなるほど、力ある歌が揃っている。これが死期を間近にした人間の作品とは到底思えない。河野の追悼号に小島ゆかりが寄せた言葉を思い出す。裕子さんは、生の時間の中で死を生き、死の中で誰よりも鮮烈に生を生きた…、そんな言辞を捧げていたと記憶する。全く同感である。

・あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言ひ残すことの何ぞ少なき
・さみしくてあたたかかりきこの世にて会ひ得しことを幸せと思ふ
・手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が

『蟬声』掉尾の3首。ベッド脇で家族が口述筆記したものだ。入寂の瞬間の神々しさが伝わるような作品である。「あなた」はこの歌を読んだ人みなに宛てた呼び掛けだと言ったのは永田和宏。河野裕子本人の真意は今となっては不明だが、なるほど、この歌を母なるものの原型、太母の言葉だとすれば、河野無き後の空虚さも少しは解消されるような気がするのだ。


洗ひもの片づけシンクに水放ち ああ母といふ昏き裂け目(クレバス)

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シモーネ・マルティーニ「受胎告知」
眉根を寄せるマリアと大天使ガブリエル






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# by minaminouozafk | 2017-01-10 02:48 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(5)

1月は5日が私の、6日が私の父の誕生日。ここ数年は父母と三人で6日にランチをする。父母はよそいきの食事はやっぱりナイフとフォーク。53歳、82歳、今年も元気にとささやかに乾杯。


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朝からスコーンと突き抜ける青空。初春のすっきりした空気。父母を送ったあと少し歩いてみよう。いつもの長府の路地めぐりだが、久しぶりに毛利邸に行ってみた。


冬晴れの庭隅の万両がかわいい。桜は芽鱗、梅の蕾は色づいている。室内にはロウバイ、蕾の辛夷など大きな枝ごと活けてある。



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裸木の楓のむこうに浮かぶ白い半月。本当に凛とした空気で充電完了。ぼちぼち帰ろうって思っていると、庭の手入れをしていたおじさんに声をかけられた。「むこう行ってみたらええよ。紅梅けっこう咲いとるけえ。さっきTYS(テレビ山口)も来とったよ。」  



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 門の裏手の日当たりの良い空間。あらあら本当に濃桃色が。咲き始めではなく五分咲きくらい??本気で咲いている。今日は16日。そして、ふたたびあらあらあら。白梅も一輪、二輪ひらいている。



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路地にもよく見るとホトケノザの紫が。


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梅が咲くのは休眠打破。早咲きの紅梅は寝不足ではないか。


帰ってブログを開けると英子さんの記事に太宰府の飛梅の写真があった。


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翌7日、初詣もかねて太宰府にでかけた。車ではなくゆっくり電車で。旅人号は満員。参道は大勢でにぎわっている。今日は夕方から、日本3大火祭りの一つとされる「鬼すべ」があるらしい。もう少し計画性があればといつも思うのだが。少し雨も降ってきた。後ろ髪をひかれつつもまた次のたのしみとした。



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飛梅は高処にちらほら咲いていたが人が多くて撮影に失敗。梅林のなか、まだ咲いていないみたいと散策。九州国立博物館へエスカレーターと動く歩道で抜けたところ左手に白花。まだ幼木だ。太宰府にもせっかちな梅がいてたのしいような。


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加速度のついた超情報社会の波に押されたのだろうか。

寒くなる前に開きはじめた梅の花。果報だと思いたい。



極寒を知らずに咲きし紅梅は果報なるべし1月6日

ななみ


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# by minaminouozafk | 2017-01-09 08:30 | Comments(8)