天井  大西晶子




ピロリ菌の有無をしらべる検査を受けに来た。

5分間横になってください」と言われる、手持無沙汰だ。天井を見る。

気がつくと、天井にU字型カーテンレールが付いている。下がっているのは
点滴注射などの袋を掛ける金具。
他にもたくさん金属の棒が下がっている、じっくり見るとなかなか面白い。
こっそり写真を撮る。仰向けに寝たままで写真を撮ったのは、初めてだ。
    

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天井を眺めている間に思い出した。
あれは12~3年まえ、母が病院で検査を受けに行くのに付き添った時のことだ。
待っている間、読むものを持っていなかったのであたりを眺めていた。そのとき視野の隅を動くものが横切った。
視線を上げると天井のあたりのレールのようなものの上を、ファイルらしきものが静かに移動していた。部屋の角ではぎこちなく向きを変えて更に動いて行く。
あれは何だ?


家に戻って病院勤めの家人に訊くと、カルテの入いったケースが天井近くのレール?を通り、目的の診療科まで送られているのだろうと言った。
家人の勤務する別の病院ではカルテを筒状のものに入れ、圧縮空気圧でパイプを通して送っていたらしい。
その後、ほとんどの病院で電子カルテを使うようになったので、今では圧縮空気圧もレール風方式も使われていないだろう。
そもそも紙のカルテがあるのかどうか。


子供のころ熱があると天井の木目がだんだん人の顔に見え、迫って来るようで恐ろしかった。
また、くも膜下出血後の意識朦朧としていた母が 「寄生虫が天井に居て、動くと蛍光灯が点いたり消えたりするの」 と言ったことは、全快した後で笑い話になった。
病院の天井を見ていると、いろいろなことが思い出される。


ところで、私が受けた検査はピロリ菌退治の薬が効いているかどうかを調べる検査だ。5分間横になった後で15分間すわり、そのあとで袋に呼気を吹きこむと検査は終了。
2週間後にまた、検査の結果を聞きに来るように言われる。
胃カメラ以来の検査を受けた病院は、家人がときどき仕事でお世話になる直方市の駅前の病院だ。



せっかく来たので直方市のことも書きたかったが、空腹(検査前の食事の禁止で)なので、いそいで宗像に戻って来た。
次回、検査結果を聞きに来るときは、すこし町を歩いて街の紹介もしたい。
  
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                             病院の玄関から見えるJR直方駅
   
                             下は駅前に立つ地元出身の大関魁皇の像
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 お腹をすかせて帰宅したら青天井の下、〈匂い菫〉 が迎えてくれた。  

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   白塗りの天井の裏にかくしおく秘密あらずや診察室に  晶子





# by minaminouozafk | 2017-03-19 07:24 | Comments(8)

 以前、インディアカをしていた頃はチーム分けの時にじゃんけんをしていたが、最近はじゃんけんというものをしていないと思った。思えば、公平に分けたはずのケーキ選び、肝試しの順番、お使いに行く人決めなどの際に、じゃんけんが登場したことに異議を唱える者はいないはずである。すごい!じゃんけんという決定方法はパーフェクトだ!


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 今までじゃんけんは何かを決める公平な手段という認識だったのだが、この頃もうひとつの役目があることに気づかされた。それは幼い子を遊ばせる素晴らしいおもちゃになるということである。覚えている方も多いと思うが「グーチョキパーで、グーチョキパーでなにがーできるー……」という歌遊びである。右手と左手のグーチョキパーの組み合わせでいろんなものを作り出す。パーとパーでちょうちょ、パーとグーでヘリコプター、パーとチョキははさみ、グーとグーで雪だるま、グーとチョキでかたつむり、チョキとチョキはカニさんといった具合である。もちろん、それぞれのママのオリジナルも有りだそうだ。


目の前でママの手がカニさんになり、ヘリコプターになり、ちょうちょになる。時間も場所も選ばず、他人から見ても微笑ましい情景だ。


四角四面で隙のないやつと思っていたじゃんけんだったが、なんだ、おまえ結構優しいじゃないかとちょっと認識が変わった。


  母の手のうごきをまねて小さき手がてふてふになる春の風よぶ  由利



# by minaminouozafk | 2017-03-18 09:35 | Comments(7)

さくらのうた 大野英子



今年も桜のつぼみがだんだんと膨らんできました。

開花予想は福岡と東京が26日、満開予想が4月7日という事です。

カルチャーでは、季節に合った作品を紹介しています。

そのなかから少し、一足先に桜のうたを。

短歌を始める前から好きだった馬場あき子氏のうたから。

○さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり 『桜花伝承』

○桜咲くころ感情は静かならず亡きひと亡き犬亡き小鳥たち 『記憶の森の時間』

一首目は49歳の頃の作品。

たえず美しい花咲かせる桜は、いつまで咲き誇って老年と言う時期を迎えるのだろうか。桜ではない私の身には、老いて行く時の流れが、水流の音のように響いて来る…

そんな、少し老いを意識しだした気持ちでしょうか。美しく高らかに詠みあげています。

二首目は87歳、第25歌集から。

満開の桜は死を孕んだものと感じる。この頃に身近ないのちを多く亡くしたのか、そうでなくとも、否応なく思い出させる力が桜にはあると詠んでいるのでしょう。

長い人生を経たからこその考察。

私も満開の桜のころに、父を、愛猫を亡くし大いに共感いたしました。

さて、さくらと言えば忘れてはならないのはわがコスモス短歌会の小山富紀子さん。

毎年、桜を連作で詠まれています。そのなかでも狂気を孕む作品から。

○風止めば桜散り止む白昼の夢覚むるごと徐々に散り止む 祗園(ぎおん)春宵(しゆんせう)

散る桜が白昼夢のようだと言わず、逆説的に覚めるように散りやむと詠んで印象深い。

○我が去りし後もさくらの夜もすがら散りて座しゐし跡も消ゆらむ

草の上に残った自分の痕跡が消えることによって、作者の存在さえも消えてしまいそうな危うさ。

○沈めたる怒りはいつかかなしみに変はりぬ闇にさくら沈むころ

○縊死毒死わが死に様を思ひけりさくらの下ならなんでもできる

連作中の二首。桜が咲いているからこその、感情の変化。自殺を匂わせても、桜の下ならなんでもできそうと言う気持ちは、怒りや悲しみを浄化し、その中から湧いてくる、桜あってこそ、さらりと詠めてしまう不思議な世界を紡ぎ出す。

○目の前のさくらが過去のさくら呼びわが身よりたつ桜ふぶきぞ 『紅さし指』

第二歌集から。今、目の前の桜は、まだ静かに咲いているだけだろう。その中に立ちあがる過去は桜ふぶき、激しい思いと共に有ったのかもしれない。そんなことを思わせる一首。

第一歌集と併せて鑑賞すると明白に立ち上がってきます。

○枕よりつむり起こせば夢に見しさくらさらさらこぼれ消えゆく

夢と現実との狭間、さくらを愛する作者ならではの一首。

京都の暮らしという日常に密着した穏やかな作品もたくさん有ります。今年も桜の連作が心待ちにされます。

この季節になるとまた開いてしまう、二冊です。

付箋の束おゆびに解しながら読むさくらはらはら散りくる歌集

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私の写真コレクションには桜はいっさい見当たりません。数年前の大宰府政庁跡の梅でお許しを。



# by minaminouozafk | 2017-03-17 07:53 | Comments(8)

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その森に一歩足を踏み入れた途端、空気が変わった。

もちろん木々のつくる影が日の光を遮っていたこともある。

けれどあたり一面の椿の木のゆらめいているかのような樹影を見つめていると、ふうっと視界がかすみ、体の芯が冷えてくるような感じに襲われた。

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椿まつりの時期で人影や話し声がするのでとどまっていられるが、誰もいない早朝にこの森に足を踏み入れたら、導かれて別のどこかへ入り込んでしまいそうだ。


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ここは、萩の笠山の麓にある藪椿の群生林。2万5千本もの藪椿が自生している国内屈指の椿の森だ。萩藩直轄の「御立山」として手つかずのままだった森が、明治になって伐採されると、切り株から萌芽しまた種子から発芽して成長した。それをまた伐採すると再び切り株から萌芽し、種から発芽するそれか繰り返された結果他の広葉樹は失われ生命力の強い椿が残ってこの森になったという。

毎年2月10日頃から3月中旬までの1ヶ月半「椿まつり」が催されている。



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木に咲く花を見るというより、散った花々をたどって森を歩くというのが、椿の森を見るのにふさわしい気がする。

けれどけれど…

人の気配のない早朝、この森をさまよって、椿のゆらめきに惑わされてみたいとも思う。


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ゆらぎの森を歩き続けると、木々の切れ目が見えてきた。


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森を一歩抜けたその先は日本海。春の光を受けた青い海原が視界一面に広がった。

磯の香はもう春。



さあ奥へもつと奥へと導かれ椿の森のゆらめきを行く


# by minaminouozafk | 2017-03-16 01:10 | Comments(7)

日田(ひた)に行った。大分県である。

……地図がほしいなあ。あった方がダンゼン分かりやすい。

日田である。

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日田市は、福岡県に接している。

福岡からの距離はだいたいこんなかんじ。

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おっ、下関。
下関からはこのくらいで、山口からはこれくらい、と。ふむ。

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むなかたむなかた、宗像が消えている。これは上昇し過ぎたな。

そうだ、大島にしるしをつけておくことにしよう。

ななみさんの記事(1月 16日)に写真があるし、ちょうどよくないか。

大島かっこ宗像市、と。

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せっかくだ。国東半島にも名札をたてよう。

これで、どうだ。

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ちょっとちがう。おとといの画像は、もうすぐ夕日だ。

ゆうひゆうひ、それならこっちの色がいいかしらん。

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ところで、そう、
今日は日田の話におつきあいいただくのだった。

明治維新まで幕府の九州経営の拠点だった日田――


およっ? 時間?

じかんじかんじかん。あああああ。


地図をつくるのに手間取ってしまったのである。

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  せめて空を。

  廣瀬淡窓の生家の庭から仰ぐ空。

  
  
  





  
  いま撮つたばかりの写真送られて画面にひらく日田のあをぞら

みなさま、佳い一日を!


# by minaminouozafk | 2017-03-15 05:58 | Comments(8)

長患いしている。宿痾だろうと思う。結構な数の罹患者がいるはずだ。


感染源はこれ。
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ああ、あなたもそうですか。


中ニ病。


田舎の、何の趣味性もない本屋の書棚の隅っこで見つけた一冊。奥付を見ると、初版は1973年、私が買ったのは1976年の6刷。ぴったり14歳。

片山健の不気味綺麗な挿画に魅かれページをめくると、そこは流麗な言葉で綴られる目眩く澁澤ワールド。残酷とエロス、廃頽の権化のようなこの本は、おとなが黙して語らない真実をそっと教えてくれているようで、14歳の私は背徳感に充ち満ちた思いでレジに並び、自室へ連れ帰ったのだった。

以来、澁澤龍彦は私の係恋の人となった。足繁く書店に通い、名前を見つけるとすぐに購入し、貪るように読んだ。澁澤のめぐりに興味を持つことで、三島やワイルド、ブルトン、絵画ではクラナッハやエルンストに出会い、魅かれた。

友達とこの話をしたことはない。同調圧力の怖さは知っていた。ただ一度、教育実習に来た大学生に、澁澤が好きって趣味がいいよね、と言われたことが嬉しかった。

1987年、澁澤龍彦逝去。58歳。サド研究をはじめ、あらゆる異端と称されるものに光を当て、それらマイノリティの存在の意義をシニカルに、精緻に描写した稀代の文学者。その不在は長く私を悲しませたが、1993年、河出書房新社から『澁澤龍彦全集』刊行。出版されるごとに買い集め、今もわが家の本棚にある。
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現在、娘の上京準備に追われている。引越し荷物の中に『長靴をはいた猫』をしのばせていた娘。申し訳ないが、そっと没収。でも、読んでいたんだね。あなたも罹患していたんだね。いいのだよ。多分、人はそうやっておとなになる。親が、いや、親だからこそ伝えられないことを芸術が教えてくれる。

中ニ病には罹患しておいた方がいい。おとなになった身体に追いつかない精神…。そこを押し上げてくれるのが中ニ病。これから出会う背徳、悪徳、頽廃、それらに対する免疫を高める中ニ病。悪いものではない。ただし、拗らせなければ。



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(伝説の文芸誌「血と薔薇1」初版本を手に入れました。三島由紀夫の、聖セバスチャンの殉教、うーむ)



古書店街春の一日をめぐりたし14歳のわたしをさがし



# by minaminouozafk | 2017-03-14 10:26 | Comments(8)


     すっかり春の陽差し。夕暮れも遅くなり菜の花の黄色がいつまでも名残り惜しそうだ。


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東日本大震災から6年。熊本地震からもうすぐ1年。明るい春に震えた大地。6年前、テレビの映像に為す術もなかった。昨年は我が家も震度4。熊本市在住の息子からの必死の夜中のメール。翌々日、いったん車でもどってきた息子は、車いっぱい地元の友人からの支援物資、一緒に作ったたくさんのオニギリ、豚汁、ハンバーグなど満載し被災地のアパートにもどって行った。

 


祈ることしかできないとき、テレビの映像から届いた蒲公英の黄色。現実にもどり、散歩をはじめたときの蒲公英の黄色。本当にせつなく、うれしかった。


昨年の秋はあたたかく11月半ばころまで蒲公英をみかけた。今年の春、はじめて出会ったたんぽぽ。茎は短く、地面に張り付くように咲いている。近くにはイヌノフグリ、なずな、ホトケノザも。春爛漫。日陰はまだ肌寒い。光と陰のコントラストがきれい。 




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2年近く前の夏はじめて東北に行った。遠野から宮古への道は復興支援のトラックがたくさん走っていた。宮古の海岸も工事真最中だった。福島には行けなかった。6年たった今でも原子力発電所は人間の手に負えない。たぶん原爆と同じように核分裂を繰り返すことでエネルギーを得る。おそろしい。フクシマでの教訓からか世界は脱原発にむかっている。欧米の有力企業も原発ビジネスから手を引きはじめている。日本だけが官民一体で原発を進めているようだ。唯一の被爆国、あんなに恐ろしいフクシマの原発事故を起こしたのに。



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寒緋桜も満開。モクレンの蕾も大きくなった。「花は咲く」(NHK東日本大震災プロジェクトのテーマソング)がながれると、不覚にも涙ぐんでしまう。〈花は咲く いつか生まれる君に 花は咲く わたしは何を残しただろう〉



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昨日、国東半島を走っていると不思議な海岸に出会った。ゆるやかな曲線の広大な干潟。潮干狩りを楽しんでいる人もいる。そういえば、昨夜、満月だったから今日は大潮。午後4時過ぎ、まさに大潮の干潮だ。




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〈真玉海岸 日本の夕日100選らしい〉


     まだ、3月の太陽は沈むには早い。光と陰がとても美しい。もうすぐ夕日。人間なんてと大きな自然をまえにしたらいつも思う。


たんぽぽがひらくこころのその奧処ぎんいろの波みちみちてゐる

ななみ


# by minaminouozafk | 2017-03-13 07:39 | Comments(7)