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太宰府天満宮と宗像大社への参拝を紹介しました。例年は宗像大社と共に、以前晶子さんから紹介があった鎮国寺に行くのだが、今年は行くことが出来ず、完結しない三社参りに何だか落ち着かない思いだった。

思い出したのが、普段は通らないが、すぐ近所にある鏡天満宮。

鏡天満宮(三社参り完結編)  大野英子_f0371014_08264230.jpg

ホテルオークラとリバレインのビルの間に、社殿だけでこじんまりとしているが、天神様が祀られている。

太宰府天満宮では行列が出来ていた神牛の「撫で牛」も小さいながらも鎮座している。ちなみに太宰府の県文化財である神牛は博多の商人たちが奉納したもの。

太宰府の神牛は頭を下ろし寛いだ姿だが、こちらは首を突きだし若々しい。

鏡天満宮(三社参り完結編)  大野英子_f0371014_08262965.jpg

その横には高みから社殿に向かって天神様のお使いといわれる「(うそ)」が見下ろしている。(逆光~)

鏡天満宮(三社参り完結編)  大野英子_f0371014_08261711.jpg

木彫りのものと同様にカールした後ろ姿も愛らしい。

鏡天満宮(三社参り完結編)  大野英子_f0371014_08260200.jpg

鏡天満宮はウィキペディアを見ても情報が少ない。

石碑があったので、もう一度行って、まずはお参りをして顔を上げると曇り空が、ぱぁーっと明るくなり、何だか清々しい。

〈由緒〉と書かれた石碑によると、901年、大宰府の権師に左遷配所された菅公が、博多に上陸された第一歩の地。海路の疲れにやつれたお顔を京都から懐に入れて大事に持ってきた白銅の鏡に映してご覧になったと伝えられる鏡を祀る神社。

一説には、菅公の共の者と子孫が菅公を慕い宅内に神として祀った神社を始まりとして奴天神(やっこじんじゃ)とも呼ばれている。

また、この場所は平安時代には平清盛によって袖の湊が築かれ、日宋貿易の玄関口として栄え、商都博多の礎となったとも記される。

うーん、初耳~。神社入り口に渡唐口跡の碑があるな。

そういえば山笠の時、土居流れの当番町が綱場町の時に山小屋が据えられる場所は綱敷天満宮と言ったなあ。関係あるのかな。

検索~。菅公が袖の港に上陸した時、住民達が綱で敷物を作り出迎えたと言われている。その後、その場所に社殿が建ち(つな)()天神と呼ばれた。現在、社名は綱敷天満宮となり、社殿所在地の町名は綱場(つなば)となった。おお、「菅公聖蹟二十五拝」の1つでもある由緒ある天満宮なのだ。

どちらのエピソードも博多の人々の篤い気持ちが伝わり、町名も関わりがあると思えば何だか嬉しいなぁ。

もう一箇所、アクロスの正面にも水鏡天満宮がある。

こちらは、同じく京より大宰府に左遷される道中、四十川(現在の薬院新川)の水面に自分の姿を映した場所に、後に社殿を建て、「水鏡(すいきょう)天神(てんじん)」「(すがた)()天神(てんじん)」と呼んだとある。天神という町の名前の由来とも言われる神社。

ずっと、鏡天満宮と水鏡天満宮の違いが謎だったので、すっきり。

石碑の最後には

   鏡にもなきつみとかは見えやらでやつれすかたのかすむ春かな 菅原道真

の一首が記される。鏡を見ては嘆き、川面に映った姿を見ては嘆き、こころの傷の深さが伝わる。

鏡天満宮(三社参り完結編)  大野英子_f0371014_08254804.jpg

たまには地元もじっくり見直さないといけない。

最初にお参りした1月18日、鏡天満宮の梅の花は早くも開花していた。

       寒の雨に下川端の太宰府の〈撫で牛〉痛みを流しゐるらん


by minaminouozafk | 2020-01-31 08:28 | Comments(6)

寒の水  鈴木千登世

二十四節気では大寒、七十二候は末候の「鶏初めて(にゅう)す」(鶏が卵を産み始めるころ)のころ。「寒暁」「寒稽古」「寒晒」……歳時記をめくると「寒」のつく季語がずらり並んで、眺めているだけで身が引き締まるよう


寒といふ字に金石の響あり    高浜虚子


音にすると硬質の「きーん」だろうか。文字から響き、さらに皮膚感覚へと峻烈な寒さを音に感じる感覚の鋭さに魅了される。


けれど、今年はまだ雪を見ていない。このまま春になるんだろうか。


寒の水  鈴木千登世_f0371014_04244325.jpg

龍福禅寺のさくら


寒の水  鈴木千登世_f0371014_04320169.jpg

枝先にちらりほらり




寒の水  鈴木千登世_f0371014_04321275.jpg

寒の水  鈴木千登世_f0371014_04320832.jpg



畑の野菜たち。夫の丹精のブロッコリー、キャベツ、大根が時ならぬ暖かさに大きく育っている。エンドウ豆の茎もいつになくすんすんと伸びていている。大きくなり過ぎて霜に合うと枯れてしまうというから難しい。

去年、初収穫を喜んだ夏みかんは、あの後、猿に持っていかれてしまった。二つだった実は今年は四つついて、黄色く色づいている。今年は花と一緒の姿が見られるといいなあ。


寒の水  鈴木千登世_f0371014_04321686.jpg



 もう、二十年近く前、ぎっくり腰になった夫を治してくださった整体の先生から、「水」を飲むように勧められた。特に「寒」の時期の水は雑菌の少ないきれいな水なので一年の内でも一番たくさん飲みなさいと言われた。この時期の水はいつまでも腐らない水だとして酒の仕込みをしたりや寒餅を搗いたりする。先生の言葉を思い出して、職場にも水を持ちこんで、仕事の合間合間にちびちびと飲んでいる。体の中に積もったあれこれが洗い流されて清まるといいのだけれど。


地下ふかく冷えたる水にかすかなる雪の匂へりまぼろしの雪


by minaminouozafk | 2020-01-30 06:30 | Comments(6)

 

 そういえば、九州国立博物館であった「三国志」展のことを書いていなかった(ことに気づいた)。去年、由利さんのご紹介にもあった「三国志」展である。



特別展「三国志」  有川知津子_f0371014_23264901.jpg



 『三国志演義』には、「草船借箭」(ソウセンシャクセン)の話がある。諸葛亮が藁束を積んだ船を仕立てて、曹操軍から十万本の矢をせしめるという話である。赤壁(レッドクリフ)での本戦に入る前のことで、諸葛亮考案の、その名のとおり「草船で(足りない分の)矢を借りる」の計画であった。



 赤壁の戦いで、孫と劉は連盟を結び、力を合わせて曹操軍を討つことになった。だが、諸葛亮(劉備の軍師)の才知を恐れた周瑜(孫権のところの大都督)は、諸葛亮を生かしておいては、今後の呉の憂いになるとしてその殺害を図る。けれども共闘を約束したのだから迂闊なことはできない。そこで、軍法にしたがって亡き者にしようとしたのである。これならば誰も文句は言えまい。それが「亮ちゃん、十万本の矢を用意してくれない?」(周瑜)の話である。



 諸葛亮は周瑜のコンタンがよく分かっていたが、この困ったチャンを少々懲らしめようという気持ちもあったのだろう、十万本の矢を三日で準備することを約束した。周瑜には、三日間で矢を準備する方法がどうしても思いつかない。これにも周瑜は歯がゆい思いをする。(誤解なきよう添えておくと、周瑜好きである~)



特別展「三国志」  有川知津子_f0371014_23263640.jpg



 さて、期限の三日目の夜は濃霧となった。諸葛亮は二十隻の船に藁束と兵士を載せて曹操の陣へ向かう。船が曹操陣へ近づくと諸葛亮は船を一列に並べ、一斉に太鼓を鳴らして鬨の声をあげさせた。敵襲と思った曹操軍は矢を乱射する。その矢はもちろん、藁に刺さる。船の片側に十分に矢が刺さると、さらに諸葛亮は船を反対側を向けさせ同じようにした。



 こうして、船の藁束には隙間なく矢が刺ささることとなった。諸葛亮はこれを持ち帰りことなきを得たのである。



 うまく行きすぎであるが、まあ小説だから。



 これは、『三国志演義』の虚構としてとても有名な場面で、正史『三国志』にはない。ただ、その注に次のような話が引かれている。



孫権が大きな船に乗って軍情偵察にやって来ると、曹公は、弓・弩をめったやたらに射かけさせた。矢がその船につきささり、船は一方だけが重くなってひっくり返りそうになった。孫権は、そこで船を廻らせ、別の面で矢を受けた。ささった矢が平均し船が安定したところで、自軍へ引き上げた。

ちくま学芸文庫版正史『三国志6 呉書Ⅰ』(小南一郎訳)



 そう、ここには、孫権の手柄として記される。『三国志演義』の作者が、蜀びいき(孔明びいき)と言われるゆえんである。他にもこのエピソードのために参照したと考えられている本がいくつかあるけれども、この辺で。



 そうそう、何をご覧いただきたかったのかというと、これである。1000本の矢が展示室の天井を飛んでいた。



特別展「三国志」  有川知津子_f0371014_23262553.jpg





せつかくだけどご辞退するよ今日までをたまたま吸はずにすんだ煙草だ





by minaminouozafk | 2020-01-29 06:20 | Comments(7)

 通信制大学の後期試験、二科目を明日に控えた日の夕食。

 18:30、冷たい雨の中を帰ってきた夫が台所にやってくる。今日はなんちゃってすき焼き。夫はこれが好物で、醤油とみりんの混じった甘辛い匂いを嗅ぐとテンション⤴️するらしい。

 上機嫌のところを申し訳ないのだけど、試験勉強が間に合わないから、夕食はひとりで食べて、と夫に告げる。

 「え、さびしいなあ。」

 って聞こえたのはそらみみですか。
 
一緒に食べよう  藤野早苗_f0371014_01195724.jpg


  すき焼きの鍋をひとりでつつかせてろくな女房ぢやないよな私



by minaminouozafk | 2020-01-28 01:21 | Comments(6)

大寒逍遥  百留ななみ


 大寒の朝。兼好法師ゆかりの吉田神社。

 空気はさすがに冷たいが吐く息が白いほどではない。青空がきれい。



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茅葺屋根の八角形の本殿斎場所大神宮をはじめ料理やお菓子の神様にも参拝して白川通りに降りてゆく。

真冬の古都東山を歩く。




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ちょうど9時過ぎ。開門したばかりの銀閣寺。中門までの整えられた竹垣の参道の静謐な空気。人影は無い。向月台の周りの白砂を丁寧に竹箒で掃き清める音が響く。


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子どもの頃に来たときは東求堂の内部まで拝観できたが今は庭の散策だけ。たくさんの椿、馬酔木もちらほら咲いている。


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大寒とは思えない朝のひかりのなかを疎水沿いにすすむ。

西田幾多郎が思案にふけりながら歩いたという哲学の道。



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 偉大な哲学者でありながら多くの短歌をつくっている西田幾多郎。「善の研究」は20代にさいごまで読み通せなかった本のひとつ。<哲学の動機は人生の悲哀でなければならない>は西田のことば。


二十あまり三とせそだちてわづらひて夢のごとくに消え失せし彼

子は右に母は左に床をなべ春は来れども起きつ様もなし

わが心深き底あり喜びも憂の波もとどかじと思ふ

三高の学生だった長男を二十三歳で失い、妻や娘も病に臥す。やりきれない悲哀に満ちた作品。それが西田哲学をより深めたのかもしれない。



大寒逍遥  百留ななみ_f0371014_11240915.jpg



人は人吾はわれ也とにかくに吾行く道を吾は行なり



大寒逍遥  百留ななみ_f0371014_11241500.jpg



 10時半過ぎて疎水沿いもちらほら散歩する人を見かける。

 人のながれについて左折。大豊神社には狛犬ならぬ狛ねずみが。

 子年の年のはじめ。狛ねずみさんに参拝。



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ほどなく哲学の道はおわり。

疎水からすこし離れて鹿ヶ谷通りを南下。


南禅寺近くの草川茶屋でひとやすみ。すばらしい手入れの行き届いた庭を眺めながら白玉団子と抹茶ラテ。


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 午後の陽ざしにコートのボタンをはずし、南禅寺三門に上がり石川五右衛門の気分。そのまま知恩院、八坂神社、建仁寺・・・をめぐり気がつくと西日に。バス停を探すのも面倒だし、とうとう京都駅近くのホテルまで歩いた。


大寒の京都東山をゆっくり気のむくままに逍遥した一日でした。




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手袋もマフラーも外し大寒の古都東山そぞろ歩きぬ









by minaminouozafk | 2020-01-27 07:07 | Comments(6)

剪定のあとで 大西晶子


ここ数年、一年に一度来てくれる庭師Aさんが先週庭木の剪定に来られた。わが家の庭は広さの割に木が多いが息子さんと二人で来られ、一日で庭をきれいに剪定してもらった。

百日紅はきっぱりと細枝を切られ春に新しい芽が出て枝になるのを待っている。黄梅はフェンスを越え道路側に滝のように垂れ下がっていたのがすっきり程々の嵩になるまで切られている。これで3月には程よく花を付けるだろう。伸びすぎて形が崩れていた木々がきれいに刈られ、時代劇の仕官が決まりこざっぱりした身なりになって長屋にあいさつに来た浪人者のような感じだ。

剪定のあとで 大西晶子_f0371014_16343094.jpg


剪定のあとで 大西晶子_f0371014_16343909.jpg

すっきりと木々を刈られた庭はこれまでより明るく風通しが良い。今咲いている紅白の椿や蠟梅がこれまでよりくっきり見えると思うのは錯覚だろうか。


Aさんはもともとはお向かいのNさんのお宅の庭を何十年もの間管理してこられた方で、わが家では別の庭師さんをお願いしていた。ところが20年ほどわが家がお願いしていた庭師さんが腰を痛めて引退され、その後にと紹介された40代だった庭師さんは2年来られたあとで癌で亡くなられた。その後、向かい家の庭の木を剪定していたAさんと夫が立ち話をし、お願いできるかどうかを尋ねたのがはじめでわが家も引き受けてもらえたのだった。


お向かいのNさんご夫婦は現在高齢(90代)で施設に入られている。先日はシルバー人材センターの方が庭の背の高い貝塚伊吹を低く切っていた。
 丈の低くなった木を見てAさんは残念そうに「素人でも手入れできるように切ったんですよ」と言われる。Aさんは今はN家の庭の手入れされていない。長い間手塩にかけてきたNさんのお庭が、本格的な手入れをされず、適当に扱われているのを見てAさんは胸が痛められていたのだろう。
 N家にはお子さんが無く、今は弁護士事務所が財産管理をしているということで、Aさんは弁護士事務所とのやり取りが面倒で庭の管理を止められたと言われた。


 私の住む町にはこのところ新築の家が増えた。建て替えもあれば更地への新築もあるが、どちらも駐車場を広く取り、残りの場所には芝生を植えたり、小石を撒いて石庭にしたりで、木をたくさん植えた庭はあまり見かけない。以前は散歩をしながらよそのお宅の植木や花壇の花を見るのが楽しみだったが、木のある庭が減ってきたのが寂しい。
 わが家の建つ界隈にはかっては木を多く植えたお宅が多く、植木屋さんたちがひんぱんに手入れをしていたものだ。その頃によく聞こえていた植木ばさみを使う音がなつかしい。

         植え込みに隠れてをりし沈丁花のあかくふくらむ蕾を見たり








by minaminouozafk | 2020-01-26 07:00 | Comments(6)

 体力や機能の衰えは、ある日突然に気がつくものではない。耳の聞こえも目の見え方もこれが普通と思っていると、実は徐々に低下していたというのが現状なのだ。


 毎朝の体重測定はジョギングを始めた30代からの決まりである。カレンダーに書き込み、その100グラムの動きに一喜一憂していた。その体重計が10年はとうに越し、測るたびにその値がふらついてきたので、今回買い替えることにした。2005年製のNational製品は買った当時はおそらく最新機種だったと思われ、年齢、身長、性別などをセットしておくと、測定の度にBMI、体脂肪率、筋肉量なども表示されるものだった。


取り戻せ!600グラム  栗山由利_f0371014_12002208.jpg

 新しい体重計はコンパクトで見た目も器械というイメージが薄く、何よりスマホと連動なので、専用アプリをダウンロードしておけば毎日のデータを記録しておいてくれるので、カレンダーの余白に書き込む必要がなくなった。便利なのは言うまでもないが、先般のフィットネスバイク同様、設定の手順が結構面倒なのである。千登世さんのパソコンの設定とは天と地ほどにかけ離れているが、やってみなければどんどん浦島太郎になっていくと思いながら、取説をめくっている。


取り戻せ!600グラム  栗山由利_f0371014_12011588.jpg

 ひとつ想定外だったこと。それは古い体重計は体重を多めに表示していると思い込んでいたところ、現実は逆であった。実際は600グラムも少なく表示してくれていた。長いお付き合いの中で気をつかってくれていたのだろうか。今は、この600グラムを取り戻すための努力がさらに必要なのである。



   長年の付き合ひあつての忖度か体重計のやさしさを知る


by minaminouozafk | 2020-01-25 12:07 | Comments(6)

 一昨年のコスモス全国大会にゲスト講師として来て下さった「心の花」の藤島氏の第三歌集。今さらながらの感もあるが、二月の「灯船」批評会にもゲストで参加してくださるというご縁で、ご紹介をさせていただきます。

藤島秀憲第三歌集『ミステリー』  大野英子_f0371014_06511537.jpg

この題名はあとがきの「生活にはさまざま変化がありました(中略)生きていることが本当にミステリーでした」というお気持ちからなったようである。

19年に渡るご両親の介護を終え、両親と共に暮らしたご実家を手放し始まった新たな生活が詠まれる。

引き出せば二百枚目のティッシュかな死ぬことがまだ残されている

献体を終えたる父を連れ帰る父が来たことないアパートに

床屋にて顔蒸されおり死んでから数ミリ伸びる髭われにあり

あっいまのもの言い父のもの言いだ わたしの中に父育ちゆく

駅から五分の町にわが住みまだ知らぬ六分の町七分の町

三月のわが死者は母左折する車がわれの過ぎるのを待つ

足の爪あすは切らんと寝る前に思えり明日の夜も思うべし

はるのゆきふればこごえる木々の花ふりかえりふりかえりしてわれも死を待つ

(さびしい)を歌のことばに置き換える過程がわれをさびしがらせる

Ⅰから引く作品は、どれも寂しさとやるせなさに満ちるものである。藤島氏の介護の長い年月を思えば、とうてい比べられるものではないが、職を失い両親を見送り、本当にひとりになってしまったという思いを抱える私には、〈死〉というキーワドが散見される作品に深い共感を覚えた。例えば8首目の、もはや死を待つことしか残されていないような人生は常に心の片隅に渦巻くものなのである。

2首目は第二歌集『すずめ』で〈二年後に父のお骨を取りに来んわたしは二歳老いた私は〉と詠まれたその期間を経て引き取りにゆく一連。チラシ配りで生活を凌ぐ暮らしと絡めながらまた、折々に父母のことを思いながら等身大の私が詠まれる。藤島氏の良さは、日常をきちんと、しかし淡々と物語として読者に差し出すところにあるだろう。

また5首目の「まだ知らぬ」は駅と自宅の往復だけが新しい町での行動範囲である事、七首目の「明日の夜も思うべし」などのぼんやり感が切ない。

しかしⅡからが藤島氏のいうミステリーなのである。妻となる人と出会うのである。

わが部屋を君おとずれん訪れん座布団カバーを洗うべし洗うべし

にぎやかな冬のすずめを聞きながら君と歩めりわが住む町を

それぞれの五十五年を生きて来て今日おにぎりを半分(・・)()する

これからをともに生きんよこれからはこれまでよりも短けれども

「あの場所で」で君に伝わるあの場所に行こうよ花を浴びに行こうよ

お知らせがあります五月十五日今日から君を妻と詠みます

箸置きのある生活に戻りたり朝のひかりが浅漬けに差す

出会いから結婚生活まで数首上げた。一首目の二か所のリフレインによる慌てぶりと喜び。二首目はこれまで折々に自己投影してきたすずめに、まるで祝福されているような思いだろう。どの歌も手放しの喜びようではあるが、中年の含蓄と真っ直ぐな詠みが甘くなり過ぎるのを抑えて、こちらも素直に祝福をしたい気持ちに充ちる。本当におめでとうございます!

生活に落ち着きが出て来ると、これまで深い擦過痕のように詠まれた父母への思いにも変化が見える。

神の手を父は見たるか全身をヘルパーさんに拭われながら

書込みのひとつをわれが加えたり父が捨てずに忘れし聖書に

晩年の母の不調が少しずつわれに現われ 母を懐かしむ

父の残した聖書を通して湧く思い、自らも耳鳴りに悩まされながらも同病の母を思う。

他にも、結婚による就職にまつわるもの、二人で出かけた場所や日々の細事を、もう一度繰り返しになるが、本当に等身大の日常を時に自虐を交えながら平明に淡々と詠む。この俗に落ちない平明さと、パートナーを得た明るさが、新しい世界を切り開いている。

だが、藤島氏の素晴らしさは身体感覚がさりげなく詠み込まれた自然詠にもある。

幾万の鳥を隠しているらしき首かけいちょうの生む大き影

谷底へ落ちゆく それは木々の影、影をともなう鳥たちの声

てのひらを浅く傷つけ春まひる数かぎりなく木肌にふれる

耳鳴りを忘れていたり咲き切って莟を持たぬ木々に触れれば

直線に吹きいし風が曲線に吹けばもう春 蝶のとぶ春

日比谷公園の樹齢400年の夏の公孫樹の生命感から見えない鳥たちの命さえ感受する。渓谷の雄大な自然を捉えた時の方位感を失くすような人間の無力感、視覚や聴覚を越えた皮膚感覚の3、4首目。5首目も風の変化を捉える体感のある歌。

そしてレトリックを駆使した作品も読者を楽しませてくれる。

駅に来て小走りの人見かければわれも小走りきみも小走り

海はいま眼下にありて波しずかしずかはのび太のガールフレンド

ああスパムスパムを求め常は()ぬ明治屋に()ぬ スパムを手にす

本歌取りあり、二物衝撃あり、リフレインとずらしにより作り出すリズムあり、多くの作品もそうだが、特に作歌上の工夫が凝らされた短歌の持つ声調を確かにしているこういう作品を集中に探し出す楽しみも多い。

昨年の短歌研究4月号までの特集では「平成じぶん歌」という13人の著名な歌人の歌をひとり31首、巻頭に掲載していた。高野さんやゆかりさんの作品で記憶にある方も多いだろうが、その後89歌人の平成の歌を一冊にまとめて出版された。

巻末近くに置かれた「父さんでしたか」と小題の付く一連は、その時の書き下ろしにさらに手を入れ、より単純化されている。もちろん19年にわたる介護がまるまる内包され、場面を切り取り、一首一首がこれまで詠まれてきた作品とリンクしてゆき、一首でその年の気持ちを鮮やかに詠み込む手法は、短歌という詩形の良さを十全に伝えてくれるものであった。ああ、また長々とごめんなさい。

二月の「灯船」批評会は残念ながら参加は無理のような予感。でもいつかきっと福岡県歌人会の短歌大会にも、講演講師としてのご来福を熱望しています。(誰か伝えてくださ~い。)

       冬の雨ふりだす朝を鳴き交はす冬のすずめの朗らかなこゑ


by minaminouozafk | 2020-01-24 06:54 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(8)

 ウィンドゥズ7のサポートが1月14日で終了した。

 我が家のパソコンは7だった。バージョンアップも考えたけれど、使っているソフトが10では対応できず不具合を起こすことも考えられる。古いパソコンはネットに接続しないで使うことにして、思い切って新しいパソコンを購入することにした。


 A電器店に行くと、同世代くらいのやさしそうな店員さんがずらり並んだ中から、むやみにスペックの高いものではなく、ちょうどよい使い勝手のモデルを紹介してくれた。それを買うことにして、問題は設定やデータの移動。すべてお任せということもできるけれど、予算を考えると少々痛い。よく見ると、買おうとしているモデルには「できるWindows10+データ引越し」と書かれた手引書が添えられている。迷っていると、店員さんが「やってみると意外と簡単だったという方もおられます。やってみてダメだったら、お持ちください。こちらで設定できますから。」との言葉。(良い店員さんと巡り会えた~)暖かく心強い言葉が本当にうれしかった。その後、諸事情でA電器店では購入できなかったけれど、次に何か家電を買うときには絶対そこでと思っている。


 さて、買ったパソコンのまずはセットアップ。添付のマニュアルと手引書を見ながら、書かれていることと少々違う画面にドキドキしながらも、なんとか終了。次はネットへの接続だけれど、事情を知った息子が帰った時に教えてくれるというので、一緒にやってもらうことにした。

 そして、お正月。息子夫婦の助け(というか全面サポート)で、ネット接続もメール設定も無事完了した。ネットのホームページもアプリも使いやすいようにとそのまま前のパソコンと同じようにしてくれ、設定しながら、今まで知らなかった暗証番号の確かめ方や簡単にモザイクを掛ける方法も教えてもらった。ふたりに感謝するばかり。


      悪戦苦闘中  鈴木千登世_f0371014_00222308.jpg                                

悪戦苦闘中  鈴木千登世_f0371014_00222847.jpg

  もう、チューリップが…        →       モザイク~!

 

こうして、新しいパソコンとの生活はスムーズに始まるはずだった。

 けれどというか、やはりというか、悪戦苦闘中である。


ネットで南の魚座のブログをお気に入りに登録しようと思うのに、ホームページの画面が微妙に違って、見つからない。以前だったら「コンピュータ」をクリックして開くとUSBの内容をすぐに呼び出せたのに、「コンピュータ」がどこにあるかわからない。メールの住所録はどこ等々、細かいことは他にもいっぱい……。


今日もブログのためにスマホから写真を送ったのに、メールが届かない。あちこち探っているうちにやっと届いたけれど、あまりに遅いので、起動しているパソコンに新たなメールが届く(表示される)のには何か手順が必要なのかも。

 

トラブルの度に検索を使ったり、あれこれ試したりして格闘する日々。以前のように使えるようになるまで、まだしばらくかかりそうだけれど、新しく知ることも多い。老化防止のひとつと思って楽しみながらがんばるしかないようだ。


    メッセージのつと現れ「コウシンセヨ」「更新セヨ」とパソコンが急く 


by minaminouozafk | 2020-01-23 06:30 | Comments(8)

 

 昨年の11月、COCOONの会(顧問・小島ゆかりさん、発行人・大松達知さん)はおもしろいことを始めようとしてた。短歌とTwitterの相性のよさに注目し、COCOONbotを作成しようということになったのである。



 まず、COCOONメールにおいて、そもそも「bot」とは何ぞやから説明がされた。これは、「bot」の語に、?マークの散乱しているアリカワタイプへの配慮である。かたじけない。



 この企画を取りまとめてくれたのは、COCOON誌上昆虫館の館長である白川ユウコさん。この方面にもすぐれて通じている。アカウントをとったり、歌を集めたり選んだり、みんなの意見を聞いたり、その動きは実にすみやかだった。校正は、いつものCOCOON原稿と同じように全員参加型。



 その結果の「COCOON短歌bot」が、昨年1227日から公開されている。




COCOON短歌bot  有川知津子_f0371014_22495099.jpg



 ぜひ @bot_cocoon で検索を!



 目下、「COCOONIssue1~13の中から、一人2首が登録され、3時間ごとに1首ずつ、自動的に現われるようになっている。ただし、夜間はお休み。



 みんなの作品はどれも知っているものばかりなのに、一首一首、ほら、と掌に載せられると、それまでになかった風景が見えたり音が聞こえたりする。



風向きがさうなのでせう北の窓をほそく開ければ潮(うしほ)のにほひ



COCOON短歌bot  有川知津子_f0371014_22473857.jpg


by minaminouozafk | 2020-01-22 06:16 | Comments(7)