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ひなもん  鈴木千登世

24日は支部歌会だった。会場のふるさと伝承センターへ着くといつもよりにぎわっている。「大殿ひなさんぽ」という、竪小路周辺のお店やあちこちでお雛様が見られる催しがあって、ふるさと伝承センターでは阿知須の「ひなもん」が飾られていたのだ。


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「ひなもん」…どこかで聞いたようなと思われるのももっともで、柳川市の「さげもん」をお手本として山口県の阿知須地区で手作りされている吊るし雛で、町おこしのために始まったもの。この時期阿知須でも「ひなもんまつり」が開かれてる。古い着物を縫い直して作った花やお人形などいろんな種類の吊し飾りは、「ひなまつり」と「さげもん」をかけて「ひなもん」と名付けられたという。

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        ひとつひとつは小さな飾りだけれど、まとめて吊り下げられると壮観。


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               やはり、山口にはふくが欠かせない?


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「まつ毛がいいでしょ」と担当の方。


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お雛さまの前には、ふとんに眠る赤ちゃんも。ああ。


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時を経たお雛様も飾られていた。


歌会の前だったので慌ただしく見ることしかできなくて、心残りだった。この時期竪小路はまちなかがギャラリーとなっている。来年はもう少しゆっくり「ひなさんぽ」したいなぁ。



わつと春が押し寄せてくるよろこびのひなもん垂るる町の如月





by minaminouozafk | 2019-02-28 05:44 | Comments(7)


 みなさんは、ボールに空気を入れるハンドポンプは何色をお使いだろうか。



 私は黒を使っている。


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 以前、Gが「いっしょにたのんどくよ~、何色にする?」というから、「海の色にしといて」と返事したことがあった。



 少しすると、ほうらよっ、と写真のポンプを渡された。

 パンフレットにあったのは、たしか、青と緑と濃桃の三色だったはず。黒はなかったぞ。



 こちらとしては、白はないのか、ならば青で、と思ったかんじだった。

 それで、ほうらよっ、と放られた黒にしばらく竦んだが、思考はどうにかツジツマを合わせようと奮闘した。そうか、にとって、「海の色」=「黒」。で、わざわざ「黒」を手配してくれたんだ、というふうに――。



 で、無い色を言いよって~、めんどくさいやっちゃと思ったかもしれない。



 その後、黒のポンプの話も海の色の話もしていないから、ほんとうのところは何も分からない。



 っま、そういうワケで手を伸ばせばとどくところに、コレがあるのである。


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  行きてあふ雪の降る日の日本海うばたまのくらきおもてをひらく



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by minaminouozafk | 2019-02-27 06:14 | Comments(7)

指輪物語  藤野早苗

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大学の後期試験中で成人式には出席できなかった娘。春休みで帰省している間に撮影だけはすることにした(それについては別ブログに)。

https://sacfafk.exblog.jp/27451502/


 一時間足らずの撮影のために、本当にたくさんの方々のお力添えをいただいた。この子の辿ってきた道はけっして平坦なものではなかったけれど、その途上で出会った方々の温かさに救われたことをあらためて実感した。ありがたいことである。


 娘が成人したら贈ろうと思っていたものがあった。

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 義母マツコが義父ヒロシから贈られた指輪である。義母は生前、「この指輪は早苗さんに譲るからね。」と言ってくれていた。ふっくらしたカボションカットのエメラルド。その周囲を花びらのようにメレダイヤが囲んでいる。その華奢なデザインはピアノを弾く義母の細い指には本当によく似合った。義母の心遣いはとても嬉しかったが、残念なことにその指輪は私のずんぐりした指には似合わなかった。義母の形見分けで私のところにやってきた指輪であったが、以来九年間、一度も使ったことはない。私より似合う人間がいるからだ。


 娘は私に似ているとよく言われるのだが、実は父親似。というか、父方の祖母似。つまり義母にそっくりなのだ。全体に小柄で華奢な作りでベビーフェイス、服装のセンスも独特だ。実際、義母と娘はとても気が合った。息子二人で、娘がいなかった義母は女孫の誕生をとても喜んで、たいそう可愛がってくれた。私に叱られたときも義母に慰められるとたちまち機嫌が直り、二人で楽し気に遊んでいるのだった。


 多分、この指輪は持ち主を自分で選んだのだろう。それは私ではなかった。朱赤の絞りの振袖の差し色が伊達襟、帯揚げ、帯締めの緑であったことは偶然ではなかったのだ。着付けが終わったとき、ああ、やはりあの指輪は今日、娘の指を飾りたいのだなとわかった。ケースから取り出して娘の指に差した途端、指輪はしっくりその場所に馴染んだのだった。


 娘を愛してくれた義母の形代でもあるこの指輪。きっと娘の今後を守ってくれることだろう。



  わたくしをとばして吾子へ受け継がる翠かがやく義母の指輪は

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by minaminouozafk | 2019-02-26 02:14 | Comments(8)


古い教室のようなレトロなカフェ。

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メニューはクロックムッシュとたまごサンドだけ。

カウンターには焼き上がったばかりの長い食パン。籠には焼き菓子がいろいろ。

悩んでいたら、「ごめんなさい。ランチプレート売り切れです。たまごサンドだけですが」

今日のランチプレートはクロックムッシュと言うことらしい。「では、たまごサンドを」


小さなお店だが先客は7~8人。ちょっとお待たせします。シネマクロールでの映画のかえり。今月はレバノンのささいな口論から法廷争いになったヒューマンドラマ。感動のエンディングでちょっとハイテンションな2人に待ち時間はちょうどいい。


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カウンターでは丁寧に豆を挽いて一杯ずつ珈琲をいれている。時々食パンを買いに来た人の接客も。ついたての向こうでもう一人が忙しそうだ。

「たいへんお待たせしました」



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かなり厚めの食パンにたっぷりの卵。耳もついたままだ。カフェの前までただよっていたパンの焼ける幸せな匂い。手に持つと本当にふわっふわっ。口のなかでもふわっふわっ。耳もふわっふわっ。中身のたっぷりの卵も優しい味、優しい黄色でふわっふわっ。さっきまであったカウンターの食パンが失くなっている。たぶんあの食パン。


春色のふわっふわっのたまごサンドはしあわせのサンドイッチでした。テーブルのミモザの花もきれい。そろそろ春本番。



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ふわふわのたまごサンドの耳を食ぶやはらかきこゑ天降る夕ぐれ







by minaminouozafk | 2019-02-25 07:18 | Comments(7)


 毎年、夫の誕生日前後に誕生日祝いの旅行をする。今年は2泊3日1機中泊とあわただしい日程でシンガポールに行った。
 春節の終わりがけだったので観光客が多い。 今年の干支は日本では猪だが東南アジアや中国では豚になる。空港や街角でたびたび豚の飾りに出会った。まるまる太った豚の飾りがにっこり笑いかけてくるのが思いのほか可愛らしい。


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 十二支という発想はもともと日本のものではない。中国の殷の時代に甲骨文では十干と組あわせて日付を記録するのに利用されていたとある。本家は中国なのだから、本来は豚なのだろう。日本に伝わる時点で猪になったのには養豚の歴史と関係があるようだ。
 


二世紀ころまでは、日本でも朝鮮半島経由で入って来た豚や、猪が食べられ、豚も飼育されていたという。しかし仏教伝来以降、獣の肉を食べることが禁忌とされ養豚も衰退し、豚が日本には居なかったので干支の豚が猪になったというのが、その真相らしい。

 日本人のわたしには豚年はいささか違和感があるのだけど、中国や東南アジアの国々ではそれが普通で、猪年の日本のほうが特異なのだった。

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豚の飾りや、リボンに飾られた金柑の鉢植えでにぎやかな街から戻ったらホテルのベッドの上にタオルの小さな豚が置かれていた。( あ、ここにも春節! )

        

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 しかし翌日はなぜか、ベッド上でタオルの蟹が私達を待っていた。



             

            豚年の春節のまちを歩きつつたびたび出会ふ豚の笑顔に













by minaminouozafk | 2019-02-24 07:00 | Comments(7)

 おとといの木曜日、天神まで出かける用があったのだが、この日はとても暖かかった。冬に着ていたファーの襟のジャケットはもさもさするし、ダウンのコートはかさばるしと思って一重のコートで出かけることにした。バスの中も暖房なしでも暖かく、差し込む日差しも柔らかだった。少しうきうきしていた。

 そして信号で止まった時に、ふと見た隣りのレーンの車のナンバープレートに、そのうきうき感はいっそう高くなった。ナンバープレートに刻まれていたのは<ふ・・・7>!!そりゃあ、うきうきしますよね!だって、「ふふふふ7」ですもの。


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<ご近所の庭の夏みかん>


 ふっくら、ふんわり、ふくふくの春。フラワーだって「ふ」ではじまる。

ん?でも、ふわふわ、ふぁーくしょんも「ふ」ではじまる。そうか、花粉症の夫の春は昨日から「ふぁーくしょん」ではじまった。


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   ふくふくとふくらむ春がはじまつて猫ふんわりとひなたにまろぶ


by minaminouozafk | 2019-02-23 00:25 | Comments(8)

 昨年7月13日のブログでも紹介した、福岡の若きホープ山下翔さんの新しい詠草集が届いた。

47頁からなる旅の記録を、行く先々ごと20箇所に分け、各15首と1頁ごとにエッセイを載せる。

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キャラバンと名付けた四回目の今回の始まりは「福岡、九州のそとの人と短歌のはなしをしたい、とおもった」と書かれる。一週間の旅で、300首。一年前、第三回目のキャラバンは西日本新聞でのご自身のエッセイ「随筆喫茶」によると、5日間の旅で800首を自らに課して読んだと書かれていたので、多作の作者であり、努力の人なのだと思う。

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縮小で判りづらいが、表紙のラインと目次の地名をつなぐラインは線路をかたどってシンプルながらも旅心をそそられる。前回同様「青春18きっぷ」を駆使しての、ほぼ観光なしの各地での歌会、宴会による歌人たちとの交流を広げる旅なのである。各地での作品から数首挙げる。

(福岡)水風呂にみづの芯あるごときかな秋のはじめの旅のあしたは

(仙台)今さら来たつておそいのだけど見ておかむこの川岸のしろき堤防

(東北本線)やはらかに雨降り出づる午後なればひかりはこもる新白河に

(両毛線)足利を過ぎつつ日暮れさくら葉のもみぢする頃また通りたし

(伊勢崎)牧水の身のおとろふる有様を歌集に読めばさみしきものを

(高崎)一杯の〈香る〉エールがよびさます記憶のこともたのしきろかも

(大宮)人工のこゑと生なる声とああうちかさなりて駅はひびくも

(神保町)目黒からくだれば渋谷だから谷、だからの声のすみとほるよし

(鎌倉)秋の日のとほき居眠りバスの席に母が閉ぢたるまぶたまばゆし

(静岡)ききかへすきみのことばのひとつひとつが波のごとしよわれはぬれつつ

(天満橋)旅の夜の果ての大阪ぬれながらみづに芯ある秋と思へり

 「みづの芯」で始まり「みづに芯」で終る一連はこの「に」により到達点を示された思いが湧く。

旅先を叙景で終らせない豊かな詠みで、過ぎ去ってゆく再会する人々との交流は温かくも寂しさを伴って詠まれる。

旧仮名表記でありながら、つぶやきのような平明な言葉の中に古典も取り入れる。するりと腑に落ちて心地良い。常日頃の研鑚もさることながら自然体な山下の人柄もあるのだろう。持参した牧水の歌集を詠む歌もあり、旅と酒を愛し各所で歌を詠み飲んだ牧水と山下が重なってくる。

所持金がだんだん減ってコインランドリーでの乾燥も生乾きのまま部屋干しにし、穴の開いたサンダルで旅を続ける。そしてついに現金が尽き、クレジットカードでメンチカツを買う恥ずかしさ、文学フリマで歌集が売れて得たお金で昼食のバーガーを食べる歌など、等身大の山下が臆面もなく、自然に詠みこまれる。こんな歌もある。

『温泉』は苦しい歌集と言はれたり苦しいところが現実ならむ

エッセイにも、歌に対する思いが真摯に綴られ、第一歌集『温泉』(藤野早苗さんが「灯船」に歌集評をかかれたので、ご参考にしてください)での歌を詠む苦しみのなかで「うたが苦しみをやわらげることもある」と書かれていたことに安堵するのであった。

 山下翔さんは昨年の「短歌フェスタ」に引き続き、(昨年518日のブログでその様子を紹介しています)今年の5月12日開催の第2回目にも、シンポジュウムのパネラー、歌会の選者として参加してくださる。

現代短歌社賞に2年連続次席となった作品を核とした第一歌集『温泉』で第44回現代歌人集会賞を受賞されて一回り大きくなった(この旅で体重も増えたとあったが……)山下翔さんが、どんな発信をしてくださるのか今から楽しみである。お一人でも多くの方の参加をお待ちしています。

詳細は「福岡短歌フェスタ2019」で検索を。参加申し込みもサイトから出来ます。

       きみの笑顔を思ひうかべて待つてゐる五月まばゆきひかりのときを


by minaminouozafk | 2019-02-22 07:03 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

米子市の水鳥公園にナベヅルが飛来しているとニュースが伝えていた。山陰では数年に1回程度ナベヅルが確認されるという。


ナベヅルは、体長はおよそ1メートルで羽が黒く首のまわりが白いのが特徴。中国やロシアで繁殖し、冬になると南下して日本に渡ってくる。


本州では山口県の八代が越冬地。以前同僚に八代の方がおられて、ツルの保護のお話をうかがったことがある。飛来数が年々減少していて、今年は現在7羽が確認されている。鹿児島の出水市には約1万5千羽が飛来(H29)して越冬する。世界中の生息数の8割というから驚き。



その昔ツルは全国各地で越冬していて、万葉集にはツルの古名の「たづ」の歌が46首詠まれている。内陸の八代から南へ、瀬戸内海に沿う熊毛の浦でも遣新羅使節の一人の詠んだ1首が残されている。歌の中の可良(韓)の浦は不明と聞いていたけれど、2年前に近くを通った時、偶然この歌碑を見つけ写真に収めていた。


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沖辺より潮満ち来らし可良の浦にあさりする鶴鳴きて騒きぬ 

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碑文には、


「天平八年六月(736年)、遣新羅使、阿部継麻呂の一行が当時、可良の浦といった尾国湾に船泊りしたことが、萬葉集第十五に四首の作歌とともに記録されている。可良の浦は、千三百年の昔も、長い船旅の途中における、風待ち、潮待ち、補給、給水のできるよい港であったことが、今日の地形や遺跡からも推測できる。〈以下略〉」

とある。


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歌碑の近くから見た瀬戸内海。砂浜がゆるやかに続き、海は穏やかだった。ここに鶴たちは群れて餌を食んでいたのだろうか。

船の行き交った往時を想像する。遣新羅使一行はこのあと周防灘を通り筑紫舘(福岡)に到った後、新羅へと向かう予定であったが、佐波の海()で暴風にあって漂流し豊前国下毛郡分間浦(大分県中津付近)に漂着している。そして、その後も多くの苦に苛まれている。



大君の命畏み大船の行きのまにまに宿りするかも   雪宅麻呂
 (大王の御命令のままに大船の行くのにまかせて旅寝をすることよ)
                                    <巻15 3644

当時の、命がけの旅が偲ばれる。


田鶴をらぬ海光の町を行き過ぎぬいしぶみと海をカメラにしまひ



















by minaminouozafk | 2019-02-21 06:00 | Comments(6)


 14日の福岡タワーは、バレンタインイルミネーションだった。



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わかるかなあ。♡マークなの。古式ゆかしい電話のカメラ機能では、これでもよく写ったほう。見上げながら、こんな歌を思い出していた。



両国の一ぜんめし屋でわかれたるそののち恋し伯林の茂吉   白秋



好きな歌である。



 茂吉はこの歌をどんな気持ちで読んだかと、ときどき考える。白秋がこの歌を詠んだころ、二人(白秋と茂吉)の蜜月時代は、もう過ぎ去っていた。



 25日、もうすぐ茂吉の忌がめぐってくる。




  くれなゐの胡頽子を恋ほしみかぞへたる茂吉の歌ののこる静けし



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by minaminouozafk | 2019-02-20 04:25 | Comments(7)

春の猫   藤野早苗

 ベッドの足元がなんだか重い。特に目覚まし時計を必要としない私の生活。朝を告げてくれるのは二匹の猫たちだ。私のベッドに上がり込み、そろそろご飯じゃありませんかねえと言い、爪を仕舞い込んだやわらかな肉球で顔に触れる。宵っ張りの私は猫たちが起こす時間にはなかなか起きられず、しばらくは寝たまま彼らの要求を聞き流す。そうしているうちに二匹は催促に疲れ、私の布団の足元で一休みするというわけだ。

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 そろそろ起きてやらなければ……。そう思って足元を確かめると、カーテンから漏れる朝の陽が猫たちに差している。

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 ああ、春が来たんだ。猫時計は正確で、一年中ほぼ同じ時間に起こされる。ちょっと前までは、寝坊の私がようやく意を決して起き上がるときもまだ暗かった。でも今朝の日差しの明るさはもう春のものだ。光の中で眠る猫はとても暖かそうで、ふくふくとした毛並みに触れようと手を伸ばすと、気配を察知した彼らにたちまちご飯コールをくらってしまう。


 はい、はい、わかりましたよ。

 ご飯ですね。


 まだ眠い目をこすりながら布団を出る。ああ、また猫さまの下僕としての一日が始まるのだ。


   春の陽にあたためられてぶるぶるる 猫エンジンは全開である


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一冬かけて色づいた苺。

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ようやく新芽をつけた薔薇。




by minaminouozafk | 2019-02-19 01:23 | Comments(7)