簡単甘露煮  栗山由利

 12月も半分を過ぎた。街に流れるクリスマスミュージックが、焦る気持ちになおさら拍車をかける。今日も昨日に続いてお料理の話題です。

 おせち料理は蒲鉾などの練物以外は、一応手作りを心がけている。作るものは毎年同じものだが、そろそろ材料のリストアップと買い物の予定をたてなければならない。数の子、黒豆、ごまめと代わり映えのしない定番のものばかりだが、割と好評なのが金柑の甘露煮だ。好評な割には作り方は簡単なのでご紹介しようと思う。


〈材料のめやす

     金柑  500グラム

     焼酎  400CC(私は25度を使います)

     上白糖 250グラム


〈作り方〉① 金柑を洗ってヘタをとる。水気は残らないように切る。


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     ② 包丁の刃元のあごを使って、5、6ミリ間隔で放射状に切れ込みをいれる。


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     ③ フルーツフォークの先などを使い種をとりだす。


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     ④ ホーローかステンレスの鍋に焼酎と水気をよく切った金柑を入れて、落し蓋をして弱火で40分炊く。


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     ⑤ 上白糖を加えて、さらに30から40分炊く。


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<これくらいの色になるまで炊く>


 このレシピを手に入れるまで、母は料理の本やテレビの料理番組で会得した方法でいろいろと試していたが、火にかけても目が離せずその出来上がりも一定ではなかった。ある年

いつものように年末に実家に帰っておせち料理の手伝いをしていると、母が今年はこれでやってみるからと言って、紙切れのメモを出してきた。それがこのレシピだ。それ以来、金柑の甘露煮は毎年同じように仕上がっている。

 初めての時は焼酎だけで炊くなんてと思ったが、アルコール分は完全に抜けているので下戸の夫でも大丈夫だ。昨日の早苗さんのコメントに生姜を焼酎でとあったが、同じようなものかもしれない。

 金柑の甘露煮に苦心している方がいらっしゃったら、このレシピをお試しください。


   南国のぬくみをぎうとつめこんだ金柑ばうやにあへる年の瀬


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by minaminouozafk | 2018-12-15 11:05 | Comments(3)

冬の野菜  大野英子

里芋と大根と柚子をいただいた。

芋類は最近買ってない、大根も普段は大根おろしのみ。
せっかくストーブも出ているので、コトコト煮込んだ。

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柚子は皮ごとすり下ろし、味噌とオリゴ糖は弱火で練り込み、火を止めてから果汁と共に合わせる。みりんがないのでとろみが出ないが、風味は上々。

里芋は鶏そぼろあんかけ。細かく切って出汁を取った昆布も一緒に。
色味が乏しいので小松菜も添えて。
小松菜は、炒めて良し、煮て良し、何にでも使える名脇役で欠かせない食材。
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みなさんには普通の料理だろうが、自分一人のためには普段は作らないもの。いただきものは丁寧に料理しなければと張りきってしまう。

代わり映えのしない毎日を少し豊かにしてくれた。感謝。

もう一つ。
アクロス一階フロアの熊本物産展で販売していた生姜糖もいただく。
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甘いものは苦手だが、無添加でスライスした生姜とてんさい糖を煮詰めただけで、甘さより生姜本来のぴりぴり感が気に入って、自分でも購入。紅茶に入れると砂糖が流れ落ちて、スライスした生姜がひらりと登場!これも料理に活かせそう。

        皮を剝く刻む合はせる火にかける水躍り火沸き楽しく料る


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by minaminouozafk | 2018-12-14 07:14 | Comments(5)



 大会の様子や担当の方のご尽力は12月10日のななみさんの記事に詳しく紹介されたので、今回は主に入賞作品についてご紹介します。


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 香川氏の講演の後は児童生徒の部の表彰式が行われた。今年は昨年より85首多い1605首の応募があった。校種別の1位作品を紹介すると


中学校の部1位 山口県知事賞

夏シャツのたなびくすそを直しつつきしむペダルをふみしめてゆく   北川 律歩


小学校の部1位 山口県議会議長賞

風を斬り稲穂なびかせSLが走って行くよ今日は祝日    西村 壮悟


高校の部1位 日本歌人クラブ会長賞

帰り道君の一歩は大きくて振り向く君が私の名を呼ぶ   櫃田 美月


 表彰式には、保護者の方も出席されるので、会場が一気に賑やかになる。小さな弟君や妹さんの姿もほほえましい。今年も出前講座として短歌の授業が行われた学校があって、小学校の部の1位はその時の作品。出前講座は短歌の魅力を伝えるよい機会であり、次の世代に短歌を伝える有効な手段だと感じた。
 俳句甲子園で有名な松山市は若い世代に俳句を広めるために市を上げて取り組んでいる。俳句の派遣事業が行われていて市役所の職員と若い俳句の実作者が高校に出前講座に訪れるのだ。最初に俳句の実作をして、その後に俳句甲子園のようにチームに分かれて論戦を体験する。審査員も設けられ、本番のようにジャッジも行われる。生徒が句作を楽しみ、どんどん上達するのが側でありありとわかる。短歌でもこんな体験ができると裾野が広がると思う。



 昼食休憩をはさんで、午後は一般の部の歌会と表彰式。歌会は入賞作品を中心にして各選者が講評を述べてゆく形で進められた。作品集には選者の選んだ作品については講評も載っている。選評を書く選者の方は大変だけれど、参加者にとっては後からでも選評が確かめられるのでとてもうれしい内容だ。


山口県知事賞

三百のてるてる坊主をぶら下げて菜の花祭りを子らは待ちをり      萩原 克則


山口県議会議長賞

父よりの軍事郵便よみかへす我に父なき七十三年      正木 紀子


日本歌人クラブ会長賞

天水の注ぎ込まれて峡の田は雲をあづかる生け簀となりぬ       藤井 重行


 思わず微笑んだのがこの作品


山口県教育委員会教育長賞

駅のホームにパパーと叫び飛びつく児パパではないが少しこそばゆし      山口 建


 小さな子どもの声が聞こえてくるよう。作者の面映ゆい思いやパパではないと分かった後の親子の様子も想像されて明るく楽しい作品だと感じた。今回は作者からの自作紹介があって、若い作者を想像していたら、年配の男の方がユーモアたっぷりに間違われた時の状況を語られ、会場は爆笑に包まれた。ななみさんの報告にもあったように和気あいあいの楽しいひととき。課題はあるけれど、大会の継続を願ってやまない。



 大会が終わった後はコスモスの世良弘美さんのお誘いで、高崎淳子さんと三人で天満宮茶室の芳松庵を訪れた。門をくぐるとそこは別世界で、散り紅葉の美しさにため息。短い時間だったけれど抹茶をいただいて至福のひとときを過ごした。


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水面に散り散るもみぢ散りもみぢ真鯉を撫でるてのひら無数




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by minaminouozafk | 2018-12-13 06:00 | 歌会・大会覚書 | Comments(6)


 「バレル・コレクション」展に行ってきた。



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 福岡展は先日終わった。でも、これは巡回展。これから、愛媛、東京、静岡、広島の順でまわる。もうしばらく日本で多くの人の目に触れることになるだろう。



バレルというのは人の名前。産業革命期に英国随一の海港都市として栄えたグラスゴーに生まれ、海運業により莫大な財を築いた海運王ウィリアム・バレルその人である。



「印象派への旅 海運王の夢」という題をもつこのコレクション展、ゴッホもセザンヌもルノワールも来ていたけれど、なんといっても、アンリ・ファンタン=ラトゥールだった。



ファンタン=ラトゥールの《春の花》というタイトルの絵がとても懐かしかった。そう感じたのは、過去にこの絵を見たことがあるから、というのではない。たぶんはじめて――。



けれども、とても懐かしかったのだ。



冬から春にうつるころ、うちでは、ほんとうにこんな感じに水仙が活けられた。母が摘んでくることがいちばん多かったと思う。その次は弟で、その次も弟で、その次がわたしか父だった。祖母は誰が摘んできても、同じように、いい匂いねえ、と言った。



いい匂いねえ――



あまりに懐かしいので、このアンリ・ファンタン=ラトゥールの一枚を三枚も買った。



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 極月の箱の底より出で来たるフロッピーディスク一枚しづか



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by minaminouozafk | 2018-12-12 06:32 | Comments(6)

ブログ記念日27

 二週間くらい前になるのだろうか、丸善ギャラリーで北欧のクリスマス雑貨マーケットを開催していた。充実してはいるものの、あまりの忙しさに疲弊していた私はついふらふらと会場に入ってしまったのだが、瞬間「あらっ?」と驚いた。そこにはどう見てもスタッフとしか思えないお二方が値札付けをしたり、販売用の北欧産の布を切り分けたりしていたからだ。「え、まだ開店ではなかったのかしら?」怪訝な顔であっただろう私に頓着することなく、作業を続けるお二人。まあ、いいか、と展示会場内所狭しと置かれた北欧雑貨を堪能。どれもみなほっこりと暖かい。

 新品ももちろんあるが、味わい深いのは圧倒的にアンティーク。中には今となっては珍しい刺し子のタペストリーがあり、しかも信じられないくらい安い。あまりにも驚愕してしまったので、その訳を聞くと、50年以上前、北欧のおばあちゃんたちが冬の手仕事で自分たちのために作った品々が今、代替わりするタイミングで若い世代の人々から放出されているのだそう。それを残念に思ったオーナー(現地在住の日本人女性)がそうした品を買い集めて、価値を理解してくれる方々にお分けしたいと思ったのが、この仕事を始めたきっかけとのこと。なるほどなあ。往復の旅費とか、送料とか考えたらこの価格では利益は見込めないはずだ。商売として考えた場合、この企画展の評価はなかなかリスキーである。

 でもこの人の幸せそうな表情はなぜなのだろう。人生の豊かさを信じているこの安らかさは何なのか。その秘密を知りたくて、つい件のタペストリーを買ってしまった。その日からなんだか居間が暖かい。


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件の刺し子のタペストリー。
細かな細かな手仕事です。


 みなさまのおかげをもちまして、「南の魚座 福岡短歌日乗」、27回目のブログ記念日を迎えることができました。2018年、もうすぐ終わりますが、当ブログはまだまだ続きます。今後ともよろしくお願い申し上げます。



山霊のこゑ   藤野早苗

切支丹でうすの魔法 女子高生が西鉄電車で公彦に遇ふ

レコジャケの裏なる小さきクレジット NO synthesizers 女王の誇り

秋深む宇津ノ谷峠たづねきてうつつにぞ会ふ山霊のこゑ

宮仕へかこつ日記をものしたるうたびと明き月仰ぎけん

めくる手の時に加速し停滞し『明月記を読む』未読了なり


見えぬもの   鈴木千登世

手をつなぎ園に入りゆく二人子のちひさき決意秘めたる背中

うつすらと色づき一気に変わる葉の紅葉が照らすこの世さゐさゐ

蔦の道歩くを思ひ週末を思ひ仕事の日々暮らす

少しづつ目鼻のちがふ雛たちがほのほのと笑む微笑(みしょう)曼荼羅

ぼんやりと見ているだけでは見えぬもの冬の海へと参道は伸ぶ


銀貨   有川知津子

コスモスの花のあはひを(くだ)りゆけりときをりせせり蝶を立たせて

人形にひとみ点ずるたまゆらの記録遺りぬ国宝なれば  *「鹿児島寿蔵の人形と短歌」展

祈りとは灯をともすことともしびに暗くかがやく当麻曼荼羅  *特別展「浄土九州」

すなはまにうづもれてゐる秋の壜ひとの伝言いづこへゆきし

敷石にささる銀貨に入りゆきいのちは羽根をうごかしはじむ


母のほほゑみ   大野英子

蚊が住みて汚れちまつたわが視界羽音せぬこと良しとうべなふ

錦秋(きんしう)の深まる山路をひとびとの孤独を乗せてゆく墓地のバス

わたくしを抱くやうなる四つ塚の冬の陽ざしは母のほほゑみ

初冬の陽のぬくとさにふふみたりイヌマキの実と冬苺の実

傘寿すぎし夫婦が育て摘むといふ山肌を這ひ昇るみかん園


いちやう落ち葉   栗山由利

平積みの本よりゆかし店奥の書棚にならぶ文字のつぶやき

ぐぐぐつと押し込んできた白黒の鉢われ猫が胸に住みつく

いつぴきがくわはりかはる関係をたのしむ私もかはれるだらう

煽られていちやう落ち葉が道わたる人を追ひこす師走の風に

舗道脇に散りしくいちやう落ち葉踏み足につたはるあたたかさ聴く


一反木綿   大西晶子

日本の山野やせたり月の夜に遠吠えをするおほかみ失せて

貼り換えのすみたる障子しらじらし子と孫去りし部屋に陽のさし

風にのりアラビアへ飛べ置き去りにされて寂しき一反木綿

母の住む博多に帰省するたびに寿蔵を迎へきあかつちの山

鍵盤をはしる手待ちつつねむりゐん博物館のピアノの無音


ほんの一片   百留ななみ
ブルーシートが黄金(きん)の公孫樹の背景なり日田彦山線の代行タクシー
蒼空の碍子の白のきらきらし知つてることはほんの一片
赤も黄も黒も晴れやかモロッコの香月泰男の砂子のひかり
モドキとは似て非なるものちちちちちクダマキモドキは控へめに鳴く
駅までのてんじんさまのほそみちは休日なれど人影まばら


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by minaminouozafk | 2018-12-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(7)


先日ちーさまが報告されたように、今年の山口県短歌大会は122日防府天満宮参集殿で開催され無事終了した。


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防府天満宮 参集殿



 どこの県でも少なからず同じと思うが、山口県でも県大会の継続が大変になってきている。山口県ではここ数年は開催地区をまず決めて、その地区の理事を中心に日時、会場、作品募集、講師のお願い、賞状制作、作品集発送などをしてきた。


 一昨年の下関の大会では森重先生のピンチヒッターとして香臈人のメンバーに助けてもらいなんとか乗り切った。本当に感謝です。まず市との交渉から、印刷所探しも相見積もりをとってからのはじまり。


 郵送の作品を受け取っての入力事務が大変との反省で、昨年から作品の送付先は担当地区以外のボランティアの方にお願いしている。少しずつスリム化を図ろうとしている。


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今年の防府天満宮での開催は県歌人協会会長が宮司さんという繋がり、12月となったのは、11月末の御神幸祭が終わってからとの天満宮からの要望による。そして今までの大会のようにその地区任せではなく会長、事務局を中心に大会の準備をすすめ当日をむかえた。理事もスタッフとして出来ることを手伝う事となった。小春日和のお天気も応援してくれている。


会場に着くとまたまた力強い応援、笑顔のちーさまが手を振ってくださる。お仕事が落ちつかれたら、ぜひ理事でヘルプしてください。そして今年から理事を快諾していただいた大学の先輩、かりんの高崎淳子さんも来てくださった。横浜から山口に帰ってこられたばかりだ。お会いできてうれしい。この歳になって山口大学国語国分研究室でしみじみよかった。ほんとうに不思議なありがたいご縁です。


 ちーさまの詳しい報告のように佐藤佐太郎の作品世界についての講演を拝聴し、午前の部は児童・生徒の部の表彰式で終了。付き添いの父兄の方も多く、若いパワーをしっかり充電。


 
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 午後の歌会。講師の香川哲三先生をはじめ選者のていねいな批評が続く。


 その後ちょっと余った時間。司会の機転で知事賞をはじめ優秀賞の参加者にひとりひとり作品についての思いを語っていただいた。一首に込められた作者のこころが沁み沁みと届いた。短歌っていいなぁ。みなさま良い笑顔で作品の背景、本当は・・・のコメントもあり、和気あいあいの楽しいひとときだった。



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 椅子や机を片付け終え、なんとかなると思った。控室もないし、受付場所も広くない。できればエレベーターがあってトイレが広い会場がいい・・・。でも天神さまに見守られているのは心強い。


 そういえば先週の水曜日5日は3か月に一回の半月の会の勉強会だった。このたびで5回目。下関で県大会を引き受けたときに助けていただいたメンバー5人ではじめた会だ。大会終了直後はみんな疲れ切っていたが、数カ月後のランチのときに発足。1年以上経つが、ランチからはじまり夕方遅くまでの歌会をみんな楽しみにしている。大会を引き受けるのはたいへんだったが、こんなに素敵な副産物。


さくらの老木は冬空に芽鱗をむけている。冬のあとのちいさな春のあしおと。


秋の日暮れは早い。駅にむかう天神さまのまっすぐな細道。

高崎先輩とコスモスの仲間とご一緒させていただいた大切な15分でした。



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駅までのてんじんさまのほそみちは休日なれど人影まばら












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by minaminouozafk | 2018-12-10 07:16 | Comments(7)


最近、親類の祝事で浜松に行く機会があった。浜松は浜名湖の鰻やヤマハのビアノで名前はよく知っているが、行ったのは今回が初めて。

浜松駅のちかくに浜松市楽器博物館があると知り、帰途に寄ってみた。浜松駅から動く歩道が付いた、建物をつなぐ廊下のような道を5百メートルほど行くと博物館に入ることができた。博物館の入場料は800円(中学生以下と70歳以上は無料)。無料の音声ガイドも借りる。

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入館したら、「すぐにトークショーが始まる」と博物館のスタッフに言われ、鍵盤楽器の展示室に行く。広い場所に鍵盤楽器(グランドピアノのような物を想像して下さい)が70台も置かれている。ハープシコード(=チェンバロ)の仕組みと、特性を聞いた後で、短い演奏があった。

ピアノと同じように鍵盤があり鋼の線があるが、叩くのではなく、引っかくようにして音を出すのがよく分かる。引っかくのには鳥の羽根を爪のように削ったものが使われている。古い楽器の音は意外に重く、ざらっとした感じがするがある種みやびな趣もあって面白い。また一台で音色を変える工夫もあったりと興味深かかった。


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この博物館ではかなりの数の楽器のそばにヘッドフォンが置かれている。見た楽器の音を知りたくなったら、ヘッドフォンを着けボタンを押すとその楽器で演奏した曲が聴けるのだ。

例えばショパンがデビューコンサートに使い、気に入ってその後も一生使っていたというプレイエル社のピアノ。高音部の伸びや柔らかさ、透明感が増し、それまでのものに比べ繊細な演奏に適していたのが、ショパンがそのピアノを愛した理由だという。ヘッドフォンで聴けたのは「別れの曲」。

現在のピアノに比べると音が微妙に硬い感じがするが、ハープシコードなどに比べればはるかに柔らかく豊かな音だ。これがショパンが弾いた「別れの曲」の音色かと思うと胸にじわっと来るものがある。


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リストの超絶技巧に必要な早い連続音を可能にしたピアノというものもあった。

19世紀はピアノの改良が進んだ時代だったようだ。当時からアップライトピアノも作られるようになったらしい。面白かったのがジラフピアノ。アップライトピアノの上にハープのようなグランドピアノのフレーム部分をそのまま立てた形で、キリンに似ているからジラフピアノだとか。もともとはグランドピアノが自然発生の形で、コンパクトにするために工夫されたのがアップライトピアノなのだとよく分かった。音楽が貴族の邸宅で演奏されるだけではなく一般市民の間にも広がり、もっと狭い場所に置く必要がでてきたのだろう。


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弦楽器のコーナーにも面白い形の楽器があった。ほとんど棒のような細い楽器で、16世紀から18世紀に使われたキット。ヴァイオリンのように弓を使って演奏したらしい。ポケットに入れてダンス教師が運んだので、ポシェットと呼ぶそうだ。ダンスの先生は演奏しながら踊っていたのだろうか、

想像すると面白い。

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 それ以外にも本当にたくさんの楽器、さまざまな国や地区、時代の楽器が収納されていて、ひとつひとつの音を聴いていると全部を見るのには何回も行く必要がありそうだ。2時間の予定で行ったのだけど、それでもシンセサイザーや電子楽器の部屋は時間が足りず見られなかった。残念だったけれどまた行く機会がきっとあると信じて、その日を楽しみにしよう。

浜松では行った先々で、さりげない心遣いをして下さる方達に親切にして頂いたが、この楽器博物館でも足の悪い夫のためにトークショーのハープシコード演奏者の女性が無言で椅子を用意し座るようにすすめて下さった。浜松の人たちのこの優しさも、忘れられない思い出のひとつになった。


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      鍵盤をはしる手待ちつつ眠りゐん博物館の無音のピアノ





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by minaminouozafk | 2018-12-09 08:38 | Comments(6)

一夜にて  栗山由利

 異常気象が続く近年だが、今週は12月だというのに福岡では25度越えの夏日になった地域もあったという。ニュースでは街を半袖で歩く人たちも紹介されていた。

 ところが、昨日は12度を少しこえたほどの寒さで、マフラーを巻き手袋をしても足元からやってくる寒さは、当たり前と言えば当たり前なのだが真冬の寒さだった。駅前のホワイトイルミネーションも半袖Tシャツは似合わない。やはり肩をすぼめて眺めるほうが似合っている。


 家のそばを流れる那珂川の河川敷や川沿いの景色に、自然の移り変わりを感じているわが家であるが、二週間ほど前まではゆっさりと赤や黄色の葉をつけていた木々が、ひと晩のうちにその葉を払い落とし、すっかり冬の景色に変わってしまった。何年か前には元旦に九州では珍しい雪が降って、みごとな雪景色になったこともあった。


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 あらためてカレンダーを見ると今年も残すところ三週間となった。気のせいか、年が押し迫ってくるに連れて時間に加速度がついているのではないかと思うことがある。いや、そうではなくて私の仕事効率が年々落ちてきて、相対的に時間が早く過ぎているというのが正解だろう。


 そろそろ年末の仕事の予定をたてなければならない。買い物、掃除など一人でこなすことが次第にむつかしくなってきている。こればかりは『一夜にて』というわけにはいかない。



   煽られていちやう落ち葉が道わたる人を追ひこす師走の風


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by minaminouozafk | 2018-12-08 07:55 | Comments(6)

帯文に〈老境に入り生の意味をみつめ直す中、歌は生まれる。田を潤す水や野の花、蝶や虻などに心を通わせる日々。七十年に及ぶ作歌歴に鍛えあげられた自在な言葉と発想は独自の境地を開き、読者の胸を打つ。生きる喜びと悲しみを込めた第五歌集〉とあり、言い尽くされた感がある。

どうしても紹介したかったのは、帯文中の〈生の意味〉を多くの方と共有出来ればとの思いからである。
思えば、これまでも矢野京子さん、前田茅意子さん、と晩年を詠む歌集に深く心が惹かれた。

歌人としては、これからの若い作品も多く読み吸収して行かなければならないと思う。しかし、これから老後を迎える人間として、先達の「老後を生きる指針」といえば陳腐になるが、悲しみも苦しみも引っくるめた思いを受け止めて、糧にしたい。

そう思わせてくれる歌集なのである。

コスモス誌で田宮さんが紹介されているように、古屋さんは多摩時代から宮英子氏を先輩と仰ぎ共にコスモス創刊から参加、後年には選者も務められながら、群馬で代々農業を営まれていた。

頂いた年賀状には毎年、地元の野の花や海外旅行先でのスナップ、80歳の頃はスクーターに乗るお姿など、行動的なご様子が伝わって来た。

お若い頃の作品には
  農継ぐと決めたるおのれ寂しむに紺のモンペがいつか身に添ふ
  居直りて此処にわが生遂げなむかかぜにきしきし梁軋む家
                    第二歌集『虹の弧』
と、生まれ育った地で農業とともに生きる覚悟を詠まれていた。

示唆に富む作品から。
  〈明日では遅すぎる〉こと原稿の締め切り 命の締め切りもまた 
  要らぬことを見過ぎ聞きすぎ毎日の時間を無駄にしてはをらぬか
  鈴虫の縄張りいつか蟋蟀(こほろぎ)の域となりをり 草の陰濃し
  一ねんを一生として生き替はる〈草の時間〉は人よりも濃し
  美しき花をきそへる世よ続け戦時経て来し者の願ひぞ
  輝やかに咲くため、充ちて散るためぞ、太く四方へ張る地上根
  ほんじつの気力の有無が吉凶を左右するなり今日は大吉
1、2首目の日常を見回しながらの思索は、読者を立ち止まらせる。
3、4首目、虫や草の生を詠みながらも人生を思わせて深い。
5首目、「平和(1)」と小題のある一連から。ABEさんに聞かせたい。
6首目、「平和(2)」桜の開花を丁寧に詠む一連から。歌集の題名にもなった「地上根」は歌集の初めに「横室の大榧」と共に写る写真もあり、自然の生命力が古屋さんの生命力の源であることがわかる。
この歌も桜木の力強さと開花の喜びが伝わり、一連最後には〈花の下そろりとシルバーカー押すは格好悪いが無視せよ 燕〉と老いても自然と共にある姿が浮かぶ。
7首目の自身に言い聞かせるような前向きさが良い。

ご主人が亡くなられた一連から。
  呆と在るこの世のわれの持ち時間ドライアイスが減るやうに減る
  尽くすだけ尽くしたからに嘆くこと止めて私の生を尽くさう
  カーテンを開けるは夫の朝の役 夫がをらねば夜明けが来ない
  夫逝きて介護のうれひ最早(もはや)なしこころ傾けて何を見ゆかむ
哀しみのなかにも残りの人生を大切に生きようという真摯な気持ちと残された者の心の揺れが丁寧に詠まれる。

ご高齢者ならではの視点から。
  「長生きをして」と繰り返し言はるるは若しや危ぶまれゐるとふことか
  入院の署名の文字をほめられぬ高齢者へそんな誉めかたがある
  生、老、病越えて来たりぬ、あと一つ済ませば私の生が果たせる
  娘()にすべて暮らし委(ゆだ)ねて〈無力〉とふ〈力〉なほありわれの存在
当事者でなければ気付かない〈老い〉を鮮やかに提示してくれる。

最後になったが自然に心を通わせる作品。
  風鳴りは竹の鳴る音、葉が騒ぎ幹が打ち合ふたかむらの中
  黄金の柚子の実がもぎ尽くされて暗緑の樹はいたく不機嫌
  旧友をよろこぶやうに迎へられ田の余りみづ野川に戻る
  さくら散りれんげう終り下草に陽が差せり さあ背伸びをしよう
  田いち枚また一枚とめぐりては楽しかるべし水のみちくさ
  この青さ、この邃(ふか)さ、これ今朝の空 よべの一夜の風のたまもの
  野の花に見入り小川にかがみ込み、われや蝶とも虻とも仲間
  光合成まつただなかか、街路樹は太陽に向かひみな伸び上がる
叙景で終らせない自然との一体感、どの作品からも説明不要の自然を慈しみ、共にある喜びに溢れる。
3首目は〈坂東太郎〉と小題のある一連11首の最初に置かれる。農業を支える利根川を生き生きと詠む地元愛。
6首目は関東平野に吹き下ろす空っ風、赤城下ろしと雪害を詠んだ一連最後の歌。この一連にも雪害に倒れた松の「地上根」が詠まれるが、厳しい季節となっても全てを受け入れる清々しい一連である。

余りにも潔い「あとがき」も含め、〈生の意味〉老いることの意義を強く感じ、私もしっかりと前を向いて生きなければと励まされるような、帯文通り胸を打たれた一冊だった。

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        草木愛でぐんまに地上根張りて生きゐるひとを嘉せよ冬陽


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by minaminouozafk | 2018-12-07 07:03 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)


昨年山口市で開かれた県の短歌大会が、12月2日の日曜日、防府天満宮参集殿で開催された。今年は役員ではなく、一会員としての参加。この日を迎えるまでの役員の方々のご苦労を思いながら、会場で出会った大学の先輩であり、かりん所属の高崎淳子さんと並んで席に着き、短歌を味わう一日を過ごした。


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防府天満宮


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開会式。主催者の歌人協会会長の長尾健彦氏の挨拶と来賓のご祝辞。





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続いて、10時30分から広島県歌人協会会長の香川哲三氏の「佐藤佐太郎純粋短歌の世界」というテーマでの講演。香川氏は昨年同名の『佐藤佐太郎純粋短歌の世界』という500ページを越える佐太郎の評論を出版され、佐太郎の全十三冊の歌集について、作歌の背景や作品世界を具体的に論考されている。講演では佐藤佐太郎の十三冊の歌集を年代ごとに追いつつ作品から見えて来るものを縦軸に、作歌姿勢を貫くものを横軸にしてお話くださった。


・薄明のわが意識にて聞こえくる青杉を焚く音とおもひき       『歩道』

・苦しみて生きつつをれば枇杷の花終わりて冬の後半となる       『帰潮』

・みるかぎり起伏をもちて善悪の彼方の砂漠ゆふぐれてゆく       『冬木』

・海の湧く音よもすがら草木と異なるものは静かに睡れ        『形影』

・島あれば島にむかひて寄る波の常わたなかに身ゆる寂しさ      『天眼』


晩年の言葉として紹介された「言葉では言えないものを言う。だから自分の心を言い当てるということに苦心しなければならない。」「言葉に境涯の影があり、影に境涯の声のある如くせよ。」が心に残る。


目に見えるものの背景を短歌にこめた佐太郎の写生の鋭さと重厚さ。物の核心を捉えた表現。言葉の重量感。描写に込められた哲学的な深い思いやいのちへの慈愛の心。佐太郎の77年の人生を歌に添って展望する中で書き留めたメモの一部。詩の純粋性を短歌に求めた佐太郎の詩人としての心を作品を通して丁寧に解説されたあっという間の1時間だった。評を聞きながらしきりに「修練」という言葉を思い起こした。見ること、描写することを改めて考え、佐太郎の作品世界に浸った講演だった。



すみません。ここまで書いて時間が……。大会の後半は次回にご紹介します。

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ぼんやりと見ているだけでは見えぬもの冬の海へと参道は伸ぶ








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by minaminouozafk | 2018-12-06 05:48 | 歌会・大会覚書 | Comments(6)