<   2018年 11月 ( 30 )   > この月の画像一覧

全体像は早苗さんが丁寧に紹介してくださった、本当に有意義で楽しかった二日間。

個人的に感動したことを少し。

帰宅してすぐに、お世話役の小田部雅子姉さんに感謝の帰宅メールを送った。

するとお疲れにも拘らず、早速「楽しんでいただけて、みんなの倍はうれしいのじゃないかしら」と返信をいただき、さらに帰りの駅でのお土産屋さんの場所が判りにくかっただろうことまで、最後の最後までの心配りをしてくださった。本当に感謝です。

先ず嬉しかったのは、五月の福岡批評会の翌日に一緒に伊万里散策に出かけたときのツーショットの写真を6/1のブログに張り付けようとして間違って消去し、手元に残らなかったのが残念だったが、今回こそは。

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そして、以前白秋祭でご一緒した雅子姉さんのご主人さまと再会できた事!

コスモスにも「水辺あお」のペンネームで投稿され、毎月素敵なお歌が楽しみ。今月号では〈とりどりの診察券がスーパーのポイントカードをおしのけてをり〉とユーモアの中にも病院通いが多いことが詠まれ、やはり体調も万全でない中のご参加にまたしても感謝。ペンネームの謎も解明できました。

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初日を終えてのホテル。事前に浴槽がなくシャワーのみの部屋があると聞いていて、逆に楽しみにしていたが、期待を裏切らない。特大のシャワーヘッド(左下が従来サイズ)で浴室は一気に温まり、ヘッドスパ気分。スケルトンの浴室とトイレも解放感~(ちーさまは、一人と判っていても恥ずかしかったと慎み深いお言葉でしたが)

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ぐっすり眠れて、朝も快適な目覚め。

二日目。「蔦の細道」入り口まで散策の予定でしたが、魅力的な石段にすこし登ってみた。

その先頭は、われらがなかむーこと中村キミヒコさん。朝食も食欲旺盛、石段もすたすたと一番奥まで歩いて、病後の回復が確信できた喜ばしい一日となった。

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明治のトンネルで不思議な光の筋を発見。

天井に刻まれたもので、なぜこの模様が出来上がったのか高野さん、桑原さんも共に語り合ったのでした。

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こんな、寄り道ばかりでどんどん時間オーバーしてゆくわれわれを、笑顔を絶やさずナビして下さった雅子姉さん、そして引率の先生そのままに、後になり前になりながら見守ってくださった福士りかさん。

ダメダメ生徒でごめんなさい。そしてありがとうございます。

寄り道中に高野さんもごいっしょにようやく一枚。

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最後の、一番の楽しみの芹沢銈介美術館。イラストレーション展の最終日で、一点一点丁寧に見て行った。そんななかで現代小説の挿絵のコーナーでは高野さんが編集者時代に、何人かの画家に頼みに行った時のお話が聴けた。桑原さんがコスモス歌集批評『明月記を読む』に書かれていたように、そのときのご苦労が「編集者として至福の時間」であり歌人高野公彦の礎になっていたことを感じた。

また、シンプルな「手仕事」のイラスト(早苗さんのブログに映像あり)を見ながら、高野さんはコスモスで作品に合わせてこんなシンプルなイラストを書いてくれる会員はいないかな、イラストから歌を詠むというのも楽しいかも。とコスモス誌上の改革を進める中で、どんどんアイデアを出してゆく頼もしさと編集人魂を感じたひとときだった。

さて、どなたか我こそはという描き手はいませんか~。

「丁子屋」の藁葺き屋根は葺き替えたばかりで晴天の空にかがやいていました。

参加された皆さま、初見の方も、再会できた方も温かな二日間をありがとうございました。

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        初冬の陽のぬくとさにふふみたりイヌマキの実と冬苺の実

        傘寿すぎし夫婦が育て摘むといふ山肌を這ひ昇るみかん園


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by minaminouozafk | 2018-11-30 07:30 | 歌会・大会覚書 | Comments(7)

うっちー  鈴木千登世

11月の歌会は23日の金曜日だった。

会場のふるさと伝承会館入った途端、まるまるとしたオブジェ(?)が目に飛び込んできた。

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駐車場に飾られていたのは大内人形のうっちーとおおちゃん。11月22日のいい夫婦の日にちなんで「大内人形祭り」が開かれていたのだ。しかも第5回を数えるとは。しかもゆるキャラまで存在していたとは…と驚きの連続。


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大内人形は漆塗りの人形で、大内氏24代の大内弘世に因む人形である。今から650年くらい前の室町時代のこと、長門・周防国の守護であった弘世は京都から迎えた美しい花嫁のために、京都から人形師を呼び寄せて屋敷中を人形で飾ったという。屋敷は「人形御殿」と呼ばれ2人は仲むつまじく暮らしたとか。この逸話が男女一対の大内人形のもとになっているそうだ。



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会場のみやび館には伝統的な大内雛や新作の人形が飾られていた。大内人形は作家さんによって微妙に表情が違うのも魅力のひとつ。歌会があるので駆け足での見学となったけれど、大内塗りの新しい魅力を知って嬉しかった。



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なぜ斜めに?

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もしかしてマトリョーシカ???


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「大内もなたん」 食べるのがかわいそう?


伝統の中に新しい風を吹き込もうとしているのは短歌だけではないんだなぁ。


少しづつ目鼻のちがふ雛たちがほのほのと笑む微笑曼荼羅


      








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by minaminouozafk | 2018-11-29 06:00 | Comments(7)


鷗外に〈小倉三部作〉がある、と書いたのが、かつて体育の日と呼ばれた10月10日のことで、そのうちの一つの「鶏」について書いたのが、その二週間後のことであった。

小倉三部作:「鶏」「独身」「二人の友」



鷗外には、この〈小倉三部作〉ほかに、ドイツ三部がある。

ドイツ三部作:「舞姫」「うたかたの記」「文づかひ」



「ほかに」と書いたが、これら〈ドイツ三部作〉の方が数段知られているだろう。さらに鷗外には、『渋江抽斎』『伊沢蘭軒』『北条霞亭』といった〈史伝三部作〉がある。



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世の中には、ことのほか整理を付けたがる人種がある。みずからにそういう性癖を感じる人は、研究者になるのがよかろうと思う。好きなことでお給料がもらえる。大富豪を望むのでなければ理想的な生活である。



慌てて付け加えておくが、私は研究者に感謝を捧げるものである。彼ら/彼女らの研究に、日々いろいろと助けられている。例えば、いま挙げた鷗外の三部作。これは、みずから苦労せずに鷗外の人生のあらましを説明するのにとても便利である。もしこれを、自分で一から調べて伝えるとなると、――考えただけでも冬眠したくなる。溜め息ものである。



上述のことは、文学にかぎらず、あらゆる分野において言えるだろう。とすれば、先人たちの業績の積み重ねは、全人類の膨大なエネルギーの節約になっているということになる。知の歴史は省エネの歴史ともいえそうである。



ところで、鷗外といえば漱石。

むろん漱石にもある。一般に、〈前期三部作〉〈後期三部作〉と言われている。

前期三部作:『三四郎』『それから』『門』

後期三部作:『彼岸過迄』『行人』『こころ』



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エネルギーの節約になると言われても、試験のためにこれらを覚えなくてはならない生徒たちは、いったいどういう基準の分類なのかと腹立たしく思うこともあるだろう。思ったことがあるのでよく分かる。けれども説明する側になった今は少しちがった感情をもっている。



漱石について言えば、この三部作の間に、いわゆる「修善寺の大患」がある。生死の境をさまよった「修善寺の大患」の体験は、漱石の人生観や作風を大きく変えることになった。この三部作の分類は、漱石の人生そのものなのである。しみじみと愛しくなるではないか。



大家とは、おのずからこういった〈三部作〉という視点を、研究者のために用意するもののことをいうのであろう思う。そして研究者とは、愛情をもって整理をつけてゆくものをいうのであろうと思う。



街がはなやぐ季節である。



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 敷石にささる銀貨に入りゆきいのちは羽根をうごかしはじむ



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by minaminouozafk | 2018-11-28 05:12 | Comments(6)





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丸子宿「丁子屋」の前で。
二日目のオプショナルツアー参加者集合の図。


11月24,25日は静岡へ。「灯船」第11号の批評会。今回は特別ゲストに高野公彦氏を迎えての会とあって、34人が出席。盛会であった。しかしながら約5時間でこの人数の歌評をこなすのはなかなかハード。一作者に対し7分の持ち時間内で、参加者全員高野さんからの批評をいただき、17時には全作品批評が終わっていたのは、ひとえに司会者森田治生さん、タイムキーパー桑原正紀さんのおかげであった。ありがとうございました。

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今回、高野さんがおっしゃったことで気になったことをメモ的に。

・作品には作者名が張り付いている。作品を読むとき、その背後にある作者の状況を、読者は無意識裡に加味して読む。なので、説明過剰にならないように作歌したほうがいい。無記名の作品で批評する歌会では、一首の独立性について厳しく指導されるが、歌の姿としてはむしろ例外的。読者に寄りかからない、おもねらない作品を詠むための鍛錬の機会として考えた方がいい。

・12首、24首一連、全て同レベルの歌でそつなくまとまった作品に対しては、もう少し思い切ってもいいかも……とのご助言。緩急があった方が面白いし、印象に残る作品が生まれる。この言葉は、居酒屋「たぬき」での二次会で、「歌は自分が楽しくやればいいんですよ。自分が楽しくないのに読者が楽しいはずないでしょう。」という発言に繋がる。自分が詠みたいように詠む。その作品がどう評価されるかは、作者が考える問題ではない。


 その他、事柄ではなく描写を、一首を視覚的にもできるだけ長く書く、ひらがなを多用することで一首をゆっくり読ませるように……などなど大変参考になる批評をいただいたのだった。高野さん、お疲れさまでした。


 その後、「あざれあ」一階のレストランで懇親会。続いて前述の居酒屋「たぬき」にて二次会。幹事の小田部雅子姐さんのご配慮で、めったにいただけない静岡の幸をてんこ盛りでいただく。姐さん、すごく美味しかった。ありがとうございました。この席に姐さんの夫君、水辺あお氏がご参加。楽しいお話を伺えた。23時、散会。翌日の市内ツアーに備えて各自ホテルへ。充実した一日を終えた。


 明けて25日。希望者のみ22名のオプショナルツアー。小田部姐さん肝いりの静岡満喫ツアー。概要は以下をご覧あれ(特記すべきはこういう資料の充実。姐さん、ありがとうございました)。


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では、以下より、楽しい旅の模様を画像で一気にお楽しみ下さい。

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宿泊した「ガーデンホテル静岡」フロントにて。
もうクリスマス。
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「蔦の細道」入口まで散策。
この山道を越えるのは少々無理があり、明治の道、明治のトンネルを通り
宇津ノ谷地区に出る赤い経路を辿る。
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紅葉が美しい。
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「蔦の細道」入口。
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堰堤
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明治のトンネル。
ワインセラーとタベルナにしたいような雰囲気。
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宇津ノ谷集落。
家々に屋号発見。
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御羽織屋さんのワンコと戯れる高野さん。
レア写真(笑)。
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慶長寺の厄除け「十団子」。
由来は以下の石碑に。
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許六の一句。
十団子小粒となりぬ秋の風
涸びて小さくなった十団子。
リアリズムですねーとは高野さんの言。
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お昼は丸子宿の「丁子屋」で
名物のとろろ飯。
お腹いっぱいいただきました。
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午後は芹沢銈介美術館へ。
美しいエントランス。
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型染めの染色工芸家として有名な芹沢の
イラストレーターとしての一面を堪能できる企画展。
時間が足りなかったー。
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芹沢美術館横にある登呂遺跡。
ゆっくり見られなかったのが残念。
機会があればぜひもう一度。



そして時間は15時。日程を終えて、それぞれ帰途に着く頃合いとなった。万事周到に、かつホスピタリティ溢れるガイドをしてくださった小田部雅子姐さんに感謝して、楽しくて、勉強になった静岡の旅を終えたのだった。本当にありがとうございました。

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さよなら、富士山。


秋深む宇津ノ谷峠訪ねきてうつつにぞ会ふ山霊のこゑ








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by minaminouozafk | 2018-11-27 06:37 | Comments(7)


秋晴れの3連休。「香臈人」長府教室での久しぶりの吟行。


「香臈人」は以前に早苗さんが紹介されたように森重香代子氏主宰の短歌会。その多くがコスモス会員で山口県下関市の長府と勝山、山口市、周南市とし4教室があり、それぞれ月一回の歌会をしている。

今年5月に逝去された夫君の古川薫氏のほんとうに懸命な看病の2年間、われわれ「香臈人」会員はただ見守るほか無かった。半年ほど過ぎて歌会のあとに久しぶりに皆さんで出かけたいですね。の思いからのこのたびの吟行。


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まず大内義隆氏の菩提寺の長門市の大寧寺へ向かう。車窓の紅葉はもう盛りを過ぎたのだろう。明るい秋の陽射しのなか赤も黃もトーンが落ちついている。半分ほど黄金色の葉っぱを残している公孫樹は遠目にも判るが、いさぎよく枝だけになったほうが多い。

まだ朝10時過ぎの大寧寺は人もまばらで空気が凛としている。苔生した石段をのぼると大内義隆主従の墓所。杉や樟の大木のなかにひっそりと然し重厚なすがすがしいおもむき。鳥のさえずりが目を瞑ると異界との距離を縮める。


すぐ近くの湯本温泉の大谷山荘でランチ。2年前にプーチン大統領と安倍総理が会談を行ったところだ。数年前より改装されてきれいになっている。音信川沿いの紅葉を眺めながら目にも美しい懐石料理。平均年齢70歳超のメンバー。おいしい料理ですっかり寛ぎモード。もう少しゆっくりしたいが、香月泰男美術館をめざす。しかも、ランチ中に帰途に急遽リンゴ狩りが予定に追加、急がねば。



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香月泰男美術館では「風景のまなざしースペイン編―」の開催中。

個人的にはこの作品展、とても楽しみにしていた。香月泰男といえばシベリア抑留体験によるシベリヤ・シリーズが代表作。黒を基調とした重々しい作品が目に浮かぶ。しかし同じような色彩でも菜の花や合歓の花、露草などの身近で素朴な花々の絵が好きだ。そして、いつも楽しみにしているのは「おもちゃ」と呼ばれる廃材を利用したオブジェの数々。自宅の台所の壁に描かれた花や虫、魚たちの明るい温かい色。美術館の入館チケットにも印刷されている。

本当に小さな美術館の展示スペースはわずか。


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小さなギャラリーはクレヨンのやさしい色と光につつまれている。1956年秋のはじめてのヨーロッパの作品。マドリードやトレドの風景。晩年の1972年のスペイン、モロッコの旅。カナリア諸島のラス・パルマスでの闘牛の作品。残念ながら今、闘牛は行ってないらしい。南欧の乾いた空気、明るい陽射し。闘う牛なのに表情はおだやか。状況がわかってないのか、わかっているからなのか・・・モロッコのカナリア諸島の空が見たくなる。


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中庭には香月泰男がシベリヤ抑留中に食べさせられた豆を持ち帰り植えたサン・ジュアンの豆の木が茂っている。その木下にもかわいいオブジェがある。実はこの豆の子は森重香代子氏の自宅の庭にもいる。分けていただいて植えられたそうだ。まだ幼木だがしっかり育っている。



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売店のすみに香月泰男の絵と言葉をラミネート加工した手作りの栞が110円で売られていた。たぶんボランティアで作られたのだろう。ほとんど香臈人一同で買い占めてしまった。


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一瞬に一生をかけることもある。

一生が一瞬に思える時があるだろう。 Y.kazuki


栞に書かれている香月泰男の言葉



吟行を忘れてうっとり愉しんだひととき。

秋の陽は早い。りんご園に急がねば。

およそ1時間ほどで下関市豊田町のりんご園に到着。4時過ぎて日暮れがもうすぐ。

香臈人メンバーの数人の偶然の一押しのりんご園。実は私もJAの直売所で買って美味しくて今年もすでに3回リピートしている。


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肌がしっとりしてお尻まで赤いのが美味しいらしい。夕暮れていくなかで確かめながらカゴの中に入れる。ギリギリセーフで20個ほどのお土産。ずっしり重い。夕明かりに美しいススキ野原を抜け町のあかりが灯り始める。



今日は予定がびっしりだったので作品は12月の歌会での発表となった。

また香臈人で出かけましょう。とても充実した秋の一日でした。



モロッコのみづいろの空そのしたに香月泰男のくろき驢馬あり











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by minaminouozafk | 2018-11-26 07:33 | Comments(6)

一反木綿 大西晶子


暦の上ではもう冬、11月半ばの朝夕は冷える。
 11月に入って長女が孫の勇太を連れてドバイに発った。妊娠が分かった頃から単身赴任していた連れ合いと、家族で一緒に暮らすためだ。

長女とは13か月、孫とは11か月ほど一緒に過ごしたことになる。娘が進学で家を離れて以来、約20年ぶりの同居だったが、妊娠・出産、育児と変化の多い時期で、再び嬰児の成長を目の当たりにした日々でもあった。

生まれたばかりで、フニャフニャと小さな声で泣いていた赤ん坊が、首がすわり、寝返りをし、這い這い、立つまでをつぶさに見ることができた。生まれた後も進化の過程をたどりながら成長し続ける乳児の変化には驚かされることが多かった。



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目的を持って、手で物を持てるようになるのはお座りができるよりもかなり後になる、指で物をつまめるのは10か月に入ってからだった。

障子を破くことが多くなったのもその頃。ぶつかったり転がったりで破けた箇所を引っ張り、裂くのが面白かったのだろう。ドバイに発った後で張替をすることに決め、好きなだけ障子を破らせておいたら、座って手の届く低い位置はほとんど紙が無くなってしまった。




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予期していたことだけど、二人が居なくなった後はやはり寂しい。家人が「敗れた障子を見るのが辛い」というので張り替えた。真白い紙が座敷の空気を緊張感のあるものにし、気分があらたまる。
 朝夕の斜めの日差しに、障子に映る木の影が美しいことにも気が付いた。

勇太がちぎった古い障子紙に目を描き、長女が作った〈一反木綿〉が座敷の壁で空気の動きにつれて揺れている。



      置き去りにされて寂しき一反木綿風をとらへてアラビアへ飛べ











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by minaminouozafk | 2018-11-25 07:30 | Comments(6)

 出会ってしまった…。仕事の帰り道、住宅街の保育園と大きな病院に挟まれたくねくね道で。町内で二三枚しかない稲刈りもとうに終わった田んぼの角に、その子は座っていた。保育園のお迎えの車や自転車が横を通る道脇に、前脚をすっくと伸ばして座っていた。地域猫の多いうちの近所だが、暗い中でも何か気になって近づいた。まだ小さい。いってみれば子あがりくらいの猫だった。そしてよくよく見ると、白黒の鉢われで、5年前に亡くなったいねによく似ていた。私は道脇の歩道にしゃがみこみ、晩ごはん前にちょっと摘もうと思って買っていた唐揚げを小さくちぎって地べたに置いた。すると、匂いにつられたのか、お腹がすいていたのかあっという間に二個をたいらげてしまった。


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 うちに帰って、その写真を家族のLINEに流すやいなや、「連れて帰ってください!」「いねの再来!!」「猫ケースを持ち歩きましょう」と妹、息子たちがすぐに反応した。

ふつう、これくらい小さい猫ならばまだ母親と一緒に居るはずなのだが、この子は一人だった。実際に道を渡った公園には同じくらいの子猫三匹を連れた猫さんがいる。餌をやると、子猫から少し離れたところからじっと見ている。見守られて安心しているのか、子猫たちはがむしゃらにカリポリを食べている。この鉢われちゃんが、ぐぐっと私の胸を押し広げ、入り込んできた。


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 「猫の寿命と自分の余命を考えなさい」「いまだに手をつけられない壁紙や座敷の衾、障子はどうするの?」「二人そろっての旅行なんて出来ないでしょう?」などなど…。プラスの要素になるものはあまりというより、ほとんど見つからない。家族のLINEに母からの一言が届いた。「猫はやめよ!」、天の声です。ロボットでもない、人形でもない生き物を飼うことの大変さは、幼い時から犬や猫がうちにいた私はわかっているつもりである。だがこのさき体力も落ちて、私たち自身が人のお世話にならないとは言い切れないときに、あらたに生き物を飼えるのかと聞かれると返す言葉はない。


 最初は餌を食べながらも、こちらの様子を伺っている素振りだったが、何回か回を重ねると先日は水路の向こうから「にゃあ」と小走りでやって来た。妹からは「寒―くなるよ!」「早く幸せにしてあげて!」「決断するなら今よ!」と矢継ぎ早にLINEにメッセージが入る。

 私がゴーサインを出せば決定なのだが、まだ決めかねている。



   ぐぐぐつと押し込んできた白黒の鉢われ猫が胸に住みつく


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by minaminouozafk | 2018-11-24 07:00 | Comments(6)

冬には冬の  大野英子

先週末の実家。もう、11月も中旬になると庭は草取りよりも落ち葉拾いが大変。

それでも、冬には冬の景色を見せてくれる。

ツワブキの花とこれから色付いてくる万両。木賊がちょっと割り込み。

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前夜の雨に艶を増す八つ手。今年は誰にも邪魔をされずすくすく育っている。

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9月に光合成を終えた葉を刈り取っていた空間に春には様々な花を咲かせる新芽が早くも育っている。

先週は、ようやく立ち枯れた芍薬を刈ると、根元から可愛い新芽が顔を覗かせていた。

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それぞれにがんばれと声を掛けながら草取りや落ち葉拾いが進む。

さて、今月の宗像歌会は第三土曜日に変更。

第二土曜日が会場である東郷コミュニティセンターでの地域の文化祭準備に当たったためだった。

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今年10回目を迎えた文化祭は、この広い駐車場では、多くの出店やステージでのダンス、室内では、作品展示、体験コーナー、ロビーコンサートなど盛り上がったとのこと。

私達、宗像短歌会も達筆なYさんが全員の作品を短冊に書いて下さって展示している。

参加できなかった私達のためにそのまま、黒板に張り出してくださった。

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駐車場の奥に見えるのは〈宗像四塚〉と呼ばれる城山(じょうやま)・金山(かなやま)・孔大寺山(こだいしやま)・湯川山(ゆがわやま)の四山。宗像市内の小中学校の校歌にほとんど登場するという象徴的な山で、登山スポットでもあるという。

短歌を始めて間もない頃、コミセン近くの医師会病院に母が入院した時に母と二人で上がった屋上からも見えていて、母からこのことを教わった。

宗像歌会へ来ると、必ず入り口で振り返ってこの四塚を仰ぎ見る。

あの時、母は正月開けに風邪をこじらせ肺血症となり一時は危篤状態に陥った。優秀な医師団のお陰で奇跡的に助かったのだった。退院間近の冬晴れの屋上での母の晴れ晴れとした笑顔が浮かんでくる。

        わたくしを抱くやうなる四つ塚の冬の陽ざしは母のほほゑみ


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by minaminouozafk | 2018-11-23 06:48 | Comments(6)

錦秋  鈴木千登世

信州のホテルから冬の便りが届いた。標高2000メートルにあるそのホテルでは、朝は氷点下の気温の日が多くなってきたそうだ。今年の初霧氷は例年より早い10月21日で、唐松の林は白銀の森に変わっているという。


今日から小雪。そして明日23日の勤労感謝の日は「てぶくろの日」。

寒さに向かう心でいたら南の海では台風28号が北に向かって進んでいるという。これまで上陸のもっとも遅かったのは1990年の28号台風の1130日。偏西風が北よりの今年は日本列島にかなり近づくかもしれない。

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蕾だった柊の花が開いて、やわらかな香りを漂わせている。この花が咲くと山口で開かれたコスモスの全国大会が思い出される。宮英子先生が柊の花のことを嬉しそうに話されていた。もう10年以上のこと。

紅葉、黄葉が一気に進んで美しい季節を迎えている。今年は秋口の気温の変化であまり紅葉が鮮やかでないと言われている。けれど、やはりこの時期ならではの景色に心はときめく。場所によってはもう散ってしまった樹もある。街路樹は日当たりや風の通り道などによって隣り合った樹なのにまったく違う紅葉となっているものもある。

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パークロードのカナダ楓とメタセコイア。撮影した夫によると博物館のアサギマダラはもういなくなっていたという。

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先週訪れた下関の市民体育館の側の桜。青空とのコントラストの美しさにしばし見とれた。

下関の公孫樹はすっかり黄色。


草紅葉も鮮やかな時を迎えた。暦は冬に入ったけれど、錦秋の景にため息をこぼす日々を送っている。


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蔦紅葉


少しずつ色づき一気に変わる葉の紅葉が照らすこの世さゐさゐ


蔦の道歩くを思ひ週末を思ひ仕事の日々暮らす



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by minaminouozafk | 2018-11-22 06:01 | Comments(7)


この日乗の10月14日に晶子さんが記した「鹿児島寿蔵の人形と短歌」展(福岡県立美術館)に行ってきた。そこで、断片的なことをすこし。



鹿児島寿蔵の〈人間国宝〉の認定は、紙塑人形に対するもの(短歌でないのが残念)。紙塑とは、紙の塑像。紙ゆえに、他の素材によるよりも細かな表情の表現が可能であるという。



たしかに、寿蔵の紙塑人形は、造形の柔らかみの濃淡が豊かで、どれも、この作品にはこの形しかないという風情にたたずんでいる。その確固泰然たるおもむきのためであろうか、一体一体がみずからの物語を語りかけてくるように思われ、私はその唯一無二の物語に耳をかたむけながら、楽しくなったり、つらくなったりしながら、ひとときを過ごした。



しばらく時間が経った今でも、こう書いてくると、心がさわだち、それでいて凪ぎわたるような不思議な感情につつまれる。



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館内では、仕事場や作業工程を記録した映像をみることもできた。



開襟シャツを着た作家が、紙をジュースミキサーにかける様子が回転音とともに映し出される場面があった。私はこれを少しおもしろく感じた。つい今まで人形たちの物語を聴いていた私には、――この工程あってこその人形と分かっていても――、それが現実的すぎるように思われたのである。



ビデオの後半には、人形に目を入れる、すなわち「開眼」の場面も収められていた。これは神聖な瞬間である。こんなところまで撮られてしまうなんてタイヘンだなあ、と思うともなく思っていると、そばにいた知人が「国宝ですからね」と言った。



人形にひとみ点ずるたまゆらの記録遺りぬ国宝なれば



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by minaminouozafk | 2018-11-21 06:27 | Comments(7)