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さつき豆腐  大野英子

今月の宗像歌会のとき、さつき豆腐という地元の宗像産の大豆を使用した絹ごし豆腐を頂いた。命名は地元さつき松原からだろう。

木綿豆腐派の私は、絹ごしを正直、ナメていた。
ところがこの絹ごし、包丁を入れた切り口が違う。
先ず、そのままいただく。

柔らかさは、つるりというよりふんわりまろやか。
そして豆腐本来のコクである大豆の風味もしっかりとあり美味なこと!
次は塩と葱、実家のミョウガで。
削り節も醤油も不要。
食べ終ったらまた直ぐに食べたくなり、電話で問い合わせた。
工場直営店らしく販売はお昼まで、店舗に行くのは無理だが、むなかた道の駅で販売しているらしい。
先週末、実家の帰りに行く。
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他にも、栄養価が高いと話題のアカモク(ここでしかお目にかかったことがない貴重な品)と福岡ブランドのとよみつひめ。

午後4時近くだったので、鮮魚コーナーは空っぽだったが、野菜も新鮮で安い。
ちーさまから紹介があった花オクラを発見。半分ほど閉じた8輪がお行儀良く袋の中に並んで、何と百円!
じっくり店内を巡りあれこれ、カゴ一杯買ってしまった。

買い物が終る頃ちょうど閉店の音楽。
横を流れる釣川も夕方の表情。
流れは穏やかだが、サーフポイントでもある河口には白波が立っていた。

花オクラは帰宅する頃にはさらに固く巻き戻っていたが生で食べた。
想像していた食感より繊細でやわらかく、全く苦みも無い。
味は、噛めば噛むほどオクラの風味と軽い粘りに口中は満たされた。

翌日は花びらをほぐし味噌汁の浮き実にした。
粘りというよりふんわりしっとりと舌のうえに広がる。

花びらを皿に広げ並べて、濃いめの出汁でしゃぶしゃぶにすると美味しいかも。インスタ映えもしそう。

ちーさまの紹介がなかったら、きっとスルーしていただろう。そしてさつき豆腐との出会いがなければ、道の駅にも来ていなかった。
感謝。

      花オクラ、豆腐、アカモク喉越しの良きものを欲る晩夏のからだ

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by minaminouozafk | 2018-08-31 06:29 | Comments(7)

なぞなぞ  鈴木千登世

この季節になると思い出すなぞなぞ。

大学生の時にS教授が講義の中で出された「山口県人にしか通じないなぞなぞ」。

こんななぞなぞ。(*言い回しや野菜や果物の名前は忘れてしまったけれど多分こんな内容)



野菜チームと果物チームが野球の試合をしました。

野菜チームのダイコンがホームランを打ったので野菜チームが1-0でリードしています。
そして、9回裏、果物チームの攻撃中。

バッタ-は3番もも、けれど、三振に倒れ、2アウトランナーなし。

ここで次のバッターりんごが見事ホームランを放ち、試合は果物チームの勝利となりました。

なぜでしょう。

???

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答えは「ランナーのなし(梨)が塁にいたので、りんごのホームランは2ランホームランとなり2点入ったから。」



読んでおられる方は、これがどうして「山口県人にしか通じないなぞなぞ」なのかと思われたことだろう。

実は山口県では「梨」と「~がない」の「なし」は同じアクセントで、区別がつかないのだ。だから山口県人はひっかかるけれど他の地域の出身の人はそもそも「梨」のアクセントが違うのでこのなぞなぞが成立しない(=山口県人にしか通じない)ということなのだ。(文字では成立するけれど)。


「国語学」の講義の一コマだったのだけれど、自分喋っている「梨」は標準語だと思っていたのに、方言だと知って大きな衝撃を受けたことを覚えている。同じ講義でS教授は学生にさまざまな言葉を発音させて、次々とその出身地を当てておられた。もう40年近く前だけれど、方言学の奥深さと面白さに目を開かれた講義だった。



梨の出荷がニュースで伝えられている。残暑はきびしいけれど、日ごとに秋が濃くなってくる。


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日曜日の空。山際の近くには夏の雲が浮かんでいるけれど、上空は秋の雲になっているようで、思わずカメラに収めた。稲も穂を垂れ始めている。



梨の実をさくりさくりと食んでをり 秋風いろの甘き梨の実






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by minaminouozafk | 2018-08-30 05:19 | Comments(7)

鋸を引く  有川知津子

鋸(のこ)が引きたくなった。

(ふつうの鋸は、引くときに力をこめるのだ)


こんなことなら、島に居るときに引いてくればよかった。

引くモノだってたくさんあったのに。

そんなことを言っていてもはじまらないので、鋸を買ってきた。

970円(+税)也。


これだけではどうしようもないので板をもらってくる。

杉の板という。厚さ1センチ5ミリほど。

6センチ幅で引いてみることにする。一応、印を入れる。


ごりごりっ。


しばらくごりごりやっていたら満足した。


きながら、子供のころ山に入って鋸を習ったときのことを思い出していた。

(ブランコを作ったり、橋のようなものを作ったりしたのだ)

あの頃の方が、ずっと上手(うま)かった。


それにしても、楽しかった。


さあ、頑張ろう。



  枝折りして山を歩けるひとのあとまた枝折りつつ歩きしむかし



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by minaminouozafk | 2018-08-29 10:59 | Comments(7)

『愛×数学×短歌』(横山明日希編著・河出書房新社)を読んだ。

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夏休み、帰省していた娘が、大学の地下食堂コミュニティの先輩の「愛の短歌」が本に載るらしいと言っていたので買ってみたのだった。

数学好きの男子高校生と短歌を詠む女子高生の交際の過程を、公募した「数学短歌」によって描くという企画もの。Twitterで話題になった「愛と数学の短歌コンテスト」を書籍化したものだとか。なかなか面白そう。


気になった作品を引いてみる。

・ベクトルの定義によれば「方向と大きさを持つ」つまり恋だな  泳二

  ベクトルとは恋であったのか。なるほど。

・平行線1°動けば交差するだから私も一歩踏み出す  ごまだれ

  平行という概念を的確に使って躍動感を生じさせている。

・あと半分あと半分と少しずつ想いを寄せても届かないんだ  横山明日希

  数学的に言うと、全体を1として、1/2+1/4+1/8+1/16…という近づき方をした場合、無限に加算してゆけば1になるが、人生は有限なので1には至らないのだそうだ。深い。

・背理法あなたの心を知りたいが仮定もできない私は臆病  panaffy

  「背理法」とは「~ではなかったなら」と逆の仮定をした矛盾を浮き彫りにする方法。数学の解法であれば当たり前に使えるのに。

・アイという見えないものを認めると世界は少し美しくなった  水宮うみ

  アイとは虚数i。もちろん「愛」を掛けている。

・赤い糸任意の曲線引けるならあなたのそばに1つの点を  横山明日希

  数学的には点も曲線なのだとか。短歌的には「1つの点」は「私」の寓意でしょう。

・何気ない午後五時二十九分も君と夕日を見たら特別  黒澤興

  午後5時29分は1729。これは、数学者ラマヌジャンが見つけた「タクシー数」なんだとか。数字に意味を見出すと限りがない。

・誕生日あなたとわたし婚約数だからあなたは運命の人  ルナ

  占いではなく、数学的婚約数で運命をはかる。そうきたか。

・あなたへの裂ける想いの証明に時の余白は足りなさすぎて  安藤もゆり

  「時の余白」という詩的フレーズは「フェルマーの最終定理」という360年解かれなかった問題を残す際に余白に書き入れた言葉。数学者は詩人だ。

・昨日より明日はもっと好きだからもう友達には収束できない  五十嵐

  「収束」も数学用語。ある状態に限りなく近づくこと。そうですか、友達には戻れないんですね。

・今君が僕を好きなら帰納法あと一秒だけ好きでいてくれ  unityむーさん

  「帰納法」とは、前見た鴉が黒かった、その前も黒かった、だから次に見る鴉も黒いだろうとする推測。あと一秒好きでいてくれたら、帰納法的には永遠となるかと言えばそうでないとわかっているところがなかなか辛い。

・正と負を二度間違えて正解に至ったような不器用な恋  物部理科乃

  マイナス×マイナス=プラス。この謎は「後ろ向き」で「後ろに歩く」と「前に進む」と思うと理解できるらしい。わかるけど、確かに不器用だ。

・遠恋の距離を求める公式は切なさかける会えない時間  y0k0t0m0

  なるほど。

・十三の次の素数は十七と十九の頃の恋のあとさき  四ツ谷龍

  素数好きは多い。こんな風に詩になる不思議。結句が効いている。

・5も7も31も素数より詩人の想い無限に溢(あふ)る  鰤

  これも素数。短歌は素数の複合体だったなんて。新鮮。


本書は1ページ1首構成。作品ごとに編者横山明日希氏の解説が付記されている。鑑賞のための数学的知識が端的に書かれていて、それもまた面白い。


数学と短歌のコラボがどういう形で成立するのだろうと思っていたが、非常に詩的に仕上がっていたことに驚いた。

しかし、考えてみればそうであろう。数学とは、特に純粋数学は、俗世の不純物を除いたところに立脚し、思考を進める。実在しないものに憧れ、追い求めるのは詩の創造と根を一にするものだ。数学を美しいと言い、哲学に通じると言うのはおそらくそのためだろう。


永田和宏、坂井修一など、言うまでもなく現代歌壇には優れた理系歌人が多い。恋というカオスを前に、定理や公式であざやかな解を求めようとしながら、その途上で生まれる矛盾に傷つき、立ち止まる理系男女の姿にこころ惹かれる。どうか彼ら、彼女らのこれからにずっと短歌がありますように。


  数学が得意だつたら 仮定法そこに広がるわが生茫漠


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by minaminouozafk | 2018-08-28 09:18 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)


8月も残りわずかだが、今年はまだまだ暑い。猛残暑、35度超はもううんざり。

1ヶ月ちかく雨が降らない下関は干涸らびている。境内のさくらの葉っぱもうなだれている。


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日照時間はたしかに短くなり、朝も5時過ぎてようやく明るくなる。夜明けとともに聞こえてくるのは小鳥たちの声のはず。そういえばゴミ捨ての頃も小鳥の姿を見ない気がする。

子育てを終えたツバメたちはちゃんと南に帰って行ったのだろうか。

と思いつつ小鳥たちをしかと観察してみると・・・夜明けにはたしかに遠くからカラスの鳴き声。夕方には3羽のすずめたちが電線にならんでいる。山鳩の声も近づいてきて家の前の電線で小さくででーぽっぽ。昼間の暑いときは隠れて、朝晩は活動しているようだ。


たぶんその声を聞き分ける私の耳、集中力が暑さで劣化しているのだろう。


しかし、耳を峙てても鳴き声は小さい。蟬の声も気にならないほど弱々しい。

鳥も蟬も私もいつまでも続く暑さになるべくエネルギーを使わないようにしているのだろう。そして私と同様じっと秋を待っている。




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そろそろ秋だよね。6月の終わりに飛騨高山で一目惚れして購入した一位一刀彫の小さな福良雀に問いかける。イチイの木の木目を生かした素朴なスズメさん。この夏、飛騨は何度も40度を超えたよね。下関もじゅうぶん暑かったけどね。

このごろは秋が短いからあっという間に冬。寒中のふくら雀はかわいい。下関は高山ほど寒くないよ。しかしこの暑さ冬景色を思い浮かべても変わらない。


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魚屋さんも八百屋さんも品薄だ。

水温が高いと魚は涼しい底へと潜って行くらしい。だから、釣られるのは潜る体力がない魚たちだと魚屋さんの話。本当に市場にも魚が少ないし、鮮度がすぐに落ちるし大変らしい。でも今が旬の鯵や蛸、烏賊。初物の秋刀魚も脂が乗って美味しい。庭の野菜も毎日収穫できるのはアフリカ原産のオクラだけ。葡萄や梨もみずみずしさが足りない。農家も漁師も八百屋も魚屋もこのごろはいつも異常気象に振り回されている。

C4回路をもつ狗尾草も枯れ色。



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梅雨明けに剪定をしたシマトネリコはもう新芽を朝の風に揺らしている。

この夏に生まれの若い葉っぱにすこし元気をもらう。


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ニンゲンも魚もスズメもひたすらに秋を待ちわぶ猛残暑日午後









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by minaminouozafk | 2018-08-27 07:52 | Comments(7)

 夏の夜は星が見たくなる。今年の夏はとくに火星が大接近というし、太陽系の惑星がいくつか同時に空に輝く日がつづき、火星見たさに毎晩のように戸外に出た。7月21日には夜明けの皆既月食も早起きして眺めた。


下は国立天文台の〈今日のほしぞら〉の画像。写真はPCの画面だが、いつもはスマホで見る。どこに居ても、見た星が何なのかを調べることができて便利だ。何時間、あるいは何日か前や後の星空に変えることもできる。図のとおりに、光のつよい火星、木星、金星と、光が弱く青い土星が頭をめぐらすだけで夜空に見られるのが嬉しい。(場所によっては歩くのも必要だけど)

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以前、火星の上で十年以上働き続ける火星探査機オポチュニティの送って来た画像の早送りを見た。感情をもたない機械のことなのだけど、その律儀さと孤独な日々を思うと胸があつくなった。いまは太陽光線の届かない場所で休眠状態らしいが、またいずれは動き出し火星上の画像を送って来るだろう。


 同じ火星探査機のキュリオシティが送って来た画像では、火星の風景は地球上の砂漠地帯とほとんど見分けがつかない。また最近、火星には氷状の水が存在するらしいとニュースで聞いた。映画やドラマでは火星はあまり住み心地の良い場所としては出てこないが、いつかは人が住むことができそうな気がする。


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8月24日(金)21時の月と火星(月の右側の白い点)



 十三夜の月と並び赤く光る火星では、オポチュニティやキュリオシティが働いていると思うと、夜空に知り合いが居るようで親しみを感じる。


 火星からあをき地球を見て泣くはいつの時代のいかなる人ら










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by minaminouozafk | 2018-08-26 07:00 | Comments(7)

 八月も終わりに近づき、朝夕の風にも秋の気配が感じられるようになった。100回目の開催となった夏の甲子園高校野球も例年にない盛り上がりを見せて幕を閉じた。熱戦が続く試合では、劣勢側の応援席が映されたときに多くの観客が手を合わせ、また手の指を組んで、一球一打に願いを込めている姿が見られた。

 これまで祈ること、願うことをどれほどして来たことだろう。子供たちの受験のとき、父親が病気で入院したとき、家族の健康と平穏無事などなど。


 まだ暑さもさほどではないころ、息子から一枚の写真が送られてきた。それは、息子と孫が拝殿に向かい祈り願っているものであり、孫はおそらく教えられたままなのであろう、手を合わせて、深々と頭を垂れている。


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 このひと月ほど前に孫は眼科で内斜視の診断を受けたばかりだった。元気に何事もなく健康に育ってくれることを願う私たちに、驚きと戸惑いがおそいかかった。

 最初の病院では手術の必要性も示唆されて、息子夫婦も不安を抱えていたのだが、紹介されたこども病院ではあわてて手術をすることはないと言われ少しばかり安堵した。先ずは矯正のための眼鏡を作って様子をみましょうということになった。

 この日は眼鏡を作るために眼鏡屋さんに出かけ、途中で近くの神社に立ち寄ったと聞いた。

二歳の孫にとっては、生まれて初めての願い事であったに違いない。小さな手を合わせて腰から深々とお辞儀をしている姿がとても愛おしく思えた。私たちもただ願うことしかできないでいる。東京のおばあ様からは、目の病気にご利益があるという新井薬師のお守りが送られてきて、いつも使うママバッグから見守ってくれている。


 こんな小さな子が眼鏡をかけていられるか心配したのだが、嫌がったのは最初のうちだけでプールでのスイミング以外はずっとかけている。案ずるより‥‥であった。

実は、眼鏡のフレームを選ぶとき、大人たちは少しでも可愛くて似合うものを選ぼうとライン上にフレーム選びのためのグループトークまで作り、私の妹にも何枚もの写真を見せてあれやこれやと悩んでいくつか候補を決めたのだが、結局は本人が選んだ全く候補にもあがっていないものになった。

 しっかりと自我も目覚めている。この先も多くの願い事が出てくることだろうが、まずは全力を出し切って、そしてみんなで一緒に祈りましょう。



   とぢあはす手の中にあるをさな子の小さき願ひはまだ白きまま


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by minaminouozafk | 2018-08-25 10:40 | Comments(7)

毎日ほぼ定時に仕事が終り、まっすぐ帰宅する私には季節の移り変りが手に取るように判る。
まだまだ、日中は30度を超す日々だが、日没の時間は刻々と早まり、今週遂に、仕事帰りには夕日は沈んでいた。

明るい時間が長く、得した気分の日々も終った。

また、夏は日々表情を変える夕日を楽しむことが出来た唯一の季節。

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7月中旬の夕日。逆光で町並みは暗いが、厚い雲の上は明るい。


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夕日が沈んだのちの空。特大の一反もめんが~。
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昼間、局地的雨が降った日は景色も空もしっとり。


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盆の中日、帰り道を変えてみた。
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帰宅してベランダから見る空は、戻られたご先祖さまたちの賑わいのような空だった。

               迎へ火も送り火もせず夕空のなかなる父母を探してゐたり
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数日前、もう町並みは夜景。
暑さに強い私は、すでに来年の夏の始まりを心待ちにしている。


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by minaminouozafk | 2018-08-24 06:31 | Comments(7)

今日は処暑。暑さが少しやわらぎ風や虫の声に秋の漂い出すころ。

処暑は二十四節気のひとつで、更に三つに分けた七十二候では今は「綿柎開く(わたのはなしべひらく)」の候。綿の実がはじけて、ふわふわの綿花が顔をのぞかせる時期を指すという。

残暑が厳しく、昨日も35度を超える気温だった。けれど、空の色は秋の色に変わりつつある。

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稲は黄金色に穂を垂れて、収穫の時が近づいている。コスモスも咲いていた。

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秋の気配が漂い始めると食べたくなるのが秋刀魚。

塩焼きにして、柚子をしぼって……と裏庭に出て植えてある柚子を見上げると、今年は例年になくみっしりと実をつけている。もしかしたらと隣の夏みかんの木を見ると、葉陰に小さな実が覗いていた。


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青い柚子と同じくらいの大きさの実がふたつ。


夏みかんの花の香りが好きで、萩に勤めていたころ友人に頼んで手に入れて植えた木。最初のものは青虫に葉っぱを食べ尽くされて枯れてしまったので、この木は二代目。3年目くらいで花が咲いて喜んでいた。いつか実がついたらと思っていたけれど、なかなか実現しなくて、半ばあきらめていた。


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5月に咲いた花。

夏みかんの収穫は5月。土塀越しに花と一緒に黄色く熟れた実が見られるのが萩の定番の風景だ。懐かしい人たちの顔が次々と浮かんでくる。

実がついたと友人に知らせよう。久しぶり会って積もる話もしたい。

どうか、この小さな実が、うまく育ちますように。



思ひ出は青いみかんに秘められてゆつくりじつくり醸されてゆく





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by minaminouozafk | 2018-08-23 08:39 | Comments(7)

蟹を見る  有川知津子

お盆のこと。

島に着いた私は、仏壇に線香をあげて外へ出た。


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海沿いを行く。

浜に蟹がいるようだ。

近寄ればたちまちに身を潜める蟹たち――。

しずかに寄って行ってもやっぱり気づかれた。

蟹穴に隠れること素早い。



もう一度見たいと思ってしまった。



そこで、私は〈岩〉になってみることにした。

私は岩。


どれくらいそうしていただろうか。

かなりの炎暑である。

岩でも暑いことを知る。

波の音がゆりかごのようだ、というのはほんとうだ。

眠くなってきた。

岩でも眠くなることを知る。


蟹たちは、ずいぶん用心しているようで、出てこない。


私は岩。


そういえば今日は日焼け止めを塗っていない。

――泳ぎたいなあ、このまま泳いでしまおうかなあと思ったとき、何かが動いた。

黒っぽい毛の先のようなものが見えて、それが穴のふちを探っている。

蟹の肢の先っぽだ。

一匹じゃない。

申し合わせたようにあちこちから出てくる。

わら、わら。わらわら、わらっ。


重ねて言うが、

私は岩なのだ。

岩が私だと悟られてはいけない。

もうすっかり焼けてしまったかもしれない腕を動かしたり、

しびれているかもしれない脚を伸ばしたり、

そんなことをして存在の気配を漂わすべきではない。


ああ、チャンスは一度!


膝の上にかまえていたシャッターをついに切った。


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  日輪の下をゆきかふ蟹の群れときのまわれの前をゆきかふ



ところで、蟹の穴は、どの穴でも使うのは自由なのだろうか。



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by minaminouozafk | 2018-08-22 07:55 | Comments(7)