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今月出たばかりの新刊、

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佐伯泰英著『剣と十字架』(双葉文庫)に〈有川〉が出ている。

これは、シリーズ「空也十番勝負 青春編」の第3弾のようである。


この本のことは、「コスモス」の大先輩がおしえてくださった。

私の生地が五島の〈有川〉と知ってのお知らせで、これはうれしかった。


主人公を坂崎空也という。空也は、薩摩の東郷示現流から追われている。

東郷示現流というのは、剣術の流派の一つ。

(ほかにもいろいろな流派が出てきて、それだけでも楽しい)


めっぽう強い空也は、無用な争いを避けるために五島に渡る。

しばらく福江島にいたが、どうやら薩摩方に知れたらしく、さらに北上することに。

そこに〈有川〉の地名が登場。


ちょっと引いてみよう。

南の方から、〈奈良尾〉〈有川〉〈野崎島〉の順で出てくる。付載の地図をあげておこう。


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   空也が次に目指す地は、奈良尾から四里ほど北に位置する有川の湊だ。むろん泰助に

  頼めば有川の湊であろうと、治助と約定した野崎島であろうと送ってくれただろう。だ

  が、薩摩の追っ手が治助配下の水夫から野首の浜で落ち合う約定を聞いていれば、下り

  る場所が約束の地に近ければ近いほど、空也が見つかる確率が高くなる。ゆえに空也は、

  奈良尾で下船したのだ。(196頁)


空也は〈野崎島〉で勝負をすることになる。


楽しみにしている方のために、多くを書くのは控えよう。


ところで、

私は、空也が渡った〈野崎島〉に上陸したことがあっただろうか。

なかったかなあ。



  ましづかに冬は海から来ると言ふはしばみいろの目をせる嫗



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by minaminouozafk | 2018-01-31 06:01 | Comments(7)

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間村俊一氏の装幀が素晴らしい。
帯文が本書の滋味を十全に伝えている。

今年最初の歌集紹介は、伊藤一彦氏の第14歌集『遠音よし遠見よし』(現代短歌社)。2013年秋から2017年春までの作品518首を収録。



・少年のひとりの夜討ち 月の夜の公園に手もて光切りをり

・木それぞれ葉をもつやうに人それぞれ言の葉もてり 暗緑の森

・飲むときに千年を超ゆ水彦の棲むとおもへる渓流の水

・見えがたき空ゆつぎつぎ()りてくる雪彦の群いたく頬うつ

・春風の生まるるところ春風の死するところを知らず吹かるる

・陸もまた海のものにてひざまづくごとき島あり夕陽浴びつつ

・酒ぼとけ旅ぼとけとぞ牧水をうたひし勇(おな)じきほとけ

・十五夜はすべての人が近くしてかつ遠きかな川面光れり

・お喋りといふ一芸に自らを助けきてけふも芸を発揮す

・鳥よりも鳥の影見る少年に合はせわたしも影を見てをり

・声絶えてしづけき闇にたたずめば前がこの世で後ろがあの世

・世といふ語もとは竹の() 次の世に幸をもたらす光をはらむ

・わらぢ酒こそ(もつと)も大切ぞ別るる人とねんごろに酌む

・酒の真味(しんみ)うやまへる人しろごはん食べつつ日本酒を飲む

・「父さんはほんとに死んだつよね」と幾度(いくたび)も母聞く「ほんとよ」よ答ふ

・大関も関脇もゐる天の雲われら地上の前頭なり

・酒の詩人アルカイオスの詩を読めば二千七百年前の牧水

・阿蘇大橋落としたまへる力業かたへの地蔵かなしく見けむ

・みづからを裏返すための歌といふ やつさもつさの雲の下ゆく

・思春期はさなぎの時代その殻を潰すなと言ひし河合隼雄氏

・あやふきか個人は個人のためにある当然 「官製婚活」いかが

・山の神また山姥のゐる(さち)は暗黙のさちざざんざざざんざ

・遠音よし遠見よし春は 野への道ひとり行きつつ招かれてをり

・まちがへて伊藤火事彦と変換す ならばコノハナヤクヤビメの子ぞ



二部構成の本書。



旅の歌が多く、その旅には同行二人的にこころに牧水を伴う作者。ときに牧水が憑依したかとも思われる歌もあり、読み応え十分。訪れた地に寄せる眼差しも暖かく、作者が全国各地の短歌愛好者に招かれる理由がよくわかる。


家族詠もいい。作者自身が年齢を重ねたことで一層深い家族の融和が成った様子が胸をうつ。思い出の中の父君も、満101歳の天寿を全うされた母君もくきやかな輪郭を持っている。


全体に、土俗的な印象の一冊である。鮮やかに切れ味鋭く…、というのではなく、何千年も連綿と続いてきたこの国の時間をゆっくり繙き、辿りなおしている作者の姿を思う。自分にフォーカスして、刹那的に生きることの貧しさ、さむさ。対して、自身を時間の大きなうねりの中の一点と捉え、俯瞰して見ることで得られる余裕。たとえば『瞑鳥記』のころの伊藤作品の魅力は、若さゆえの貧しさ、さむさにあった。しかしそこからの歳月が伊藤にもたらした豊饒の結実を本歌集に見る。「水彦」、「雪彦」、「火事彦」…、原初の信仰アニミズムの豊かさを容れてさらに膨張してゆく伊藤一彦の歌世界。

近年稀に見る寒い冬、『遠音よし遠見よし』はこころを温めてくれる一冊である。

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福岡にも氷柱。
寒い。



   あをぞらを背負ひて来たる空気感日向一彦めぐりの温し


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by minaminouozafk | 2018-01-30 09:18 | Comments(7)



冬の夜の、ひろい、さびしい、山の雪のなかに、いま、子どもは、たったひとりでよこたわっています。

夜の空にかがやいている、かぞえきれないほどたくさんの、遠い、美しい星々は、雪の上にたったひとりでよこたわっている、この子をかわいそうにおもったのでしょう。

星が子どもをながめ、子どもが星をながめているうちに、星の光が、子どものひとみのなかにやどりました。


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フィンランドのトペリウスが150年ほど前に子どもたちのために書いた作品。先週のアンデルセン童話のブログを読んで読み返してみたくなった。トペリウスの12篇の童話が収められている岩波ものがたりの本の一冊。1971年発行の200頁ちょっとのハードカバーだが、小学2,3年以上向きとある。たぶんその頃に買ってもらったものだが、闇夜をものすごいスピードで走るトナカイ、そこから振り落とされる赤ちゃん、それを取り囲むオオカミと非常に怖い読後感だった。見たことのないオーロラ、トナカイの皮に包まれた赤ちゃんと小学生の妄想は限りなく広がり、綺麗なのだが恐ろしくてほとんど読み返すことはなかった。


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フィンランドは森と湖の美しい国。サンタクロースや白夜のイメージ。トペリウスはアンデルセンとほぼ同時代。まだ独立する前のフィンランドのトペリウスはスウェーデン語で書いている。ヤンソンはトペリウスの約100年後だが同じくスウェーデン語。いま話題のセンター試験ではないが、なんだかややこしい。


オーロラの美しいクリスマス前夜にオオカミの群れに追いかけられ逃げ惑うトナカイのソリから落ちたラップ人の赤ちゃん。フィン人が大部分を占めるフィンランドで北方へと追いやられたラップ人は日本人と同じモンゴロイド。アイヌ民族ともかさなる。オオカミたちも圧倒されて逃げていく雪の中の赤ちゃんの不思議なひとみの力。旅人のフィン人に拾われ星のひとみと名付けられた赤ちゃんは、その目の中に誰も逆らうことができない力を持っている。人のこころまで見えてしまう透きとおった星のひとみは、魔法使いのようだと気持ち悪がられてふたたび雪の中に捨てられる。それから村には良くないことが続く。


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北欧の極寒の夜。星のきらめき、オーロラ、トナカイ、オオカミと日本人の風土とはかけ離れている。しかし小川未明の「赤いろうそくと人魚」に似ている、というのが小学生の時の思い。どちらも本当に美しく恐ろしかった。今でもそうかもしれない。ムーミンもアニメであっても見た後になんとなくざわざわした感じで落ち着かない。アンデルセン童話よりも妖精や巨人や小人、ラップ人などがたびたび登場し北欧の民族性や宗教を強く感じる。


他の作品「スイレン」や「白いアネモネ」にはちょっと道徳的ではあるが浜田廣介の作品のようなやさしい明るさがある。「アリとお医者さま」「夏至の夜の話」などには宮沢賢治のイーハトーブの世界を思う。自然のなかの生き物は言葉を持たないが、繊細なこころを持っている。スイレン、シラカバ、アリなどの小さな声がしっかり聞こえてくる。日本の八百万の神々に通じるような気もする。


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たぶん子どもの頃に読んだ昔話や童話は教科書ではないが、心の底の倫理観の礎になっていると思う。ある意味、残忍な話も多々ある。だからこそ子どもたちに伝えていくのはもちろん、寒い冬の夜、大人たちがゆっくりと読んでもおもしろい。



しばらくを見つめ合ひたる冬星をわれのひとみはつつしみて受く





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by minaminouozafk | 2018-01-29 07:55 | Comments(7)

先週、九大病院に行った。
 父と母が知り合ったのは戦時中のこのキャンパスでだった。結婚以来十年ほど夫はここで仕事をしていた。また、ここで長女が産まれ、長女と次女は小児歯科で歯の矯正をしてもらった(おかげで二人とも歯並びは自慢できる)。等々と御縁のある大学病院だが、ここ十年ばかり足を踏み入れることがなかった。

久しぶりに来てみると、先ずビルが増え吉塚駅周辺の町並がすっかり変わっているし、門を入ると以前知っていた建物がなくなり駐車場になっていて、構内を西鉄バスが走っている。ほとんど浦島太郎の気分で、病院の巨大な建物を見上げる。(神の手の彫刻は以前からあった)


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帰る前に、以前あった二つの記念碑が気になり歩いてみた。大丈夫、ちゃんと残っている。

ひとつはここで大正4年に亡くなった長塚節の歌碑、もう一つは釜掛けの松の碑。それぞれ、日本語だけではなく英語、ハングル、中国語で表示された説明板が立ててある。長塚節のものには旅姿の写真もある。


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                        釜掛けの松の記念碑
  

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                                        長塚節の歌碑
              白銀の鍼打つごとききりぎりす
                      幾夜はへなば涼しからなむ


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                                       長塚節(旅姿)


両親から聞いた話や、岩波文庫の斎藤茂吉選「長塚節歌集」の詞書から考えると、当時は病院の裏手はすぐに海岸だったようだ。病院の構内に松林があったと書いてある、秀吉・利休が茶会をしたときの釜掛けの松があっても不思議ではないのだろう。

節が詞書で〈構内にレールを敷きたるは濱へ行く道なり〉と書いたトロッコの線路は長女が生れた頃(1976年)にはまだ、建物の間に残っていた。その後も何年かは残っていたと思う。

それから数十年経ち、そんな時代を知っている人も少なくなった。「以前はここは海岸で、病院の敷地の中に松林があった」と聞いても、今の若いドクターやナース達は到底信じられないだろう。

 街も建物も変貌したが九大病院で最新の診療を受けようと、遠くからも人びとが集まるところは節の時代と変わらない。

彫刻の神の手のした過ぎ行けり病むひとびとと医学生たち 晶子





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by minaminouozafk | 2018-01-28 07:00 | Comments(6)

 先週の土曜日、家内安全祈願のお祓いをしていただくために櫛田神社に出向いた。わが家は神道では無いが、七五三、合格のお願い、旅行や留学中の安全祈願、厄祓い、地鎮祭から棟上げなど全てのことをお櫛田さんにお願いしていたので、毎年の家内安全のお祓いもお櫛田さんにしていただいているのである。わりと暖かかったその日は、私たちのほかにも赤ちゃんのお宮参りや商売繁盛祈願のためか社員一同大勢で来ている会社もあった。


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 30分ほどの待ち時間に本殿の裏手にまわって見ると、お稲荷さんを祀った神社や川上音二郎・貞奴夫妻が土地建物を寄進した碑、さらには博多の商人、島井宗室の屋敷跡から移築された「博多べい」が400年近い風雪に耐えて建っており、その実物の迫力には圧倒されるものが有った。


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<今話題の貴乃花と白鵬の力石>


 お祓いがすむと、いつもの流れで博多では知らない人は居ないだろうという近くのうどん屋「かろのうろん」に行く。「かどのうどん」が訛って「かろのうろん」になったと聞く。店は実際にかどにあり、昔は裏の出入り口も使えたのだが、昨今の観光ブームで紹介されて行列ができるようになったためか、今は表の出入り口しか使われていない。しばらく並んで中に案内されると迷うことなく、ごぼ天うどんを注文する。食べ終わるとさっさと退散。繁盛店のため古い店内の雰囲気にゆっくりと浸る余裕はない。蕎麦もある。下の息子が中学生の頃だったか、明太子そばを注文し上の子から「ここに来てそげなもん注文すんな!」と怒られたことがあった。しかし「俺の勝手やろうもん!」とそばを食べた弟の性格は私に似ているようだ。


 その後、川端商店街のアーケードを通り抜け博多座前のバス停に到着。途中、19年ぶりに復活開店した老舗喫茶店「ばんぢろ」で昔ながらのカップでコーヒーを味わった。

 ちょっとだけ博多情緒に浸れた一日、やっぱりいい街だなあ博多の街は^ ^


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   うどんやが名所となりて行列の中からきこえるハングル漢語


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by minaminouozafk | 2018-01-27 10:28 | Comments(6)

発見  大野英子

今週は再び冷え込んだが、先週の大寒だった土曜日は陽気も良く、実家の草取りに励んだ。

冬の木々は暗緑色に沈んでいたが、そろそろ新緑が目について来た。

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           (朝日を浴びて輝く槇の新芽)

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           (八つ手もみずみずしく育っている)

冬は雑草も少ないが、枯れ草をかきわけていると・・・

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(大きな花芽を付けたふきのとう)
日当たりが良くなった昨年よりも収穫出来そうな勢い。
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(玄関の小さな植え込みのヒヤシンス)
いつ父が植えたのかも定かではないが、毎年必ず花を咲かせる。

〇ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心顫ひそめし日
白秋のこの歌を父も思いながら植えたのかも(昨日は白秋先生の誕生日――)

こんな歌もあったな。
〇水盤の水にひたれるヒヤシンスほのかに咲きて物思はする
これは遊女の部屋で見つけた水盤のウオーターヒヤシンス、布袋葵の歌。
白秋は「ウオタアヒヤシンス」と哀愁をたたえて表記する。
『桐の花』にはさまざまな花が登場する。花々の表記の妙を味わうのも白秋を詠む楽しみ。

いつの間にか無心で草取りに集中してしまう夏も良いが、春を待ち、脈絡もなくつらつらと色んなことを思いながら草取りを楽しむこの季節もまた良い。 
両親が残してくれた貴重な時間。 

      父の(たま)こころに宿り父がせしやうに草取る読書のあひを  


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by minaminouozafk | 2018-01-26 07:09 | Comments(6)

このブログを書いている今日(1/24)は一日中雪催い。仕事の合間合間で窓の外に降る雪を見ていた。

家に帰ってカレンダーを見ると明日(つまり今日1/25)は「日本最低気温の日」とある。1902年(明治35年)に北海道の旭川で氷点下41℃が観測されたという。

氷点下41℃。巨大な冷凍庫の中にいるような気温。
大寒のこの時期はやはり1年で最も寒い時期なのだ。



雪に覆われた家にいて、ふと思い出したのはアンデルセン。

センター入試でムーミンやビッケが話題になったけれど、北欧というとと真っ先にアンデルセンが思い浮かぶ。


子どもの頃に読んでいたアンデルセン童話は親戚の子に譲ってしまった。大人になって同じ本を古本屋で見かけた時には懐かしさのあまり飛びついて買ってしまった。
講談社の『少年少女世界文学全集 北欧編第1巻』。発行は昭和
331212日で訳者は山室静。さし絵は初山滋、堀文子、岩崎ちひろ。まだ「いわさきちひろ」ではない頃のようだ。

活字の形も懐かしい。目次を見ると、

まめつぶの上にねたお姫さま にんぎょひめ 野のハクチョウ ナイチンゲール 雪の女王 赤いくつ 絵のない絵本…など31編の童話が並んでいて、小さい頃に繰り返し読んだ物語がよみがえってくる。

人の善意や清らかさ、また滑稽さやおろかしさ。美しくて、哀しくて、どこか懐かしいお話は詩のようであり、深い教えのようであり、読みながら浄められるような思いを味わっていた。

    アンデルセンその薄ら氷に似し童話抱きつつひと夜ねむりに落ちむとす    『橙黄』


葛原妙子のこの歌を知ったのはいつだったか。
アンデルセン童話の美しさの底にある冷酷さ。おそらく感じていながらも意識となっていなかったものを「薄ら氷に似し」と言葉によって示された驚きは鮮烈だった。

冷酷さに気づいたからと言って魅力が減じるわけではない。美しさと懐かしさ、そして冷たさを合わせ持つアンデルセンの深い魅力をこの作品によって教えられたのだと思う。

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アンデルセン童話を読める窓の外しまきし雪のいつか凪ぎたり


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by minaminouozafk | 2018-01-25 05:52 | Comments(7)

プロップ  有川知津子

ラグビー部の練習をみていると、



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いつのまにか日が暮れる。



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友人は彼の息子をプロップに育てると言っている。


マネージャーになろっかな。



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     たなぞこに方位磁石の針を見て東西南北一巡りせり



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by minaminouozafk | 2018-01-24 06:26 | Comments(7)

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友人しょこいち(水元晶子さん)が関わっている「ぷーさんの会」主催の講演会にお邪魔。


「昔話の語り部、蒲原タツエの世界」@コミュニティスポットわくわく(城南区長尾1-19-2)


講師はNHK文化センターで『古事記』を教えていらっしゃる久我真律子さん。

寒波の緩んだ、温かな日差しの一日、「むかし」の世界にこころ遊ばせた。

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語り部・蒲原タツエさんとは…。

1916(大正5)年、佐賀県杵島郡白石町生まれ。女学校、結婚、2男1女をもうける。嬉野市塩田町に住む。

1972(昭和52)年、夫他界。

1981(昭和62)年から2005(平成17)年の間に、「佐賀民話の会」の宮地武彦氏の訪問を受け843話の昔話を披露。

それが1991(平成3)年には156話を収録した『水ぐるま』(宮地武彦編・三弥井書房)として出版。

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1996年には、語り部として「久留島武彦文学賞」を受賞。

2006(平成18)年には『蒲原タツエ媼の語る八四三話』(同上)として出版された。

2013年、96歳で逝去。同年、ご子息の採話された未収録62話を含む900話以上を収録した『肥前の話の泉』出版された。



幼いころから記憶力に優れ、5,6歳のころから、近所の子どもたちに昔話を語っていたという蒲原さん。

プロジェクターに映し出された在りし日の蒲原さん(82歳ころ)は着物をざっくり纏い、穏やかな笑みを絶やさず、何より「むかし」を語るのが楽しくてたまらない…、そんな感じの人だった。


「むかぁーし、むかし」で始まる蒲原さんの語り。柔らかな肥前言葉が物語の世界をより豊かに彩る。この日、プロジェクターの蒲原さんが語ってくれたのは、河童と母(人間)の知恵比べのお話「男結び女結び」、雨が降るとなぜ蛙が鳴くのか、その訳を教えてくれる「親不孝蛙」、有明海が干潟である理由を語る「河童の年貢」、動物報恩譚「狐の恩返し」、神の霊力がお酒を造る「お神酒の由来」、どんど焼きの由来がわかる「賽の神と火の神」の6編。

「そいばっきゃ(そればっかり)」で結ばれるまでの数分間は異界にこころを遊ばせる時間。荒唐無稽に思われる話も聞き終わるとすがすがしいカタルシスを感じる。「~はずない」「~するべき」…。大人になる途上で背負い込んでしまった数多の呪縛から魂を解放してくれるのが「昔話」。こころが疲れた大人にこそ、昔話を聞いてほしい。


講師の久我さんのガイドも素晴らしかった。

蒲原さんの語る「むかし」を『古事記』や『風土記』、また柳田国男の世界観を交えて説き、民俗学や文化人類学的見地からのアプローチによって肥前地方の昔話を普遍的な人類の貴重な遺産と認識する重要性を語られた点に共感した。


以前、ななみちゃんがシンギュラリティについて書いてくれていた。2045年、AIが人間の能力を凌駕しても、それでも人間にしかなしえない何かがあるのではないだろうか。団扇の風の心地よさ、囲炉裏端の暖かさ…、蒲原さんの言葉には暮しの厚みがある。縁側に腰かけて、タツエおばあちゃんの「むかし」が聞きたかった。



語り部が「むかぁしむかし」と始むれば彼岸此岸の境がにじむ

7年をともに暮らしぬ報恩譚もたざる猫を溺愛しつつ


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蒲原さんの「むかし」を採話した絵本。
挿絵は飯野和好氏。




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by minaminouozafk | 2018-01-23 02:54 | Comments(10)

山陰山陽  百留ななみ


山陰 やまかげとも読む。

下関は山陰本線山陽本線の始発あるいは終着駅。だから一つの市のなかに山陰と山陽が共存する。長府は山陽本線沿い。車を20分ちょっと走らせれば山陰。山陰地方とはたぶん山陰本線沿いの島根、鳥取両県そして山口県北部。


寒波襲来の先週末、松江に向かった。いつも松江は車で行っていたのだが、この寒波で中国山地は大雪。車はあきらめて電車で行くことにした。いろいろ考えて行きは岡山経由の伯備線の特急やくも、帰りは山陰線、山口線経由の特急おきでのグルッと一周コースに決めた。


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新幹線で降り立った岡山駅はとても寒いがきれいな青空。早朝の後楽園は人もまばら。さすが晴れの国おかやまだ。伯備線は倉敷から高梁川沿いを上っていく。のどかな冬晴れの景色が新見駅の辺りから急に雪景色となってくる。分水嶺の谷田峠のトンネルを越えると伯耆の国。国境のトンネルを抜けると本当に大雪。こんどは日野川沿いを下っていく。根雨駅はすっぽりと雪のなか。江尾駅を過ぎると右うしろに伯耆富士のまっ白な大山がうつくしい。あらあらと思う間に雪は消え米子駅に。そのまま松江駅。


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しっとりとした城下町の松江は何度も訪れている。とくに冬の松江は良い。宍道湖には冬鳥があつまっている。圧倒的に多い水鳥はキンクロハジロ。金黒羽白は全身黒だが羽の一部分が白く目が金色のなんとなくフォーマルな雰囲気。夜行性という。夜の闇に光る金色の数多の眼。綺麗だがちょっと怖い。川鵜やオオバンも混じっているが、いずれも黒。そのなかでひときわ目を引くのは白鳥。5羽ほどしかいないが大きさもさながら、白が際立つ。そろそろ夕暮れ。

よいしょっとジャンプしてお尻だけを水面に出して全身で魚を探す黒い鳥たち。

優雅に長い首だけをすっと水面に突っ込む白鳥。


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宍道湖大橋の向こうにオレンジの冬の太陽が沈む。しばらく残照をぼぉっと眺めている。


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朝7時前まだ薄ら明かりだがキンクロハジロたちは湖面に集っている。というか夜行性なのでこれからひと休みかも。エンジン音を響かせて、シジミ採りの小舟が橋の下をくぐってあつまってくる。宍道湖からの朝日がゆっくりのぼる。湖に朱金の帯があらわれる。ほんの10分ちょっとの儚い朱金のひかり。そっと手を合わせる。


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帰りは松江駅から日本海を西にすすむ。水仙はいまが見頃だ。1月の空は蒼い。山口線に入り日原駅を過ぎるとふたたび雪景色。津和野の小さな盆地もすっぽりと雪のなか。長門峡も雪。木戸山トンネルを越えて山口市内に入るとほとんど雪はない。ほっとするようで寂しい気もする。


中国山地を越える列車はその他に、広島から芸備線から木次線経由の出雲行き、芸備線三次から江津へぬける三江線、岡山から鳥取行きの智頭急行スーパーはくと、スーパーいなばがある。三江線はこの3月に廃線。木次線は本数も少なく特急も走ってない。特急やくもは1時間に1本あるが、特急おきは1日3往復。鉄道の存続には利用者増だがなかなか難しい。しかし一度廃線になると復活は無理だ。


それほど険しくはない中国山地であるが昔の街道、鉄道は川に沿っている。海岸線ぎりぎりを走る。今は移動も手段のひとつでなるべく早くという時代。新幹線は次々とホームを出発する。遠回りだし時間はかかるし荷物も自分で持っての移動だから在来線の旅は面倒くさいのだろう。でも、ときどきはおすすめしたい。


「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」を体感できる旅。そんなに時間を持て余すことなく、ゆっくりとろとろ充電できた。



山陽から雪山を越え山陰へふたたび雪山そして山陽




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by minaminouozafk | 2018-01-22 07:37 | Comments(7)