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三月に椋鳥の喧嘩の話を書いた。

あれから三ヶ月、椋鳥は単体の姿を時折見かける程度だったが、梅雨入り前のある日、早朝から複数の鳴き声が響き渡る。

一度に47羽孵化し、巣立ちしたヒナは1ヶ月間程親と行動を共にするという椋鳥。

良く観察すると毛色が淡く、毛羽立つ数羽が親鳥らしい一羽の後をついて川辺の土手を駆け回っていた。

この春、カルガモの親子は見損なったが、思わぬ親子と出会えた。

数日は、朝から本当に賑やかだったが、

また、穏やかな朝に戻った。

いよいよ巣立ち。がんばれっ。

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梅雨入りしたとは言え、まとまった雨は降りきれず、昨日の朝、気の早い熊蝉が鳴き出した。

そして今年もアメリカデイゴの花が咲いていた(私のブログ第一回もこの花だった)

熱帯雨林の華やかな鳥達を思わせる、楽しい花。

椋鳥の代わりに。

   枝先に花房におもく揺れてゐるデイゴは飛び立つときをうかがふ


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by minaminouozafk | 2017-06-30 06:51 | Comments(7)

梅雨空に立つ五重塔が見たくなった。

雨の上がった昼下がり、瑠璃光寺を訪れると五重塔がしっとりとした大気の中にその姿を現していた。

湧き上がる緑の中のしなやかな塔。


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塔の脇には、若山牧水の歌碑がある。書は夫人の喜志子氏のもの。

      

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はつ夏の山のなかなるふる寺の古塔のもとに立てる旅人   若山牧水



牧水は明治40年6月、早稲田の学生の時に中国山地を旅して下関の友人を訪ね、宮崎に帰省している。その旅の途中で瑠璃光寺に立ち寄り歌を残した。

「幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」などの代表的な歌はこの旅で作られ、「はっきり旅人としての自分を自覚したのがこの旅」だと牧水の研究家である歌人の伊藤一彦氏は述べられている。

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牧水も見上げただろうか。



帰り道、

隣接する香山園(毛利家の墓所)に不思議な木があった。

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さるすべりの木から伸びているのは…松の木。

光市の虹の松原で枝がぐるんと一回転した松を見た時も驚いたけれど。

神様は時々不思議なことをされる。



湧き上がる緑の中に立つ塔を見し牧水の若やかな眉

水無月の御寺に水の匂ひ満ちすらりと清し五重の塔は


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by minaminouozafk | 2017-06-29 05:58 | Comments(7)

か・に  有川知津子

このところ渚を歩いてないからなあ~

と思っていたらメールが来た。

件名は、「か・に」。

画像の添付がある。

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蟹!

水深10cmくらい、携帯電話のカメラで撮ったのだそうだ。

つまり、カメラのレンズと蟹のあいだには、海の平らが広がっている。

波の音を知っているから、波音がする。

潮風の匂いを知っているから、潮の匂いがする、髪が潮重りする。

海底を這ったことがあるから、この蟹の浮遊感がわかる(ような気がする)。

画像を伏せてあたりを見回すと、

どうやら今年の折り返し地点に差しかかるようである。


あつさりとシマトネリコと告げられぬもう三年もあやふやな木を


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by minaminouozafk | 2017-06-28 05:46 | Comments(7)

夏至が過ぎた。

実はもう日脚は短くなり始めている。

不思議な季節。




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昨日、6月26日は、宮英子氏の三回忌。

辻本美加さんの三回忌の翌日だ。

大切な人を二人失った、二年前の悲しみが甦る。




英子氏とまみえ得たのはほんの数回。

そんな私の元に突然届いた英子氏からの包み。その中には更紗の『古裂見本帖』、ポストカードブック、グリーティングカードセット(草土社)が入っていて、「お嬢さんに」という流麗な筆致の一文が添えられていた。



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2004年私は第1歌集『アパカバール』を上梓した。その中の




夏木立吹きゆく風はささやけりさらさらさらさ…おまへは更紗




という一首を、英子氏は覚えて下さっていたのだという。しかも同年、英子氏が上梓された歌集が『西域更紗』。まさに更紗の縁であったのだ。





一会員の第1歌集を読み込んで、一首に因んだ心配りをする編集発行人。さりげなく、粋で、ほんの少し己惚れさせてくれる、英子氏はそんな魅力に溢れたひとだった。




その後、英子氏自身からの指名で、宮英子論を書く機会を得たのだが、参考文献として寄贈を受けた全著書に同封された封書がお洒落で、茶目っ気たっぷりであった。90歳を過ぎてなお、この可愛らしさ。やはりこの人は魔女かもしれない。そんなことを思った。



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柊二が英子氏と結ばれていなかったら…と考える。内省的な柊二が歌壇に確固たる地位を得、一大結社を牽引し得た背景には、英子氏の器量がある。柊二という類まれな才能が遍く世に認められるには、英子氏の内助は不可欠であっただろう。




では、もし、英子氏が柊二の妻ではなかったら…。

洗練された美意識、闊達な精神、自在な言語感覚。英子氏の短歌史上の位置付けはどうなっていたのだろう。





いや、柊二の妻でない人生なんて、多分英子氏は望まない。地位とか名誉とか、「そんなものがなんだというの」、きっと英子氏は華やかに一笑に付すことだろう。ただひとりを愛し通した、その矜持と引き換えにできるものはないのだから。




うつしよに在さば百歳天界に過ぎし二年(ふたとせ) むらさきの君


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by minaminouozafk | 2017-06-27 01:44 | Comments(7)


週末からようやく雨模様。梅雨らしくなってきた。


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  昨日の晶子さんのブログのとおり、美加さんが急逝されて二年。

先週、雨が降り出す前の金曜日、長府の路地で早々と咲いている朝顔と出会った。

藍色より少し赤みのあるむらさきの朝顔。

まだ6月、いまから梅雨本番なのに。

美加さん。今年はじめての朝顔です。



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  この春はさくらが遅かったせいか、夏はまだまだと思っていた。

  たしかに暑い日もあるが下関ではまだ真夏日はない。

  なのに、あちらこちらで夏の花が咲いている。

  ご近所の庭で凌霄花の朱花におどろく。


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凌霄花は夏の暑い陽差しと青空が似合う。

よく見れば、あちこちに凌霄花。本格的な梅雨空に開いている。

紫陽花と仲良くならんで咲いている。


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ちょっと気をつけて散歩をすると百日紅のピンクの花もさかり。


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夾竹桃の桃色も。


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カンナの黄色も。


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うれしいのだが不思議な気分。混乱しているのは私だけだろうか。

なぜ、こんなにも咲き急ぐのだろうか。


天草の星の色なる母子草「心配せんでもよかよ。摘まんよ」

辻本 美加『藍のひといろ』


母子草のやさしい黃の花をみるたびに、美加さんの声を思い出しほっとする。美加さんは同い年であるが、短歌の先輩でいつもあたたかく包み込んでくれる姉のような存在だった。「よかです」の言葉にいつも元気をもらっていた。


スピード感がたいせつにされるこのごろ。ついつい流されそうになるが、自分のペースでしっかり地道にすすんでいければと思う。




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水無月の藍のあさがほひらく朝あの世のひかりひとすじとどく

ななみ



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by minaminouozafk | 2017-06-26 07:52 | Comments(7)

藍のひといろ 大西晶子


 

数日前に朝顔の苗を定植した。わが家の朝顔は、もう10年以上前から、新しい種を買わず、庭でできた種を翌年播いている。確か臙脂色や白、絞りなどの種類があったはずなのに、気がつくと全て同じ藍色だけになっていた。
一昨年も昨年も毎年同じ藍色の花が沢山咲いた


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藍色の朝顔が咲くと、2年前の今日、2015年625日に亡くなられた辻本美加さんを思い出す。今日は3回忌にあたる。
五十歳という若さで亡くなられた美加さん、しかも長女の藍さんを十九歳で亡くされて6年後のことだった。
亡くなる直前まで、ご自分の死よりも残されるご家族のことを案じて居られたと、親しくされていた海老原光子さんからお聞きして本当に悔しかった。
どうしてこんなにひどいことを神様はなさるのだろうと思ったものだ。


わが家の定植したばかりの朝顔に、美加さんの歌集『藍のひといろ』を思い浮かべる。
タイトルは集中の〈大鉢に藍ひといろのあさがほがひらきて藍の輪唱をなす〉に拠る。亡くなられた藍さんへの思いのこもった歌だ。


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美加さんの歌集『藍のひといろ』の歌を、高野公彦氏は帯の文に次のように書かれている。

 

天草に生まれ育った辻本美加さんの作品は、天草の豊かな海の光をまとつている。

人生の途中、大きな不幸に出会ひ、悲嘆に沈んだが、くじけず立ち直つた。島娘の底力といふべきか。歌を詠むとき、対象の切り取り方がまことに手際よく、小気味よい。ユーモアのセンスもあり、読む者を泣かせつつ、また楽しませてくれる。


美加さんの作品を『藍のひといろ』から引いてみる。


・歌は生きる恩寵なればスーパーにキャベツの玉を選(え)るときも生(あ)る

・わがことのやうに喜ぶ心根はわがこと喜ぶよりも尊し


・いつの日か風のチケットわれに来て風に還らむことを希(ねが)へり


・ただ人にもどりし時貞少年の首抱きしやその母マルタ


・常盤なる木であることは疲れぬか夕日に昏む千年の楠(くす)


・どこまでもずつとはしつてゆきさうでいつも帰つて来る男なり


・月光も死者も声持つゆふつかた花梨の幹に雲紋のあり

無花果が花嚢の中に隠しゐるむすうの小花、むすうの秘密

・どちらかを一人にさせるサヨナラがいつか来るなり微温燗(ぬるかん)つける


悲しい歌もあるが、どの歌も他者への思い遣りとやさしさに満ちて、読むと胸に沁みる。美加さん自身には耐えがたいほどの悲しみがあったのに。
病気になって以降の美加さんを支えたのは、家族の愛と、歌への思いだったとおもう。


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このブログのタイトル「南の魚座」はもともとは美加さんと、このブログの月曜日担当のななみさん、前出の海老原光子さんの3人が創った小歌誌の名前だった。たった一号で終わったその歌誌に、病状の進んでいた美加さんは文を書き歌も寄せていた。


美加さんが「どこまでも走ってゆきそうでいつも帰ってくる」と詠んだご主人の浩さんは今、コスモス福岡支部に入られ、活躍されている。私たちのこのブログの顧問のおひとりでもある。
このご縁は美加さんからの贈り物、長く大切にしたい。



それにしても大分から福岡に引っ越しをされてこれからずっと一緒に活動できると思っていた、私よりずっと若く笑顔がさわやかだった美加さんにもう会えないと思うと本当に寂しく残念だ。



 藍色に咲くあさがほの一輪は辻本美加さんのすずしき笑顔  晶子






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by minaminouozafk | 2017-06-25 08:23 | Comments(9)

 今週になって少し梅雨らしくなった博多の街である。雨に似合いの紫陽花もようやく本来の美しさを輝かせ始めたようだ。

金曜日の朝日カルチャーからの帰りに、博多駅前広場の飾り山の山小屋が目に飛び込んできた。博多祇園山笠は7月1日からはじまり、5月の博多どんたくと並ぶ博多っ子の祭りだ。その開幕に向けて、飾り山の準備が始まっていたのだ。


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 山笠と聞くと根っからの博多っ子ではないが、何かしら気持ちが弾む。生粋の博多っ子たちの思いは如何ばかりか。「流れ舁き」から始まり、「追い山ならし」、「集団山見せ」などを経て15日の「追い山」本番まで街はじわじわと祭り気分が盛り上がって来る。街で見かける法被姿の男衆たちが街を祭りの色に染め上げてゆく。

 市内の飾り山は14箇所で、わざわざ見物のために出かけなくとも、買物に出た先々で見ることが出来る。飾り山の前には椅子が置かれている場所もあって、色々な年代の人が飾り山の由縁が書かれた立て札を読みながら動くわけでもない飾り山をじっと見ている光景も珍しくはない。

カレンダーを見て、山笠の日程と仕事の休みが合えば出かけてみようかと思う。福岡に住んで三十年、今まで一度だけ15日早朝の「追い山」を見に行ったことがある。見物の私たちにも伝わってくる一種独特の緊張感が何とも言えなかった。今年の「追い山」は土曜日にあたっている。いつもの年より見物客は多いだろう。夜中から出かける体力があれば今年はチャンスかなと思う。


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 駅前の広い道路では地下鉄工事が進み、その脇を真新しい二連結バスが海外からの観光客を乗せて走りだした。追い山が終わると博多の街は梅雨が明けると言われている。


   夏へ向け博多の街は動きだす静から動へと山笠のごと


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by minaminouozafk | 2017-06-24 10:12 | Comments(6)

今年の梅  大野英子

今年は豊作の予感がしていた。
しかし、母の三回忌やなにやかや忙しく、6月に入って梅を摘む機を逸していた。
先週末、漸く準備を整えて実家へ。
うー、梅の木の下には黄色く熟した相当数が落ちている。
もちろん、落ちたものは傷が入り使えない。
熟した実から滴る蜜で、下葉や周囲はぺかぺか。
虫も寄って来ている。
とにかく、枝に残った梅を片っ端から摘む。
そして、落ちた実をゴミ袋に集めて、伸びすぎた枝を切り詰めて、
ついでに周囲の雑草も抜いて、数時間。ようやくすっきり。

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わが家に持ち帰り、キズモノは避けて、洗って、なり口のへたをせっせと外す。

だんだん無心となってゆく。
ふと、・・・こんなことしている場合じゃない。と言う思いと、こんなことでもしていないとやってられないさ。と言う思いが交差する。
でも、健気に実家の庭ですくすくと育ってゆく一部始終を見てきたからには、そして敢なく地面に落ちた子達のためにも美味しく仕上げねば、と言う使命感の勝ち。
両親の仏前にも良い報告をしたい。

アルコール消毒し重さを計ると3kg超え、96個!
申し分のない量。そして、今年は実が大きい~。

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伝わりにくいかな・・・・・・
先ずは塩水で下漬け、ベストの日数は4日間だが、これからが梅雨は本番。
この明後日から一週間雨の予報。
三日連続で天日干し出来る日が早く来てくれるのを祈るのみ。
梅ちゃん達、しばし塩水の中で耐えてねと祈っていた。

   黴ないで、と願いて覗くホウロウの中に浮きゆくわたしの良い子

それから、ちょうど四日目。県歌人会の理事会のために休みを取っていた。昨日までは雨の予報だったのが、この三日間、曇のち晴れに変わっていた!
チャンス。早速、塩水から一個ずつ取りだし、アルコールをくぐらせ笊にON
ベランダに出すと奇跡が。

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さっと、薄日が射してきた。三日とも外出と仕事で、途中ひっくり返すことは出来ないが、塩水の中よりましだろう。

今日で三日目。何とか乗り切れそうな空。半年後が楽しみ。


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by minaminouozafk | 2017-06-23 05:54 | Comments(7)

国道262号線を北へ。かつての萩往還と重なる道が通勤路だった。

山口を出ると萩まで、途中佐々並と明木の信号以外はずっとのノンストップの道。山を縫うように続く道なので、四月の桜、新樹の緑、桐の花…とその折々の自然が美しく、このまま仕事を休んでここにいたいと思うこともしばしばだった。

その中でも心待ちにしていたのが六月の合歓(ねむ)の花。

その時期、萩往還はずっと花合歓の道となる。

花の季になると静かに姿を現し、花が終わるといつのまにか山の緑に紛れてしまう。その控えめさ、淡紅の花(正確には花蘂)のおぼろな風情が好きで、ひそかに合歓街道と呼んでいた。

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日曜日に佐々並まで車を走らせた時はまだ咲いていなかった。

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おとといからの雨で市内の合歓が咲き始めた。合歓は雨の相応う花。



象潟や雨に西施がねぶの花    芭蕉

昼間見し合歓(かうか)のあかき花のいろをあこがれの如く夜憶ひをり   宮柊二



合歓の花はまた、女性の姿を思い起こす。

伏し目がちではかなげで、どこか魅惑的な。

柊二の歌に人の姿はないけれど、合歓の花に重なって美しいい女性の面影がほの見える。



萩往還の合歓もきっと咲き始めたことだろう。

週末は萩まで車を走らせたいと思う。

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葉を閉じた合歓。

            ネムの名は夜、葉を閉じ合わせて眠っているように見えることに由来するという。


合歓街道とひそかに呼べる季(とき)ありておぼろに霞む人も車も


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by minaminouozafk | 2017-06-22 04:26 | Comments(8)

6月歌会は、講師に木畑紀子さんをお招きすることができた。

おそらく、しばらくはこの歌会のことを反芻することになるだろう、そんな歌会になった。

すでに、要を押さえた早苗さんのレポートが上がっている。
(昨日の記事です。タイトルのこと、ありがとうございます)

講演資料「宮柊二 いのちの歌」には、25首の柊二作品が引かれていた。

おそらくは知らるるなけむ一兵(いつぺい)の生(い)きの有様(ありざま)を
  まつぶさに遂(と)げむ                      柊二

これはその4番目の歌。

柊二の歌業全体に目を配りながらのお話に、40分という時間は不足も不足だったけれども、
そのなかでも特に深く立ち入った歌がいくつかあった。この「おそらくは」の歌もその一つ。

岩波文庫版『宮柊二歌集』(宮英子・高野公彦編)。

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通常、柊二の歌をみるのに、この文庫版を使っているという人は多いのではないだろうか。
なんと言っても携行に便利――。

さて、木畑さんはこの4番歌をより深く理解するために、
(歌集中の)その次に置かれた歌を併せて見るべきことを示された。
ただ、この歌は、岩波文庫版には載っていないとのこと。

鉄は熱いうちに復習しなければもったいないということで、
怠け心がなにか言い出すまえに、手元の『宮柊二集』1(岩波書店)をひらいてみる。
4番歌は、「志(こころざし)」という小題のもとに収められた3首中の1首目。

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木畑さんは、この2首目の、

おほかたは言(こと)挙(あ)ぐるなくひたぶるに戦ひ死にき幾人(いくたり)の友
                                     柊二

という歌を口頭で引きながら、柊二の「死の覚悟」のことを話されたのだった。
――いのちのことを話されたのだった。



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                 〈実家の庭の柊〉

  納豆をかきまぜてゐる箸のさき記憶のなかの歌会ひかる


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by minaminouozafk | 2017-06-21 05:28 | Comments(7)