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縁と円  栗山由利

811日、あれあれと言う間に「南の魚座」ブログは立ち上がり、早くも四ヶ月が過ぎてしまいました。未だ、毎週の土曜日を胃が痛くなる思いで迎えていますが、声をかけていただきエイヤッと飛び込んだ新しい世界は、私の知的好奇心に多くの刺激を与えてくれています。


そして、このブログで新しいものを作っていく過程で、皆さまと色々なご縁で繋がっていることも再認識しました。何かしらのご縁があり、なるべくして繋がったのだと感じています。「縁」は「円」につながり、「円」は「輪」につながり、そして「輪」は「和」へとつながる。「縁」は今、「和」へと進化を遂げようとしています。


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来る年も「南の魚座」、どうぞよろしくお願いいたします。

皆さま方にとりまして、2017年が一層の良き年となりますよう心からお祈り申し上げます。


       踏みだした一歩によりそふ手と手と手次の一歩をためらはず出す  由利


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by minaminouozafk | 2016-12-31 10:41 | Comments(7)

今年最後に 大野英子

いよいよ今年も後二日、いよいよ慌ただしくなってきました。
そんな中、当ブログへの訪問ありがとうございます。
先日、今年最後の日曜日は、柳川歌会でした。

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場所はザボンも大きく実っている白秋生家にある白秋記念館会議室。


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おのずと足を踏み入れるとき、気合いが漲ります。あ、他では気合いが入っていないわけではありません。

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先ずは、2階踊り場にある白秋先生のパネルに一礼。
7~9名の小さな会ですが、ひとり二首提出。欠席者にも優しくという責任者である西山博幸さんの意向に添って、全員分のレジメも事前に作り、会終了時にお渡ししています。皆さん活発に意見も出て、出来るだけ作者の意図に添った添削が出来るようその場でご本人の意見も聞くという、少人数ならではの楽しい会です。

普段は、柳川駅まで送迎して頂いていますが(感謝です)その日は気温も上がりお天気も良く、散会後ひとりで辺りを散策しました。

後は下手な写真で

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川に迫り出した、有名な鰻の「本吉屋」
さすが日曜日、冬は炬燵船となるドンコ舟は満員御礼、引っ切り無し。
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沖端の奥まった場所に有る六騎神社。右手に「うぶすな橋」左手奥には帰去来の碑。
有名なからたちの垣根も棘だけとなり形良く手入れされている。地面の箒目も美しいのは、誰も訪れのない証拠か。少しサビシイ。
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「御花」と川を挟んだ遊歩道。
ここもひと気は無く、木々の向こうから川下りの船頭さんの解説する声が聞こえて来る。
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「御花」側から見た船着き場。漁港が近いので有明海の潮が香る。

ほんの二時間足らずの散策だったけれど、久々にのんびり歩いたなあ。

今年は、大会、歌会、墓参り以外はどこにも出かけていないことに気付いた。何と言う余裕のない一年だったのだろう。時間は自分で作るもの。来年はもっと外に出るぞ~。

大いなるわうごんの雲は鳥となり筑紫平野をはばたいてゆく 英子

来年も、私たちの小さな呟きに、お付き合いくださいますよう、どうぞよろしくお願いいたします。


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by minaminouozafk | 2016-12-30 08:03 | Comments(9)

南天九猿  鈴木千登世

春のある日のこと。

その日は病院に行くため半日の休みを取ったのだった。

思いがけず早く診療が終わり、ぽっかりあいた平日の昼前。

忙しく働いてるだろう同僚をちらりと思いつつも、草の匂いのする4月の一の坂川界隈をふらりふらりと歩いた。

一の坂川は桜の名所。

満開の桜は散り始め、風に載った花びらは歩道のあちらこちらへと運ばれていた。


道を一本入ると竪小路。大内時代に館のあった通りが細く伸びる。

古い町並の中に古民家を改装した店があった。

入り口の雛人形に目を惹かれ中に入ると、うすぐらい店の中にはどこか懐かしい手作りの雑貨が並んでいる。奥の座敷は茶房になっているようだ。

ふと、座敷の入り口あたりにあった、組紐の帯に色とりどりの衣装を身に着けた子猿の置物に目がとまる。

南天の枝にまたがる九匹の猿。南天は難転、九猿は苦去る、「南天九猿」と呼ばれる縁起物だとお店の人に教えてもらった。早速買い求め、以来、玄関先で災厄を払ってくれている。

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平成28年、申年。

嬉しいことも多くあったけれど、この年齢になると悲しみごとも避けられない。

心が沈む日々に、この置物を見ると不思議に和んだ。小さな猿たちが波を越えて進もうとしているけなげな姿に、そうだよねぇとつぶやく。もうちょっと頑張ろうと思う。

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               風船蔓の種の頭がかわいらしい

今年もいよいよあと三日。新しい年がどんな年になるかはわからないけれどきっと大丈夫。

一歩前に出ようと飛び込んだ今年の素敵な出会いに深く深く感謝。

   ほほほいと声を掛けつつ青海をひた漕ぎ渡る南天九猿   千登世

来る年が幸い多い年となりますように。


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by minaminouozafk | 2016-12-29 08:50 | Comments(7)

一年の終わりに、あれこれ思い返しています。

そういえば、ブログを始めてからずいぶん画像が扱えるようになりました。

と言っても、はじめの頃は画像の縮小さえできなかったのですから、
その「なった」程度は推して知るべし、です。

ではでは、その「なった」のほどをご覧ください。

4か月余りの記事を読み返しながら、こんなこと(*)をして楽しみました。

画像下の「青文字」は各記事からの引用です。
(あ~みなさん、画像をムダンでお借りしました。すてきな文章も)




        晶子さんの庭より(9月4日)*赤と黄、書き込んでみました。

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     「蜘蛛たちの一生は一年という、早春に孵化し、秋に成熟するというので、
                今はまだ少女の蜘蛛らしい」



       
        由利さんならではの一枚(9月24日)*並べてみました。

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 「そうだ、この人は『秋の七草』は『春の七草』のように食するものと思っているのだ」




          英子さんの思い出(10月21日)*フレームを。

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           「たぶん真ん中のおさげちゃんは母のお手本」




         早苗さんちの愛猫うづ(12月8日)*分身の術~

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    「ヴェネツィアのカルナバーレのように、幾つもの自分を生きられればいい」




        千登世さんの音楽(12月22日)*どうやったのだった?

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           「「文体」は「歌」となって心に残った」




         ななみさんのニワトリ(12月26日)*鏡写しに。

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                 「来年は酉年。
   長府の忌宮神社拝殿にもニワトリの絵の大きな絵馬が掛けられ新年を待っている」





どんな理屈で、こういった画像表現が達成されているのか1ミリも理解できていませんが、
そんなことはあまり関係ないようです。(もっといろいろできるのでしょうね)


来年もしずかーに水曜日を書いてまいります。
こころより、よろしくお願い申し上げます。

――さあ新年、その日の朝の目覚めに何を思いましょうか。

  産声をあげなかつたといふわたし冬の毛布のあたたかきこと

おかげさまです。



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by minaminouozafk | 2016-12-28 05:38 | Comments(8)

駱駝柄の… 藤野早苗

クリスマス三連休前夜。
なんとなくスマホを開いて、そのままさるオークションページへ。

和服を着始めた頃、着付け小物を買ったり、様々な着物を眺めたり、ネットを徘徊していた時期があったけれど、最近はめっきりネットオークションにはご無沙汰していたのだが。

開いたのは、「紬」のページ。目に飛び込んできたのは、オークション終了15分前の表示のある一着。
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(画像お借りしています。)
結城紬だが、それにしても珍しい柄行きである。深い緑色から茶色のグラデーションで表された砂漠を黒く織り出された駱駝が歩いている。

ああ、もう駄目。
こういうのに弱いのだ。オークション終了まで10分余り。出費多端な年末、しかも今後何年かは毎月避けられないかなりの額の出費が決まっている。迷っている場合ではない、この場はさっさと立ち去って…、と考える頭とは裏腹に、入札ボタンを押す右手人差し指。やってしまった。

結局、何度かの再入札を経て、駱駝結城紬を落札。一旦入札したが最後、勢いで突っ走ってしまうのがネットオークションの怖いところ。だけどこれも何かの縁。少々後悔しつつも、粛々と取引手続きを済ませた。あとは翌日落札金額を指定口座に振り込めば大丈夫。

ネットショップも三連休は店休日。振り込みを終えて4日過ぎた今もまだ、駱駝の着物は届いていない。こののんびり感がいい。あの一枚は、すばしこい黒猫さんや、健脚の飛脚さんではなく、やさしい目の駱駝の背にゆっくり揺られてやって来てほしいと思うから。


漠土ゆく隊商思ふおほぞらをトナカイの橇駈けゐむ聖夜 早苗



✳︎今年最後の記事担当日になりました。8月11日以来、訪問下さりありがとうございました。来る年も毎日更新継続を目指し、精進いたします。引き続きご支援いただきますよう、お願い申し上げます。
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by minaminouozafk | 2016-12-27 00:26 | Comments(9)

来年は酉年。長府の忌宮神社拝殿にもニワトリの絵の大きな絵馬が掛けられ新年を待っている。


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神社の境内にはいつも鳩、ニワトリが闊歩しているが、今年は春先から不思議な家族構成のニワトリが気になっていた。立派な茶色の雄鶏と焦げ茶の雌鳥にふわふわ烏骨鶏のヒナ7羽。たぶん育ての親なのだろうが、ふわふわ黒足のヒナたちが茶色を追いかける光景は微笑ましい。


秋をむかえヒナたちはどんどん大きくなり、小さな鶏冠ものぞいている。でも烏骨鶏の数が1羽少ない。どこかお出かけ中かしら。もう大人だし。


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秋のはじめ、いつものように遠目にニワトリたちが見える。しかし近づくとなんだかいつもと違う。茶色が4? 烏骨鶏は3羽だけ。茶色はいつもの父母ではない。まだ青年って感じ、烏骨鶏も同世代って感じ。そわそわ落ち着かない様子。いつもの仲良し家族は境内には見当たらない。


気になるので2、3日後に覗くといつもの仲良し家族がいつもの場所に。こんどは新参者の青年鶏たちは何処へ。同じ境内にある八坂神社の隅に新しい小屋がある。新入りたちはそろって小屋の中にいた。やっぱり神社の鶏たちにも縄張り意識があるのだろう。新参者が仲間としてみとめられるには時間が必要だ。ひと月ほど2グループに分かれてなんとなく牽制するように境内を歩き回っていた。


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ようやくこのごろ、仲良く入り混じっている。烏骨鶏は新旧の区別がつかない。しかし、よく観察すると嘴で背中や頭をつついたり、蹴りをいれたりと乱暴者だ。


新入りの茶色たちは何という種類なのかと思い写真を撮って調べるがよくわからない。そこで宮司さんならばと尋ねてみると「雑種やから」の返答。私の中に鶏の雑種は想定外だった。野良犬がうろうろして怖かった昭和の時代。野良犬はほぼ雑種。飼犬も拾ってきた雑種が多かった。


そうだ。ニワトリは人に噛みつかないし、遠くまで移動もしないしほぼ境内が生活基盤。だから、雑種も次々と。なんだか愉しくなってきた。世知辛い世の中、にわとりは気ままに生きている。来年は酉年。


雑種犬少なくなりて境内のにはとり雑種いろどりどりなり

ななみ


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by minaminouozafk | 2016-12-26 09:12 | Comments(7)

金柑と柚子  大西晶子

 Merry Christmas!
    

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           以下、クリスマスとは関係がない話題です。


           今、庭の金柑と柚子が収穫期を迎えている。

              写真上は柚子、下が金柑、
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   金柑はヒヨドリが突つきに来ては穴を開けて行くが、
   たくさん食べるわけではないので黙認。
   わが家の金柑の種類はよく分からないが、お店にあるものより細長い。 


   たくさん実が生るので、毎年三度くらいは鍋にいっぱい金柑の
   甘煮を作るが、苦味と酸味を抜くためにゆでこぼし、水で一晩
   晒す以外は、ごく手抜きの作り方。
   切り目を入れ、ひたすら煮るだけ。
   砂糖の量もその時の気分次第なので、時により甘さが違ったりする。
   それでも、家族が喜んでくれるので、それでいいことにする。

    柚子のジャムを作るのは2回目。
   この木を植えてそろそろ11年になるが、こんなにたくさん実を
   つけたのは初めてだ。
   一昨年は割にたくさん生ったが、昨年は裏年だった。


   柚子マーマレードは味噌とまぜて柚子味噌もできるし、あると便利。
   こちらは少し手間がかかるが、細かい手作業は結構たのしい。
   あとで肩こりに襲われたりすることもあるのだけど。

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   写真は22・23日につくった、りんごジャム、柚子マーマレード、金柑の甘煮、。
  (りんごはわが家の庭ではできません、到来物。)
   家中に果物の香がひろがり、寒い季節のこの作業は楽しい。
  
   ところで、ジャムとマーマレードの違とは?
   以前から気になっていたので、調べてみた。


   材料に果皮が入っていないものがジャム、果皮が入っているものは
   マーマレードだとのこと。
   納得!でした。



   金柑を柚子を煮ながら思ひをりピエタの図に見るマリアの悲嘆 晶子
  






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by minaminouozafk | 2016-12-25 07:00 | Comments(9)

 ふるさと大分はみかんの産地である。私が住んでいた10代のころは、杵築や津久見のみかんは美味しいと言われ、その後一人暮らしをしていた時には、荷物はいつも丈夫なみかんの箱で送られて来た。


 柑橘類が身近なせいだからでもないだろうが、実家のおせちには金柑の甘露煮は欠かせない。料理好きの母は、昔からいろんな本を見ては美味しい甘露煮の作り方を試していた。今もネットで検索するとはちみつ、水飴、氷砂糖等などを使ったたくさんのレシピが出てくる。

 しかし、わが家の作り方は意外や意外である。ヘタと種を取った金柑を弱火で最初は25度の焼酎で炊き、その後砂糖を加えて炊く。水はいれない。長時間炊くのでアルコール分は残ることは無いから、子供でもお酒の苦手な人でも食べることが出来る。母がこの方法にしてからは仕上がりの品質が格段に上がり安定した。


 今年も近場の店の金柑の顔を見比べながら、なるべく色艶の良い美人さんのそれを探している。



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          《大分産の「はるみ」。赤ちゃんの顔くらいの大きさ、味は優しい》


      金の輪が重なりあひて出番待つ金柑ならぶ師走の市に  由利




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by minaminouozafk | 2016-12-24 12:26 | Comments(7)

大好きなタモリさんがゲストと言うことで、見てみた。

中居くんとのトーク、70歳以上となったタモリさんの免許更新の実地試験の話で。

「試験官と聞くと年上だと思ってしまいへーへーするんだよね」
というタモリさんの言葉に、
「なんですか?」と返す中居くん。

えッ?へーへーが通じない!?
自分が使うのかといえば使わないが、なんだか懐かしい響き。
前後の文脈からして、頭を低くして相手に接する「へこへこする」と同義語であるのは明確。
早速、ネット検索しても、全くヒットしない。

博多弁では「すーすーする」「とっとーと」など、メジャーになっていると思われるものもあるが、なんせタモリさん自体が博多を離れて数十年の方。もしかして記憶遺産並!?

生粋の博多っ子である友人に問い合わせてみると、

<私の感覚では「へこへこ」より「へぇへぇ」の方が近いかなと思っていたら『吾輩は猫である』の中にありました。 以下参考文
「巡査なぞは自分達が金を出して番人に雇っておくのだくらいの事は心得ているのたが、実際に臨むといやにへぇへぇする」
特に博多弁では無いと思います>

と言う意外な答が返ってきた。
漱石の言語表現の面白さは卓越だが、見つけてくれた友人にも感謝。

もしかして懐かしいのは長崎の言葉?いや、タモリさんだし、などとつらつら考えていると、その後のSMAP×SMAPが全く頭に入らないまま終わっていた。

誰か心当たりのある方、教えてくださ~い。

さて、今日は今年最後の朝日カルチャーセンター講義です。
締めくくりに相応しく、祝、大西淳子さんと言うわけで、歌集とO先生賞受賞作鑑賞を予定しています。

昨日「cocoon」拝受いたしました。若い力がびんびん伝わります。
文字も大きくなって、さくさく読めますねー。
じっくりと読み込んで、資料として使わせていただきたいと思っています。

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  白鷺のゆくかとあふぐ青空に冬の彼方をめざす旅客機
  良かつたと言へるひと日を送りたし空にましろき旅客機がゆく 英子
 

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by minaminouozafk | 2016-12-23 07:16 | Comments(9)

「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体。 ~略~ (「文体」を「音」にすると)私の理想とする音をそのまま表してくれていると感じました。」

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今年度の本屋大賞受賞作『羊と鋼の森』(宮下奈都)は調律師を志す青年の成長の物語。

この一節は、主人公を調律の道に導いた調律師が、原民喜の言葉を引用して主人公に語った言葉。「文体」は「歌」となって心に残った。惹かれる歌はどこかこの一節に触れている。


先日の合同出版記念会で小島ゆかりさんの『馬上』の批評紹介を担当した。


石鹸はむかしの朝の匂ひなりむかしの朝の父のひげ剃り  『馬上』小島ゆかり

昭和3、40年代、ひげ剃りはカミソリを使っていた。

丸っこい専用の刷毛で石鹸をふくふくと泡立てて頬に塗る。白いひげの生えたような、いつもと違う父の顔。興味津々で見守った。石鹸の匂い。平和で穏やかないつもの朝。

この一首は「石鹸」と題された連作の最後に置かれている。「石鹸」はお父様の死を描いた一連であり、読者は父の死という現実を知ってこの一首に出会う。

穏やかで懐かしい日々、何の心配もなく幸せだったあの日。それはもう永遠に帰らない日々であり、深い断絶がそこに横たわる。静かな慟哭。


『馬上』には早苗さんの優れた評(8月23日)がある。多くの挽歌が詠まれているが、悲しみをくぐった言葉は深い慰謝となり、心をそっと包んでくれる。

アルバムの写真はその日その時の父の瞳に映りたるわれ  千登世





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by minaminouozafk | 2016-12-22 05:34 | Comments(5)