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三日相撲  百留ななみ


今年もあと2ヶ月。今日で神無月も終わり。氏神様たちも戻ってこられるのだろうか


長府の忌宮神社では每年11月3日に三日相撲がある。正確にいうと荒熊稲荷の大祭。ちょっと大きな神社ではどこでもだが、長門国二宮の忌宮神社には境内社として荒熊稲荷、八坂神社が、また飛び地境内として満珠、干珠の島もある。


先週、ぱったん、ぱったん、ゆっくりと地面をたたく音に気づき神社の石段をあがると、やっぱり土俵作りが始まっていた。昔ながらの木槌の音が秋空に心地よい。



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日常の抜け道でもある境内。今日、土俵はほぼ完成。青いバケツでおじさんが撒いている白いものは塩。ずっと前からこの方法だそうだ。偉大なる塩にびっくりだ。一日に何回もまいては、鏝と木槌で固めるという。昨夜の雨はしっかりとブルーシートでまもられていた。こうしておよそ10日間の手作業でようやく完成間近の土俵。


今年は引退した地元出身の豊真将関もくるらしい。土と水と塩と人の力で出来上がった土俵は力士たちが対戦してもびくともしないと、嬉しそうに説明していただいた。土俵の高さはここ数年危険防止ということで半分くらいになったようだ。でも、4、5年に1回位くらいは雨で中止となるという。


土俵とは   中に土をつめた俵。 ②相撲の競技場。つき固めた土の周囲を①で丸く囲んだもの。土俵場。『広辞苑』  とある。忌宮神社の三日相撲でも、60cmの土をつめた俵を20個で丸く囲むという。今年はぜひ至近距離でみてみよう。


土たたく木槌の音のアンダンテ鳩もあはせて地面をつつく

百留ななみ


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by minaminouozafk | 2016-10-31 07:30 | Comments(4)

一週間

この一週間でいろいろな事が進んだ。
コスモス福岡支部の支部報「水城」265号の校了、来年10月までの歌会会場の確保、来年の講師出前の歌会の手続き、などなど。

今日は結社内同人誌「灯船」の批評会、早起きをして名古屋に行く。
3号にして初めての批評会出席。名古屋の街を歩くのは初めてなので、乗換案内や駅の地図などのプリントを用意した。
「桟橋」の批評会を思い出して、少し緊張している。

ところで、以前にもこの場をかりて紹介した「宗像大社短歌大会」まであと丁度一週間。
前日の会場作りまでは委員会もないが、もう一度お誘いを。


     第四十五回 宗像大社短歌大会一般の部 
 
 
       会場   宗像大社清明殿
       日時   11月6日 12:00~ 15:40

       講師・講演演題
          有川知津子氏 「白秋の初期の詩法に学ぶ」
   
   歌会選者  青木昭子、大野英子、桜川冴子、野田光介 の各氏(アイウエオ順)


講師の有川知津子さん選者の大野英子さんは、当ブログのメンバーで水曜日と金曜日を担当する筆者です。
また選者のお一人の野田光介氏の歌集「半人半馬」を、10月27日の当ブログで藤野早苗さんが紹介させて頂いたばかりと、今回の宗像大社短歌大会はこのブログと縁が深いのです。
ぜひ沢山の方々にお出でいただきたいと願っています。


昨年の宗像大社短歌大会会場風景
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11月6日の大会当日は受付にお申し出くだされば、どなたも歓迎いたしますので、詠草を出されていない方もどうぞお気軽にお出で下さい。

11月2日からは「西日本菊花大会」が大社の斎庭で開かれていますので、そちらも併せてお楽しみ頂けます。お待ちしております。

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  ものごとが進むは嬉し支部報の印刷なりて届くを待つも  大西晶子

  


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by minaminouozafk | 2016-10-30 06:30 | Comments(8)

毎日が特に変わったこともなく過ぎるのを良しと思えるようになったのは、ほかでもなく年齢のせいだろう。10代20代はいつも何かしらの変化を期待していた。早く学校を卒業したい、日本を出て海外で仕事ができないか、自動車の免許が欲しい等など。それが年齢を重ね人生の選択を繰り返すごとにデクレッシェンド状態になった。


究極の選択は右か左か、1か2かの二者択一である。ということは、n回の選択をすればそこには2のn乗の道があったことになる。進学、就職、結婚、引越しと大きな選択から趣味、友人、猫を飼うか犬にするかなど小さなものまで、その数はとてつもなく大きい。


そうか、2のn乗の私があったのだと考えるとその一人ひとりを想像してみたくなる。高専に行かなければ、東京に出なければ、結婚相手が違っていたらなど、全く別の生き方があったのだろう。しかし、私は今を一番良しとする。おそらくどの道を選んだとしても五十歩百歩。なぜなら、決めたのはほかでもない私だから。


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                     《まだ未知数だった私と31,2歳の父》


でもまだ、選択のチャンスが無くなったわけではない。夫は中国に住みたいと言い、私は、夏場は札幌に住みたいと思っている。可能性は別にして、それを選択した自分を想像すると新たな変化にわくわくするのである。


       野球なら七回にチャンスありといふ今のわたしは六回を攻める  由利


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by minaminouozafk | 2016-10-29 09:37 | Comments(5)

盆開けからベランダの外に組まれたままだった外壁工事の足場とネットが消えていた。
先週末、実家に一泊して夜、帰宅すると突然無くなっていたので、消えたとしか思えなかった。
当初、一ヶ月の予定だったのが二ヶ月を超えて、見慣れ過ぎていたことも、そう思わせた要因だろう。
何せ九月は雨と台風の予報が多かった。
実際、台風は来なくても、外での工事は予報があれば中断するしかない。
その度、わが家のプランターや植木鉢は足場とベランダを行ったり来たり。
工事の若者達、ご苦労さまでした。
ホースで繋がれているエアコンの室外機はベランダの床を塗るとき、いったいどうするのだろうと思っていたところ、二日間宙吊りの刑という荒業も目撃!!

何はともあれ、久しぶりのベランダからの空。
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翌月曜はすっきり秋晴。出勤前に急ぎ撮ったガラケーでのピンボケ、ごめんなさい。
火曜日、早朝五時はまだ星空。
このブログを始めたときは、アンタレスがあったはずの空にくっきりとオリオン座が現れ、ベテルギウス、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウスが冬の大三角を作り、おうし座のアルデバランも輝いている。
月日の流れは早い。冬が来る。

        もう誰も通らぬベランダの外を昼の三日月ひつそり過ぎる 英子


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by minaminouozafk | 2016-10-28 07:16 | Comments(6)

・一羽消え一羽あらわれ天上のきまぐれ神が遊ばす雲雀
・日の温み求めて蛇がのびている六十代の狭い坂道
・ドライアイス一日分がサービスの葬祭積立コースを選ぶ
・ブラインドを一一一一一から/////しばし眺むる十六夜の月
・病室の夜の長さをもてあそぶ魔が来て時間をこねては伸ばす
・トラックの荷台に立ちて行くガラスどこへ行っても立っていなさい
・月光をさらり柄杓でひとすくい入れて蓋して棺桶が成る
・出口へと通路をのぼる 今見たる映画の夢より足を抜きつつ
・灰神楽時に立たせてどっしりと火鉢があった祖父ちゃんが居た
・炙られてはじけるシシャモは網の上女はある日突然怒る
・金の斧落としましたと言う方が得なこの世に浮く昼の月
・芹なずな髑髏小町の眼窩よりごぎょうはこべら春の七草

野田光介氏は福岡県小郡市在住。短歌結社「やまなみ」の選者。県歌人会の理事、副会長を歴任された福岡歌壇の重鎮である。お会いするたびに温和な笑顔で気さくにお声をかけて下さり、つい、お父さんと呼びそうになってしまう。

しかし、本歌集を読んで、そんな野田氏の印象は間違っていたのではないかと思うに至った。鋭いのだ。そして面白いのだ。言葉の感覚が柔軟で軽やか。穏やかな日常に潜む毒を韻律に乗せてさらりと吐き出す。生きの日々にある悔しさや無念が独特な比喩によって文学に昇華されている。いやいや、油断ならない人物である。野田氏はあの好人物的笑顔の陰で、しっかり見るべきものは見ていたのだ。


・ガンで死ぬ干からびて死ぬ欝で死ぬ金魚と老母の死に方競べ
・水無月はほとけ顔した母が来る盥回しの盥に乗りて
・コスモスの枯れ尽くしたる土手寒し親は死ぬべし子は生きるべし

母上を詠んだ作品はどれも苦しい。背景には長い介護の時間があったのだろう。冷徹さの向こうに覗く母への思いが切ない。

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本歌集のタイトルの由来となったのは、
・自転車に半人半馬号と書く人間半分やめたくなりて
という一首。半人半馬とはもちろんケンタウロスのこと。野田氏は、自身の内に住む、倫理や常識で縛ることができない荒ぶるたましいに「半人半馬」と名付けたのだ。

ケンタウロスは、芸術の神で好色の神。なるほど、一筋縄ではいかないこの歌集のタイトルとしてこれほど相応うものはないだろう。

装画はアルフレッド・コーエンの「Bicycle」
美しい半人半馬号である。


秋の雨後入り日を映すにはたづみ地獄の口のごとき明るさ 早苗
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by minaminouozafk | 2016-10-27 01:04 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(4)

埋蔵文化財というくくりで見れば、那珂川と御笠川に挟まれたこのあたり一帯を
「比恵遺跡群」という。そんなことを以前(どこかの水曜日で)書いたことがあった。
そのときに気にかかっていた遺跡は、いまも白く目隠しされて調査中である。

今日は、ピンポイントの「比恵遺跡」のことをすこし。

「ピンポイントの」などと軽めの冠をかむせたのは、
「比恵遺跡」と言って「比恵遺跡群」を指す言葉づかいもあり、
ややこしくなるのを避けるためである。

この遺構、保存中である。どういうふうに保存されているかというと、こういうふう。

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調査後、きれいに埋め戻された。(24日夕撮影。右半分の翳りは背後に建つビルのおとす影)
風化とはよくいったもので、風に触れないのがいいのらしい。
埋め戻されてどれくらいたつだろうか。一般公開には時間がかかると聞く。

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  少し前まではこんなかんじだった。
  こんなつもりで通りかかったところが、
  すっかり刈られていたのだった。






ところで、その歴史的価値は知るひとぞ知る。

わが国の正史の第一書『日本書紀』宣化天皇元年(536年)の条に、
「修造官家那津口」とある。これは詔の一節で、

「官家(みやけ)を那津(なのつ)の口(ほとり)に修造(つくりた)てよ」

とよむのだそうだ(小学館編新編日本古典文学全集)。

「官家を那津の港に建てよ」!

むろん、建てられたはずである。詔であるからには。

それでつまり、この「比恵遺跡」は、『日本書紀』に登場し、
「那津官家」と通称されるミヤケにゆかりの遺構と見られている。

「那津官家」とは?

(ざっくり言うと)大和政権が朝鮮半島情勢を見据えてつくった政治的軍事的拠点、
……深くは立ち入るまい。

いにしえの昔に、

官家を那津の港に建てよ!

との詔によって現出した建物がこのあたりにあったのだ。

  秋風はひかるほかなし壮年の祖父の航海日誌のうへに


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by minaminouozafk | 2016-10-26 06:53 | Comments(4)

10月22日土曜日は、ふくおか県民文化祭2016短歌大会。天神の真中、バーニーズニューヨークの5階のレソラホールでの開催で、雨模様にもかかわらずホールは満員。盛況でした。

講師は、「心の花」の伊藤一彦さん。演題は「短歌のある人生」。若山牧水の恋のうた、自然のうた、旅のうた、酒のうた、ふるさとのうたを引いて、「うたにならないものはない。何も詠むべきものがないという人は、人生を損している。」とお話されたのが心に残りました。

他にも、
・短歌は必ず推敲しないとダメ。そのためには、出来た後しばらく寝かせて、思いが沈静化したあたりで、表現を他者の眼差で客観的に見直す事が大切。
・歌を詠む際には、歌集原稿として歌を考える。そうすると、必然的に連作構成を考えるようになり、発展的に足りない歌を詠み足そうと思うようになる。逆に、以前詠んだような作品は、自己模倣として詠むまいと思うようになる。
・歌集は出した方がいい。そこで一区切りがついて次の世界へ踏み出す事が出来るようになる。
・色々な歌人の作品を読むのもいいが、1人の歌人を徹底して読むのは作歌の糧になる。
・日本人にとって、和歌は宗教的な位置付けだった。だからこそ、古来人は辞世に短歌を詠んだのだ。
などのお話が印象的でした。

予定の1時間をオーバーしての講演、いつもながら、伊藤さんのバイタリティには圧倒されます。人気講師なのも納得。会場は明るい空気で満たされていました。

さて、今大会の最高賞、福岡県知事賞は、筑後市の井寺容子さんの作品
・狼もこぶたも真似ずやはらかなママのこゑして絵本をめくる
井寺さんは、「やまなみ」所属。各種大会の最高賞総なめの歴戦の勇者です。今回も眼差のあたたかさ、特異性で抜きん出ていました。おめでとうございます。

大会終了後、「心の花」のみなさまと「コスモス」会員、そして「ポトナム」の中島行矢さんで、伊藤一彦さんとパチリ。

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楽しゅうございました。

大会役員のみなさま、お疲れ様でございました。ありがとうございました。


伊藤一彦さん繋がりで、もう一件。南の会の「梁」91号が届きました。この歌誌の特徴は文章が多く、しかも全て読み応えがあること。書き手が充実しています。
中でも嬉しかったのは、上村典子さんの時評「蕨のごとく頭垂れ」。コスモスの敬愛する歌人、柏崎驍二さんを4ページにわたって考察して下さっています。柏崎さんは今年の4月15日逝去。熊本地震の最中の事でした。7冊もの歌集を再読したという上村さんの、文筆に対する真摯さに感動し、丁寧な読みと鑑賞眼、なめらかな筆致に感服しました。

・岩手の風土に生まれ、育ち、生きることを選び続けて生き抜いた。拡散ではなく、自己の収斂を貫いたのだと思う。

柏崎驍二さんの生き方をよくぞ読み取って下さいました。ありがとうございました。

コスモス福岡支部より、近日刊行予定の次号「水城」は柏崎驍二特集号です。でも、結社外の方が心を尽くして書いて下さった批評を拝読するといいようのない喜びが湧いてきます。「梁」91号、ぜひご一読下さい。もちろん短歌作品も読み応えあります。

ああ、勉強しないと‼︎

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声太き人に悪人をらぬこと日向一彦見れば思ほゆ          早苗


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by minaminouozafk | 2016-10-25 02:01 | 歌会・大会覚書 | Comments(4)

秋茄子  百留ななみ


 野菜がない。高いのはもちろんだが、本当に品薄だ。デパ地下はいつも通り色とりどりの野菜がならんでいるが・・・


野菜は天候に大きく左右されるので、不作な時はあって当然だ。しかし、このごろはずっとずっと品薄がつづく。実りの秋になってもそれは変わらない。


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我が家の小さな菜園で10月も終わりに近い今、一番元気なのは茄子。さすが秋茄子。葉脈のむらさき、花のむらさき、実のむらさき、微妙にちがって美しい。ピーマンもまだ元気。いずれも夏野菜だ。9月に蒔いた大根、蕪、小松菜などは発芽したもののあまり大きくならない。間引き菜はせいぜい味噌汁の具だが、ぼちぼち浅漬けに。 


凄まじい暑さのまえの春、キヌサヤ、空豆はわりと採れたが、玉ねぎは小さく不作だった。庭に出るのもためらった8月は、途中からトマトもインゲンもあきらめてしまった。私の住んでいる小さな城下町長府には昔ながらの市場があり、路地で朝取り野菜を農家のおばちゃんが売っている。この夏、おばちゃんの数はめっきり減り、9月もほとんど見られなかった。ようやく、先週はじめて掘ったと言う里芋、サツマイモ、蕪や大根の間引き菜などを並べているおばちゃんに出会えた。朝9時過ぎ、すでに葱、小松菜は完売だった。


食はたいせつな源である。外食、中食では野菜の品薄には気が付かない。魚の旬もわからない。脂が乗った鰯は焼くだけでおいしい。高菜の間引き菜も浅漬けにするとちょっとピリピリで御飯がすすむ。掘りたての里芋は煮るだけで本当にほっこりしている。おしゃれで美味しいお店も、簡単にスマホで見つけられる。しかし、一方では鈍感になってしまっているようで。もっと土を大地を触り、踏みしめたい。土からあらゆる植物が発芽する。その草を食べる虫や動物。それを食べる動物。雑食の人間はなんでもいただく。できるだけ、野菜も魚もそのままの形で食べたい。と言い訳していつも大雑把な手抜き料理である。



晩秋の茄子はフライに間引き菜の蕪は浅漬け鯵は昆布締め

百留ななみ


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by minaminouozafk | 2016-10-24 06:42 | Comments(6)

わが家の台所は北向きで、西と北の二方に窓がある。毎年春になると守宮がそれぞれの窓にほとんど毎晩現れ、ガラス越しにその餌を捕る様子がみられる。

最近まで私は守宮は両生類だとばかり思っていたが、実は爬虫類。
鱗もあり、蜥蜴と同様に尻尾を切って敵からのがれるという。ただ再生した尻尾は骨までは再生しないので、元よりも小さくなるとのこと


朝まで居残る守宮
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夜の守宮 餌になる虫が居るとすばやく身をくねらせ捕食する
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残念ながら、ガラスごしに腹側ばかりを見ているので、どんな顔の守宮なのかを知らない。そもそも灯の下などで見る守宮も、顔をしげしげ見たことが無い。
そこで調べてみたら、写真では黒いつぶらな目が可愛い。
しかし守宮の目にはまぶたが無いそうだ。まぶたが変化した一枚のうろこで目は守られ、それを折々に舌でなめて目の掃除をするという。
眠るときはどうするのかが気になったが、それは書かれたものを見つけられなかった。

守宮の寿命は10年くらい。とすると、私が見て来た太った守宮たちは毎年同じ守宮だったのか。
なんだか嬉しくなってしまう。

もう10月も下旬、そろそろ守宮たちも姿を消し冬眠に入るころ。
来年の春に元気でまた来てくれることを楽しみにしている。

  守宮とは家守りと聞けば年どしに厨の窓に来るをよろこぶ  大西晶子




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by minaminouozafk | 2016-10-23 07:00 | Comments(5)

祖母は私が四歳になる前に亡くなった。父が六人兄弟の末っ子だったので一緒に暮らす時間が短かったのは仕方がないことかと思う。その短い間の思い出が薄ぼんやりとではあるがいくつか残っている。

お座敷の畳に少し離れてすわりボールを転がして遊んで、時々に「お上手、お上手」と言って小さな缶からちいさな飴玉をくれたこと。一寸法師の絵本の鬼の絵を見て私が泣くので、鬼の絵に白い紙を貼って本を読んでくれたこと。そして祖母が「お山の大将」の歌を歌うと、私が決まってしくしく泣いたこと。


       お山の大将 おれひとり

       あとから来るもの つきおとせ

       ころげて落ちて またのぼる

       赤い夕日の 丘の上


       子ども四人が 青草に

       あそびつかれて ちりゆけば


       お山の大将 月ひとつ

       あとから来るもの 夜ばかり


西条八十・作詞 本居長世・作曲の童謡だ。「お山の大将」という遊びをしていた子供たちが日も暮れてそれぞれ家に帰ったあとは、お月さまだけが空に残ってあとから来るのは夜の闇だけだという内容の歌詞だ。力強い歌ではなく中盤のメロディーは物悲しい。ただ、私は幼心に後半の歌詞の意味を、残るのは子供の中の一人で家に帰れない事情がある、そしてそれをお月さまが見守っているんだと思っていた。そんな場面が浮かんで涙が溢れた。


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                      《秋の陽射しの公園。ちいさな山がある》




 久しぶりにYouTubeでこの歌を聞いてみた。やはり鼻の奥が少しばかりツンとして、小さなお山のてっぺんに一人残っている子供が見えた。

      五さいまで泣き虫小虫だつたこと知る人ひとり母だけとなり  由利


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by minaminouozafk | 2016-10-22 12:01 | Comments(6)