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遠い秋空

 九月に入って空の色が少し秋めいてきた。これから秋が深まると空の色はしっかりとした青となり、好きな青色の中でもその青色が一番好きだ。そして思い出す歌が「五つの赤い風船」の「遠い世界に」である。


    遠い世界に旅に出ようか

  それとも赤い風船に乗って

    雲の上を歩いてみようか……


 この歌が流行った1969年は大学紛争が盛んな頃であった。まだ中学生の私には、スクラムを組んで機動隊とぶつかり、バリケードに立てこもる学生たちの真の主張までは理解出来なかったが、それでも大きなものに対して自分たちの理想を主張し行動するその姿に憧れがあった。その頃に優しいメロディーにのり、私の心に飛び込んできたのがこの歌であった。しかし、その年齢に達する前に学生運動は方向性を変えてしまった。

        

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〈飛行機雲がスタートラインなら、さしずめ虹はゴールテープか〉


 あの頃の若者は「暗い霧を吹きとばしたい」「だけど僕たち若者がいる」「一つの道を力のかぎり明日の世界を探しにいこう」と常に未来を見ていた。と憧れた者として、夢が持てない若者が多い今、この歌を大事にしたいと思う。


           飛び立てる気持ちになれば青空の飛行機雲はスタートライン  栗山由利


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by minaminouozafk | 2016-09-10 09:45 | Comments(4)

愛子さん

先週の続きのようになるが、アクロス文化情報ラウンジの大型モニターでは、勿論柳川の白秋祭水上パレードの様子やさげもん祭、白秋の童謡も紹介されている。大写しの白秋先生のお写真を拝しながら働けることに、幸せを感じたりする。

やがて、白秋祭の季節が来る。
11月2日の白秋祭短歌大会の選者に、昨年より宮英子氏に代わり小島ゆかり氏が加わり、今年はゆかりさんが講師として来福される。
講演会で、どんな白秋像を語って下さるのかとても楽しみ。

でも、今年から白秋祭は、私にとって少し胸がきゅんとなるものとなってしまった。

今年4月30日お亡くなりになった、柳川支部の西山愛子さんとの約束である。

愛子さんは、面倒見が良く、短歌への取り組みも熱心な方で、皆から「愛子さん」と親しまれ、愛される方だった。
娘くらいの年齢の私に大会でも気さくに声を掛けて下さり、福岡支部歌会にも参加され、折々に励まされていた。

白秋祭は、柳川支部の皆さんが縁の下の力持ちとして支えておられるのだが、愛子さんもそのひとり。高野さんが来られるときは、終了後の囲む会の時に地元の珍味である、むつごろうやわけのしんのすを調理し持参され、おもてなしして下さった。

一昨年冬、胆管癌が見つかり闘病生活に入られ、度々胆管のチューブを交換しなければならないなど、辛い治療に耐えながら、第一歌集を上梓された。
昨年冬の東京歌集批評会には、お嬢さんが代理で出席されたが、盛会だったことを聞き、出席していた私に帰宅して数日後、お電話を下さった。

チューブ交換後であり、批評会の話を聞いて体調も良いときだったようで、明るいお声だった。
今年の白秋祭に、ゆかりさんが来られることを伝えると、かわいらしい柳川弁で
「そうね~ゆかりさんが来なはると~。それまでに元気にならやんねぇ。ゆかりさんにも、ご馳走ば用意せやんね。英子さんも一緒に手伝どうてね。」と話され、一緒に準備する事を約束したのに。

この電話を頂いたのは仕事を終えアクロスビルを出るときだった。
健気で明るい愛子さんの声に、吹き抜けの天井を仰いだ。
いつもは造形美を感じていた景観が、傷だらけの半月のように見えて少し哀しかった。

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       愛子さんの歌集『トンボの気分』より
       嫁とわれ本音言合ひそののちは雨後の木立のやうにさはさは
       再びは来ずと思へば五家荘久蓮子(くれこ)吊り橋の揺れを恐れず
       夏の夜の星と遊びてそだちけむ今朝のゴーヤはずつしり太る  
       フリージアの球根ひとつ小春日に土をおこして寝かしつけたり
       紫陽花の色は天意の賜物と眺むる愛子八十八歳

常に好奇心にあふれて前向き、全てに愛を注いでこられた愛子さんのお人柄そのままの優しさに満ちた歌集です。
             
   葬り日は八十八夜晴れわたる空に満ちゐし愛子さんのこゑ 大野英子


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by minaminouozafk | 2016-09-09 06:02 | Comments(6)

星になった人

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              画像、お借りしています

I'm a shooting star leaping through the sky,(Don't stop me now./Queen)
僕は夜空を切り裂く流れ星…

またフレディネタですみません。

先日9月5日、生誕70年を記念して小惑星が「フレディ・マーキュリー」と名付けられたというニュースが流れました。それを全世界に発信したのは、Queenのギタリスト、ブライアン・メイ。フレディの盟友で、女王陛下のコマンダーとしてサーの称号を持ち、インペリアルカレッジオブロンドンで天文物理学の博士号を取得した人物です。

フレディが亡くなった1991年に発見された17473番目のその小惑星は肉眼では確認できないそうですが、この空のどこかで輝いていると思うとなんだか元気が湧いてきます。

世界的に高名なフレディですが、生前はfamousというよりnotoriousな存在でした。人種の問題、LGBTの問題、最後は自身の命を失う原因となったAIDSの問題、フレディの周囲にはいつも偏見と誤解、マイノリティの孤独がありました。

当時、フレディはさまざまなマイノリティ差別の矢面に立っていました。こころない中傷に鬱々としたこともあったそうです。現在、ようやく社会のノーマライゼーションが進みつつある背景には、マイノリティ文化を背負って奮闘したフレディのような先人の存在があったのではないかと思います。今回の小惑星も、偉大なヴォーカリストとしてという以上に、フレディの社会的、文化的な影響力の大きさに対する評価だったのでしょう。

環境の要請ありて現るる少数派(マイノリティ)は進化のしるべ               藤野早苗

考えてみると、フレディは4回、星になっています。
最初はファルーク・ドラサラからFreddie Mercuryになったとき。(Mercuryは水星)
次は、世界的Starになったとき。
そして、1991年11月24日神に召されたとき。
さらに、この小惑星。

やはり後世に名を残す人は、そういう星の下に生まれてくるのですね、文字通り。

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by minaminouozafk | 2016-09-08 08:24 | Comments(5)

那珂川と御笠川の間で

有川知津子

近くで発掘調査がはじまった。

あたらしい調査区画は白い戸張で目隠しされておごそかだ。

来年の初めごろまで調査はつづく。戸張に立てかけられた「埋蔵文化財発掘調査中」の看板にそう書いてある。

その後は埋め戻されて駐車場になるのだとか。

ここは比恵遺跡群。

福岡平野の、那珂川と御笠川に挟まれたこのあたりは、ちょっとした丘陵になっている。

住んでいてそんな感じはしないけれども、なっているらしい。

この一帯に、ヒエイセキグンはある。

江戸のころ、甚兵衛さんが届けでた金印には「漢委奴国王」と刻まれていた。

ずっとむかし、このへんは ナコク と呼ばれていてね、集落がたくさんあったんだ。
コーセー(後世?)が、海に近いこのあたりを比恵遺跡群って――、で、これはその中の一つ。

弥生時代のものも出るし聖徳太子時代のものも出る。

一緒にいた友人が、まあまあいいかげんに説明してくれた。

季節は小刻みに秋にかたむくようだ。

文明は川のほとりで生まれると習ったのは何年生だったろう。

那珂川と御笠川を頭のなかで鳥瞰してみる。

ぐぐーんと北上すると博多湾が見えてくる。

うつろへば川のほとりを目指したるいにしへびとの私もひとり


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   御笠川です。5日の朝の撮影。

   台風の影響で雲雲雲。

   前方に博多湾という位置から。


   那珂川は、金曜日(9月2日)の英子さんの頁に。

   すてきな夕景です。

   ココをクリック、しても飛べません。

   (ごめんなさい。リンクの貼り方学習中――)






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by minaminouozafk | 2016-09-07 06:30 | Comments(5)

祖母の着物

私の着物は祖母の箪笥に仕舞われていたものが多い。

祖母は明治33年生れ。元は長州藩に苗字帯刀を許された商家の四女だったが、父親の知人の借財の保証倒れで全財産を失ったという、明治新政府下で頻繁に起こった悲劇を実体験した人だった。姉三人の名前は、フジ、タカ、ナスと目出度いが、四女の祖母は、もう女はよし、ということでそのままヨシ。姉三人まではなんとか女学校を卒業し、医師、廻船問屋、地主と良縁に恵まれた。一家の倒産時、祖母は女学校卒業間際であったというが、なんの未練もなく退学し、逓信省の電報係になってモールス信号を打っていたらしい。

その頃、近くの小学校に着任してきたのが祖父、浩郎。町を歩けば袂に恋文が溢れたという逸話のあったモテ男が選んだのが、電報係の祖母ヨシ。当時は珍しい恋愛結婚だったわけだ。

ヨシは美しかったのか、と言われるとちょっと困る。ただ明治の女性としては抜きん出て大柄な160センチ超の身長で手脚がとても長かった。数学が得意で知事表彰も受けたらしい。一方、浩郎はちょっと小柄な優男。社交的で愛敬溢れる人物だった。

二人の組み合わせに私は遺伝子の妙をつくづく感じる。DNAの解析など全く考えられなかった時代にごく自然に相互補完的な相手を選んで夫婦になった。そこに生物としての直観力の鋭さを感じる。私の記憶の中ではいつも祖父が祖母を気遣っていた。

客観的に見ると美人でも、愛敬があるわけでもない祖母がなぜこんなに大事にされるのか、私はずっと不思議だったが、ようやくわかってきたような気がする。

祖父は、祖母の直さを愛したのだ。虚飾を嫌い、実を重んじ、自らに誠実な人柄を尊んだのだ。それを教えてくれたのは、祖母が残した着物たち。地味な色味の紬や銘仙が祖母自身の手で丁寧に縫い上げられている。幼い私にはわからなかった滋味がこの着物たちにはある。それは多分、藤野ヨシという女性の魅力だったのだ。

祖母でなくヨシさんとして語りたし日向たの縁でお針をしつつ
                            藤野早苗
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by minaminouozafk | 2016-09-06 03:51 | Comments(8)

貝殻と石ころ

貝殻を耳にあててごらん。波の音が聴こえるよ。

おさない私にささやいたのは誰だったのか記憶にない。でも巻き貝を耳にあてると今も波の音がきこえる。貝殻は、たぶん貝にとっては鎧、そして骨でもある。


ちょうど今、台風12号が福岡最接近です。大丈夫でしょうか・・・そのまま玄界灘を北上。下関駅まで海岸線を往復してきましたが、関門海峡はそれほどでもなかったです。057.gif


波の音を聴くためだけに通った夜の海。今はもっぱら昼の海だが、夏の終わりは犬の散歩の人くらいでちょっと寂しい。発泡スチロール、ペットボトルの転がるなか、青く丸いガラス片、淡い黄色やピンクの貝殻。ひとつだけ、ふたつだけとポケットに入れる。波に濯われてきれいな石ころも一つ二つ三つ。


利尻島の海岸の石は利尻山噴火による火山岩で黒や茶色の軽石だった。家々にある昆布干し場には丸い軽石だと昆布がくっつくのでわざわざ尖った砂利が混ぜてあった。これも、一つ二つポケットに。この夏の新入りだ。


むかしからポケットに不思議なものを拾うのが好きだった。玉虫の翅、ウニの殻、楓の種。片付け下手ですぐに行方不明となるのだが、桜貝が入っている木の箱はちゃんと予想通りの引き出しにあった。おそらく40年以上前のものだ。時々庭に放つのだが、けっこう貝殻、小石のコレクションは眠っていた。


 

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貝殻と石ころ。今では化石の骨片でもDNA鑑定ができるらしい。ということは貝殻もDNAをもっているのか。木の実も落葉もたぶんDNAをもつ。石ころにはDNAはなさそうだ。DNAは遺伝子。そもそも遺伝子とは。生命とは。生物とは。よくわからない。



【生物】動物・植物など、生命をもち、成長・繁殖するもの。いきもの。

【無生物】生命がなく、生活機能をもたないもの。石や水など。    『明鏡国語辞典』


生物とは無生物とは貝殻と石ころならべ堂々めぐり

百留ななみ


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by minaminouozafk | 2016-09-05 07:22 | Comments(7)

脱皮

今日の画像は脱皮した皮(殻?)と一緒に風にふかれている女郎蜘蛛。大きさは3~4センチくらいとまだ小さい。
蜘蛛たちの一生は一年という、早春に孵化し、秋に成熟するというので、今はまだ少女の蜘蛛らしい


雨のあとにんじん色のゆふぞらに大き巣ありて蜘蛛少女
(アラクネ)澄めり  高野公彦『天泣』               

転生のはざまのあはき生なりや紫蘇の葉わたる足細 (あしぼそ) 小蜘蛛    同           


人にはあまり好かれない女郎蜘蛛だけど、毎日見ていると勤勉でいじらしい。
早朝から働くらしく、日がのぼる頃には完璧な巣を編み終わっている。
脱皮をくりかえし大きくなり、やがて婚姻色の赤が腹にあらわれる、正直に言ってその頃の雌蜘蛛は少し気味が悪い。
冬が来る頃にはいつの間にか見えなくなる、そのころ卵を産み一生を終えるのかもしれない。
他の昆虫のように、いつか羽化する自分を蜘蛛は夢見ることはないのだろうか。

それはさておき、わが家の庭でせっせと害虫退治をしてくれる蜘蛛たちに感謝している。
晴れた朝に仰ぐ女郎蜘蛛の巣はうつくしい。

   
       脱皮してやがて羽化するやうな生信じてゐたり十二のわれは  大西晶子

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by minaminouozafk | 2016-09-04 07:00 | Comments(6)

やれば出来た

 免許更新の知らせが届いた。ふだんは見ることの少ない免許証だが、あらためて見ると〈普自二〉の記載がある。これは中型自動二輪の免許で400CCのオートバイまで乗れるというものだが、取得までは思いのほか大変で希望のバイクに乗るには400CCのバイクで試験を受けなければならなかった。

 そもそもバイクの免許を取ろうとしたのは夫の影響であり、バイクの後ろに乗っている時間が長くなると退屈で、すぐに居眠りをするようになった。よく落ちなかったし、事故にもならなかったと今でも思い出すと怖くなる。そこで、じゃあ自分で運転するしかないと一念発起したわけだ。身長150センチちょっとの私にはその大きさのバイクは取り回しが大変で、またがったところで足は爪先立ちの状態にしかならなかったし、何より自動車の教習と違い、バイクには一人で乗らないといけないので運転の怖さはこの上なかった。いくつかの失敗もした。スラロームではパイロンをなぎ倒し、一本橋では脱輪し転んで気を失った。担当教官は大変だったと思う。
でも、何とか一回で合格し〈中型自動二輪〉の免許を手に入れた。その後、まもなく夫とオートバイを買いに行ったのは言うまでもない。

 あちらこちら出かけたツーリングでの写真を見ると、楽しさ満面の笑顔で写っている。
女性ライダーのまだ少なかった時代。思い立ったら何をするか分からない性格が残っていることを期待したい。


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       三十年前の写真のわれに言ふ「大丈夫、あなたは元気にここにいるよ」と 栗山由利


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by minaminouozafk | 2016-09-03 07:36 | Comments(5)

アクロス福岡

福岡の中心部に位置する複合施設アクロスビルには、「文化観光情報ひろば」と言うコーナーがある。
福岡県はもとより、九州、沖縄、山口エリアまで観光、イベント、グルメ情報まで常時950種類のパンフレットが用意されている。

外国人旅行者のために、ボランティア通訳ガイドさんも常駐し、日々国内外の方が大勢訪れている。
ゆったりとした椅子、テーブルも置かれ、無料Wi-Fiも完備され、大型モニターでは、県内の観光地や特産品が紹介され、まさしくおもてなしの心に溢れた場所。
一角にある喫茶コーナーで私は週三日働いています。運が良ければ!?お会い出来るかも。

私達のブログが誕生したのもこの場所。
そして、コスモス福岡支部、毎月第二日曜の歌会は二階にあるセミナー室で13時より行われ、終った後のこの喫茶コーナーでのお茶会も楽しみのひとつ。

とても利便性の良い場所です。支部の垣根を越えて、また、短歌に興味があるけど・・・という方も気軽に参加して頂きたいなあ。
優しいおばちゃん達が待ってますよ。
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写真は、アクロス傍の那珂川に掛かる橋から海側の風景。
多くの観光客は、この反対側の歓楽街中洲のネオンばかりを撮っているが、私はこちらの景が好き。
真夏の仕事帰りには夕日が美しかったが、段々と日暮れが早くなって行く。
屋形船は中洲と博多港を行き来し、一番奥は港にある「博多ポートタワー」
360度の大パノラマを楽しめて、かつては「博多パラダイス」と呼ばれた博多のシンボルだったが、今は福岡タワーにその座を譲り渡している。

      <博多パラダイス>と呼ばれし頃は豪華客船なくたひらなる港でありし 大野英子
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by minaminouozafk | 2016-09-02 07:06 | Comments(9)

木綿の時間

藤野早苗

・花筏あまた浮かべてたゆたひぬ海にとけ合ふ室見の川は
・はい、恋に捨ててもいいと思ふ命すてずに今も持つてをります
・鳴く蝉の一心不乱を「婚活」といふ友のゐてひと日かがやく
・育児書の<余白>が大事 子育ては抱きしむること笑まふことから
・一粒づつ梅を返せばその度に塩の濃くなる私のこころ
・ねこじやらし揺らす三歳 全身で笑ふ一歳 椎の木かげに
・攻撃は苦手なる子のポジションはいつもディフェンス風ばかり見て
・息子とは楡のやうなり風すうと立たせて片手上げてゆくなり
・ぎらぎらを過ぎてしらじらその後をしらしらと月照り渡りたり
・「胡瓜断ち」「博多手一本」「鼻取り」や「鉄砲」山笠の言葉も奔る
・二百歳、三百歳の樹が若者のやうな貌せりロンドンに生き

三輪良子さんの第1歌集『木綿の時間』から。三輪さんは「心の花」所属。夫君の転勤で日本各地にお住まいの後、現在は福岡市在住。「筑紫歌壇賞」の関係でご一緒することがあります。

掲出歌、叙景よし、人事よし、内省的な作品もよし、ウィットも十分。若いだけでは詠めない、経験値による厚みが三輪作品の魅力。育児書の<余白>の大切さを、三輪さんから直接聞きたかった。息子を楡のようだというセンス、そんな親子の距離間を教えて欲しかった。歌人としてはもちろん、人間としてとても魅力的な人なのです。

世の中にはこんな幸せな人がいるのだ。三輪さんにお会いする度、うらやましく思います。三輪さんは佇まいのうつくしい人。ふわりとしたオーラに包まれているような印象です。悲しみや挫折、そんな負の感情からもっとも遠いところにいる人のように思っていました。

・継ぐ者の絶えし故郷の墓を洗ふ段々無口になりゆく母と
・緩びつつふはり惚けてゆく母を見ることもなし四十歳のままで
・踏ん張つて夕焼け空を仰ぐ母さびしいともう言うてもええよ
・おかあさんあなたの笑顔は世界一娘の名前忘れてゐても

三輪さんは弟さんを若くして亡くされています。作品から推るに、40歳くらいでしょうか。自身の悲しみに加え、逆縁というこれ以上ない悲しみを経験された母上を支えることも三輪さんの肩にかかってきます。加齢がすすみ、次第に危さを増す母上の認知。
・われに倦み人に倦みたる秋ひと日カラスことばで話をしよう
・どつさりと野菜買ひきて煮炊きする明日の鬱につまづかぬやう
・「水瓶座」なる星なれば折々に泣きたいときを少し傾く

ああ、三輪さんにも泣きたいときがあったのだ、自分のことは後回しにして、めぐりの人の幸せを願っていたのだ・・。歌集を読んで今更ながら三輪さんの器量の大きさを感じたのでした。

・子を三人生みて育てし歳月はたとへば木綿のやうなる時間

歌集名の由来となった1首です。夏は涼しく、冬には暖か。汚れたら水で洗え、たちまち清潔になる。着馴れれば肌触りよく、しかも丈夫でへこたれない。
三輪さんをめぐる家族の時間はまさに「木綿の時間」。じっくりと味わい深い時間が流れています。


ささくれし今日のこころを憩はしむ君がめぐりの木綿の時間      藤野早苗

*時々歌集紹介したいと思っています。

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by minaminouozafk | 2016-09-01 09:24 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)