<   2016年 09月 ( 30 )   > この月の画像一覧

今日は、ご紹介したい一冊があります。
コスモス短歌会、北九州在住六十七歳。平成十六年に入会し、六十歳以上で入会五年以内の方が受賞対象である結社内の純黄賞を十九年に受賞されました。

一貫して男の哀歓漂う独自な視線で詠み、その外連味のない作品に惹かれます。毎月本誌が届くと真っ先に作品を探す方も多いのではないでしょうか。私もその一人。

二年程前、脳梗塞で半年間ほど欠詠され、経過が心配されていましたが、遂に待望の第一歌集を上梓されました。

藤村さんの作品は、全く説明臭さがないのに、詠まれている方達、対象の輪郭がくっきりと立ち上がってきます。それは、藤村さんが相手の方としっかり向き合い、愛情を持って詠んでいるからなのでしょう。そして、素直な心情の吐露に一首一首、頷いたり、ツッコミを入れたりと、引き込まれている私がいました。

何かと謎の多き私生活でしたが、歌集のあとがきによるとはなかなかの波乱ぶりのお方のようです。故郷出雲を離れ北九州で自営業を営まれる順調な中、突然不安神経症を患い十年近く外出もままならないなか、奥様に勧められ短歌教室へ。そこで出会い、病を抱え挫けそうになる藤村さんを励まし五年間指導してくださったのがコスモス元選者の矢野京子さん。お二人のお陰で現在の歌人藤村氏が居るようです(私からも、お二人に感謝です。)

出身地出雲のあらぶる神、素戔嗚尊の妻を愛する心に触れてせっせと奥様を詠んいでいるという愛妻家。
まずは奥様の歌から。

  手の甲をつまんで皺の戻る間がわれよりさきと燥ぐつれあい   
  呆けゆく親を看たいと告げられて 妻よいいとも。惚れなおしたり 
  秋空に胸をそらせば気の満ちてまだまだ君と生きるぞ僕は 
  夫などだれでもよかったかもしれぬ 家内が秋の月愛でている 
  信子さま女菩薩さまと懸命に拝みたおして今に連れ添う 
  むらさきの藤村信子は四十年以来(このかた)われの若草の妻 

様々な表現を使い奥様を詠む。そこには多面的に見ている手ばなしの愛がぐいぐいと迫って来ます。太陽のように明るく飄々とした奥様像が浮かび、だからこそ、藤村さんは「だれでもよかったかもしれぬ」と、小さな不安を抱き、拝み倒した奥様に新たな愛を注ぐ。本当に羨ましいですねえ。

そして、ご自身の歌。
  叶はざる願いをひとつふたつほど捨て得ず黄砂ふる街に棲む
  これの世の悩みなんぞはほうやれと捨てに怒濤の岬まできた
  鳴かず飛ばずああそうだった青春の体力勝負の一時期除き 
  妻という枝にぶらさがる樹懶(なまけもの)われと倅と犬のいっぴき 
  このごろは呑んでも虎になるまえに狸饂飩(たぬき)で締めて夜道をもどる
  左巻き左党そのうえ左前わが身の上のひだりの悲哀 177

深いため息のような歌、諧謔性を帯びた歌、どの歌にも、生身の藤村さんが立ち上がって来ます。私の大好きな方代を思わせる歌も散見され、生き方もきっとシンプルさを求めているだろう事が伝わります。しかも表面をなぞっただけで終らずご自身のものになっていて、そこに留まろうとしない工夫が散見されます。

藤村さんの歌集には、人への視線が印象深く詠まれています。

  「僕はねえ父さん、家が大好きなインドア人でしばらくいたい」
  コンビニのバイト募集の面接に行けど落とされまた籠る子よ
   嘘多き友と知りつつもてなされしこたま飲んだ(越乃寒梅) 
  壜ビール飲めばなつかし犬歯にて蓋抜く技を持ちいし友が 
  「お歳暮を今年はきっと送るから」・・・・・・だけど呉ない朋友(ポンユー)ひとり 
  宵の街蝸牛色(まいまいいろ)の段ボールを巧みに組んでひとの入りたり 
  わが町の銭湯消えて頽齢の総身刺青(そうみしせい)おとこ懐かし 

はじめの二首は、同居する三男さんの歌。集中、この息子さんのお人柄、父としての眼差しも読みどころです。
何だか訳ありの方が多そうですが、藤村さんのフィルターを通すと愛すべき昭和の男たちが立ち上がって来ます。藤村さんこそが昭和を背負った哀愁の男なのだからでしょう。

人へ向ける眼差しもさながら、叙景歌も、ユニークで豊かさを感じます。

  平仮名(おんなで)に偲ぶ花あり夜の秋ふようゆうすげくずからすうり 
  ユーカリの葉にぶらさがる黒揚羽世界を逆に見て黙しおり 
  拝啓(こんにちは) 蟬(きみ)が啼くのを陰ながらいとしみ聴いております 敬具(それじゃあ)
  懸命にバタフライして来し波が岬でくだけ背泳ぎとなる 
  夕立に濡れつつ息を吹き返す江戸風鈴の真っ赤な金魚 161

地上での短い命である蟬に寄せる思い。波の変化さえ見逃さず擬人化する。暑さと無風のなか、乾涸びそうな風鈴に描かれた金魚が嬉しそうにしっぽを翻すさまが浮かび、藤村さんもまた夕立に生き返ったような思いが伝わります。表記や、奥村さんが帯に書かれた「コトバへの拘り」などの工夫がまた楽しませてくれます。
仮託する思いは、二首目の世界を逆さまに見る黒揚羽、きっと沈黙の男、藤村さんなのではと思わせる一首です。

最後に今年亡くなられた、遠く離れたお母様の歌。親不孝な息子からつたない手向けとすると、あとがきは結ばれています。

  昏れはやき秋の家居のさみしさを告げて母よりの電話切れたり 
  還暦のわれが米寿の母を祝ぐほかにはだれもいない雪の夜 
  擂鉢の底のようなる谷あいに米寿の母の棲みて離れず 
  銀色の振り子時計は かつかつと古家に母の寿命を削る 
  ははそはの母は惚けて特老に われは姥捨て餓鬼となり果つ

常に静寂に包まれているような、お母様との時間、お二人を包む時間の重さまで伝わってきます。同居出来ないままながらも、折々訪ねて詠まれた介護詠は、同じ経験を持つ者として、差し迫るものを感じました。これしか方法はないと解っていても、拭いきれない後悔。でも、これだけ作品に残すことが出来たと言うことは、しっかり向き合って来た証しです。

紹介できませんでしたがペーソスのなかにユーモア溢れる作品も楽しませてくれました。本当にじんわりと心に沁みる、藤村さんの世界をお一人でも多くの方に知って頂きたいと思い、長くなりました。

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  歌集カバーです。表は奥様、裏は息子さんのイラスト。内容も本体もご家族共同作業の、固い絆の一冊。
  現在、体調を崩されコスモスも欠詠されています。一日も早いご回復と復帰を心から願い、お待ちしています。

女時なるとき良きうたを詠うべしあらぶるスサノヲうちに目覚めよ 英子


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by minaminouozafk | 2016-09-30 06:57 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(11)

和裁教室 藤野早苗

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和裁を始めた。

祖母の着物は糸力が抜けているものが多いし、いただいたお品はとても上等なものばかりなだけに裄丈、身丈が合わないのが残念でならない。洗い張りの上、仕立て変えをしたいものもある。

しかし、着物のお直しは高い。そして、取り扱い所も少ない。時間もかかる。ええい、そんなことなら、もうっ…ということで、思い切って和裁教室に通うことにしたのである。

今縫っているのは半襦袢。晒し木綿から仕立てる。あとは襟をくけて、両袖を付ければ完成。ここまで2カ月。週一だから仕方ない。生来不器用な私がよく頑張った。自分を褒めてあげたい。

着物には型紙がない。反物に鯨尺を当ててヘラ印をつけ、裁断する。直線で裁つため生地に無駄が出ない。

今でこそ反物は高速織機で量産されるようになったが、そもそもは家内制手工業。麻は苧麻から、絹は蚕から、まず績んで、紡いで、括って、染めて、架けて、織って、そしてようやく反物になる。その莫大な手間のかかった生地を切り刻むなどもってのほかであったろう。裁つ回数は最小限に、細い糸と針で布地にかける負担はできるだけ小さく…。糸を抜いたら、またもとの生地に過不足なく戻るように…。着物のデザインは究極のエコスタイルだ。

数ヶ月単位の流行りにはもう疲れた。身体にも切れが無くなった。着物はそんな私の救世主。百年前の1着を自分の身体に沿わせながら着付けてゆく。自分が過ごしやすいように着ればいい。

自分の気に入った布帛に身を包む日のために、一針一針、今は半襦袢の襟をくけている。


さらさらにいとほしき身とみづからを労ひながら縫ふ半襦袢       
                           藤野早苗




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by minaminouozafk | 2016-09-29 10:42 | Comments(5)

それは、一枚一枚手渡された。

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高島野十郎は、明治23年、今の久留米市(福岡県)に生まれた。
歌人年表をみると、その年には土屋文明が生まれている。白秋はすでに生まれていた。

昨年末から今年にかけて、野十郎の没後40年を記念した巡回展があった。
福岡県立美術館(2015124日~)から始まった巡回展は、
目黒区美術館、足利市立美術館とまわって、ふたたび福岡(筑後市の九州芸文館)にもどり、先日(9月22日)、すべての日程を終えた。

野十郎には、40点ほどの「蠟燭」がある。

会期終了に間に合って出かけた九州芸文館には、16枚の「蠟燭」が展示されていた。
どの作品も小品で、画面中央に火をともした1本の蠟燭が描かれている。
順路に沿って一つ一つ見てゆく。
半分ほどを過ぎたところで、この「蠟燭」に一票、とおもう「蠟燭」に行きあった。

キャプションには、

                sp14

              蠟燭

          Candle

       戦後期(after 1945

      油彩・板 22.5×15.6cm 

             個人蔵

とある。

野十郎は生涯、蠟燭を描き続けた。
個展に出すこともなく、売ることもなく、火を灯しては、ただただ描いた。

そして、手渡した。

野十郎の場合、「個人蔵」とは、かりそめではないのだ。

最終巡回地である九州芸文館には、ほかの会場では展示されることのなかった作品が
14点ほどならんだ。sp14 はそのひとつだった。

画像は、「九州芸文館 特別出品作品図録」を撮影したもの。

野十郎のこの一灯を手渡しのこころにて押す送信ボタン



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by minaminouozafk | 2016-09-28 07:16 | Comments(6)

9月25日、日曜日は筑紫歌壇賞贈賞式。運営スタッフ〈しらぬい会〉の一員として、朝から太宰府に出仕。会場設営、受付、パネルディスカッション…とけっこうキツキツなスケジュール。贈賞式終了後は、場所を移しての懇親会。70名超の参加をいただき、大盛会。良かったあ!

と、まあ、1日の流れはこんな感じ。

で、そもそも、筑紫歌壇賞って何?という方のために、ちょっと説明。

ご存知の通り、太宰府は万葉歌の聖地。旅人、憶良が太宰帥として任官し、筑紫歌壇という和歌コミュニティができたことはつとに知られるところ。当時の旅人、憶良がかなりの高齢であったことから、、60歳以上の方の第1歌集の中で優れた作品に贈賞しようということになった次第。このアイディア発案者は、伊藤一彦さん。主催者は、国際科学技術文化振興会理事長の隈智恵子さん。選考委員は、伊藤一彦さん、小島ゆかりさん、そして山埜井喜美枝さん。今年で13回目を迎えました。 

今年の受賞者は、ポトナム所属の中島行矢さん。『モーリタニアの蛸』。福岡から初の受賞者となりました。(画像参照)おめでとうございました。

贈賞式では毎年、第2部でテーマに沿ったパネルディスカッションを行うのですが、今年は、中島作品に倣って「男のユーモアとペーソス」。(このパネルの全文については、福岡文化連盟の機関誌に掲載されるそうなので、そちらにお任せします。)
登壇者は、伊藤さん、ゆかりさん、「かりん」の桜川冴子さん、そして私。伊藤さんとゆかりさんがいて盛り上がらないはずのないパネル。今回も会場盛り上がっておりました。3人の先生方、ありがとう。

で、今回当ブログで紹介したいのは、ペーソス溢れる万葉歌1首。パネルの参考資料として私が引用した作品です。


皀莢(ざうけふ)に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ
      高宮王・万葉集巻16/3877

意味:さいかちの木に這い広がるあのへくそかずらのように、倦まず弛まずしぶとく宮仕えするぞ、私は。

ああ、サラリーマンの悲哀全開。高宮王は奈良時代の歌人。万葉集に2首入集。それ以外の情報はないのですが、王というからには王族の一員ではあったのでしょうか。

面白いのは、このうたには別解があって、さいかちはカワラフジノキだから、藤原一門の喩。屎葛はマロカズラ(まるという古語がありますね、とくに福岡は、まりかぶるって今でも使います。)とも読まれ、時の権力者藤原仲麿の喩。本来は臣下の家系である仲麿に頭を下げねばならぬ王族の悲哀として読むと、なんだか鼻の奥がツーンとしてきます。頑張れ、高宮王。そして、世のお父さん。

万葉集巻16は、こういう面白い作品の宝庫です。ぜひ、ご一読いただきたいと思います。

パネルの最後にユーモアとペーソスの歌の可能性について考えました。
私見ですが、人間、きちんと加齢するとだんだん性差がなくなってくるような気がします。それぞれの性の持つ尖ったところが削がれ、男性は内なる女性性に、女性は男性性に目覚めてゆくのかなと思います。平たく言えば、おばさんのようなオジさんとおじさんのようなオバさんになるわけですね。これは楽です。しばりがなくなります。そうした自由なたましいがふっと吐き出す息使いが多分、ユーモアでありペーソスなのだと思います。

そうか、この道もあったなあと改めて思った次第です。


夫と妻面差しかよふ果報かな鶴の千年亀の万年         藤野早苗



忙しすぎて写真撮ってなかった!
受賞者の中島さん、南の魚座メンバー、コスモス福岡のみなさん、しらぬい会の面々、そして伊藤一彦さん、ゆかりさん‼︎
本阿弥書店の奥田洋子社長、本阿弥秀雄顧問、ポトナム代表の安森隆俊氏、ここにアップできなくて、残念です。

みなさま、ほんとにありがとうございました。
また来年、よろしくお願いいたします。
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by minaminouozafk | 2016-09-27 11:00 | 歌会・大会覚書 | Comments(6)


つやつやもっちりの新米。瑞穂の國に生まれて良かったとしみじみ感じます。ここ数年岩国市の錦川(錦帯橋で有名な川)の上流のお米を分けてもらっている。ゆたかな水はおいしいお米を作る。新米はいつも早稲の品種のヒトメボレ。玄米でいただき、卓上の小さな精米機で五合ずつ七分づきにする。 


いつも、採れたての野菜もたくさんいただく。今回はたっぷりの秋ナス、ゴーヤ、冬瓜などだ。春は筍、タラの芽などの山菜。伺うと屈託のない笑顔で米作りの楽しさを語ってくれる。米作りは土作り。まだ寒い三月ごろしっかり田起こしをする。そのとき近くの牧場からもらった牛糞をたっぷり鋤き込むのがポイントらしい。


新米を取りに行く九月半ば。くねくねと川に沿った田んぼは、真っ赤な彼岸花に縁取られる。炎のように川の上流へとうねる赤。今年はまだ七分咲き。


彼岸花は曼珠沙華、幽霊花、狐剃刀、天蓋花、葉なし花なしと別名が方言も含めると百以上もあるという。地面から花芽をのぞかせると一週間ほどで50センチになり一斉に開花する。満開になると一週間ぐらいで枯れる。すると今度は4月くらいまで葉が茂り、そのうち葉も枯れて地上から姿を消す。そしてまた秋の彼岸にいっせいに赤花をひらく。なんとも摩訶不思議な花である。


黄金色に実った稲穂とそれを縁取る彼岸花の赤。瑞穂の國のゆたかな原風景である。


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お米の収穫は桜前線のように同じ品種なら南から北へと移動する。沖縄産のヒトメボレは七月、北海道では十月が稲刈りらしい。ほとんどの植物は気温に反応して徐々に北上していく。ところが、彼岸花は日本全国どこでも秋の彼岸のころに咲く。此岸と彼岸を結ぶ艶やかな朱の帯である。


ヒトメボレの脱穀終了 曼珠沙華ふちどる刈田に白鷺あそぶ

百留ななみ



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by minaminouozafk | 2016-09-26 07:58 | Comments(3)

11月6日に宗像市の宗像大社清明殿で「第四十五回 宗像大社短歌大会」が開かれます。
もう今年の短歌の募集期間は終りましたが、応募されていない方の、11月6日当日の講演と歌会へのご参加は大歓迎です。
ぜひお気軽にお遊びに来てください。

  宗像大社短歌大会一般の部  
 
   会場   宗像大社清明殿
   日時   11月6日 12:00~ 15:40

   講師・講演演題
        有川知津子氏 「白秋の初期の詩法に学ぶ」
   
   歌会選者  青木昭子、大野英子、桜川冴子、野田光介 の各氏(アイウエオ順)



この時期、宗像大社では毎年「西日本菊花大会」が開かれ、境内にそれは沢山の菊の花が並びます。
一見の価値ありです。

九月の今は宗像大社短歌大会・準備委員会の面々がさまざまな作業を続けています。
写真は小中高生の部に集まった応募作品から一次選考通過の作品の整理と番号付けをしているところです。
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9月13日撮影、宗像大社斎館にて

短歌大会には地味でこまかい作業が欠かせませんが、全員ボランティアのメンバーが頑張っています。
ときにはお八つを食べたり、おしゃべりも出て、みなさん楽しそうです。
ボランティア活動に興味があり、「手伝ってもいいな、」と思われる方がいらっしゃいましたら、どうぞ事務局長の巻桔梗さんにご連絡下さい。(☎ 090-8393-3299) 

  
     えんぴつの色うすく書く中一の少女の歌に初恋が見ゆ 晶子 


 

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by minaminouozafk | 2016-09-25 07:00 | 歌会・大会覚書 | Comments(4)

「ところで、秋の七草っていつやるの?」「……??」。夫の問いかけに一瞬とまどった後、納得した。そうだ、この人は『秋の七草』は『春の七草』のように食するものと思っているのだと。とりあえず、直ぐに訂正しました。(笑)


『秋の七草』は山上憶良が万葉集で選定したものとされている。


   秋の野に 咲きたる花を指折り(およびおり)

   かき数ふれば七種(ななくさ)の花     (万葉集・巻八1537


   萩の花 尾花 葛花 瞿麦(なでしこ)の花

   姫部志(をみなへし) また藤袴 朝貌の花  (万葉集・巻八 1538

「朝貌」は定説では「桔梗」だとされているそうだ。 (Wikipediaより)


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〈九大箱崎キャンパス旧工学部本館にて〉


 仕事帰りの夕方の風も肌寒く、羽織るものを一枚バッグに入れておくこの頃、休みの日にはゆっくりと「秋の七草」を探しがてらの散歩も良いかもしれない。


      七草に入れてもらへず狗尾草(エノコロ)はつんと上向く秋津とびかふ  由利


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by minaminouozafk | 2016-09-24 11:14 | Comments(5)

小島ゆかりさんの初孫誕生とその作品は、コスモス会員ならずとも、歌壇からも心待ちにされ注目されていたことだと思います。

早苗さんとも、先月号から「まだかな」とヤキモキしていました(二ヶ月遅れ掲載なのは解ってはいますが・・・)

さて、遂に今月、巻頭作品で発表されました。
おめでとうございます!!
一首目
 われはもや初孫得たり人みなにありがちなれど初孫得たり

と、藤原鎌足の<われはもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり>をゆかりさんらしく見事に本歌取りし、控えめに(しかし大胆に)喜びを詠んでいます。注目は、

 姉はいまさびしい草生いもうとの壮絶爆笑出産談きく

と、独身であるなおさんの気持ちに触れる。妹の話を聞き揺れる心情を「壮絶爆笑出産談」が効果的に受け、さすが初孫に溺れるばかりではないゆかりさん。余すことなき太陽のような母の眼差し。
そして、なおさんの歌。

 祖母の娘が産みたる娘が娘を産み落としマトリョーシカのごとき夏の家
 夜泣きする妹の子を覗き込むわれは大きな蜘蛛であるかも

「夏の家」と底抜けな解放感の中、マトリョーシカの入れ子の外である自分、「蜘蛛であるかも」という視線を客観的に詠む。
ウ~ン、さすがゆかりさん、なおさん親子である。その時の気持ちを逃さないリアル感が、読者をひきつける。

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ゆかりさんと言えば雲。お孫ちゃんが生まれた頃!?夏のはじめの空。
25日、太宰府では「壮絶爆笑出産談」を聞かせていただきたいものです。

 みどりごの名前は千春その父母に千人の春のまれびとは来ん 小島ゆかり『泥と青葉』

と、O氏のお嬢ちゃんの名を詠み、その命名もゆかりさんの案と聞きました。お孫ちゃんの命名をどう詠んでいるのか楽しみです。

コスモス10月号が届いた17日は母の月命日。墓参りに行き、早速両親に報告しました。ゆかりさんを大好きだった父は目をまんまるにして驚いているだろうなあ。

    初孫をついにみせざる兄とわれ法名塔の永久(とは)なる余白 英子


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by minaminouozafk | 2016-09-23 07:39 | Comments(5)

COCOON雑感 藤野早苗

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COCOON Issue01 を読んだ。
昨日の有川さんのコンテンツ紹介に乗っかって、私は印象に残った作品を引いてみる。

巻頭作品より
河合育子
・めくりたる書類まばゆしたかぞらの抽斗ひらく葉桜のころ
水上芙季
・遥かなるすいへーりーべーぼくのふね 高校時代の夏の雲思ふ

詩情豊かな河合作品、自在感溢れる水上作品。

・をみな三人家族にをれば月のさはりいつも誰かがなりてさみだれ
久保田智栄子
・わだつみのいろこの宮の樹の子孫そんなかんじの大樹とおもふ
有川知津子
・せんそうせんそう口のなかにはさはさはとアルミニウムの擦れる音す
大松達知
・尾びれある蛙どの子も尾びれなき蛙になりぬ つかのまの初夏
真島陽子
・っぱなし族の長なるこのひとを愛してしまい仕舞う了う日々
大西淳子
・をんなだからなめられたなどと前時代的に思ひぬベガ光る夜
斎藤美衣
・立葵平気で嘘をつきそうな花なりされどそこがよろしき
小島なお
・お陽さまをオレンジ色のマーカーでぐるぐる描けば夏がきました
島本ちひろ
・この世からはみ出しさうになる日暮れ犬とどこまでも小道ゆきたし
岩崎佑太

久保田の家族詠、有川の浮遊感、大松の磐石な個性、真島の端正さ、大西のペーソス、斎藤の職業詠、小島の安定感、島本の不可解さ、岩崎の保守堅持…、それぞれがすでに自身のカラーを有しており、オルタナティヴに影響しあいつつ、個を磨こうとする勢いが感じられた。

本としてのデザインもいい。時評、歌集評、エッセイといった読み物も充実している。そのビジュアル的な見せ方も新しい。同人それぞれのポテンシャルの高さが感じられた。

同人は1965年以降に生まれたメンバーだという。もちろん20代も多い。「若いということはそれだけで才能だから…」
20年前に言われた言葉である。その時には意味がわからなかった。誰にでも平等にある若さが才能のはずはないと思っていた。しかし、若さゆえに与えられたチャンスを活かせるかどうか、本当の才能はここからなのだ。

20年を棒に振った人間は思う。華々しい船出の後の航海の途上こそを大切にしてほしいと。

COCOON創刊、おめでとうございます。


みづからの紡ぎし繭を割る羽化のやすからぬこそいとたふとけれ
藤野早苗




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by minaminouozafk | 2016-09-22 10:49 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(5)

今月9月15日、「COCOON」という名の雑誌が創刊されました。
コクーン、と呼んで(読んで)ください。


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   奥付より
    発行人 大松達知

    編集 COCOONの会編集委員

    編集協力 小島ゆかり

    デザイン 松井竜也(素材:Vecteezy.com)
     
     *表紙の原案には、水上芙季さんの切り絵があったと
      松井さんより聞いています。 
  



「南の魚座」(8月11日開設)の私たちの所属する「コスモス」(昭和28年、宮柊二創刊)は、
白秋の「多磨」(昭和10年)の流れ。もっと遡上すれば、
鉄幹と晶子の「明星」(明治33年)が見えてくるという流れです。

「COCOON」は、この「コスモス」のなかで育まれた結社内同人誌。

「コスモス」内同人誌のはじめには、一昨年(平成26年)終刊した「棧橋」がありました。
「COCOON」発行人の大松さんは、「棧橋」と結社内同人誌の意義に触れながら、
「COCOON」の「創刊までのこと」を書いています。ここに引くにはちょっと長い文章です。
一部言葉を借りながら、創刊までを振り返ってみたいと思います。

――「もともと「コスモス」は大所帯であるし、かなりの厳選。
だから、いわゆる若手が無選歌で作品を発表し、闊達に批評しあえる場」が、
かつて「棧橋」がそれを担っていたような「場」が、求められるのは「自然な流れ」でした。

実際に、そうした「場」を求める雰囲気がそここに萌していたように思います。
しだいに何かあたらしい気運が醸成されてゆくらしいのが分かりました。

そうした世代を、「特別な立場から大きく牽引してくださったのは小島ゆかりさん」。
COCOONの会の「精神的支柱」です。導き手です。適切な助言をくださる。

まもなく、「関東在住」の有志が発起人として動きはじめます。
その後、その呼びかけに応答しただれかれが集まり、準備期間1年あまりを経て、
今、雑誌第1号刊行のご報告ができるというしだいです。

目次をメンバー23名)の紹介に代えましょう(名前に重複があります)。

 04巻頭作品  河合育子 水上芙季

 12作品 山田恵里 久保田智栄子 有川知津子 野村まさこ 船岡みさ

 22時評 取捨選択する力 大西淳子

 23四方八方興味津々 船岡みさ 白川ユウコ

 24歌集 inthe news 千種創一歌集『砂丘律』 月下桜

 26作品 大松達知 真島陽子 月下桜 大西淳子 三和今日子 飯ヶ谷文子 柴田佳美 白川ユウコ

 42評論 北原白秋論 共感覚という詩法、その変遷 有川知津子

 46エッセイ 蝶よ花よと 飯ヶ谷文子

 47四方八方興味津々 松井恵子 岩崎佑太             

 48今読み返す一冊 加藤克巳歌集『螺旋階段』 小島なお

 50作品 斎藤美衣 片岡絢 松井竜也 松井恵子 小島なお 早川晃央 
     島本ちひろ 岩崎佑太
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 66同人歌集評 白川ユウコ歌集『乙女ノ本懐』 三和今日子 
        水上芙季歌集『水底の月』 斎藤美衣

 70連載コラム 古典和歌はおもしろい 小島ゆかり
                  *「特別長老会員」(編集後記より)

 71創刊までのこと 大松達知

 72編集後記
               

繰りかえし「創刊のことば」(大松)を読んでいます。
「COCOON」が一人でも多くのひとの手に開かれますように。

  五回目の批評会まであと二十日ウリタエビジャコ検索したり


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by minaminouozafk | 2016-09-21 07:12 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(9)