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カテゴリ:歌会・大会覚書( 57 )


 1月12日(日。11時~17時)、「COCOON」第14号の批評会(=第17回批評会)があった。



「COCOON」Issue14  批評会  有川知津子_f0371014_03514578.jpg



 COCOONの批評会は年に4回ある。そのなかで新年1月の批評会は特別で、ゲストを招いて学ぶ時間となっている。

 第1回の2018年には、特別ゲストとして高野公彦さんをお迎えし、昨年は、「塔」の花山周子さんをお招きした。



 今回のゲストは、「短歌人」の内山晶太さんであった。



 内山さんは、実はこのブログには早くに登場している(20171114日の早苗さんの記事「BOOKUOKA2017 染野太朗×内山晶太」)。



 内山さんの第1歌集は、『窓、その他』(2012年、六花書林)。多くの人に読まれた一集である。そのタイトルを見たとき、肩の力の抜け加減がいいなあ、と僭越ながら感想をもったことを覚えている。

 内山さんには、砂子屋書房HPの「月のコラム」(2017年)で親しんだ人も多いのではないだろうか。現在は「短歌人」の編集委員。ほかにも小さな単位で大きな活動もなさっている。「外出」はその一例。



「COCOON」Issue14  批評会  有川知津子_f0371014_03512456.jpg



 批評において内山さんは、作品をとおして浮かび上がる主体の本質また歌の特徴を難しくない言葉で静かに伝えるように話された。その説得力は、その場にいたみんなが感じただろうと思う。



 その評から全体に関わることを二つメモしておきたい。

  ○ナチュラル/テクニック(短歌臭)

  ○骨/肉



 内山さんの「テクニックを駆使していない。ナチュラルな感じなのがいい」という評について質問が出たときのこと。

 内山さんは、その「ナチュラル」は「一周回った後」の「ナチュラル」であると説明し、技巧から遠ざかり、「ナチュラル」であることは「険しい道」であるには違いないと言われた。

 また、修辞のパターン(型)にのっかりまとめてしまうと、その「短歌臭」が「うっとうしく」感じられることがあり、「「型」にのっかって行くと簡単な感じがする」とも話された。この「簡単な」は、「安易な」の意味で使われたのであろうと思う。

 つづまりは、自然体で歌をつくりましょうということなのだ(と理解した)。現在の歌壇は「ナチュラル」を志向している。



 終盤、内山さんが全体の印象として、「「骨」重視で「肉」を重視する方向(の歌は)は少ない」と述べられたところで、コトの歌の「骨」と「肉」が話題となった。



 これは、「コトの歌」「モノの歌」という対立する二つの枠組みより一段、内側に入ったところでの話。記憶するかぎり、これまでのCOCOON批評会で、「肉」「骨」が対をなす批評用語として使われたことはなかった。

 実際に14号の歌に例を探しながら、「肉」っぽいとか、「骨」だねとか言い合ったが、これについてはそれぞれの課題となっているのではないか。

 「茂吉は「肉」、佐太郎は「骨」」(by内山さん)の例は、なんとなく分かるような気がする。



 そろそろ時間というところで、大松さんが「みんなに分かってもらおうと思って歌を作っていますか」と質問。内山さんは、「自分の中に読者がいて、その自分の中の読者が納得すればいい」と答えられた。

 内山さんは、どんな質問にもまっすぐに丁寧に答えてくださった。



 17時となり退出。アリカワはここまでで羽田空港へ。次の写真は、その後の懇親会の貴重な一枚。


「COCOON」Issue14  批評会  有川知津子_f0371014_03560240.jpg



 いったいどんな刺激的でおもしろい話がされたのであろうか~。



「COCOON」Issue14  批評会  有川知津子_f0371014_03511484.jpg


旅客機は首を下げたり黄金の曼珠沙華咲く夜の博多へ




by minaminouozafk | 2020-01-15 06:49 | 歌会・大会覚書 | Comments(7)

半月が澄んだ冬空に浮かんでいる。12月に入って寒さがぐっと強くなり、街のあちこちにクリスマスリツリーやイルミネーションが飾られ始めた。今年もあと何日と残り日を数える時候となった。

前田夕暮のあたらしさ(2) 山口県総合芸術文化祭2019 鈴木千登世_f0371014_01062708.jpg


 先週に続いて、夕暮の自由律時代について、長澤先生のご講演をご紹介したい。定型の律になじんでいる身にとって口語自由律のリズムは新鮮で、なおかつシュールな作品に夕暮のあらたな魅力を見出すひとときとなった。




自然がずんずん体のなかを通過するーー山、山、山       「水源地帯」


昭和4年、東京朝日新聞で、斎藤茂吉、吉上庄亮、前田夕暮、土岐善麿の4人の歌人による機上詠企画があり、鮮烈な感動が短歌の韻律を揺るがして自由律作品を生み出す契機となった。体験した早さを短歌で、韻律の上でどう表現するか、苦心して発表した作品。

夕暮は文壇、詩壇モダニズムの潮流の主体と客体を一体化させる手法を直感的に取り入れている。「体のなかを通過する」と言葉でも言いながらダッシュや点の使い方の工夫がある。身体を通過していく実感があり、韻律も力強い。


あけつぱなしの手は寂しくてならぬ。青空よ、沁み込め       「水源地帯」


自分の存在のあてどなさを「さびしくなってならぬ」といって手に託す。「青空よ、染み込め」の命令形は「しみこんでくれ」の懇願のような祈りが見えてくる。自由律のいいところは、定型では「われ」と言わない限りは我が主体となるわけだが、自由律は我でない主体を歌える。裏には、作者がいるが、一首のなかの手が主体。


ぐいぐい追つてすばやい短直突(ショート)だ。ボビイの顔がぢぐざぐになる       「青樫は歌ふ」


 昭和7年5月、日比谷公会堂で行われたボクシングの試合の観戦して歌った「拳闘」という題の一首。黒人ボクサーのボビーと日本人ボクサー野口の対決。他にもスポーツ観戦歌は緊迫感とスピード感に優れているが、この歌は逆に一首のスローモーション化が行われていて強力。
顔がゆがむ一瞬がぢぐざぐという形象化によってアニメーションのように再現されている。


 3首を紹介したが、その他にも


沼はあとから私についてきた。背なかが青くそまるのを感じた       「青樫は歌ふ」

ひらいた子の手のうへ、白い繭ふたつおいて冬ちかいと思ふ        「烈風」

氷の季節となり、ピアノのブラックキイの音感、空から来る        「烈風」


 についても、解説いただいた。
 感覚的でそれぞれ技巧の凝らされた夕暮の自由律短歌の数々、中でも
2首目「白い繭」の清浄さ、香り立つような詩性に魅了された。



自由律に新たな短歌の可能性を見出そうとし14年にわたり奮闘した夕暮だったが、昭和17年、新しい定型を求めるという言い方をして定型に復帰したという。そのお話もうかがったが、講演の記録は次回の「山口県歌人協会会報」に掲載されるので、また改めて噛みしめたいと思う。



5回の作風の転換。それも、前作風を全否定して、つねに新しいものを追求して模索し続けた夕暮。その表現に対する執心と作品の底流にあるみずみずしい詩性に触発され、冬の一日、夕暮短歌をじっくりと読みたくなった。



          幻の奔馬過ぎゆく冬の野にそよぎてやまぬ銀のたてがみ        


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                    本日の1枚はくじらのサンタさん






by minaminouozafk | 2019-12-05 06:06 | 歌会・大会覚書 | Comments(7)

昨年、防府天満宮で開かれた県の短歌大会は、今年は周防大島で開催された。
 周防大島といえば、昨年10月に大島大橋に外国船が衝突したニュースを覚えていらっしゃる方もおられるだろう。通行規制も解除されて以前の島の暮らしに戻ったように思っていたけれど、実際に訪れると橋の修復工事はまだ継続していて、事故の影響を思わずにいられなかった。

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対岸が周防大島



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大島大橋。橋の上からは瀬戸内海の穏やかな海が一望できる。

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会場の大島文化センター



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受付の様子



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開会式。主催者の歌人協会会長の長尾健彦氏の挨拶と来賓のご祝辞。

開会式に続いて、10時30分からぷりずむ短歌会主宰の長澤ちづ先生のご講演。「前田夕暮のあたらしさ」というテーマで、太田水穂から牧水と並び称されながらも評価につながっていない夕暮の短歌の魅力をたっぷりとお話くださった。(この講演ついては、次回で詳しくご紹介します。)


長澤先生の講演の後は児童生徒の部の表彰式。
 投稿総数は2141首で、昨年より536首多い。出前講座などの活動が少しずつ実を結んでいる。普及に取り組まれている方の力が頼もしい。


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山口きらめき財団から「令和元年度きらめき賞」の受賞


 校種別の1位作品を紹介すると

 中学校の部1位 山口県知事賞

銀色に光る鰯の背を追って流れる汗の光る父の背          砂田竜之介


小学校の部1位 山口県議会議長賞

まんまるの赤いリンゴはかあさんがうさぎに変身甘いうさぎに     福田 吏央

 
 高校の部1位 周防大島町町長賞

しずかなるうしみつどきのわがやにてひとり黙々もじをつらねる    古田 楓弥

 
 表彰式には、保護者の方も出席されるので、会場が一気に賑やかになる。



昼食休憩をはさんで、午後は一般の部の歌会と表彰式。

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右から長澤ちづ氏、藤本喜久恵氏、玉木伸尚氏、高崎淳子氏、上村典子氏、長尾健彦氏


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作品集には講評も載っている


 入賞作品と選評を少しご紹介。

 山口県知事賞

ひたひたと石段踏みしめて登りゆく島の祭りの御輿担ぎて      萩原 克則

「ひたひた」の擬態語から伝わってくるものは、御輿を担ぎ石段を昇る人の厳粛な思いとその確実な足元の歩みである。一歩一歩踏みしめ昇りゆくその足には、この日のために下ろした足袋の白さも際立つようだ。「島の」の抒情的措辞の次に具体的な祭礼の名が添えられてもよかった。祭りに固有名詞が付くと神の力が加わり更に力強くなったかと思う。(長澤ちづ)


 山口県議会議長賞

自転車も怪我せぬうちに廃車をとビール飲みつつ子等のつけ足し   山城屋貞子

高齢者運転の車による悲惨な交通事故が相次ぐ昨今、親のプライドを傷つけずに、如何に免許返上させるかが子等世代にとっての一大課題となっているらしい。そんな状況が背後に窺える一首である。「ビール飲みつつ」がその場の空気をよく伝える。初句の「も」の効果も見逃せない。次いでのことに自転車が出て来たのであって本命は車であったことは明かだが、作者はそこを伏せて自転車の廃車で収める。高齢者の意地である。(長澤ちづ)


 周防大島町議会議長賞

おいしいと微笑む妻の痩せた手に男料理の栗の実ごはん       谷岡 計甫

妻のために慣れない料理をしたのでしょう。男料理は流行していますので、かならずしも拙いとはかぎりませんが、あえて表現したところに作者の提示したい状況があります。「妻の痩せた手」は妻が重篤な病床にあることを表現し、一首の核心をなしています。その妻がおいしいと言って微笑んでいる夫婦の情愛の情景がこまやかに伝わってきます。日常のようで緊迫した心情が感じられます。(高崎淳子)



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山城屋貞子さん                  谷岡 計甫さん


 まだまだ紹介したい作品はあるけれど、時間が来てしまったので、また次回、続きをご紹介します。

大島の鳴門の瀬戸を橋に越ゆ光あふるる海を見下ろし






by minaminouozafk | 2019-11-21 06:00 | 歌会・大会覚書 | Comments(6)

先日、白秋祭短歌大会報告を、晶子さんが全体像のご報告を号外という形で書いて下さいました。

小島ゆかり氏の珠玉の講演  大野英子_f0371014_06231978.jpg

ゆかりさんの講演の内容の、歌人としてこころに留めておかなければいけない部分を多くの方に知っていただきたい思いが、個人的に大きな心残りとなっておりました。改めてここにご紹介させていただきます。

先週は書家の池田櫻先生の「社中展」の報告を急ぎ書きたくて一週遅れとなりましたが、そのぶんしっかりと温めてきました。

短歌の魅力【万葉から現代へ】

令和となり、多くのみなさんが万葉集や和歌、短歌に少し興味を持って下さることはとても良かったのではと思う。といっても、学生時代も、歌を作り始めても長い間、現代短歌と古典がつながっているという実感はあまり無かったが、次第次第に古典の力に気づいてくる。見えない何かが囁く。そして今、はっきりと現代短歌と古典がつながっている事に気づいた。そして私が作っているささやかな作品も、みなもとに古典という大きな源流があることを感じるようになった。

歌には〈心〉〈ことば〉〈韻律〉の3つの大きな柱がある。

どのような心をうたうのか。その心をどのような言葉でうたうのか。そしてどのような韻律でうたうのか。この3つの大きな柱を考えた時に万葉後期の代表的な歌人大伴家持がどのように現代短歌に直結するような新しいチャレンジがあったのか。

うらうらに照れる春日(はるひ)雲雀(ひばり)あがり(こころ)悲しも(ひと)りしおもへば

春ののどかな情景を「あがり」までは順接で詠み、そして(・・・)「何だか悲しい。憂いにつつまれている

独り物思いをしているので」と詠む。

ここで〈心〉に注目をしてほしい。

こんなに良き春の日、普通だったら()して(・・)の後は「こころ楽しも」、まして古代の人。多くの人はおおらかな心情で歌を作っていた。そこを悲しいと詠むのが新しい試み。むしろ近代以降の孤独に繋がってゆく。

この歌は春愁三首のなかの最後のうた。

天平勝宝5年2月25日(753年)家持36歳。この歌だけ二日間のタイムラグがあるが家持の代表歌。詞書きには「鬱屈した憂いに包まれた心は歌を詠まなければ払うことが出来ないから今、歌を作るのだ」という思いが書かれている。

この歌が作られた少し前、五年間越中に赴任していた。将来を嘱望された政治家であり歌人だったが、越中にいるあいだに藤原氏が台頭し大伴家は衰運してゆく。政情が変化した。

能力や力ではどうしようもない世の中の動きで、追いやられてゆく。心の中にそういう思いもあったのかも知れない。

そういう風に想像しても、そして(・・・)「こころ悲しも」という繋ぎ方は圧倒的な表現の新しい扉を開いた。学者のなかには、日本の文学のなかで初めて個人の孤独に目覚めたのが家持であり西行、芭蕉に受け継がれて行ったのではないかと言われる方も多くいる。

次に言葉に注目して読んでいく。

(ひと)り」という言葉は近代短歌以降多く出て茂吉や啄木は好んで使い、現代短歌では、何となく、必要なくても好まれて使われる言葉だが、万葉集では「独り」が「思う」に繋がる歌はこの一首のみ。他にも「ひとり」は使われるが「one」であり「only」では無かった。より孤独の心情を帯びたonlyの一首。ここにこの一首の言葉の使い方の新しさがある。

最後、韻律。これが大事。

現代短歌は活字になったので韻律が忘れがちで、内容に目が行きがち。遡れば歌は口で言って、聞いて、広まって行ったので、韻律が大事だったのではと思われる。

何度も口に出すうちに気づいた。この歌は二重奏で出来ている。ラ行音が9音も使われ、音楽でいえば主調音をなしている。そこに重なるように、ハ行音が繋ぎに来て、少し硬いカ行音へ移行してゆく。最後は鋭い響きをもたらすサ行音へと変わる構成になっていることに気付く。天才家持が無意識で作るということはないので、何がしか意識しながら作っていったと思われる。

現代短歌では、前衛短歌の時代、特に塚本邦雄が短歌の可能性を示すなかにやはり二重奏という作り方があった。

それは、形式の切れ目と意味の切れ目をずらす事によって二重奏にする。有名な歌でいえば〈日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も〉意味で言えば二行詩の形式をとられているが、短歌の韻律にのせると、句跨がりになり、意味の切れと定型の切れがズレてくる。前衛短歌の二重奏という試みなのだが、その遥か1300年も昔、家持が音と音との響きで重ねてゆく二重奏を作っていたことに驚き、余計にこの歌が好きになった。

家持の三つの柱への挑戦があって、それを受けて白秋の歌。

(しら)南風(はえ)(てり)()の野薔薇過ぎにけりかはづのこゑも田にしめりつつ 北原白秋『白南風』

白秋にとっては三人目の菊子夫人との平穏な時代で、歌も明るい。
注目して欲しいのは「光葉の野薔薇」品種名にある「照葉野茨」の照葉の字を変えている。光葉の方が、白南風が吹いて本格的な夏がやって来る光溢れる感じを出したかったというのもあるのだろうが、照葉なら同じてりはでも秋の紅葉の意味で秋の季語でもあるので、あえて光葉と書き「てりは」とルビを振り、細やかに歌を作っていった。工夫としては非常に細やかなのに出来上がった歌はてらてらとした力強さがある。

この野ばらの花が過ぎて夏の光が増して来る頃、「かはづのこゑも田にしめりつつ」という展開にリズムの屈折が用いられている。

白秋は言葉に工夫をする人だが、こんなに素朴にみえる歌でさえチャレンジをしていることが判る。

かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり 前登志夫『子午線の繭』

現代短歌の代表的な名歌といっても良い作品。「心」が家持の歌と重なる。かなしみが、明るいからこそやって来た。「一本の樹」は実際の樹と心情とが重ね合わせられた表現だろう。最近人工知能に人間の思考能力を組み込んで歌を作らせる機能が開発されているが、人間はそんなに単純なものではない。

明るいからやって来るかなしみがある。古代の家持でさえ、のどかさが悲しいと詠んでいる。人間は色んな経験をする中で様々な感情を学習し、心の中に感情の襞が出来る。そんな中からひとりひとりの感情が育まれてゆくので高い表現に繋がって行くのだろうと思われる。(後略)


以上、冒頭の一部ですが、〈心〉〈言葉〉〈韻律〉という短歌の三つの大きな柱を家持の作品から読み取り、その流れを三人の現代歌人の作品によって検証してゆく。とても判りやすく、心に沁みてくる講演でした。

何よりも、ゆかりさんの力強くも優しい語りに込み上げて来るものがありました(本当です。泣かされました~)

傍点をいれた3箇所の「そして」はゆかりさんが力を込めて語られた、大事な「そして」です。しっかりと味わってくださいね。

ゆかりさん、豊かなひとときを本当にありがとうございました。

同じシャンプーを使っている事も判明し、勝手にますます身近に感じています。

小島ゆかり氏の珠玉の講演  大野英子_f0371014_06261219.jpg

 

       白秋の、小島ゆかりの自在なる風がもみぢの色を深める


by minaminouozafk | 2019-11-15 06:26 | 歌会・大会覚書 | Comments(6)

11月2・3・4日の3日間、山口市民会館を会場として山口市民文化祭が開催された。今年は山口文化協会の創立50周年を記念する文化祭で、テーマは変革や革新を意味する「BASARA(バサラ)」。創作公演に始まり、書道パフォーマンスやニットのファッションショー、民謡や詩吟、ダンス、日舞、盆栽、華道、写真……などなど

市民館の大ホール、小ホール、展示ホールの他、屋外の中庭や渡り廊下を使ってステージ・展示・文芸の各部門の多彩な催しが行われた。さらに、文化協会の活動に永年ご尽力されたコスモスの山口県支部長の山本寛嗣さんは記念表彰された。


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ポスターとパンフレット

ニットのファッションショーは作者もランウェイを歩くなどほのぼのとして笑顔いっぱいだったし、各流派がコラボして一作品を作った華道の展示は斬新で、華やかだったし、書道パフォーマンスの作品は壁面一面を覆って圧巻だった。催しを写真でご紹介したいところだけれど関係者以外の撮影ができなくて、お見せできないことが残念。



文芸部門では俳句、川柳、短歌の大会がそれぞれ日を変えて3日間開催され、短歌は最終日の4日。「心の花」の又野萋さん「短歌人」の藤本喜久恵さんとコスモスからは山本支部長と私の4人の選者が、作品の批評を担当した。毎年2月11日に行うことが定例の大会だったこともあって、今年は例年の半分の参加者となってしまった。いかに周知して参加者を増やすかが来年への課題。とはいえ、会そのものは、それぞれの選者の評の後や全員の評の終わった後の意見を交換する時間には参加者も選者も自由に語って大いに盛り上がった。

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 いつものように参加者の方がお花を持参してくださった。さらしなしょうまやさくら蓼、さるとりいやばら、からすうり……秋ですね。



選者選 最優秀作

人知れず逝きにし友の桔梗(きちかう)の藍うすらなる絵手紙遺る   石川惠美子

親しかった友人の死を後に知り、その友からかつて送られた絵手紙を眺めて故人を偲んでいる。韻律が美しく、また桔梗の色の「うすさ」に儚さが感じられる。


互選 最優秀作

列なして穂青き道を神輿ゆく太鼓の音に神降るや夏          山根 君子

稲が青々と伸びている夏の日、田んぼの傍らの道を太鼓の音に合わせて神輿の行列が進行する。里の祭りのおだやかで懐かしい風景。映像ともに音が響いてくる。 


選者選  優秀賞

色づきし稲穂を見つつ畦に立ちそよ風に大き深呼吸する        吉光 涼子

火に匂ひなけれど匂ひ恋ふる秋 正しいことに少し疲れて       鈴木千登世


互選 優秀賞

里芋を一気に掘ればその株に小芋の如き蛙眠れり           岡山 孝子

日盛りをさけて土寄せする畑夏陽が背なに当たりはじめぬ       西元 静香





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最優秀賞のお二人


 「〈米寿〉や〈卒寿〉と表すのがよいのか、年齢そのまま表すのがよいのか」

「過去の〈し〉を完了に使わないことは前提だが〈逝きにし〉と〈逝きたる〉の場合はどちらがよいか」「説明と描写はどう違うのか」「最近の歌はどう読めばよいのか」などの質問が寄せられ、選者も参加者も悩みながら、よりよい表現を探る時間となった。

また、高齢化で各地の勉強会が解散して、余所の勉強会に参加したり、自宅で勉強しているというお話もあり、大会を勉強の場として遠くから来場している方の多いことに衿を正しながらも、これからのことが心を過ぎった。

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作品も印刷された賞状。山本さんのお心配り。


詠みて読むそのひたすらに集ひたる人らと秋の一日語りぬ




by minaminouozafk | 2019-11-07 06:00 | 歌会・大会覚書 | Comments(7)

111日から3日まで、北原白秋の命日の112日をはさみ柳川市では毎年白秋祭が催される。今年も2日に北原白秋顕彰短歌大会が柳川市のあめんぼホールで開かれた。毎年3人の選者の一お一人が来られ、講話と歌の講評をして下さる。今年は小島ゆかりさんが講師として来られた。コスモス柳川勉強会の方々が長年この会のお手伝いをしてこられ、近隣の県のコスモスの会員たちもかなりの人数が参加し、受賞者にも数名とコスモスの色濃い会だ。


号外 北原白秋顕彰短歌大会報告 大西晶子_f0371014_00555597.jpg


会の前半はゆかりさんの講話。タイトルは「短歌の魅力」。以前に「短歌の地平線」とタイトルを付けてみたら会場では「短歌の水平線」になっていたのでそれ以来単純なタイトルにしていると、最初からお話が面白い。

以下、内容を一部ご紹介する。

万葉から現代へ

うらうらと照れる春日(はるひ)に雲雀(ひばり)あがり情{こころ}悲しも独(ひと)りしおもへば 
                                    大伴家持

歌には心、ことば、韻律の3つの柱がある。

春ののどかな情景を詠みそれまでなら楽しいとするべきところを順接なのに悲しいと詠み、また独(ひと)りの独という字は万葉集でこの一首のみ使われている。これは新しい表現で近世以降の孤独につながるものではないだろうか。これは心と言葉の柱で、韻律ではラ行音が9音と多く、ひ、か行音、さ行音と変わる面白さがある。


白南風(しろはえ)の光葉(てりは)の野薔薇過ぎにけりかはづのこゑも田にしめりつつ 北原白秋『白南風』

 この歌には二重奏の面白さがある。照葉なら同じてりはでも秋の紅葉の意味をも持つ、しかし白秋は光葉と書き光を表現し、同時に音から紅葉の景をも想像させた。歌の二重奏には塚本邦雄の意図的な言葉がの切れ目と意味の切れ目をずらした「日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も」のような例もある。

片思(かたおもひ)を馬にふつまに負はせ持て越辺(こしべ)に遣らば一かたはむかも 坂上郎女

常の恋(こひ)いまだ止(や)まぬを都より馬に恋{子}日来(こ)ば荷(にな)ひ堪(あ)へむかも 大伴家持

人を思う心に重量、形、重さを感じると言う表現は世阿弥の能「恋の重荷」になり、能の演者である馬場あき子の

 父といふ恋の重荷に似たるもの失ひて菊は咲くべくなりぬ 

にもある。また家持2000年万葉高校生バトル最優秀賞の高校2年生の歌 
 片思ひいつも寂しい風が吹く ときに熱(ほめ)きて球体となり 
では片思いは球体になるという若々しく力強い歌になっている。

一般投稿歌から

「この夏は平成最後」なんて言う去年の夏ももう来ないのに 高3

どの夏もたった1度の夏なのに、という思春期らしい思い。

クリスマスは寂しくて好ききみがいないことがこんなにくっきりわかる 大学院生

逆説の孤独感がとても良い。

 何事も無くすぎし我がひと月と癌告げられし友のひと月 女性

 切り取る角度が新しい。

朝刊を読みつつ妻のつぶやけり惚(ほ)れると惚(ぼ)けるは同じなのねえ 男性
 会場に居た人達が皆笑った歌。この歌の作者にゆかりさんが贈る歌も披露された。
 〈中日歌壇のN氏かつての上司なりつつしみてその歌を没にす〉

近刊の歌集から

 いたはられ座るほかなししほしほと炎昼こもるわれは「ゑ」の字に

 春日真木子

自己客観視が良い。ゑの字のかたちはスカートをはいた女性が疲れた感じで座っているように見える。

イワレビコ去りにえるのち残りたる芋幹木刀(いもがらぼくと)と日向南瓜(ひうがかぼちや)  伊藤一彦

神武天皇の東征のときに有能な男性、美しい女性を伴ったので、のこった日向の者は~というユーモア。

 母死なすことを決めたるわがあたま気づけば母が撫でてゐるなり 川野里子

母の延命措置をしないと決めた作者の頭を撫でる母への切ない思い。


どうやら春の隣りではあるバス停に幼な子と母のむつみ合う声

三枝昻之 

俳句では春隣(はるどなり)という季語がありそれを分けて使っている。

 人を恋うこころのごとく立つポン酢小さき土鍋の湯気に濡れつつ

                           辻聡之

ひとり住まいの、ひとり鍋をする寂しさの歌だが、読む人の年齢で鑑賞が変わる面白さがある。

 白飯の湯気わが顔にとびつきぬ 小島さんがおばあちやんになつた

                          米川千嘉子 

上の句では生活の場面を文語で詠み、下の句では現代の口語を使うことで親近感が強く出た歌。挨拶の歌だけど独立性があり、この歌の小島さんはゆかりさんで、とても嬉しかった。

 このように、日本には豊かな短歌の場や土壌があるので、皆さんもぜひ楽しんでください。


 おおよそ、このような内容だったが、一時間がとても短く感じられほど楽しく、興味深くお聞きした。

   

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後半は受賞、入選した歌の講評。
印象に残った歌をいくつか挙げる。

校庭のたんぽぽの絮がとんでゆく吃音の子の言葉を待てば 村上秀夫言葉になる前のその子の言葉のように、そして言葉にならない作者のこころのように、たんぽぽの絮がとんでゆく。静かだが優しさと思いのこもった歌。
 

ゆうらりと竿一本の伴奏で船頭唱ふからたちの花  佐々木佳子 

「竿一本の伴奏」という表現がとてもいい。ゆったりした唱うようなリズムと大らかな余剰がいかにも柳川らしい作品。

合歓日和たな田のわきのわが畑をりりここりりここはしる沢水    新沼野 乙

合歓の花咲くころ、棚田のわきの畑を走り下るさわみず。「りりここりりここ」という独創的なオノマトペが歌を生かした。

虚空の見えざる手にてつぎつぎに柘榴裂かれて秋は闌けゆく   今泉洋子


一首が力強く見えない力を感じさせるのが良く、漢字の多い表記も柘榴らしい、おおぞを虚空と書く表記には大空と書いた場合よりもシュールな方に作者の思いが踏み込もうとする情熱があることが感じられ、そこも良い。

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                             今泉洋子さん


取っときのくぐもりごゑをきかせつつかはづは蛇にのまれてゐたり

原 義輝

断末魔の声が取っときの声と表現されるとかはづの死が大自然の中での命の循環であるように感じられる。馬場あき子の歌には蛇に呑まれて蛙が蛇になったという内容の歌もある。

彼岸へのボタン押しけり 五十路の子彼の日の夫と相似の指で 

鍬田知子

初句、二句の言い方が簡潔で良い。五十路など古い言い方もきいている。間の一枡開けは作者が彼の日まで時間をさかのぼりたかったという気持ちが籠っているようだ。

八十で職退きし夫朝寝して昼寝し早寝す桜咲く日を  長澤八重子


のどかで良い歌。長く働いた夫をゆっくり寝させてあげる作者も良い。


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長澤八重子さん




とよはらの野田鮮魚店バケツには流水溢れ藁素坊あふる 西山博幸

柳川の魚の名の藁素坊(わらすぼ)が効果的。


ときにはユーモアをまじえ、楽しく語られるゆかりさんだった。

会が果ててからもコスモス会員の面々はしばらくは去りがたくゆかりさんを囲み立話をした。
私たち福岡からの南の魚座のメンバーは夕方の町を柳川駅まで歩き、駅でゆかりさんと再会。
天神までの電車のなかでお話できた幸運をよろこびながら帰ってきた。

本当に楽しく学ぶことの多い49回目北原白秋顕彰短歌大会だった。
小島ゆかりさん、本当に良い学びの時間をありがとうございました。
また、西山博幸さんはじめ柳川勉強会のみなさま、毎年お世話いただきありがとうございます。
お疲れさまでした。


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by minaminouozafk | 2019-11-04 05:40 | 歌会・大会覚書 | Comments(7)

10月27日、最高のお天気に恵まれ、JR吉塚駅に隣接する福岡県中小企業振興センタービル4階にて開催。役員は9時集合。

ふくおか県民文化祭短歌大会2019  大野英子_f0371014_07465430.jpg

準備万端に整えて、12時30分より会場。13時開演。用意した226席はほぼ埋まりました~。

受賞者の表彰では、今年はこれまでのご高齢の方への賞に加え、新たに「歌人会奨励賞」を設けました。その一首を紹介します。

田園に分け入るカーブ鈍行は外腹斜筋のばしつつ行く 筑紫野市 安東礼子さん

肋骨の外側にある腹部の筋肉の中でも特に大きな筋肉。ストレッチなどで、ゆったりと肋骨をなぞりながら伸ばす様子から、枕木の上を行く鈍行へと発想を飛ばしたのかもしれません。上の句も明るさがあり、若々しく奨励賞に相応しい一首ですね。

お若い方の励みになれば、そして参加に繋がればという思いで作られた賞です。お若い方~、お待ちしています。

そして、講評。

ふくおか県民文化祭短歌大会2019  大野英子_f0371014_07493972.jpg

本年度は退任理事もあり不肖私も加わりました。また、この春に急逝された中本吉昭前会長の代理を急きょ山下翔さんにお願いしたところ気持ちよく引き受けて下さり、多少の若返りが果たせたようです。

左から、青木昭子氏、山下翔氏、植村隆雄実行委員長、わたくし、内藤賢司副実行委員長、そして講演講師の染野太朗氏。まだ皆さん緊張していますね。

Tシャツ、短パンがトレドマークの山下翔氏もきっちりとスーツ姿でご登場――。

印象深かった講評から数首紹介いたします。

山下翔氏の批評から2首。

〈福岡県知事賞〉

ふるさとの母の声きく公衆電話十円玉がほつほつ落ちた 竹下幸江さん

「ほつほつ」が良いオノマトペ。実際の落ちる音をリアルにではなく、懐かしさや、気分的、感情的なものを加えながら表現している。

〈秀逸〉

釣り舟の花器に活けたる月見草今宵の窓を少し開け置く 赤司忠子さん

華やかな上の句の盛り上がりを少し押さえて、引いて収めたところが読者に届いた。

平成生まれの29歳の山下さん。短歌フェスタでも、作者に寄り添うような優しい批評に聞き惚れましたが、今回も簡潔ながらも、どちらも作歌のヒントにつながるご批評でした。

染野太朗氏の批評から

〈特選天賞〉

夏木立流れゆく雲ちぎれ雲倅逝き去り今どの辺り 安本純子さん

助詞がひとつも使われていない歌。普段は標語的になりがちではある。日本語の便利さは助詞や助動詞があることにより、語順をかえても通じる。また、常識や経験値、さらに短歌形式の力を借りると、助詞抜でも読めてしまう。この作品は、勢いと生命力のある上の句から、急によぎる亡き息子への思いに驚かされ、唐突にあらがえない思いや取り返しのつかない時間が悲しく印象的なものとなって伝わって来る。

〈特選地賞〉

折り折りに訪ねくるるよ慶一郎何するでなし何いうでなし 正木利輔

「訪ねくるるよ」に気持が出て、対を成すような構成に余裕があり、「慶一郎」への付きすぎず温かい情感が伝わって来る。

特別ゲストとしての多めの時間を「日本語のはなし」として天賞を選ぶにあたって大いに迷い悩んだ点を丁寧に解説してくださった。この一首では成功している助詞抜きで詠むことへの注意喚起となるお話でもあった。また、ご自身でも「熱く語ってます」と言われたように、一首一首に気持ちを込めて評をしてくださいました。

地賞の作者は百歳を越えられている。車椅子で息子さんと共に、お二人ともスーツ姿で出席してくださり、講評に真剣に耳を傾けるお姿が印象的でした。

休憩を挟んでゲスト講師である染野太朗氏の講演。演題は「短歌の今を読む~世代の枠組みを超えて」

これまでも、多く語って来られたというこのテーマ、昨年は阿木津英氏が「歌の行方」と題し、若い世代の作品に危機感を語られたが、染野さんは、「世代間の断絶を強調して言われたりすることが多いが、実感としては断絶していない。断絶と言う人の声が大きいからそうなっているとしか思えない」と語り、昔とは違っている平成生まれの歌人が接する多様な場としての書店、批評会等や謹呈文化にまつわるお話などについて、また、後半は福岡の歌人を中心に平成生まれから年配の方の作品を紹介してくださった。

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楽しそうでしょう。はい、わかりやすく楽しかったのです。詳細は次回の歌人会会報にご報告いたします。乞うご期待。

会が若返るという事は、進行もスムーズになるという事で、すべてが予定通り。しかし、今回の成功は、若返りだけではなく実行委員による綿密な計画があってということも忘れてはいけません。中でもラグビージャパンのような鉄壁のスクラムの福岡のチームのみなさま(すみません、私はただ、接着剤程度の微力で、ぼーっとしていました)コスモスからは、なかむ―こと中村さん、増田さん、本当にお疲れさまでございました。

本当のお楽しみは、これから。会場一階の「魚民」に場を移し、部屋の定員40名きっちりのご参加、みなさまありがとうございました。

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選者の染野さん、普段のお姿の戻った山下さんと共に。一番左は今年の司会を務めて下さった、元アナウンサーの小田鮎子さん。子育てがひと段落ついて、来年度からは歌人会理事も務めて下さるそうです。そのお隣は新たに「水城」に加わられた手嶋千尋さん。特選地賞を受賞。どちらも若返りに感謝~。

染野さんは、普段はどちらかといえば寡黙な方。でも、講演もそうでしたが短歌の話になると饒舌なまでに、熱く楽しそうに語られ、本当に短歌愛を感じました。フェスタのときは持ち時間が少なく語り足りなさそうだったので、この日はたっぷり話して貰えると思っていたのに、まだまだ足りていなかったようです。(レジュメの最後まで届きませんでした~残念!)染野さん、山下さん、またご参加くださいね。

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締めはわれらがコスモスの大先輩の池野さん、有中さんによる「博多祝い芽出度」できっちり納めていただき笑顔笑顔の懇親会でした。


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晶子さん提供のJR組の吉塚駅ホームでのお別れの一枚。みんなの笑顔に一日の充実感が見えてくるようです。

      瑞歯(みづは)さす人への歌評を粛然と車椅子に添ひ聴き入る息子

       会果ててひとりふたたび飲み直す会ひし人らの笑顔を思ひ


by minaminouozafk | 2019-11-01 07:55 | 歌会・大会覚書 | Comments(6)

めかり雑感 大野英子

先日、晶子さんの丁寧な報告があったように和布刈歌碑建立四十年碑前祭当日は歌碑のめぐりの栴檀の木漏れ日が眩しいくらいの快晴。

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晴れ女は私なのです。だが方向音痴の上に、JRもほとんど利用することがなく、行き先の前に、間違えずにホームに辿りつく事が出来るのか、から心配だった。

地下鉄駅で、先ずはニモカにたっぷりチャージ。そして博多駅に到着して、券売機へ行きニモカで門司港までの切符を購入して、改札口へーー

あれっ、カードタッチで通れる……。右手の切符と左手のニモカを見比べて、一瞬立ち止まってしまった。判っていたはずなのに遠い昔の記憶のJRといえば券売機~が刷り込まれていたのだ。

いかに皆さんと共に行動する時は漫然とついていくだけだったのか。少し凹む。

そんな、無駄な事もしながら、門司港駅では無事、皆さんと合流。

碑前祭も粛々と進み、読みあげられる祝詞の宮先生を偲ぶお言葉は都甲さんが書かれたのだろう、心に沁みた。そして全員での献花というご準備。このご配慮は大会全体にも溢れていた。

お昼のお弁当には、立派な紅白まんじゅうが添えられ、手土産には人気のある小倉織〈SHIMA-SHIMA〉の巾着袋(キャンディー入り)、宮先生直筆の作品が印刷された色紙まで。

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とり急ぎダイソーの額に入れて飾る。色紙に書かれているのは〈波の間に降り込む雪の色呑みて玄海の灘今宵荒れたり〉『山西省』なのだが、漢字使いが何とも不思議である。万葉仮名の名残りだろうか。高野さんもこの規則性を調べたことがあるが判らなかったとの事。

どなたか教えてくれませんか~。気になって眠れません。

そして何より嬉しいのが「和布刈歌碑四十年の記」の立派な冊子。あとがきによると北九州支部報の建立号を元に作られたもので、当時の宮先生の手記、除幕式での宮ご夫妻のお写真、歌碑建立に寄せられた数々の文章、宮先生の作品、年譜、碑前祭の記録から都甲さんのご挨拶まで丁寧で貴重な一冊である。その中の一枚の写真。

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そう、同行されていた宮先生のお孫さんお二人の当時のお写真。高野氏も祝辞の中でお二人が四十年の時を経て、再びこの地を訪れて下さった喜びを語ってくださり、当時を想像していたのだが、晶子さんのブログの写真のお二人が同じように胸に赤いリボン。コスモスの歴史を思うと、込み上げて来るものがある、なんとも嬉しい一枚だった。

歌会までおつきあいくださり、帰路につく雪乃さん(英子夫人の『やがての秋』に登場する「人参ブロッコだいすき」な林檎(アルマ)ちやんのママですね!)、伊佐さんに写真のお話をしたときのはにかんだ笑顔が印象的でした。ほんとうにありがとうございました。

もうひとつ嬉しかったのが、福岡支部のTさんが「懐かしい写真があったよ」と下さった一枚。

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96513と日付がある。父72歳の後ろ姿。きっと、歌を思案中なのだろう。宮先生は「歌をメモする時は、断片ではなく最後まで作る」と話されていたと聞いていた(最近、小池光氏へのインタビュー記事で、小池氏もその言葉を実践されているとあり、嬉しかった)父もその言葉に倣っていた。見つけて下さったTさんに感謝です。

良き時代の地方大会を彷彿とさせる手厚いおもてなしと、良き出会いがあった一日だった。

歌会での高野さんはかつての〈鬼の高野〉ではない穏やかな語り口だったが、高野さんの歌に対する〈熱意〉と〈愛〉を感じさせてくれるお言葉を最後に記します。

〇意味を大事にあえて字余りで行くか、リズムを大事にして定型を選ぶか。出来れば両方大事して大きく作り替える。時間をかける。そうすると自分のレベルを超えた歌が出来ることもある。

〇読んでくれる人があるから歌を作る意欲が湧くはず。もっと読者を大切に。

〇歌碑や像を詠む時、歴史を詠まず形ある物を詠っている事が多い。内面を深く読む。

〇自分が作った歌は、脳内のある部分を言葉に替えているだけで一部だけしか表現出来ていない。

それを他人が理解できるか冷静に突き放して読み直し、余計なことばが入っていないかなど、自分で判断する。出来たすぐにはほれぼれしても、しばらく置いて読み直すと、冷静になれる。ここから推敲するのが楽しい時間。締め切ぎりぎりまで検討する。

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 歌会会場。レトロな雰囲気が素敵でした。今回が最後の碑前祭となったが、次世代の私たちが守っていかなければならないことを感じ、それを思い出させてくださった北九州支部の皆さんに感謝。

いつか宮先生の歌碑周辺の草取りも兼ねて、吟行会をしたいなぁ。

       「上屋(うはや)」ということばと出会ひ立ち止まるふたりの背に汽笛が響く


by minaminouozafk | 2019-10-18 07:09 | 歌会・大会覚書 | Comments(8)

海峡を隔て下関が目の前に見える場所に、北九州市門司区の和布刈神社がある。その後にひかえるのが古城山。その頂上に宮柊二の歌碑が立てられて今年で四十年になる。
昭和551010日に歌碑の除幕式がおこなわれたときには宮柊二も英子夫人、二人のお孫さまとご一緒に参列されたと聞く。そのときに若木で植えられ、今では大木に育った栴檀の下に〈波の()に降り込む雪の色呑みて玄界の灘今宵(こよひ)荒れたりまどろめば(むな)どに熱く迫り()て面影(ふた)父母(ちちはは)よさらば〉の二首が彫られた歌碑が少しさび色を帯びて立っている。昭和14年に出征した柊二が門司港から大陸にわたった折に詠まれた歌で、戦時中に大陸に向けて大勢の兵士が出航した地に相応わしい歌碑だ。

今回の碑前祭と記念歌会は、歌碑建立に力を尽されたコスモス北九州支部をながく支えて来られた都甲真紗子さんが、自分でできる最後の記念行事になるから是非にと開かれた会だった。

神主さんが来られ神道のまつりごとがあり、玉串奉奠、献酒、献花。

ゲストの柊二のお孫さんで歌碑の除幕式にも来られていた由川雪乃さん、片柳伊佐さんも、献花をされた。その後コスモス代表の高野公彦氏の祝辞、都甲真紗子氏の挨拶と続き無事に終了。気持ちのいい海峡からの風を受けながらのお祝いの儀式だった。

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               歌碑の前で、由川雪乃さんと片柳伊佐さん

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                       碑前祭


      歌碑のまへあげる祝詞にかさなれり海峡をゆく船の笛の音


次は場所を門司港駅から近い旧大連航路上屋という建物に移動し、昼食と歌会。

歌会は北九州支部の高野氏を評者に参加者34名の歌がそれぞれ参加者2名と高野氏の批評を受けるという形ですすめられた。
 

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 高野氏が高く評価された歌五首とその批評を紹介する。

予告され元号変はる世となりて「最後」、「最後の」あとの「初めて」  中村仁彦

天皇の生前に代が変わり、〈予告され〉たところが面白い。ある期間の空気をつたえている。

背(そびら)より聞こえて細し剛直に有り経し夫がわれを呼ぶ声  阿野康子

 若い頃には剛直で声も大きかった夫が歳を取り声までが細くなったという寂しさ。背は背中そのものの意味なので〈背後から〉とすると良い。

ひと振りの塩にて旨しもぎたてのくるりん曲がったおおぶり胡瓜

                           大野英子

 楽しい良い歌。くるりんは女性らしい言い方だが面白すぎる。男性にも受け入れやすいようにするには「くるり」に。

満開のさくらは寂し枕辺の一枝愛でし母を偲べば    園田洋子

 良い歌だが、最大の欠点は漢字が多く一首が短い。漢字が多いと意味を先に理解してしまうが、ひらがなを多くするとリズム感を味わうことができる。この歌では桜をさくら、寂しをさびしなどとすると良い。

わがマンション独居老人増えてきて「おしゃべり会」はいつも盛況

                          吉田アヤ子

展開が面白い、また親睦会の命名が一首を面白くしている。


提出された34首それぞれに参加者と高野氏の丁寧な批評をいただき、大変有意義な学びの時間だった。
 歌会の後は講話、内容を簡単にまとめてみた。




先月のコスモス全国大会の二日目の歌会は前日に出された題で詠んだ歌の歌会だった。題は「雨か雨冠の付く漢字」、雨冠から雷門を詠む歌が出て来て驚いた。題があると自分の思い出を取り出して歌を詠むことができる。歌会始の御題のように大きな題ではなく身近なもの、例えば鋏、コンビニなどが詠みやすい。自分の体験としては上海に行った時に締切間近の十首を蟬で短い時間で詠んだことがある。コスモスの締切が近いのに歌が詠めない時は、友達に何か題を出してもらって詠むと良い。


 歌を作ったら自分の歌が他人に理解できるかどうかを検討すること。本当に言いたかったことが入っているかどうかを検討することが大事。
〈寂し〉と一度詠んだものを逆に〈楽し〉とするとどうなるか?などと推敲を重ね、詠草の提出ぎりぎりまで推敲をしよう。


歌会終了後、歌会と懇親会の間の一時間程は各自レトロ地区の散策を楽しんだ。門司港駅などレトロな建物が夕空に映え、印象的だった。

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                           軍馬水飲場(大陸に送られる軍馬の為の水飲み場)の前で



懇親会会場の三井倶楽部はかってアインシュタイン夫妻が逗留したこともある由緒ある洋風の館。格調高い内装の部屋で門司の名物のフグ料理と会話を楽しんだ。北九州支部長の木下幸則さん、前支部長の播田小弓さんの歌唱もあり、和やかに楽しく過ごさせて頂いた。


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歌う木下さん

三か所の会場を行き来し会の準備をされた、北九州支部の方々のご苦労を思うと「本当にお世話になりました」と改めてお礼を申し上げたい。

最後になったが、この会には東京、兵庫、山口、福岡と北九州以外からの参加者が多く、南の魚座メンバーの百留ななみさんとご一緒できたのも嬉しかった。

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高野氏と南の魚座メンバー




by minaminouozafk | 2019-10-13 09:37 | 歌会・大会覚書 | Comments(5)

ちづさんの、楽しくかつ的確な報告に続いて、歌会のことなどあれこれとお知らせできれば……。魚座の皆さま、フォローよろしくお願いします~。

コスモス全国大会2019 その②  鈴木千登世_f0371014_21500482.jpg


 久しぶりの全国大会。アルカディア市ヶ谷で行われるようになってからは初参加ということで前夜はなかなか眠れず、6時過ぎに自宅を出て、宇部から空路羽田へ。モノレール、JRを乗り継いで会場のアルカディアに到着。久しぶりにお会いするのにどの方もどの方も笑顔でお声をかけてくださってほっと安堵。全国大会の緊張感もありながらコスモスの皆さんの親密であたたかな感じが何より嬉しい。

コスモス全国大会2019 その②  鈴木千登世_f0371014_21434535.jpg


 渡英子さんの講演(ちづさんの報告に詳しいので、感想を少しばかり)は、資料に裏打ちされた説得力のある白秋論で、エピソードから生身の白秋が立ち上がってきて興味が尽きなかった。もっともっと白秋を知らねばと思う素晴らしい講演だった。

コスモス全国大会2019 その②  鈴木千登世_f0371014_21420746.jpg


 講演の後は歌会Ⅰ。晶子さんと一緒のBグループに参加した。

アドバイザーは選者の岡崎康行さん、影山一男さん、木畑紀子さん、清水正子さん、水上芙季さん。司会は四野宮和之さん、記録は坪井真里さん。四野宮さんのてきぱきした手際のよい司会のもと、1首につき参加者2名、アドバイザー(選者)1名が批評する形で会は進められた。その一部を紹介すると、


 ももいろの雲をとらえるビルの窓 しばしばビルは恋に溺れる


グループ内で高得点だった一首。夕焼けの映っているビルの窓から「恋」への飛躍はなかなかできない。「ももいろの雲(女性)」と「とらえるビルの窓(男性)」という擬人化が面白い。という評が寄せられた。その上で「しばしば」より「今、恋に溺れている」と一瞬の景を捉える方がよいという選者のコメントがあり、一首の魅力がより増す思いがした。


 印象に残ったのは「直喩はよっぽと飛ばないとダメ」という選者の方のコメント。「ごとき」や「やうな」など短歌作品に多く用いられる直喩。「ごとき」があるとそれらしく歌っぽくなるが、説明的になる。10人中5人の思いつく比喩は×、わかる人が2人くらいがよい。わからないことを恐れないこと。など述べられた。内容を具体的にくきやかにする比喩は、使い方によって凡庸にも創造的にもなる魅力的なレトリックだと改めて心に刻む。


 また、歌会の最後の「褒める批評が多かったけれど、歌会はばんばんやっていい。作品をこう読んだけどどうか?おかしいと思うところを述べることが大切。作者の人格についての批評でなく、作品に対しての批評。自由に、忖度しないで言うことが歌会を活発にする。」というコメントを殊に大切に思った。「明日は、心して述べよう。」と皆さんきっと思われたことだろう。

 
 
 歌会Ⅰは予定通り終了し、懇親会までの2時間を各自題詠に取り組んだ。今年の題は「雨」もしくは「雨かんむり」の漢字を用いた一首で、提出された作品を各グループの記録の方がワープロ原稿に作成し、翌朝、各グループ内での選の後、批評をおこなうという流れ。2時間はあっという間で、焦る焦る……。


なんとか提出して、懇親会。料理と飲み物をたのしみながら、(アルカディアのお料理おいし~い!)全国から集まった皆さんと歓談。キレッキレッのダンスあり、津軽弁の美しい響きの朗読あり、コーラスあり、スピーチあり……の盛りだくさんの内容。お話(とお料理)に夢中で写真を撮ってなくてご紹介できなくてごめんなさい。次回は是非。



さて、明けて29日の歌会Ⅱは前日と同じBグループに参加。雨そのものを詠んだ作品、「薄」「濃」などのお天気に纏わるワードを読み込んだ作品、「満員車」「宮雅子」など雨から離れた意表を突く作品などなど工夫された作品の数々に圧倒された。

グループ1位、2位は次の作品。

雨の字の四粒のなみだ愛しくてひとしづくづつ丁寧に書く    


 息深く赤子眠りぬアマゾンの熱帯雨林燃え続く夜を      


 「雨」の文字に「涙の粒」を見つける感性に、また、「眠る赤子」から「アマゾンの火事」への飛躍が、今の問題を提示しつつ未来を暗示させる社会詠となっていることに感嘆するばかり。題詠の可能性に目が開かれる思いを味わった。


濃密な2日間の最後は表彰式とさよならパーティー。



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 選者選、互選高得点歌などの表彰が行われ、由利さんと晶子さんはグループ互選で表彰された。(由利さんは題詠互選でも~)


また、特別賞として高野さんが選んだ5首に「高野公彦賞」が贈られた。賞品は高野さん自筆の篆書の文字の書かれた扇子。


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          韻の文字が


  
     受賞されたお二人の笑顔            

 
 さらに、今年はお楽しみとしてコスモス誌上に不定期に連載されている「ヒコちゃんに叱られる」にあやかった賞も設けられた。これはランダムに番号を選ぶものであったので、ちょっぴり期待するも、残念!


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賞品は挿絵のヒコちゃんシール。

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早苗さんのご挨拶も


楽しい時間は短く、心地よい緊張感に包まれた充実の2日間は無事終了した。裏で表で大会を支えられた皆さま、お疲れ様でした。そして素晴らしい大会をありがとうございました。
 
 帰途、羽田の上空からきらめく東京の灯を眺めながらから次回の大会も是非参加したいと思った。



きれいとさびしいってどうしてこんなに似てるんだろう」『愛なき世界』(三浦しをん)

夜間飛行しつつ思へりきれいなとさみしいの似る大東京の灯




by minaminouozafk | 2019-10-03 06:30 | 歌会・大会覚書 | Comments(7)