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カテゴリ:歌誌・歌集紹介( 75 )

 
久保田智栄子歌集『白蝶貝』  藤野早苗_f0371014_12014519.jpg

久保田智栄子さんと初めて会ったのはもう30年近く前だろうか。私が勤務していた高校の同僚(素敵な年上の数学教師)の教え子だったのが智栄子さんで、紹介していただいた当時、智栄子さんは大学院生だった。『万葉集』を研究していて、短歌に興味があると聞き、森重香代子氏の「香﨟人」に参加してもらい、その後「コスモス」に入会。歌も素晴らしいが、評論にも抜群の冴えを見せる中核歌人として、存在感を示す一人である。さらに現在はコスモスの結社内同人誌「COCOON」と「灯船」、二誌で活躍されている。

 そんな智栄子さんの、待ちに待った第一歌集『白蝶貝』。25歳のコスモス入会時から51歳までの26年間の作品のうち、473首が年代順に収められている。

○人の世の哀しみに似る石塊(いしくれ)をまろくまろくと波は打ち寄す
○「かなしみを受け止めます」と貼られある尼寺の庭に菴羅樹(あんらじゆ)実る
○行きずりのわれの手の甲まで舐むる猫にさびしくちちふさ下がる

 一首目について、小島ゆかり氏が帯文で「巻頭の一首は、久保田智栄子さんの人と作品を象徴するような歌である。」と書かれている。「まろくまろく」という言葉を選ぶセンスが素晴らしい。
 二首目、三首目からも日常の隈ぐまにさりげなく存在するかなしみやさびしさに敏感な作者の姿が立ち上がる。尼寺の庭の菴羅樹(マンゴー)、行きずりの猫のちちふさなど、対象として選ぶ素材が絶妙に面白い。

○不規則な手、足、手足の音をたてドアの向かうの吾子が這ひ来る
○「カアサンはとても大きなみず溜まり」眠るわたしを幼は評す
○声にせずわれの歌へるそのつづき子がくちずさむぬり絵しながら
○病み上がりの娘十三米粥にいなごの甘露煮うづたかく載す
○父母が頭(かしら)撫でゐる防人の歌は十六の子が好きな歌
○アウェイにて負け続けゐる球団の、否、子の就活をただに目守りぬ

 あとがきによると、作者に子どもを詠むことを勧めたのは、師の森重香代子氏であったという。26年間の作品を収める本歌集は、さながら三人のお子さんの成長記録であり、また母として、歌人として味わいを深くする智栄子さんの記録でもある。

○「花火はね、死者をなぐさめるものなんよ」広島つ子のをのこ言ひたり
○にがよもぎ流れ出づる国日本にうすむらさきの風評生れぬ

 子どもたちに注ぐ愛とほぼ等価で詠まれる社会詠。これも歌人久保田智栄子の本領である。移り住んだ広島の「ヒロシマ」としての表情を見逃さず、東日本大震災に伴う原発事故を「にがよもぎ」、すなわち「チェルノブイリ」に仮託して詠む。糾弾するのではなく、心を寄せる詠み口に個性を感じた。

○上つ毛野安蘇の真麻群(まそむら)かき抱くわれが家族(うから)の日晒しのシャツ
○たつぷりと夜気を含みて山の樹は息嘯(おきそ)のごとく朝霧をうむ

 こんな歌もある。万葉研究者としての面目躍如たる作品。やわらかな韻律の久保田作品の骨格を支えているのは、こうした確かな地力なのだ。

○わが内の白蝶貝にいつよりか真珠にあらず育ちゐし癌

 本歌集タイトルの由来となった一首。「わが内の白蝶貝」とはリボン型の臓器甲状腺。ごく初期での発見であったため、結果的には事なきを得た作者であるが、その折の心労はいかばかりであったかが察せられる。「「白蝶貝」は(略)マザーオブパール」の別名を持つことから、言葉をはぐくむ真珠に見立てたい」(あとがき)という作者の祈りの清らかさが胸をうつ。忌むべき病にもこのような美しいイメージを付与することができたこと、これもやはり治癒力を高める一つの要因となったのではないかと思う。そして、作者は、「白蝶貝」というタイトルの一連30首で、「O先生賞」を受賞している。

○湖のひかりのやうな、もう誰を好きになつてもいい冬の空
○美しくことばうつくしくあるべしとてのひらに享く六花一片
○よく晴れた冬の青空靉靆(あいたい)といふ語おほきく頭上に浮かぶ
○南天のつぶら眼のごと わたくしが死んでも愛は残るでせうか

 病快癒の後の作品から引いた。自在で、表現に対する迷いが吹っ切れた歌が目立つ。白蝶貝の内に育っていたものは作者の歌人としての矜持でもあったのだ。

○安心して愚痴こぼし合へりくまモンのTシャツを着た辻本さんと
○居酒屋でメニューを見つつ「或いは」と言葉渋すぎる桑原正紀氏
○九州は〈ゆかりさん晴れ〉中空をいまゆつくりとジェット機下る
○やはらかくカーブする道を向かうより出迎へくださりし狩野一男さん
○望まれしとふ〈歓喜の歌〉が流れきて葬儀会場はなやぎをはんぬ
           (直木賞作家 古川薫氏逝去)
○飲食(おんじき)のとき座るときつねにその大人(うし)は港となりてひと寄す              (歌会懇親会、高野公彦氏)

 本歌集に登場する、智栄子さんゆかりの作家、歌人。それぞれを掬う眼差しが的確で、その上温かい。表現者と被表現者は鏡。このような歌群の存在もまた、歌人久保田智栄子の本質を伝えている。

 まとまりなく書いてしまって、果たしてこれが歌集評と呼べるのかどうか、全く自信がないが、この『白蝶貝』、ぜひご一読いただきたい。その一事のみ、お伝えしたいと思った次第である。
 最後に好きな歌を二首。

○このにほひいつか嗅ぎたる月光と似てをり水に溶けゐる石灰岩柱(ラピエ)
○もうひとりわたしがゐてもおそらくは同じ人生歩む気がする



  三十年まへと変はらぬほほゑみの陰に過ぎたる時の重さよ



by minaminouozafk | 2020-02-18 12:02 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(8)

 一昨年のコスモス全国大会にゲスト講師として来て下さった「心の花」の藤島氏の第三歌集。今さらながらの感もあるが、二月の「灯船」批評会にもゲストで参加してくださるというご縁で、ご紹介をさせていただきます。

藤島秀憲第三歌集『ミステリー』  大野英子_f0371014_06511537.jpg

この題名はあとがきの「生活にはさまざま変化がありました(中略)生きていることが本当にミステリーでした」というお気持ちからなったようである。

19年に渡るご両親の介護を終え、両親と共に暮らしたご実家を手放し始まった新たな生活が詠まれる。

引き出せば二百枚目のティッシュかな死ぬことがまだ残されている

献体を終えたる父を連れ帰る父が来たことないアパートに

床屋にて顔蒸されおり死んでから数ミリ伸びる髭われにあり

あっいまのもの言い父のもの言いだ わたしの中に父育ちゆく

駅から五分の町にわが住みまだ知らぬ六分の町七分の町

三月のわが死者は母左折する車がわれの過ぎるのを待つ

足の爪あすは切らんと寝る前に思えり明日の夜も思うべし

はるのゆきふればこごえる木々の花ふりかえりふりかえりしてわれも死を待つ

(さびしい)を歌のことばに置き換える過程がわれをさびしがらせる

Ⅰから引く作品は、どれも寂しさとやるせなさに満ちるものである。藤島氏の介護の長い年月を思えば、とうてい比べられるものではないが、職を失い両親を見送り、本当にひとりになってしまったという思いを抱える私には、〈死〉というキーワドが散見される作品に深い共感を覚えた。例えば8首目の、もはや死を待つことしか残されていないような人生は常に心の片隅に渦巻くものなのである。

2首目は第二歌集『すずめ』で〈二年後に父のお骨を取りに来んわたしは二歳老いた私は〉と詠まれたその期間を経て引き取りにゆく一連。チラシ配りで生活を凌ぐ暮らしと絡めながらまた、折々に父母のことを思いながら等身大の私が詠まれる。藤島氏の良さは、日常をきちんと、しかし淡々と物語として読者に差し出すところにあるだろう。

また5首目の「まだ知らぬ」は駅と自宅の往復だけが新しい町での行動範囲である事、七首目の「明日の夜も思うべし」などのぼんやり感が切ない。

しかしⅡからが藤島氏のいうミステリーなのである。妻となる人と出会うのである。

わが部屋を君おとずれん訪れん座布団カバーを洗うべし洗うべし

にぎやかな冬のすずめを聞きながら君と歩めりわが住む町を

それぞれの五十五年を生きて来て今日おにぎりを半分(・・)()する

これからをともに生きんよこれからはこれまでよりも短けれども

「あの場所で」で君に伝わるあの場所に行こうよ花を浴びに行こうよ

お知らせがあります五月十五日今日から君を妻と詠みます

箸置きのある生活に戻りたり朝のひかりが浅漬けに差す

出会いから結婚生活まで数首上げた。一首目の二か所のリフレインによる慌てぶりと喜び。二首目はこれまで折々に自己投影してきたすずめに、まるで祝福されているような思いだろう。どの歌も手放しの喜びようではあるが、中年の含蓄と真っ直ぐな詠みが甘くなり過ぎるのを抑えて、こちらも素直に祝福をしたい気持ちに充ちる。本当におめでとうございます!

生活に落ち着きが出て来ると、これまで深い擦過痕のように詠まれた父母への思いにも変化が見える。

神の手を父は見たるか全身をヘルパーさんに拭われながら

書込みのひとつをわれが加えたり父が捨てずに忘れし聖書に

晩年の母の不調が少しずつわれに現われ 母を懐かしむ

父の残した聖書を通して湧く思い、自らも耳鳴りに悩まされながらも同病の母を思う。

他にも、結婚による就職にまつわるもの、二人で出かけた場所や日々の細事を、もう一度繰り返しになるが、本当に等身大の日常を時に自虐を交えながら平明に淡々と詠む。この俗に落ちない平明さと、パートナーを得た明るさが、新しい世界を切り開いている。

だが、藤島氏の素晴らしさは身体感覚がさりげなく詠み込まれた自然詠にもある。

幾万の鳥を隠しているらしき首かけいちょうの生む大き影

谷底へ落ちゆく それは木々の影、影をともなう鳥たちの声

てのひらを浅く傷つけ春まひる数かぎりなく木肌にふれる

耳鳴りを忘れていたり咲き切って莟を持たぬ木々に触れれば

直線に吹きいし風が曲線に吹けばもう春 蝶のとぶ春

日比谷公園の樹齢400年の夏の公孫樹の生命感から見えない鳥たちの命さえ感受する。渓谷の雄大な自然を捉えた時の方位感を失くすような人間の無力感、視覚や聴覚を越えた皮膚感覚の3、4首目。5首目も風の変化を捉える体感のある歌。

そしてレトリックを駆使した作品も読者を楽しませてくれる。

駅に来て小走りの人見かければわれも小走りきみも小走り

海はいま眼下にありて波しずかしずかはのび太のガールフレンド

ああスパムスパムを求め常は()ぬ明治屋に()ぬ スパムを手にす

本歌取りあり、二物衝撃あり、リフレインとずらしにより作り出すリズムあり、多くの作品もそうだが、特に作歌上の工夫が凝らされた短歌の持つ声調を確かにしているこういう作品を集中に探し出す楽しみも多い。

昨年の短歌研究4月号までの特集では「平成じぶん歌」という13人の著名な歌人の歌をひとり31首、巻頭に掲載していた。高野さんやゆかりさんの作品で記憶にある方も多いだろうが、その後89歌人の平成の歌を一冊にまとめて出版された。

巻末近くに置かれた「父さんでしたか」と小題の付く一連は、その時の書き下ろしにさらに手を入れ、より単純化されている。もちろん19年にわたる介護がまるまる内包され、場面を切り取り、一首一首がこれまで詠まれてきた作品とリンクしてゆき、一首でその年の気持ちを鮮やかに詠み込む手法は、短歌という詩形の良さを十全に伝えてくれるものであった。ああ、また長々とごめんなさい。

二月の「灯船」批評会は残念ながら参加は無理のような予感。でもいつかきっと福岡県歌人会の短歌大会にも、講演講師としてのご来福を熱望しています。(誰か伝えてくださ~い。)

       冬の雨ふりだす朝を鳴き交はす冬のすずめの朗らかなこゑ


by minaminouozafk | 2020-01-24 06:54 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(8)


田中英在さんの短歌との出会いは、平成17年の山口新聞歌壇への投稿。その後、森重香代子氏主催の香臈人短歌会に入会。平成1812月からコスモス会員。


田中英在歌集『雪中遍路』 百留ななみ_f0371014_09300629.jpg



中学校卒業50周年の同窓会の幹事をされ、そのときに友人から誘われたのが短歌を始められたきっかけとのようだ。香臈人短歌会の行事ではいつも気持ちよく幹事を引き受けてくださる。その手際の良さはご自分で会社経営をされていたからであろう。会社を息子さんに任せられてから65歳からの作歌。香臈人短歌会山口教室にはもうひとり田中さんがいらっしゃるから、えいざいさんと呼ばせていただいている。本当はひであきさん。


役職を退かれてからの短歌。悠々自適ながらも元気闊達な英在さん。自由な時間があれば巡礼参拝の旅に行かれる。奥様もご一緒のようで、年賀状の写真・短歌をたのしみにしている。巡礼といえば四国八十八箇所をおもうが、英在さんは高野山、観音様めぐりなど全国を巡られている。



馴染まぬと三度もシューズ買い替えて試歩する妻は遍路に備う

ゆるゆると登りなされと先達に声かけらるるメタボの吾は

仲間らに遍路明主とおだてられ何時の日からか纏め役せり

奥久慈をさらに奥へと山に入るここ日輪寺は雲上にあり

携帯の〈あめふるコール〉に頼る旅傘を離せぬ若狭街道

無理せぬを約束しての遍路旅連れ添う妻に代参託す

大願の成就を謝していま参る奥の院への雪中遍路



田中英在歌集『雪中遍路』 百留ななみ_f0371014_09461944.jpg



歌集後半にみられる巡業参拝の旅の歌。四国八十八箇所はもちろん東北、近江、奈良など全国を歩かれている。元気で明るい英在さんは遍路明主でもある。メタボで膝痛もある英在さんがこんなにも意欲的に巡られるのはご一緒される奥様のサポートあってのこと。集中には奥様を詠まれた温かな作品も多い。



結露せし窓拭く妻は目を細め鏡代わりに顔をつくろう

「有難う」素直に言えば「宜しくね」妻の声聞く結婚記念日

二人なら苦しきこともへっちゃらと妻と手を取り古稀を迎うる

寒ければ陽が昇りてのウォーキング妻はうっすら紅さし歩く

爺婆がひ孫挟んで川となり昼寝きめこむ幸せな午後



ストレートな愛の歌の数々。サラダ記念日の本歌取りも、古稀近い夫婦ならではの信頼関係、深い味わいがある。常日頃から奥様のことをしっかりと眺めておられるのは愛情の深さだと思う。ひ孫を挟んでの川の字の昼寝。ほんとうに眩しいほど、どの歌からも幸せが溢れてくる英在さんらしい男歌。



田中英在歌集『雪中遍路』 百留ななみ_f0371014_09301203.jpg



左右あるはずの無き靴下に吾はこだわり今朝も確かむ

胴上げをされて嬉しや恐ろしや吾の巨体が宙を舞いたり

スゴ、寒っ「い」の字抜きたる若者語われも使えば違和感あらず

わが心臓再生したる生体弁 牛の心膜われに鼓動す

ひかえめに賀状に短歌添えてみる友の批評を心待ちして



明るい活動的な英在さんだが、こだわり深い部分もある。靴下の左右は繊細なこころの内側だろう。胴上げをされたのは地元の教育委員長を辞された祝賀会。お孫さんとも仲良く学校関係にも関わっていらっしゃるせいか、流行にも敏感で若々しい。「い」抜き言葉も大丈夫。いつも元気にしておられるが、ここ数年は心臓の不具合で下関までも躊躇されていた。思い切っての手術でふたたび巡礼参拝を愉しまれるようになられた。年賀状の短歌はそういうことだったのですね。本当に愉しんで作っておられる作品の数々。



傘寿となられた今からも奥様とたのしく巡業参拝の旅を続けられることと思います。英在さんらしい明るいのびのびとした作品、これからも期待しています。



田中英在歌集『雪中遍路』 百留ななみ_f0371014_09302026.jpg



こんぴらの石段のぼり奥の院お遍路さんのあと従きくだる








by minaminouozafk | 2020-01-20 06:00 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

小田鮎子さんは福岡在住「八雁」所属。昨年の「ふくおか県民文化祭短歌大会」のときに司会を務めて下さった方。そのご縁で、歌集をいただいた。

小田鮎子第一歌集『海、または迷路』~アイデンティティを問い続ける人  大野英子_f0371014_06471090.jpg

簡単にプロフィール紹介を。

天草生れ、長崎大学を卒業後、長崎放送とNHK熊本でキャスターを勤め、その後結婚。神戸、東京、長崎を経て福岡へ。短歌との出会いは天草で短歌結社を主宰されていた祖父の勧めで十代のころから結社に属さず作歌していたという。その後、石田比呂志氏との出会いがあり「牙」入会。石田氏没後は阿木津英氏の指導を受けられている。

第26回短歌現代新人賞を受賞された実力の持ち主である。跋文も阿木津英氏が8頁に渡り丁寧な解説をされている。

作品は、ⅠからⅣ章に分けられ、第一子を出産されるところから始まる。

 

母乳だけ飲んで半年生きる子と食べなくなって死にゆきし祖父

パソコンのなかなれば夜に盛り上がる子ども不在の子育て広場

夢にまでごめんなさいと子に言わす顔を鏡に映して見おり

ストールに首絞められてふと自滅しそうな今年の冬の始まり

ブランコに乗れば自由の身となりて影もブランコ楽しみている

眠らせておかねばならぬ我ありて春の日溜まり()けて歩めり

こどもらのひとりふたりとお昼寝をはじめ今年の花見の終わる

細やかに子の成長を詠まれているのだが、まず目に止まるのはこれらの歌である。出産、子育ての中で生まれる、さまざまな葛藤や気付きから目を逸らさず丁寧に歌に落とし込んでいるのが判る。

一首目は、短歌を勧めてくれた祖父とわが子の死と生の実相を見つめる。二首目は〈子育て広場〉と名づけられたネット上でのコミュニティにふと疑問が湧く。3、4、6首目は子育ての苦しみの中に自己のアイデンティティを問う。5首目は一時の解放感を普段わが身を離れない影に託す。7首目は、ママ友たちとの花見だろう、子供中心の日常の当たり前すぎて見落としがちなものに様々な感情が滲む。

  

春キャベツ手で裂きながら毎日を壊してみたき欲望生まる

幸せと見せたきゆえに指の先春爛漫のネイルを選ぶ

詳しくは知らず互いのことなどはみなママという皮膜を持てば

妻という椅子に深深と腰掛けて飲み干している食前(アぺリ)(ティフ)かな

Ⅱ部に入りママ友の付き合いが深くなると、アイデンティティの模索は深まる。ママである自分と本質の自己との乖離。4首目は、栗木京子の『中庭(パティオ)』〈天敵をもたぬ妻たち昼下がりの茶房に語る舌かわくまで〉のアンニュイさを思わせる一首である。

お利口さんと頭を撫でて子の言葉遮りているわれはずるくて

眠らない子を叱るときにわれの言うちゃんと寝なさいのちゃんとって何だ

ポケットの中のどんぐり見せくるる離れていたる時間のどんぐり

子がわれの歌を読みつつ悲しむ日いつの日か来る必ず来べし

子どもと向き合う姿も愛が深いからこそ、自己を冷静に見つめる姿が痛々しいほどである。

額突(ぬかづ)けば聖母マリアの足の見ゆかくも母とは苦しきものを

疑うということ知らねばひたすらに祈れと言えり夫はわれにも

マリア像どのマリア像も微笑みてわれを見下ろす母とは何ぞ

天草の隠れキリシタンの里、大江天主堂のすぐそばでシスターの教えを受けて育った小田さんは現在もご主人と共にミサにも通われている。自己をしっかり見つめる作業は子供のころからの習慣として培われたものなのだろう。マリア像にも真摯に訴え、時に夫との距離感ももどかしいものとして詠まれる。

自らの身を抉り出すごときかな戦争の悲惨語るというは

戦争も原爆も知らぬわが言葉いずれもむなし舅の前にて

洗濯物が良く乾くというそれだけで平和と思う馬鹿かわたしは

「凡庸な悪」にわが身は染まりゆく沈黙をいま決めてしまえば

Ⅲ部は長崎での生活。被爆地での被爆体験のある舅との生活は、平和や自己存在について深く考える時でもあったのだ。4首目はハンナ・アーレントと詞書きがある。ありふれた凡人の小心さこそが悪だというハンナの哲学に苦悶するのである。常に自己模索をする小田さんは、社会へ向ける眼差しも深い。

産む機械に喩えられているこの体 生まれてくる子は何なのだろう

流行りたる少女戦士はやすやすと武器を使いて敵倒したり

お子さんがお孫さんがと政治家は(うわ)(ごと)のごとく何度も言いき

3首目は「戦意」と小題の付いた一連23首の中の一首。詞書に〈二〇一四年五月十五日、集団自衛権の行使容認に向けた首相の記者会見〉とある。いかにも、あなたの家族のためにという言い訳じみた発言を母である作者は聞き逃さない。この一連は日常生活も交えながら子の将来と自分の非力さを詠み込む力作である。

夫に対しても、従順な妻を演じながらも、冷静な視線を向ける様子が折々に詠み込まれる事も小田さんの作風の魅力となっているのではないだろうか。

玄関をひとたび出れば見しことのなき顔をして夫が歩く

夫まだ帰らぬ夜の縫い針の先端あやしく光を放つ

夫知らず履歴書をわが書きしことも不採用通知届きしことも

小田さんの根幹として、全体を通して詠まれる故郷や父母の作品があり、いかに大切なものかが伝わってくる。

東京に暮らせるわれに東京は恐ろしい場所よと母は言いけり

ふるさとはわれのいかなる場所ならんやがてだあれも居なくなる場所

風呂釜の下より母の「湯加減はどがんね」と問いくれたりし声

あけがたを響かう大江教会の鐘の音にわがゆっくり目覚む

思い出せないほど海を見ていない天草の海まだ帰れない

本歌集の巻末には『月明りの下 僕は君を見つけ出す』抄として大学から就職するころの歌を私家版歌集として出版された92首から、23首が掲載されている。

まるで初めて見たかのように驚いて今日の夕日を君と見ている

乱暴に鍵を返したことなどをふと思い出す三日月の夜

阿木津英氏が跋文に「かろやかな口語基調で青春の哀歓をいきいきとあらわしている」と書かれる通り、内にこもるような現代の若者の詠み口とは違い、ストレートに思いを発信し切なさに溢れ、忘れていた青春を思い出させてくれた。「誰にも教わらず、ひとりで詠んでいた」と書かれていたがこの頃からしっかりとした詠みが身に付いていたことが判る。

子育てにひと段落ついたと言われる小田さんの今後の活躍が楽しみである。短歌を通じた新しい出会いに感謝したい。

小田鮎子第一歌集『海、または迷路』~アイデンティティを問い続ける人  大野英子_f0371014_06463536.jpg

 三日に訪ねた太宰府では今年はまだ固い蕾ばかりだったが、政庁跡の紅梅の一木が膨らんでいた。

       いちはやく膨らんでゐるくれなゐは遠くの海を見てゐるあなた


by minaminouozafk | 2020-01-10 06:47 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

 秋山さんは千葉支部の方。コスモスに入会された五十代半ばから二十一年間の作品の中から、四五二首が収められている。歌集名に〈父の〉とあればついつい引き込まれて読んでしまいました。

秋山和子第一歌集『父のインク壺』(柊書房)  大野英子_f0371014_07423689.jpg

まずは温かい眼差しが伝わる作品から。

 水槽の鯉に見入れる幼子はまあるく口をひらきては閉づ

 砂浜の父の足跡子は追ひてひよんと跳びまたひよんひよんと跳ぶ

 ランドセルの蛍光塗料ほの白く日暮れの路地をジグザグに行く

病院のロビーにパジャマの幼子がじつと見てをり語らふ母子を

幼児教育や児童心理学を学ばれ「折々に見かけた子供の歌が多いことに気付きました」とあとがきに書かれる通り、愛情を持ってしっかり観察する幼子の描写力が際立つ。口の動き、飛び跳ねる姿、ジグザクな足どり、さびしそうな視線の先にあるもの、それぞれをしっかりと捉える視線が優しい。

折々に見かけた幼子にこれだけの優しさを見せる秋山さんは、家族を生き生きと詠む。特にご主人との日々は健やかで常に日向性がある。

 大き背をこごめて夫は蕎麦を切る「細いほど好き」と私が言ひて

 自らの酒のつまみと砂肝のしぐれ煮もどきを煮てをり夫が

夏日ゆゑ日暮れが待てぬと立ちあがり夫は切子の酒器はこび来る

寡黙なる夫がしきりに旅せよと介護の日々のわれを気遣ふ

ゆきちがひ何時しか解けて柿の木をつつく小啄木鳥を見よと言ふ夫

母逝きて「味方がいなくなった」など夫は言ひつつ線香たむく

婚五十年過ぎていよいよ夫の打つ二八(にはち)の蕎麦の滋味深まりぬ

カルチャーで蕎麦打ちを習われた夫の、妻の期待に応えようとする真剣な姿を捉え、またリクエストをすることによって上手くご主人をその気にさせるという夫婦関係が楽しい。二首目三首目は、お酒好きな夫の等身大の姿。五首目は小さな齟齬も何気ない言葉から自然にほぐれて行く夫婦の年月を思わせる。四首目と六首目は年老いた母の面倒を共に見てくれた夫の優しさが滲む。七首目は歌集巻末に置かれた歌。深まる蕎麦の滋味はまた、夫の滋味であることが伝わり、お二人の信頼関係が心地良い。

夫をよむ作品の中にもある〈母〉との時間はこの歌集のひとつの核でもある。

 久々の銀座の通りにわが母はモガ、モボのことなつかしみ言ふ

 ちぢみたる身の丈をいふわが母にかはりて掛けぬ子年の暦

 渡された携帯電話たいせつと手箱に入れてしまひ置く母

 独り居をじやうずに過ごす九十の母にふえゆく聞こえないふり

浴槽に浮かぶ柚子の実摑むなり母は右手のギプスの取れて

包装紙を竹に定規で計りては折り紙にする九十五の母

脳外科の病室の母よろけつつ椅子よりたてば夫も()も立つ

小声にてひとこゑ「ありがたう」と言ひたらちねの母ふたたび眠る

がんばりやの明るき母の子にあれど切なき夜を泣くときは泣く

一緒に出掛けたりする、仲の良い母子にも老いは重くのしかかってくる。それでも見守り、寄り添い、時にはユーモアを交え、丁寧に詠み残す姿に愛が溢れる。亡くなられた後の「泣くときは泣く」の一言から、どれだけ気丈に振る舞い通して来たのかが伝わり胸を打つ。

他にも、他者に対しても細やかな気配りをさりげなく詠み込む。

膝病める母に手を貸すわがならひ杖持つ人のあれば寄りゆく

ケイタイを閉ぢたる夫人の溜息をなにげなく聞く電車待つ間に

住所録の友の名前は消さないで逝きし日付を横に書きそふ

そして歌集名となった〈父〉を歌集前半と後半から二首ずつ引く。

 ペン書きの父の文字なり大赭色の写真の裏の「和子一歳」

 冴えざえとひかりて細きガラスペン今にし残る父のガラスペン

 亡き父の片そで机の引き出しに扇形なるインク壺ある

 手にのせてわれは見てをり父が使ひし液乾らびたるインクの壺を

早く亡くなられたのであろう父親の存在は、思い出として写真の裏書の文字や愛用のガラスペンやインク壺に確かに存在している。

日常の秋山さんは、母として妻として、そして母を看取る娘として明るく取り仕切る家刀自の姿そのものであるが、父の思い出の品に触れる時が小さな子供に戻れる唯一の時間であるのだろう。

そういった感情を一切詠み込まず、物を静かに提示することにより、いっそう、その気持ちが伝わってくるのである。

最後に心に残った、折々にご自身を客観的に詠まれる作品から二首。

 ガラス張りのエレベーターに海のぞみ気泡のごとくわれ上昇す

 外出(そとで)なき日は化粧せず〈臨済の喝〉などはなきわれの日常

紹介出来なかったが娘や孫を詠む歌など、多く人に対する優しさ溢れる歌集だが、旅行詠も多く、地名や歌枕にこだわりを持つ、一過性の旅行詠でないものが読み取れる、魅力的な一冊でした。

さて、私には縁が無いとはいえ、もうすぐクリスマス。みなさまにささやかなプレゼントです。

秋山和子第一歌集『父のインク壺』(柊書房)  大野英子_f0371014_07422044.jpg

       凛とたつ朱のアロエの鱗片を纏ふつぼみはまだ固きまま


by minaminouozafk | 2019-12-20 09:09 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

桑原正紀第九歌集『秋夜吟』  大野英子_f0371014_06491920.jpg

教職を辞した時期より始まり終盤には七十歳を迎えられた桑原さん(信じられない若さです)さらに、十四年間、病により転院を重ねられていた奥様は終生を過ごすことができるホームに移られた。

そういう安堵感からか、今歌集は穏やかな日常詠や旅行詠が多い。しかし、じっくり読み進むと、安堵感とは裏腹に、離職という第一線から退かれたことや、長く続く男鰥状態の寂寥感が伝わってくる。

冬の陽のふかく差し入るリビングに居るべきひとが居ずて明るき

音の無きテレビに人の気配あることに救はる夜の()(しん)

吟醸の吟はいかなる意味ならむ独り酌みつつする秋夜吟

上出来の肉ジャガひとり食べながら嬉しくやがて少し寂しむ

うつし世の荷下ろしをしてかろき背をねぎらふやうな午後の冬の陽

孤独とは()ならずまして恥ならずしづかに己かへりみるとき

一首目は「入る」「居る」と繰り返され「居ずて」と帰着して明るさのなかの寂しさが増す。三首目は歌集名となった作品。どの作品も選ばれた言葉は寂しさがあるが侘しさはない。六首目は巻末の一首。桑原さんの強さとおもねらない生き方が感じられる一首である。

奥様の歌。

窓近く鳴く秋の虫この家に戻りたきもののこゑにあらずや

晴天をあふげばいつも車椅子日和とおもふわが習ひ性

夜な夜なを妻に添ひ寝をする猫の首のほころび縫ひ合はせやる

学校のチャイム鳴るたび生き生きと目覚むるらしも妻の教師脳

現し世をすこし外れて晴れ事にこだはらぬ妻それでいいのだ

離れていても折々に思い、寄り添う慈愛に満ちたゆるぎない相聞歌である。

とはいえ、あとがきにはこう書かれる。

何にも左右されず自由気ままに詠みたいという願望と、世界や人間の現状から目を逸らしてはならないという義務感との間で大きく揺れているのが今の私ですが、このまま詠み続けるしかないのでしょう。

前歌集は東北大震災、原発事故の時期であり、多く遅々として進まない問題や政治への怒りと悲しみが詠まれてきたが、その現状はいまだに問題山積。悪化をたどるような社会情勢に折々に詠まれる時事詠がやはり目を引く。

ああこんないい秋なのにじわじわとにつぽん丸は面舵(おもかぢ)もやう

石絞り水を採らむとするごとき〈解釈〉に平和憲法ひづむ

啓蟄にいまだ()あるに暖冬を目覚めたりけり蟇、蛇、原発

秋の字の中に火がある またひとつ原子炉に火がともらんとする

何かヘンだ憎悪が徐々に剝き出しになりてゆあ~んと世界はゆがむ

銃向けるごとくリモコン突きつけて宰相ひとり消し去りにけり

一首一首を解説をするまでもなく伝わってくるものがあるが、次の二首は「銃向けるごとく~」の連作の前に置かれ、逆に消した作品の怒りの深さと歌人としての矜持が滲む。

怒る歌を酒飲む歌に差し替へて一連十首一変したり

悪政を怒る歌三首捨てしことさまざまに思ふ夕焼けの坂

そして挽歌。

偲ぶ会を企てをれば「白い菊なんかいやよ」と言ふこゑのする

をりをりに海面(うなも)にふるる海鳥はただよふ(たま)を拾ふならずや

(おもね)らず驕らぬ生をおもふとき範として在しき柏崎驍二氏

子も孫もなきわれなれど逆縁の酷さを知りぬその母に向き

春待たず逝きたる兄の農事メモ置き去りにして春は来向かふ

一首目は宮英子さん、二首目は挽歌ではないが、真夜中のテレビ画面に映った三陸の海。そこに津波

被害者の魂を悼む。四目は22歳の若さで骨肉腫により早世した教え子の母を気遣う。桑原さんの作品は多くが連作として詠まれているので、全体を詠むと尚更内容の深い所へ届きながらも抒情溢れる仕上りとなっている。

叙情性といえば桑原さんの持ち味。

雨音のつつむ冷たき文鎮の銀の(はだへ)にふと手触れたり

突き当たりを曲がつた先の自販機の灯りの裾が(やは)くのぞけり

清流にひそやかに咲く梅花藻の喪のひとの顔しろくうつむく

無機質なものにエロスさえ感じさせる一、二首。三首目はコスモス7月号「スバル散策」で高野氏が

歌の味わい深さを丁寧に解説されていた、私も大好きな一首である。集中に散見されるこのような作品を探す楽しみもある。

日常詠は、紹介出来なかったが、故郷や野良猫に寄せる温かい眼差しや、カープ愛、独り酌みの可笑しみなどなど、引き出しの多い一冊である。

       ひとり酌む秋の夜長の友として話し相手となる『秋夜吟』


by minaminouozafk | 2019-11-22 06:50 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

 長く長く待ちわびていた歌集が上梓されました。『甘藍の扉』(柊書房)、チーム「南の魚座」の主要エンジン金曜日担当の大野英子さんの第一歌集です。

 言うまでもないことですが、英子さんは、長くコスモス選者を務められ、コスモス福岡支部の牽引力であった故大野展男さんのお嬢さん。母上もコスモス会員として歌作に勤しんでいらした方。歌人の家で育った英子さん、現在はご自身がコスモス選者です。

 読みたくてたまらなかった歌集を手にし、感無量。コスモス全国大会レポを頼りになる他メンバーに託し、今日は英子さんの歌集について、その読後感を書かせていただきたいと思います。

大野英子歌集『甘藍の扉』_f0371014_23055637.jpg
懐かしい写真がありました。
19年前。



12 売れるならたましひさへも売りさうな百貨店なり北風強し
26 売り上げにつながらざればはたらきも無きに等しく黙(もだ)して帰る
35 仕事中腹が減つても死にはせん、死にはせんよ、と思ひ働く

 作者英子さんには老舗デパートに勤務の経験がある。店長という役職も経験されていたと思う。いわゆる「できる」人なのだ。どこの世界もそうなのだが、できる人は辛い。仕事も責任も負わされる。三首目「死にはせん」のリフレインにペーソスが滲む。いつもギリギリまで全力で疾走する人なのだ。

30 この頃は人間嫌ひ(ミザントロープ)うつむきてランニングマシーンひたすら走る

 歌集前半に置かれたこの種の職業詠からすでに、生半可でない境涯を生きる作者の姿が感受されるのであるが、歌集を読み進むと実はこれが序章にすぎなかったことが明らかになるのである。

77 容赦なしわが生くる道逃げ場なし父待つびやうゐんまでの道のり
83 口開けて待つふたりゐる起きられぬびようゐんの父、歩けない母

 病に倒れられたご両親。その看病のため、離職を選んだ作者。「容赦なし」「逃げ場なし」にまさにNO WAY OUTの臨場感がある。

84 会ふたびに延命の有無をわれに問ふ担当医師の追ひ込む眼差し
85 せめて粥を食べたい、足を地に付けたい 儚い夢かと父に問はれる

 父上の病態の悪化にさらに追い詰められてゆく作者。頽れてしまいそうな心を、短歌という詩型がかろうじて救っていることがわかる。きりぎしに立つ人。この頃の作者はまさにそんなイメージである。

89 満開に桜咲くあさちちのみの父のたましひは父を去りたり

 桜が満開の朝、常世へ旅立たれた父上。いかにも展男氏らしいご逝去であったと記憶する。下句「父のたましひは父を去りたり」に死の実相がある。肉体は変わらず眼前に存在するのにここにはもう父はいない。事実の目に悄然とする作者の姿が切ない。
89 なぜこんなに冷たいのだらう手触りのやはらかきままの父の耳朶
91 骨壺に収まることを拒みをり父の自慢の高き鼻梁は

 「耳朶」「鼻梁」の具体が葬りの悲しみを伝える。作者の中に、父上は今も克明に生きているのに。

92 やはらかき甘藍(かんらん)の扉(と)をひらいてもひらいてもひらいても父ゐず

 絶唱。この一首をタイトルの由来に推されたのは高野公彦氏。作者も内心それを願っていたという。歌人高野氏の人間力にも感嘆させられた。「ひらいても」を三度繰り返すところに、父の死を諦めきれない作者の心情が滲む。破調が抑えても溢れてくる感情を表現している。このような歌を読むとあらためて思う。挽歌は究極の相聞であり、父は娘にとって永遠の恋人なのだ。

98 つぶやきにあらずこころを青空に放つごと詠む父への歌を
100 無くなりし家族のかたち永遠に父の椅子には父は還らず
101 わが裡に住みゐる父はをりをりにかなしみスイッチ押して泣かせる

 父亡き後の日々の寄る辺なさ。「かなしみスイッチ」が絶妙にリアルである。

107 食べこぼし米粒の付く母の服いつしよけんめいの母ここにゐる
113 今われは薄暮のなかを帰りゆく母の意識のやうな薄暮を
114 今のうちにひとりで泣くよその日まで母を笑顔で見守るために

 その後も作者には母上の看取りが続く。病状の篤くなってゆく母を見守る日々はつまり、母の余命をはかる日々。「ひとり」であることを引き受け、母の命を引き受け、全てを引き受ける作者の潔さにまた読者は切なくなる。

115 幾たびも死に瀕(ひん)したるははそはは大潮に曳かれ逝つてしまへり

 父上に続き、母上を見送った作者。後の日々を詠んだ作品は胸に迫る。

116 父と母黄泉(よみ)で一緒にゐると思ふ取り残された小さな英子
126 父逝きて母逝きて開く玉手箱私は急に老けてしまつた
129 この家はじかんのくぼみちちははの写真に見られいつも眠たい
134 励まして欲しいときには母はゐずがんばらんねとひとりつぶやく
135 追ふほどにとほくなりゆく思ひ出の夕日のはての十万億土
141 土笛を吹けば枯れ野を渡り来る風ありわれを遠く呼ぶ風

 両親亡き後のまさに「じかんのくぼみ」に揺蕩う作者の様子があざやかに描かれた作品群。けれどこのような作品を読むと、ご両親は何より、作者の歌才の中に生きていらっしゃることがわかる。平明な言葉を厳選し、歌柄にあった韻律を工夫する。あまりにも自然に詠まれた一首一首には、実は周到に用意されたこまやかな技術が光っている。

 作者大野英子さんのきりぎしに立つような日々を支えたものの一つに短歌があったことは前述した。

111 わたくしがわたしとなりてわれとなり徐々に生まるる一行のうた

 この一首を読むと、短歌がいかに作者の思いを載せるにふさわしい詩型であるかがわかる。私たちチーム「南の魚座」のブログも三年を過ぎた。曜日替わりとはいえ、毎日必ず更新するというのは七人それぞれの努力と互いの信頼なくしては不可能である。英子さんの、短歌に寄せる信頼の篤さがわれわれチームの要になっている。と同時に、「南の魚座」の存在が、少しでも英子さんの人生の味わいになっていたら嬉しいと思うのだ。

142 よそよりも少し遅れて咲く庭の椿、白梅それでいいのだ
143 塩水にじんわり沈む梅たちのいのちはやがてわれを養ふ

 初出がブログであったと記憶する作品。やわらかな口語のリズムや、丁寧な暮らしに育まれたたしかな生命力が息づくこのような作品がブログを書くことで生まれたことが嬉しい。怒涛のような悲しみの日々の記憶は決してなくならないだろうけれど、それでも生きることの楽しさを再び詠みはじめた英子さんの出発の歌集、『甘藍の扉』上梓をここに嘉したい。

128 〈凍土〉が浄土に見えてふと思ふ五濁(ごぢよく)あれどもこの世こそ良し

 *なお、本歌集には2015年6月25日に亡くなった、私たちの仲間辻本美加さんへの挽歌が五首収められている。

118 葬儀へとむかふ車中に読みかへす『藍のひといろ』文字が霞むよ
119 今ここに〈夕日の眼〉をして美加さんの遺影をみつめゐる浩さん
    (「たいせつは気力・体力・笑顔だよ」夕日の眼をして夫が言へり  辻本美加)

 浩さんは美加さんの夫君、「南の魚座」の顧問辻本浩さん。
 英子さんは他者の悲しみに心底寄り添うことができる稀有な人なのだと思う。



      

    甘藍の扉の向かう出立をよろこびたまふ君が父見ゆ

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by minaminouozafk | 2019-10-01 00:00 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

『夜のおはよう』野村まさこ第一歌集  大野英子_f0371014_07133083.jpg

コスモスの仲間でcocoonのメンバーでもある野村さんの第一歌集。このカバーの装画も作者の手によるものであり、定時制の様子が描かれる。つくづく、cocoonメンバーの多才さに驚く。

愛知支部報にも以前から作品を出されていて、今号より「夜の鼓動」という野村さんのイラスト入り連載エッセイもスタートし、注目している作者のひとりである。

県立高校の養護教諭である野村さんはあとがきにも

歌集という形の「保健だより」として纏めたものです。

と書かれるとおりに駆け込み寺のように、身体だけではなく心の不調、悩みを抱えてやってくる生徒たちとの交流が中心となる。

「栞」に広坂早苗氏と大松達知氏が丁寧な解説を寄せられているので重複もあるが、まず全日制勤務時代の「Ⅰ」より現代高校生の姿を見つめる野村さんの心情の作品を挙げる。

わさわさのポップコーンの箱の底 弾けきれない少年がいる

ケータイの絵文字のような(^_^)見せ少女は擬態を止めようとせぬ

水面に垂らした糸の先端が跳ねた気がして携帯摑む

黙したる生徒のくちびる動くまで真昼の月の明るさで待つ

ひとつずつ書架に文庫を戻すよう 少女の話を整理する午後

どの作品にも、切ない少年少女の姿を浮き彫りにし、立ち入り過ぎず突き放さず、そっと見守るように作品に落とし込み、現代の生徒たちの輪郭が明確に立ち上がる。〈真昼の月の明るさ〉〈書架に文庫を戻すよう〉という比喩から、いかに辛抱強く、丁寧に向き合っているかが伝わる。

マニュアルに頼る教師の言葉から零れ落ちてゆくひとのぬくもり

自己主張持たざる者が良い子だと勘違いして褒める教員

そういう野村さんだからこそ生半可な教員の対応への視線は厳しい。

高熱の我が子は家に置いたまま止まない咳の生徒看ており

手術日を決めかねている雪の朝 こわばるからだ こわがるからだ

今ここがどこだかわからぬ母さんに泣いては駄目だナイテハダメダ

ご自身も身体の不調や病気と闘いつつ、祖父、両親と二人の子供さんとの生活とのはざまで奮闘する姿も見逃せない。

昼は母の夜は生徒のために生く そんな働き方が始まる

そして「Ⅱ」。病状が悪化される母のために定時制へ異動されたようだ。「Ⅰ」の最後に〈守れない約束になる予感あり来年のことは生徒に言わぬ〉が詠まれ、止むにやまれぬ選択であったことが伝わる。

「あの雪がお米だったらいいのにな」ガス止められて寒がる少年

「病院はお金かかるし」女生徒の優先順位は明日の電気

「母さんはうるさいって言う」おうちでは泣けぬ少女は学校で泣く

「安心の貯金ができればいいのにね」鶴を折りたる少女の吐息

後半も、病状が悪化する母をみまもりながら、挫けそうな心をかかえつつも真摯に生徒たちと向き合い、訴える。計らずも生徒たちのつぶやきの作品の抽出となったが、年齢も国籍も家庭環境もさまざまな定時制のこどもたちの悩みはより深刻であることが伝わる。

大松氏が栞に「この歌集をひとりでも多くの人に読んでほしい。ふだん短歌を読まない人にも」と、最初と最後にくりかえし記されていたのが印象的であった。

本当にそうだと思う。一般の人はもとより、教育関係者、政治家に読んで欲しい。現代のこどもたちの姿を、そして丁寧に向き合い奮闘している教師がいることを、知って欲しいと思う。


降り止まぬ雨のリズムは春を待つ桜揺るがす淡き胎動

配色を鮮やかにする春の雨 花に絵の具を注ぎ足すごとく

冬夜空 星のざわめき賑やかにさらざんさらざん零れはせぬが

炭酸が沁み込むように体中弾けるような蟬時雨受く

かたわらに桜の息吹しのびこむ夜の校舎を施錠するとき

最後に、季節の折々の空気感を捉える野村さんの感性の豊かさ。野村さんの出発点は生徒たちであっても原点はここなのではと思わせてくれる。野村さんが短歌という詩形と出会ったことは本当に喜ばしいことだと思う。

『夜のおはよう』野村まさこ第一歌集  大野英子_f0371014_07131583.jpg

 
カバーを外した表紙には12時間前後する昼間の生徒の様子が描かれ、過去の生徒たちにも寄せる気持ちが伝わる。

『夜のおはよう』野村まさこ第一歌集  大野英子_f0371014_07125807.jpg

そして、カバーをモチーフにした栞も細やかな気配りである。

『夜のおはよう』野村まさこ第一歌集  大野英子_f0371014_07123682.jpg

       朝焼けのそらを見上げて思ひをりいまごろ眠りにつくこどもたち


by minaminouozafk | 2019-09-06 07:14 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

 6月25日のブログ「パイを焼く人」で、6月18日に逝去された山埜井喜美枝氏の歌業について書くことをお約束しました。8月最後の火曜日、その約束を果たしたいと思います。


 山埜井さんの作品を読み返すほどに、私にはこの歌人の「歌業」を語ることはとてもできないことを思い知らされます。ただ、確認できたのは、短歌を始めて、そう長くない頃に歌人山埜井喜美枝、そして彼女が率いる超結社短歌集団「飈」に出会えたことはかけがえのない経験であったのだということ。今日はそのあたりについて、山埜井さんの第八歌集『はらりさん』を鑑賞しつつ述べてみたいと思います。(以降、歌人山埜井喜美枝について、敬称略。)

山埜井喜美枝歌集『はらりさん』  藤野早苗_f0371014_07510733.jpg
2004年
第19回詩歌文学館賞受賞。




 009 雁来月風は雁渡しはろばろと雁が持て来し秋草のいろ


 巻頭の一首。山埜井作品の真骨頂が感受される。「雁来月」「雁渡し」という古語が展く雅な世界観。「雁」のリフレインが心地よく、短歌が口承文学であることを再確認させてくれる。山埜井作品の特徴でもあるこの「口承性」のルーツについて、山埜井自身が「あとがき」に記している。


 ・壁に老婆の小さな写真が掛けてある。こよなく私を慈しんでくれた祖母である。(中略)文学など無縁の老婆の昔話の語り口、芝居の名台詞の七五調、経文の不思議な音韻、それらが私の短歌のルーツであることを、この頃あらためて思い知らされている。


 昭和5年、大陸で生まれ、終戦後引揚げるまで本土を踏んだことがなかったという山埜井にとって、幼い頃、祖母の胸で聞いた言葉が日本語として純化されたことは想像に難くない。


013 天穹(おほぞら)にわが()の綺羅を見せばやな早や見せばやと銀杏黄に照る


 この作品はそうした山埜井短歌の粋を極めた一首。落葉する銀杏の様を詠んだ、ただそれだけなのに眼前にはこの世ならざる華麗が広がる。


 私が「飈」の歌会で学んだことの一つが、この「ただそれだけのこと」をいかに詠むか、であった。


015 うべなうべな男のごとくかろがろと口割るまいぞ 熟るる郁子の実

033 あしびきの山鳥の尾のしだりをの尾を曳く星のことも忘らる

093 越の國に入りて信濃と名告る川千曲(ちく)()犀川ここに行き合ふ

107 ほやほやと春は眉引き仄かすむ及位肘折寒河江の小芥子

191 あなうれしあはれをかしと鳴神はおほぞら高く六方を踏む


 「郁子の実」、「彗星」、「信濃川」、「小芥子」、「鳴神」……、それだけのことを詠むための超絶技巧。斡旋された言葉同士のバランスが絶妙で、韻律は軽妙でありながら、計算された緊張感が感じられる。一語たりとも疎かにしない、山埜井の歌人としての矜持に圧倒される。


082 比奈久母理碓氷の坂は防人の家なる妹をひた恋ひし(たを)

116 蕊立てて花びらの(なり)麗しき()の花のこのくにに来しそのかみよ

120 いまだ形ととのはぬ小さき大和なるくにを照らしし月かいま出づ

152 紫野標野の跡を群れ飛べる秋の蜻蛉(かげろふ)孤悲語りせよ


 また、記紀万葉に取材した、遠つ世の香る作品も山埜井の得意とするところ。千年前を、あたかも目撃したかのごとき作品群に接し、この人こそ、卑弥呼の裔だと確信した記憶が甦る。


038 山姥のあふるる乳のいろに咲く霞立つ春峡のさくらは

075 面白うをかしかりしが残り少なになりぬこよなき人と在り経て

109 おのづから崩えゆく石のみほとけのごとくはなれず人の女は

118 二人子とその父とわれに過ぎゆきしおろそかならぬ年月(としつき)の嵩

162 間なく来る古来稀とふ年の端に()慎莫(じんまく)して待つと伝へよ


 ここに詳細を記すつもりはないが、山埜井のドラマティックな生涯については、いずれ誰かの筆に残されねばならないだろうと思っている。人生の半ばを過ぎて得た「こよなき人」とは、歌人として志を同じくした「飈」発行人であった久津晃氏。添った時間の長さより、その密度が山埜井の歌風に影響したことは間違いない。この人との暮らしの日々が、歌人山埜井喜美枝の作風の裏書きとなり、単に修辞的評価にとどまらない、山埜井短歌の魅力の源となっている。


047 降ちゆくかたちは見せずひと夜さに花は はらりさん 一切合財


 言うまでもなく、本歌集のタイトルの由来となった一首。6月18日夜、まさに、「はらりさん」と逝ってしまった山埜井喜美枝。


144 それならば、しからば、然らば、とりわきて「さやうなら」なる五音かなしも

039 たしかもう身罷りしはず咲き初めのさくらの下を歩みきたるは


 歌人山埜井喜美枝の逝去は、福岡の、また九州の歌人の求心力を著しく損なう一大事であった。言葉がどんどん軽く、それどころか日常性そのものが加速度的に稀薄化していく現況下、山埜井が目指した歌の方向性は鮮やかなアンチテーゼとして存在感を発揮する。現代短歌の行方について、山埜井はどう考えるだろうか。


山埜井さん、会いたいです。

来る春の桜の下で待っています。



嬬恋ひが待てる浄土に夫恋ひの往きていまごろ夫婦善哉


by minaminouozafk | 2019-08-27 10:40 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(4)

木畑紀子第六歌集『かなかなしぐれ』  大野英子_f0371014_06551259.jpg
コスモスの大先輩である木畑さんの60代後半から70歳を区切りに編まれた歌集。歌集前半に

胎内で五億年の旅してゐると聞けば()れ来むいのちは奇蹟
を含む、初孫の誕生を待つ喜びの一連があり、歌集の折々に息子さんご夫婦への温かい眼差し、驚きを伴いつつ詠むお孫さんの成長が折り込まれている。第三歌集までは子育てに悩み、苦しんで来られた木畑さんならではの控えめな詠み口であるからこそ、印象的であった。


そして、これまでの歌集と同様、精力的に旅に出て詠まれている。前歌集『(とう)(げう)』のなかで印象に残っていた〈居どころのなくてうろうろしてをるにフットワークがよいと言はれつ〉を思い出す。上掲の一首の〈五億年の旅〉を思えば人間は潜在的に居どころを求めてさすらう旅人であるのだろうか。巻頭の一首と、巻頭一連の小題となった一首を挙げる。

春耕にいまだ間のある田の溝をひとりごちつつゆく(さざれ)(みづ)

鳧、雲雀、鶯たちのおしやべりのにぎにぎしさやわれは独楽
(

どくらく
)


核となるのは旅の達人の〈独楽(どくらく)〉の思い。立ち上がるのは〈孤〉と共に、世界の〈隅〉の存在への視線である。まだ田畑が賑う前の水路の流れを「ひとりごちつつ」と〈孤〉で捉えているのは、〈隅〉のものである細水に自己を重ねたようでもある。早春の賑々しい鳥のさえずりに対し、作者は〈弧〉を楽しんでいると言い切る。他にも見て行きたい。

人寄せの牡丹がをはり菩提樹の(うれ)に黄の花さきはじめたり

くきやかな〈ひまわり8号〉の映像に7号のゆくへをしのぶ雨の夜

雨の野に摘みし薊とむきあへばひとりごころの針の花なる

ひとこゑもださず二時間()をさがしやまぬ鶫よ友無しの一羽

びゆんびゆんと飛ぶ時の矢を躱さんと野辺に屈めばイヌノフグリ笑む

ひらけたる谷のをちこち石仏のいませど石はとはに野晒し

メインの牡丹よりも菩提樹の小花、現役運用で視線を集めた8号を見て待機運用のまま宇宙飛び続ける7号、雨の中の野薊、寒波の雪中の1羽の鶫、スピード感を持って過ぎてゆく時間の片隅のイヌノフグリ、仏といえども永遠に野晒しの石仏などなど、旅の途中、また日常の中にあっても〈孤〉と〈隅〉への眼差しが温かい。

もうひとつは、断舎利をはじめ、老いてゆくことへの思い。

断つ、捨つ、()つ 言葉の鞭を身に当ててつひに愛惜の品と別れぬ

青春よ炎上をせよごみ処理場煙突に向き合掌をせり

怒るちから減りたるわれはみづからのさびしさの世話してやらんかな

リード解かれ目をしばたたく老犬のどこへ駆くるといふこともなし

くちなしの花のうへ這ふ黒蟻の愉楽にとほくひとの世はあり

つばくろが夕ぞらを斬るこの町に老いつつ此処に死すとかぎらず

鐘打てばもみぢひとひら散りにけりゆるゆると来よ秋、冬、老後

老ゆるとは群れを去ること鳥、獣ならばおのづから時を知るべし

青春と共にあった藤山寛美と上方喜劇の資料や、身の廻りの品も断舎利する思い切りの良さ。20年続けられたボランティアも体力の衰えを感じ、退き時を決める。自己と社会を見つめる眼差し。棄てる物はきっぱりと、やがて来る老後にはしみじみとした眼差しに思惟深い木畑さんらしさが随所に溢れる。

この強靭さとしなやかさは長い間の旅を経て苦悩を乗り越えたゆえに、と簡単には括れない。

夏こだち影濃き下で息をつきかなかなしぐれに身をぬらしけり

歌集の題名となったこの作品についてあとがきで「七十代のこれから、かなかなの声に共振するような歌が作れたらという願いを込めました」と記される。本歌集でも充分に証明されているこの共鳴する力は、常に居場所を求めて「行を積む」ような木畑さんの生き方へと繋がってゆく。

〈抱き禅〉とこは呼ぶべきぞ新生児あやしてただに揺るる一時間

ほほゑみで怒りの世話をするといふティク・ナット・ハンの平和論ひらく

第四歌集では修験道を訪ねたり禅修行をされたりと、自己研鑚のために何事にも敬虔な態度で向き合ってこられた木畑さんは、日常さえもこの二首のように修業のような気持ちで過ごされている。そして今、過去を慈しみながら振り返る、丁寧な作業に入っている事が随所に読み取れる。その部分は、みなさんが直接読んで、感じとって頂ければと思う。

月明の家路なりけり滞空のとんぼのやうな三日なりしよ

二月まで咲く(おき)火花(びばな)さざんくわの八重に冷えたる両手をかざす

山も船もシルエットになるゆふまぐれ旅路に歌の灯をともさばや

天窓のあるがごとくに路地にふるひかり 春を愛するひとになりたし

啄木が息子であらばせつなからむ馬鈴薯の花雨にしづくす

「会いたいなぁ」呟いてみる会へぬ日も会ひたきひとの在ることは幸

一首目は前歌集でもたびたび訪われていた、桑原正紀氏の病床におられる奥様である「房子先生」と共に過ごし、ご夫婦の愛に触れる時間。その豊かさと心から楽しむ様子は、読者である私も慰藉される思いに浸った。全体が包み込むような慈愛に満ちた一冊である。

木畑紀子第六歌集『かなかなしぐれ』  大野英子_f0371014_06535790.jpg

       クマゼミのこゑ湧く(あした)ページ繰る『かなかなしぐれ』を風がぬけゆく


by minaminouozafk | 2019-08-23 06:58 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)