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カテゴリ:歌誌・歌集紹介( 56 )

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新しい元号が「令和」と決まった佳き日(4月1日)に、この記事を書ける幸せを感じている。「令和」、ちょっと懐古的で、雅な語感の新元号。出典が『万葉集』巻五、梅花の歌三十二首の序文「時に、初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」であることを知っていたく納得した。しかしながら、この序文のさらなる出典は、中国の詩文集『文選』(530年頃)ではないか、という意見も有識者から出てきている。出典を正しく記すことは、先人に対する畏敬を表することであり、学問を尊重することである。決して軽んじてはならないことなのだ。

 と、いうように出典の大切さをあらためて、私に教えてくれたのが、本書『斎藤茂吉研究」-詩法におけるニーチェの影響ー』の著者、前田知津子氏なのだが、ここで知る人ぞ知る、重大な事実を発表。

前田知津子氏って、実は、ちづりんだから。
つまり、歌人有川知津子だから。

 そう、われわれ「南の魚座」の巫女、実務の要、精神的支柱と、あらゆる意味で頼りにしているちづりんは、実は九州大学大学院比較社会文化学府日本社会文化専攻博士後期課程の単位を修得した、比較社会文化博士なのである。ちづりんのすごいところは、それを社会人になってから成し遂げたこと。元々は理系の薬剤師。しかし、ある時期、人を救うのは薬ではなく、芸術だと痛感させられることがあり、そこからこの道に進む決心をしたのだという。以来、長きにわたり、有川さん(落ち着かないけど、こう呼ばせていただきます)の精進の毎日が続いたのだった。

 当ブログ、水曜日の担当は有川さん。コンパクトで、しかも核心を衝いた独特の文体で読ませてくれる。白秋、茂吉、鷗外……、いわゆる巨匠を扱っても既視感のないオリジナリティ溢れる記事に仕上げてくる。その手腕にいつも驚かされていたのだが、なるほど、これは地力が違う。その短文をものする背後には、膨大な知の集積が存在していたわけである。

 さて、本書『斎藤茂吉研究ー詩法におけるニーチェの影響ー』であるが、研究叢書にありがちな、専門性が高いがゆえの表現の難解さが全くない。確かに膨大な資料を正確に扱おうとするために生じる回避不可避な手続きはあるけれど、それすら論の信頼性を高めている。今、私はようやく序章を読み終わり、(禁じ手だけども(笑))結章を読んで、「第一章 写生説の形成ーニーチェの芸術観の関与ー」に入ったところ。届いて四日でこれしか進んでいないのは、情報が盛り沢山だから。せっかく咀嚼しやすい文章で書いてもらっているのだからしっかり味わわないと……と、せっかちな私にはめずらしくゆっくり読ませていただいている。序章から、ちょっとだけ引用させていただく。

 ・本研究は、諸家の研究を踏まえつつ、茂吉における西洋という観点から、もっとも茂吉の精神的比率を占めた思想家ニーチェ(Nietzsche,Friedrich,Wilhelm 1844-1900)に照準を定め、その受容のあり方、すなわち茂吉においてはニーチェがどのように現れてくるのかを考究するものである。具体的には、茂吉の書いたものからニーチェに関わる文章や語句を抽出し、それを端緒として考察を進める。記されたニーチェの名前やニーチェに由来する用語こそ、「共鳴」の端的な痕跡であろう。(序章・6頁)

 この〈「共鳴」の端的な痕跡〉探しの旅は、多分、今でも続いている。究めれば究めるほど、開けてくる新しい荒野。儚げな、永遠の少女という外貌からは想像できない、ちづりん有川(有川さん、という呼称をここであきらめた(笑))こと、比較社会文化博士前田知津子氏の強靭な知の体力を感じた一冊、それが本書『斎藤茂吉研究ー詩法におけるニーチェの影響ー』であった。

*言わずもがな、ではあるが、本書は九大叢書。これは厳正な審査を通過した本にしか与えられない処遇。この一事をとっても、ちづりん有川の研究者としての評価をご理解いただけると思う。万事につけ、控えめなちづりん。余計なお世話と重々承知しながら、今回の上梓をみんなでお祝いしたかった。でしゃばってしまったら、ごめんなさい。


ちづりん、『斎藤茂吉研究ー詩法におけるニーチェの影響ー』、ご上梓おめでとうございます


   天平の梅花の宴にゆかりする御代に開かんあたらしき知を

   天平の梅を過ぎ来し東風ならん令和間近のけふを吹く風

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by minaminouozafk | 2019-04-02 08:15 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)


お蔭さまで、「水城」272号が出来上がりました。



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内から外から多くの支えをいただいて成った一冊です。それでもきっと、気づいていない支えも多いのだと思います。



「水城」には、巻頭詠の欄があります。通常の会員作品は5首ですが、巻頭詠は10首。2倍になります。この巻頭詠の評は、水城会員以外の、つまり外部の人にお願いしています。外部といってもコスモスという視点に立つと内部ですが。



前号の巻頭詠は、大西晶子さんの「よりくる秋」。作者らしい情趣の一連です。それに対する評として、本号は、田宮朋子さん執筆の「晩夏の想念」を掲載することができました。作品10首全てについて丁寧に論じられ、読むたびに自然と背筋が伸びてゆくような批評です。



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 ご縁があって、272号を手にしてくださった方、これから出会ってくださる方、こころよりありがとうございます。



  ガリ版のガリははるかなオノマトペわが手の生みしことなき音色



by minaminouozafk | 2019-03-13 06:48 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

 昨年7月13日のブログでも紹介した、福岡の若きホープ山下翔さんの新しい詠草集が届いた。

47頁からなる旅の記録を、行く先々ごと20箇所に分け、各15首と1頁ごとにエッセイを載せる。

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キャラバンと名付けた四回目の今回の始まりは「福岡、九州のそとの人と短歌のはなしをしたい、とおもった」と書かれる。一週間の旅で、300首。一年前、第三回目のキャラバンは西日本新聞でのご自身のエッセイ「随筆喫茶」によると、5日間の旅で800首を自らに課して読んだと書かれていたので、多作の作者であり、努力の人なのだと思う。

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縮小で判りづらいが、表紙のラインと目次の地名をつなぐラインは線路をかたどってシンプルながらも旅心をそそられる。前回同様「青春18きっぷ」を駆使しての、ほぼ観光なしの各地での歌会、宴会による歌人たちとの交流を広げる旅なのである。各地での作品から数首挙げる。

(福岡)水風呂にみづの芯あるごときかな秋のはじめの旅のあしたは

(仙台)今さら来たつておそいのだけど見ておかむこの川岸のしろき堤防

(東北本線)やはらかに雨降り出づる午後なればひかりはこもる新白河に

(両毛線)足利を過ぎつつ日暮れさくら葉のもみぢする頃また通りたし

(伊勢崎)牧水の身のおとろふる有様を歌集に読めばさみしきものを

(高崎)一杯の〈香る〉エールがよびさます記憶のこともたのしきろかも

(大宮)人工のこゑと生なる声とああうちかさなりて駅はひびくも

(神保町)目黒からくだれば渋谷だから谷、だからの声のすみとほるよし

(鎌倉)秋の日のとほき居眠りバスの席に母が閉ぢたるまぶたまばゆし

(静岡)ききかへすきみのことばのひとつひとつが波のごとしよわれはぬれつつ

(天満橋)旅の夜の果ての大阪ぬれながらみづに芯ある秋と思へり

 「みづの芯」で始まり「みづに芯」で終る一連はこの「に」により到達点を示された思いが湧く。

旅先を叙景で終らせない豊かな詠みで、過ぎ去ってゆく再会する人々との交流は温かくも寂しさを伴って詠まれる。

旧仮名表記でありながら、つぶやきのような平明な言葉の中に古典も取り入れる。するりと腑に落ちて心地良い。常日頃の研鑚もさることながら自然体な山下の人柄もあるのだろう。持参した牧水の歌集を詠む歌もあり、旅と酒を愛し各所で歌を詠み飲んだ牧水と山下が重なってくる。

所持金がだんだん減ってコインランドリーでの乾燥も生乾きのまま部屋干しにし、穴の開いたサンダルで旅を続ける。そしてついに現金が尽き、クレジットカードでメンチカツを買う恥ずかしさ、文学フリマで歌集が売れて得たお金で昼食のバーガーを食べる歌など、等身大の山下が臆面もなく、自然に詠みこまれる。こんな歌もある。

『温泉』は苦しい歌集と言はれたり苦しいところが現実ならむ

エッセイにも、歌に対する思いが真摯に綴られ、第一歌集『温泉』(藤野早苗さんが「灯船」に歌集評をかかれたので、ご参考にしてください)での歌を詠む苦しみのなかで「うたが苦しみをやわらげることもある」と書かれていたことに安堵するのであった。

 山下翔さんは昨年の「短歌フェスタ」に引き続き、(昨年518日のブログでその様子を紹介しています)今年の5月12日開催の第2回目にも、シンポジュウムのパネラー、歌会の選者として参加してくださる。

現代短歌社賞に2年連続次席となった作品を核とした第一歌集『温泉』で第44回現代歌人集会賞を受賞されて一回り大きくなった(この旅で体重も増えたとあったが……)山下翔さんが、どんな発信をしてくださるのか今から楽しみである。お一人でも多くの方の参加をお待ちしています。

詳細は「福岡短歌フェスタ2019」で検索を。参加申し込みもサイトから出来ます。

       きみの笑顔を思ひうかべて待つてゐる五月まばゆきひかりのときを


by minaminouozafk | 2019-02-22 07:03 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

こんな歌を詠みたいと、ずっと憧れている歌人。日高堯子。彼女の第九歌集『空目の秋』を詠んだ。


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・『明月記』の廃墟の中よりわれは聞く美しきこゑ執念(しうね)きことば

()(ぼくろ)のやはらかき声そのむかしそのむかしへとうらがへりゆく

・まれびとといふ神ありき塗り椀の蓋をあければなつかしき靄

・たまのをよたえねと誰かしろがねの午后四時の風に竹の葉が降る

・「わたしはいつ死ぬのかしら」ときく母に「あしたよ」といふ あしたは光

・夏は来てましろ卯の花なだれたりこの世の崖に母捨てられず

・あぢさゐの朝な朝なに青深むふかしぎとしていのちありたり


 2014年から2018年の作品470首を収録。おそらく母上の介護のためであるのだろう、自宅と実家すなわち都市と里山を行き来する暮らしの中で、自然の風景や人間の生死をいやおうなく見つめることになった、とあとがきに記す。


 1988年の第一歌集『野の扉』からすでに、日高にはアニミズム的な感覚が顕著であった。それは後日、『山上のコスモロジー 前登志夫論』として客観化され、作歌手法として確立された。


 本書においてもその作歌方向に大きな変化はない。ただ、都市と里山の往還の日々は、物理的にも思索の面においても、現実と非現実の継ぎ目を不明瞭にした。これまで以上になめらかに、日高は千年という単位の時間を、また生物の種を、いや生と死のあわいを飛び越えて、発語する。短歌という不死の運動体の手を借りて。


 掲出作品、七首、どの作品の背後にも静かに流れる時間がある。時間という縦軸を自在に往還し、そこから今という時代を逆照射する作者。また都市と地方との往還は水平方向の軸を伸長し、結果、作者の作歌のフィールドは大きな広がりを見せている。


 さて、本歌集のタイトル『空目の秋』、「空目」とは何だろう。「あとがき」より引く。


・これまでもっぱら魂の領分を好んできたわたしですが、父母の生死にかかわる時間が多くなるにつれ、しだいに生命や身体への関心も増えてきました。そうした中で出会ったのが、福岡伸一氏の『動的平衡』(木楽舎)にある「空目」でした。(中略)福岡氏はこの言葉に新しい息を吹き込んで、これは単に幻視のことではなく、ランダムなことがらに対して特別なパターンや関係性を見てしまう脳の癖だと言います。それを読みつつ、わたしは自分が歌ってきた〈時の風景〉も〈自然の情景〉も、この「空目」に深くとらわれていたのではないかという思いを強くしました。また同時に、そういう目の仕組みを知ることで、わたしの生命幻想の枠がいくらか解き払われたとも感じています。「空目」を歌集名に据えたゆえんです。


 「空目」とは、脳の癖。そう言われてしまうと身も蓋もないが、たしかにそうかもしれない。私が日高作品に惹かれてやまないのも、どこか似たような脳の癖があるのかもしれない。


・霊魂はいづこと問はば笑ふべしたましひ好きの日高なりしと


 これは結社「かりん」で日高の盟友であった小高賢への挽歌である。小高の不慮の死は多くの人を嘆かせた。その早すぎる死に際し、魂はいまだこの世に留まっているのではないか、と考え、問う日高に「相変わらず、魂の話が好きだな、あなた。」と返す小高。脳の癖は全く違っていたであろう二人の時空を超えた交歓が慕わしい。


 日高が挙げている福岡伸一氏の『動的平衡』。恥ずかしながら未読なのだが、ぜひ読んでみたい一冊だ。ウィキ先生に尋ねてみると、「動的平衡」とは、一見変化がないように見えるが、それは創造と破壊のバランスが取れていて、結果動きがないように見えている状態なのだという。だとすれば、私たちのこの平凡な日常は実は創造と破壊の危うい均衡の上に成立していることになる。静謐さの中にも緊張感のある日高作品。それはこの危うさを誰よりも体感しているゆえなのだと気づかされた。


創造の名のもと破壊を繰り返し自己破産するしかない地球



*昨日のななみさんの宮武外骨、1月17日のTwitterで、福岡伸一氏が採り上げていました。シンクロですね。



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今年の全国短歌大会の選者に日高堯子氏が。
お話聞きたいなあ。




by minaminouozafk | 2019-01-29 09:48 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)


冬の海のようなペールグレーの装丁。「うた読む窓辺、うた待つ海辺」という魅力的なタイトル。上村典子さんは山口県光市在住の歌人。「音」の編集委員、選者をされている。三年前の第五歌集「天花」は何度もひっそりと愛読している。



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窓辺に今日の<うた>を読み、海辺に明日の<うた>を待つ。

自らの作家体験を踏まえ、的確かつ怜悧な筆致によって

短歌の諸問題を真摯に論じた待望の書。

〈帯のことば〉

 あとがきに、1985年「音」入会後の、「音」や総合誌などに発表した文章から、32篇を選んで一冊とした。とある。県大会や理事会でご一緒させてもらったとき、その帰りに車中の雑談での歌や家族への思いを話された。おだやかな語り口のなかに熾火のような熱情がちらり。高校の終わりの頃に中城ふみ子や河野裕子を繰り返し読んだ作者。大好きな歌という詩型に魅了され続けた三十数年の自らの内部にありのまま対峙した一冊。歌という短い詩型で伝えられること、伝えるべきこと。あらためて歌とのそして上村さんとの出会いをうれしく思う。



*千年なにもせぬなり

*迷っていること もとめていること

*試みの影

*自愛の方向

*不思議な詩型を満たすもの

*ブリ大根・木の芽和へ

*批評精神の芯にあるもの

*蕨のごとく頭垂れ

*「父」の戦争と黙契


目次からとくに印象深かったものを挙げた。


今という地点に立ちながら、問いかけは遥かなところへと向かっている短歌をめざす。人間のもつ時間軸の中で、その問いを包む込んでいる場、そういう歌の場を希求する作者。思いはまさしく同じで、まだまだ途上の私の目標になる。一歩ずつすすんで行きたい。短歌は自愛の強い人間のための文芸。だから横溢するわれを制御するための定型という。私自身は歌を詠むときなかなか自分を思い切りだせない。ただ個性が欠けているだけかもしれない。短歌の未来は作者が他者を意識し、歴史認識をもつべきという言葉は励みとなる。

10ページほどの短文は心惹かれた歌集の紹介もある。自己の生を自然のなかに放ちつつ、開示し続けるという築地正子歌集『みどりなりけり』。ぜひ一読して試みの影をじっくりと味わいたい。味覚、食の歌には歌人の全てが宿るという作者のおすすめの作品。

季節(とき)くれば木の芽和へなど作らせて酒飲みまする 学成り難し

焙烙に青のり焙り醤油かけ上様(かみさん)留守の昼酒美味(うま)

中川健次『億劫』

中川健次氏は上村さんと同じ光市在住の歌人、急逝されて七年。


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 「生の意味を問い続け、存在の奥を歌う短歌」という武川忠一氏の言葉に圧倒されて入会された「音」。コスモスも広くは同じだと思う。それが際立っている作品として田谷鋭の「生活に面伏すごとく日々経つつセルジュリファールの踊りも過ぎむ」を武川忠一は取り上げている。蕨のごとく頭垂れは、柏崎驍二さんの歌集七冊を丁寧に再読されての批評。初出は「梁」91号、以前ブログで紹介があったと思う。

 最後の「父」の戦争と黙契。戦後73年。なんとも時代の空気は重い。辺見庸の 〈 黙契である。ニッポンの戦後は知らずに(問わずに)すませるべきでなかったものを」「知らずに(問わずに)すませてしまおう」という、つよい黙契によって、むなしい擬似的平穏をたもってきたのだ。〉 は心に突き刺さる。そして作者の「今や歴史修正の波はそれとは知らされず(またもや)各所で事実を曲げ、さまざまな方便を駆使して、この国は戦前の様相を呈している。」は、まさしく私の気がかりの原因である。あたらしい年号に変わる今、立ち止まってしっかりと歴史を認識するときではないか。




歴史はいつも人間のもつ時間軸である。平成の最後の冬。過去のうえに今がある。そして遥か未来を思う歌。おだやかな瀬戸内海をのぞむ窓辺で自己の存在の奥を、ずっと答えの出ないものの光や影を作者は歌っていかれると思う。声高ではないが心に共鳴する言葉がつづく。同じ風土に暮らすものとしてその灯火をたよりに歌を作り続けることができるのは無上のよろこびである。





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おかへりと五十五歳のしたごころを膨らませゆく窓辺のひかり















by minaminouozafk | 2019-01-14 06:00 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

あけましておめでとうございます


当ブログへのご訪問、いつもありがとうございます。本年も当ブログ「南の魚座 福岡短歌日乗」、よろしくお願い申し上げます。


 新年のご挨拶のタイミングで……と思っておりましたので(元日は火曜日!)、お知らせが遅くなりました。

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やはりひがしはまねさんの装幀は美しい。
これだけでも価値がある。(笑)。


 「南の魚座」vol.2 、昨年(!)12月25日付で刊行いたしました。すでにお手元に届いている方々もいらっしゃると思います。拙宅にも丁寧に読み込んで下さったみなさまからのご感想のお手紙、お電話、メール等、いただいております。ありがとうございます。私たちが日々の目標とする「毎日更新」の励みとなります。


 歌誌「南の魚座」は、ブログ「南の魚座 福岡短歌日乗」一年分の短歌、エッセイをまとめたもの。全部を掲載することはできないので、各曜日担当の七名は、短歌48首、エッセイ2篇、そして後方支援の男性三名は新作12首を発表しています。今号の新しい試みとしては、一年間に掲載した歌集・歌誌評のアーカイブを作り記録に残しています。その中から短いですが、2篇、歌集評を掲載しています。本当はもう少し文章の充実を図りたいところですが、これは予算との兼ね合い。せっかく書き手は充実しているのにもったいないなあ、と思うのでした。次号への懸案ですね。


 では、本書の中の My favorite を紹介いたします(掲載順)。


有川知津子「虹の化石」

・ちぢみつつ子猫消えたりたんぽぽの白き綿毛の球体の中

走り去る子猫との距離感の描写が秀逸。現実が非現実であるかのような錯覚を起こさせる。作者の世界観の不可思議さがいい。


鈴木千登世「渦の野原」

・文字持たぬ者の描きし蕨手(わらびて)(もん)渦の野原を馬は越え行く

「王塚古墳」という註のある一首。遥かな時空を馬と旅するような感覚に誘ってくれる作品。具体から想像世界への飛翔のバランスがいい。


大野英子「それでいいのだ」

・土笛を吹けば枯れ野を渡りくる風ありわたしを遠く呼ぶ風

タイトル、ちょっと()。バカボンかな? と思わせて、作品は正統派。しかし、表現上の細かな工夫、チャレンジが伺える作品揃い。掲載歌のポイントはリフレイン。


栗山由利「二のN乗分の一」

・夏の陽が直滑降でめざす先ブラックベリーはむくむく太る

作者は高専卒のリアル理系女。タイトルから察せられるような合理的で潔い発想が魅力。掲載歌、上句、抜群。ブラックベリーにフォーカスした点も手柄。


大西晶子「遠き舟の灯」

・釣りびとの立つ波止のした海面を月夜のがざみがよこ泳ぎする

この一年は素晴らしい孫歌をたくさん発表した作者。孫を詠んで甘くならないのは生来の観察眼と客観性のゆえか。結句「よこ泳ぎする」に、その本性が感受される。


百留ななみ「野の花図鑑」

已己巳(いこみ)()の里芋六つを手羽先とこつてりと炊き小正月待つ

「已己巳己」、面白い。言葉の発見が詩心を促すことがある。土の匂いのする武骨な里芋に寄せる眼差しが温かい。


藤野早苗「小さな魔族」

・早乙女でありしむかしを縁側で語れる嫗 あれはわたくし

本書をお読み下さった森重香代子氏が選んで下さった一首。ありがとうございます。香代子先生、嬉しいです。


中村仁彦「時がすぎゆく」

・雄しべ揺れ未央柳が笑ふかな梅雨入り前の公園しづか

大きな手術からちょうど一年。温厚な笑顔が印象的な作者だが、最近は歌にかける気概が感じられ、作風に変化が見られる。楽しみである。


辻本浩「玄界」

・荷を積みしトラック一台見送れば我を残して家は空っぽ

福岡を離れ、今は熊本在住の作者。変わらず「南の魚座」メンバーでいてくれることが嬉しい。心はここに残っている。


栗山貴臣「朝日あつめて」

・電車待つプラットホームを歩く鳩スマホを覗く人に知られず

作歌歴一年ちょっと、という作者。「南の魚座」のIT管理部長である。見落としがち、見落とされがちなものに注ぐ眼差しに個性がある。福岡支部のライジングスターである。


 以上、まことにざっくりした紹介で申し訳ないのですが、興味のある方、ぜひご連絡下さい。残部少々ございます。

 それでは、みなさま、よき元日をお過ごし下さい。



   五十六年生きてひとりの元旦をはじめて迎ふ いとをかしけれ

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今年は手作り(人の手も借りて)、わが家の御節。

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金銀招き猫。
善き訪れを願って。
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ベランダの苺。
四季生りではないのに、頑張っている。
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今年のカレンダーは大好きなミュシャ。
いい一年になりますように。





by minaminouozafk | 2019-01-01 11:00 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(11)

以前、有川さんのブログで、支部報「水城」の創刊号を見たいと書かれていた。

実家を探したが見つからず、代わりに「コスモス長崎」が出てきた。

昭和40年前後のもの。

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B5サイズの表紙と裏表紙には、地域色豊かに毎号違う単色の版画を一枚ずつ刷り込み、見開きにはカラー多色刷り版画を手張りしている。

文字はもちろん懐かしいガリ版印刷。

内容は、「多く夜の歌研究ノート」と題される、会員による読書会の内容を毎回10ページ(原稿用紙にして70枚ほど)に渡り記録したもの。

コスモス創刊から10年が過ぎ、地方在住者も何か形を残してゆかなければという思いも有ったのだろう。

24号には宮先生からの励ましのお手紙も記されている。一部抜粋する。

  コスモス長崎。ご苦労様です。(中略)こうして纏めておいて頂くと、必ずこれに価値と生命がもえ、復活してきましょう。「多く夜の歌」研究ノート、おもしろいです。とてもおもしろい。感想風な発言もある。そこがまたおもしろいのだが、その人には損ですね。そういう意味で、個々を惜しむのと、全体をくらべれば、何にでもあることだが、全体が出来あがらないものです。その人が自分でそこが判って、勉強を深めてくれるといいが、それが又なかなかそうはいかないものです。(中略)

   今日は、むし暑くて閉口です。歯を新しく九本(前に四本)も抜いたので、一寸体力がなく閉口しています。                       七月五日     宮柊二

なかなか厳しい意見もあり、宮先生のご様子も伝わる。

他にも田谷鋭さんや、他の支部の会員のコメントもある。

中山禮治さんは、前号の内容に対して、読書会で解決できなかった件や個人的な作品鑑賞を、「若

干の補足として」と、多い時には四百字詰原稿用紙7枚分も書いてくださっている。

そして、あとがきからは先輩諸氏からいただくご意見に士気が上がる様子も伝わって来る。

これらをすべてガリ版で書き写す作業も大変だっただろうが、先生や先輩のお言葉をいただく喜びは、

それ以上に大きなものだったのだろう。

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               (見開きの版画より)

参加者は池田敏起、一瀬理、大野展男、瀬戸口千枝、高原美代子、椿山登美子、本多道子、宮田秀子。

当時はみなさん三十代から四十代前半で、現役世代が切磋琢磨していた頃。

我が家で定期的に開かれていた熱のこもった歌会の様子は、幼かった私の頭に鮮明にきざまれ、今も折々に思い出す。

存じ上げない方もいるが、現役でコスモスに出詠されているのは椿山さんのみである。

多く夜の歌から数首ずつ挙げ、それぞれが述べた鑑賞をそのまま記すことは記録係の方も大変だったことだと思う。

今のように、ICレコーダーもスマホもない。

版画やガリ版印刷、一冊ずつ綴じて行く作業も楽しみの一つだったのだろうか。

今は、お手軽に(われわれはクリクリさんの助けが合ってこそだが)ペーパーレスでも発信できる時代。

内容もお手軽になっていないか、他支部の支部報等とも真剣に向き合っているか、少し反省する年の瀬。

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        波羅蜜の若きこゑするざらざらと手触り粗き小冊子のなか


by minaminouozafk | 2018-12-21 06:50 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

高野公彦著『明月記を読む』の中の気になる一節。


「新儀非拠達磨歌」。


『万葉集』を尊重する守旧派の六条家派の歌人たち(藤原顕輔・藤原清輔・顕昭ら)が、定家の歌を称して言った言葉である。このくだりは『明月記を読む』上巻「五 堀河題百首」に詳しい。


 但し、人望僅かに三、四年か。文治・建久より以来、新義非拠達磨歌と称し、

天下貴賤の為に憎まれ、已に弁て置かれんと欲す。正治・建仁に及び、天満

天神の冥助を蒙り、聖主聖廟の勅愛に応じ、僅かに家跡を継ぎ、この道に携

はること、秘して而も浅からず。


 定家には『拾遺愚草』という家集がある。その家集に、十九歳で詠んだ「初学百首」からは入集したのに、次の百首詠「堀河題」からは一首も収めていない。その理由として、述懐したのが上記引用部分なのだ。

 「初学百首」で得た人望もわずか三、四年の後には「わけのわからない(解釈に手も足も出ない)達磨歌」として蔑まれ、正治・建久になってようやく後鳥羽上皇の恩愛を得て、なんとか歌の道に関わっている……、と綴る定家。いつの時代も守旧派とニューウェーブのせめぎ合いは不可避である。


 本書を読み進むと面白いことに気づく。定家のニューウェーブ和歌について否定的、少なくとも肯定的でなかったのは守旧派六条家一派のみならず、実父俊成もそうだったという事実。たとえば、「六百番歌合」の〈冬下(十八番)椎柴〉という題で詠まれた定家の歌


  椎柴は冬こそ人に知られけれ言問ふ霰残す木枯し


 について俊成は「下句が荒い」と難じ負けとした。現代短歌的観点からすればこの歌は秀歌ではないだろうか。この点について高野はこう記す。


  下句は、意味を詰め込んで、かつ言葉を省略したアクロバティックな表現で

ある。かういふ詠み方を俊成はよしとしなかった。「下句は宜しくこそ見え

侍れ、如何」と言つて弁護してゐるやうに見えるが、本心は否定的であつた

のだらう。明言せずとも私の考へは定家にはわかる筈だ、として負の判定を

下したのである。


 俊成を統帥とするニューウェーブ御子左家の中でも定家はさらに尖鋭的であった。俊成すらもその尖鋭さを持て余していたのである。しかし、この六百番歌合の判者をする過程で、次第に俊成が定家の尖鋭さに「追ひついてゐた」という高野の指摘を面白く読んだ。そこには『千載集』から『新古今集』へと変わる歌の流れがたしかにあるように思ったのだ。


 結局、定家を後世神格化されるほどの歌人にしたのは、年若き上皇後鳥羽院であった。この英明な若き上皇の後見を得て(それに伴う諸々の難儀はあったにせよ)、初めて定家は自らの歌の道に専心することができたのである。


 あの時後鳥羽院がいなかったら?と考える。実朝暗殺、続く承久の乱、そして後鳥羽院の流刑、この一連の出来事の時期がずれていたら、定家はひょっとしたら「達磨歌」歌人として一生を終えたのではないか。考えるだに恐ろしい話ではあるが、ありえない話ではない。文化が政治を凌駕していた時代であればなおさらである。歌の潮流の変化は、朝廷での地位の変化に重なる。実際、長く長く昇進できず、拾遺の地位に留まっていた定家は、ある日突然、後鳥羽院の推挙を得て、正四位下に叙せられたのである。守旧派六条家がニューウェーブ御子左家を敵視し、その芸術的達成を阻んだとしても何の不思議もない。そんな時局にあって、後鳥羽院という当時、最強のパトロンを引き寄せた定家の運の良さに驚く。もちろんそこには並外れた才能があったわけだけれど。


 高野によると、定家は謹厳実直の人であったらしい。あの華やかな詠風からは遠い人物像だが、そういう人であったからこそ、和歌における黄金時代を築けたのだとも思う。新しいものが生まれるときの軋轢を突破するのは地道な日々の営みなのだと定家を知って改めて思った(しかし、定家の受難はまだまだ続く模様。それはまた別の機会に)。



  大望を抱くより難し眼前の液晶画面に一首なすこと


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by minaminouozafk | 2018-12-18 09:45 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

帯文に〈老境に入り生の意味をみつめ直す中、歌は生まれる。田を潤す水や野の花、蝶や虻などに心を通わせる日々。七十年に及ぶ作歌歴に鍛えあげられた自在な言葉と発想は独自の境地を開き、読者の胸を打つ。生きる喜びと悲しみを込めた第五歌集〉とあり、言い尽くされた感がある。

どうしても紹介したかったのは、帯文中の〈生の意味〉を多くの方と共有出来ればとの思いからである。
思えば、これまでも矢野京子さん、前田茅意子さん、と晩年を詠む歌集に深く心が惹かれた。

歌人としては、これからの若い作品も多く読み吸収して行かなければならないと思う。しかし、これから老後を迎える人間として、先達の「老後を生きる指針」といえば陳腐になるが、悲しみも苦しみも引っくるめた思いを受け止めて、糧にしたい。

そう思わせてくれる歌集なのである。

コスモス誌で田宮さんが紹介されているように、古屋さんは多摩時代から宮英子氏を先輩と仰ぎ共にコスモス創刊から参加、後年には選者も務められながら、群馬で代々農業を営まれていた。

頂いた年賀状には毎年、地元の野の花や海外旅行先でのスナップ、80歳の頃はスクーターに乗るお姿など、行動的なご様子が伝わって来た。

お若い頃の作品には
  農継ぐと決めたるおのれ寂しむに紺のモンペがいつか身に添ふ
  居直りて此処にわが生遂げなむかかぜにきしきし梁軋む家
                    第二歌集『虹の弧』
と、生まれ育った地で農業とともに生きる覚悟を詠まれていた。

示唆に富む作品から。
  〈明日では遅すぎる〉こと原稿の締め切り 命の締め切りもまた 
  要らぬことを見過ぎ聞きすぎ毎日の時間を無駄にしてはをらぬか
  鈴虫の縄張りいつか蟋蟀(こほろぎ)の域となりをり 草の陰濃し
  一ねんを一生として生き替はる〈草の時間〉は人よりも濃し
  美しき花をきそへる世よ続け戦時経て来し者の願ひぞ
  輝やかに咲くため、充ちて散るためぞ、太く四方へ張る地上根
  ほんじつの気力の有無が吉凶を左右するなり今日は大吉
1、2首目の日常を見回しながらの思索は、読者を立ち止まらせる。
3、4首目、虫や草の生を詠みながらも人生を思わせて深い。
5首目、「平和(1)」と小題のある一連から。ABEさんに聞かせたい。
6首目、「平和(2)」桜の開花を丁寧に詠む一連から。歌集の題名にもなった「地上根」は歌集の初めに「横室の大榧」と共に写る写真もあり、自然の生命力が古屋さんの生命力の源であることがわかる。
この歌も桜木の力強さと開花の喜びが伝わり、一連最後には〈花の下そろりとシルバーカー押すは格好悪いが無視せよ 燕〉と老いても自然と共にある姿が浮かぶ。
7首目の自身に言い聞かせるような前向きさが良い。

ご主人が亡くなられた一連から。
  呆と在るこの世のわれの持ち時間ドライアイスが減るやうに減る
  尽くすだけ尽くしたからに嘆くこと止めて私の生を尽くさう
  カーテンを開けるは夫の朝の役 夫がをらねば夜明けが来ない
  夫逝きて介護のうれひ最早(もはや)なしこころ傾けて何を見ゆかむ
哀しみのなかにも残りの人生を大切に生きようという真摯な気持ちと残された者の心の揺れが丁寧に詠まれる。

ご高齢者ならではの視点から。
  「長生きをして」と繰り返し言はるるは若しや危ぶまれゐるとふことか
  入院の署名の文字をほめられぬ高齢者へそんな誉めかたがある
  生、老、病越えて来たりぬ、あと一つ済ませば私の生が果たせる
  娘()にすべて暮らし委(ゆだ)ねて〈無力〉とふ〈力〉なほありわれの存在
当事者でなければ気付かない〈老い〉を鮮やかに提示してくれる。

最後になったが自然に心を通わせる作品。
  風鳴りは竹の鳴る音、葉が騒ぎ幹が打ち合ふたかむらの中
  黄金の柚子の実がもぎ尽くされて暗緑の樹はいたく不機嫌
  旧友をよろこぶやうに迎へられ田の余りみづ野川に戻る
  さくら散りれんげう終り下草に陽が差せり さあ背伸びをしよう
  田いち枚また一枚とめぐりては楽しかるべし水のみちくさ
  この青さ、この邃(ふか)さ、これ今朝の空 よべの一夜の風のたまもの
  野の花に見入り小川にかがみ込み、われや蝶とも虻とも仲間
  光合成まつただなかか、街路樹は太陽に向かひみな伸び上がる
叙景で終らせない自然との一体感、どの作品からも説明不要の自然を慈しみ、共にある喜びに溢れる。
3首目は〈坂東太郎〉と小題のある一連11首の最初に置かれる。農業を支える利根川を生き生きと詠む地元愛。
6首目は関東平野に吹き下ろす空っ風、赤城下ろしと雪害を詠んだ一連最後の歌。この一連にも雪害に倒れた松の「地上根」が詠まれるが、厳しい季節となっても全てを受け入れる清々しい一連である。

余りにも潔い「あとがき」も含め、〈生の意味〉老いることの意義を強く感じ、私もしっかりと前を向いて生きなければと励まされるような、帯文通り胸を打たれた一冊だった。

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        草木愛でぐんまに地上根張りて生きゐるひとを嘉せよ冬陽


by minaminouozafk | 2018-12-07 07:03 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

 高野公彦著『明月記を読む』(短歌研究社)、上下巻。

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ずっと気になっていた本だった。「コスモス」12月号の桑原正紀さんの批評「〈定家三昧〉の総括」を読んで、本書『明月記を読む』の初出が『短歌研究』平成14年から18年(休載期間を含む)であったことを確認した。


 連載当時、まだ娘が幼く、ゆっくり本を読む時間などなかった私。図書館の絵本コーナーで娘を遊ばせながら、月遅れの『短歌研究』を読むのが楽しみだった。『明月記』は当時の世情を知る貴重な資料であるが、高野さんが綴る私人定家の人間味溢れる数多のエピソードを読んでは、宮仕えの悲哀を感じたり、病気をしながら長寿を全うしたのだよなあ……としみじみしたりしたのを覚えている。


 連載が終わったらきっと単行本として刊行されるだろうから、その時じっくり再読したいなあなどと思ってはや12年。干支が一回りしてしまった。


 待ちに待ったその本が手元に届き、それだけで何かもう感無量。上下二巻がずっしり手に重い。 高野さんと定家の、長きに渉る関係については、前出の「コスモス」12月号の桑原正紀氏の批評冒頭をお読みいただくとわかりやすい。定家が19歳から74歳までを書き継いできた日記を、編集者日賀志康彦と、歌人高野公彦の目で読み進める過程を読者として辿ることができるのは至福である。


  隣人としたくなけれど「明月記」の定家は実直繊細の人『雨月』


 定家を詠んだ作品として印象的な一首である。大歌人定家ではなく、生活者定家が見える。『明月記を読む』を読み進めると、こんな定家に幾たびも会えるのだろう。


 え? その口ぶりではまだ読んでないのかっって?

 ええ、そうですよ。「コスモス」選歌の年末鬼スケジュールでまだ開くこともかなっていませんよ。今日、選歌詠草を投函して、それからおいしいお茶を用意して、冬の夜長、じっくり読書を楽しみます。「〈定家三昧〉の高野公彦三昧」の12月。『明月記を読む』を読む喜びに震えたい今日この頃です。


  宮仕へかこつ日記をものしたりうたびと明き月を仰ぎて


by minaminouozafk | 2018-12-04 08:34 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)