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カテゴリ:歌誌・歌集紹介( 64 )

 通信制大学の前期単位認定試験4科目が終わった。脳みその笊化が進んだ57歳にはなかなか厳しいタスクで、そのために多方面にご迷惑をおかけしてしまったこと、この場をお借りしてお詫びしたい。これよりしばらくは平常運転。短歌も(できるだけ)頑張ろうと思う7月の終わり……。


 で、今日は早速、先週お約束した一冊、永田淳さんの『河野裕子 息子が読み解く「河野裕子」50首』をご紹介。


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「コレクション日本歌人選075」
笠間書院



 河野裕子が亡くなって9年が過ぎようとしている。没後はもちろん、生前からずっと、これほどたくさん批評、評論の対象となった歌人はそうはいない。河野について書かれたどの論も、歌人「河野裕子」の本質を確実にとらえていて、感服させられる。しかし、中期以降、特に晩年近くなってからの河野作品の、日常の時間からふとこぼれてしまったような、ほどけてしまった言葉たちが発する不思議な輝きに触れた鑑賞はそうなかったのではないか。そして、河野短歌の本領は、おそらくこうした作品にあるのではないか、と思う私にとって、この「息子が読み解く」一冊はとてもうれしい鑑賞本であった。


・君を打ち子を打ち灼けるごとき掌よざんざんばらんと髪とき眠る


 あまりにも有名な一首。「河野の歌が「体当たり的」と呼ばれる嚆矢ともなった一首」と淳氏は記している。この歌については当時、フィクションかどうかについてもずいぶん話題になったようだが、その点についても「これはリアルであると息子である私は断言できる」と歯切れがよい。その上で、「灼けるごとき手」、が「打った相手と等分の痛みを自らの掌でも受け止めている自身」として、歌人河野裕子を論じるその客観性に感じ入る。河野が「打った相手」、そのひとりがおそらく淳氏自身であるだろうのに。


 私は以前から、「歌人の家族であるということ」そして、「そんな環境下で自身も歌人になるということ」の難しさについて考えてきた。私にとって短歌は一種のデトックスであり、セルフカウンセリング。生身では対峙できないような現実に向かう時の杖、それが私にとっての短歌である。たとえば夫が、娘が、同じように短歌に向かい、詠んだとして、私にそれを受け容れることができるだろうかと思うのだ。


 河野裕子の全15冊の歌集に収録された6585首から50首を選び、一首一首に丁寧な鑑賞文を施すというタスク。歌人永田淳の視点と、息子淳氏としての眼差が交差する瞬間のわずかな揺れが、時折本文中に感受され、本書ならではの味わいとなっている。それは歌人の家に生まれ、自らも歌人として生きる人の胆力を思う瞬間でもあった。


 さて、ここで、前述した「日常の時間からふとこぼれてしまったような」作品をいくつか紹介してみる。


・雨垂れはいつまで続くしたひたてん、したしたしたしたしたひた、てん

・夜はわたし鯉のやうだよ胴がぬーと(ぬく)いよぬーと沼のやうだよ

・お嬢さんの金魚よねと水槽のうへから言へりええと言つて泳ぐ

・何といふ顔してわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢやない

・この家のきれいに磨かれし鍋たちがいいだろ俺たちと重なつてゐる


 従来の短歌に慣れ親しんだ人々の意表を衝く作品群。このような歌こそ、淳氏の鑑賞を読みたくなるが、ここはまず、自身で読みを深めていただきたい。その後、作品一首一首を裏書きしている物語をじっくり味わっていただきたい。一冊で何度も美味しい。『河野裕子 息子が読み解く「河野裕子」50首』はそんなvaluableな一冊である。


  生涯にをの子生まざりし口惜しさ夜蟬さわげばはつか滲み来



*そっとお知らせ

以前告知いたしました「第16回筑紫歌壇賞贈賞式」(923日開催・詳細はこちらをご覧ください)。

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この会に、永田淳氏がご出席下さるとのこと。近しくお話しできるチャンスです。みなさま、ぜひ、ご来場下さいませ。

申し込み締め切りは明日、731日ですが、そこはそれ、博多時間でOKです。

 


by minaminouozafk | 2019-07-30 09:39 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

朝日カルチャー金曜午後の部、われらが藤野早苗さんの教室の生徒さん、91歳の佐藤さんの第一歌集です。午前中の部のみなさんにも読んでもらえればと、頂いた一冊。

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昨年の福岡県短歌大会の報告で紹介した〈今朝飲んだたしかに飲んだ飲んだはず飲んだつもりの薬が残る〉のお作品で最高齢者賞を受賞された方。とても印象深い愛唱性のある一首でした。

あとがきによると、銀行員、流通業役員、大学教授及び学園理事長等々を務められ八十五歳で引退。無聊を託つ身となられた佐藤さん。斉藤茂吉の抒情に打たれ短歌を始められた。

歌歴五年間の集大成であることが記され、私などにはまだまだ詠めない、お堅い「境涯詠」が飛びだして来ることを思って、少し身構えてしまいました。

しかし、読みだすと自在な日常詠の楽しさに、ぐいぐいと引き込まれました。

改めて現代日本を見渡すと、人生は百年時代と言われています。少し前までの六十歳あたりで定年退職し、後は余生、自分の人生を回顧してみようかという時代とはかなり違ってきています。ましてや佐藤さんは、リタイア後の短歌との出会いを心から楽しまれている。過去を振り返ったりする暇などないことが伝わります。

出世など出会ひと運が大方ぞ己が力はかくし味ほど

ご立派な職歴のことは一首のみ、ユーモアで片を付ける。なんだか勇気を貰った気分。

歌作りを楽しむ作品から。

歌詠まむ初船出する心地して八十五歳は星空仰ぐ

歌詠むに思ひ詰まりし(なづき)なり服を着替えて街へ出て行く

()の歳を忘れたるかと娘言ふ大台風に出て行くわれに

探しゐし本を手に入れいそいそと雑踏かきわけ家路へ急ぐ

巻頭の一首からその決意が伝わる。そして歌材を探しに気持ちを新たに街へ出かけて行くのである。

うーん、知的好奇心に溢れるうえに、方代さんのような楽しさ。

もうひとつ、佐藤さんの若さの秘訣。老いに対する向き合い方である。普通高齢者の方の作品に多い

キーワードは、「仕方がない」「諾う」それが少ないのである。

気をつけて別るるときは言はれたり老いの仕草がどこに出でしか

新調の夏のジャケットをほめられて得意となりしこの爺の莫迦

寝覚むれど冷凍食品溶かすごとしばし間の要る朝の老体

肉体は寝たり覚めたり自在なりただ行動は意識の(しもべ)

字は書ける声も出せると確かめて今日のところは夜床につきぬ

独り居は淋しくなれば街に出る街に出るから淋しさの増す

寝られざる夜も寝すぎたる日もありて老いとはまことしどろなるなり

自意識の高さと、時に自虐、自己反省による心掛けこそは、将来見習わなければいけませんね。

構成は三部に分かれ、Ⅱでは、膵臓癌の手術、脳梗塞の前兆による入院など、闘病の様子も詠まれるが決して暗くはない。

長き世をわれと共に生きし臓器なり切り捨てたれど感謝ひとしを

ガン切りて再発予防を医師言へど私にそれはもう要りません

膵臓を切りたるわれは八十九新しい服で雑踏をゆく

バスのなか定期券落す莫迦もゐる眺めてをればわれのものなり

地下鉄でボールペン一本買ひにゆく八十九歳のこだはりあれば

恥をかきまた恥をかき詠んでゐるやむにやまれぬこれは何なる

「我思ふ故に我あり」と胸張れど他人に通じぬ一首の無念

手術の様子、こころの揺らぎを経て、気持ちの切り替えが心地良い。ボールペン一本に対するこだわり、歌に対する執着心、これこそが生きるちからを支える源なのでしょう。

Ⅲ部は先に挙げた県大会受賞作から始まり(嬉しいなぁ)歌はますます自在に伸びやかさを増す。

手の甲の夜のしじまを小蠅這ひそこはかとなく孤独を伝ふ

目覚むれどこの星の上に立ちがたく猫のポーズで卒寿の(あした)

よく来たと抱いたつもりがでぶ曽孫抱き返されてわれはよろめく

取らむとや取らむとつとめ取るを得ず飛びゆく帽子を追ひてころべり

急がむと脚よろめきて転倒す老いとは意識と体動の齟齬

 どうやら、佐藤さんはたった五年で、短歌のリズムを手中に収めてしまったようである。

最後になりましたが、散歩を欠かさない佐藤さんは、叙景歌も抒情たっぷりに詠まれます。

老木の幹に咲きたるこぼれ花ひとりし見れば沁みて親しき

まだ残る赤き花弁にゆく春の影をとどめて若葉萌えたり

帯文には選歌をされた染野太朗さんが「描かれていない人生の厚みをも、あたたかく、また飄々として抱きとめている」と書かれています。日々の研鑚の上に、積み重ねてこられた豊かな人生が「かくし味」としてしっかりと効いた一冊です。

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ようやく、北部九州も梅雨明けです。仕事帰り、日暮れ前に夏らしい明るい空を見つけました。今年も、佐藤さんと福岡県短歌大会でお目にかかれますことを楽しみにしています。

       新しきワンピース着て歩きたし九十歳になつたわたしも


by minaminouozafk | 2019-07-26 06:26 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(8)

熊本在住のコスモスのお仲間、岡田さんの31歳から76歳までの45年間を纏められた一冊。

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先ず印象深かった、長年連れ添われたご主人の作品から。

その故を我しらねどもきのふより口きかずをり夫はたしかに

不機嫌に出でゆく夫の身にふれてミントがにほふ言葉のやうに

頼みたる包丁研ぎをせぬ夫少年野球の審判に立つ

ゆで玉子コツンと卓に音たてて独りの世界に入りゆく夫

無口なる夫が今宵は酒に酔ひインカの遺跡訪ふ夢語る

洗はんと(さぐ)れば夫のポケットに水切り石の二つあるなり

デイ・ケアで夫が折りきし折鶴のふぞろひの羽ふたりで笑ふ

まだ今も針がゆれをり夫若く登山に持ちし方位磁石は

 無口で多くを語らない夫とそれを黙って見守る妻の姿が浮かぶ。老年に入って、少年の心を持つ夫の新たな発見、趣味を大切にする姿を励ますように詠まれ、また、老いてもそれを諾いつつ支え、穏やかな老後を送る姿が印象的。長い年月を詠まれたからこそ浮かび上がるご夫婦の姿。

また、集中の核となるお父上を詠まれた連作の「敗走の森」

敗戦も知らずに森を彷徨ひて死にたる父の歳かぞへゐる

西空の涯に行先あるごとく夕べの雲は流れゆくなり

作者が生まれる前に出征され、そのまま会うことが叶わなかった父の戦争体験を、伝聞ながら当時の様子と現代を織り交ぜて仕上げ、今残すべき連作として心して読むべき作品。

もうひとつは二〇一六年、熊本地震の一連「観音橋」

地震にて壊れし赤き屋根の家じつと見てをり若き男女は

傾きし家に下がれる風鈴をからんころんと南風鳴らす

さりげなく「詠草用紙ありますか」地震見舞に言ひくれし人

周辺出来事を含め、読み応えのある一連。少し後に詠まれた

つまれたる瓦礫の間を抜きんでて「はあー」と言ひつつあかまんま咲く

 瓦礫は放置されたままながらその中から再生を見出し、ご自身へのエールとも読める前向きさ。

 日常詠の中では、風を詠み込んだ歌が強く印象に残った。

目をつむる軍鶏の胸毛を逆立てて雨ふる前の西風は吹く

冬日さす落葉の上にゐる猫が小さなつむじに目を瞑りたり

夜の雲を風ふき流しゆくりなく十五夜の月そこにかがやく

風見鶏くるりと回る教会を今むすばれし夫婦出でくる

ともがらの愚痴きくごとし住みふりし家が夜風にガタゴトと鳴る

(あを)北風(きた)に吹かれわたしもわたしもとおしやべりになる朱の彼岸花

謂れなき恐怖はわきぬ西風にやつで掌うらがえりたり

 『山西省』の作品に感動して入会された作者。お若い頃の一首、二首目は宮先生の「群鶏」一連を思わせる端正な作品。四首目、風見鶏の回転に目を付け、夫婦として新たな人生がそこから変るさまを思わせユーモアも感じさせる。五~七首、住み慣れた家への愛着、彼岸花の饒舌、根拠のない恐怖が風を通して伝わる。そして三首目の風の恩恵による十五夜の明るさは、岡田さんの歌の根底にある明るさを伴う希望を感じさせてくれる。

 四十年間以上の作品をまとめるのは大変な事だったと思う。あとがきに「歌集を出す事をあまり考えませんでした(中略)しかし、歌は残る。」とある。残る以前に、老後という今後を豊かに送るためにいま一度かけがえのない人生を振り返ること、それが周りの人や自然ををますます慈しむために必要な事なのだと、つくづく考えさせてくれる一冊だった。

 震災以前のように、熊本のみなさまが笑顔で出前歌会に参加してくださる日を心待ちにしています。

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忘れてはならぬ戦争、震災を遺すうたびとのそのこころはや


by minaminouozafk | 2019-07-12 05:47 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

 コスモスの棧橋時代からのお仲間であり、私よりも父と親しく短歌のお仲間達と共に何度も吟行旅行を楽しみ、父の闘病中は遠方ながらもご主人の森田治生さんと共に、いつもお気遣い、励ましをいただき、葬儀、火葬までお付き合いくださった心の篤いご夫婦である。

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 則子さんの第一歌集は、篤い気持ちをのせて、20年間を丁寧に掬い取られている。巻頭近くの一首には

  大学の合格発表見に行きし子は春風を連れて帰り来

夫は石、子らは鋏でわれは紙 じやんけん遊びのごとし家族は

 一首目は合格を言わず、その様子と喜びを十全に伝えている。二首目は家族関係とそれぞれの性格が簡潔に詠まれ、含蓄に富む。そして20年の歳月は

  子の妻がそれぞれに言ふ「おかあさん」伊勢、美濃、駿河のアクセントもつ

 学生だった三人の子供たちはそれぞれ巣立ち、妻にも恵まれ、この巻末の一首で閉じられている。

その間の生活は、長年勤められた看護師から養護教諭となり生徒たちとの交流や日常生活、積極的な旅行詠など幸せに溢れているが、その間には、治生さん、則子さんそれぞれの離れて暮らすご両親の〈老病死〉が大きく横たわっている。

 誰でも通る道とはいえ、愛知県知多に住む治生さんのご両親と静岡に住む則子さんのご両親を折々訪ね、看ることは容易ではなかったと思う。それでも則子さんはあとがきで「知多へ伊豆へと通った日々は介護というより、親たちからの最後のプレゼントだったような気がいたします」と記される。

 介護詠のなかでも印象深いのは父上の作品である。

  山畑を鋤きゐる父の耳とほく母は鍋打ち昼餉を知らす

 助け合うご両親の姿が生き生きと詠まれるが、その後ご両親は老齢を諾い住み慣れた海の見える下田から、弟の住む伊豆高原に移られる。

水葬もいいなと父は独り()つグリーン島の碧き海見て

鬱を病む父の部屋より肥後守、はさみの消えてシクラメン咲く

父の目の水晶の湖会ふごとに濁りてわれの知らぬ日々追ふ

楽に死ぬ手立てはないかと訊く父よ私はそれを学ばなかつた

戦地での八年間を語らざる父がこのごろ(ニー)(ハオ)といふ

父が父に戻るひととき不意に言ふ「戦地でだれも殺さなかった」

天城より吹き来る風と海風の行き合ふところ父の施設は

好物のコーラを末期の水として父の乾びし口に含ます

 移られてもしばらくはご一緒にオーストラリアに旅に出られたりされていたが、だんだんとご様子が変わる様子が丁寧に描写される。看護師としての則子さんは尚更辛い場面にもあう。

いつも夫婦揃って、批評会に出席されていたのに、長く則子さんの欠席が続いた。目が離せなくなって、折々伊豆を訪ねていたと聞いた。

 鬱症状には、波があり介護度も下がることもあり、

  〈要介護三〉なる父をひとり看る老いたる母は〈要忍耐五〉

 と、母上を心配される歌も散見するが、やはり核は「戦地での八年間」を重く背負いながら病んでゆく父を思いやる姿である。

 それは父の戦争体験による心の傷を思うからこそ

  九条を護るは戦争アレルギーと蔑する人らなべて早口

辺野古基地、原発、改憲 アレルゲン増えゆくわれに春風いたし

「地に伏せよ」「窓から離れよ」ミサイルの避難方法うつつに聞くとは 

 など、平和を願う気持ち、政治不信が強く表れるのだろう。

長い介護の中で、治生さんのご両親も看取る。

病むひとに嘘をつきたるわが舌のざらざらとして閻王が待つ

終末の近づくふたりの父ありて良きかんごふでありたしわれは

()()のなき三十二本の歯も死せり九十二歳の舅の死をもて

床の間の酸素ボンベと掛け軸の鮎がなじみて姑の部屋しづか

弓型に反る花びらのほのしろくはまゆふの咲き姑は逝きたり

 90歳で自前の歯で鮎を食べていた義父は罹癌の真実を知らせないままに送り、在宅酸素療法の義母の介護も、看護師の眼差しで付き添ってくれる嫁は本当に心強い存在であったことだろう。

 則子さんの看護師としての優しい眼差しは歌集全体に溢れる。

  看護師の慣らひは寂しさよならを「お大事にね」と言ひ間違へて

  安楽な死はどこにある病み篤き犬診て医師は「どうしましょうか」

  氷よりふはりとやさしい雪まくら熱高き子の頭に添はす

側彎のしるき脊柱持つ王に鎧と王位は重たかりけむ 

 2首目は愛犬の重篤な場面。3首目は修学旅行先での生徒の看病、4首目はイングランド王リチャード三世の遺骨が五百年を経て発掘された折の一首。医療従事者ならではの視点が温かい。

 最後に、歌数は多くないが、長年の良きパートナーであるご主人を詠まれた歌から。

方便の五分の嘘さへ(いと)ふ夫その潔癖をときに厭へり

それぞれに病む父を持つ夫とわれ今日は忘れて柿狩りに来つ

理詰めにてものおもふ夫感覚でものおもふわれむかご飯食む

 お互いの性格の違いを知り尽くしているからこその作品。歌集を楽しみにされていたという母上も昨秋、彼岸へ渡られている。寂しさはひとしおだろうが、これからは治生さんとお二人、旅や短歌を心おきなく楽しんでいただきたいと願う。

       水無川さへ隔てえぬ夫婦なり詠んで詠まれて連れ添ふふたり


by minaminouozafk | 2019-06-28 06:34 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

先々週、今年の筑紫歌壇賞受賞作品が、中村敬子さんの『幸ひ人』に決定したことをお知らせしました。923日に行われる贈賞式には、みなさま、ぜひご参加くださいませ。



 今日は受賞作『幸ひ人』のご紹介を少々。本作については「コスモス」201812月号批評特集の中に「歳月と青空」と題して、朝比奈美子さんが、また、20192月発行の「灯船」第12号には「逡巡の軌跡として」と題して、魚座チーム土曜日担当のユリユリこと栗山由利さんが、それぞれ的確な批評を書いている。二人の批評を読んでいただければ、正直もう私が書くことは何もないのだが、この素晴らしい一冊を読ませていただいた感想を、少しだけ書いておきたいと思う。


 ・ないものをさがす寂しさゆらゆらとグラジオラスの螺旋階段

 巻頭の一首。巻頭作品はその一冊に通底するテーマを暗示する。螺旋状に咲き上るグラジオラスの花の揺れに「ないものをさが」している自らの「寂しさ」を見出す作者。以下、穏やかな韻律に内包された悲しみが、照り翳りしつつ詠まれている。


 ・ゆふぐれは白い兎が胸にゐてさささ、そそそと干し草をかむ

 ・垣こえて子らと子犬が球根をほじくり返した冬があつたよ

 ・一本の水平線を描くたびにとちゆうで折れる僕のシャーペン

 ・新雪に足おろすごと新しい手帳にしるすわたしの名前

 一見ささやかな暮らしの一場面を掬っているようだが、ここには言語化されない孤独、悲しみの余韻がある。こういう作品の背後には、作者をこのような気持ちにさせた「事実」があるはずなのだが、その具体が詠まれることはない。全編を通じて、柔らかな印象の歌集であるが、それ以上に、自らの境涯に読者を巻き込むことをせず、あくまでも作品として屹立させていこうという作者の意志が潔い。


 ・噴水の照り翳りつつ 考へる(いかなる幸ひ人の)くだりを

 本歌集にはタイトル『幸ひ人』 の由来となった作品が二首ある。前半に登場するのがこちら。『源氏物語』「浮舟」を典拠にした一首。


  いかなる幸ひ人の、さすがに心細くてゐたまへるならむ……

 「どんなお幸せな方が、と(周囲はさまざまに申しましょうがその御方ご自身は、薫大将の思い人というだけのお立場では)さぞかし心細くていらっしゃることでしょう……」


 光源氏亡き後の物語「宇治十帖」で繰り広げられる、薫、匂宮、大君、中君、そして浮舟の恋のさや当て。複雑なその経緯の中で、ことに意志を持たず、ただただ運命に翻弄されるのが浮舟である。上記の引用部分に登場する「幸ひ人」は浮舟を指しているのだが、薫の囲われ者として生きることが果たして幸いなのか、作者はそこで立ち止まったのだ。

 幸せとは何か。とくに女性の場合、その答えは難しい。浮舟のように、自らの意志をもたず、受動的に運命を受け入れて大いなる庇護の下生きていくのが幸せという、源氏の昔の価値観から、私たちはどれほど遠くに来ることができただろうか。


 ・あたたかく砂糖のとけた牛乳にとてもかなはぬ一日だつた

 ・保冷剤生ぬるくなればやはらかし今一度子を孕みたくなる

 ・復刻版LPレコード売る店のオーナーになる、いつかなりたし

 ・逆上がり出来るだらうか鉄棒の錆のにほひを握りしめつつ

 時系列に沿った編集とは限らないが、「幸ひ人」の歌以降、作者は能動的に人生の歩を進める。


 ・歳月のとある季節は色鉛筆ぶちまけたやうであつたよ 家族

 簡単ではなかった過去のある時期。それをかくもあざやかな比喩によって読者に差し出す作者。折り合いがついたのだろう。作者は確実に未来に向かって歩き続けている。


 ・「もうかえれ」ほつりと母が呟くはをんなが厨に立つ時刻なり

 ・空き家とは空へ貸す家ほつこりと雲が二階でくつろいでゐる

 ・〈母〉の字を〈妣〉に書きかへてひらがなの〈はは〉とちいさくルビをふり

たり

 その後も、東日本大震災による故郷の被災、母上のご逝去、と実生活上の悲苦が作者を襲う。


 ・意味のなきことには零の意味がある蟬しぐれ聞く君の声聞く

 しかし作者は揺るがない。人生に意味のないことはない、それをもう知っているから。


 ・本を閉ぢ草木うるほふ雨後の町へ犬をつれだす幸ひ人われ


 巻末近くに置かれた二つ目の「幸ひ人」。ここで閉じられた本は多分、「浮舟」。作者は長い長い読書ののち、自身の幸せを確信する。雨後の町へ踏み出す一歩。それは作者、中村敬子さんの歌人としての輝かしい一歩でもある。

 中村さん、第16回筑紫歌壇賞ご受賞、おめでとうございます。



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   邂逅はヒガンバナ咲く長月の太宰府 幸ひ人をひた待つ


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贈賞式のご案内。
ぜひご参加ください。





by minaminouozafk | 2019-06-18 10:03 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(8)

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 コスモスのお仲間であり、棧橋時代から親しくしていただいて、福岡灯船批評会後の伊万里もご一緒し、灯船静岡批評会では全面的にお世話になった頼りがいのあるわれらが〈雅子ねえさん〉である。

歌集は茨城で31年間勤めた教師を辞める少し前から始まる。その後、自然豊かな静岡県島田市に転居をし、そこには実母と義母の老いと介護が介在するなか、新しい人生を謳歌する様子が伸び伸びと詠まれる。(交差する思いを伝えたくて今回、頁数をいれました)

少し前に、このブログで早苗さんが「憂国の思い」が色濃く出た三冊の歌集を紹介されたが、この歌集も同じ思いが根底に流れる一冊である。

 コスモスで次々と発表されるキレの良い社会詠を毎回楽しみにしていたのだが、一冊にまとめられた時、改めて小田部さんの社会に対し弱者に向けられる愛と懐の深さを感じたのだった。

 先ずは、教師時代の作品から。

  病む猫をおいて勤めにゆく道にふとわかる 悲しみが恋に似ること 21

  黙々とはたらく人と悠々となまける人とありこの職場 26

  大きなるいぢめつこひとりよく見ればいぢめられつこの顔をしてゐる 29

  元気なこと明るいことが無条件に善なりし良き時代は過ぎつ 30

  俺たちを捨てていくんだね先生は さうだよ君らを捨てて生きるの 52

  ころころと話題のかはる隣席の少女よ何から逃げているのか 61

 愛猫家の小田部さんである。傍にいられない切なさはまた恋に通じるという発見。262930頁、職場である学校では冷静に周囲をみて、時代を憂いている。そして52頁、退職に至るのだが、諸々の思いは置いて、前を向こうとする姿とともに、結句の優しい口調に止むに止まれぬ思いがこもる。

 61頁の歌は退職後の日常のひとこまだが、たまたま耳に入る会話から少女を見つめる優しさは教師時代の先生のまなざしであるのだろう。

 そして、転居後の静岡での自然との交歓。

  さびしさは樹の形してゐたりけり夕風のなか(かは)(やなぎ)立つ 55

  吐く息も吸ふ息も自分だけ駿河の国の花野を行けり 56

  小春日の川面のひかり頬にゆれしづかよ人も言葉もいらぬ 57

  石ころの広き河原のあたたかさ旅の途中の鳥も降り来よ 57

 教師を辞められ、新天地の自然に迎え入れられるひとりの時間。そこには一抹の寂しさもあるのだろうが、雄大な自然に心を寄せ同化してゆく姿に、読者である私も心地良くほぐされて行く。

  シュプレヒコール窓に聞こゆる四畳半下宿にこもり恋におちてた 67

  あかつきの闇にねむれるかたはらの男の憂ひ知りゐて問はず 67

  ほんたうは夫をわからずわからぬまま毛布でくるむやうにあいする 113

 多くは詠まれていないが、十二年間単身赴任での別居生活をされていたご主人への思いは長い年月をへて培われてきたものであり、同志と呼べる関係であることが伝わる。

 二人の母を詠む。

  〈二度(にど)童子(わらし)〉とよぶには(つよ)き母の自我しかられてまた聞かぬふりする69

もろもろの不安は言はず朝明けの海にむかひてははは煙草吸ふ88

怒りやすき時を過ぎきてしづかなる時に入りたり母の人生111

関東は雪か ちいさき古家の畳はつめたからんよはは114

さみしいか故郷はなれて来しははのおしゃべりおしやべり止むことがなし123

ほつとする気持ちが先でははの死をどう悲しめばいいのか分からず144

また来るね手を握るとき母さんの手ぢから、かつて百姓だつた手156

死の際に母性かへりてわが頭撫でくれし手の骨はいづれぞ164

流木の小枝拾へば軽きかな母有らぬ世に寄する海波174

 実母を〈母〉義母を〈はは〉と詠み分けることにより、(歌集では〈はは〉には圏点が付いていますがブログでは入りませんでした。ごめんなさい)読者も分かりやすく且つ、微妙な感情の差異をも感じさせる巧みな表記使いである。しかし詠まれる内容はそれぞれの母の現在を的確に伝え、客観的ながらもさみしさを内包する思いやりに溢れる。

 114頁と123頁の間には東日本大震災が発生し、茨城に住む義母を〈スープの冷めない距離〉に呼び寄せ、お世話をされることとなる。離れて暮らす母は一〇四歳でご逝去されるが、そのとき〈兄黙し姉泣きじやくり看てきたる乙の姉泣かず それを見てゐる〉と冷静に詠まれるが、144頁の義母の最後の看取りの気持ちは母を直接介護された「乙の姉」と同じ気持ちなのだろう。献身的に尽くされたからこその空白感である。

 最後になったが、歌集の中で核ともいえる社会をみつめる作品。

  信仰に消えたる二十余のいのち 用意なきまま六千のいのち 18

  アラブのこと識りたきわれにどの局もビル崩壊のシーンばかり見す 19

巻頭近くのアメリカ同時多発テロ事件に関する連作から。事件そのものの衝撃だけでなく、加害者被害者を越えた命に目を向け、実行犯たちの出身地であるアラブの背景にまで目を向けようとしている。

折々に、政治、経済に者申す姿勢を貫かれているのだが、東日本大震災から、その思いが強くなってゆく。

 「瓦礫」とは呼ぶなよ日々の起き伏しの体と心依りたるモノを119

 原発がなくても越せた二〇一二年夏、マスコミはそれを言はない127

 原発を売るにんげんの舌が言ふ〈美しい日本〉誰が信ずる131

想定避難者九十六万人〈避難〉とは日々の暮しを捨てさせること142

 震災と原発に関する作品を挙げたが、どの歌も生半可な同情や悲しみではなく、震災に絡む政治不信、マスコミ不信イコール弱者への深い思いやりがあってのことである。その思いはこんな歌にも表れる。

  九州の物みな集ふ大宰府は足りてゐにけん旅人(たびと)の酒も128

 棧橋時代に太宰府を訪ねた折の作だが、憶良の地方を詠まれた「貧窮問答歌」を思えば、今話題の「旅人」も権力者側としてばっさりと切り、爽快。

 集中には、折句96首や隠し題、足尾銅山事件を取り上げた連作など読み応えのある一冊である。

2017年コスモス賞を受賞された年も本当に多くの秀逸な社会詠を詠まれていた。あとがきに「後半でしばしばカリカリと怒っていました。そういうものはかなり捨てました」とあり、歌集に登場しない作も多く残念であったが、弱者側としては心地よい「カリカリ」であった。今後も社会のゆがみを発信し続け、世間に骨太の喝を入れ続けて頂きたいと切に願っています。

       せせらぎのながれに憩ひ洗はれる石となりゆくやうな一冊


by minaminouozafk | 2019-05-31 06:30 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

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日曜日の晶子さんの記事を読んで、ずいぶん歌集について書いてなかったことに気づく。そこで今日は三冊。


 『石蓮花』  吉川宏志 (書肆侃々房)

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1時雨降る比叡に淡き陽は射せり常なるものはつねに変わりゆく

2パスワード******と映りいてその花の名は我のみが知る

3旅はたぶん窓の近くに座りたくなること 山に(つわ)(ぶき)光る

4亡き人を知らざる人に語りつつ青菜は鍋に平たくなりぬ

5リュウグウノツカイが棲んでいるような春の空なり尾びれゆらして

6アメリカから剝ぐことのできぬ爪として日本はあり (いくさ)近づく


 511日の福岡支部出前歌会にお招きした大松達知さんが、ミニ講座の資料としてご紹介下さった一冊。大松さんのリードに従って再読。なるほど、見えてくるものがたくさん。

 永遠であるためには恒常的な変化が必要なのだということをリフレイン(「賞を獲りたかったらリフレイン」by大松氏)によってなめらかに伝える1番。アスタリスクの伏字に隠されたパスワードを「その花の名」と呼ぶ自在な2番。旅を独特な定義でくくる3番。「亡き人」の話をする作者とそれを聴く人々に流れる時間を「青菜が鍋に平たくな」ると譬える4番。リュウグウノツカイの存在が空の広さを語る5番。「尾びれ」に躍動感がある。6番の「剝ぐことのできぬ爪」には日本の逼塞してゆく現状が的確に表現されている。

 あまりにもさりげなく詠まれているので、見過ごされがちだが、吉川作品にあるレトリックは実はけっこう前衛的だ。それをきわめてナチュラルに一首の中に取り込んでしまうのが吉川の力量なのだ。


 『歓待』  川野里子 (砂子屋書房)

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1延命処置断るはうへゆれながら傾く天秤 疲労のゆゑに

倶会一処(くゑいっしょ) 死ねば居場所のある母か赤い椿がつくづくと見る

3雪降つたね餅を搗いたね笑つたね遠いところへ行つてしまふね

4ああそこに母を座らせ置き去りにしてよきやうな春、石舞台

5神の手が初めて創りし泥人形のやうなれど吾に手を伸ばしくる


 前作『硝子の島』で長く母上の遠距離介護を続けていることを詠んだ川野。本歌集においても母は重要なテーマとなっている。人生百年を謳いながら、その長寿を支える公的福祉は事実上破綻しているこの国。これが過渡期なのか、このまま奈落へ突き進むのかは定かではないが、自身も加齢をしてゆく中で親の老いを、死を、個人が引き受けねばならない苦渋が滲む。

 歌集名『歓待』は、「次第に狭量になってゆく世界で、枯れ枝のような一人の老人は、小さな献身の連続によって温められ、尊い命となることができた。それは何という命への歓待であったことか。この歓待こそ時代への抗いなのだ。」(あとがき)という、母上を介護してくれた方々への川野の思いに由来する。一つの命に誠実に向き合ったからこそ舐めねばならなかった辛酸ではあるが、そこに差すひとすじの光の存在を肯う歌集名に慰められた。


 『光のアラベスク』  松村由利子 (砂子屋書房)

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1この世あまねく覆われゆかん粘りつくポピュリズムという暗愚の糸に

2にっぽんに夢多からず『赤毛のアン』のふるさと目指すツアー廃れず

3欠けてゆく欠けてゆくああ満ちてくる自ら太る女の肝胆

4詩を問われ詩人は答う「一滴の血も流さずに世を変えるもの」

5世界中の人が使えば地球ひとつ終わる温水洗浄便座

6インド製ユニクロのシャツのほつれ糸手繰れば今日も少女売られる


 松村は「かりん」所属の歌人。福岡市出身(娘の小学校の先輩で、夫の高校、大学の後輩というご縁が嬉しい)。新聞記者を経て、現在は沖縄の離島に暮らす。外縁と見えるところに居住しながら、いや、するゆえか、歌人の批評眼は近年、より一層鋭さを増している。

 「ポピュリズムという暗愚の糸」が覆い隠そうとするものは何なのかを問う1番。もう夢を見ることもかなわないこの国の現状から目を逸らす人々を詠んだ2番。自然へ回帰した暮らしの中で豊かに太る女性の本能を詠んだ3番。詩を生業とするもの同士の共鳴が感受される4番。「温水洗浄便座」、「インド製ユニクロのシャツ」が実は世界の綻びに繋がっているのだというミクロからマクロへの視点の転換鮮やかな56番。

 知的レトリックの見事さは言うまでもないが、南島に移住して以降の松村作品には屈強な体力を感じる。心身一如、南島が松村に与えたものの大きさを思う。


 三冊の歌集、どれも作者の個性の際立つ作品であった。三冊に共通するのは、憂国の思い。それは社会詠にも通じるのだが、社会詠としてしまうと取りこぼしてしまうものをこまやかに、あくまでも自分というフィルターを通して丁寧に詠んでいる。



   瞠いてつぶさにぞ見よいうきうと呼ばれしものの崩れゆくさま




by minaminouozafk | 2019-05-21 09:32 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)

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 江﨑昌子さんから歌集を頂いた。江﨑さんは私たちと同じコスモスの会員で既に二冊の歌集を出されていて「橋の裏側」は第三歌集になる。毎年柳川で催される白秋祭の歌会に行くと、受付でにこやかに迎えて下さる方だ。数年前にはコスモス福岡支部歌会にも参加されていた。コスモスで歌を詠み続けられ欠詠なく52年出詠されてきた私たちの大先輩だ。
 江﨑さんの歌には特徴がある。

 先ずできごとではなく物を詠んだ歌が多い。

 確実に充ちゆくものの力もて葉陰に椿の珠美うつくし
 ちちのみの父の太声伝へくる闇の中なる黒き電話機
 三尺の扁平(うすら)しろがね太刀魚の躰横たはる氷の上に

風吹けば楠の葉に鳴る風音のここより道は下りとなれり
 ここよりは落つるほかなくがうがうと滝になりつつ落ちてゆく水

またリフレインが多い。

 石段の五段のあれば幼子は五段に遊ぶ登りて降りて
 当たり前のつづきのけふの当たり前しらしらとして夜の明けゆく
 河馬であることの臭ひのひしひしと河馬がゆつくり歩みてきたり
 白き石白く濡らして黒き石黒く濡らして雨の降りつぐ
 人間が人間らしくあることの二足歩行の老いてあやふし

声に出して読むとリズム感があり、心地良い。

先週末に大松達知さんを迎えて催したコスモス福岡支部の講師出前歌会での大松さんの仰った、「一首のなかに意味を減らすと良い」、「リフレインを使うとリズムができて韻律が良くなる」とまさしく一致した詠み方だった。

 江﨑さんの歌には批評性のあるものも多い。
 

被爆とふ語がひつそりと字引の中に座りてゐたり
 携帯電話(ケータイ)を持つ人増えて待つといふ思ひいつしか淡くなりゆく 
 象形の文字(もんじ)「女」と形成の文字「男」との違ひを思ふ

女運わろきをのこの考へし姦(わろ)しといふ字か見てゐて思ふ
 核ボタンのブラックボックスを霊長類ヒトは提げゆくネクタイ締めて
  朽ちること許されぬものしろじろとポリスチレンは海を漂ふ  

 この批評性の基には〈われらとぞひとつ括りにスクラムをくみたることのあはれ遠き日〉とある、たぶん60年安保闘争の体験があるのだろうと憶測する。
 
 批評性と同時に物をとらえる眼の力にも独特のものがある。
 
 濡れてゐる路面と濡れてゐぬ路面時雨のゆきし後に残れり
 電燈の紐と火災報知器の紐と二本が垂れて夜なり
 部屋の上に部屋が重なりその上に部屋が重なりマンション立てり

嗚呼!と思う。

 ところであとがきを読んで衝撃を受けた。


  「癌」です。いきなりの宣言。そういうことかと妙になっとくしている自分がいま
   した。      
 それでこの歌集の上梓を思ったとある。この歌集にまとめられた歌が詠まれた期間には妹さん、ご主人が亡くなられている。さらにこの癌宣告、どんなにお辛かったことか。しかし江さんはそんな体験を辛い、寂しいなどと言う言葉をつかわず詠まれている。
 

 白骨(しらほね)の熱きを拾へり妹の一生(ひとよ)を畢へし熱き白骨
 自らに決断をして自らに襁褓をせんと夫言ひ出でき 

夜が来て朝が来てまた夜が来て命熄みたり夫の命が
 ケイタイの待ち受け画面に一文字に口を閉ざして亡き夫がゐる

このような歌を読むとき江さんは本当に強い人なのだと思う。
わたくしの賞味期限は過ぎたれど消費期限はまだまだ、まだです〉この歌のとおり、癌から快癒され、
まだまだたくさんの個性的な歌を読ませていただきたいと心から願っている。江さんにエールをお送りする。


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ものごとの本質捉へるまなこ欲しいつもはづしてばかりのわれは







by minaminouozafk | 2019-05-19 07:00 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)

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新しい元号が「令和」と決まった佳き日(4月1日)に、この記事を書ける幸せを感じている。「令和」、ちょっと懐古的で、雅な語感の新元号。出典が『万葉集』巻五、梅花の歌三十二首の序文「時に、初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」であることを知っていたく納得した。しかしながら、この序文のさらなる出典は、中国の詩文集『文選』(530年頃)ではないか、という意見も有識者から出てきている。出典を正しく記すことは、先人に対する畏敬を表することであり、学問を尊重することである。決して軽んじてはならないことなのだ。

 と、いうように出典の大切さをあらためて、私に教えてくれたのが、本書『斎藤茂吉研究」-詩法におけるニーチェの影響ー』の著者、前田知津子氏なのだが、ここで知る人ぞ知る、重大な事実を発表。

前田知津子氏って、実は、ちづりんだから。
つまり、歌人有川知津子だから。

 そう、われわれ「南の魚座」の巫女、実務の要、精神的支柱と、あらゆる意味で頼りにしているちづりんは、実は九州大学大学院比較社会文化学府日本社会文化専攻博士後期課程の単位を修得した、比較社会文化博士なのである。ちづりんのすごいところは、それを社会人になってから成し遂げたこと。元々は理系の薬剤師。しかし、ある時期、人を救うのは薬ではなく、芸術だと痛感させられることがあり、そこからこの道に進む決心をしたのだという。以来、長きにわたり、有川さん(落ち着かないけど、こう呼ばせていただきます)の精進の毎日が続いたのだった。

 当ブログ、水曜日の担当は有川さん。コンパクトで、しかも核心を衝いた独特の文体で読ませてくれる。白秋、茂吉、鷗外……、いわゆる巨匠を扱っても既視感のないオリジナリティ溢れる記事に仕上げてくる。その手腕にいつも驚かされていたのだが、なるほど、これは地力が違う。その短文をものする背後には、膨大な知の集積が存在していたわけである。

 さて、本書『斎藤茂吉研究ー詩法におけるニーチェの影響ー』であるが、研究叢書にありがちな、専門性が高いがゆえの表現の難解さが全くない。確かに膨大な資料を正確に扱おうとするために生じる回避不可避な手続きはあるけれど、それすら論の信頼性を高めている。今、私はようやく序章を読み終わり、(禁じ手だけども(笑))結章を読んで、「第一章 写生説の形成ーニーチェの芸術観の関与ー」に入ったところ。届いて四日でこれしか進んでいないのは、情報が盛り沢山だから。せっかく咀嚼しやすい文章で書いてもらっているのだからしっかり味わわないと……と、せっかちな私にはめずらしくゆっくり読ませていただいている。序章から、ちょっとだけ引用させていただく。

 ・本研究は、諸家の研究を踏まえつつ、茂吉における西洋という観点から、もっとも茂吉の精神的比率を占めた思想家ニーチェ(Nietzsche,Friedrich,Wilhelm 1844-1900)に照準を定め、その受容のあり方、すなわち茂吉においてはニーチェがどのように現れてくるのかを考究するものである。具体的には、茂吉の書いたものからニーチェに関わる文章や語句を抽出し、それを端緒として考察を進める。記されたニーチェの名前やニーチェに由来する用語こそ、「共鳴」の端的な痕跡であろう。(序章・6頁)

 この〈「共鳴」の端的な痕跡〉探しの旅は、多分、今でも続いている。究めれば究めるほど、開けてくる新しい荒野。儚げな、永遠の少女という外貌からは想像できない、ちづりん有川(有川さん、という呼称をここであきらめた(笑))こと、比較社会文化博士前田知津子氏の強靭な知の体力を感じた一冊、それが本書『斎藤茂吉研究ー詩法におけるニーチェの影響ー』であった。

*言わずもがな、ではあるが、本書は九大叢書。これは厳正な審査を通過した本にしか与えられない処遇。この一事をとっても、ちづりん有川の研究者としての評価をご理解いただけると思う。万事につけ、控えめなちづりん。余計なお世話と重々承知しながら、今回の上梓をみんなでお祝いしたかった。でしゃばってしまったら、ごめんなさい。


ちづりん、『斎藤茂吉研究ー詩法におけるニーチェの影響ー』、ご上梓おめでとうございます


   天平の梅花の宴にゆかりする御代に開かんあたらしき知を

   天平の梅を過ぎ来し東風ならん令和間近のけふを吹く風

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by minaminouozafk | 2019-04-02 08:15 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)


お蔭さまで、「水城」272号が出来上がりました。



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内から外から多くの支えをいただいて成った一冊です。それでもきっと、気づいていない支えも多いのだと思います。



「水城」には、巻頭詠の欄があります。通常の会員作品は5首ですが、巻頭詠は10首。2倍になります。この巻頭詠の評は、水城会員以外の、つまり外部の人にお願いしています。外部といってもコスモスという視点に立つと内部ですが。



前号の巻頭詠は、大西晶子さんの「よりくる秋」。作者らしい情趣の一連です。それに対する評として、本号は、田宮朋子さん執筆の「晩夏の想念」を掲載することができました。作品10首全てについて丁寧に論じられ、読むたびに自然と背筋が伸びてゆくような批評です。



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 ご縁があって、272号を手にしてくださった方、これから出会ってくださる方、こころよりありがとうございます。



  ガリ版のガリははるかなオノマトペわが手の生みしことなき音色



by minaminouozafk | 2019-03-13 06:48 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)