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カテゴリ:ブログ記念日( 35 )

ブログ記念日35

 今日はこの「南の魚座 福岡短歌日乗」のブログを始めて四回目の記念日。三年間途切れることなく毎日更新してこられたのは七人のメンバーと三人のスタッフのおかげだ。また読んで下さる方たちから得た力も大きい。続けて来られたことに本当に感謝する。


 それにしても年月の過ぎるのが速いとおもうこの頃だ。今年は北部九州では梅雨入りが記録的に遅く開けるのも遅かったので、盛夏になったと思ったらすぐに立秋を迎えてしまった。実際には当分残暑が厳しい日が続くと思われるが、そろそろ夜には虫の音が聴こえ始め、庭の柑橘類には青いちいさな実が育っている。千登世さんの1日の記事にも「夏の中に秋をみつけたよう」とあった。「夏果てて秋くるにはあらず。(中略)夏より既に秋は通(かよ)ひ~」は兼好法師の言。季節の移り変わりだけではない、社会の変化の兆しにも敏感でありたいと思う。


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花の未来図   大西晶子

すなどりて暮らす人らの村ありきビル蝟集するドバイに昔

目鯵など親しき魚を食べる人とほきアラブにあるを喜ぶ

ひまはりの大き花束かかへ持ち画室へ急ぎけんアルルのゴッホ

あさがおの小さき種は秘めもてり人知およばぬ花の未来図

おもしろく笑へるはずの歌を読みそのあと寂し夏の夜ふけて


朱   百留ななみ

祈りつつカーテンひらく田貫湖の朱金の富士とほんたうの富士

外つ国のキマダラカメムシ老木の染井吉野につどひあひたり

黎明の朱金のそらにみづうみにうす墨色の水無月の富士

朱のいろのさくらもみぢ葉きらきらしクマゼミつどふ梅雨のさくら木

ちやうちんの山笠(やま)の提灯ふたつみつカーブで消ゆる戸畑の祇園


Point of no return.   藤野早苗

清貧の聖者の御名を冠したる台風北上せり原爆忌

アマゾンを伐採しシベリアを焼き尽くしPoint of no return. もうここにある

生涯に男の子生まざりし口惜しさ夜蟬さわげばじんわり滲む

いちにちの栞と玻璃の急須よりほそく注ぎぬ水出し煎茶

うつかりに潜む本音の一夜干し 拡散シェア シェア拡散


借りつぱなし   有川知津子

電話なら糸でんわですあけぼのをひとすぢのぼる蜩のこゑ

こつちこそよ、と言ふ日は来ぬか三十二年借りつぱなしのばなな『キッチン』

をさなごの握りしめたるチョコレートつばさを持たぬものは溶けたり

こは釦きのこのやうで白ぼたん梅雨の月夜に見つけたものは

あるきたい気持ちになりぬもうずつと一人つ子なる母をさそひて


遠鳴き   鈴木千登世

巡り来る七十四年目の夏よ朝のからすの遠鳴きを聞く

雨垂れを聴きて眠れる雨の夜流れるものに眠りを委ぬ

水つかふ生活の音の辺を過ぎぬ百日紅白くひそやかな庭

南風(みんなみ)に緑の海が揺れる昼てのひら閉ぢてみどりごねむる

信号も人もかぎろふ街上を影濃く歩む今日八月忌


赤いくさぐさ   大野英子

忘れてはならぬ戦争、震災を遺すうたびとのそのこころはや

かたちからなのか気持ちが先なのか判らぬままの赤いくさぐさ

新しきワンピース着て歩きたし九十歳になつたわたしは

お隣りの赤子の泣きごゑ聴きながらわたしはみどりのいのち育む

クマゼミが鳴きだすときをけふひとひ乗り切るためのコーヒー淹れる


友といふ人   栗山由利

たちまちに時計の針を逆まはしできる人をり 友といふ人

喧騒はのみこまれまた喧騒となりてふくらむ上海の街

夏空へたかくとびたつ少年よ さうだ今から鳥になるのだ

さよならの涙をふいたハンカチでけふは笑顔のくちもとかくす

狗尾草(ゑのころ)がよんでゐるからさあ早くでておいでなさい そこのキジネコ


by minaminouozafk | 2019-08-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(7)

 今日は34回目のブログ記念日です。初心を忘れないために、と1ヶ月の間に発表した短歌作品5首一連をアップする目的でブログ記念日は設けられました。月1回なので単純に30をかけると、34×30は1020。最初の1月はまだブログ記念日が定められてなかったので、もう30日足して1050日。7人で交代しながら書き綴ってきて千日を超えた(ということは1000首を超える歌が生まれた~)ことに感慨を覚えています。

 私自身は少し遅れての参加ですが、今日で138回目の担当となりました。138もの記事を書くとは(書けるとは)……。一人では絶対に出来なかったことです。

 「読んでいます」の声が大きな励みとなっています。魚座の仲間が心強い支えとなっています。

 「量は質に変わる」という言葉が好きです。地道に続けていくことで育ってゆくものがあることを願って、日々の小さな思いを言葉や歌にしていきたいと思います。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 写真は以前にご紹介した源久寺の大賀蓮(古代蓮)です。咲きました~。2000年前の弥生の人も見た風景、はろばろとします。


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知ラセテネ   鈴木千登世

狐雨通り過ぎたる境内にあぢさゐ青き宇宙を起こす

上りゆく蜘蛛を仰ぎて上りたき心湧きぬ何に渇くか

知ラセテネ かすかに声の聞こえきて龍福禅寺参道緑陰

うつむきて咲く擬宝珠のむらさきのあはき憂ひに水無月の尽く

少女らは細い(おゆび)にひそひそと襞たたみたり夜をたたむがに


あしたも晴れる   大野英子

わたくしを鞭打つごとく枝を引くたびに雨滴を落とす老い梅

とろとろと夕焼けいろに煮詰めゆく梅、さうきつとあしたも晴れる

九尾狐にかすめとられた梅ならんわたしをあはく照らす月影

水無川さへ隔てえぬ夫婦なり詠んで詠まれて連れ添ふふたり

ふたりにはなれぬまままた夏が来てゆふぐれ寒きしちぐわつよつか


やはらかき声   栗山由利

語尾あげて「すいとうと?」つて聞いたとき猫はとほくをみる目をしてた

このごろはおきうと売りの声きけずおきうとに似たやはらかき声

ゆふぐれの鴉の声にせかされて出すひと足が大股になる

朝にいふ「いつてらつしやい」夜にいふ「おかへりなさい」で一日しづまる

かけまはり、たふれこみ、またかけまはり永遠のごとく青の時代は


夏の入り口  大西晶子

司生(ししよう)(むし)のをりし龍ヶ岳の麓なる職場で夫は日々老い人を診る

そのかみは三毛や白やと呼ばれけん鼠退治で斃れし猫ら

子と孫に送ると本の小包をかかへて歩く小雨降るなか

庭すみの小さき畑で生るきゆうり食べつつ夏はいまだ入り口

にがうりの苦実炒める日々つづき夏の暑さに肌が慣れゆく


葛原   百留ななみ

しかと見よゲンバクによるニンゲンのまつ黒焦げの爛れた顔を

窓ぎはの蚊取線香つけしまま網戸で寝ねけり 昭和の子ども

羽衣をなびかせ天女の降りたつや七夕真夜の余呉のみづうみ

月光のま葛が原で蔓先を天へと競ふ葛モンスター

踏みしだく人はゐないよあたらしきコンクリートの葛原の道


文学批評   藤野早苗

邂逅はヒガンバナ咲く長月の太宰府 幸ひ人をひた待つ

ストレスが具現化したる結石といふ医師の目のわが方に向く

吹き荒れてやがてあたらし火を三つもてるその風「飇」つむじかぜ

自分史を投影しない記さない「文学批評」その一の一

紫陽花の葉裏にひかるひとすぢの マイマイツブリ銀のアリバイ


月下の群   有川知津子

梅雨の夜は夢のつづきに降りやすしチョウチンアンコウのわれに会ふゆめ

樅の木よおまへはどこへ帰るのか冬ひとときを塵芥のなか

「厚狭」といふ地名のゆゑを調べんと書き付けおきし紙片がのこる

黒鍵に狙ひさだめて降るごとし人を送りしのちのゆふだち

手を振れば手をふりかへす仲間ゐて月下の群はまた歩き出す


by minaminouozafk | 2019-07-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(7)

 今年の北部九州の入梅は遅い。関東地方の方が先に梅雨入り宣言してしまった。けれど体感的にはしっかりじめじめしていて、もうすでに梅雨入りしていました……なんていうことがあるのではないかしらと思ったりしている。



 この時期になると思い出す。娘が生まれる前の年だからもう22年前。6月だった。インドネシアに出張だった夫がお土産に布をたくさん買ってきた。日本よりさらに蒸し暑いその国で出会った木綿の布たちは、すずやかで、素朴で、肌にも心にも優しかったのだそうだ。


 その布が更紗。異国情緒ゆたかな彩色と図案に私は一瞬で心をわしづかみにされた。梅雨期の、頭痛までするようなうっとおしさがたちまち雲散霧消してしまった。Sarasaというs子音の響きのすずしさもまた心地いい。テーブルクロス、ベッドカバー、パーティション……、もうすっかりこの布はわが家にはなくてはならないものになったのだった。


 そして、その一年後の暑い夏の日、思いがけずわが家に誕生した女の子に付けた名前が何だったかはもう言う必要もないだろう。


 先日、フェイスブックで知った展示会。舞鶴の「ギャラリー黒砂糖」でたくさんの更紗と出会い、また一人、家族を増やしてしまったのだった。



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髪ひとすぢ   藤野早苗

犬つれて雨後の町へと歩き出す幸ひ人にさいはひもらふ

床の上に発光しをりわたくしを離りてゆきし髪のひとすぢ

この一会おろそかならずうたびとのえにしに集ふ五月とある日

瞠いてつぶさにぞ見よいうきうと呼ばれしものの崩れゆくさま

入梅の報いまだなりアジサイの球花支ふるうなじ細くて


すてきな歌   有川知津子

まぼろしの鷲の翼をなぞりをり夏のほとりに立つ南部富士

きたかみ、と北上川の名を呼べばわが両耳は風にそよぐ木

チグリスとユーフラテスは出合ふときどちらが先にああ、と言ひしか

いつだつてそんなものです夢の中で作つた歌はすてきな歌で

海よりの風かがやかぬ曇り日に庭をあやしてゐるしやぼんだま


世界を旅する植物館   鈴木千登世

みづうみの風の吹き抜ける丘のうへ「世界を旅する植物館」あり

和名まだない植物の名をたどり森をめぐりぬ湿りを帯びて

水流を通して見つむ群青の闇に見えない星を見てをり

群青の夜のふところに息づけり水より()れし火の子ほうたる

水無月のみづの匂へる夜の田に老ごびらつふふつと眼を開く


洗はれる石   大野英子

とうめうの緑のつるののびやかさけふもこころとお腹を満たす

眼鏡ふと指でもちあげジョーク言ふ人せうねんの含み笑ひし

雨上がるわが誕生日、空よりも空美しき川面と出会ふ

せせらぎのながれに憩ひ洗はれる石となりゆくやうな一冊

漢籍に辿りつきゆくゆたかなる旅人、憶良をひもとく時間


「く」の字   栗山由利

教へてはもらはなくてもゴキブリを見て家猫はハンターになる

家猫をハンターにしたゴキブリののこつた脚はせつなく「く」の字

千年のみづの流れはゆるぎなし緋鯉の影を光にかくす

大海をみてきた鯛の眼球を大海をしらぬわれがいただく

それぞれに名前がありてそれぞれの個性きはだつ花も人らも


めぐみ   大西晶子

航海に長けし宗像一族の墳墓ならべり海ちかき地に

五世紀より眠る墳墓を去りにけむ死者のたましひ海に還ると

陽光のめぐみなるべし津屋崎の過去の製塩いまの発電

教卓の花瓶に紺のやぐるまぎく午後の教室ただ明るくて

無彩色の絵より聴こえてかうかうと雁がねの声絶ゆるなき声


朝の蛍   百留ななみ

あふぎみる若戸大橋 青空にカドミウムレッドの直線きらり

草つたふ赤き胸もつ甲虫は音信川の朝の螢よ

ホバリング止めいつしんに蜜を吸ふオオハナアブの縞々の眼

飛ぶことは無理でもちやんと生きること教えてください黒猫ゾルバ

〈高砂〉は住之江までの舟旅ぞはじめてひろぐ観世流謡本


by minaminouozafk | 2019-06-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日32

 立夏を過ぎ、木漏れ日が美しい季節になってきた。青葉がそよぐ桜の木の下に入ってみると、若々しい緑色のなかに一輪だけ、たった一輪だけの桜の花を見つけた。


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 春の忘れ物?桜のいたずら?

 こんな小さなことに心が惹かれるようになったのは、もちろん短歌のおかげに他ならない。さあ、もっともっと新しいことを見つけに出かけましょう!


 私たちの日々のつぶやきに、目をとめてくださる読者の皆様に心から感謝いたします。変わらない日常のちょっとした輝きを残していけたらと思っています。


可能性玉子   栗山由利

いつだつてグーしかだせない猫の手は片手でつつめるしあはせサイズ

をさなごがかかへる〈可能性玉子〉なかからコツコツつつく音する

「おいしい」を最強応援団にして立つお得意のキッチンステージ

ひとつぶの桜ん坊にひとつぶの光はぢける雨あがる朝

めざめどき忘れたやうな一輪の桜五月の風にふるへる


大内山   大西晶子

不動尊まつる御寺に咲くさくら大内山は紅き葉を負ふ

日々すがた変へる桜の大内山見るとかよへり婿がねのごと

さみどりの木の芽ひらくを待ちに待つ母の味なる木の芽和へ欲り

萩焼の椀の抹茶を飲むのみど触れてゆきたり花散らす風

コーランを聴きてそだちし猫たちが歩く街なり子の住むドバイ


芬陀利華   百留ななみ
さみどりのかへるでの葉つぱその下に紅点点花あふれて咲きぬ
八百万神おはしますこの国はみんなちがつてみんないいのだ
生年はグレースケリーと同じなり夫の祖父の歌集『芬陀利華(ふんだりけ)
潮音の黄華鬘草(きけまんそう)の径のはて向津具半島(むかつくはんとう)川尻岬
つやつやの蓮の浮き葉の池の面 真夏の(あした)〈芬陀利華〉咲く


をちかへるべし   藤野早苗

青白き灯にうづくまる品々の賞味期限といふ名のいのち

胸に手をあてて歌はん We are the champions. われらのアンセムとして

五百重波花弁かさねて牡丹は牡丹色の(くう)をいだけり

平成の三十年を費やして「気づきの短歌」成せる人あり

『八十の夏』『八十一の春』過ぎて歌人オクムラをちかへるべし


カプセルトイ   有川知津子

はなびらは一筆描きに消えゆけり春は軌跡のくきやかなとき

うつすらと埃纏ひぬひだまりのサプリメントの褐色の壜

犬と人、しばらくののち鳩が越ゆ落ちたばかりのくすの小花を

フェルディナンドの指をほどきてほらと置くカプセルトイのなかの月光

小雨ふる林のほとり人がゐて木を見上げをり木のやうな人


夏柑の実   鈴木千登世

我が庭は憩ひやすいか白花のたんぽぽぽぽぽぽ一列に咲く

初生りの夏柑の実を手に載せぬ我が産むもののやうに(むす)びて

二つ目の実は母猿にもがれたり夏柑の花ほのかに匂ふ

母猿よわが夏柑はすつぱいぞすつぱすつぱと子猿が泣くぞ

水と陽と風の集へる公園の守衛のごとし鋼のオブジェ


シロヤマブキ   大野英子

死者たちもあふぎ見るらん魂鎮めするごとく降るさくらはなびら

やはらかに柳わかばの枝揺るる川るいるいと花筏ゆく

葉桜にかささぎ一羽憩ひゐる園にやさしく降る涙雨

わたしここから生まれたのよといふやうにシロヤマブキのうへゆく白蝶

亡き母の誕生日過ぎ平成はおはりしづかに春の雨過ぐ



by minaminouozafk | 2019-05-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日31

 今年はお天気に恵まれたことで例年以上にさくらを楽しむことができました。入学式も桜日和で、咲き匂う花の下での入学は大切な思い出として新入生や家族の心の中に深く残るのではないでしょうか。

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 画像は、第2回目の批評会の時に龍福禅寺の参道でのもの。歴史ある建物は二の次にして「何の芽かしら」と皆さんで盛り上がったことは、ちづさんのブログに紹介されました。あれから2週間、再び龍福禅寺を訪れると、柔らかな緑の葉をふわりと広げていました。

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 もうこの植物の名前がおわかりの方がいらっしゃるかも知れません。あとしばらくで花が見られそうです。(その折りにはまた、ご紹介しますね。)
 花の芽がしずかに葉を伸ばした2週間は、新しい時代への期待を感じる時でもありました。
 新元号が公表されてからの世の中の動きを思う時、(新しい)言葉が生み出す力をしみじみと感じています。南の魚座は今日で31回目のブログ記念日を迎えました。4月から学生となった早苗さんを初め、第3号に向けてメンバーそれぞれが思いを新たにしています。時代の変わり目の今、言葉に携わる者として、目の前の現実を見つめ、たどたどしくても自分の表現を探ってゆきたいと思います。

 いつもブログを読んでいただきありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

辛夷咲(ひら)けり   鈴木千登世
四十年後もわたしを温むる下北の旅のこたつと番茶
まつさらな時を包める花苞の白のさやけさ 辛夷咲(ひら)けり
歌を詠み読む楽しさの中にをりしんと澄みゆく眼を見つつ
先駆けて咲く一輪を仰ぎたり若き日ともに若かりしさくら
いつか読む書物の中で眠りたる滋味あることば迎へにゆかな

春へいざなふ   大野英子
肥後椿のつぼみまあるく膨らんでうたつてゐるよ肥後手まり歌
〈戦(ソヨゴ)〉とは書いてはならず朱き実が小鳥寄らしむソヨゴは冬(ソヨ)青(ゴ)
わたくしを春へいざなふ海風とたいやうそしてちづりんのこゑ
芽吹く木を愛でるうしろのかいだんの上からのぞく猫と目が合ふ
青空を背負ふ白猫とんきやうな顔をしてゐる春まつさかり

「よーいドン」   栗山由利
競ふなら自分自身と「よーいドン」 遅くたつてもかまはないから
約束は自分としよう 緑風に吹かれながらの漓江下りを
たちまちに薄紫のヴェールぬぐ春はをとめのほほえみのごと
見覚へのある漢字あり「文選」のなかの人らがすこし近づく
いにしへの人らが愛でし桃の花とほきかをりを古書がしらせり

鎮国寺の春   大西晶子
樹には樹の都合あるらしそれぞれに時たがへ咲くオガタマの樹々
ナンクロの文字ひとつ得て紐ほどくごとく解けたり残る三文字
花のもと野立ての茶会する人のありて楽しも鎮国寺の春
逝く時を具現するかに散るさくら野立ての茶碗に落ちるもあらん
おむすびを食べて眠れるをさな児はさくら咲く空飛ぶ夢をみる

背表紙のうら   百留ななみ
やはらかき水とひかりに濯がるる粗き砂子をてのひらに乗す
にぎにぎしき馬関の醤油に迷ひをりとろとろ甘露、うまくち、あまくち
繍仏は糸のみほとけカイコガの繭は一本の長き糸なり
天平のをみなのつどひ針刺しけり糸のみほとけ當麻曼荼羅
あのひとの文字の愛の詩 色褪せし亀井勝一郎の背表紙のうら

まんづ咲く   藤野早苗
黄の花は春のさきがけまんづ咲くマンサク繊き花弁がおどる
不条理は条理のごとく紛れこみ役に立たない「物見の塔」よ
二次元の中の多次元 生まれては消える蜥蜴のひとつため息
天平の梅を過ぎ来し風ならん令和間近のけふを吹く風
遅すぎることなどないよ 散り初めのさくらの下をゆつくり歩く

令大太宰府キャンパス   有川知津子
五十年生きたからだを運ぶとき宿り木をやどす一樹尊し
ガリ版のガリははるかなオノマトペわが手の生みしことなき音色
ぐるんぐるん転がつてゆくエッシャーの〈でんぐりでんぐり〉命なりけり
賭けました令大太宰府キャンパスの自販機で買ふ富士山の水
カリカリがただぱらぱらとあるばかりただぱらぱらとカリカリがある


by minaminouozafk | 2019-04-11 06:07 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日30

 ブログ記念日も30回目。そういえばホークスも福岡移転30周年。平成も30年ちょっとで新しい元号に変わる。30年はちょうど一世代でもある。ブログ記念日はひと月に一回だから30か月。

 今年も三月の瀬戸内海の島巡りをした。小さな島の樹々はあまり人の手が入ってない雑木林のままだ。朝の小径にはまだまだ練習中のウグイスの声がひびく。シジュウガラやヒヨドリ、ヤマバトも鳴いている。日の出前の入江から小さなフェリーが出ていく。春はあけぼの。少し肌寒い空気が心地よい。白梅もまだ残っている。濃い桃色の莟は緋寒桜。その向こうに満開の桜が・・・近づくと椿寒桜と書いてある。椿が咲く頃にさく寒桜ってことかしら?なんだか春気分。いつの間にか明るくなった空に三日月が残っていました。染井吉野の莟も大きくなっている。

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 いつもブログを読んでいただきありがとうございます。混沌の時代ですが少しずつ何かを発信できたらと思います。これからもよろしくお願いいたします。

たまむしいろ   百留ななみ
あふれ咲く馬酔木の花のももいろを夕べの風にひとつ放てり
レバノンの映画のあとに島国のたまむしいろも宜しと思ふ
白黒もはつきりつけねど嘘もつけぬたぶん化石になれないだらう
ふわふわのたまごサンドの耳を食ぶやはらかきこゑ天降る夕ぐれ
天馬門の阿吽の木彫りの馬の顔あふぎて入る本覚寺院

AY―OH   藤野早苗
春の陽にあたためられてぶるぶるる 猫エンジンは全開である
人族の五倍速にて加齢する猫よ弥生の日差しにねむる
わたくしをスキップしたり若草の萌ゆる指輪は義母から吾子へ
成人となれる娘の指に差すGood Luck を宿せる石を
かの夏のCall and Response AY―OH に揺れるアリーナ十万人が

行きてあふ   有川知津子
行きてあふ雪の降る日の日本海うばたまのくらきおもてをひらく
ほろ苦きものよとりわけふるさとの岬なだりに咲くふきのたう
くれなゐの胡頽子を恋ほしみかぞへたる茂吉をおもふ少したのしく
校庭のまなかに立てば古き地図壁から剝いだやうなゆふぞら
白秋の引つ越しの道おほまかに辿りゆきたり地図にピンして

虹彩(アイリス)   鈴木千登世
人生を大肯定せようつそみは虹彩(アイリス)と呼ぶ虹ふたつ持つ
田鶴をらぬ海光の町を行き過ぎぬいしぶみと海をカメラにしまひ
遣新羅使雪宅麻呂の見し海のきららの海に魚跳ねやまず
わつと春が押し寄せてくるにぎわひのひなもん垂るる町の如月
伝説のシュー・アラ・クレーム頬ばればこどもの頃の私が笑ふ

ひかりのとき   大野英子
曇天の下にしらうめふふみゆく乾涸びながら苔生す古木
おひなさまをかざりてをりしはいつまでか帰つてこんねといふ母もなし
めじろ二羽しらはな散らし雪かづくやうに苔生す古木はなやぐ
みどり濃き筑後平野のまんなかで白黒の猫むむ、いきんでる
きみの笑顔を思ひうかべて待つてゐる五月まばゆきひかりのときを

ひなた猫   栗山由利
描かれたペンギンママのまなざしはひとしくおなじこの星の愛
をさなごの大きな前歯が人参をカリポリかじれば陽射しがわらふ
三月の風がつれだす釣り人と河原のベンチで昼寝する人
子育てがおはりてのちの猫育て 算数、国語は教へないけど
ふくふくとふくらむ春がはじまつて猫ふんわりとひなたにまろぶ

豚の笑顔   大西晶子
訪れのすくなき孝子正助の廟に冬の陽ふかくさしこむ
虫の目で見る菜の花はいかならん紫外線をも見る複眼に
十二支に ゐのししあるは異例にてアジアのくにぐに豚年を祝ふ
春節のシンガポールを歩きつついくども出会ふ豚の笑顔に
沈丁花にほふ夜更けを日野冨子は燭の灯のもと銭かぞへけん



by minaminouozafk | 2019-03-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日29

 年明けの一月。やはりあっという間に行ってしまった。今年はほとんど雪を見ることがないうちに立春。あちらこちらで春が生まれている。おとなりの長府庭園では蕗の薹、土筆までのぞいている。さくらの芽鱗も小豆色にふくらんでいる。

 花のころになると石原吉郎の「花であること」の詩をおもう。はじめて読んだ時もとても良いと思ったが、難しくてちゃんと解釈できなかった。石原吉郎は7年間ものシベリア抑留体験をしている。そのなかで生き残った感慨。〈花ひらくごとき傷もち生きのこる〉詩人であるが、俳句も短歌も遺している。最近、出会った彼の俳句。花がひらくのは歓びだけではない。傷つきながらひらくこともある。

 ブログ記念日も29回目。あらためて時間とは小さな欠片が積みかさなっていくものだと思う。読んでいただいている方に感謝です。それぞれの人生、いろいろな傷をもちながらも愉しみたい。

 古い楓の大木。プロペラの種が残っている枝には紅色の葉っぱのふくらみが・・・葉っぱにも莟がある。

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ふつくり   百留ななみ
おかへりと五十五歳のしたごころをふくらませゆく窓辺のひかり
乃木神社うらの土塀の崩れたり豪雨後百日じわりじわりと
絵あそびあり文字あそびあり反骨の宮武外骨よみがへるべし
佳きことば佳きメロディでふくふくの身体に入れる冷えた葡萄酒
姫コブシのつぼみふつくりリモコンのほこりきはやか二月のひかり

初期化せよ   藤野早苗
いそのかみ古るうつそみを初期化せよ ファイトケミカルスープを掬ふ
幾重にも絹をまとひてあした咲く蕾のやうなわたしとなれり
百年の時空を超えて神楽坂ためいき重き白秋に会ふ
創造の名のもと破壊を繰り返し自己破産するほかなき地球
真理にはとほく空目と空耳のうちに忸怩と過ぎんか一生

屠蘇延命散   有川知津子
この人のおだしき貌を見よといふ《受難》描きてジョルジュ・ルオーは
どれくらゐ違ふ高度を行くのでせう見上げれば空に消える十字路
遠くより手を振るひとに手をふりて夕暮れ五時の日本橋なり
祖父に似る母とならびてきざみをり屠蘇延命散儀式のごとく
銀漢にアルゴー船を舫ひたるひとをおもへば春のあけぼの

ぢよきぢよき   鈴木千登世
作らない日はさみしいと言ふ声に振り向けば知らぬ顔のさざんくわ
ぢよきぢよきと切り抜いてをり 結局は言葉なのだわたしの欲しいものは
たどたどしいことばで愛を告げたなら君は応へてくれただろうか
冬の陽の温みを受けてある生の窓辺にきんをこぼす蠟梅
くるぶしに春は訪れ街を行く少年少女の軽きステップ

黒ネクタイの紳士   大野英子
楼門のはだへに触れてじつと待つ過去世と未来世ゆきつもどりつ
それぞれの過去を灯してあたたかな歌ありそつと付箋をはさむ
晴れをんなのわたくしけふも申し訳けなく外出(そとで)する春をさがして
雪解けのひかりのなかに飛びたたん雛のまとふ唐(から)衣(ぎぬ)の鶴
四十雀の黒ネクタイの紳士来てフウの実につと口づけをする

しあはせサイズ   栗山由利
「三都賦」を学び来し子の十年を重くきざんで背表紙の金
デジタルの器械にまでもみえをはり年齢設定五十といれる
平成の最後をかざるお年玉切手シートの猫まねく福
冷えた手につたはるうどんのどんぶりの温さがちやうどのしあはせサイズ
歳の数まつすぐならべた福豆の二十粒目をしつかりと噛む

色絵の小皿   大西晶子
このひろい海に結ばれへだてられ近くて遠い隣国とふ国
ヒートテック下着で冬に汗をかくわたしにくださいメロンのアイス
水鳥の足掻き思はす漫画家の細字で埋めた創作ノート
口きけば何をかたらん窯を出て四百年経る色絵の小皿
大鷲!といふ声に見る高き木をつばさひろげて飛び立つ一羽

by minaminouozafk | 2019-02-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(8)

ブログ記念日28

 今年最初のブログ記念日です。
例年通り、三日に太宰府天満宮へ出かけました。これまでは混雑を避けて横道から本殿に入り参拝をしていたのですが、心字池に架かる三つの橋を渡ることで、邪念を捨て心身ともに清められることを思い、参道から人波に揉まれつつゆるゆると歩きました。
 楼門辺りで進みが止まります。そこで普段はじっくりと見ることもない楼門を見上げ、注連縄の上の隠れミッキー!?のようなハートのマークや色鮮やかな梅の彫刻を眺めていました。

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        楼門のはだへに触れてじつと待つ過去世と未来世ゆきつもどりつ

 おみくじは吉。
内容よりも、目がゆくのは書かれる和歌。

   海ならずたたへる水の底までも清き心は月ぞ照らさむ
                     菅原道真

さすが、天神様。大宰府に配流されたときに自らを慰めて詠まれたものですね。
「清き心」を忘れないよう心にとめて置きたい一首です。
 みなさまにとって今年が善き一年でありますように。


けふのはじまり   大野英子
草木愛でぐんまに地上根張りて生きゐるひとを嘉せよ冬陽
皮を剝く刻む合はせる火にかける水躍り火沸き楽しく料る
波羅蜜の若きこゑするざらざらと手触り粗き小冊子のなか
冬暗き門の花壇に残照のごとわたくしを待つちさき花
あらたまの朝日を背に草を抜くいつもとかはらぬけふのはじまり


七色十色   栗山由利

南国のぬくみをぎうとつめこんだ金柑ばうやにあへる年の瀬

ジコチューで狗尾草(ゑのころ)が好きでツンデレの猫 あら、これつて私とおなじ

ころころと猫がころがす玉のやう七色十色のをみなごの声

ゆく年を三日のこして紅葉ちる名残惜しんで手をふるやうに

つつみこむ手にやはらかき温もりのをさなの頬はつきたての餅


七草   大西晶子

思はざる指の鈍さに焦りつつ薄き紙折りリースをつくる

豊作と豊漁ねがひテグス巻く注連縄に白しあたらしき紙垂(しで)

大陸の知識と物と国難を運びし玄界けふ波高し

垂れこめる雪雲と海のさかひめを奔り抜けたりウィンドサーファー

七草をたたきて粥のしたくせん唐土の鳥のわたらぬうちに


朱き金いろ   百留ななみ

玉鋼を造りつづくる人に会ふまへに亀嵩駅で蕎麦食ぶ

木製のでんしんばしらのてつぺんでサンタクロースは休らひてゐる

きらぼしのかたまりなるや朝日子に屋上の鷺は朱き金いろ

みづいろの空くろき驢馬モロッコを描きし香月のリトグラフ買ふ

朝日子を持ち上げ二羽の蒼鷺は朱金の帯の金銀砂子


ニューホライズンズ   藤野早苗

あらたまの年のはじめの杣道のどんぐりごろごろでんぐり返し

五十六まで生きたから信じてるサンタクロースは必ずゐると

美ら海に投じる土砂の黒々と ワレワレハモウヒキカエセナイ

太陽系外縁目指しイアソンのごとく旅するニューホライズンズ

六本の弦で宇宙を創造す天文物理博士(アストロフィジックスドクター)メイは


紅花襤褸菊   有川知津子

極月の箱の底より出で来たるフロッピーディスク一枚しづか

五島産飛魚(あご)の日干しが並びたり歳晩の博多阪急地階

かのやうにならんとおもふ気丈なる祖母ふたりより名まへもらひき

一塊の緑さゆらぎほころびぬひとつひとつの樹木の素顔

うつむくはこの花のいろ元朝の曇りのもとの紅花襤褸菊


ゲルマンの星   鈴木千登世

水面に散り散るもみぢ散りもみぢ真鯉を撫でるてのひら無数

むぎわらの星を吊しぬゲルマンの祈りの星は麦にてつくる

ハイテクの器械に疲れいやされて仰ぐ夜空に三つ星光る

嬰児の声にいのちのふくらみて藍の蕾を置くいぬふぐり

見廻り君見守り君とあだ名する猫入れ替はり来る春の庭


by minaminouozafk | 2019-01-11 09:05 | ブログ記念日 | Comments(6)

ブログ記念日27

 二週間くらい前になるのだろうか、丸善ギャラリーで北欧のクリスマス雑貨マーケットを開催していた。充実してはいるものの、あまりの忙しさに疲弊していた私はついふらふらと会場に入ってしまったのだが、瞬間「あらっ?」と驚いた。そこにはどう見てもスタッフとしか思えないお二方が値札付けをしたり、販売用の北欧産の布を切り分けたりしていたからだ。「え、まだ開店ではなかったのかしら?」怪訝な顔であっただろう私に頓着することなく、作業を続けるお二人。まあ、いいか、と展示会場内所狭しと置かれた北欧雑貨を堪能。どれもみなほっこりと暖かい。

 新品ももちろんあるが、味わい深いのは圧倒的にアンティーク。中には今となっては珍しい刺し子のタペストリーがあり、しかも信じられないくらい安い。あまりにも驚愕してしまったので、その訳を聞くと、50年以上前、北欧のおばあちゃんたちが冬の手仕事で自分たちのために作った品々が今、代替わりするタイミングで若い世代の人々から放出されているのだそう。それを残念に思ったオーナー(現地在住の日本人女性)がそうした品を買い集めて、価値を理解してくれる方々にお分けしたいと思ったのが、この仕事を始めたきっかけとのこと。なるほどなあ。往復の旅費とか、送料とか考えたらこの価格では利益は見込めないはずだ。商売として考えた場合、この企画展の評価はなかなかリスキーである。

 でもこの人の幸せそうな表情はなぜなのだろう。人生の豊かさを信じているこの安らかさは何なのか。その秘密を知りたくて、つい件のタペストリーを買ってしまった。その日からなんだか居間が暖かい。


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件の刺し子のタペストリー。
細かな細かな手仕事です。


 みなさまのおかげをもちまして、「南の魚座 福岡短歌日乗」、27回目のブログ記念日を迎えることができました。2018年、もうすぐ終わりますが、当ブログはまだまだ続きます。今後ともよろしくお願い申し上げます。



山霊のこゑ   藤野早苗

切支丹でうすの魔法 女子高生が西鉄電車で公彦に遇ふ

レコジャケの裏なる小さきクレジット NO synthesizers 女王の誇り

秋深む宇津ノ谷峠たづねきてうつつにぞ会ふ山霊のこゑ

宮仕へかこつ日記をものしたるうたびと明き月仰ぎけん

めくる手の時に加速し停滞し『明月記を読む』未読了なり


見えぬもの   鈴木千登世

手をつなぎ園に入りゆく二人子のちひさき決意秘めたる背中

うつすらと色づき一気に変わる葉の紅葉が照らすこの世さゐさゐ

蔦の道歩くを思ひ週末を思ひ仕事の日々暮らす

少しづつ目鼻のちがふ雛たちがほのほのと笑む微笑(みしょう)曼荼羅

ぼんやりと見ているだけでは見えぬもの冬の海へと参道は伸ぶ


銀貨   有川知津子

コスモスの花のあはひを(くだ)りゆけりときをりせせり蝶を立たせて

人形にひとみ点ずるたまゆらの記録遺りぬ国宝なれば  *「鹿児島寿蔵の人形と短歌」展

祈りとは灯をともすことともしびに暗くかがやく当麻曼荼羅  *特別展「浄土九州」

すなはまにうづもれてゐる秋の壜ひとの伝言いづこへゆきし

敷石にささる銀貨に入りゆきいのちは羽根をうごかしはじむ


母のほほゑみ   大野英子

蚊が住みて汚れちまつたわが視界羽音せぬこと良しとうべなふ

錦秋(きんしう)の深まる山路をひとびとの孤独を乗せてゆく墓地のバス

わたくしを抱くやうなる四つ塚の冬の陽ざしは母のほほゑみ

初冬の陽のぬくとさにふふみたりイヌマキの実と冬苺の実

傘寿すぎし夫婦が育て摘むといふ山肌を這ひ昇るみかん園


いちやう落ち葉   栗山由利

平積みの本よりゆかし店奥の書棚にならぶ文字のつぶやき

ぐぐぐつと押し込んできた白黒の鉢われ猫が胸に住みつく

いつぴきがくわはりかはる関係をたのしむ私もかはれるだらう

煽られていちやう落ち葉が道わたる人を追ひこす師走の風に

舗道脇に散りしくいちやう落ち葉踏み足につたはるあたたかさ聴く


一反木綿   大西晶子

日本の山野やせたり月の夜に遠吠えをするおほかみ失せて

貼り換えのすみたる障子しらじらし子と孫去りし部屋に陽のさし

風にのりアラビアへ飛べ置き去りにされて寂しき一反木綿

母の住む博多に帰省するたびに寿蔵を迎へきあかつちの山

鍵盤をはしる手待ちつつねむりゐん博物館のピアノの無音


ほんの一片   百留ななみ
ブルーシートが黄金(きん)の公孫樹の背景なり日田彦山線の代行タクシー
蒼空の碍子の白のきらきらし知つてることはほんの一片
赤も黄も黒も晴れやかモロッコの香月泰男の砂子のひかり
モドキとは似て非なるものちちちちちクダマキモドキは控へめに鳴く
駅までのてんじんさまのほそみちは休日なれど人影まばら


by minaminouozafk | 2018-12-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(7)

ブログ記念日26

今年はオガタマノキの実の成長に興味を持って、宮地嶽神社に何度か見に行った。最後に行った時に実の中に朱色の種ができていることが分かったが(当ブログ1028日)、さてその後どうなったのかが気になり先日再度見に行った。


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枝には実がまだ少し残っている。先月来た時にはピングが美しかった皮が裂け、中の種が直に枝に付いているように見える。皮はまだ色が残っているものもあるが、乾びて茶色になったものある。樹の下の砂利の上には茶色の皮(殻)と朱色の種が点々と落ちていた。命をつなぐ樹の仕事はひとまず終わったと言えるだろう。

オガタマノキの3月の花から実が裂けて種を落とすまでにブログ記念日が7回過ぎて今回で8回目になる。季節が移り変わっても途切れることなく続くこのブログ。樹の営みに似て一つずつ重ねていく文章と写真。これからも大切に続くことを祈っている。


鹿児島寿蔵展   大西晶子

泣き顔と笑顔とふたつ面持つ寿蔵の人形は銘「両面童子」

「南海の夢」とふ人魚の人形あり尾を机にし香炉の香きく

朱の種をオガタマノキははぐくめり花のごとかるももいろの実に 

若かりし江口章子の写真にて一途さあらはな真黒きひとみ

堀の面の空とやなぎをゆるがせて曲がりゆきたり空どんこ船


くぷくぷ   百留ななみ

モノクロのドット紋様がキュートなりアサギマダラの蜜を吸う顔

この夏に乗りし線路をゆつくりと色えんぴつで白地図に描く

碧翅の花粉をはらひハナムグリ 放物線で朝空に消ゆ

クリークに生まれ流れて消えそしてまた()るる(せい)くぷくぷとあり

新入りの朱き鯉の子つどふなか鯔の子たちは機敏によぎる


クロノスの鎌   藤野早苗

花よりももみぢことさら身に沁みて五十六歳さくらを見上ぐ

胸の鳩とうに飛び立ち背に猫首に猪を飼ふ齢となれり

切り結ぶ覚悟はあるか 咽喉元にクロノスは鎌押し当てて問ふ

言の葉の種を蒔くべしかなしみに耕されたる胸の沃土に

牧水の恋の顛末読む夜の闇は凝れり蜜の重さに


水城   有川知津子

かたかたと秋のかぜ吹き虫籠の蟬のぬけがら崩れはじめる

鷗外の憩ひし縁に坐してをり風のすがたのあらぬ秋の日

野茨の秋のいばらをくぐり来て革命のごとく夕顔ひらく

あきざくら群れて咲きをりいにしへの人の願ひの〈水城〉のほとり

大いなる〈水城〉のことを話さうか余談の好きな生徒のために


とんからり   鈴木千登世

伏し目して夕影見つむまなざしの深く澄みたる女院と思ふ (永福門院)

鶴女房には遠いけどとんからり風の糸にて筋雲織りぬ

海を渡るてふてふの()を香りなき匂ひで誘ふ花藤袴

木に冬と書けばひひらぎまだ固きつぼみの中に風の子眠る

身にいくつ金属を埋め生くる生さびさびとして五十も半ば


赤い魂   大野英子

歌会をふたり小声で語り合ふ機窓のあをぞら闇となるまで

ただ一度訪ひし日向にワープするまだ父母が待ちゐしころの

ほろほろと朝露こぼす秋の風首に冷たく蟻はもうゐず

ブザー音鳴り、進行表めくる手が少し震へてやがて開会

背後から聞こえるうんちくまた楽しぶわつとあがる赤い魂


花かんざし   栗山由利

手入れせぬカボスを無農薬と言ひおすそわけする ありがたきかな

朱の鳥居くぐるをさなの桃割れの花かんざしに秋の陽とまる

花の香がほうとひらいて菊花茶のわうごんいろを透ける秋の陽

弾けとぶ声なき午後のキャンパスに蟬声だけがながく尾をひく

うけついでひきわたしてゆく人たちの知識のたすきの古書の香をかぐ


by minaminouozafk | 2018-11-11 06:00 | ブログ記念日 | Comments(7)