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青海波  鈴木千登世

以前に父方の祖父が漁師だったと書いた。母方も山陰の出身で海とはゆかりが深い。夏休みは決まって祖父母の家を訪れ海で泳いだ。山陰の海は磯が多く、岩場をたどりつつ、なぞりつつ泳ぐ。油断していると波に弄ばれ、岩にぶつかってしまう。波の動きを予想しながら岩の間をゆるゆると泳いだりもぐったりして、飽きると岩にのぼってひなたぼっこしていた。



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「青海波文」という海の波のうねりをかたどった伝統模様がある。

「同心円の弧を鱗状に並べた日本の文様。古墳時代の女子の衣服に描かれ、平安時代の十二単の裳や小袖に用いられた。まだ舞楽の『青海波』の衣装にも使われたため、この名があるといわれる。(後略)」『ブリタニカ国際大百科事典』この青海波文に似た幾何学的な波の模様は中国や、中央アジアにも見られるという。



『源氏物語』の中に18歳の源氏が、朱雀院行幸の試楽(リハーサル)として頭中将ともにゆったりと袖を振りながら舞楽の青海波を踊る印象的な場面がある。そのことについて調べていたとき、ネットで「青海波」を検索したところ思いがけずブロック塀の模様にヒットした。


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           このような模様をご覧になったことはないだろうか。



ブロックのような無機質なものにまで「青海波」というゆかしい名の模様を入れて海を表さずにはいられない、この国の、海へのあこがれを思う。しかもこの「透かしブロック」(と呼ばれるらしい)のデザインにはさまざまなバリエーションがあって奥が深いのである。(たくさんの画像が紹介されていて驚くばかりである)影響されて、街を行き来する度に目が止まるようになってしまった。



海の国日本にあればうすずみのブロック塀に寄る青海波


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by minaminouozafk | 2018-04-19 06:00 | Comments(6)

玄関ホールの階段の踊り場に、小さな虹を見つけました。

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……七色あるかな?

でもそもそも、虹は七色って決まっているわけじゃないってご存知でしたか?

アフリカのアル族は八色、アメリカやイギリスは六色、モンゴルでは三色、南アジアのバイカ族は二色だと思っているらしい。


色名のない色は見えない。

言葉が認知を促すのですね。

面白い。


因みに、この虹の七色「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」を日本では、「セキ・トウ・オウ・リョク・セイ・ラン・シ」と覚えますね。

英語圏では、Roy G.Biv(ロイ ジー ビヴ)と覚えます。

red  orange  yellow green  blue  indigo  violetの頭文字をおしゃれに並べたわけですね。なるほど。


七色と言えば、われわれ「南の魚座」も七曜制で七人七色。で、先日発行した一周年記念号をお読み下さった水上比呂美さんから、こんなすてきな手作りコラージュが届いたので、ご紹介いたします。(できるだけ虹のスペクトルに近い配色で並べてみました。)

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水曜日担当ちづりんこと
有川知津子
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木曜日担当ちーさまこと
鈴木千登世
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火曜日担当
藤野早苗
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日曜日担当晶子さんこと
大西晶子
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月曜日担当ななみさんこと
百留ななみ
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土曜日担当ユリユリこと
栗山由利
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金曜日担当英子さんこと
大野英子
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顧問ひろりんこと
辻本浩
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IT管理部長クリクリさんこと
栗山貴臣


比呂美さん、ありがとうございます。

一同、大喜びです。

(マネージメント担当のひろりん、クリクリ両氏のコラージュ作品も紹介。)


追記 :先ほど、なかむーさんからコラージュが届きました。七曜制七人七様の当ブログを語り尽くした作品一首。さすが広報部長、いい仕事してます。


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広報部長 なかむーこと

中村仁彦


こんな、心のこもった贈り物を思いつく人になりたいなあ。



   晩春のひかり玻璃戸を抜けるとき壁に生れたりIrisの子ども


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by minaminouozafk | 2018-04-17 00:30 | Comments(7)


あちらからもこちらからも黄緑色の紅色の芽が湧いてくる。木の芽の季節。


気持ちの良い天気の朝。いつものように忌宮神社の拝殿に手を合わせ、ふと石段の下の手水舎に・・・



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鳩、鳩、鳩。いつも境内には鳩がたくさんいる。いっせいに翔び立ったり、何かを啄きなから土のうえを歩いたり、ぺたっと座り込んだり。


   

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今朝は春爛漫の水浴び日和。水辺?に集合している。

境内の水辺とは・・・実は昨年の公孫樹が黄金色の葉っぱを落とす秋晴れの日に同じ光景を見たことがある。


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手水舎の水は人が近づくとセンサーが感知するのか、自動で水がでる。手水舎の排水を気にしたことは無かったが、いっぱいになると捨てなければならない。そこでお宮のどなたかが考えられたのだと思う。手水舎の下からの排水は竹の樋をとおって、畳一畳ほどのプラスチック製の箱へと注ぐようになっている。プラスチック製の箱は鳩のプール、エコな御神水の楽しい再利用だ。


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冬のあいだもプラスチック製の箱はそのままあった。初詣で手水舎の利用も多かったと思われるが、鳩たちはたぶん水浴びをしていなかった。もちろんずっと見ているわけではないから断定はできない。

にんげんも水浴びしたくなるような陽差し。なんとなく鳩と心が通じ合ったようでうれしい。


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しばらく見ていると大胆にプールに突っ込んでいく鳩、恐る恐る片足ずつ入れてみる鳩、ちょっと遠くから眺めている鳩。順番じゅんばん守っているのかしら・・・もう少し長い間観察をしたらいろいろと面白かったと思う。


 この春は足早に通り過ぎていく。藤の花も咲き始めたが、大好きな鬱金さくらはまだ美しい。


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手水舎の水の再生エコ利用つばさをひろげ水浴ぶる鳩





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by minaminouozafk | 2018-04-16 07:00 | Comments(7)

大内山

宗像大社の近くに鎮国寺というお寺がある。山腹の小高い所にあり、宗像大社と釣川をへだてて向かい合うように建っている。このお寺の縁起には弘法大師空海が登場するスケールの大きな物語があり、神仏混合の時代には宗像大社の社寺だったとも聞く。
 

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                                        鎮国寺境内から


地元ではこのお寺は花の寺として親しまれている。特に桜の時期には数多いソメイヨシノが一斉に咲き、お花見の人で境内がいっぱいになる。ソメイヨシノが散ったあとで山桜や八重桜が咲くのだが、その中でも葉と花が同時に見られる〈大内山〉という桜に惹かれる。



濃い臙脂色の若葉と白い花の対比がくっきりした満開時がそれは美しいのだけど、若葉はすぐに成長し色がうすれてしまうので、見ごろの期間が短い。前回鎮国寺に行ったのは3月末。枝垂れ桜やソメイヨシノが満開だったが、大内山は蕾が硬かった。しばらく多用でわすれていたが近くまで行ったついでに寄ってみたら、葉はもう少しで緑色になりそうな明るい飴色、花は散っていた。前に来てから2週間も経っている。いくら遅咲きの桜でも行くのが遅すぎたようだ。

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                                        花の終った大内山


しかしこのお寺には、いつもなにか花が見られるように種類多く花の木が植えてある。今回は見事な八重桜に迎えられ、あまり予想していなかった石楠花、牡丹、躑躅の鮮やかな色も楽しませてもらった。



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〈満開の大内山を見る〉ことを、来年の春にするべきこととして、手帳の予定欄に書いておこう。来年は大内山の一番きれいな時に見に行かなくては。来年まで元気で居なくてはならない理由がまたひとつ増えた。

     うかうかとしては居られぬ人、花に盛りのときはたちまち過ぎて







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by minaminouozafk | 2018-04-15 07:00 | Comments(7)

 通勤に使っているバス停が10メートルほど遠い場所に移動していた。それほど余裕をもって行動しているわけでもなく、一昨年からの脚の不調で歩くことをできるだけ避けたい私には、その距離でも負担に感じられ、朝からプンプンとした気分になっていた。

 しかし、バス停が移動していたのは、本来のバス停の場所を歩道側に入れ込みバスが停車する際に車線を占有しないようにする工事のためで、その10メートルの工事区間に置かれていたのはなんと可愛い長い睫毛のピンクの作業服姿の女の子のガードだったこともあり、朝日を受けて整列している様子が少々お疲れ気味な私に、気持ちのいい「いってらっしゃい」を言っているようにも思え、少しばかりプンプンが収まった気がした。


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 そういえばこの工事用のガード、以前は黄色い作業服のおじさん(お兄さん)が主流だったが、いつの頃からかお猿さん、カエル、キティちゃんなど種類が増えてきて工事現場の素っ気ない風景を少しばかり和ませていた。そんな中でも、このピンクのお嬢さんガードは目を引いた。

ここにも男女雇用機会均等の影響か…?


 私が職業を選ぶ頃にはまだ男性の仕事、女性の仕事という暗黙の線引きがあったように思う。かくいう私も出身校を聞かれて高専と答えると10人中9人には驚いた顔をされた。いまや看護婦さんという呼び方ではなく看護師となり、保母さんも保育士とよぶ。息子たちが通っていた保育園には男性保育士の方がいた。

 今、相撲の土俵に女性が上がれないことがなにかと取り沙汰されているが、つい10年ほど前までは女性土木技術者はトンネルに入ることはおろか、現場の見学さえ認めてもらえないこともあったという。平成19年の法改正でそれはなくなり、女性も坑内に入れるようになって多くの女性が活躍していると聞く。


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<空にむかって咲くハナミズキ>

 さあ、二歳になったばかりの孫が職業を選ぶ頃には選択肢はどれほどになっているのだろうか。それと同時に男性女性に限らずいい環境で働けるようになっていて欲しいと願っている。


     飛びなさいさあ、行きなさい 大空は未来地図描く青いカンバス



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by minaminouozafk | 2018-04-14 11:45 | Comments(6)

先週の日曜日は、昨年421日のブログで紹介した年に1度の「みつはし花見短歌大会」
今年の桜はもう終っていたものの、昨年同様楽しく会は閉会。

駅まで送っていただく途中、中山の大藤がある熊野神社を案内してくださった。
今年は桜同様、開花予想は早く大藤まつりは16日から28日まで開催されるということで、開花するとこのようになる。


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              (画像お借りしました)
まだ蕾が膨らんだ程度だったが、敷地内は藤の絡まるアーチや広大な藤棚が広がり見ごろにはさぞ圧巻だろう。


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それでも、藤棚の間にある太鼓橋を渡ると普段は見ることが出来ない藤棚の上の景色が見られたりする。


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隣接する広大な立花いこいの森の緑も美しく、ぜひ時間を作ってゆっくり散策したい場所。気になったのはあちこちに「冠水水位ここまで」という赤いラインが入ったプレート。高さは胸から肩のあたり。そう、2012714日の九州北部豪雨。隣接する矢部川などで堤防が決壊したほか、各地で土砂崩れが相次いだ。

案内してくださった方も「矢部川が切れてここらあたり全部浸かった」と遠い目をしていた。来るときは緑に覆われた美しい堤防だと思っただけだが、毎年のようにどこかで災害が起こり、記憶の奥に仕舞われていたこの地の災害。

調べると、それまでも何度も洪水による災害が起こっていた。

樹齢300年の天然記念物「中山の大藤」も、樹幹が一時水没して、水が引いた後も泥土が最大約20cm堆積したそうだが、みなさんの尽力で翌年からの大藤まつりもつつがなく行われたとのこと。


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先日も大分の耶馬渓町で土砂崩れが起こり、いまだ発見されていない住民の方もいる。そして、やがてまた梅雨や台風の時期がやって来る。

森友、加計問題で連日ヒートアップしている国会だが、日本全国の砂防ダム、堤防、老朽化した橋脚など手を付けなければならない事業を積極的にお願いしたいものだと切に思う、今日この頃。


      さんびやくねん災害、風雨、雪に耐へ大藤はただはなふさ揺らす


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by minaminouozafk | 2018-04-13 07:08 | Comments(6)

木が好きである。短歌を作る前は意識していなかったけれど、短歌を作るようになってわかってきた。樹木の名前を覚え、ひとつひとつの個性を知ることがこの上なく嬉しい。



山口市内には維新百年記念公園というさまざまなイベントが催されたり、スポーツや散策を楽しんだりすることができる大きな公園がある。そして、そこには様々な種類の樹木が植えられている。

以前に空に枝を伸ばす欅や南京櫨を見上げながら歩いていると見知らぬおじさまから「何か落ちてきますか」と笑われたことがある。立ち止まってずっと梢を仰いでいたのがよほど不思議だったのだろう。

この公園の樹木には名札が付けられていて、名前をたどって歩くことができる。



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きのうのちづさんの記事にかつらの美しい写真があった。
同じ頃写真を撮ってた?シンクロが嬉しい。



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このたびガイドブックの存在を知り(嬉)早速購入(300円)。

樹木ガイドコースというウオーキングコースがあり、コース上の樹木に番号が振られていて簡単な解説が後のページにある。(公園内には148種8万本の樹木があるそう!)



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葉っぱの形が面白いこの木は何でしょう?

48番のユリノキ。

半纏形の葉を持つのでハンテンボクとも呼ばれるそうだ。5月のころチューリップそっくりの花を付けるのでチューリップツリーの別名も。



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4番の曙杉の並木。

「生きた化石」メタセコイアの名で知られている。すでに絶滅したと思われていた樹木が1945年に中国四川省で発見されたときには大きなニュースになったとか。石炭の原木ということを宇部の石炭記念館に行った時に知った。


誰かに出会うように四季折々の樹木の素顔を見に公園を訪れようと思っている。



名を口にするとき知らぬはずの樹がおうと応へりはるか頭上で

木と話す老婆となるも楽しからん曙杉の涯の空見る


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by minaminouozafk | 2018-04-12 04:41 | Comments(7)

4月3日火曜日、博多座の、市川海老蔵特別公演「源氏物語 第二章~朧月夜より須磨・明石まで~」観覧。

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歌舞伎と能とオペラ、そしてプロジェクションマッピングのコラボレーションから成る舞台。語り部の役どころを務めるカウンターテナーの彌勒忠史がとにかく素晴らしく、海老蔵の光源氏はただただ美しかった。

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本公演の第二幕は「須磨・明石」。

朧月夜の君との密通により、都を離れ、須磨、明石で暮らす源氏が出会った女性、その明石の御方が実に興味深い。『源氏物語』を彩る様々な女性の中でも、この明石の御方については、作者紫式部の思い入れが一際強いように思う。


明石の御方は、明石の入道の娘。

明石の入道は、源氏の母、桐壺更衣の従兄弟で、一族は大臣も排出した上流貴族であったが、この人物の代で受領となり、やがて出家。明石の入道は、住吉の神のお告げで、娘の明石の御方が国母になると信じ、あらゆる英才教育を施して、娘をどんな上流貴族の息女にも劣らぬ女性に育て上げ、源氏に添わせた。二人の間に生れた明石の姫君はお告げの通り、中宮となり、源氏は外戚として栄耀栄華を極めることとなるのである。


明石の御方について、キャラのポイントは下級貴族の出自であるということ。何世代か前は名流であったにせよ、父は入道である。物語に登場する女性の中でもその出自は一際低い。それが結局、紫の上、花散里に続く地位を得ることとなる。この設定は、才知ある女性のサクセスストーリーであると同時に、紫式部自身の秘めたる野望であったように思えてならない。


式部の父、藤原為時は漢学に秀でてはいたが、下級貴族。幼い頃より怜悧であった式部は、結婚後3年で夫と死別した後、当時権勢並びなき藤原道長に乞われて、娘を残し、中宮彰子に出仕した。この経歴は明石の御方のプロフィールに重なるところが大きい。もしチャンスさえあれば自分にも、明石の御方のような未来が開けていたのではないか、自分ならどうするだろう……。筆の走りに、誰よりも高揚している作者の様子が見えるのが、この「須磨」「明石」のあたりなのだ。


源氏は帰洛の後、明石の御方を上洛させるのだが、御方は出自からくる引け目を感じて、源氏の邸二条院に住むことはなく、娘明石の姫君が入内するまでは母として会うこともしなかった。そんな明石の御方のかたくななプライドを窮屈に思っていた源氏であったが、しかし、紫の上亡き後の喪失感に寄り添ってくれた明石の御方の誠実なやさしさに心打たれるのであった。


『源氏物語』の女性で最も愛されたのは誰か、と問われれば、それはおそらく紫の上だろう。けれど、一番幸せだったのは、と問われると、正解はなかなか難しい。女は愛だけで幸せにはなれない。千年もの昔、紫式部はこの複雑で辛辣な真実をきらびやかな絵巻の中に潜ませていたのである。あなどれない女、紫式部。友だちにはなれそうにないタイプである。


  あまたなる女御更衣のその中のただいちにんとなるふしあはせ

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藤の花の訪問着と四季花の明綴れの帯
紫を意識してみました。



〈トリビア〉

よく「明石の上」という呼称を見かけますが、出自の低い女性を「上」と呼ぶことはありません。実際、物語の中で「明石の上」という記述はなし。「明石の君」もしくは「明石の御方」。難しいですね。


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by minaminouozafk | 2018-04-10 00:49 | Comments(7)


さくらがほころびはじめて10日あまり。

うららかな春の陽気がずっと続いた。

さくらの呪力のせいか、そぞろな気分に急き立てられて、時間があれば桜をながめに出かけた。



ご近所の長府庭園。人もまばらな平日。庭園の見事なしだれ桜にはカメラマンたちが集まっている。だれもいない庭園の奥、手入れの行き届いた竹林からの桜がきれい。ひかりとかげ。うつくしさの表裏一体はちょっと切ない。


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火の山公園は下関ではむかしからの桜の名所。南の魚座の批評会の翌日、千登世さんが乗ってくださったロープーウェイもある。今年還暦というレトロなロープーウェイ。

 下関はイスタンブールと姉妹都市。その縁でチューリップの球根を5万個寄贈していただいたことから始まった火の山トルコチューリップ園。ボスポラス海峡をイメージしているらしい。平成19年から開催されているようだが、このたび友人に誘われてはじめて訪れた。 


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チューリップはもちろん花吹雪のさくらと関門海峡。やっぱり朝早くきて良かった。まだ人も少なくゆっくり廻れた。それぞれに美しいものが集まってそれぞれの美しさを引き立てている。ボスポラス海峡は見たことがないが、関門海峡とかさなる。チューリップの間を埋め尽くす桜はなびらのピンクがやさしい。この平穏を祈る。



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前回のブログで紹介した内日貯水池のさくら。ほぼ満開の染井吉野のとなりにまだ蕾のの大木があった。一緒に行った友人が、昨日もう一回見てきたよって写真を送信してくれた。やっぱり桜。赤い葉っぱも見える、花の色は白っぽいようだ。山桜だろう。クローンの染井吉野よりやさしい。たぶん樹齢も古い。今日の入学式まで大丈夫だろう。


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枝垂れ桜、八重桜も染井吉野よりはちょっと遅い。平日午前の住吉神社。長門の国の一の宮。御田植祭の奉納試合で裸足での剣道の大会に息子たちは参加していた。満開の枝垂れ桜、名残りの染井吉野のもと結婚式の前撮りが三組も、七五三も前撮りだろうか。振袖姿の少女も。ちょっと幸せのお裾分けをいただきました。


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さむい寒い一昨日の土曜日、用事のついでと岩国の奥の弥栄湖の桜を見に行った。一面の菜の花と桜を独り占めできるスポット。いつもは錦帯橋のさくらより一週間ほど遅れて満開になる。しかしこの春はまだ4月になったばかりなのに寒風のなか僅かなピンクと黄緑のさくら。花吹雪ほどの花びらは残っていない。寒さで葉っぱも躊躇しているようだ。長府ではもう三回ほどいただいた筍はまだぜんぜん出ていないという。冬眠打破で花をひらく桜。筍の「春だよ、もういいよ。」のサインはあたたかい春の雨だろうか。それぞれの春。名残りの桜と菜の花、曇り空が似合う。




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さくら、さくら・・・この春は思う存分さくらを満喫した。すっかり花を終えた桜なのに静心にはならない。なんとなく喪失感でさびしいがあっという間に大好きな葉桜となる。それまでの春愁。


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ももいろのさくらの影であふむけばこころ軽々落蟬のわれ






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by minaminouozafk | 2018-04-09 07:57 | Comments(7)

花桃 大西晶子

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 先日、家人が直方に用があって出かけ、ついでに直方駅の近くの多賀神社にお参りしてきたと言う。そして「桃の花が見事だったからぜひ行っておいで」と勧めてくれた。「あらら、珍しいこと」と思ったが、ありがたくその翌日に出かけた。わが家からは車で40分程の距離だ。


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直方には昨年も何度か行き、駅前の病院で胃カメラとピロリ菌の検査を受けている。たしか昨年も多賀神社の桃の花の写真を撮ったような記憶があるが、美しい物は何度見ても良い。

今は桃の花の白から濃い紅までとりどりの桃色が華やかだ。

多賀神社はJR筑豊本線の線路の際にあり、一段高い所から線路を見下ろすことになる。また四か所ある神社の入り口の二つは線路を陸橋で越え、線路の向こうの街の中心部からも来られるように作られている。


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 この神社の御祭神は伊邪那岐大神・伊邪那美大神、夫婦円満や縁結びの御利益があるらしい。           

桃は災難から身を守るということで、境内にたくさん植えられている。これは伊邪那岐大神が黄泉から逃げ帰ったときに、桃の実を投げて危うく助かったという神話によるものらしく、夫婦円満とは矛盾するような気もするけど、そこはまぁまぁということで。(ともかく花桃がこんなにきれいに咲いているのだし)

413日から15日まで「春まつり」があると看板が出ていた。



此処の神社の紋所は番の鶺鴒。連れ合いはこの紋が好きで、それもあってこのお宮にお参りに寄りたくなるのだとか。

同行した長女は初めて来たこのお宮の建物がどれも重厚なのに感心し、門の破風に施された彫刻に見入っていた。


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林芙美子は「放浪記」で、大正四年に直方で暮らしたときに、母が露店でバナナを商い、その間に多賀神社に遊びに行き境内の馬の銅像に「いいことがありますように」と願を掛けたと書いている。(神社の案内板に依る)

本殿で「いいことがありますように」ではなく、「平和で無事な暮らしが永く続きますように」と手をあわせた。




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      花桃に災厄はらはれひとけなき町をあゆめり食欲もちて


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by minaminouozafk | 2018-04-08 09:04 | Comments(7)