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簡単甘露煮  栗山由利

 12月も半分を過ぎた。街に流れるクリスマスミュージックが、焦る気持ちになおさら拍車をかける。今日も昨日に続いてお料理の話題です。

 おせち料理は蒲鉾などの練物以外は、一応手作りを心がけている。作るものは毎年同じものだが、そろそろ材料のリストアップと買い物の予定をたてなければならない。数の子、黒豆、ごまめと代わり映えのしない定番のものばかりだが、割と好評なのが金柑の甘露煮だ。好評な割には作り方は簡単なのでご紹介しようと思う。


〈材料のめやす

     金柑  500グラム

     焼酎  400CC(私は25度を使います)

     上白糖 250グラム


〈作り方〉① 金柑を洗ってヘタをとる。水気は残らないように切る。


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     ② 包丁の刃元のあごを使って、5、6ミリ間隔で放射状に切れ込みをいれる。


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     ③ フルーツフォークの先などを使い種をとりだす。


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     ④ ホーローかステンレスの鍋に焼酎と水気をよく切った金柑を入れて、落し蓋をして弱火で40分炊く。


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     ⑤ 上白糖を加えて、さらに30から40分炊く。


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<これくらいの色になるまで炊く>


 このレシピを手に入れるまで、母は料理の本やテレビの料理番組で会得した方法でいろいろと試していたが、火にかけても目が離せずその出来上がりも一定ではなかった。ある年

いつものように年末に実家に帰っておせち料理の手伝いをしていると、母が今年はこれでやってみるからと言って、紙切れのメモを出してきた。それがこのレシピだ。それ以来、金柑の甘露煮は毎年同じように仕上がっている。

 初めての時は焼酎だけで炊くなんてと思ったが、アルコール分は完全に抜けているので下戸の夫でも大丈夫だ。昨日の早苗さんのコメントに生姜を焼酎でとあったが、同じようなものかもしれない。

 金柑の甘露煮に苦心している方がいらっしゃったら、このレシピをお試しください。


   南国のぬくみをぎうとつめこんだ金柑ばうやにあへる年の瀬


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by minaminouozafk | 2018-12-15 11:05 | Comments(3)

冬の野菜  大野英子

里芋と大根と柚子をいただいた。

芋類は最近買ってない、大根も普段は大根おろしのみ。
せっかくストーブも出ているので、コトコト煮込んだ。

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柚子は皮ごとすり下ろし、味噌とオリゴ糖は弱火で練り込み、火を止めてから果汁と共に合わせる。みりんがないのでとろみが出ないが、風味は上々。

里芋は鶏そぼろあんかけ。細かく切って出汁を取った昆布も一緒に。
色味が乏しいので小松菜も添えて。
小松菜は、炒めて良し、煮て良し、何にでも使える名脇役で欠かせない食材。
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みなさんには普通の料理だろうが、自分一人のためには普段は作らないもの。いただきものは丁寧に料理しなければと張りきってしまう。

代わり映えのしない毎日を少し豊かにしてくれた。感謝。

もう一つ。
アクロス一階フロアの熊本物産展で販売していた生姜糖もいただく。
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甘いものは苦手だが、無添加でスライスした生姜とてんさい糖を煮詰めただけで、甘さより生姜本来のぴりぴり感が気に入って、自分でも購入。紅茶に入れると砂糖が流れ落ちて、スライスした生姜がひらりと登場!これも料理に活かせそう。

        皮を剝く刻む合はせる火にかける水躍り火沸き楽しく料る


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by minaminouozafk | 2018-12-14 07:14 | Comments(5)


 「バレル・コレクション」展に行ってきた。



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 福岡展は先日終わった。でも、これは巡回展。これから、愛媛、東京、静岡、広島の順でまわる。もうしばらく日本で多くの人の目に触れることになるだろう。



バレルというのは人の名前。産業革命期に英国随一の海港都市として栄えたグラスゴーに生まれ、海運業により莫大な財を築いた海運王ウィリアム・バレルその人である。



「印象派への旅 海運王の夢」という題をもつこのコレクション展、ゴッホもセザンヌもルノワールも来ていたけれど、なんといっても、アンリ・ファンタン=ラトゥールだった。



ファンタン=ラトゥールの《春の花》というタイトルの絵がとても懐かしかった。そう感じたのは、過去にこの絵を見たことがあるから、というのではない。たぶんはじめて――。



けれども、とても懐かしかったのだ。



冬から春にうつるころ、うちでは、ほんとうにこんな感じに水仙が活けられた。母が摘んでくることがいちばん多かったと思う。その次は弟で、その次も弟で、その次がわたしか父だった。祖母は誰が摘んできても、同じように、いい匂いねえ、と言った。



いい匂いねえ――



あまりに懐かしいので、このアンリ・ファンタン=ラトゥールの一枚を三枚も買った。



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 極月の箱の底より出で来たるフロッピーディスク一枚しづか



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by minaminouozafk | 2018-12-12 06:32 | Comments(6)


先日ちーさまが報告されたように、今年の山口県短歌大会は122日防府天満宮参集殿で開催され無事終了した。


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防府天満宮 参集殿



 どこの県でも少なからず同じと思うが、山口県でも県大会の継続が大変になってきている。山口県ではここ数年は開催地区をまず決めて、その地区の理事を中心に日時、会場、作品募集、講師のお願い、賞状制作、作品集発送などをしてきた。


 一昨年の下関の大会では森重先生のピンチヒッターとして香臈人のメンバーに助けてもらいなんとか乗り切った。本当に感謝です。まず市との交渉から、印刷所探しも相見積もりをとってからのはじまり。


 郵送の作品を受け取っての入力事務が大変との反省で、昨年から作品の送付先は担当地区以外のボランティアの方にお願いしている。少しずつスリム化を図ろうとしている。


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今年の防府天満宮での開催は県歌人協会会長が宮司さんという繋がり、12月となったのは、11月末の御神幸祭が終わってからとの天満宮からの要望による。そして今までの大会のようにその地区任せではなく会長、事務局を中心に大会の準備をすすめ当日をむかえた。理事もスタッフとして出来ることを手伝う事となった。小春日和のお天気も応援してくれている。


会場に着くとまたまた力強い応援、笑顔のちーさまが手を振ってくださる。お仕事が落ちつかれたら、ぜひ理事でヘルプしてください。そして今年から理事を快諾していただいた大学の先輩、かりんの高崎淳子さんも来てくださった。横浜から山口に帰ってこられたばかりだ。お会いできてうれしい。この歳になって山口大学国語国分研究室でしみじみよかった。ほんとうに不思議なありがたいご縁です。


 ちーさまの詳しい報告のように佐藤佐太郎の作品世界についての講演を拝聴し、午前の部は児童・生徒の部の表彰式で終了。付き添いの父兄の方も多く、若いパワーをしっかり充電。


 
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 午後の歌会。講師の香川哲三先生をはじめ選者のていねいな批評が続く。


 その後ちょっと余った時間。司会の機転で知事賞をはじめ優秀賞の参加者にひとりひとり作品についての思いを語っていただいた。一首に込められた作者のこころが沁み沁みと届いた。短歌っていいなぁ。みなさま良い笑顔で作品の背景、本当は・・・のコメントもあり、和気あいあいの楽しいひとときだった。



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 椅子や机を片付け終え、なんとかなると思った。控室もないし、受付場所も広くない。できればエレベーターがあってトイレが広い会場がいい・・・。でも天神さまに見守られているのは心強い。


 そういえば先週の水曜日5日は3か月に一回の半月の会の勉強会だった。このたびで5回目。下関で県大会を引き受けたときに助けていただいたメンバー5人ではじめた会だ。大会終了直後はみんな疲れ切っていたが、数カ月後のランチのときに発足。1年以上経つが、ランチからはじまり夕方遅くまでの歌会をみんな楽しみにしている。大会を引き受けるのはたいへんだったが、こんなに素敵な副産物。


さくらの老木は冬空に芽鱗をむけている。冬のあとのちいさな春のあしおと。


秋の日暮れは早い。駅にむかう天神さまのまっすぐな細道。

高崎先輩とコスモスの仲間とご一緒させていただいた大切な15分でした。



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駅までのてんじんさまのほそみちは休日なれど人影まばら












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by minaminouozafk | 2018-12-10 07:16 | Comments(7)


最近、親類の祝事で浜松に行く機会があった。浜松は浜名湖の鰻やヤマハのビアノで名前はよく知っているが、行ったのは今回が初めて。

浜松駅のちかくに浜松市楽器博物館があると知り、帰途に寄ってみた。浜松駅から動く歩道が付いた、建物をつなぐ廊下のような道を5百メートルほど行くと博物館に入ることができた。博物館の入場料は800円(中学生以下と70歳以上は無料)。無料の音声ガイドも借りる。

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入館したら、「すぐにトークショーが始まる」と博物館のスタッフに言われ、鍵盤楽器の展示室に行く。広い場所に鍵盤楽器(グランドピアノのような物を想像して下さい)が70台も置かれている。ハープシコード(=チェンバロ)の仕組みと、特性を聞いた後で、短い演奏があった。

ピアノと同じように鍵盤があり鋼の線があるが、叩くのではなく、引っかくようにして音を出すのがよく分かる。引っかくのには鳥の羽根を爪のように削ったものが使われている。古い楽器の音は意外に重く、ざらっとした感じがするがある種みやびな趣もあって面白い。また一台で音色を変える工夫もあったりと興味深かかった。


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この博物館ではかなりの数の楽器のそばにヘッドフォンが置かれている。見た楽器の音を知りたくなったら、ヘッドフォンを着けボタンを押すとその楽器で演奏した曲が聴けるのだ。

例えばショパンがデビューコンサートに使い、気に入ってその後も一生使っていたというプレイエル社のピアノ。高音部の伸びや柔らかさ、透明感が増し、それまでのものに比べ繊細な演奏に適していたのが、ショパンがそのピアノを愛した理由だという。ヘッドフォンで聴けたのは「別れの曲」。

現在のピアノに比べると音が微妙に硬い感じがするが、ハープシコードなどに比べればはるかに柔らかく豊かな音だ。これがショパンが弾いた「別れの曲」の音色かと思うと胸にじわっと来るものがある。


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リストの超絶技巧に必要な早い連続音を可能にしたピアノというものもあった。

19世紀はピアノの改良が進んだ時代だったようだ。当時からアップライトピアノも作られるようになったらしい。面白かったのがジラフピアノ。アップライトピアノの上にハープのようなグランドピアノのフレーム部分をそのまま立てた形で、キリンに似ているからジラフピアノだとか。もともとはグランドピアノが自然発生の形で、コンパクトにするために工夫されたのがアップライトピアノなのだとよく分かった。音楽が貴族の邸宅で演奏されるだけではなく一般市民の間にも広がり、もっと狭い場所に置く必要がでてきたのだろう。


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弦楽器のコーナーにも面白い形の楽器があった。ほとんど棒のような細い楽器で、16世紀から18世紀に使われたキット。ヴァイオリンのように弓を使って演奏したらしい。ポケットに入れてダンス教師が運んだので、ポシェットと呼ぶそうだ。ダンスの先生は演奏しながら踊っていたのだろうか、

想像すると面白い。

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 それ以外にも本当にたくさんの楽器、さまざまな国や地区、時代の楽器が収納されていて、ひとつひとつの音を聴いていると全部を見るのには何回も行く必要がありそうだ。2時間の予定で行ったのだけど、それでもシンセサイザーや電子楽器の部屋は時間が足りず見られなかった。残念だったけれどまた行く機会がきっとあると信じて、その日を楽しみにしよう。

浜松では行った先々で、さりげない心遣いをして下さる方達に親切にして頂いたが、この楽器博物館でも足の悪い夫のためにトークショーのハープシコード演奏者の女性が無言で椅子を用意し座るようにすすめて下さった。浜松の人たちのこの優しさも、忘れられない思い出のひとつになった。


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      鍵盤をはしる手待ちつつ眠りゐん博物館の無音のピアノ





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by minaminouozafk | 2018-12-09 08:38 | Comments(6)

一夜にて  栗山由利

 異常気象が続く近年だが、今週は12月だというのに福岡では25度越えの夏日になった地域もあったという。ニュースでは街を半袖で歩く人たちも紹介されていた。

 ところが、昨日は12度を少しこえたほどの寒さで、マフラーを巻き手袋をしても足元からやってくる寒さは、当たり前と言えば当たり前なのだが真冬の寒さだった。駅前のホワイトイルミネーションも半袖Tシャツは似合わない。やはり肩をすぼめて眺めるほうが似合っている。


 家のそばを流れる那珂川の河川敷や川沿いの景色に、自然の移り変わりを感じているわが家であるが、二週間ほど前まではゆっさりと赤や黄色の葉をつけていた木々が、ひと晩のうちにその葉を払い落とし、すっかり冬の景色に変わってしまった。何年か前には元旦に九州では珍しい雪が降って、みごとな雪景色になったこともあった。


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 あらためてカレンダーを見ると今年も残すところ三週間となった。気のせいか、年が押し迫ってくるに連れて時間に加速度がついているのではないかと思うことがある。いや、そうではなくて私の仕事効率が年々落ちてきて、相対的に時間が早く過ぎているというのが正解だろう。


 そろそろ年末の仕事の予定をたてなければならない。買い物、掃除など一人でこなすことが次第にむつかしくなってきている。こればかりは『一夜にて』というわけにはいかない。



   煽られていちやう落ち葉が道わたる人を追ひこす師走の風


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by minaminouozafk | 2018-12-08 07:55 | Comments(6)


特別展「浄土九州――九州の浄土教美術――」が、福岡市博物館で開催されていた。こういう、九州に特化した浄土教美術の企画展は珍しいことで、ほんとうは会期中にご紹介したかったのだけど、私自身がほとんど滑り込みで、できなかった。



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出展絵画に中将姫伝説にちなんだ曼荼羅図「当麻曼荼羅」がいくつかあったのが印象に残っている。「当麻曼荼羅」という名前は、奈良県の当麻寺の本堂に安置されている奈良時代の原本「綴織当麻曼荼羅」に由来する。転写されて、各地に広まったという。



中将姫は、当麻寺に入山し、仏行に励み、一晩のうちに蓮華の糸で曼荼羅を織りあげたと伝えられる姫さま。女人の身でありながら極楽往生したとも伝わる。簡単に書いたが、入山する前には、いろいろあったのだ。



福岡県みやこ町の峯高寺からは、「当麻曼荼羅」とともに「中将姫藕絲曼荼羅織図」も出展されていた。これには、姫が曼荼羅を織っている場面が描かれている。帰ったら、折口信夫の『死者の書』を読み返してみようと思いつつ眺めた。



祈りとは灯をともすことともしびに暗くかがやく当麻曼荼羅



あれからもう一か月が過ぎ、光の飾りが人々を楽しませる季節となった



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博物館そばのスノーマン



中将姫がみたら曼荼羅図に織り込むかも――




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by minaminouozafk | 2018-12-05 06:18 | Comments(7)

 高野公彦著『明月記を読む』(短歌研究社)、上下巻。

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ずっと気になっていた本だった。「コスモス」12月号の桑原正紀さんの批評「〈定家三昧〉の総括」を読んで、本書『明月記を読む』の初出が『短歌研究』平成14年から18年(休載期間を含む)であったことを確認した。


 連載当時、まだ娘が幼く、ゆっくり本を読む時間などなかった私。図書館の絵本コーナーで娘を遊ばせながら、月遅れの『短歌研究』を読むのが楽しみだった。『明月記』は当時の世情を知る貴重な資料であるが、高野さんが綴る私人定家の人間味溢れる数多のエピソードを読んでは、宮仕えの悲哀を感じたり、病気をしながら長寿を全うしたのだよなあ……としみじみしたりしたのを覚えている。


 連載が終わったらきっと単行本として刊行されるだろうから、その時じっくり再読したいなあなどと思ってはや12年。干支が一回りしてしまった。


 待ちに待ったその本が手元に届き、それだけで何かもう感無量。上下二巻がずっしり手に重い。 高野さんと定家の、長きに渉る関係については、前出の「コスモス」12月号の桑原正紀氏の批評冒頭をお読みいただくとわかりやすい。定家が19歳から74歳までを書き継いできた日記を、編集者日賀志康彦と、歌人高野公彦の目で読み進める過程を読者として辿ることができるのは至福である。


  隣人としたくなけれど「明月記」の定家は実直繊細の人『雨月』


 定家を詠んだ作品として印象的な一首である。大歌人定家ではなく、生活者定家が見える。『明月記を読む』を読み進めると、こんな定家に幾たびも会えるのだろう。


 え? その口ぶりではまだ読んでないのかっって?

 ええ、そうですよ。「コスモス」選歌の年末鬼スケジュールでまだ開くこともかなっていませんよ。今日、選歌詠草を投函して、それからおいしいお茶を用意して、冬の夜長、じっくり読書を楽しみます。「〈定家三昧〉の高野公彦三昧」の12月。『明月記を読む』を読む喜びに震えたい今日この頃です。


  宮仕へかこつ日記をものしたりうたびと明き月を仰ぎて


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by minaminouozafk | 2018-12-04 08:34 | Comments(7)

管巻擬き  百留ななみ


 近ごろはお酒の飲み方もおしゃれになって酔っ払って何度も同じ話を繰り返す人、いわゆる「くだをまく」おじさんは少なくなった。くだをまくとは、広辞苑で調べてみると


・くだを巻く:(糸車の管を巻く音がぶうぶうと音を立てることに結びつけて)酒に酔ってとりとめのない事をくどくどと言う。

とある。なるほど糸車の管を巻く音。しかし糸車はなんとか想像できても管はわからない。たぶん糸を巻きつける芯棒のようなものらしい。むかしの人は綿や羊毛をまず糸にして、それを織って布にする。気が遠くなる手作業だ。そういえば租庸調の調は布だった。


 くだまきとは、ふたたび広辞苑を開く。 


・くだまき【管巻】(鳴く声が糸車を操る音に似ているからいう)クツワムシの異称。

         梭(ひ)に入れる管に緯糸(よこいと)を巻きつけること。


クダマキモドキのクダマキはクツワムシ。つまりクツワムシに似て非なる虫。



 10日ほど前だろうか。友人を誘いに行くと「門扉になんか変なみどりの虫がいるから見て見て。」覗くとなんとも美しい緑の葉っぱのような虫。「たぶんクツワムシだと思う。」の友人の言葉ですっかりクツワムシモード。初クツワムシの私の頭によぎったのは<がちゃがちゃがちゃがちゃクツワムシ あ~きの夜長を鳴き通すあーうつくしい 虫の声>のメロディ。



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そして3日前「またクツワムシがいます。こんどは門柱。」のメール。近くなので出かける前に立ち寄る。近づいても大丈夫みたいというから写真におさめる。この間と一緒かしら・・・なかなか愛嬌があってかわいい。やっぱりとっても綺麗なみどりいろ。初クツワムシなので帰ってネットの図鑑で調べてみる。たしかにクツワムシ。でもクツワムシは褐色のものが多いみたい。それにクツワムシにしてはちょっと華奢。キリギリスの仲間をひとつひとつ見てみる。


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おやっ、たぶんこれと同じ。もう一度スマホの写真をたしかめる。クダマキモドキ。はじめての名前。クツワムシよりすっきりしていて、綺麗なさみどり。昆虫学者がつけたちょっと似つかわしくない名前。虫の名前には〇〇ダマシ、〇〇モドキが多い気がする。さっそく図鑑の写真を友人にメールで送付。「ほんと!クツワムシではなくてクダマキモドキ。緑だからサトクダマキモドキだね。」二人で納得。


「夕方のぞいてみるとまだ同じ姿勢で門柱。暗くなってもまだそのままです。」のメールが届く。翌朝も同じ姿勢のまま門柱で元気のようだ。24時間経過。



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朝の冷え込みは辛いのでは、飼育箱だったら冬越出来るかも、と思ったが自然に任せることにする。

そのまま夕方までいたそうだ。弱っていて飛べないのかしら・・・


翌朝48時間経過。友人が新聞を取りに行ったら、いない!よく見るとすぐ下にきちんと座っていたという。メールでちょこちょこ報告してくれる。

2日ぶりにクダマキモドキ君に会いにいく。



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柱に止まっている姿勢よりも地面に踏ん張っているほうがイケメンだ。

オブジェのような姿にそっと息を吹きかけてみる。少し揺れるが頑張っている。

近づいても大丈夫、もうギリギリなのかしら。

写真を撮らせてもらう。

おやおや立派な産卵管がはっきり見える。

イケメンではなくてお嬢さんだった。


60時間経過。暗くなっても同じ姿勢で踏ん張っているらしい。

凛としてかっこいい。


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翌朝から友人は旅行に出かけた。ぼちぼち帰ってくるころ。報告をこころして待っている。





モドキとは似て非なるものちちちちちクダマキモドキは控へめに鳴く









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by minaminouozafk | 2018-12-03 06:46 | Comments(7)

 先週の白黒鉢われのその後です。うお座のみなさんの声援もあり(?)、首尾よく捕獲することができました。


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<余裕のアクロバティック ポーズ>


 捕まえた翌日は病院に連れて行きたかったので、決行するなら「灯船」の批評会の翌日の月曜日しかないと考えていた。私の帰宅時間にあわせて、猫が出没する場所にキャリーケースと洗濯ネットを持って夫に来てもらった。作戦は私が正面から餌をやっているところを、後ろから夫が捕まえるということにしていたが、まだ居なかったため、夫は近くのドラッグストアまで、すぐ戻ってくるからと言って自転車で行ってしまった。


 この日もすこしすると、水路の反対側からいつものようにトットットッと駆け足でやってきたのだが、いつもと違うのはひとまわり大きな猫が一緒に来たことだった。夫はいないが餌をやり始めると、ちょうど私にお尻を向けてガツガツと二匹で食べ始めた。そこで思い切って両手でお腹を抱え込むと、びくっとすることもなく拍子抜けするほどいとも簡単に捕獲成功したのだ。キャリーケースの蓋を開けていないことに気づいた私は、右手に猫を抱えたまま左手でフックを開けて容易にケースの中に猫を収めたのであった。一分もかからなかった。

 ちょうど通りかかった、この近所で地域猫に餌をやっている人の話ではこの二匹は親子で、ほとんど親離れは終わっているということだった。いちばん人慣れしている猫で、「可愛がってやってください。良かったです。」と託された。親離れは終わっているとはいえ、引き離すことに少々の罪悪感を感じながら、戻ってきた夫と連れて帰った。


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 最初の日は一晩、玄関に籠城したが餌に釣られて部屋に上がって来た。そうなると早いもので、持って生まれた気質なのかわれわれ人間にも先住者のたねにも臆することなく接してくる。翌日はたねの指定席の籐椅子を分捕って、外の様子を眺めている。外から連れてきた猫は大概、出してくれと窓に伸び上がったり、鳴きながら出口を探して歩き回るのだが、全くその気配はない。抱かれるのが好きで、すぐに喉をならす。今も私の腰の後ろにぴったりとくっついて、毛づくろいをしている。これでは外で暮らすのは無理だっただろうと、自分の気持ちに折り合いを付けた。


 病院に連れて行くと推定生後六か月と言われたのだが、その落ち着いた態度はとても子猫とは思えない。やはり六か月で家に来た妹のところの猫に比べると違いがよくわかる。保護猫二匹をもらって育てている次男は「綾野剛に似たイケメンさんやね」と言ってきた。


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<妹のところの飼い猫Viviちゃんの六か月頃>

名前はダオ。いね(稲)の中国読みだ。タイトルは『私は栗山稲(ダオ)です』となる。またすこし忙しくなりそうだ。



   いつぴきがくわはりかはる関係をたのしむ私もかはれるだらう


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by minaminouozafk | 2018-12-01 11:56 | Comments(6)