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2020年 02月 03日 ( 1 )

小倉山 百留ななみ


高一の冬休み覚えさせられた小倉百人一首。

小倉は小倉山と貞信公の一首でなんとなく思っていた。

今はどうなのだろう。「ちはやぶる」がちょっと前はやっていたけど・・・


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百人一首は藤原定家がその晩年に選んだものとされている。

高野さんの「明月記を読む」の読み返して見ると、最終章の(四六)最後の花々 に載っている。

《五月廿七日。予、本より文字を書く事を知らず。嵯峨中院の障子の色紙形、故らに書くべき由、彼の入道懇切なり。極めて見苦しき事といへども、なまじに筆を染め之を送る。古来の人の歌一首、天智天皇より以来、家隆・雅経に及ぶ。 》 これが「小倉百人一首」の原型であるが、その後どのやうな経過をたどつて完成したか、謎の部分が多い。




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七十四歳の定家が色紙に書いたのは嵯峨野の小倉山の中腹の時雨亭らしい。嵯峨天皇の離宮嵯峨院など皇族や貴族の別荘地だったのだろう。障子に飾る一首ずつ書かれた色紙。「小倉色紙」を茶室に飾ることが流行ったようだ。小倉山の山裾の二尊院、常寂光寺どちらにも時雨亭跡があった。いずれも古都を見下ろす小倉山の中腹。



小倉山みねのもみぢ葉こころあらば今ひとたびの御幸またなむ
貞信公


この冬の嵯峨野は雪もなくおだやかだ。常寂光寺の小さな池の底には秋の紅葉が積もったまま。



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常寂光寺の山門を左に数分で二尊院。極楽往生をめざす人をこの世から送る「釈迦如来さま」、あの世へと迎える「阿弥陀如来さま」が左右対称にならんで立っていらっしゃるから二尊院。冬の平日のせいか誰もいない。鳥の声、水の音が聴こえる。総門からまっすぐに続く参道が気持ちいい。紅葉と桜が交互に植えられている。急な石段を上がると法然上人の湛空人廟。そこから左に山道をゆく。景色が開けたところが時雨亭跡。京都市内が一望できる。



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 八百年まえはもっと鬱蒼としていただろう。見下ろす古都もみどりのなかの甍が美しかっただろう。ほんのわずかだか嵯峨野をあるいて晩年の定家の思いを垣間見ることができた気がする。嵯峨野は竹群もきれい。整備された竹林の道はうつくしく観光客で賑わっていたが、誰もいない常寂光寺の苔むした竹群は神々しい。




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真冬の小倉山のふもとの静寂。紅葉のころ訪れたいが人出を思うと、やはり空気が凛とした寒い今がふさわしい。雪の嵯峨野もあるいてみたい。春節前にあえて訪れた京都だが、新型コロナウィルス感染症で外国人は今もまばらなのだろうか。木の船で命がけで行った唐。いまはジェット機ですぐのグローバルな時代。日に日に増える患者数。できるかぎり早い収束するようにただ祈ることしかできない。今日は節分。吉田神社の豆でしっかり邪気を払いたい。



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をぐらやま大納言小豆を蜜で煮て漉餡に混ぜ小倉餡とぞ















by minaminouozafk | 2020-02-03 07:39 | Comments(6)