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2020年 01月 27日 ( 1 )

大寒逍遥  百留ななみ


 大寒の朝。兼好法師ゆかりの吉田神社。

 空気はさすがに冷たいが吐く息が白いほどではない。青空がきれい。



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茅葺屋根の八角形の本殿斎場所大神宮をはじめ料理やお菓子の神様にも参拝して白川通りに降りてゆく。

真冬の古都東山を歩く。




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ちょうど9時過ぎ。開門したばかりの銀閣寺。中門までの整えられた竹垣の参道の静謐な空気。人影は無い。向月台の周りの白砂を丁寧に竹箒で掃き清める音が響く。


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子どもの頃に来たときは東求堂の内部まで拝観できたが今は庭の散策だけ。たくさんの椿、馬酔木もちらほら咲いている。


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大寒とは思えない朝のひかりのなかを疎水沿いにすすむ。

西田幾多郎が思案にふけりながら歩いたという哲学の道。



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 偉大な哲学者でありながら多くの短歌をつくっている西田幾多郎。「善の研究」は20代にさいごまで読み通せなかった本のひとつ。<哲学の動機は人生の悲哀でなければならない>は西田のことば。


二十あまり三とせそだちてわづらひて夢のごとくに消え失せし彼

子は右に母は左に床をなべ春は来れども起きつ様もなし

わが心深き底あり喜びも憂の波もとどかじと思ふ

三高の学生だった長男を二十三歳で失い、妻や娘も病に臥す。やりきれない悲哀に満ちた作品。それが西田哲学をより深めたのかもしれない。



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人は人吾はわれ也とにかくに吾行く道を吾は行なり



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 10時半過ぎて疎水沿いもちらほら散歩する人を見かける。

 人のながれについて左折。大豊神社には狛犬ならぬ狛ねずみが。

 子年の年のはじめ。狛ねずみさんに参拝。



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ほどなく哲学の道はおわり。

疎水からすこし離れて鹿ヶ谷通りを南下。


南禅寺近くの草川茶屋でひとやすみ。すばらしい手入れの行き届いた庭を眺めながら白玉団子と抹茶ラテ。


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 午後の陽ざしにコートのボタンをはずし、南禅寺三門に上がり石川五右衛門の気分。そのまま知恩院、八坂神社、建仁寺・・・をめぐり気がつくと西日に。バス停を探すのも面倒だし、とうとう京都駅近くのホテルまで歩いた。


大寒の京都東山をゆっくり気のむくままに逍遥した一日でした。




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手袋もマフラーも外し大寒の古都東山そぞろ歩きぬ









by minaminouozafk | 2020-01-27 07:07 | Comments(6)