2018年 11月 06日 ( 1 )

 桜が紅葉していた。気づかなかった。こんなに赤くなっていたのに。迂闊だった。

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 この樹に満開の花を仰いだのはもう半年前。うそのようだ。あの暑かった夏の記憶も薄れている。人の時間は「今」しかないのだ。そう思った途端、車を停めて、写真を撮った。小さな、薄いスマホの中に「今」を保存しておくように。


 この樹を見ていて、思い出した歌。


    おびただしき桜の落ち葉ちり敷けるひとつひとつがその母樹を恋ふ


 中島行矢氏の第二歌集『母樹』の一首である。中島氏は、2016年の筑紫歌壇賞受賞者。受賞作『モーリタニアの蛸』から3年での第二作上梓である。男のペーソスが注目された前作。本作『母樹』においてもそれは健在。しかし、全体に作品のテーマは重く、より内省的に傾いている。定点観測的に、作者独自の視座から詠まれた作品は、日常詠でありながら、同時に社会詠にも通じている。

 飄々として、人当たりの良い優しいおじさん。中島氏に会った人はみなそう思う。でも、気を付けた方がいい。このおじさん、噛みついたら離さない、鋭い牙を持っている。『母樹』549首に、歌人中島行矢の本気を見た。

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『母樹』より

・鈍痛のごとき尿意に覚めてあふくれなゐ燃ゆる黎明のそら

・ややゆるき西条柿のむにやむにやと種を取巻くところを食ひぬ

・ことごとく死へむかひつつうつ蟬に廃墟ならむかこの世の秋は

・徘徊にゆくへ知れずになると言ふかなしむべしやその脚力を

・そののちの奮闘をたれが予想せむ茄子の苗木のしほしほと立つ

・にんげんの体温ほどの暑さといふその人間の暑さにあへぐ


 *本書「あとがき」で、本阿弥書店の池永由美子氏のご逝去を知りました。ショックです。ご冥福をお祈りいたします。



    花よりももみぢことさら身に沁みて五十六歳さくらを見上ぐ


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by minaminouozafk | 2018-11-06 08:23 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)