2018年 10月 30日 ( 1 )


f0371014_08242076.jpg



最近、芸術家の連れ合い(妻、恋人など。婚姻関係にはないものも含む)について書く機会をいただくことが続いた。この俵万智の『牧水の恋』もその中の一冊。牧水研究家大悟法利雄氏の『若山牧水新研究』を元に、俵ならではの絶妙な「補助線」(本文259頁)を引くことで見えてくる事の経緯が滑らかな筆致で語られており、最後まで一気に読み通せる面白い評伝文学だった。

f0371014_08243013.jpg
「梧葉」(2018年秋号・通巻59号)に書評を書かせていただきました。
お読みいただけるとうれしいです。


 この「梧葉」(2018秋号・通巻59号)の最後に短く書いていることについてもう少しだけ書いておきたい。『牧水の恋』の相手、園田小枝子については、短歌に関わる方なら周知ではあろう。


 ざっくり言うと、明治39年、人妻で子どもも二人ありながら、それを隠したまま二十歳そこそこの学生であった牧水と恋に落ち、関係をもつ。一方で、小枝子の従兄弟で牧水にとっても親しい間柄の赤坂庸三と内通し(小枝子は、従兄弟庸三の東京の下宿に逗留して共棲みしていた)、父親は牧水なのか庸三なのか判然としない子を身籠りながら、それを「牧水の子」と告げて牧水を悩ませ、結果里子に出したその子は三カ月後に亡くなってしまう。その後も約一年、二人の関係は続くのだが、明治44年、小枝子の帰郷をもってこの「恋」は終焉を迎えるのだった。後日談として、小枝子は結局、牧水と並行する形で付き合っていた(世間ではこれを二股かけると言いますね)従兄弟の庸三と結婚し、数年の後、街で小枝子を見かけた牧水は「裕福な暮らしをしているようで、安堵した」と言っている。やれやれ。こんなに濃くて重い初恋があるだろうか。牧水が鯨飲したくなる気持ちもわかる。


 この五年に及ぶ交際の中で、牧水が小枝子について明らかに「おかしい」と思う場面は少なからずあったはずだ。何度求婚してものらりくらりと躱され、そうしているうちに、どこかのタイミングで小枝子にはすでに家庭があることも知ったはずなのである。しかし、二人は別れない、というか、牧水が小枝子から離れない。そんなに魅力的だったのか、小枝子。

 小枝子についての情報は多くはない。複雑な家庭に育ち、15歳で結婚。胸を病み、広島の自宅から離れて、明石の療養所に入所。神戸の赤坂家に遊びに行っていた折に、東京から来ていた牧水に出会う。牧水の一目惚れ。この恋はこの一語に尽きる。そのくらい小枝子という女性は美しかったのだ。この恋について牧水側の資料が多いのは、牧水が歌人であってその経緯を短歌にしていることが大きい。一方小枝子は文芸その他に興味がなく、文壇歌壇における牧水の存在感についても恬淡としていたという。そうした資料の偏りを考えると、小枝子の実像が摑みにくいのも当然だと思うし、判断の公正さを欠くとの思いは十分にあるのだが、それでもやはり、私には美しいという以外の小枝子の魅力がわからない。近くにいても友達にはならない。怖い。けれど、複雑な家庭に育った、胸を病む絶世の美女、言葉にすると薄っぺらいが、そんな女性が実在すれば、やはり人は心惹かれてしまうのだろう。恋とはまこと因果である。そして、そんな因果な小枝子がいなければ、あの名歌、


 幾山河越えさり去りゆかば寂しさの果てなむ国ぞ今日も旅ゆく

 白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ


 も詠まれることはなかった。返す返すも因果である。

 本そのものはとても面白いのだが、なぜか読後に一抹の不全感……。本を閉じてしばし、世の中って不平等、そんな思いに沈んでしまうのは私だけだろうか。



  牧水の恋のてんまつ読む夜の闇は沈みぬ蜜の重さに


[PR]
by minaminouozafk | 2018-10-30 08:28 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)