2018年 09月 04日 ( 1 )

大博通りから横に通じる路地を入る。
突然現れる仄明るい光の中の露店や子どもたち。
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その光源は、路地の交差するところに掲げられた武者絵大灯籠。博多最後の絵師、海老崎雪渓の作品だ。勇壮なもの、怖いもの……、どれもが灯に命を吹き込まれ夜の闇に浮き上がる。

この日、8月26日は、大浜流灌頂の最終日。宝暦6(1756)年、疫病、飢饉、海難の祈禱と供養が起源の260年の歴史のある祭りだ。
路地中ほどに流れる香の匂い。ここは施餓鬼堂。この灌頂の期間だけ、東長寺の僧侶が、この年の新仏のための供養の経を上げている。露店の雑踏の中に響く読経。一見そぐわぬ景だけれど人々はお堂の前で立ち止まり、一礼して手を合わす。祭りは祀り。ここに来たのも何かのご縁。知らず、私も手を合わせていた。

開放されている町家をのぞき、地の人と話し、ゆっくり路地を歩く。でも時々ふいに振り返りたくなるのはなぜなのか。振り向いた視線の先には光と闇の境おぼろな世界が広がっていた。

「岡の山笠、浜の流灌頂。」
山笠で始まった博多の夏は、この流灌頂で終わる。



宝暦の武者、妖(あやかし)らよみがへる浜灌頂の大灯籠に

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上2作品は旧大浜公民館で年に3日公開される武者絵。
間近で見られて迫力満点。

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by minaminouozafk | 2018-09-04 08:00 | Comments(7)