『愛×数学×短歌』(横山明日希編著・河出書房新社)を読んだ。

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夏休み、帰省していた娘が、大学の地下食堂コミュニティの先輩の「愛の短歌」が本に載るらしいと言っていたので買ってみたのだった。

数学好きの男子高校生と短歌を詠む女子高生の交際の過程を、公募した「数学短歌」によって描くという企画もの。Twitterで話題になった「愛と数学の短歌コンテスト」を書籍化したものだとか。なかなか面白そう。


気になった作品を引いてみる。

・ベクトルの定義によれば「方向と大きさを持つ」つまり恋だな  泳二

  ベクトルとは恋であったのか。なるほど。

・平行線1°動けば交差するだから私も一歩踏み出す  ごまだれ

  平行という概念を的確に使って躍動感を生じさせている。

・あと半分あと半分と少しずつ想いを寄せても届かないんだ  横山明日希

  数学的に言うと、全体を1として、1/2+1/4+1/8+1/16…という近づき方をした場合、無限に加算してゆけば1になるが、人生は有限なので1には至らないのだそうだ。深い。

・背理法あなたの心を知りたいが仮定もできない私は臆病  panaffy

  「背理法」とは「~ではなかったなら」と逆の仮定をした矛盾を浮き彫りにする方法。数学の解法であれば当たり前に使えるのに。

・アイという見えないものを認めると世界は少し美しくなった  水宮うみ

  アイとは虚数i。もちろん「愛」を掛けている。

・赤い糸任意の曲線引けるならあなたのそばに1つの点を  横山明日希

  数学的には点も曲線なのだとか。短歌的には「1つの点」は「私」の寓意でしょう。

・何気ない午後五時二十九分も君と夕日を見たら特別  黒澤興

  午後5時29分は1729。これは、数学者ラマヌジャンが見つけた「タクシー数」なんだとか。数字に意味を見出すと限りがない。

・誕生日あなたとわたし婚約数だからあなたは運命の人  ルナ

  占いではなく、数学的婚約数で運命をはかる。そうきたか。

・あなたへの裂ける想いの証明に時の余白は足りなさすぎて  安藤もゆり

  「時の余白」という詩的フレーズは「フェルマーの最終定理」という360年解かれなかった問題を残す際に余白に書き入れた言葉。数学者は詩人だ。

・昨日より明日はもっと好きだからもう友達には収束できない  五十嵐

  「収束」も数学用語。ある状態に限りなく近づくこと。そうですか、友達には戻れないんですね。

・今君が僕を好きなら帰納法あと一秒だけ好きでいてくれ  unityむーさん

  「帰納法」とは、前見た鴉が黒かった、その前も黒かった、だから次に見る鴉も黒いだろうとする推測。あと一秒好きでいてくれたら、帰納法的には永遠となるかと言えばそうでないとわかっているところがなかなか辛い。

・正と負を二度間違えて正解に至ったような不器用な恋  物部理科乃

  マイナス×マイナス=プラス。この謎は「後ろ向き」で「後ろに歩く」と「前に進む」と思うと理解できるらしい。わかるけど、確かに不器用だ。

・遠恋の距離を求める公式は切なさかける会えない時間  y0k0t0m0

  なるほど。

・十三の次の素数は十七と十九の頃の恋のあとさき  四ツ谷龍

  素数好きは多い。こんな風に詩になる不思議。結句が効いている。

・5も7も31も素数より詩人の想い無限に溢(あふ)る  鰤

  これも素数。短歌は素数の複合体だったなんて。新鮮。


本書は1ページ1首構成。作品ごとに編者横山明日希氏の解説が付記されている。鑑賞のための数学的知識が端的に書かれていて、それもまた面白い。


数学と短歌のコラボがどういう形で成立するのだろうと思っていたが、非常に詩的に仕上がっていたことに驚いた。

しかし、考えてみればそうであろう。数学とは、特に純粋数学は、俗世の不純物を除いたところに立脚し、思考を進める。実在しないものに憧れ、追い求めるのは詩の創造と根を一にするものだ。数学を美しいと言い、哲学に通じると言うのはおそらくそのためだろう。


永田和宏、坂井修一など、言うまでもなく現代歌壇には優れた理系歌人が多い。恋というカオスを前に、定理や公式であざやかな解を求めようとしながら、その途上で生まれる矛盾に傷つき、立ち止まる理系男女の姿にこころ惹かれる。どうか彼ら、彼女らのこれからにずっと短歌がありますように。


  数学が得意だつたら 仮定法そこに広がるわが生茫漠


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by minaminouozafk | 2018-08-28 09:18 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)