2018年 07月 04日 ( 1 )

散歩でもしておいで。

そう言って、開催中の印象派展のチケットを置いていったのは彼女だった。


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一緒にどう?

なんて言わないのが彼女である。

(それにしてもワタクシ、よほどヒドイ顔をしてるってことね)


「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」。


日曜日に晶子さんのご紹介にあった九博の特別展である。

絵画史上最も美しい少女の誉れ高い、

イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢のことは晶子さんの記事にあたたかい。


さて、知人の好意の散歩道はこんな流れであった。

ざっくりと。


アングルの〈夫人〉に挨拶をして(はじめまして)、

カナレットの〈ヴェネツィア〉を懐かしみ、

ドラクロワの〈モロッコ〉の喧噪をくぐり抜け、

ピサロの〈雪〉に触れて、

シスレーの〈ボート〉に手を振って、

モネの〈ヒナゲシ畑〉で遊んで、

ルノワールの豊かな〈裸体〉に圧倒され、……

――この部屋でだいたい半分のところなのだから、恐れ入ることこの上ない。

このあとも、ゴッホの〈塔〉におののき、

ゴーギャンの〈ひまわり〉に声をかけ(ひさしぶりっ!)

ブラックの〈ヴァイオリニスト〉を再構成し、

ピカソの〈レモン〉に基次郎を思い、……と続いてゆく。


実は、この流れでは、お気づきのようにセザンヌの第6章をとばしている。

セザンヌの一枚を記しておきたかった。



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               《庭師ヴァリエ(老庭師)》

        1904―06年 油彩、カンヴァス 65×54cm


1906年は、セザンヌの歿年である。


その4年前の1902年、セザンヌは南仏レ・ローヴの丘にアトリエを建てる。

そのアトリエの庭師をヴァリエといった。

庭ばかりでなく、最晩年のセザンヌの身の回りの世話をしたヴァリエ。

最後のモデルでもあったヴァリエである。


この絵は未完だという。

セザンヌは、描きながら死ぬことを願っていた


この日、この絵に立ち止まったことを(知人の好意とともに)忘れないだろう


散歩の話である。



  セザンヌが最後に筆を入れし絵のそのしろたへの〈白髭のヴァリエ〉



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by minaminouozafk | 2018-07-04 07:31 | Comments(7)