4月3日火曜日、博多座の、市川海老蔵特別公演「源氏物語 第二章~朧月夜より須磨・明石まで~」観覧。

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歌舞伎と能とオペラ、そしてプロジェクションマッピングのコラボレーションから成る舞台。語り部の役どころを務めるカウンターテナーの彌勒忠史がとにかく素晴らしく、海老蔵の光源氏はただただ美しかった。

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本公演の第二幕は「須磨・明石」。

朧月夜の君との密通により、都を離れ、須磨、明石で暮らす源氏が出会った女性、その明石の御方が実に興味深い。『源氏物語』を彩る様々な女性の中でも、この明石の御方については、作者紫式部の思い入れが一際強いように思う。


明石の御方は、明石の入道の娘。

明石の入道は、源氏の母、桐壺更衣の従兄弟で、一族は大臣も排出した上流貴族であったが、この人物の代で受領となり、やがて出家。明石の入道は、住吉の神のお告げで、娘の明石の御方が国母になると信じ、あらゆる英才教育を施して、娘をどんな上流貴族の息女にも劣らぬ女性に育て上げ、源氏に添わせた。二人の間に生れた明石の姫君はお告げの通り、中宮となり、源氏は外戚として栄耀栄華を極めることとなるのである。


明石の御方について、キャラのポイントは下級貴族の出自であるということ。何世代か前は名流であったにせよ、父は入道である。物語に登場する女性の中でもその出自は一際低い。それが結局、紫の上、花散里に続く地位を得ることとなる。この設定は、才知ある女性のサクセスストーリーであると同時に、紫式部自身の秘めたる野望であったように思えてならない。


式部の父、藤原為時は漢学に秀でてはいたが、下級貴族。幼い頃より怜悧であった式部は、結婚後3年で夫と死別した後、当時権勢並びなき藤原道長に乞われて、娘を残し、中宮彰子に出仕した。この経歴は明石の御方のプロフィールに重なるところが大きい。もしチャンスさえあれば自分にも、明石の御方のような未来が開けていたのではないか、自分ならどうするだろう……。筆の走りに、誰よりも高揚している作者の様子が見えるのが、この「須磨」「明石」のあたりなのだ。


源氏は帰洛の後、明石の御方を上洛させるのだが、御方は出自からくる引け目を感じて、源氏の邸二条院に住むことはなく、娘明石の姫君が入内するまでは母として会うこともしなかった。そんな明石の御方のかたくななプライドを窮屈に思っていた源氏であったが、しかし、紫の上亡き後の喪失感に寄り添ってくれた明石の御方の誠実なやさしさに心打たれるのであった。


『源氏物語』の女性で最も愛されたのは誰か、と問われれば、それはおそらく紫の上だろう。けれど、一番幸せだったのは、と問われると、正解はなかなか難しい。女は愛だけで幸せにはなれない。千年もの昔、紫式部はこの複雑で辛辣な真実をきらびやかな絵巻の中に潜ませていたのである。あなどれない女、紫式部。友だちにはなれそうにないタイプである。


  あまたなる女御更衣のその中のただいちにんとなるふしあはせ

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藤の花の訪問着と四季花の明綴れの帯
紫を意識してみました。



〈トリビア〉

よく「明石の上」という呼称を見かけますが、出自の低い女性を「上」と呼ぶことはありません。実際、物語の中で「明石の上」という記述はなし。「明石の君」もしくは「明石の御方」。難しいですね。


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by minaminouozafk | 2018-04-10 00:49 | Comments(7)