2018年 04月 04日 ( 1 )

連翹忌に 有川知津子

連翹の季節が巡ってきた。


連翹とともに思い出される彫刻家がいる。

彫刻家と言うより、詩人と言ったほうがとおりが良いかもしれない。


おとといの4月2日は、〈連翹忌〉であった。

〈連翹忌〉すなわち、高村光太郎の命日である。

光太郎は、連翹をことに愛したという。


たしかに(私の大いなる先入観をもってすれば)、

連翹は、音楽的というより、絵画的というより、彫刻的である。


民子を野菊のような人と言ったのは、政夫だけれど、

智恵子は連翹のような人だったのだろうと思う。


昭和2年、光太郎は智恵子を思ってこんな詩をつくった。



     あなたはだんだんきれいになる


  をんなが附属品をだんだん棄てると

  どうしてこんなにきれいになるのか。

  年で洗はれたあなたのからだは

  無辺際を飛ぶ天の金属。

  見えも外聞もてんで歯のたたない

  中身ばかりの清冽な生きものが

  生きて動いてさつさつと意慾する。

  をんながをんなを取りもどすのは

  かうした世紀の修業によるのか。

  あなたが黙つて立つてゐると

  まことに神の造りしものだ。

  時時内心おどろくほど

  あなたはだんだんきれいになる。



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  青空の下にこそ見め光太郎愛でしひかりの連翹の花



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by minaminouozafk | 2018-04-04 08:48 | Comments(7)