2018年 04月 01日 ( 1 )

お食い初め 大西晶子



孫の勇太が生まれたのは128日、何の日かはさておき、そろそろ生まれて百日を過ぎ「お食い初め」をする時期になった。

40年ほど前の娘たちが生まれた頃には、知り合いが「お食い初め」の祝いをしたという話を聞かなかったし、義父母も実家の母も何も言わなかったのでそういうお祝いが一般的にされていることも知らなかった。しかし川崎に住む次女が勇太よりも二週間早くうまれた煌大の「お食い初め」の写真を送ってくれ、それを見た長女夫婦も勇太のお祝い会を計画し、私たち夫婦を招待してくれた。


f0371014_21123632.jpg
お食い初めの膳(男児用)中央は歯固めの石(花飾り付き)

  それにしても何と切実な願いだろう、今は赤子のわが子が一生食べることに困りませんようにと祈った親たちの思いは。     
 今はともかく、古い時代には飢饉もあり、戦で農地が荒らされ収穫のできない時もあったに違いない。食べられるのが当たり前になったのはそんなに昔ではない。戦中戦後の食糧難の時代は私の生まれる1・2年前のことだったのだし。


f0371014_21124291.jpg
                         儀式用ベビー服



f0371014_21104843.jpg
                         着用すると


すこし前に「飽食の時代」と言われていた時期があったが、今は子供の貧困が問題になり食品バンクが必要な時代だ。少し立ち止まって考えると、「お食い初め」にはやはり大きな意味があることがよく分かる。
 


長生きになると見られている世代の孫たちが83歳になるときに22世紀に入る。そのころ地球がどうなっているかなんて私にはもう想像もつかない、どんな世界になっているのだろう。やっぱり食に困らないようにお祈りしたほうが良いような気もしてくる。
 宗像大社祈願殿でお祓いを受けた後、更に奥の拝殿で「二人の孫たちが末永く、食べる物に困ることなどがありませんように、」と少し長く手を合わせ三柱の女神にお願いをした。

f0371014_21105425.jpg
      宗像大社祈願殿、お祓いはここで。初めて中に入りました。



 

 とは言え、桜が満開の日、旅館「はなわらび」の心遣いで、尾頭付きの鯛、お食い初めの御膳、名入りの箸袋、ベビー用の布団などを用意して頂き、大人たちも会食を楽しんだ。勇太はお食い初めと言いながら、どのお料理もお箸で口もとにもっていくだけ。
 お祓いはいつもならお昼寝の時間、お祓いの最中に泣いたのは誰でしょう?



f0371014_21105918.jpg


    
   戦いの飢饉のあるな花のもとねむりゐる児の先長き日に  晶子






[PR]
by minaminouozafk | 2018-04-01 09:59 | Comments(7)