2017年 08月 29日 ( 1 )

第14回筑紫歌壇賞は『蜜の大地』小紋潤氏。


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小紋氏は「心の花」所属。

雁書館の編集者として、また装幀家として、多くの歌人の本を作ってきた。また、若手歌人の後援にも尽力し、小紋氏の恩恵を受けた歌人は多いと聞く。

現代歌壇にあっては知らない方がめずらしいという存在の小紋氏だが、長い歌歴にも拘らず、本歌集が第一歌集であったことにまず驚いた。



1971年から2007年に詠まれた約800首から、420首が選ばれ、一冊にまとめられた。元々の800首という歌数も、歌歴に比すれば少ないが、このことについては高野公彦が

  「心の花」に小紋潤というメッタに歌を作らない歌人がいる

と書いている(「アサヒグラフ」増刊号「昭和短歌の世界」1986)ので、もともと寡作なタイプの歌人なのだろう。(高野発言は大口玲子氏の「あとがき」に引用されていたのを、藤野所有の原本にあたり確認しました。)


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小紋潤の37年がぎゅっと濃縮された『蜜の大地』、以下に紹介する。


銀河系、その創まりを思ふときわが十代の孤り晶しも

雨に濡れて紫陽花咲く稚ければ藍より青きことを信じる

天の川かかる夕べの庭に立つこよなく澄めば祈りは叶ふ

十指ひらき天にふれゆくある時はジャックの夢のごとき雲たち

ラディゲの死に間に合はざりしいもうとが薔薇一束を卓に飾るも

ある時は恍惚とせり滅びゆくものみな美しく、地球よ滅べ

さんさんと散る椎の葉のもろごゑの われもまだ生きてゐるといふこと

雪に変はる雨になりたり日常の只中雪一面の俺の視野である

さすたけの君を思へば啼く鳥の春の山彦さへやはらかし

焼酎が一番旨いと言ひおきて九州に帰りし伊藤一彦ともし

雲雀あがり晶しき春のさみどりにあした発つごと君娶りたり

違はずに来にける春に菫摘むいにしへの人のいにしへの幸

滅ぶとも流れゆくともよし春に花飾る吾も飾らるる汝も

南風すぎて雨にうるほふ街が見ゆ雨傘色のこの世が見える

惑星に游べる水の藍色を賜物として水滴むすぶ

すがしさを頒つ夜の雨恕されてしづかなる生をわれ賜らん

あかときの祈りにも似てよみがへる記憶の中にあさがほの咲く

柑橘のみどりの智慧につつまれて熟れゆくときはみな孤独なり

時は今いさをしのごとかさなりて実らん秋のひかりのなかに

殉教の地なるふるさとそのかみの一族ら草木のごとき団居ぞ

日向灘を右に見下ろし降りゆける窓にめぐしき水の王国

南島の内部の朱を遡る弧ははがねなすやさしさである

枇杷の実の稔る木下のほの明かりかぐはしき夜を迎へんとして

谷に棲む人の習俗、風俗の翳りさへ明るすぎる午後二時

夏雲の矜持こそよけれ わたなかに一つ大きく湧く力あり

槻の木はしんじつ黄金の葉を天に掲げゐたりけり、散りゐたりけり

かんがへてまた考へてかへりみる夕暮れはもうみづびたしなり

月を売りに来る人ありてそらんずる賢治の夢の結句あはれなり

海と川が交はるあたり西方の浄土より来るひかりあまねし

相思ふもののごとくに寄り添へる椎の実二つあるこの世の秋は

わが歌とおもへば晶し神様の時間のやうな孤独のやうな

草の茂る小道を通り夕焼けの向かうにいつかゆかうと思ふ

佐太郎の『帰潮』、柊二の『小紺珠』読みてやすらふ春のつごもり

秋深き欝金の山に子と遊ぶ 光とあそぶ子は鮮しき

此の秋はこよなく澄みてふるさとをゆきかふ雲は雲母なす雲

ほのくらく雨の降り来るこの宵に銀杏を炒るうつし世の母

大楡に向かひて立てば旧約の金色の葉の降りつもらせぬ

苦しみてゐるのは一人のわれのみならずエゴンシーレの窓に女見ゆ

思ひあふれて金砂銀砂をふりこぼすゆたかなるかな秋の真昼間

白骨と草に寝ねたる朝が来て光りかがよふ水晶の骨

ぬばたまの国語辞典はうすあかりして荒栲の「衣」なびかふ

そのかみの興亡見えて城壁の反りゆたかなることのさびしも

あぢさゐはまだ夭ければ天と地のあはひ静かな夕ぐれとなる

ゆく秋は余波のごとし陽に灼けしヴィヨン詩集に読む日暮れの詩

風のなき夜空にあまた星のゐて男星女星のいさかひあらん

愚直なることのよろしも我が家より東北東にある岩屋山

子どもらの鞦韆揺れてゐる夕べ雀の子らは遊ぶことなし

買ひて来し螢を囲むゆふぐれやアンデルセンの背は高かりき

友情といふ語にすがる日々にしてヨーゼフ・Kある朝思ふ

雲の影なき三月の青空を充たすべく赤い鱏を描かう

啄木の銀座の雨は静かなり今日降る雨は歓びてゐる

白露なり、紫紺の茄子を摘むときはあしたすずしき秋と思へよ

かたくなにこころまもると草の実の一粒となるお前であるか

いつさいは徒労であると長月のすすきの中にほほけしがあり

身に沁みて秋と思へり世界中長崎型原子爆弾製造可能

北よりの便りにリラの花咲くと五月はひかりの寂しさである

顧みてねがふことなきわれになほ盧生の夢のごとき残生

七夜見し夢のつづきに繭となる寂しきことはひとつもあらぬ

子を前に飲めば真昼の蟬の声この世に満ちて溢るるごとし

いつ来てもライオンバスに乗りたがるライオンバスがそんなに好きか

夜の紺のうすれゆくとき蠟の火を独りあそびて点しつづくも

飯食ふは一日の恥労働は一生の恥されば酒飲む

ふるさとに帰りて思ふ徴税人マタイが従ひしその人のこと

見下ろせばあを篁のゆくらかに動くと見えてしづまりゆきぬ



64首引用。

ワードで打っているとよくわかるのだが、小紋短歌の韻律の美しさは格別だ。それぞれの言葉のもつポテンシャルを限界まで生かしたリズムがゆったりと定型の中で呼吸している。

内面を露わに詠んだ作品はない。それでも読むものを引き付けてやまないのは、この韻律の力によるところが大きい。日常のなんということもない瞬間が詩になる。その不思議さ、鮮やかさを久しぶりに味わわせてもらった。

ことさらな事上げはされていないが、宗教観も感受される。この世を統べる大いなるものの存在の前に慎み深く生を享受する小紋氏の姿勢が印象に残った。



書きたいことはまだまだあるが、今日はここまで。

9月24日、太宰府館での贈賞式の報告の記事でまた書かせていただきます。



  定型にからめとられて言の葉の繁りゆたけし『蜜の大地』に



*9月24日 13:30~  大宰府館

第14回筑紫歌壇賞贈賞式

第二部のシンポジウム テーマ「声」に、パネラーとして登壇いたします。みなさまのご参加、お待ちしております。


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by minaminouozafk | 2017-08-29 03:31 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(7)