2016年 09月 06日 ( 1 )

祖母の着物

私の着物は祖母の箪笥に仕舞われていたものが多い。

祖母は明治33年生れ。元は長州藩に苗字帯刀を許された商家の四女だったが、父親の知人の借財の保証倒れで全財産を失ったという、明治新政府下で頻繁に起こった悲劇を実体験した人だった。姉三人の名前は、フジ、タカ、ナスと目出度いが、四女の祖母は、もう女はよし、ということでそのままヨシ。姉三人まではなんとか女学校を卒業し、医師、廻船問屋、地主と良縁に恵まれた。一家の倒産時、祖母は女学校卒業間際であったというが、なんの未練もなく退学し、逓信省の電報係になってモールス信号を打っていたらしい。

その頃、近くの小学校に着任してきたのが祖父、浩郎。町を歩けば袂に恋文が溢れたという逸話のあったモテ男が選んだのが、電報係の祖母ヨシ。当時は珍しい恋愛結婚だったわけだ。

ヨシは美しかったのか、と言われるとちょっと困る。ただ明治の女性としては抜きん出て大柄な160センチ超の身長で手脚がとても長かった。数学が得意で知事表彰も受けたらしい。一方、浩郎はちょっと小柄な優男。社交的で愛敬溢れる人物だった。

二人の組み合わせに私は遺伝子の妙をつくづく感じる。DNAの解析など全く考えられなかった時代にごく自然に相互補完的な相手を選んで夫婦になった。そこに生物としての直観力の鋭さを感じる。私の記憶の中ではいつも祖父が祖母を気遣っていた。

客観的に見ると美人でも、愛敬があるわけでもない祖母がなぜこんなに大事にされるのか、私はずっと不思議だったが、ようやくわかってきたような気がする。

祖父は、祖母の直さを愛したのだ。虚飾を嫌い、実を重んじ、自らに誠実な人柄を尊んだのだ。それを教えてくれたのは、祖母が残した着物たち。地味な色味の紬や銘仙が祖母自身の手で丁寧に縫い上げられている。幼い私にはわからなかった滋味がこの着物たちにはある。それは多分、藤野ヨシという女性の魅力だったのだ。

祖母でなくヨシさんとして語りたし日向たの縁でお針をしつつ
                            藤野早苗
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by minaminouozafk | 2016-09-06 03:51 | Comments(8)