2016年 09月 01日 ( 1 )

木綿の時間

藤野早苗

・花筏あまた浮かべてたゆたひぬ海にとけ合ふ室見の川は
・はい、恋に捨ててもいいと思ふ命すてずに今も持つてをります
・鳴く蝉の一心不乱を「婚活」といふ友のゐてひと日かがやく
・育児書の<余白>が大事 子育ては抱きしむること笑まふことから
・一粒づつ梅を返せばその度に塩の濃くなる私のこころ
・ねこじやらし揺らす三歳 全身で笑ふ一歳 椎の木かげに
・攻撃は苦手なる子のポジションはいつもディフェンス風ばかり見て
・息子とは楡のやうなり風すうと立たせて片手上げてゆくなり
・ぎらぎらを過ぎてしらじらその後をしらしらと月照り渡りたり
・「胡瓜断ち」「博多手一本」「鼻取り」や「鉄砲」山笠の言葉も奔る
・二百歳、三百歳の樹が若者のやうな貌せりロンドンに生き

三輪良子さんの第1歌集『木綿の時間』から。三輪さんは「心の花」所属。夫君の転勤で日本各地にお住まいの後、現在は福岡市在住。「筑紫歌壇賞」の関係でご一緒することがあります。

掲出歌、叙景よし、人事よし、内省的な作品もよし、ウィットも十分。若いだけでは詠めない、経験値による厚みが三輪作品の魅力。育児書の<余白>の大切さを、三輪さんから直接聞きたかった。息子を楡のようだというセンス、そんな親子の距離間を教えて欲しかった。歌人としてはもちろん、人間としてとても魅力的な人なのです。

世の中にはこんな幸せな人がいるのだ。三輪さんにお会いする度、うらやましく思います。三輪さんは佇まいのうつくしい人。ふわりとしたオーラに包まれているような印象です。悲しみや挫折、そんな負の感情からもっとも遠いところにいる人のように思っていました。

・継ぐ者の絶えし故郷の墓を洗ふ段々無口になりゆく母と
・緩びつつふはり惚けてゆく母を見ることもなし四十歳のままで
・踏ん張つて夕焼け空を仰ぐ母さびしいともう言うてもええよ
・おかあさんあなたの笑顔は世界一娘の名前忘れてゐても

三輪さんは弟さんを若くして亡くされています。作品から推るに、40歳くらいでしょうか。自身の悲しみに加え、逆縁というこれ以上ない悲しみを経験された母上を支えることも三輪さんの肩にかかってきます。加齢がすすみ、次第に危さを増す母上の認知。
・われに倦み人に倦みたる秋ひと日カラスことばで話をしよう
・どつさりと野菜買ひきて煮炊きする明日の鬱につまづかぬやう
・「水瓶座」なる星なれば折々に泣きたいときを少し傾く

ああ、三輪さんにも泣きたいときがあったのだ、自分のことは後回しにして、めぐりの人の幸せを願っていたのだ・・。歌集を読んで今更ながら三輪さんの器量の大きさを感じたのでした。

・子を三人生みて育てし歳月はたとへば木綿のやうなる時間

歌集名の由来となった1首です。夏は涼しく、冬には暖か。汚れたら水で洗え、たちまち清潔になる。着馴れれば肌触りよく、しかも丈夫でへこたれない。
三輪さんをめぐる家族の時間はまさに「木綿の時間」。じっくりと味わい深い時間が流れています。


ささくれし今日のこころを憩はしむ君がめぐりの木綿の時間      藤野早苗

*時々歌集紹介したいと思っています。

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by minaminouozafk | 2016-09-01 09:24 | 歌誌・歌集紹介 | Comments(6)