2026年 02月 05日
匂いの記憶 鈴木千登世
子どもの頃、こんにゃくが嫌いだった。料理になると薄らぐものの、袋から出たこんにゃくの、水が匂うという感じの饐えたような匂いが苦手だった。
他にもにんじんや玉葱他。一口食べると独特の濃い匂いが広がるものがだめだった。幼い頃はたぶん嗅覚が鋭いので、匂いの好悪が好き嫌いに結びついていたようだ。
けれどその分今よりも匂いを身近に感じていた。背も低くて地面と近かったので、草や土の匂い、お日さま匂いがいつも周りにあった。
父の吸うたばこの匂い、本を開いたときの紙とインクの匂い、降り始めの雨の匂い(ペトリコールと呼ばれるのを大人になって知った)。学校の行き帰りはお店の匂いや野の匂いなど通る道ごとにいろんな匂いを感じながら歩いていた。
大人になって車に乗り出すと、そういう匂いとは遠くなっていった代わりに、コーヒーの匂い、コロンの匂い、昔のクーラーの少しかび臭い匂い等がその時々の記憶と深く結びついている。

年齢を重ねて、最近は匂いが薄く感じられるような気がしていた。昨日、早朝ウォーキングの時に水仙を見つけたので写真を撮ろうと花の側にしゃがむと全く匂いがしない。実家のお正月には必ず水仙が活けられていて、あの凛とした匂いは新年の香りだった。まさかと鼻を近づけて確かめたけれどやはり感じられない。目や耳と同じで匂いを感じる力も弱くなってしまったのかとショックだった。
帰り着いて玄関わきのラベンダーを揉むとふわっと香り立つ匂いがわかった。柚子を刻むとやはり匂う。ネットで意識して匂いを嗅ぐトレーニングという記事をみつけたので、あれこれ嗅ぎ分けるのを試してみた。
昨日は寒くてまだ鼻が目覚めてなかったのかもと今朝は手で鼻を温めさらにマッサージして再挑戦してみた。するとうっすらと水仙の甘い香りが鼻の奥に感じられた。春の匂いだった。
「国鉄の香り」と言ふ名のフレグランス見つけたり香は記憶の主人(あるじ)

