2026年 01月 11日
ブログ記念日111 大西晶子

1月8日にそろそろ初詣の人達も減った頃かと宗像大社にお参りに行ってきました。広い駐車場の半分くらいに車が停めてある程の人出でした。いつものようにお参りをして、福御籤を引いてきました。
この福御籤は外れなしで景品が付いています。今年は半吉12等でしたが、差し出された景品に絶句。
実は毎年このお神籤を引くのですがここ2年は続けて半吉で、頂いた景品が熊手の飾り。そして今年はまた半吉で熊手の飾りでした。全部で20等以上の等級のあるお神籤なのですがどうしてでしょうか、3年続けて12等と言うのは。でも小さな幸せを搔き集めるのをこの熊手が助けてくれるのならそれもいいかと、今年は3本纏めて飾ることにします。

新年を待つ 大西晶子
朝ごとに開けるアドベントカレンダー今日の小さな幸せはなに
有毒の花には見えぬ水仙を模した練り切りねつとり甘し
注連縄のあたらしき紙垂ましろくて来る年はきつと佳き年になる
七十の齢にみえぬ郷ひろみ走り歌へり艶あるこゑで
浴槽でとほき鐘の音ききてをり新しき年に替はるを待ちて
石橋わたる 百留ななみ
あかねさす昔乙女が冬空の梛木の葉あふぐ四人そろひて
病室で新聞ひろげる百歳はたぶん間もなく退院できる
けんめいに追へど追へどもY字路で正義のミカタを見失ひたり
AIのまなこの光る暗闇で組み立てられて自動車となる
樫の実の水輪たのしゑ石橋をそろそろ渡り貴船の祠
二重線 藤野早苗
老いの影見せざりしまま人逝きぬあきらめ悪きわたしを残し
歳末の空低きかな伸ばす手が雲のかけらをつかめるほどに
明日からは伸びる日脚ぞ一年でいちばん長き影を曳きゆく
書き込んだ予定を二重線で消す未来を過去にしたる証に
橋上に見下ろす冬の香椎潟泥に眠れる命を祝ぎて
なぞなぞ 有川知津子
守るものがあるといふこと寒天にゐのししの母とにんげんの母
月日貝拾ひあげてはまた戻す海に濡れてゐてこそよくひかる
おほいなる風の扉はひらかれてもゆらもゆらに咲く冬桜
人日にシャワーヘッドを落とす音聞こえて下階の間取りも同じ
大津から小舟を引いて林檎狩るこれはなぞなぞ林檎は青い
未来(あした) 鈴木千登世
ニューイヤー駅伝伝える高き声 こたつとみかん 窓のぞく猫
布を裂き糸とし織りぬ古布のささやく声を聞き取りたくて
書架はもう〈玉手箱〉なり抽斗からVHSのテープ現はる
地下深く眠るマグマの欠片(かけ)拾ひ波打ち際に風を聞きをり
未来(あした)より過去(きのふ)ゆたかな日にありて未来しかないみどりご抱く
みどりの大屋根 大野英子
釣り人の竿の揺らぎに合はせつつ港のベンチで足ゆらしをり
またひとつ昭和の景色が消えてゆく喜も悲も容れしみどりの大屋根
クリスマスソングは疾うに飽きて聴く「亡き王女のためのパヴァーヌ」
庭仕事せぬままに去る新年の実家の庭に揺るる万両
北風をしのぎて遠き春を待つ庭の古木の梅とわたくし
すみれ草 栗山由利
猫だからやつぱりしてた猫かぶり わたしにみせない顔あれやこれ
腹くくり子育てせよと父がかきくれし賀状に咲くすみれ草
年の瀬は師までも走るといはれても走らない猫うちの三匹
風はもう立ち向かふものではなくて受け止めるもの七十二歳
春をまつ越冬サナギのみどりいろあざやかさまし新年となる

