2026年 01月 07日
島の元日 有川知津子
丘から海を眺めていたとき、背後を一頭の猪が駆け抜けた。

背後の出来事なのになぜわかったか。私のうしろに立っていた母が目撃したからである。猪は、私の背面と母の前面のあいだを勢いよく駆け抜け、そのまま山に紛れていった。おそらく雑木の茂みにひそんでいたのだろう。
話し声を立てながら登ってきた人間の気配に、猪よ、どれほど慌てたことか。
母も慌てた。猪が私に突き進むのではないかと思ったのだ。猪! と叫んだ母の声は、どこからそんな力が湧いたのかと思うくらい野太かった。
今思い返せば、猪と母は、母と猪は、あの一瞬、きん、と響き合っていた。
守るものがあるといふこと寒天にゐのししの母とにんげんの母

