2025年 12月 30日
空芒終盤 藤野早苗
今年もあと2日。私にとって、〈空芒〉(天中殺とか大殺界とも称される12年に一度の運気の低迷期)であった辰巳の2年が過ぎようとしています。
占いを盲信することはありませんが、これからを考える指針にすることは多々あります。人間が宇宙に属する生命体である以上、各々のバイオリズムの影響を受けながら生きることは不可避なわけで、それがたとえば「気学」という将来への導のような学問として集大成されたのだろうと考えています。
そんな私にとって、2年前の今頃は少々しんどい時期でもありました。「あー、これから2年間、またいろいろきついことがあるんだろうな。」
「また」というのは前回の辰巳空芒時に起きた事件がけっこう衝撃的だったから。娘の不登校は、前回の巳年に勃発したのでした。今回は何が起きるんだろう?不測の事態に対して、私は何をどう備えておけばよいのだろう?
こんな時、ちょっと立ち寄るKITTE博多の中の占いコーナーにいらっしゃるとある先生のブース。人生経験豊かなこの方の言葉は、占いというより経験知から生まれたアドバイスという感じで、私について何もご存知ない方からの言葉はかえってすとんと腹落ちするのでした。
「表立った行動は控えること。でもね、学びなさい。もう還暦も過ぎたんだから、あ、お子さんも手が離れてるでしょ?連れ合いさんももうこれからは自立してもらって、自分のしたかったことを学ぶ時期にするといいですよ。空芒って聞いたらみんなすごく恐れるけれど、長い人生の中のどこかで休まないとダメよね。走り続けてたらもたないもの。来年から2年間、あなたはそんな時間をいただいたの。だから焦らず、ゆっくり自分と向き合って、これからあなたに起きることの意味を考えながら過ごす時間にしてください。それがその後の人生の時間を変えることになりますよ。頑張って。」
それから2年が過ぎました。昨年11月、母他界。今年は夫が2度にわたる手術を受けました。母との別れは(悲しいとか寂しいとかいう感情はもう言わずもがなとして)物理的にも精神的にも、さまざまな呪縛からの解放でもありましたし、夫の病気はこれからの家族を考える上で重要な示唆であったように思います。
過ぎてしまってからわかることがあります。というか、過ぎてからでないと多分本当のことはわからない。12年前、私を不幸のズンドコではなくどん底に突き落とした娘の不登校。でも、今現在の私の身めぐりの素敵なネットワークはこの事件を発端に形成されたもので、このことがなければ、私は本当に自分がしたいことと出会えないままの人生を送っていたかも知れません。
この2年、身辺の慌ただしさを言い訳にして短歌関連の諸事を疎かにしてしまうことも少なからずありました。チーム「南の魚座」のメンバーにも多大なご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません。本来ならクリスマス(降誕祭)前後に刊行するはずの「南の魚座 Vol.9」も発行は来年3月のイースターあたりとしています。イースターは〈復活祭〉。来年は気持ちも新たに短歌に取り組む年にしたいと思っています。
今年1年、当ブログをご訪問くださり、ありがとうございました。私たち7名の日々紡ぐ言葉が毎日どこかでみなさまの心に届いていると想像すると、それだけでうれしくなります。来年も当ブログ「南の魚座 福岡短歌日乗」、よろしくお願い申し上げます。
歳末の空低きかな伸ばす手が雲のかけらをつかめるほどに
*旧暦では干支の変わり目は節分あたり。なので、空芒はあとひと月あまり続きます。娘の不登校勃発も年明け早々でした。笑。まだ気は抜けません。学びの日々は続きます。





