2025年 12月 22日
瓦版 百留ななみ
今日は冬至。夜が一番長い。ということは明日からは徐々に昼が長くなる。一陽来復。陽射しが春めく気がする。

読売新聞をお試しで一週間ほどポストにいれます。ということで一週間、朝日新聞と読売新聞を読み比べた。新聞の特に一面は大差ないのではと思っていたのだが、大きなニュースがなかったせいかほぼ毎日違っていた。
なんとなくずっと購読を続けている新聞だが、息子たちの家庭は新聞を取っていない。一番楽しみにしているのは百歳の義母。テレビもほとんど見ないし、もちろんスマホももっていない。

今やオールドメディアといわれる新聞。その発行部数は急激に減ってきている。2000年には5000万部以上あった新聞の発行部数は今や半減。世帯数でいえば4700万世帯から5800万世帯。単身の増加だろう。今は一世帯あたり0.5を切っている。

40年まえの学生時代はそんなに読まないのにみんな新聞を取っていた。仕送りのなかから新聞代を捻出していたのだろう。アパートにはテレビがあり、なかにはパソコンを持っている友人もいた時代。
半永久的とずっと思っていた新聞だがぼちぼちその終焉のようだ。あたりまえに朝ポストを開けると新聞があった時代といわれるようになるかもしれない。
もちろんスマホの影響がいちばん大きい。
新聞がSNSでは発信できないものを伝える手段になるには努力だけでは太刀打ちできないだろう。読書は紙の本でないと落ち着かない。読み返したり、付箋をつけたり。

AIの開発や利活用では日本は他国に後れをとっているらしい。わからないことがあったら、片手ですぐに調べられる夢は現実となった。
AIの根本はわかっていないが、たぶん近い将来には必要不可欠になるのだろう。
そのころにはたぶん瓦版はすがたを消している。

病室で新聞ひろげる百歳はだぶん間もなく退院できる

