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ピジン 有川知津子

 学生時代、文化人類学の授業で「ピジン語」という言語のあり方を学んだことがある。交易などの接触をきっかけに、現地語を話す人々と、それを話せない商人などとのあいだで自然に生まれる言語で、文法や発音は簡略化され、語彙も少ない。こうしたピジン語が母語話者をもつようになり、語彙や表現が豊かになったものがクレオール語だと教わった。


 日本に来て半年ほどになる学生が、廊下で電話をしていた。聞こえてきたのは外国語だった。中国語でも韓国語でもない。英語とも違うように思えた。

 次の授業のとき、私はその学生に、いちばんよく使う言語は何かを尋ねてみた。よければ、あなたが使う言葉の名前を教えてほしい、と。私の日本語の授業を聴いてくれている学生の言葉を知りたいと思ったのだ。せめて挨拶語を覚えたい、そんな気持ちだった。


 返ってきた答えは「ピジン」だった。ナイジェリア・ピジン。学生は私のために、その言葉を紙に書いてくれた。その綴りは、一般に知られている pidgin という表記よりも、さらに簡素化されていた。


 あの日、その学生が電話で話していたピジン語の表情は、日本語を話すときとはまったく違っていた。授業中に見せる、言葉を選びながら慎重に話す顔ではなく、間合いも声の高低も自然にほどけていた。あたりまえのことなのだろうけれど、その声には、説明や配慮を必要としない時間が流れていて、とても生き生きしていた。


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大津から小舟を引いて林檎狩るこれはなぞなぞ林檎は青い



by minaminouozafk | 2025-12-17 07:00 | Comments(0)