2025年 12月 14日
注連縄 大西晶子
久しぶりに宗像大社に詣でた。年末になり、この一年を大きな障りのなく過ごせたことへのお礼参りをしたかったし、新しい願い事もあったからだ。境内は静かで、所々の紅葉した木々が鮮やかだ。手水は思った以上に冷たい。


神前で手を合わせると思い出す、高野公彦氏が「神仏には手を合わせて拝まないが、神社仏閣や仏像などの美術品を見せてもらうので御賽銭は入れる」と言う意味のことを話されていた。確かに硬貨のお賽銭を入れて家内安全から一家の健康、幸運などをお願いされても神様や仏様は「なんと虫の良い人間たちの願い!」と思われるかもしれない。
しかしそこまでの幸福や運は望まないけれど、神前で手を合わせることで小さな安心感を得られるのも私にとっては事実だ。
本殿のまえで参拝を終え振り返ると、丁度新しいしめ縄が張られたところだった。新年までほぼ半月、忙しい日々だけど気持ちよく新年を迎えられるように過ごしたい。

あたらしき注連縄の紙垂ましろくて新年はきつと良き年になる

