2025年 11月 14日
水辺あお第一歌集『空の静謐』(柊書房) 大野英子

水辺あおさんのペンネームで、2018年にコスモスに入会。日本近代史の研究家であり、皇族研究家でもあり、このブログでも紹介させていただいた、皇室に関する著書も多く出版されている小田部雄次さんです。入会5年以内の会員が選考対象となる純黄賞も受賞され、コスモス賞、O先生賞でもここ数年、上位で推薦されるご活躍です。
本歌集は、入会前のお作品五十五首と入会後の7年間のお作品を4章立てで構成されています。鋭い社会詠、弱者へ寄せる思いなど、お作品には愛が溢れます。
Ⅰ 1987年~2018年
星みつつカヌー漕ぎ来て住みしといふパラオの民は非核を選ぶ
龍馬以後テンション高く生きてきて疲れをりたりわが日本は
巻頭の二首。四千年の歴史のあるパラオは、いくたびも植民地支配を経て、住民投票により、アメリカからの独立と「非核憲法」が可決しました。「非核三原則」を掲げながらも「核の傘」に頼る日本の矛盾を多くを語らず提示しているようです。そんな日本のこころざしの疲弊と対比するようで、今後の歌集の方向性を示唆するような二首となっています。
例外に例外重ね気がつけば戦争放棄を放棄せし国
靖国を詣でてどこが悪いかと詰め寄る人は孫祀るのか
ヨヤトウノギインショウヨハアガルノニショミンハサガルアベノマジック
安倍政権時代の憂い。今再び、タカ派色が強まる政治、改善されない庶民の生活を改めて思うここ数年です。
ミサイルを発射する狂、迎撃を理由に戦争準備する狂
唱えこし「平和と自由、平等」の呪文の効果うすれて、胃痛
果てしなき大地に最初の杭を打ち柵をつくりし男は誰ぞ
これら作品を読むと、世界情勢の悪化を、改めて問題提起される思いです。
いちはやく学内派閥の現況をわれにつぶさに教へくるる人
たかしるや天下りせし役人が人事を握り元部下を推す
卒業する学生の名は呼ばれずにやまどりの尾の長々と式辞
卒業式終へて冷えゆく体育館鬼籍に入りし教え子が佇つ
一、二首目は、新しく勤務する大学の政治の力に言及し、だからこそ、三首目は、主役の卒業生は置き去りにされる実情、学長の式辞は自己の誇示が目立つのでしょう。前のうたの「たかしるや」同様に枕詞を効果的に使い、さりげなく詠まれています。四首目は、もう誰も顧みない、在籍中に亡くなった学生の無念の眼差しを受け止める優しさ。
畦下りて冬の田に散り棺待つ人の頭上の無限の深さ
驚きて飛び立つ鴨の羽ばたきの雫引きゆく早春の空
風を受け風を返せる竹林の大きくゆれてまた風を待つ
汚辱や、悲しみに満ちる世の中だからこそ、叙景歌の自由で深い空は水辺氏のこころのように感じられて惹かれます。亡くなられた方の出棺を見送る村人たちの共同体としての様子を見守る深い空、鴨を迎え入れる早春の空、風にその身をゆだねる竹林の先にも広がる空はこころが安らぐ存在なのです。
玉ねぎを結びて竿に並べ干すキャリア捨てたる妻の鼻歌
夢に立つ孔子孟子ら口そろへ老いては妻に従へといふ
なによりも林檎の好きな人とゐて林檎の香る家に暮らせり
社会へは厳しい眼差しの水辺氏を支える細君は、折々にこのブログにも登場するコスモス選者であり「石田組」愛に溢れる小田部雅子姉さん。このブログの2019年5月31日に第三歌集『水と光』を紹介いたしました。雅子姉さんは31年の教職から離職されてからの生活を「こちらに越してから私は自由になりどんどん土に戻り、〈ヒト〉に戻っている気がします」と、あとがきに書かれていたことを思い出す一首目です。「鼻歌」がそんな思いを伝えてくれます。雅子姉さんの歌集では学生時代から夫君を支え、見守ってこられたおおらかな愛が詠まれていました。そんな経緯があってこその二首目の「妻に従へ」、三首目の安らぎと充足感です。
Ⅱ 2019年~2020年
パソコンにウイルス入りて怒るわれふむふむふむと見てくれる妻
瓶の蓋かるがる開けてああけふは妻に勝つたと思ふ午後なり
二章でもそんな細君との日常が詠まれます。なんでもそつなく対処してくれて絶対的信頼を置く細君。それでも小さな優越感が嬉しい二首目。
ひとむらの水仙の花おのおのが春の光をとらへんと揺る
如月のまぶしき空を鳥ゆけり地上の騒ぎ届かぬ空を
風花は道をぬらさず横に逸れあるいは青き空に消えゆく
こちらも天空の広がりを感じさせてくれる三首。二首目は、この作品から高野公彦氏が歌集名を『空の静謐』とつけられたそうです。水辺氏の無垢なこころのような表装もこのうたにぴったりで、自然との親和性に惹かれます。
為政者の嘘はシャワーの湯のごとしはねて周囲をずぶぬれにする
わが猫の〈言葉〉ときどきわかるのに全くわからぬ首相の〈言葉〉
「忖度」と言われ周囲を巻き込む政権の体質を的確な比喩で批判する一首目。二首目は愛猫と比較して、くすっと笑ってしまいますが、一国民として笑えず、政治への不信感は広がるばかりでした。
知も情もなき極小のウイルスに命狙はる核もつわれら
宰相は四月一日嘘隠し声を封ずるマスクを配る
一メートル空けるくらゐがちやうどいいハグや握手になじまぬわれは
そんな中、コロナ禍となります。核武装に走る大国批判もチクリと入れる一首目。二首目は「アベノマスク」といわれたものの配布発表をした日に注目し、その後の成り行きさえ言い当てる一首。三首目はご自身に引きつけて「キープディスタンス」を詠まれます。
日本人だけで四十五万死す百年のちのコロナ明かせり
昼夜なく死傷者は増え英独軍罹患者明かさず戦死者に数ふ
2021年のO先生賞佳作作品「スペイン風邪」二十四首から二首。コロナ禍のなか、百年前のスペイン風邪の全世界への感染と影響を史実に基づき、世界史から皇室、庶民への影響も丁寧に掬い取り、リアルな迫力と読み応えのある一連でした。
Ⅲ 2021年~2022年
未踏なる人界なれど子を連れて山を降りくる熊の決断
海彦と山彦減りて街彦が日々食べつくす海山の幸
十年が経ちても更地まざまざと〈ただ祈るしかない〉といふ嘘
俺たちが育てちまつた〈大怪獣〉ゲリラ豪雨にまたも襲わる
三章では、増え続ける自然災害も多く詠まれます。一首目は今年に入りいよいよ深刻化した熊問題。「未踏なる人界」と熊の立場から詠まれ、今となっては政府の無策が思われます。
農業水産業従事者が減るなか、そんなことお構いなしにグルメをむさぼる都会人。自然破壊、気候変動問題も考えさせられる二首目。三首目は東日本大震災の十年後「祈り」だけではなんの解決にもならなかったという現実。度重なる「ゲリラ豪雨」は人災であるということをわれわれに反省を促すような四首目は中原中也の「汚れちまった悲しみに」を思わせて根源的な悲しみを伝え、どの作品も、批判だけではない自省がこもります。
世の中は匿名記事の真つ盛りあちらこちらで怨念が飛ぶ
目に見えぬ電波が屋根を越えてゆく〈こいつ嫌いだ〉〈あいつ許せぬ〉
もう一つ、大きく問題化しているネットの中傷記事についても不気味さをもって現代社会の恐ろしさを顕在化しています。
長生きは博打のごとし見たくなきもの見て逝くか見ずに逝けるか
飛行機が飛びつつ部品一つづつ落とすかのごと老いに入りゆく
わが身にもわれの言ふこと聞く部署と聞かぬ部署あり聞かぬ部署増ゆ
一首目、人生百年ともてはやすような世の中に、良いことばかりではないという結句に祈りを感じるのは私だけでしょうか。二、三首目は、的確な比喩とリフレインを生かし、ご自身の老いの問題も冷静に見つめて詠まれます。
わが街にキグレサーカス来しときのときめきは無し五輪はじまる
視聴率高いはずだよ出でゆけずすることのない金曜の夜
2022年のO先生賞優秀作品「にやり」から二首。コロナ禍に強行開催された商業第一主義の東京五輪を、批判のみならず弱者や競技者の立場も掬い上げ丁寧に詠まれます。
肝心なことがいつしか消えてゐるニュース聴きつつ納豆を練る
けふもまた蟬啼き暑くなる予感、論点ずらしのニュース流れて
報道側にも、厳しい批判の目を向けます。報道方針への忸怩たるいらだちを納豆を練る行為や耐えきれない暑さに仮託しています。
御上より禄を賜はる身なれども御上にむかふ与力の憤怒
将軍も貧農も消ゆさりながら今も生まるる困窮の人
2023年のO先生賞優秀作品「与力の憤怒」から二首。わたしの大好きな一連です。大塩平八郎の乱を題材にまるでその場に居るような臨場感のある世界を作り出しながら、現代社会に結びつけ、今詠まなければという強い怒りと思いが感じられる一連でした。
Ⅳ 2023年~2024年
次々とホームラン打つヒーローとミサイルを撃つ無名兵士と
非正規と呼ばずバイトと呼びしころ未来は若者たちを待ちゐき
とらはれてラムネの瓶を抜け出せず空の景色を宿すビー玉
火の玉になるよりましか一億が四方八方十六方向く
さまざまに問題提起を詠まれて来られましたが、切なさが増す後半には弱者を思う眼差しが目立ってきます。一首目のヒーローはもちろん大谷翔平。その活躍を楽しみに見ながらもどこかの紛争地で、命令に従いミサイルを撃ち続けるしかない無名の若者も居ることをさりげなく提示し、二首目は確かに高度成長期の昭和の時代は「いつかは正社員に」という希望があった「バイト」と、明らかに正社員と一線を画される「非正規」。三首目はそういう弱者をラムネのビー玉に喩えているけれども「それでも空を宿している」というエールと取りたいと思います。人々が好き勝手に違う方向を向いている現代だけれども「一億総火の玉」となる時代よりはましかという諦めがあります。
テンションの上がり下がりの幅減りてそのまま下降してゆくわれか
怒るべきこと多々あれど怒れずに老境と呼ぶ洞から覗く
独り寝の秋の夜長の夢に入り八十の衢の海石榴市歩く
世の中に、多くの怒りをもって詠まれてこられた水辺氏。後半に入り、老いの歌に少し諦めが感じられる一首目。それでも二首目は「洞から覗く」と注視することは諦めていません。三首目は柿本人麻呂の〈海石榴市の八十の衢に立ち平し結びし紐を解かまく惜しも〉を踏まえています。せめて夢のなかでは心躍らせたいという思いは現実のやるせなさをも思わせて、楽しくて切ない一首です。
いつも以上に、長く書きすぎてしまいました。多くの作品に共鳴し、また溜飲を下げながら読ませていただき、好きな作品が多すぎて抽出に非常に悩んだ一冊でした。
多くの怒りや悲しみを詠まれながらも柔らかく分かりやすい言葉で紡がれています。印象的な空のうたもいくつか挙げさせていただきましたが、高野氏の命名通り、その空は全てを包み込むような水辺氏の眼差しと重なっていったのでした。

黙ふかくうた紡ぐひとおほぞらのやうに地上のわれらをつつむ

