2025年 11月 09日
思い出のコスモス 大西晶子
最近ローカニュースで一面満開のコスモス畑をよく見る。宗像市でもコスモスがあちこちで見られるようになった、赤、ピンクや白の優しく見える花だが実は逞しい。風で茎が倒れてもしばらくすると倒れた箇所から直角に曲がり空を指して伸びていく。またあまり手入れをしなくても時期がくれば美しく咲くのもコスモスの魅力の一つだ。

わたしが短歌結社コスモスに入会してから40年以上経ったが、そのきっかけは小倉のアサヒカルチャ―センターの平松茂男先生の短歌教室に入ったことだった。そこで初めて結社というものがあると知り、ごく自然に先生と同じコスモスに入会したのだった。同じ教室に来ていた人たちにもコスモスの会員が多かった。
入会後しばらくしてコスモス北九州支部の一員として門司区の古城山に建つ宮柊二の歌碑の周辺の掃除に行くように言われ、短歌教室のお仲間数人で清掃や草むしりをしに行くようになった。
短歌教室に通っていた間に6、7回は行ったと思う。JR門司港駅からタクシーで和布刈公園に行き、山道をしばらく登ると山頂に着く。途中の山ノ神の祠で手を合わせ、置いてある箒やちりとりを借りて、歌碑の周辺の草を抜いた後で周りの土をきれいにした。
時にはコスモスの苗を植えたり採種を頼まれたりしたこともあった。花の時期に行った時には歌碑の後ろの斜面一面がコスモスの花に覆われて想像以上に美しかった。
そのようにコスモス北九州支部の会員たちから大切に手入れをされていた宮柊二の歌碑とその周辺だったが、会員の高齢化で手入れも難しくなった頃に市の管理となり、今はコスモスの会員の手を離れているようだ。
歌碑の掃除にご一緒した短歌教室の友人たちは、私よりも平均して20歳くらい年上の方達だった。それぞれに個性的な魅力のある方たちで、たくさんのことを教えて頂いたと思う。その方たちとは短歌教室へ行くのを止めた後も、短歌関係の会で会ったり年賀状のやり取りをしていたが、いつの間にかコスモスへの出詠がなくなり、年賀状を出しても返事が来なくなった。思い出すと懐かしく、もうお会いできないのが寂しい。

花咲けるコスモス畑で見失ふそんな別れを重ねつ友と

