2025年 10月 10日
桑原正紀著『ようこそ、歌の世界へ』(本阿弥書店) 大野英子

「歌壇」での約二年間の連載を一冊に纏められています。第一回から、図書館で読んできて、一冊に纏められることを望んでいました。
そして、素早い発行は、連載時から入門的な本を作成することが前提だったそうです。
ありがとー、歌壇編集部!
帯にも書かれるように「初心者から、ベテランまで楽しく学べる短歌再入門書」です。
この一冊の特筆すべき点は、第一章に置かれる〈和歌・短歌の歴史〉。桑原氏は「必ずしもここから入る必要はありません」と「はじめに」に書かれていました。しかし、解りやすい筆致での、うたの始まりや継承を知ると、「詠む」ということが、いかに愛しく、尊い行為であることが思わずにはいられません。桑原さんは「目眩に似た感覚を覚える」とも表現されていました。
最初から引き込まれたのは、古典から実作の発想を得た例として、高野公彦氏の
地下ホームを来る四、五人の女生徒の、いや先だてる伊須気余理比売
を挙げていたことです。そして「血脈の源流を尋ねるように、歌謡を含めて古典をよく読んでいることがわかります。古典は決して化石のような遺物ではありません」と添えられています。
古事記の歌謡を踏まえて読むと、楽し気な女生徒たちと大和の野をたのしげにゆく乙女たちが重なって魅力ある景が立ち上がってきますね。
第一章を7部に分け、和歌、短歌の約1500年の歴史を記され、現代短歌に関しては、インターネットの普及による結社の存在の変質を迫られる先の見えない状況を書かれますが、
「創作という行為の原点にある〈何かを表現したい〉という欲求は、個にまつわる純粋で絶対のものだからです。その表現の器としての短歌を信頼する心があれば十分でしょう」と結ばれています。
そんな短歌愛に満ちた桑原氏による「実作のポイント」が二章では〈短歌の特性に沿って〉というテーマでそれぞれに実作の推敲例を挙げながら、読者に語りかけるように、やさしく、丁寧に解説されています。
例えば、私もカルチャー等で、内容の詰め込み過ぎな歌に対して「この内容で2、3首詠める」とよく言っているのですが、一首の中に言いたいことが複数混在している作品を挙げ、分解した2、3首の推敲例を示し、そこから連作をどう詠めばよいかにまで発展し、斉藤茂吉『赤光』の59首の大連作「死にたまふ母」から7首を挙げ、連作の注意点を記されます。
さらに、出来のいい連作とは、写真は一枚でも見どころのある作品となっていると同時に枚数が集まると相互に増幅し合って迫力のある全体像を作り上げるようなもの。と具体をあげ、またその構成も大事だと語りかけて下さっています。他のうたに凭れかからない作品作りということですね。
うたのリズムに関しては、定型によるリズムから、破調による効果、リズムを崩す破調を目立たなくする方法まで、順を追う丁寧さです。
このように、何事も限定せずに、詠みの世界を広げてくれる、ナビゲーター的解説が繰り広げられます。
三章の〈主題に沿って〉では、愛、生、死、社会、自然、〈歌〉をうたう。とテーマ別に
古典和歌から現代短歌まで例を挙げたのちに、推敲例をあげながらテーマの本質に迫っていきます。
最後に置かれる、〈推敲について〉では、連載中は「添削例」となっていたのを、「推敲例」とされているのは作者になりかわる気持ちを込めてあえて推敲とされたと記され、「推敲」の語源を紹介し「あくまで本当に自分が表現したいものに軸足を置いて作ることを常に意識していたいものです」と結ばれます。
現在、桑原氏は「歌壇」の読者歌壇の選者をされ、作者に寄り添うようなワンポイントアドバイスを引き続き楽しんでいただけます。
入門書は、もう持っていると言われる方も多いと思います。それでも、わかりやすく導くように書かれた本書は、気持ちを新たにして、より良い歌作りへ、導いてくれることと思います。
五時なのにまだ明けぬ空オリオンと十八夜月ともにまたたく

