2025年 07月 10日
「水城291号」届きました 鈴木千登世
暑いより熱いと書きたいような日々に流水文様も涼やかに「水城」291号が届きました。昨日のブログで発行人の有川知津子さんからお知らせがありましたが、四か月に一度の発行されている福岡支部の支部報です。毎回作品や歌評に加えて白秋、柊二の研究が掲載される資料的にも貴重な支部報です。

寄せられている会員19名の作品のうち一首をご紹介したいと思います。
有川知津子「風を入れたい」より
この階に移されたなら帰れない今すぐここに風を入れたい (後戻りできない場所へ導かれた戸惑いや不安の中で、閉ざされるのではなく外とのつながりを得たい思いや、わずかでも心地よい場所としたい気持ちを「風を入れたい」から感じました。お父様への挽歌の中の作です)
有中房子「お鰹菜」
「鰹菜の発芽は気温下がらねば」とふ子に農学志望の日あり
(鰹菜は福岡で古くから栽培されている野菜で博多雑煮には欠かせません。専門的な子の言葉に農学への素養や関心が感じられます。今は違う進路を歩いている子への親としての思いが歌の背後から漂ってきます)
池田毅「知能犯」より
いかにして扇動するかを企てる広告業界は知能犯なり
(収入を得るためには手段を選ばない業界への憂慮が「知能犯」にこもります。いかに注目を集めるか、いかに世論を作っていくか。情報の受け手として煽られないようにしたいと思いました)
池野京子「婦唱夫随」より
折々の婦唱夫随もよろしくて計百九十二歳の友人夫婦
(夫に妻が従うのではなくて妻に夫が従う「婦唱夫随」。計192歳ということは90歳を軽く超えたお二人の仲睦まじいご様子が見えます。友への追悼の一首です)
江﨑玲子「音楽の魂」より
好きなうた歌ってきもちのよいうたは景がうきたつ心地良きうた (「うた」がひらがなで表されて作者の歌への気持ちがこもるようです。歌ううちに景色が見えてそれがまた歌う楽しさをふくらませてゆく。歌うことのよろこびを感じました)
大西晶子「雪野」より
雪降れど積もるほどになはなき一日安堵しながら雪野をも恋ふ
(大雪となると様々な支障が起こり災害の可能性も心配されます。積もるほどでない雪にほっとしながらも、あまり雪の降らない南の地方に住む者の美しい雪野への憧れに共感しました)
大野英子「十日夜の月」より
にごり水にゐたる海月がゆふぞらに浮かぶおぼろな十日夜の月
(「十日夜」という言葉のうつくしい響きに魅了されました。濁り水のくらげが夕空の月になると言う発想も素敵です。「くらげ」を「海月」「濁り」を「にごり」など心を配った表記にも注目しました)
栗山貴臣「越冬トマト」より
年越したトマトに小さき実がついて越冬トマトと一人名付ける
(トマトが越冬するとは驚きです。暖かく環境の良いところにあったのでしょうか。小さな実がけなげです。名付けられて作者にとって特別なものとなったトマト。驚きがほのぼのとした気持ちになりました)
栗山由利「やさしいきいろ」より
つかのまの春はおわつて紅茶より麦茶のにあふ夏がすぐそこ
(紅茶の美味しい季節からさっぱりとした冷たい麦茶が欲しくなる季節へ。身体感覚で季節の移ろいが捉えられています。温暖化下の現在を「つかの間の春」と表現しているところにも注目しました)
猿渡紀美子「痛気持ちよし」より
アキレス腱伸ばし鍛へるヒラメ筋ビビビビーンと痛気持ちよし
(辞書に「痛気持ちよし」はないけれども実感としてよくわかる感覚です。読んでいるとアキレス腱を伸ばしている時のあの感覚が甦ります。作者独自の把握が面白く生き生きとした場面が浮かんできました)
末広芳子「うすらひ」より
雪降れば甕の面に張るうすらひを木の葉でさやるわらべのやうに
(「うすらひ」という言葉が美しくその魅力から生まれる雪の日ならではの景に惹かれました。木の葉で氷をそっと撫でる、その繊細な心の動きや子供のような興味、それれがうすら氷に結集して見えてきます)
辻恵泉「墨書」より
〈遊神〉の墨書掛けられる高台に玄界灘の夕つ陽見をり
(「遊神」とは心を自由に遊ばせること。その書の掛けられている高所から見る玄界灘の夕日の景。文字通り心を遊ばせてみる美しく雄大な景色に心が奪われます)
手嶋千尋「手のひらの小窓より」
手のひらの小窓を開けて小窓から見える世界を世界と思う
(「手のひらの小窓」が何より詩的です。小さなスマホから広がる多彩な世界への驚きが詠まれています。そしてバーチャルな世界を世界の全てと思う危うさも潜ませているようです)
中村仁彦「雨の白秋祭」より
配られた合羽を雨に光らせて沖機を発つ夜のどんこ舟
(雨の柳川の川下り。どんこ船に乗り込む一場面を描いた叙景の歌です。合羽に光る雨粒、川下りの拠点の沖端からの出発、夜のどんこ舟、絵画にしたいような一場面が浮かび上がってきます)
橋本宣子「春の長雨」より
親の思ひしのばるる名の青年を詐欺の容疑とテレビは報ず
(特殊詐欺のニュースを聞かない日はないほど。バイトのつもりが引きずり込まれて悪事を働く若者たち。容疑者として報道された名前には親が子どもの幸せを願った心が感じられます。いたたまれなさに胸が痛みます)
濱田敬子「うすむらさきのはな」より
「里はどこ?」と問はれて友に長崎で暮らしし父の写真を見せる
(故郷を問われて父の写真を見せる作者。咄嗟に長崎での父との思い出が浮かんだのではないでしょうか。友人に父のことや長崎での暮らしを語る姿が目の前に見えてきました)
播田小弓「白島国家石油備蓄基地」より
洋上に巨大鉄船八隻を浮かべて石油を備蓄する基地
(玄界灘に国家的な石油備蓄地があることを初めて知りました。巨大な船を浮かべて作られた基地の物々しさ。漢字ばかりのタイトルとこの歌描写から石油備蓄する基地の圧倒的な存在感が伝わってきました)
藤野早苗「浅一」より
母かぞへ四歳なりき同郷人が軍事クーデター首謀した冬
(磯部浅一は山口県出身の2.26事件の首謀者。その人物が母の同郷であったという事実を知った作者の感慨が一連に詠まれています。クーデターに重ねて地方の貧しさを思う一首にも注目しました。)
増田柳子「薔薇よミツバチよ」より
白レースカーテンに掛けた薄もののブラウス越しに初夏の光
(初夏の光の美しさか心に残る一首です。白いレースのカーテン、薄物のブラウス、それらを通して部屋に届く光の繊細な美しさ。それは初夏の美しさであり、まばゆく眺める作者の感動が伝わってきます)
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前回は3月に290号が届いていました。予定通りに発行を重ねるご苦労や福岡支部の皆さまの結束を思います。お送りくださってありがとうございました。ますますのご活躍をお祈りしています。
流水の紋涼やかに筑紫から書届きたり真夏日のけふ
こんなに歌の心を汲んでくださって、どの歌も誇らしげです。ありがとうございます〜Cz.

